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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第34話 成長と努力




「よくもまぁ、上手くいったものね」


 少し時を遡り、まだプラタナスの肩が普通だったころ。入場した両者は向かい合い、試合開始前に言葉を交わしていた。


「何の話かねぇ?」


「妹を焚き付けて、私の体力を削る作戦のことよ。これなら、去年は負けた貴方でも勝てるわね」


 正々堂々頑張りましょう、なんてお綺麗なものではない。プリムラが今しがた口にしたのは、煽りと確認だ。


 かつて妹が抱いた考えと同じものを、姉である彼女も抱いていた。それは、ルピナスを捨て駒としてプリムラにぶつけ、弱ったところをプラタナスが横取りするという想定だ。現に今の状況は、それに限りなく近いものとなっている。


 妹との戦いは激戦ではあったものの、プリムラの消費は倒れるほどではない。傷も戦えないほどではない。しかし、全く影響が出ないわけではないのだ。万全の時と比べれば、パフォーマンスは大きく低下している。


 一方、プラタナスはここまでの試合全て圧勝しており、無傷にしてほぼ万全の状態。まさに絶好調にある。どちらが有利かなど、火を見るよりも明らかである。


「そこまでして私に勝ちたいの?そんな私に、貴方は勝ちたいの?」


 その差故に、彼女は問うのだ。正々堂々を捨ててまで勝ちたいのか。他人をぶつけて弱らせてまで勝ちたいのか。それは果たして、勝ちと呼べるものか。プラタナスは満足できるのかと。


 正しい指摘だ。間違ってはいない。本来なら、お互いに対等な状態で雌雄を決した方が良い。そっちの方が互いに納得できるはずなのだ。


「なるほど。言い訳か」


 だが、彼は顎を撫でながら、ばっさりと切り捨てた。だってそうだろう。挑戦者がお互い万全の状態で戦いたいと言うならまだしも、受けて立つ側のプリムラが言っては、言い訳に聞こえても仕方がない。


「……はぁ?」


「くくっ……だが、一理あるねぇ。あとでごねられても面倒だし、こうしよう」


 勝手に言い訳と断じられたプリムラが、怒りで顔を染め上げる。それを見たプラタナスは愉快そうに喉の奥で鳴らし、確かに自分も対等な状態で戦いたいと頷いて、そして。


「ちょっとまだ試合は……!?」


「自分への攻撃は、禁じられていないだろう?」


 ぼぎりという嫌な音が二度、彼女の耳に届いた。プラタナスの肩からだ。彼が自らの両肩を、岩で構成された手でへし折った時の音だ。


「更に、少し早い祝砲だ」


 彼は止まらない。天に笑みを向け、炎魔法を発動。ただの赤色の炎ではなく、青に緑に紫に黄色に白とカラフルに。かつ、莫大な魔力を込めることで範囲を拡大し、連射。空に大きな花火を、何輪も浮かべてみせた。


「どうかねぇ?綺麗だろう?」


 遅れた音と火花が降り注ぐ舞台の上で、彼は不敵に笑う。自ら壊した両肩と、大量に消費した魔力を観衆と忌まわしき少女に見せびらかしながら。


 誇らしげな彼に対し、観衆の態度は疑問に満ちたものだった。常人には理解できないことだろう。愚かだ。余りにも愚かが過ぎる。


 確かに花火は綺麗だ。一輪くらいなら、パフォーマンスとして申し分ない。しかし、今なお続く計何十発となると、消費が激し過ぎる。現にプラタナスの魔力量は、最大時の四割程にまで減少してしまっている。これは、プリムラの現魔力量をやや下回る数値だ。


 そしてそれ以前に当たり前の話。なぜ、両肩の骨を折ったのか。いくら魔法主体の魔導師とはいえども、ルピナスの傀儡魔法や魔法陣、プリムラの操風時の短剣のように、虚空庫や魔法の操作に手を用いることは多い。両肩の損傷など、戦闘に大いに支障をきたす怪我だ。


「いや、綺麗云々より馬鹿じゃないの?なんでそんなに魔力使ってるの?両肩折るとか頭沸いてるの?」


 もしもほぼ同じ魔力量、同じような負傷具合で戦いたかったからだとしても、これでは釣り合わない。彼の不利に傾き過ぎている。故に、観衆もプリムラもザクロもサルビアも首を傾げているのだ。


