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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第30話 まるで魔法のような




「ごめんなさい」


 心が生まれてからずっと、謝っていた。


「助けて」


 息をする度に、心が助けを求めていた。


 どちらも、誰に言ってるかは分からない。そもそも人に向けたものなのかさえ、私は知らない。


 朝起きた時に、寝間着を脱ぐ時に、ご飯を食べる時に、歩いている時に、空を見上げた時に、人を見る時に、椅子に座った時に、家に帰る時に、お風呂に入る時に、夜寝る時に、たまたま心の中の口がその形になるのだ。


 分からない。誰に謝っていたのか。誰に謝るべきだったのか。誰に助けを求めていたのか。誰に助けを求めるべきだったのか。分からない。









「おいおい。嘘だろあれ」


「厳しい状況だな」


 観客席から舞台の声を強化された耳で拾ったザクロは現実を疑い、サルビアは冷静に判断を下した。それは、プリムラの圧倒的な才能に驚いたからでもあるし、ルピナスの勝ち目が見えなくなったからでもある。


「……」


 プラタナスも、無言だった。忌々しい宿敵ではなく、愛する弟子をじっと見続けていた。まるで、祈るかのように。







 ルピナスが傀儡魔法の陣を見つけたのは十二歳の時。魔力で糸を編み、傀儡を構成する感覚を掴むのに二週間。糸を振り回しても千切れないまでになるのに、更に二週間。まともに使えるようになったのは、それから半年後。これでも常人のおよそ倍の速度である。


「いま、使えるようになった?」


 だからルピナスは腕の痛みも忘れ、震えた声で聞き返す。傀儡魔法をお披露目してからまだ十分も経っていない。十ヶ月でも、十日でもない。十分だ。魔法の天才と呼ばれ、戦場に立ったこともあるプリムラだ。マニアックな傀儡魔法とはいえ、今日が初見ではない。しかし、彼女が傀儡魔法を覚えようかなとと初めて思ったのは、紛れもなく十分前なのだ。


「ええ、そうよ。そう言ったでしょう?」


「……」


 言葉を失った。自分が必死になって積み上げてきた努力を、一瞬で砕かれたから。凡人の努力を、天才がそれより少ない努力で薙ぎ払うことは理解できる。だが、彼女の努力はいささか少なすぎる。


「もう諦めなさい。あなたが私に勝つなんて、土台無理な話だったのよ」


 枠の数だけではなかった。才能からして格が違った。プリムラはその気になれば、トチだけではなくモダも奪える。龍骨を纏った傀儡という、最高の盾にして矛の友達を。


「……」


 これにより、切り札は封じられた。三枠を操る姉に対抗する手段だったというのに、使えなくなった。いや、むしろ切り札はそのまま姉のものとなり、ルピナスに矛を向けた。


「せん、せい……」


 降伏の答えを待つ姉から目を逸らし、ルピナスが探すのはプラタナスの姿。見つけた彼の顔を涙でにじむ強化の視界で捉え、知る。


 ザクロとサルビアは絶望的な顔をしている。きっとそれは、ルピナスと同じ顔だ。だが、プラタナスだけは違う。苦しげで悔しげで祈っているようだけれど、まだその眼は信じている。


 こんな私を、信じている。


 ならば、


「降伏は、しない」


「そうよ。いい心がけね……今、なんて?」


「しないって、言った」


 負けられない。許せない。それだけは絶対にだめだ。聞き返すプリムラに、ルピナスは意思を突きつける。


「初めて人に、ここまで信じてもらえたから」


 あんなに人と触れ合ったのは初めてだった。人間の友達ができたのなんて、初めてだった。


「初めて期待されているから」


 無枠故に無能。姉に比べて余りにも能無し。鼻で笑われ、嘲る笑いに晒され続けてきた彼女が初めて背負う期待。重荷ではあるが、降ろすことはできないもの。


「そして、私自身が勝ちたいと思っているから」


 全てを諦めていた自分が持ち、挑もうとした願い。叶えたところで何も変わらないかもしれないけど、何かが変わるかもしれないから。


「だから私は逃げられない。負けられない」


 立て、立つんだ。絶望に挫けた膝を希望ではなく、ただ負けられない、負けたくないからという心だけで奮い立たせる。下を向き、逃げかけた瞳に再度火を灯し、未だ驚きから帰らぬ姉を見る。


