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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第38話 笑えないくらい




 一合。鉄剣と鉄剣がぶつかり合い、火花を散らす。互いに待ち望んでいた時間の始まりだ。


「ま、薄々分かっちゃいたけどな」


 折れることはなかったが、ザクロの剣が押され、負けた。これ以上戦況が悪化するよりも早く、素直に後退して、悔しげに彼は笑う。


 やはりそうだ。例え数ヶ月間、血の滲むような努力をしようと覆らないこともある。だが、それも当然だろう。サルビアだって、血の滲むような努力をこの数ヶ月でしているのだから。


 純粋な剣術では勝てない。しかし、だからといって戦いをやめる理由にも、努力をやめる理由にもならない。故に彼は、再度前に出る。


 迎え撃つサルビアは構え、剣を合わせる。振り下ろしたザクロの鉄剣を、下から跳ね上がった土剣が止めた。お返しとばかりに今度はサルビアが鉄剣を横に振るい、ザクロはそれを氷剣で防ごうとして、破られた。


 余程の魔力を込めない限り、魔法で作った剣の強度は物理剣に大きく劣る。そんなの、剣の道の者は誰もが知る絶対原則。だからザクロは、この瞬間をずっと前から知っていた。だから彼は、次の手を打っていた。


「む」


 サルビアの鉄剣が、下から弾かれる。上を向いた刃では、斬ることは叶わない。腕の痺れの不快感に顔を歪ませたサルビアは、目の前にある氷の刃に唸った。


 ザクロの右手の氷剣ではない。あれはもう折れている。その刀身は輝きながら、今空中から地に落ちようとしている。なら、この氷刃はどこからのものか。


「へへっ」


 ザクロの右手首からだ。彼は氷剣だけで防げないことを分かっていた。だが、衝突の瞬間、僅かに鉄剣の威力と速度が削がれることも分かっていた。彼はその刹那に、手首から生やした氷刃を、的確に剣の腹に当てたのだ。


 そして当てるところまで計画の内ならば、その次がある。ザクロは虚空庫に右手を突き入れ、折れた氷剣を新たな氷剣に換装。だが、形状が違う。一回りほど大きく、かつ、氷の色が雪のように真っ白で不透明だ。


 何か、ある。サルビアは先輩のことを、常に色々考えている人だと非常に高く評価している。なら、氷の色が違うのにも何か意味があるはずだと。


 魔法障壁を張ってはいるが、それでも。だが、サルビアの態勢は脇を晒すほど大きく崩れてしまっている。土剣もザクロの鉄剣を抑えるのに使用済み。選べるのは全力の、しかも間に合うか分からない後退のみだった。


 常人なら悩む場面だろう。何の変哲もない氷剣だった場合、それは魔法障壁に止められて終わる。その頃にはサルビアの右手も復活しており、有利はこちらへと移り変わる。


 もしもここで逃げれば、その機会の可能性をフイにしてしまう。だが、あの白色の氷剣はフイを誘う為のものであるかもしれないし、サルビアが物理障壁を張っているというザクロの考え過ぎによるものかもしれない。


 と、このように人は悩む。しかしそうならば、少年は人をやめていたのだろう。


 サルビアは一切の思考なく、氷の横薙ぎを前に撤退を選択。体重を後ろに、脚で地を蹴って後ろへ下がろうとする。とはいえ、完全には間に合わなかった。最速の動きでも、遅かった。


「なに?」


 腹の先の魔法障壁に、ザクロの氷剣がぶつかる。そして、ぶつかった瞬間に、()()()()()()()。中から現れたのは、一回り小さい鉄の刃。思わず、声が出た。


「っ……!」


 鉄の刃は魔法障壁を貫通する。後退していたおかげで、斬られたのは服と薄皮二枚ほど。もしも悩んでいたとしたら、あるいは障壁があるからと退がらなかったら。そして何より、剣に躊躇いがなかったら。ここで終わりだった。


「先輩……その剣、どうした」


 着地して、斬られた箇所を見る。戦いに支障はない。なら、次に視線が行くは斬った剣、もう一度氷に覆われていく剣を見る。だが、口で尋ねたのは剣の仕組みではない。それは大体、見れば分かる。


「特訓したんだ。マリーさんとか酒場の連中に手伝ってもらってな」


 技術的な意味だ。魔法障壁と衝突し、止められることが分かった瞬間、氷の層を分離させた。ここで何より恐ろしいのは、魔法の受け入れ時間。剣の威力が死ぬよりも早くともなれば、コンマ一秒にも満たないことだろう。


