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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
234/266

第29話 切り札




「……私、自分が嫌いなんです」


 それは二日目の夜。プラタナスの研究室で彼女が吐いた言葉。予選が終わってから今までずっと話していた過去の、結びの言葉だ。


 主役の自分もその他の演者もみーんな酷いやつらで、気持ちが悪くなるような実話のお芝居だった。嫌われるかもと思い、言わず。言ったところでと、胸の中に一人しまいこんでいたお話だった。


 それを、今日全て話した。そこを突かれて負けたからでもあるし、単にルピナスが話したくなったからでもある。本当に、最悪の最悪の最悪まで、全てを。


「そうかい?でも、私は君が好きだとも」


 過去を知り、結びの言葉を聞き終えてなお、プラタナスはいつもと変わらなかった。興味のないことにはあまり首を突っ込まず、ただ事実だけを淡々と口にする。まさにいつも通りの彼だった。


「ありがとう、ございます。先生」


 そのことが、ルピナスは嬉しかったのだ。全てを知っても嫌わず、疎まず、憐れまず。知る前と何も変わらない振る舞いでいてくれたことが、たまらなく。


「これで私、戦えます」


 それだけで、ルピナスはもう一度立ち上がれるのだ。戦えるのだ。


 私は私の為に。そしてこの人の為に。









 ルピナスが白き石の上に足を置くと同時、客席から大気を震わす歓声が沸き起こった。彼女に対する期待度ではないが、当然だろう。武芸祭最終日の一番盛り上がる催しの第一戦。その上片方が去年の優勝者ともなれば、さもありなん。


「まさか直接潰せるなんてね。昨日は神を憎んだものだけれど、うん。まぁまぁやるじゃない。見直したわ」


 滝のような声量の中にあっても、神さえ見下す声ははっきりと聞こえた。真正面。ヒールの踵を鳴らして舞台に登った実の姉、プリムラ・カッシニアヌムだ。


「でもまぁ私の方が寛大だから、最後に忠告してあげる。今すぐ棄権しなさい。あなた割と面倒だから、少し手荒に辱めるわよ?」


 ふふんと鼻で笑い、彼女は始まる前に忠告を。プリムラも理解しているのだ。ルピナスが強くなっていることを。決して負けることはないにしろ、それでも手加減はできないことを。


「ごめんなさい。姉さん」


 しかし、忠告を聞くかどうかは相手次第。ヒールと態度の分だけ高い姉を真っ直ぐ見上げ、ルピナスは棄権を断る。


「それは逃げだから。私は逃げる自分から逃げたいって、思ったから」


 姉の頰に走った苛立ちを見ながら、彼女は言葉を続ける。傷つく事を恐れ、逃げるのは悪い事じゃない。でも、それを嫌だとルピナスは思ったから。変わりたいと願ったから。あの人が教えてくれたから。


「だから、私は私の為にあの人の為に、姉さんを超えるから」


 膨れ上がった殺気に立ち向かうように、今でも怯えている自分を潰すように、傷だらけの手を握る。そして一瞬だけ、選手専用の席にいる緑の彼を見て、もう一度姉の眼を見る。


「……薄々分かっていたのよ。人の心が分からない妹だって」


 予想はしていたのだろう。だがそれでも、苛立ちを抑えられなかったのだろう。感情を抑える仮面を被るの如く、彼女は掌で天を仰ぐ顔を覆う。


「いいわ。分かったわ。諦めたわ。そんなに潰されたいなら、潰してあげる」


 そうして掌を退けて灰色の眼で、ルピナスを射殺さんばかりに睨みつける。分かり合えることはないという点で、姉妹は分かり合った。


 ここで審判からの説明が。予選とほぼ変わらず。正々堂々と戦うこと。殺しや一生残るような傷は厳禁。危ないと判断した場合、二人の意思に関わらず止める可能性があるなどなど。


