表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
24/266

第22話 死兵と健闘



 ラガムは『狩人』の系統外で魔物との距離と数を測り、即座に勝てないと判断した。


「村長!魔物が来てる!この速度じゃ追いつかれるぞ!」


 魔法で拡声した大声に情報を乗せ、村長へと届ける。村人全員に聴こえるのではないかと思わせるほどの声であり、絶体絶命の危機を伝えるものだった。


「そ、そんな大声で伝えたら騒ぎになんぞ!急いで指示通さ……ねぇと?」


 勝てないであろう魔物の襲撃の知らせを聞いた人間がどうなるか。仲間を失ったあの日に、思い知っていたからこその心配だった。


「誰も、騒いでない?」


 しかし、仁の懸念していた騒ぎは起きることもなく、村人たちは身を震わせながらもただじっと、指示を待っていた。


「黙ってろクソガキ。こんな事態になった時から覚悟はしてんだ」


「悪態は吐きたいのはわかるがな!余計な騒ぎは身を滅ぼすことくらいわかっとるんだ」


「……わ、悪い」


 敵対している人間の真っ向からの正論に、仁は謝って押し黙る。彼らは日本人ではない。この死が身近にある世界で生まれ、育った人間たちだ。日本人なら騒ぐ場面でも、彼らは動じなかった。


「お前に構う暇はねぇ。やつらはもうすぐそこだ」


 ラガムは仁を忌み子としてではなく、人間として舐めるなという意思で見ていた。仁はその目に、自然と頭を下げてしまっていた。


「村長。指示、頼む」


 彼らには覚悟がある。何かを捨てても守り抜こうとする覚悟が。故に、この場でより多くが生き残るための答えをすぐに導けるのだ。


「まったく儂の役割取りおって。女子供は馬車に乗れ!他はここで足止めせい」


 先ほどまでは誰かを切り捨てることを渋った村長も、魔物の数を知って正しく状況を理解すれば、多を残す選択肢を選ぶ。


「……分かりやした」


 村長の言葉に大人は不満を一切零さず、各々に与えられた指示を遂行し始めた。男と老人は馬車から降り、女と子供が空いた席へと座る。それなりの立場であるはずのラガムやアラン、ナーズルたちも例外なく馬車の外へ。


「ほーら、お母さんたちとこっちだよ」


 最後の別れだろうか。子供を抱き上げる男や、抱き合う夫婦や親子の姿があちこちに見られた。涙は流しても、堪えても、文句だけは言わない。引き止めたら、覚悟が鈍るかもしれないから。


「ほら、泣くな泣くな」


 さすがに割り切れずに泣き出した一人の子供を、父親と思しき男が優しく言い聞かせている。最後に頭を撫でられ、いい子だとでも言われたのだろうか。もう一度抱き合って、そして離れた。


 理で見れば、時間の無駄の光景だろう。今この瞬間にも、魔物が迫っているというのだ。すぐに馬車に乗り、とっとと逃げ出すべきだ。


「もっと嫌な奴らかと思ってた」


 馬車に残された仁は、そんな暖かくも寂しい光景をぼんやりと眺めて、ようやく気付いた。


 この村人たちはシオンを迫害し、自分に危害を加えた輩で気に食わなかった。出会ってすぐの印象としては最悪だ。


 だが、彼らは悪ではない。日本人ではないけれど、家族への優しさはなんら日本人と変わらない。


「彼らも、僕たちときっと同じなのさ。この状況を打開するようなことじゃないけども」


「同じじゃねえよ。俺は違う。俺にはそんな守るもんが……ないから」


 僕の声に、俺はどこか棘のある言い方で返してしまう。全てを理解しているような含み笑いの僕が、鬱陶しくてたまらなかった。


「そんなことより、この状況をどう切り抜けるかだ。このままだと十中八九捨て駒にされる」


 これだけ家族愛のある連中だ。大切な家族よりも仁の命の方が軽く扱われ、前線に放り出されてもおかしくない。シオンの脅しがあるとしても、四の五の言っている場合ではないなら、先の言葉が保証されるとも限らない。


「今、逃げるか?」


 幸いなことに馬車に取り残されたのは、仁一人だ。今なら、村人を囮にして逃げられるだろう。


「逃げなかったら……」


 逃げなければ?剣を返してもらったとしても、魔物と戦うのに足がすくむ弱虫だ。壁にさえなりゃしない。


「……シオンは、どうなった?」


(俺君黙って!)


