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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第41話 自由




 始まりは一人だった。紙のような白髪に黒曜石のような眼の少年が、観衆の中で手の音を鳴らしたのだ。それは静寂を裂き、観衆達に我を取り戻させる音で、彼らが続く拍手でもあった。


 ぱちぱちと、決して大きくはなく。歓声もなく。大人しい拍手だけが響く。アイリスもマリーもヤグルマギクも、プリムラやハイドランジアですら忌々しげに手を叩く。手を叩けない師弟も、同じ感情を込めた目線を向ける。舞台の上の二人を、勝者も敗者も讃えるように。


 審判の宣言はなかった。どうせ誰もが勝敗を理解しているのだ。この統一された音に水を差す方が気が引けるというもの。彼は声もなく音もなく、ザクロ側の手を挙げるだけに留めた。


「先輩、立てるか?」


「なんとか、な」


 自分達を讃える音の中、サルビアはザクロに手を差し伸べる。右手の剣を虚空庫に収納してその手を握り、後輩の力を借りてふらつきながら立ち上がる。


「……すまない」


 最後の最後、サルビアは剣を止めきれなかった。ザクロは身を捻ることで致命傷は避け、掠るだけに留めてみせたものの、それでも肌とその少し奥の筋肉までは斬り裂かれた。故に彼は目を伏せ、謝ったのだが、


「馬鹿。真剣勝負の結果だろ?」


 それをザクロは笑顔で無粋だと許した。本当に、サルビアでも自らの剣を止められないような僅差だったのだ。そもそも真剣による全力勝負。むしろこの程度で済んで良かったと、氷魔法で傷に蓋をしながら。


「さ、行こうぜ」


「……ああ」


 そして、彼はそれ以上何も言わずに歩き出した。舞台を降り、洞窟のような通路へと。その後ろを同じ歩幅で、サルビアが追いかける。


 ザクロという男は、本当に気遣いのできる男だった。彼は本人さえ気づかないような他人の心まで、良く分かっていた。彼はサルビアの気配が消えるまで、決して背後を振り向かなかった。









 例え待ち望んでいた戦いが終わろうとも、武芸祭が終わったわけではない。この後にもまだ三位決定戦と決勝戦が控えている。


 しかし、プリムラ対プラタナス戦ほどではないにしろ、ザクロの魔法によって舞台は大きく変形している。整備するには幾ばくか時間がかかるし、お昼時にも差し掛かっている。そして何より、激戦続きの選手達を少しでも癒す休憩が必要だった。


 よって一時間半の休憩が、学長から宣言された。


 右脇腹を負傷したザクロは大事をとって医務室へ。サルビアも念の為に来ないかと誘われたが、彼は丁重に辞退した。無理をした左腕が少し痛む以外、身体におかしいところはなく、何より。


「サルビア様?その、お昼ご飯持ってきたのだけれど、食べれるかしら」


 サルビアが選手専用の控え室の扉を開けてから、およそ三十分後。遠慮がちなノックの音三回。続いて、可愛らしい声。マリーだ。負けた直後ということで、気遣っているのだろう。少し震えていた。