「……そうか」


 それを彼は、サルビア相手に成功させたのだ。身体も思わず震えてしまうというものである。


「ちなみに、物理障壁の場合だと」


 得意げに、彼はもう一度氷の剣を横に払う。今回は氷が分離することはない。分離したのは、中の刀身の方だった。


「こうなる」


 斬る対象のいない側から鉄の刀身が押し出されて、音を立てて転がった。それも全て、サルビアの想像通り。剣の中に剣が内蔵されているのではない。氷剣の中に物理判定の刀身だけが、内蔵されているのだ。


 だってそうだろう。もしも剣を丸ごと内蔵したなら、柄が邪魔になって押し出せなくなってしまう。故に、内蔵されているのは消去法で刀身のみとなる。


「理解した」


「ああ、そうだぜ。この剣なら、障壁を貫ける」


 戦いの根底にある障壁魔法を、無効化する技術。サルビアはそう理解し、ザクロはその通りだと頷いた。


 凄まじいものだ。力の差を大いにひっくり返す技だ。三重発動の陣にも匹敵する効果ではある。だが、この技術が世界を変えることはない。実際、かつて思いついた者もいたにはいたが、まともに使いこなせた者はおらず、世界に広まることはなかった。それはなぜか。


「現状できるとしたら、俺がお前か、お前の爺ちゃんくらいだろうよ」


 要求される剣と魔法の技術が高過ぎるからだ。強化によって最早線にしか見えないような速度の剣が障壁とぶつかった瞬間に、魔法を精密操作するなど。早過ぎれば障壁の種類を見抜けられず、遅過ぎたなら障壁で止まってしまう。ほんの僅か。針の穴に糸を通すなど容易く思えるようなタイミングでなければならない。


 そして、これを成功させることだけに意識を集中してはダメだ。他が疎かになるし、剣術そのものがお粗末なものになってしまう。普通に剣を振るう時と同程度の集中で、安定して使えなければダメだ。


「……ま、ぶっちゃけ俺も、成功率は半々ってところだ」


 その上で、白状しよう。ザクロもまだ、安定して使いこなせているとは言い難い。練習で失敗など日常茶飯だったくらいだ。


 失敗が敗北を意味する戦場で、この剣はリスキーだ。余りにもリスキーだ。だが、


「それくらい背負い込まないと、お前には勝てないだろ?」


 使えば負けるかもしれないが、使わないと勝てない。後者の比重の方が上だったから、彼は使用に踏み切った。


 剣と魔法の融合。本当の魔法剣。誰にだってできるものじゃない。一番ではないが、それでも剣と魔法の神に同時に愛された彼だけの戦い方。現状、器用富豪の彼だけに許された技術。


「でも、あれだ。手加減とかってわけじゃないんだが、お前がこんなの剣じゃないって言うんだったら」


 しかし、これは正当な剣術というのには無理があって、見方によってはズルとも呼べる技術だ。使うことに、ザクロは躊躇いを覚えてしまう。故に先の一閃、彼はサルビアを仕留めきれなかった。


「何を言う先輩。いいぞ。遠慮なんか斬り捨てて、もっと使ってきてくれ」


 だが、そんな躊躇いは無用にして無礼だと。サルビアは剣先を向け、獰猛な笑みを浮かべて告げる。確かに正当な剣術ではないのかもしれない。だが、そもそも正当な剣術とはなんだ。


「先輩には斬れなくて、俺には斬れるものがある。それと同じだ。何も変わらない」


 サルビアの剣の鋭さは、努力と才能によるものだ。ザクロの魔法剣もまた、努力と才能によるものだ。何が違うというのか。他の誰かがしたことがないからといって、サルビアにできないからといって、遠慮する必要がどこにあるというのか。