 文面だけ見ればふざけたような怒鳴り声が、精神世界に大音量で響いた。おかしく聞こえるだろうが、僕の声音は至って真剣だ。


「何一人でぶつぶつやってんだ?ほら、お前の剣だ。これで相席してるやつらに傷つけたら……分かってるな?」


 後ろから気配もなく現れたラガムが、仁へと剣を放り投げる。刃に触らないように注意して剣を受け取って、会話を聞かれていなかったことに安堵の息を吐く。


「……相席?どういうことだ?」


 そこでようやく思考が追いついた。間違いじゃないなら、この男は相席と言ったのだ。


「忌み子なんぞと同じ馬車なんてさせたかねえが、馬車の数が足りんからな。背に腹は代えられん」


「戦わなくていいのか?俺は?」


 何を当たり前のことをとラガムに返され、困惑する。驚いたことに、仁は逃してもらえるということなのだ。願ってもないことであるが、まさか馬車に残してもらえるとは思ってもいなかった。


「理由は二つ。あの女の忌み子を釣るために逃すんだよ。奴の強さから察するに死んだとは到底思えん。あともう一つ。お前が死んだら、せっかく守った大切な物が殺されちまう」


「打算で俺は餌か」


 理由を言われてみれば、この上なく納得できた。男たちの防衛線を突破された時の保険として、シオンは最適だろう。おまけに脅しも守れて一石二鳥だ。


「おら忌み子。もっと奥に行け。時間ないってさっきから言ってるだろうが」


「……分かった」


 追いやられるように馬車の端へと移動し、場所を空ける。逃がしてくれると言うのだ。ここは大人しく言うことを聞いておくべきだろう。それに、馬車の中に人が増えるのは、仁にとってもプラスな面の方が大きい。


 シオンがもし生きていたとしても、間に合わない可能性がある。魔物に追いつかれた時、村人を逃げる際の囮にできれば生存率は僅かに上がる。もちろん仁より力の強い人間が乗ったなら、逃走は困難になるというマイナス面もあるが。


「ここでいいの?ラガム」


 仁が頭の中でもしもの時の計算をせっせと働かせていると、同乗者が顔を見せ始めた。


「すまんな。ラシャ。アイラ。忌み子なんかと同じ馬車で。何かされそうになったら遠慮なくぶちのめしていいぞ」


「分かってるわよ。ラガムこそ……気をつけて」


「お父さん、行っちゃうの?」


「……」


 馬車へと最初に乗り込んできた同乗者の姿と素性を知って、仁は言葉を失った。


「ちょっとお父ちゃん、頑張ってくるからな?いい子にしてろよアイラ」


 緩んだ表情になったラガムは、わしゃわしゃと少し強めに小さな女の子の頭を撫でる。女の子も大きな手に頭をぐーりぐりと回されて、どこか嬉しそうだ。隣りの女性はそんな家族のやり取りを顔を伏せて、何かを耐えるように見守っている。


 二十代前半に見える女性と可愛らしい五歳くらいの子供の同乗者は、ラガムの妻子だろう。続々と馬車に乗り込んでくる女性とまだ幼い子供達に、仁は奥でさらに小さく縮こまる。