「……いただこう」


 虚空庫にいくらでも高級な料理は貯蓄されていたが、武芸祭の屋台のものともなれば食指は動く。重い腰を上げて鍵を回し、扉を開けばそこには、


「あ……ごめんなさい」


「何を謝る」


「え、あの」


 サルビアを見た途端、幼い顔が一瞬固まり、下を向いた。そして発せられた謝罪の言葉が理解できず、彼は純粋に尋ねるが彼女はどうにも煮え切らない態度で俯いたままで。


「少し、デリカシーに欠けたかなって」


「でりかしー?」


「ああ。ごめんなさい。配慮とか、そういった意味よ」


「なぜ配慮に欠ける。配慮しているからこそ、昼食を届けてくれたのではないか?」


 だが、彼女の説明の中の単語も、またやっちゃったと溜息を吐いた後に明かされた内容も、サルビアには分からないこと。


「あの、勘違いだったら謝るわ。もしかしてあなた、自分の顔に気づいてないの?」


「顔?」


 しかし、マリーからしてみればそんなサルビアの態度こそ、理解できないものだった。彼女はまさかとは思いつつもおずおずと、少年の顔をちらりと盗み見て問う。


「目、腫れてるわよ」


「いや、目は強化の限界を超えていないし、顔に傷も付けられていないはず」


「そうじゃないわ。あなた、泣いていたんじゃないの?」


「……そうか」


 彼の目は腫れていた。頰には乾いた塩水の跡があり、彼が涙を流していたことは誰の目にも明らかであった。いや、本人以外の目にもという表現の方がが正しいだろうか。


「そう、だったな。祖母も泣いた跡、目が腫れていた」


 知らなかったわけではない。そういう現象があることを忘れていたのと、彼自身では初めてだっただけだ。長い長い質問と会話を積み重ねて、それをようやく思い出した。今の自分に当てはまるのかと、潤んだ瞳を見開き驚いた。


「だから、ごめんなさいって。人によるけれど、涙を流している姿はあまり見られたくないもので、涙を流したことは悟られたくないものでしょう?」


「ああ。多分な」


「多分ってあなたねぇ……」


「だってもう見られてしまっているし、知られてしまった」


「それもそうだけど」


 顔を上げたマリーの言葉は、実に常識であった。だがそれに則るのなら、サルビアはもう手遅れだ。故に彼は顔を隠すことも、ましてや見てしまった彼女を責めることもしなかった。


「で、これが」


「初めてなんだ」


「え?」


 しかし、見てしまったマリーとしては若干の気まずさあるし、これ以上人の涙を直視するのは気が引けるというもの。虚空庫から昼食を取り出し、早々に去ろうとするがサルビアの告白に阻まれる。


「こんなに悔しいと思うのは。悔しさで涙を流したのは、初めてなんだ」


 拳を握り、開いてまた握り。彼は口を動かす。そうなのだ。精々、幼き時の訓練で痛みに耐え切れず涙を堪えたことがあるくらいで、悔しさで涙を流すなど、少年にとって初めての経験だったのだ。そもそも真剣勝負で負けたことが祖父以外にはなく、悔しさ自体が。


「だから気付いていなかったの?」


「ああ。そういうことになる」


 だからサルビアは、己の目の赤さという涙の証明に気付いていなかった。彼は今人生で初めて、悔しさで泣いている。悔しさに身を震わせている。


「辛くて、胸の辺りが痛くて、重くて、苦しい」


 舞台から降りる直前から湧き溢れたこの膨大な感情を、持て余している。胸を握り締め、改めて口にしたことで生まれた涙を目の端に貯めて。彼は今の自分を口にする。


「先輩は、みんなは、こんなものを抱えて生きていたのか。悔しさとは、こんなにも……」


 それは強過ぎたが故の傲慢か、あるいは無知か。悔しさがこんなにも身を焦がし、苦しめるものなど彼は知らなかった。今知った。


「……そういうもので、誰にだって少なからずあるものよ。そこにかけた想いや時間が大きいほど、それもまた大きくなりやすいの」


 そんな若き少年に、マリーは柔らかく目を細めて、優しく諭す。たまにすっぱり割り切れる者もいるが、それでもみんな持っていて、傾向はあると。


「言うまでもないことだけれど、あなたの剣への想いはそれだけ強かったってことじゃない?」


 想いと時間をかけた者が必ず深い悔しさを抱くというわけではないが、深い悔しさを抱いた者は想いと時間をかけた者ではある。そういう見方もできるわよと、彼女は微笑む。


「……ああ。言うまでもないことだ。でも、少し軽くなった気がする」


「そう?なら、私の知恵も役に立ったわね」


 言うまでもないことではあるが、言われて気付くこともある。サルビア・カランコエが剣に注ぎ、捧ぐ愛は尋常なものではない。故にこれだけ深い悔しさに囚われるのだから。でも、それが剣への愛からくるものと分かったのなら、少しだけ。少しだけ悪い感じはしないと、彼は涙を拭う。