「だから、私はっ!」


 左手と壊れた右手、それぞれに固定された傀儡魔法の陣を発動。奪われぬよう、右手でモダを虚空庫へと帰還。そして左手は友達のトチを取り返す為に、新たな魔法の糸を伸ばす。


「まだ分からないの?」


 プリムラは呆れ返る他にない。だって、勝てない。いくら熟練の技術があろうと、ふざけた出力の初心者の力を、魔法の糸引きで上回ることはできない。


「分かってる!ここで降参なんてしたら、一生後悔するなんてっ!」


 だからルピナスは、熟練の技術とふざけた出力を両手の二重発動にて両立させた。糸の数は先と変わらず、しかし、引っ張る力も強度も先とは段違い。プリムラの一枠にも、これなら対抗できる。


「いいえ、分かってない。分かってないわ」


 だが、それは魔法の戦いに精通する者なら予測できる範囲の手段。故にプリムラは同じく二重発動にて残酷なまでに力を増幅させ、トチを動かすことを許さない。


「あなたはどう足掻いたって負けるの。だからこれ以上の戦いは恥を重ねるだけ––」


「決めつけないでっ!」


 重ねて、だが。予測されることもまた、予測できること。ルピナスの二重発動は囮だった。一瞬でよかった。プリムラの二枠と両手を潰し、これからを邪魔されないようにする為の。


「ちょっと!?私が操っているのになんで!」


 トチの身体が分解され、地に落ちた。なんてことはない。使い終わった傀儡をバラバラにし、しまいやすくする為だけの魔法だ。プリムラが一度も見たことがなく、真似も対策もできなかった魔法だ。


「知らなかったでしょう」


 そもそも、傀儡魔法に絶対的な操作権は存在しない。よく知らないプリムラは、そこを勘違いしていた。無論、引っ張り合いになればルピナスが負けるから、表面上はそう見える。だが、完全に干渉できないわけではない。


「糸で触れてさえいれば、分解できるの」


 このように。当然、即座にプリムラが組み直そうとすれば、出力の差によって彼女が勝つ。だが、彼女は構成の瞬間を見ていない。少し見ただけで覚える天才だからといっても、見ていないものまでは覚えられない。


「……おかえり。ごめんね」


 その上、混乱していたともなれば。ルピナスはプリムラの一瞬の隙を突き、細かくなった龍骨を再度糸で繋ぎ、トチを取り戻す。そしてそのまま奪われぬよう、虚空庫へと帰らせれば。


「……ええ。認めてあげる、やられた。してやられたわ」


 切り札はなくなった。最強の硬さを持つ龍骨の兵は、舞台から消えた。


「でも、あなたの不利は変わらないでしょう?」


 そう、全ては元通りルピナスの不利。最悪の中の最悪を逃れたとしても、今もなお状況は極めて悪い。右手が砕けている分、昨日の予選以下だ。


「後悔させてあげる」


「もうし尽くしたから、したくない」


 だが、それでも。岩の破片を宙に浮かべたプリムラに、ルピナスは一歩も引かなかった。傀儡魔法の陣をしまい、左手の各指間腔にそれぞれ二枚ずつ、計八枚の陣を握り、立ち向かう。









 心は挫けずとも、現実として勝ち目は見えなかった。だからルピナスは現状のまま無理に勝ちにいくのではなく、負けないようにひたすら凌ぎ、その間に何か策を見つけることに尽力した。