「女子供を逃すって指示だったけど」


「全員バリバリの非戦闘員だね」


 ぱっと見、戦えそうな人間はこの馬車にはいない。他の馬車に乗っているのかもしれないが、この馬車に魔物が追いついたら一巻の終わりだ。


 とはいえ強化を使えば、母親達はそれなりの戦力となるだろう。少なくとも仁よりは強い。


「これで全員だ!馬車を出せ!」


 ぎゅうぎゅうと言っていいほど村人たちが乗り込んだのを確認した村長が声を張り上げ、女の御者に伝える。


 その声を皮切りに、どこか暗い沈んだ雰囲気を漂わせた馬車は、徒歩とは比べ物にならない速度で魔物の群れから離れ出した。






 家族と別れを終え、その姿を見送った村の男たち。各々が虚空庫から武器を取り出し、最後の戦いに備えていた。


「指揮は俺が取る!強化を使えないやつは魔法陣を使え!」


 その中に一人。弓を手に声を張り上げるラガムが、全員へと指揮を伝達していく。


 強化が使えない者、または極端に弱い者たちが魔法陣の描かれた紙を虚空庫から取り出し、発動させる。


 やはり。何事にも適正というものはあるものだ。身体強化も例外ではなく、適正が低く、上手く扱えない者達もいる。そんな時に役立つのはこの魔法陣だ。


 紙などに指定の陣を描いておけば、有事の際に魔力を使い発動、または補助となる。もちろん、ある一定のレベルを超えた強化は負担が大きすぎるが故に身体が保たないため、そのレベルを超えないように慎重に強化しなければならない。


 これで兵士の準備は完了。次は地形の準備だ。


「全員、土魔法で壁を創るぞ!できる限り硬い壁を意識しろ!」


 木々の障害物はあるにしろ、真っ平らなこの場所で大群と戦うのは得策ではない。長く堅牢な壁を作れば、上からの攻撃拠点、及び緊急の避難場所、そして自分達が全滅した後に障害となる。壊すか、迂回するか、どちらを選ぶかは分からないが、時間稼ぎができる。


 シオンは壊されないように大きな沼を創ったが、あれは莫大な魔力によるゴリ押しだ。一般人があんな巨大な沼を創りだせば、一瞬で魔力が枯渇して失敗する。


 壁の方は単に土を盛り上げるだけであり、消費する魔力は沼よりは遥かに少ない。しかし魔物の軍勢を食い止める程の大きさとなると、これもまた一般的な村人には不可能。


「3、2、1だ。いいな!ナーズル、早まって発動させてんじゃねえ!さ、行くぞ!3……2……1!」


 だからラガム達は、魔力の問題を数で強引に解決する。掛け声を合わせて同時に魔法を発動。各自が決められた大きさの壁を創り、後から隙間を埋めれば、一人あたりが消費する魔力を大幅に削減できる。


 こうして出来上がった堅牢な土壁は高さは約3m、正確な長さは分からないが、食い止めるには十分だと思われた。


「つっても、これくらいは破るやつが四体は来てるな。体格からオーガか?……一体、よく分からねえ奴がいるが……」


 『狩人』の範囲に続々と侵入する魔物たちの大まかな強さを測ったラガムが、誰にも聴こえないように胸の内で呟く。わざわざ口にして士気を下げることでもない。


 もっとも、少しずつ大きくなる地鳴りが、ここに残った者たちの死への恐怖を駆り立ててくるのは、止めようがない。


「総員壁に登れ!弓で先手かましてやる準備だ!おい、ナーズル!震えんてんじゃねえぞ!」


 ラガムはぷるぷると震える、ここにいる中で一番若いナーズルを明るい声で怒鳴り散らす。怒声に込められた感情は、仁やシオンに向けられた悪感情とは真逆のものだ。


「うるせえ!武者震いだっつの!俺だって最後くらいは『勇者』になってやる!」


「やってみろ!」


「大ボラ吹くなって!」


 生涯最後になるかもしれない冗談に、村人一同が弾けたような笑いの渦に包まれた。ここで死ぬことなど、分かりきっているのだ。簡単に今この瞬間を整理するなら、


 接敵まであと数分。視界に広がる森の奥、木々の隙間に見えるのは多種多様に混ざり合った軍勢。数は三十人対軍勢と多勢に無勢。役に立つ殲滅系の系統外やら、戦況をひっくり返す大魔法もない。魔力は大きな壁を創ったことで全員半分以下。