「俺は遠慮しない。俺は俺の剣を、常に全力で振るう。だから、ザクロ先輩もそうしてくれ」


 ないだろう。あるわけがないだろう。もしもあるというやつがいても、それはそいつの中だけの話だ。少なくとも、サルビアには欠片もない。


「それに先輩、使わないで俺に勝てるのか?」


「……言うじゃねえかサルビア」


「ああ、言うとも。手加減されたんだ。少し怒りがある。金輪際、手加減なしで来てほしいからな」


 むしろサルビアは使用を望む。ザクロほどの剣人が、障壁を無効化してくるなど、一体どんなご褒美かと。彼は涎を滴らせて、先輩を煽る。


「そしてもう一つ煽りだ先輩。使っても、勝てるとは限らない」


 障壁を無効化されても、自分の方が強いと。サルビアはそう宣言したのだ。


「……後悔しても知らないからな」


「使われずに勝った方が、後悔する」


 これだけ煽られれば、いっそザクロの気持ちから躊躇いの雲など消えて晴れ渡るというもの。サルビアは先と同じく鉄剣と土剣を。ザクロは両手に物理内蔵魔法剣を構える。


「行くぜ」


「ああ、来い」


 そして剣舞は再開する。無論、ただの剣舞じゃない。それではザクロに勝ち目がない。そして、ザクロが用意してきたのは魔法剣だけではない。


「ぐっ……!」


 サルビアは身体を半身に傾けることで魔法剣の突きを回避し、下からの右手斬り上げで中の鉄ごと断ち切り、止まることなく前へ。


「お前、合わせてやがったな!?」


 迎撃の為にザクロが横に払ったもう一振りの魔法剣を、サルビアは冷静に振り上げた右手の剣を下ろすことで対処。その瞬間、理解に至った彼は叫ぶ。


 魔法剣は障壁を貫通する脅威の剣だが、障壁に触れなければこの程度。ただの剣でしかない。むしろ、鉄剣より強度は劣る。サルビアの剣を前に、数合耐えるのが限界だった。


 そしてその数合を、彼は調整していた。あとどれだけ剣をぶつければ断ち切れるか、指先と剣先の感触で測り、連続で壊せるように力加減を変えていた。


「くそっ!」


 サルビアはそういう男だ。そこまでの剣技を持つ男だ。そんな芸当、ザクロにはとても。汚い言葉が出てしまっても、きっと仕方がなかった。


 これでザクロの両手の剣は死んだ。魔法で通常の氷の剣として再生させるか。または虚空庫の中の新品と入れ替えるか。が、彼には分かる。サルビアの右手は下にあり、既に前動作に入っている。手首の形から見て、斬り上げに見せかけた横薙ぎ。再生も入れ替えも、どちらも間に合わない。


「さすがだ」


 ならばと、ザクロは両手の剣を軽く放り投げてから、後ろに倒れた。浮遊魔法によって急速に、そして深く。腹の上すれすれを、サルビアの剣が通過する。瞬間、空いた両手に新たな魔法剣を握り締めて、


「先ぱっ!?」


 今度後ろに身体を倒したのは、サルビアの方だった。浮遊魔法を用いず、膝を折り、純粋に身体を背けただけ。しかし、その柔らかさと鍛え上げられた筋肉は、ザクロの攻撃を見事にかわし切った。


「……これ、かわすのかよ」


 浮遊を切らずに浮かんだまま、ザクロは驚きと頰をひくつかせる。攻撃の正体は手の中の魔法剣ではない。先程手放した折れた魔法剣二振りを、浮遊魔法で脚の角度を調整し、蹴り上げたのだ。


 そう。それはかつてサシュルの村で、サルビアがザクロに見せたものと同一。格下への奇襲用という判子を押されたそれを、彼は回避と絡めてきた。サルビアに傷をつけようとした。


 動きを見れば分かる。明らかに練習したものだった。しかも少しではない。咄嗟に使えるようになるまで、何十回も何百回も。


 でも、通じはしなかった。


「……」


 反射でかわしたのだろう。身体を元に戻したサルビアの顔は、何をされたか分かっていないのか、無表情だった。


「はは」


 だが、理解と共に徐々にその顔は喜悦に染まり始める。まず歪んだのは唇。


「ははははは!」


 次に頰。両手の剣でザクロに斬りかかりながら。


「ははははははははははは!」


 そして眼。最後は大きな笑い声を上げて、鉄剣同士で鍔迫り合いに持ち込んで。


「笑うなって。怖えからよ」


「いや、すまない。無理だ」


 至近距離。互いの息がかかるほどの近さで、言葉をかわす。ぎりぎりという剣の軋む音と共に、弾んだ声がザクロの耳に響く。


「楽しい。楽しすぎる。今日は最高だ!」


「そうか、よっ!」


 サルビアの狂気の声を合図に、同時に距離を取る。そしてまた再び、剣は惹き合わされる。









 銀の線が舞う。茶色い軌跡が空中に残る。ぶつかり、止まり、時には削れ、時にはへし折れる。それはどれも早すぎるもので、観客の目に追えるものではない。剣が折れたことに気づくのだって、床に破片が音を立ててからだ。