 プリムラの高出力の魔法三枠に対し、ルピナスは陣の二枠での相殺を試みる。大魔法の陣を大量に使い、姉に勝る技術にて、手数と威力の差を埋めようとした。


「やるじゃない!まぐれかもしれないけど、あなたの大好きな大好きな先生以上よ!」


 最初はまぁ、徐々に劣勢に持ちこまれていったが、なんとか凌てはいた。いらぬ仮定による不安の鎖を、負けた時の想像という更に酷い不安にて押し砕き、集中を高めて。持ち前の操作性で、一枠の炎の連弾で、二枠分の石片を撃ち落とすなどの絶技を披露して。


「でも、いつまで続くかしらね?」


 しかし、それはそう何度も連続でできるものではなく。撃ち漏らした石片が身体に傷を打ち込み、服を切り裂き陣を奪う。勝負の致命傷となるような部位だけは避けたが、時が経てば経つほど、傷は増え、服に仕込んだ手札(じん)は減り、不利になっていく。


「ほらほら!守ってばかりじゃ勝てないわよ!」


 反撃をする暇なんてなかった。世界を埋め尽くすかのような攻撃を、ただ防ぐことだけで手一杯。矢継ぎ早に切り替わる魔法に対応するだけで、精一杯だった。


「うっ!?ああああああ……!ぐっ!」


「わあ。すごい風ね。で、それはあと何枚あるのかしら?」


 腫れ上がる右手に石片が当たった時は、絶叫した。しかし、敗北には繋がせない。痛みに掻き回された思考を、歯を食いしばってすぐに整理して、一度で使用不可能になる緊急回避用の広域暴風陣を用いて乗り切る。


 押されこそしても蹂躙ではなく、策と機を待つ戦い。そこから勝負を一気に傾けたのは、障壁だった。ルピナスは一度も、魔法障壁を解除できなかったのだ。それはなぜか。


 物理に転じた瞬間、三枠全てによる舞台全域を範囲とするような超火力の魔法が飛んでくるだろうから。数度なら防げるかもしれないが、陣の切り替えが間に合わないほど連発されたなら、負け以外にない。


「ああ、あなたやっぱり、物理障壁を張らないのね」


 故に変えられず、故に不利。ルピナスが魔法障壁しか使えないと悟ったプリムラは、魔法の配分を全て物理へと変更。石片や刃物が濁流のように渦を巻く。ルピナスがそれを防ごうと土の壁を築いたのならば、覚えたばかりの石の傀儡で殴り砕く。空いた穴から流れ込んだ攻撃が、激しく身体を打ち付ける。


「するとしたら、賭けに出る時。でも、早くしないとそれすらできなくなっちゃうわよ?」


 また暴風の魔法陣で仕切り直した妹を、ちょいちょいと手招きしながら煽るプリムラの予想通り。障壁を物理に転じて攻撃を全て無効化し、二枠で姉を仕留める。これらを、プリムラが魔法攻撃を放つまでに行うこと。この方法以外、勝ち筋は見つからない。


 しかし、それは諸刃の剣だ。もしも時間内に仕留め切れなかった場合、その時点でルピナスの敗北が確定する。そしてプリムラはこの展開を待っている。いつでも物理攻撃をやめて、広範囲の魔法を撃てるように構えている。だから、踏み切れない。


「他の、方法を……!」


 だからルピナスは傷付き続け、耐え続け、考え続けていた。ずっとずっと、他の方法を探し続けていた。









「はぁ……はぁ……うっ!」


 そして、永遠にも思えた七分後。凌いで耐えて、傷付いた果ての果て。頑張った。よく耐えた。よく立っている。しかし、そのことに歓声はない。一部の人間を除いて、観客は冷え切っていた。


「まだ、やるの?これ以上は私が悪者扱いされそうで、嫌なんだけど」


 だってその姿はもうボロボロで、今にも倒れそうだったから。最初に砕かれた右拳に加え、石片が直撃した右頬、右の肋骨、左手薬指と小指の計三箇所の骨は壊れている。特に今しがた砕いた左手の指の影響は甚大で、魔法陣を持つことすらルピナスにとっては激痛だった。