 切り札はもしもの保険として、守りたい者の側に置いてきた。だがそれさえ、上手く機能するか期待はできない。


 まさに、絶体絶命の状況としか言えないだろう。九死に一生さえ期待するだけ裏切られる。それでも何かを願うなら、希望を欲するなら。


 口を大きく開いて、精一杯の虚勢を。


「家族守るぞ!存分に暴れてっ!時間稼いで!雑魚どもを道連れにしてやれっ!」


 自らを盾にして、少しでも大事な何かを守るべきだと彼らは思った。大事な物を守るために、何かを切り捨てる。実に単純なことだ。そうしないと、この世界では守れないのだから。


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 魔物の地鳴りも、死への恐怖をも掻き消す大音量の鬨の声が森の中に響き渡った。


「士気は問題ねぇな!生き残れる気はしねえ戦いだが、負け戦にする気も毛頭ねぇ」


 彼らはこれから大事な者を守り、死にに行く。壁の上に並び、覚悟を決めたその表情は、何と呼ぶべきなのだろうか。


「守るぞ」


 彼らは実に、『勇者』だった。


「撃つのは俺の指示で一斉にだ!早まるなよ?そっからは矢が尽きるまで撃ちまくれ!金と手間のことは考えず、大盤振る舞いどんと来いだ!もうこの場でしか使わねえしな!……来るぞ……構え!」


 大弓を構え、矢を天に。届く距離と魔物との距離とをラガムは己の系統外で照らし合わせ、村人たちはその時を静かに、大きくなる地鳴りだけを背景に待ち続ける。


 心も弓も限界まで張り詰め、引き絞られ。ついにその時は訪れる。


「0!」


 『狩人』に踏み入った。


「今だ!()ぇ!」


 一斉に放たれ、降り注ぐ矢群が開戦の合図だった。空気と風邪を切り裂き、突き進んだラガムの矢がオークの鼻へと命中。


「一匹!」


 強化された筋力に、狩人であるラガム特製の大弓だ。オーガの皮膚程度なら軽く貫通して脳まで砕く。


「次急げ!撃てば当たるぜ!」


 大嘘だ。平野ならともかく、ここは森の中。余程の矢の腕がない限り、大半の矢が木々に軌道を遮られる。弓や剣より農具を振るうことが多い農民達に、そこまでの腕は期待できない。


「わっはっはっはっはっ!当たったぞぉ!」


 それでも倒れる魔物の数は決して少なくはなく、無駄ではない。殺せば殺すだけ、守りたいものを守れる確率が僅かに上がっていく。


 当たらないと嘆くよりも、多少大げさに励ました方がいいに決まっている。


「総員、敵の矢に注意しろぉ!」


 当然、魔物側もやられっぱなしというわけではない。反撃とばかりに矢を撃ち込んでくる。


「おうおう!当たらんぞぉ下手くそかぁ?」


「身をもって教えてやれぇ!」


 しかし、走りながら矢を撃ち、目標に命中させるほどの技量を持つ魔物など皆無。ラガム達のところに届く矢の数も数えられる程だ。


 それでも運悪く、その数本に当たってしまう不幸な人間もいる。肩に矢が突き刺さった知り合いが、壁の向こうへと運ばれていくのをラガムは見た。


「死んでねえけど仇だおらぁ!」


 お返しとばかりに撃った矢がコボルトの脳天をかち割ったのを見届けるやいなや、すぐさま次を虚空庫から取り出し、再び弓を引き絞る。


「そぉら!俺は四匹、殺した……ぜっ!」


 撃つ寸前にちらりと横を向き、周りの奮闘具合を確認しつつ大声で煽っていく。


「おっと。今ので五匹だ。てめぇらサボってんじゃねえぞ!」


 大蜘蛛の顔を矢で潰したラガムの声に、周りも調子付いていく。


「こっちも四匹……!え?五匹?」


 武者震いと言い張っていたナーズルのいまいち締まらない驚きの声と、


「今日こそおまえに勝つぞ!今だけいい気にさせといてやる!」


 今までなんだかんだと突っかかってきた、村でラガムと1、2を争う実力者であるアランの張り合う声に、


「ははっ!」


 戦場だというのに、ラガムは思わず笑いがこぼれてしまう。これが最後だ。理性も幾分か外れてしまっても仕方がない。


「やった!見たかおまえら!俺が一番だ!俺が『勇者』だぞ!」


 狂喜乱舞の声の方へと顔を向ければ、ナーズルの矢に脚を穿たれたゴブリンが地面に突っ伏し、魔物の密集地帯を巻き込んだ大事故を引き起こしていた。元から勢いのついていた軍勢だ。急に止まることなどできやしない。仲間を踏み潰そうが、魔物達は進み続けていく。