「あー……なるほど。あなたこそ言い訳作りね」


 そこでプリムラが思い至ったのは、彼が己にふっかけてきた言葉。万全だったら勝てたと言う為の自傷だと、ポンと手を叩きながら嘲笑って、


「はははははははははは!言い訳など必要ないとも。私に負けはないのだから」


「……は?」


 プラタナスはそれを利用し、嘲笑い返した。痛むのも構わず、身体を後ろに反らせた大笑いだった。


「私が自らの両肩を壊し、魔力を消費したのは他でもない。不利な状態から貴様に勝ち、貴様の心を完膚なきまでに破壊する為だ」


 理解できるわけがない。常人どころか、狂人に片足を突っ込んでいるサルビアですら、思わず感心してしまうような斬新な屈折だ。ただ嫌がらせをしたいが為に、両肩をへし折って自分を不利に追い込むなど。


「私はここまで賭けた。この一年間を、勝つ為だけに費やしてきた」


「……イカれてる」


「なんとでも言いたまえ」


 プリムラも例外ではない。異常な行動、そして彼の眼に宿る妄執の光を見て、彼女は恐れ慄いた。


「貴様は、どこまで賭ける?」

 

「全部よ。勝つ為なら全部に決まってるじゃない」


 だが、その眼に問われれば。恐れも慄きも忘れて、彼女は即答する。狂気には及ばないとしても、それでも強い意志を持って。


「よろしい。なればこそ、潰し甲斐がある」


「去年のこと、忘れたのかしら?甲斐があっても潰せるとは限らなくてよ?」


 プラタナスが思うは、この一年の屈辱とある少女の戦い。プリムラが思うは、今までの自分とつい先程交わしたある少年との会話。


「また去年と同じように、地面と愛し合わせてあげる」


「悪いが、既に私には想い人がいる。一生独り身が確定している君こそ、地面に抱擁されるべきだとは思わないかねぇ?」

 

 互いに顎を突き出し胸を張り、相手を見下して罵り合う。そこに世界や誰かを救う心、誰かの為になどという綺麗な想いはない。彼はただ復讐したいだけで、彼女は彼が気に食わないだけ。善には程遠い、戦いの理由だ。


「準決勝第一試合、プリムラ・カッシニアヌム対プラタナス・コルチカム」


 だが、彼らにはそれでいい。それだけで、殺し合うには事足りる。


「うっかり殺してしまったら、ごめんなさいね」


「無用な心配だ」


 ぴりっと張り詰めた空気に、一年越しの因縁の対決に、冷めていた観衆のボルテージも上がっていく。サルビアもザクロも食い入るように。目を覚ましたルピナスも医師の付き添いの元、全てを見届ける為に。


「それでは、試合開始っ!」


 様々な視線と様々な思惑が絡み合う中、ついに火蓋は落とされた。










 まず初めに動いたのは、プリムラだった。虚空庫から短剣を取り出しつつ、最速の風爪を三枠走らせる。修復したばかりの地面を三対計九本の鋭利な刃が砕き、砂利を撒き散らして進み、障壁展開前のプラタナスへと襲いかかる。


 しかし、彼も負けていない。発動を見た瞬間に、服に仕込んだ魔法陣合わせて二枠にて風の壁を創成。ぶつけ合わせ、適性に優れた己の枠の分で二つの爪を相殺。適性で劣る陣で残り一つを、技術にて受け流す。


 第一の攻防は共に無傷、大歓声の中で終了。しかし、既にこの時点で第二幕への準備は仕込まれている。刹那の暇すらなく、戦いは次へ。


 プラタナスは折れた肩に顔をしかめつつ、虚空庫から鉄剣を三本取り出して宙へ。まるでお供するかのように、限界まで引き絞られた炎の槍二本をその傍へと並べ、射出する。


「あはっ!」


 それに対し少女は短剣と、先程カットした地面を宙に浮かべる。あの風爪三対は、障壁展開までの一秒を狙っただけのものではない。武器となる瓦礫を現地調達する為のものでもあった。