「で、これからどうするかは、その人の自由なのよ」


 そしてマリーは、次へ繋げる。そうだ。人生とは自由なものである。悔しさを抱いてからどうするかは人それぞれ。劣等感を抱き、燻るもよし。諦めて違う道に進むもよし。逆上して相手を貶めることさえ、自由の範疇ではある。良くも悪くも、自由とは代償を伴うものだが。


「自由」


「そう、自由。勝手とも言っていいかしら」


 今まで彼に挑み、敗北し、悔しさを抱いた者達もそうだ。ある者は心が折れ、剣を折った。ある者は、サルビアは化け物だから仕方がないと諦めた。またある者は現実を受け入れられず、背を向けたサルビアに剣を突き立てようとした。


「彼だって、自由にしたわ。今日の訓練はこれで終わりって言っても、あと一回あと一回って。全然一回で終わらなくて、その自由さに巻き込まれた私は大変だったけど」


 そしてある先輩は、一度折れながらも再度立ち向かってきた。この胸の中で心臓を燃やす悔しさという熱を力に変え、努力を重ねて、挑んできた。


「サルビア・カランコエ。あなたの自由はなにかしら?」


 肩をすくめて彼の話をし終えた後、その輝く金の瞳はサルビアの腫れた目に向けられる。吸い込まれるような圧と、包み込むような優しさが同居した不思議な眼。


「決まっている」


 サルビアは即答する。迷う暇どころか、考える暇すら不要だった。彼がそうしたのなら、自分もそうしよう。いや、越えようと。


「約束した。また戦うと、誓った。その時には負けない。負けたくない。今度勝つのは俺だ」


 広い青空の下、石の舞台の上。転がって腰掛けて、話をした。約束をした。そこには戦いの中で思った想いがあった。


「……それに、楽しかった。またあんな勝負がしたい。積み重ねた全部をぶつけ合って、斬り合いたい」


 あの勝負ができたのは、お互いに全てを賭けたからだ。あれだけ楽しかったのは、お互いに本気だったからだ。そしてその全てにも本気にも、努力がいる。


「だから、剣を振りたい」


 ならば、サルビアは今からそれをしたい。燻っている暇はなく、諦めている余裕もない。悪いところを貶めるなんてケチなことは言わない。全部を徹底的に思い出して洗い出し、良い点は対策、または喰らい、悪い点は見つけ出して突く想像をすべきだろう。その為にはまず、剣を振るべきだろう。


「もっと強くなりたい」


 乾きこそしたが、涙の跡はある。悔しさもまだ、胸にしっかり刻み込まれている。だが、剣は折れてはいない。心は腐ってはいない。その瞳は濁らず、前を見ている。


「うん。それはいい自由だと、私は思うわ」


 その姿を見たマリーは腰に手を当てて胸を張り、良いことだと頷いた。


「色々と感謝する。かなり胸が軽くなった」


 貴族は頭を下げる。例え相手が歳下の金髪幼女であろうが、人として礼は尽くすべきで。何より、本当に胸が軽くなって、こんなにも心は燃えているというのだから、感謝してもしたりないというもの。


「いいのいいのこれくらい!もっとじゃんじゃん頼りなさいな!」


「……前から思っていたが、マリーさんは歳上のように思えるな」


 役に立つ助言ができたことで嬉しそうなマリー。彼女の年齢にそぐわぬ言葉の中身に、サルビアは今まで抱いてきた疑問をついに口にする。


「そうかしら?ねぇねぇ。お姉さん、何歳くらいに見えるの?」


 すると彼女はくるりと優雅にその場で周り、口元に手を当てて、少年に質問を。しかし、忘れることなかれ。彼は気遣いが下手くそで、正直な人間だ。


「何歳……?六十歳くらいだろうか」


「……………………」


 さすがサルビア。言葉の刃も鋭い。何も考えずに思ったまま口にした年齢はどんぴしゃりで、マリーの心を深く貫いた。


「どうした。悔しいのか?」


「だ、大丈夫……悔しくなんかないわ……ちょっと、色々ね……色々」


「医務室は向こうにあるが」


「心的な、色々だから……」


「そ、そうか」


 胸を抑えてうずくまった少女に、煽っているとしか思えない心からの心配をぶつける少年。とはいえ、マリーの方もサルビアの天然さを理解し始めており、これがただの気遣いだとも分かっているが故、よろけながら立ち上がる。