「もう魔法陣だって残ってないんでしょ?」


 対抗する為、ほぼ全ての陣を最高出力で使用した。故に消費速度は凄まじく、役目を終えて紙切れとなったその数、三百枚を超えている。


「それに……」


 そして、なにより見ていられないのは彼女の肌だ。いや、先述の一部、獣欲に満ちた者達は舐め回すように見ていたが。


 刃物が陣を破壊する為に服を割いた結果、もはや肌の面積の方が多く露出することとなり、その上を幾筋もの細い血の河が辿っていたのだ。


「……同じ女、姉妹としての情けよ。この布を恵んであげる」


 いくら陣を破壊する為に仕方がなかったとはいえ、さすがに思うところはあったのだろう。攻撃を中断し、魔法陣が一切仕込まれていないただの大きなマントをプリムラは虚空庫から取り出し、ルピナスへと放り投げる。


「……ありがとう」


「なによそれ。なんか全く、感謝が込もってないんだけど」


 例え嫌いな姉からであっても、親切には礼を返す。ただ、そこにある想いを込めないわけではなく。布を纏いながら実の妹が虚しそうに吐き捨てた感謝に、プリムラは眉をひそめた。


「関係ない、ごほっ。ことだから」


「で、降伏する気には」


「ならない」


 何度目か分からない降伏勧告に、血を吐きながらの即答。だが、答え方とは裏腹にルピナスの限界は近い。肉体的にはもちろんだし、魔法陣を上手く持てないこと、服に仕込んでいた魔法陣がなくなったことが、余りにも致命的過ぎる。下着に仕込んだ六種類と半分壊れた左手の陣だけでは、まともに戦うことすら難しいだろう。


「……そう。その諦めの悪さだけは、負けたわ。勝負は私の勝ちだけど」


 これ以上気分が悪くなる前に幕を引こうと、プリムラは右手を掲げる。浮かび上がった無数の石片と刃が、ルピナスを狙う。物理障壁へ転じることを警戒し、魔法で創成したものも含めて。


「まだ、負けてない」


 しかしこの状況下にあっても、ルピナスはまだ諦めていなかった。諦め切れていなかった。


「……そう。じゃ、今から負けなさい」


 歌が振り下ろされたのを合図に、終戦を迎える為の攻撃が始まった。それは、今現在のルピナスには防ぎ切れない物量。


「ううぅ……ああっ!」


 土の壁を創造しても、すぐに貫通。暴風で吹き飛ばしても、また代わりが襲い来る。分かっていた。分かりきっていた。だから全てを防がなかった。防げるだけを防いで、被弾するだけ被弾した。