「三枠……!?」


 観衆がどよめいた。短剣も瓦礫の数から推測された、枠の数に対してだ。プリムラはここで、三枠全てを物理攻撃に費やしたのだ。戦闘開始後即座に魔法障壁を展開すべしという、魔導師戦の鉄則の裏をかいた行動。


 とはいえ普通なら、プラタナスは鉄剣と炎槍をすぐに引き戻すことで対応できる。ただしそれは普通、つまり二枠しかない人間に対しての話。三枠の操風に二枠で対抗するなら、範囲殲滅型の魔法を使うしかない。だが、えてしてそれらは発動に多少の時間がかかるもの。既に発射された弾丸のような速度に間に合うかは、非常に微妙なところである。


 障壁を切り替える時間なんて与えるわけもない。これはもう、勝負が決まったかもしれない。観衆が思い、プリムラが勝ち誇ったその時だった。


「は?」


「え?」


 プラタナスは剣も炎の槍を引き戻さず、また、解除することもなかった。つまり、防御を一切考えない攻撃の続行。倒される前に倒せばいいとでも考えたのだろうか。いいや、否。仮にプラタナスの攻撃が彼女に当たったとしても、それとほぼ同時にプリムラの攻撃が彼に当たる。よくて引き分け、障壁の防御と手数を考えれば、プラタナスの方が重傷になってしまう。


 剣と槍と瓦礫と短剣が交差し、いくつかは地に撃ち落とされ、無事だったものは先へ。


「なんで物理障壁張ってんのよ!?」


 口角を吊り上げ、こちらを見る緑の眼。そこに映り、プリムラと観衆が観たのは、目標に一切触れることなく空中で停止する瓦礫と短剣の数々。彼女の叫びの通り、プラタナスは物理障壁を張っていた。切り替える暇もなく、ならばいつからか。


「貴様の思考は実に読みやすい」


 最初からに決まっている。彼はプリムラが全ての枠を物理に費やすことを読み、開始直後から物理障壁を展開していたのだ。


 なぜ、読めたか。もちろん、プラタナスが元から洞察力に凄まじく優れていたというのもある。だが、それ以上にずっと、彼はこの一年間、プリムラに首ったけだったのだ。ずっと研究し続けていたのだ。


「その上、拙い」


 そして分かったのは、魔法はともかく、彼女は戦闘の運び方があまり上手ではないということ。裏をかこうと策を練ることはあっても浅く、予想の範囲を出ることはまずないということ。


 戦闘の運び方が下手なのは、今まではその圧倒的な才能で最初から流れを掴めたからだ。三枠とふざけた適性を前には、誰もが防戦一方となる。例え彼女が拙くとも、責める隙など見出せやしない。同様に、策を練る必要もなかったから浅い。


 だが、ルピナスやプラタナスのように、ただ押し潰すだけでは潰れてくれない相手が現れた。技術を磨き、策を張り巡らせ、二枠でありながら戦いの主導権を握ろうとする相手だ。


 するとどうなるか。こうなるのだ。


「くっ……!ああっ!」


 三枠全てを物理攻撃に投じたのが仇となった。プリムラの攻撃は物理障壁によって完全に無効化されたのに対し、プラタナスの攻撃は健在。操風を断ち切って最速で土の盾を創造するも、火の槍の爆発にて大破。急造品では耐えられなかった。いや、彼はここまで読んでいた。


「いた……い!」


 全ての攻撃と防御を潜り抜けた鉄剣が、彼女に牙を剥く。開始からまだ僅か。だというのに、プリムラの服を、身体を剣が斬り裂いた。身体強化で無様に横っ飛びの回避行動をとり、できる限り早く発動させた暴風で剣を押し返したものの、左二の腕と左頬と二度斬られた。命に関わるほどでもなく、戦えないほどでもない。そんな場所にして浅さ。


「うぅ……!」


 だが、痛い。普段から痛みに慣れていない彼女にとって、これらの傷の痛みは大きい。腕から着地した時に顔をしかめ、一瞬下を向いてしまうくらいには。


 そして何より、ルピナスの時はほとんど動かずに戦ったというのに、もう動かされてしまった。痛みと不動。彼女の誇りが既に二つも、汚された。


「このっ……!」


 膝をついて立ち上がろうとしたその時、一粒の砂利が綺麗な顔を叩く。地を砕きながら1.5mほど先にまで迫っていた、風爪だ。まるで馬鹿にするかのように、プリムラが開幕に発動させたのと全く同じ。