「いいぞナーズル!全員、敵が固まってるところを狙え!」


「げっ、ナーズルに抜かれた!?」


 多数の魔物が仲間に轢き潰される様を見たあちこちで歓声が上がり、全員が密集地帯を狙いだした。魔物と魔物を衝突させ、踏み潰し合わせ、轢き殺し合わせ、着々と数を減らしていく。


 とはいえ、矢を撃ち続けるだけで大群を止められるわけもない。


「ラガム!これ以上近づかれると……」


「魔法に切り替えろ!負傷させるだけでいいから広範囲にだ!炎だけは木に引火するからやめとけ!」


 ラガムは弓矢を虚空庫に放り込み、風の刃を魔物の群れに投下する。足を摩り下ろされ、転んだ魔物達に未来はない。先と同じく仲間に轢き潰されるだけだ。


「ほぉら!燃え……切り刻まれろぉ!」


「ちょっとアランさん!?今間違えませんでし……たっ!」


 ナーズルもアランも他の村人達もラガムの指示に従い、各々が得意とする炎以外の色とりどり、姿形様々な魔法を壁の上から魔物の群れに叩き込んでいく。


「はっはっはっはっ!気のせいだ!」


「そんなわけないでしょう!?頼むから魔物は撃退できたのに森火事でおっ死ぬなんてオチやめてくださいよっ!?」


 光を跳ね返す見事な氷の槍がゴブリン、コボルト、オークの頭と腹をぶち抜き、薄く放たれた風の刃が大蜘蛛の一団の足と胴を切り離す。土魔法で創生された棘が魔物の臓腑を掻き分け、進路を阻む障害と化す。


 その中で最も効果があったのは土魔法で、それは。


「ラガムさん!土魔法で足元悪くしたら、面白いくらいに転びますよ!」


「誰だそんな地味なの考えたの!だが、いい考えだ!何人か土魔法で足元荒らせ!固まったところに魔法ぶち込んでやれっ!」


 とても地味で、とても効果的な戦法だった。


 すぐさま土魔法が得意とする数人が敵側の足元を崩しにかかる。落とし穴、小さな棘、まきびしのような物、でこぼこ、ぬかるみ。バリエーションは様々、効果は全て同じく覿面だ。


「すっげえ」


 逆ドミノとでも呼ぼうか。転んだ魔物に躓いた他の魔物が転ぶ連鎖を生み出し、一箇所に集中していた魔物達を肉片へと変えていく。


「こんだけ殺したってのに」


 すでに四百近く、もしかしたらそれ以上の魔物を戦闘不能、もしくは死に追いやったはずだ。この戦力差でこの数字は大健闘と言うべきだろう。


「まだいやがんのか……」


 だが大健闘は大健闘でも、数の差がありすぎた。壁に近づく魔物という魔物を葬っていくが、三十人で一度に攻撃できる範囲にはどうしても限界がある。魔物達は死体を踏み越え、動けぬ仲間を踏みつけ、徐々に壁へと近づいてきていた。


「どうなってやがんだよ……」


 予想とは違う戦いの流れに、ラガムは困惑の表情を見せる。近づく魔物を片っ端から殺していけば、撤退はあり得ないにしろ、多少は魔物達の歩みが遅れると、時間が稼げると思っていたのだ。