「そうだったわ。何をしにきたか忘れるところだった」


「ああ。そうか。昼飯を持ってきてくれたのだな」


 話題を変えて無理やり立ち直るかのように、半ば棒読みを口にしながら、彼女は虚空庫に手を突き入れる。そうだ。彼女はサルビアに昼食を持ってきてくれたのだ。


「じゃあ、はい。屋台で美味しそうなの見繕ってきたから、食べれるなら食べておきなさい。無理そうだったら虚空庫にね」


 その昼食とは、土中豚の串焼きや、沸騰牛と元気野菜のハルナム。どれも気軽に食べれるもので、三位決定戦を控えるサルビアの胃に残りすぎないように考えられている。


「ありがとう」


 美味しいには違いない。でも、もっと高級な料理はサルビアの虚空庫には唸るほどあって。でもそれを表に出すことはなく、彼はありがたく昼食を受け取った。


「代金はいくらだ?」


「あら、律儀ね。でもいいわ」


「だが」


「あんなすごい戦い見せてもらったんですもの。そのチップ……お礼ってことで、ね?」


「……むぅ。分かった」


 ありがたいからこそ、しっかりお金を支払おうとするが、マリーは手を振ってこれを拒否。チップだという謎の単語と共に、押し付けられてしまう。


「本当にありがとう」


「どういたしまして。じゃ、がんばってね」


 今度こちらから何かを奢ろうと決めつつ、サルビアは今まで全てを含めてもう一度頭を下げて。マリーはそれに対し、じゃあねと笑いかけて激励と共にさよならを。


「ああ、がんばるとも」


 サルビアはこの日、多くのことを学ぶ。この悔しさと自由な使い道も、その内の一つであった。










 さてさて、一方。傷だらけの勝者のザクロの方は。


「ザクロ様!……ああ!?」


「お」


 早すぎて意味を成さないようなノック三回。お付きの女騎士の制止も間に合わない速度で扉を開け、飛び込んできたアイリスが見たのは、上半身裸のザクロ。彼は今、治癒魔法の進み具合を医師に見てもらっていた。


「し、失礼しました!」


 鍛え上げられた鋼の如き身体に秒未満で赤面し、開けた以上の速度で扉を閉めて外に出るアイリス。廊下からは何事ですかと、女騎士の事情を問い詰める声が聞こえてくる。


「どうだい先生。俺、いやんって言いそうになったけど、情操教育に悪いかと思って耐えたんだぜ。褒めてくれ」


「いや、知らんがな」


 そのやり取りに微笑ましいものを感じながら、ザクロは年配の医師の方へと向き直り、剥き出しの胸を張る。年の功だろうか。医師は華麗なスルーを決め、傷口を確かめる。


「ま、そんだけ元気があるなら大丈夫じゃないかな?多少の痛みくらいなら耐えれるじゃろ」


「適当すぎません?」


「あと一時間も治癒の時間あるからのぅ。多分治るじゃろうて」


 日本と違い、治癒魔法の適性によって治る速度には大いに個人差がある。三十分前の傷からの治り具合を見て、大体の速度を割り出した医師は、痛みはあるだろうが動かないほどではないだろうと、包帯を巻きながら診断を下す。


「あ、あの、入っても、よろしいでしょうか?」


「いや、服着るから十秒待って…………ん、大丈夫」


 巻き終えた頃、ちょうどトントンと。今度はちゃんとしたノックの後、蚊の鳴くような声が扉の向こうから。ザクロは慌てて虚空庫からシャツを取り出して穴に両手と頭を通し、肌色を隠してから許可を出す。