「ふざけるな!」


 魔法障壁を張っているとはいえ、飛来する砂利を無視することはできない。また、何より同じ魔法というのが気に食わなかった。故に彼女は土の盾を発動し、風爪を押し止める。急造品ではなく、しっかりと力を込めたもので。


 二枠を残し、警戒と監視を怠らない。プラタナスはあの両肩だ。あまり動けないようで、位置は変わらずそのまま。だが、彼もまだ一枠残している。


「次は一体、どんな手を……?あああああああああああ!?」


 どんな魔法がきても対処できるようにプリムラは構えて、地面ごと吹っ飛んだ。爆発したのは、風爪と土盾がぶつかった箇所の地面。


「なに!なん、なの!?」


 ごろごろと転がって顔を上げ、瓦礫に打たれた痛みに呻き、喚きながら、訳が分からないと叫ぶ。土の下とはいえ、ここまでの爆発ならなんらかの前兆は見えるはず。なのに、魔法も魔力も見えなかった。


「教えると思うかねぇ?」


 しかし、残念ながらこれは授業ではなく、先生は教えてはくれないのだ。風爪の第二波が、プリムラに迫る。


「じゃあ自分で探すわよ!」


 ならばいい。自分で見つけてみせると、彼女は土の盾と水を圧縮した杭を創造。そして、思考する。


 爆発は風爪の方角の地面からだった。なら、そこに何かがある。前兆はなかったから見えなかったのではなく、隠されていたから見えなかったのではないかと推測。すると怪しいのは、プリムラのように瓦礫を操風で用いるわけでもないのに、風爪がわざわざ地面を砕いて進んでいること。


 そこで彼女はピンときた。爆発火球だ。通常、動かすことすら難しいそれを、プラタナスはふざけた技術で地面に潜らせているのだ。更に、地面が盛り上がるという前兆を、風爪を上に置くことで見事に隠している。


 プリムラの性格上、風爪を無視することはない。なんらかの方法で防ぎ、その方角の攻撃は無力化したと一安心する。油断して意識がずれたところを、足元からドカン。爆発自体は魔法判定となって障壁に阻まれたとしても、爆散した瓦礫は充分傷になる。


 これがさっきの爆発の正体への、彼女の予測。見事に大当たりだ。プラタナスは先程、爆発火球を風爪の下に巧妙に隠し、プリムラへとお届けした。


「だったら!」


 土の盾は変えない。風爪を防がせる。変わるのは水の杭を、その下に打ち込むことだ。これで爆発前に火球を無効化する。


 ここで終わらない。風爪と爆発火球で、プラタナスは二枠を使用している。障壁の種類は判断できないが、それでも二分の一。絶好の攻撃の機会だ。だからプリムラは操風で瓦礫を浮かし、彼へと向かわせた。


「……あれ?」


 手応えがなかった。操風ではなく、土の盾でもない。水の杭だ。大地を割り、その下にある火球に触れたはずなのに、なにも感触がない。熱源がないのだ。


「……っ!?」


 その瞬間だった。ぞわりとした何かを感じたのだ。恐らくそれは、理性より早い本能による理解。意地も誇りも何もかも忘れ、全てを捨てて身体強化して、またもや無様に横に飛んだ。


「ほぅ」


 偶然か、あるいはここまで読んでいたのか。操風の瓦礫がプラタナスの物理障壁に阻まれた。ただ間違いなくいえるのは、あと少しでプリムラが負けていたということ。それを覆した行動に、彼が一息の評価をしたことだった。


「驚いた。私の想定の貴様なら、今の行動に移るまでにもう少し躊躇いがあった」


 そしてその躊躇いの間に、プラタナスによる操風の瓦礫が、彼女の頭に直撃していたはずだった。プリムラが見栄えだとかそういったものに拘らず、即座に蛙のように横に飛んだから、彼女は助かった。