「……くっ!」


 その中でザクロは苦しげだった。必死だった。鬼気迫る表情で、剣を振るっていた。


「いい!いいぞ!先輩!」


 相手は大輪の笑みだというのに。ずっと楽しそうに、歓喜に震えながら剣を振るっているというのに。


「そう、かい……!じゃあもっとだ!」


 サルビアだって、余裕があるわけじゃない。魔法剣二振りに加え、ザクロは隙をみては魔法を差し込んでいる。それら全ての対応に追われているのだから、余裕なんて、とても。現に彼からの反撃が少ないのがその証拠ではある。


「……!ああ、ああ!」


 だが、彼は笑う。笑っている。余裕がないのに。ザクロはこんなに必死だというのに。今だってそうだ。もっと剣を振るうと言ったら、噛みしめるように笑って頷いている。


 まるで、勝ち負けなんて考えていないみたいに。


 雑念が湧き上がる。消そうとしても消えず、剣を振るう度に湧いてくる。その差に悔しいと思う。戦っていなかったら、泣いていたかもしれない。


「ぐっ……!」


 魔法剣は確かに脅威だ。サルビアが絶対に障壁に触れないよう、守備的な立ち回りをしていることからそれは分かる。彼も認めているのだ。


 だが、その程度。正直ザクロは戦いが始まる前、魔法剣を使えば多少は優位に立てるだろうと思っていた。だからこそ、その力で勝ってしまっては、本当に自分の勝利と言えるのかと悩んだものだ。


 しかし、思い返してみれば、なんと傲慢だったことか。最近、サルビアとまともに斬り合っていなかったから、気付かなかった。


 最初の一度以来、魔法剣は一度も障壁に触っていなかった。そこに辿り着くより早く防がれ、壊されていた。


(……ほんと、嫌になるぜ)


 表情、態度、剣技。その全てに差を思い知らされる。劣っていることを、まざまざと見せつけられる。


(なぁ、サルビア。俺は勝ちたいよ)


 血眼になって最善の道を探す。今を凌ぐ為の道であり、負けない為の道であり、勝つ為の道でもある。


(お前みたいに、楽しいって笑って剣を振るえないんだ)


 その顔は険しい。息は荒く、全意識は戦闘に傾けられている。笑うなんてとても無理で。楽しいとは思えない。


(なんでだろうな。お前との戦い、あんなに楽しみだったのに。いざ始まってみたら、こんなザマだ)


 凄まじい精度の剣が迫り来る。一瞬でも気を抜けば、斬られる。今までの経験を全部思い出して予測するのに脳は一杯一杯で、筋肉は常に限界近くまで働かされて悲鳴をあげていて、心は勝敗に支配されて。


(俺は今、笑えないくらい勝ちたいんだ)


 楽しいよりも、勝ちたいが勝ってる。なぜか。ザクロは以前、それを見つけた。己を分解して深く潜ることで、それに辿り着いた。


(()()()()()()())


 最初は違った。ただ後輩に負けているのが嫌で張り合って、負けたくなくて努力して、積み上げた辺りから変わり始めた。欲が出たと言ってもいい。


 ここまでやったのだから、結果が欲しい。


 誰にだってある感情だ。欲望だ。頑張ったからこそ、ザクロは戦いを楽しめなくなった。未だかつてないほど努力したからこそ、周りに助けられたからこそ、負けられないと思うようになった。苦しい戦いをするようになった。


(やっぱり俺、お前ほど才能ないよ)


 分かる。分かってる。これは雑念だ。邪魔な感情だ。熟慮が良いことではない、良い証左だ。きっと、こんなこと考えずに全力で剣を振るう方が力を出せるに決まっている。


(でも、それでも)


 才能は負けている。きっと努力の総量も叶わない。工夫はしたけど、追いつけるほどじゃない。それでも、願わずにはいられない。思わずにはいられない。


(負けたくないんだ)


 この、虫の良い願いを。


 器用富豪は本当の一番になったことがない。剣の才能も魔法の才能もどれも中途半端で、系統外もない。優れているけど上がいて、追いつこうとしても追いつけなくて。


(頼む。頼む)


 だからこそ、だからこそ強く願う。強く望む。神にではない。


(動いてくれ、俺。もっと強く。もっと、もっと強く……!)


 自分にだ。必死になって真剣に、無我夢中で追い求めてる自分に、もっと先へ行けと。サルビアの剣に、死ぬ気で食らいつけと。


(俺も、一番が欲しいんだ)


 己の中で最強であるサルビアを、超えろと。

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