「あああああああああああああ!」


 痛かった。苦しかった。衝撃が走る度に、身体が壊れるのだ。肺から押し出された空気が痛みによって叫びとなり、大気を震わせるのだ。


「……」


「おいあれ、あんまりだろ……」


「審判なにしてんだ!早く止めろよ!」


 それは蹂躙だった。見ている観客からプリムラと審判にブーイングが飛ぶほどの、一方的な攻撃だった。その声はどんどん大きくなっていく。


「……」


 両者共に継戦の意思があったから、審判は止めに入らなかった。それももう限界かと、彼が立ち上がろうとしたその時、


「止め、ないでっ!がっ!」


 止めようとした審判を、声が止めた。今なお傷付いている最中の彼女自身が、止められることを拒絶した。


「し、しかし」


「……ちっ!はい、これで終わり!」


 ルールの説明にもあった通り、命が危険と判断すれば、審判は止めに入らざるを得ない。目配せされたプリムラも、もう充分だろうと魔法を止める。


「まだ、終わって、ない……!」


「はぁ?もう勝ち目はないっていい加減、馬鹿でグズで愚かなあなたでも分かったでしょう?」


 だが、ルピナスはふらふらと。まだ負けていないと、立ち続けている。ここまで力の差を見せられてなお、諦めることをしない。


「なのになんで、立ってんのよ!」


「そんなの、決まってる……!」


 なぜ、諦めないか。なぜ彼女は立ち続けるか。なぜルピナスは挑み続けるのか。


「まだ私には、意識がある!立っている!戦おうと思っている!」


 右手が砕けた。左手の指も何本か逝った。肋骨も左右非対称に数本折れた。頰は腫れ上がっている。瞼の上を切って、流れた血が涙のようだ。立っているだけでやっとだ。


「なら!戦いは!終わってない!」


 ああ、それがどうした。まだ戦おうという想いは折れちゃいない。いつもの気弱な口調なんて投げ捨てて、ルピナスは叫んだ。


(なにができる?今の私に、残りの魔法陣でなにができる?)


 審判の戸惑い。プリムラの畏怖。観客の沈黙。まるで時が止まったような世界の中で、ルピナスは思考を回す。


(なんでもいい。ここで負けるのだけは、嫌だから、なんでも……!)


 現実の口で荒い呼吸と血を吐きながら、心の声を響かせる。六種類+虚空庫の中にある魔法陣のリストを掛け合わせ、ありとあらゆる策を脳内で試す。


(だめ。だめ。だめ。だめ。だめ。だめ)


 試しては失敗して破棄。それを永遠と繰り返す。成功して姉に勝てる策がまず見つからず、多少はマシなものが見つかったとしても、成功する確率が低過ぎる。


「……審判。いいわね?」


「え、ええ。くれぐれも殺さないように」


 見つからないまま、現実の時は動き出す。ルピナス本人の希望により、審判は今は止めないという決断を下し、プリムラは攻撃を再開した。


(だめ。とど、かない……)


 殺さないようにだろう。先程より手加減された痛みの暴風雨の中でも、ルピナスは探し続ける。稲妻のように痛みが走るが、それでもやめず、意識ある限りはと考え続ける。


(どうしても、陣の入れ替えで、詰められない……)


 課題となるのは、一度に持てる陣の枚数だ。戦況が変化する度に虚空庫から取り出していたのでは、間に合わない。故に、服に仕込む、手に何枚も持つなどで対策していたのだ。


(素早く陣を入れ替えられる方法を……)


 しかし、服は剥がされ手は砕けた。これではどう頑張っても、プリムラの攻撃に対応することも、彼女の防御を貫くこともできない。


(もしも、私が普通だったなら)


 願いにして仮定という無駄な雑音が、脳を横切る。そうだ。こんな悩み、魔法の枠がない人間しか持っていない。普通の人間なら、こんな課題にぶつからない。


(でも、私は普通じゃないから、今更望んでも変わらないから、私は私の全てを使ってでも、なにか……!)


 意味のない願いは、この場において邪魔なだけ。冷静に切って捨てて、意味のある願いの為に何を捧げられるかを検索する。


(私の、全て?)


 全てを捧げても構わない。しかし、何を捧げればいいか分からない。そう思った、時だった。痛みでも雑音でもないなにかが、ルピナスに走った。


(……いける……?いける。でも)


 思い付いたそれを、まず疑う。結果は奇跡、いや、まるで魔法と呼ぶべき効果。故に使用を決定するが、そこに一瞬の躊躇い。


(ごめん)


 対価は大きい。大き過ぎる。ともすれば、今までのルピナスを裏切るような行為だ。今までルピナスを支えてきた彼らを、犠牲にし過ぎる行いだ。


(みんな、ごめん)


 だが、ルピナスは使用に踏み切った。これしか思いつかなかったから。これ以上を思い付けるとは、思えなかったから。それだけ、勝ちたかったから。負けたくなかったから。


(こんな私だけど、助けて。またいつものように力を貸して)