「……さぁね。なんでかしらね」


 それは、彼女自身にも分からない変化だった。しかし、今は戦闘中。それを振り返る暇はない。振り返るべきは、プラタナスの戦術と洞察力だ。


「やはり、人の心とはそう読みきれるものではないか」


 やれやれと肩を竦めた彼を、彼女は恐ろしいと思っていた。確かに一度目の風爪の下に、爆発火球はあった。だが、二度目の風爪の下には、何もなかったのだ。プリムラの頭を掠めた瓦礫こそ、その証拠。


 この男は読んでいた。一度目はバレないことを。二度目でプリムラが一度目の正解に辿り着き、得意げになって対応することを。読んでいたからこそ、二度目に火球はなかった。ここでのミソは、得意げになって対応する、というところにある。


 火球があることを信じたプリムラは、わざわざ水の杭を用意して打ち込んだ。少ない魔力で済む最小限の的確な対処。合理的な解決策。そう、まるでルピナスやプラタナスに張り合うように。


 彼女の負けず嫌いさを知っているのなら、この行動に至ることを予想できるだろう。だから彼は、後ろから瓦礫を向かわせた。彼女が小さな魔法で大きな効果を生むように振る舞うと知っていたから、向かわせたのだ。


 もしもプリムラがいつものように、範囲殲滅型で全部まとめて吹き飛ばす力技で対処したのなら、この瓦礫まで破壊され、届かなかっただろうに。


 危なかった。完全に読まれていた。心の機微まで織り込んで、絡め取られるところだった。


「そうね。そろそろ貴方の掌の上で指示に従って踊らされるのは、嫌になってきたわ」


 今の行動も言葉も、読まれているのかもしれない。だが、その思い込みがいけない。読まれているのではという躊躇いが、動きを鈍らせる。負けを呼び込む。自滅させる。


「だから私、貴方の掌の上で自由に踊るわ。踵で肌を貫いてあげるくらい、激しくね」


 故に、読まれているかもしれないが、知ったことかと。プリムラは高慢に振る舞うことに決めた。策の上なのは構わない。ただ、従わずに喰らい破ってやると。


 少ない魔力で大きな効果を出すのは、良いことだ。だが、それに縛られてはいけない。別に大きな魔力で大きな効果を出したって、構わないのだ。そしてその方が、プリムラには合っている。


「……おかしいねぇ。私の予想だと、貴様は動揺に囚われて自滅するはずだったんだが」


「私は貴方ごときの予想に収まるような、小さな人間ではないのよ?」


 プラタナスにとって彼女の決意は、大いなる予想外だった。彼の予定では今頃曇っていたはずの灰色の眼は、爛々と闘志に燃えている。そこに自信のなさなど、かけらも見出すことはできない。


「……やはり、使うことになりそうか」


 彼がぽつりと、身体強化したプリムラや観衆にも聞こえないほど小さくこぼした言葉は、風に流されて消えた。







 それからの戦闘は今までと打って変わり、プラタナスが不利となった。吹っ切れたプリムラが技術に拘らず、三枠全てで大技を連発するようになったのだ。


「さっきまでの知略はどうしたのかしら?先生!」


 戦闘の運び方が下手、大いに結構。強引に力で奪い取ればいい。技術が足らないというのなら、より大きな力でねじ伏せよう。策が浅いのなら、いっそ使わず全て真正面から正々堂々押し潰そう。


「安心、したまえ……!今なお実行中だ」


 動揺も躊躇いもなくなったプリムラは、実に厄介だった。技術においてはプラタナスが圧勝だ。適性だって、僅かに劣る程度で絶対的な差はない。足を引っ張るのは愚かにも両肩の負傷。突き放すのはやはり、枠の数の差。


(しかし、これはさすがに想像以上だねぇ……!)


 二枠で張り巡らせた策を、全て力技の三枠のゴリ押しで突破してくる。上手く誘導し、障壁の切り替えを絡めることで何度も反撃の隙自体は見出せているものの、どれも獣のような反応速度を前に決定打には至らず。


(ここまで才能の塊だったとは……!)


 いずれも、想定を遥かに上回っていた。更に言うなら、ルピナス戦の時よりずっと動きがいい。


 罪悪感の有無だろうと、プラタナスは推測する。おそらくルピナスに対して彼女は、ほぼ無意識的に罪悪感を抱いていた。周囲の声もルピナスを応援するものばかりで、まるでプリムラは悪役のような扱いだった。


 しかし今回、プラタナスを応援する声の方が大きいかもしれないが、それでも彼女の心に罪悪感はない。故にかと思ったが。


(いや、それだけではないねぇ。一体、何があった?)