「し、失礼しますわ」


「失礼します」


「いやぁ、さっきはお見苦しいものをお見せして申し訳ない」


 ゆっくりと扉を開き、入室してきたアイリスとベルオーネ。ザクロは痛みを堪えて立ち上がり、大仰しく頭を下げて、ふざけた謝罪を口にする。


「お、お見苦しいだなんて、そんな……」


「なんだって!?貴様!お嬢様に何を見せた!?」


「ちょっ!?いや、上半身だって!ほら!俺右脇腹!」


 そのふざけた謝罪に未だ頰を赤らめているアイリスを足せば、誤解も生じるというもの。虚空庫から剣を取り出し抜きかけたベルオーネに、ザクロは左掌をかざして落ち着くよう促す。


「頼むから怪我人増やさんでくれよ」


「待って。私が急いでいたのが原因でしょう?」


「も、申し訳ありませんでした」


 ぼりぼりと頭をかきながらの医師の言葉に、主人からの正論も合わさり、ベルオーネは剣を収めた。そしてアイリスは更に前に出て、ザクロの側に立ち。


「先の戦い、お見事でした。私、剣に余り詳しくないのですけれど、それでも感動いたしましたわ」


「……そう思っていただけたのなら、光栄です」


 すっと背筋を伸ばして、準決勝を褒め称えた。アイリスは純粋で分かりやすい少女だ。故に嘘偽りも誇張もないと分かる。だからザクロは頭を下げた。本当に嬉しかったから。涙が滲みかけた瞳を一瞬隠し、その間に風魔法で気付かれぬよう拭う為に。


「それで、その、マリーさんからの提案なのですが、これ、どうぞ!」


「ん……おお!美味そう!」


 そして顔を上げたザクロの視界に映ったのは、アイリスが虚空庫から取り出した串焼きやハルナムなど。マリーと共に周ったので、サルビアとメニューは共通。つまり、美味しそうなのも美味しさも、食べやすさも同じということで。


「ちょうど腹減ってたところなんだ。ありがとう!」


「い、いえ!どういたしまして!」


 受け取りつつお礼を言えば、アイリスは嬉しそうに照れ臭そうにまた頰を赤らめる。なんともまぁまぁ甘い雰囲気漂う二人に、ベルオーネは深い溜息を吐き、医者はこれ以上勘弁してくれとついさっきのもう一組を思い出し。


「いやぁ。青春ですなぁ」


 扉の外、アイリスの護衛を請け負ったヤグルマギクは白い顎髭を撫でて、微笑んだ。









 そして、準決勝第二試合から一時間半後。


「熱戦多き今大会も、残すところあと二試合となりました。お疲れでしょうか?お腹いっぱいになって眠たいでしょうか?いえいえ大丈夫、例えそうであったとしても、眼が覚めるような戦いを、彼らは見せてくれるでしょう!」


 再び満席、立ち見席まで人がぎゅうぎゅうに押し込まれた会場に、司会の声が響き渡る。そうだろう。当然だろう。今から舞台に上がる二人は、優勝を争うわけではない。しかし、両者共に素晴らしい名勝負を見せてくれた強者だ。


「それでは三位決定戦選手の入場です!」


 強者ではある。名勝負を見せてくれた者である。だが、彼らの全ての試合が名勝負となるわけではない。


「プリムラ・カッシニアヌム!」


 入場してきた彼女を見て、会場内にざわめきが走る。歓声ではない。歓迎の悲鳴でもない。不安や困惑のざわめきだ。


「そしてぇ、サルビア・カランコエ!」


 しかし、時も司会も進むもの。次に呼び掛けられたサルビアは、通路から出て舞台に上がる。今度は歓声が上がり、拍手まで沸き起こった。だが、サルビアはその心地よさに浸れなかった。そもそも、集中すらできなかった。


「……」


 同じく舞台に上がった対戦相手、プリムラ・カッシニアヌムの眼は、濁りきっていて、死んでいた。


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