「なのにこいつら………勢い落ちるどころか、速くなってやがる!」


 壁に近づけば魔法に殺されると分かっていながらも、進むことを止めない異常な大群。


「絶対的な指揮官がいるのか?」


「アラン!アラン!前オークの鎧種とゴブリンの群れと戦ったことあったろ!つい最近!」


「おう!あったがなんで今だ?さては俺の集中を」


「頭を潰せば、雑魚の統率どうなった?」


 余計なことをしている暇はないと強制的に話を繋げ、確認を取る。この話の間にも魔物が迫ってきているし、他の仲間たちも魔法を発動し続けているのだ。


「あ?そりゃあいつら、てんでばらばらに……この軍勢の頭潰す気か?だが、俺らの運命は変わらんぞ」


 他のことの察しは悪いのに、こと戦闘になると動物的な勘を発揮する友人の言葉は予想通りのものだ。ラガムは我が意を得たりと大きく頷き、


「家族へ向かう時に統率が取れてなかったら、逃げやすくなるだろ?」


 自分たちの今ではなく、家族達の次へ繋げる考えを提案した。これだけの大軍。統率を失ってもラガムたちなど敵うわけもない。しかしそれでも家族のためと、ラガムはこの賭けを提示し続ける。


「悪かねえが……オーガ四匹にこの魔物の数だぞ?非現実的すぎる。せめて雑魚がいなけりゃ……」


 その反面、アランは渋い顔だ。彼らがかつて倒したオーガは村の男衆十人がかりでやっと。死者は三人、重傷多数だった。


 オーガの攻撃は直線的だ。身体強化を使い、よく注意していれば当たることはない。当たれば致命傷、擦れば重傷、だが避ければ無傷。


 しかし、オーガの真に恐るべきは耐久力だ。どれだけ身体を刺されても、矢の雨に降られようとも、永遠と再生し続ける。脳を破壊すれば死ぬが、頭の高さの皮膚を貫けるほどの攻撃がまず届かない。


「あん時はオーガは爆薬仕込んだ木の杭を脚に撃ち込んでふっ飛ばして、崩れたところに俺とお前で脳ぶっ壊してやっとだったろ!」


 前回は頭に攻撃を届かせることだけを狙った作戦を組み、犠牲者を出して、勝った。その時のように脚に杭を撃ち込む為の隙が見出せない。いや、そもそも杭はどこにある?


「この壁から助走をつけて飛べばどうだ!?行けなくはないだろう!」


 だが、今回杭はなくとも壁がある。この壁を上手く使いさえすればと、ラガムは必死で打開策を考えていく。


「いい案だが、俺らの中でオーガの脳まで剣で斬り裂けるやつは何人だ?五人もいるか?」


「別に同時に殺さなくてもいい!一体ずつだ!俺とお前ならやれるだろ!」


 アランの指摘の通り、頭皮から切り込んでも脳まで斬り裂ける人間は少ない。それでもオーガ一体ずつ、ラガムとアランが相手取れば可能性は0ではない。


 しかし、運命は待ってくれなくて。


「ラガムさん、無理です!これ以上は魔力が持たなくなります!」


 残念なことに、時間切れで魔力切れだ。


 ありったけの魔法で、なんとか魔物の群れを食い止めていた仲間からの悲痛な知らせに、ラガムは歯をぎりりと悔しげに鳴らし、


「ちっ!白兵戦だ!できる限り殺せぇ!」


 虚空庫から剣を引き抜き、「全員に死ね」と同意義の命令を出した。




『身体魔法』


 基本系統の三つの内の一つで、主に肉体に関する魔法。身体能力を大きく向上させる「身体強化 / 強化』。傷を癒す「治癒魔法」に別れている。系統の法則により、傷を治しながら身体強化を行うことは不可能である。


 「属性魔法」との違いは、魔法の発生場所とされている。「属性魔法」は体外に魔力を集中させることで発動するのに対し、「身体魔法」は体内に魔力を集中させることで発動する。


 以下、余談。


 最も古い魔法の一つとも呼ばれている。古くに万人を納得させるような理論や、効率の良い陣ができてしまったせいか、研究者がそれほど多くない。故に、この魔法にも大きな勘違いが生じたままである。


 その違いとは、そもそも「身体強化」と「治癒魔法」は同種類の魔法であるということ。本来は身体能力を向上させる一つの魔法で、筋力などの動作に振り分けたのが「身体強化」。治癒力に振り分けたのが「治癒魔法」である。


 未だ発見されていないが、もしも仮に満遍なく振り分けられる理論や、陣が見つかったのならば、同時発動は可能になるだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