 それだけでは説明できないほど、動きが良すぎる。何かがあったのだろう。彼女が自分を認めるような、何らかの出来事が。あのルピナス戦から今までの間に。


 その当の本人は何も知らず、ハイレベルな試合を眺め、剣を抜きそうになるのを必死になって抑えている。無論、彼自身も知らないのだから、プラタナスとはいえ思い当たれるわけもない。


(分からない。分からないが、その何かのせいで、最悪な事態が起きている)


 最悪だった。あり得ないと思っていた。プリムラが成長し始めている。この短時間、試合の中で、ルピナスとプラタナスの技術を喰らい始めている。


 恐ろしいにもほどがある。万が一、万が一プリムラがプラタナス級の技術を持とうものなら。二枠で三枠に対抗しうるだけの技術を、三枠の者が手に入れてしまったのなら。勝てる者など、かの伝説の『魔神』や『魔女』、『大悪魔』や『色王』などしかいなくなるのではないか。


 今はまだ、そこまでの技術ではない。まだ足元くらいだ。しかし、努力などしたことがないと豪語していた彼女だ。まるでスポンジのような速度で、成長しつつある。技術に拘らなくなった途端、技術的に成長し始めるなどなんという冗談か。


 だが、真の冗談はプリムラなのか。この戦いを真の意味で観戦できている者達は皆、プラタナスにも畏怖を抱いていた。


 超威力の土槍の雨を、一つの風魔法で横から撫でることによって軌道を僅かに変更。顔面すれすれを通り過ぎ、地面に突き刺さっていくそれらに顔色一つ変えることなく、的確に対応し続ける。


 飛来する無数の瓦礫一つ一つを、一本の熱線を鞭のように振るうことで焼き払う。


 前年のように、防ぐだけではないのだ。本来はここぞという時以外固定する障壁を、予測した戦況に合わせて逐一変化させることで、反撃を行なっている。二枠が三枠に防戦一方ではない戦いをしているのだ。両肩が折れているというのに。


 不利なのはプラタナスだ。押されているのはプラタナスだ。だがその程度、一度でも反撃が綺麗に決まれば、ひっくり返る。


「本当、うざくなったわね!」


「はははははははは!当たり前だねぇ!」


 有利ではあるが決めきれず、時折反撃を差し込まれることにプリムラは苛立っていた。憎き仇の悪感情に、プラタナスは不利にも関わらず、心底嬉しそうな表情を浮かべて誇る。


「この私が、努力したのだから!」


 それは、天才が更なる天才を討ち果たす為にした努力。毎日毎日、魔法を使う度に強く意識し続けた。ある日からはザクロを、またある日からはサルビアとルピナスを雇い、訓練の相手とした。


 既に今世紀最強に近いサルビアの剣。彼に追いつこうと急成長を遂げていくザクロの魔法と剣。そして、プリムラどころか自分を遥かに上回る技術を持つルピナス。この三人と、毎日戦い続けたのだ。強くなるに決まっている。


「……本当に、貴様の系統外は反則だな」


 強くなったのだ。なのに、届かない。いくら技術を磨いても、策を張り巡らせようとも、やはり三枠は圧倒的過ぎた。


「持って生まれなかった自分を恨みなさいよ」


 それを指摘すれば、やはりコンプレックスだったのか。プリムラは目を細め、声を荒立たせる。


「そうだねぇ……恨んだからこそ、後天的に手に入れようか」


「は?」


 天上の音楽にも等しきその声に対し、プラタナスは言葉と共に虚空庫へと手を突き入れる。


「っ……これは、ルピナスと私の共同開発でねぇ」


 肩が痛みに叫ぶ。だが、顔は笑ってしまう。取れないわけがない。ルピナスと同じだ。この魔法陣を、彼女と共に編み出したこの魔法陣を、たかが骨折程度で掴めないわけがない。


「名を、『義枠(ぎわく)三重式(さんじゅうしき)』と言う」


 それは、プリムラを倒す為だけに編まれた魔法陣。


「おめでとう。貴様は孤独ではなくなった」


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