 今回は明確に誰かを指定して謝って、助けを乞うた。







「早く倒れさないよ……」


 ひたすら防御に徹するルピナスは倒れず、プリムラは彼女を仕留められず、攻撃をやめられず、ブーイングは止まず。いい加減にしろと、姉は綺麗な顔を不快感に歪ませた。


「っ……!?」


 その、刹那。ついにルピナスが動いた。虚空庫から帰ってきた彼女の左手に、新たに握られた魔法陣。最初はまた壁か風かとプリムラが思っていたそれは、全く別のものだった。


「煙幕!?」


 そう。一瞬にして視界を遮り、埋め尽くした白煙だ。なるほど、これは確かにプリムラにとって嬉しくない魔法である。


 防御から煙に一枠割いたことで、ルピナスは数秒前より多く被弾したと思われる。ただしこれは、障壁魔法を切り替えなかった場合。もしも切り替えていたのならば、彼女は魔法判定の石片を撃ち落とすだけでいい。つまり、反撃に使える余力ができる。


 そしてその切り替えたかどうかが、白煙に遮られたことでプリムラからは判断できないのだ。万が一切り替えていなかった時を考えれば、三枠全てを用いた障壁以外防御不可の広域殲滅は使えない。


「こんなの、全部払ってやるわ!」


 しかし落ち着けば、そう対処の難しい問題ではない。煙で見えないのなら、その煙を払えばいい。視界が白に満ちて半秒未満。素晴らしい反応速度で、プリムラは舞台全域を風魔法にて払う。


 風に用いた枠は一つ。このように、枠を削るのが狙いだったのかもしれないが、そうならばそれはお粗末だ。煙を視認した時点で残り二枠は休ませ、奇襲に備えている。例えルピナスが特攻をかけてきたとしても、防げる自信がプリムラにはあった。


「ほら!見えてるわよ!」


 煙が払われたその瞬間、目の前にあった白い何かを、プリムラは土魔法の盾で防ぐ。同時にそれが一つではなく、複数舞っていることも確認。二枠目の風魔法を荒れ狂わせ、得意げに吹き飛ばす。


「は?」


 だが、その白いものを見て、何であるかを知れば、顔は疑問に染め直される。おかしいと思ったのだ。土の盾で防いだ時に、余りにも抵抗がなかったから。風で吹き飛ばした時に、ひらひらと舞い上がったから。


「なにこれ」


 本日二度目となる、煙が晴れた光景への驚き。今回も無理もない。だってこの半秒でルピナスは動いておらず、舞台は様変わりしていたのだから。


「気でも触れたの?」


 床にこぼされた、魔法陣。一枚ではない。二枚でも三枚でも、十枚でもない。百枚どころか二百枚すらゆうに超えている。それらはプリムラの風魔法で煙と共に吹き飛ばされ、防壁にぶつかってまたひらひら地に舞い落ちる。


「ううん。正気」


 再度、風が吹いた。今度はルピナスが吹かせた風だ。彼女の手が取り出した、膨大な数の魔法陣の束を解き、一枚一枚舞わせる風だ。


「だったら、何の為に……」


「勝つ為」


 陣は触れて魔力を流すことが、発動の条件である。脚だっていい。唇だっていい。身体のどこだっていい。触れてさえいればいい。


 だから撒いた。いや、配置した。床一面、舞台全域に及ぶほど、魔法陣を敷き詰めた。これだけあるのだから、立っているだけで否が応でも触れてしまう。触ったら、発動できる。


 触れる範囲のものだけという制限はあるが、これなら。


「これなら、私は普通になれる」


 追い詰められて、負けかけて、限界に近い状況。それでも諦めなかったが故に、見つけたこと。それは、虚空庫から取り出さなくても、服に仕込まなくても、ただ立っているだけで魔法が使える。たったそれだけのこと。だがそれだけのことが、ルピナスにとってはまるで魔法のようなことなのだ。


 魔法陣が舞う中、血をこぼしながら、ルピナスは紙の上に立つ。


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