 必要だったとはいえ水を差すようなタイミングの説明だったが、二人の集中も闘志も途切れず。


「今日もお願い。無力な私を助けて」


「……」


 ルピナスはいつものように真心込めた感謝を述べて、魔法陣を両手に一枚ずつ構え。プリムラは無言で構えなど取らず、高慢な立ち方のまま。


 これにて両者、全ての準備が整った。盛り上がっていた歓声も徐々に静まっていく。この会場にいる者全てが、始まりの時を待ち望む。


「それでは、試合開始っ!」


 そして今、合図の声が轟き、業火が舞台を焼き尽くした。


「え?」


 突如出現した紅蓮の嵐と防壁越しでも感じる熱気に、観客は困惑。だが、強き者から理解し始める。この唸る陽炎はプリムラが生み出した者だと。


 障壁展開に必要な時間、一秒より早く。それも、最高の適性と莫大な魔力を注ぎ込み、最速最大最高火力の全範囲の焼却。まさに、眼を覚ますような一撃だった。


「そうよね。この程度じゃ死なないわよね」


 そう、まさに眼を覚ますような一撃だったのだ。炎を服に仕込んだ風の魔法陣で割り、姿を現したルピナスに、観客は大いに驚かされた。プリムラは分かっていたが、彼らにとっては余りにも予想外だったのだ。


 まず、今のプリムラの魔法は先述の通り、凄まじい規模と早さにして熱量だった。開始直後、その上障壁の展開が間に合わない今の状況なら、自分はもう負けているか、消し炭になっている。ほぼ全ての観客達がそれを理解ほどの魔法だったのだ。


 その魔法を、ルピナスが防いだ。枠を持たず、陣を用いねば魔法を使えない出来損ない。姉の出涸らし。前日校内に張り出された予選のスコアだって0で、たまたま参加枠まで人数が減ったから、本戦に出れただけに過ぎない。観客にとってその程度の認識の、ルピナスが魔法陣でだ。


 歓声が上がる。偶然か必然か。たった一回の攻防で見て判断できる強者は少なく、それがどちらかなんてどうでもいいこと。ただ意外な事態に、観客は大いに沸き立った。


「気に食わないわね」


 そして、沈黙した。操風の陣による岩塊の嵐、宙を埋め尽くし殺到する氷槍、逃げ場を封じる土の壁の、息もつかせぬ三枠。あまりにも早い発動。あまりにも容赦のない布陣。沸き立った観客達が、プリムラの怪物ぶりを思い出すのには十分な攻撃だった。


 やはり、魔法の枠が一つ違うことは大きな差になる。ましてや二つも差があるなど、それは大き過ぎる差だ。発動までに僅かなタイムラグのある陣二枚では、プリムラが持つ二枠と陣一枠にかないっこない。


 だが、だが、物事に絶対はない。多くの観客が予想通りかと俯く中、土煙が晴れる。


「……なに、それ」


 プリムラの言葉は、会場にいる皆の言葉だった。綺麗になった視界。氷槍が突き刺さり、岩塊が置き去りにされ、土壁にて遮られ、壊れた舞台の中央。そこで主人を守るように立つ、汚れた白の(つわもの)二人。成人男性ほどの大きさの、人工の関節と肉なき肉体を持つ人型。


「私の切り札の、トチとモダ」


 この場のほぼ全ての人間に、彼らは初対面だ。故にルピナスは魔力で編んだ糸にて、お辞儀をさせる。


「私の数少ない友達」


 骨で組まれた命なき傀儡にして友。ルピナスが持つ最高の切り札。


「私の、宝物」


 彼女が今までずっと秘密にしたきた、宝物。見せたのはたった三人だけ。


「嘘……私、授業で聞いたもの。その魔法に陣は」


「そう。みんな持ってないし、知らない」


 そして、使うのは彼女一人。ルピナスだけの魔法陣。今世界に向けて初めて晒された、とある魔法の魔法陣。


「私が開発した、私の唯一の存在価値」


 彼女の両手に一枚ずつ握られし、傀儡魔法の魔法陣。








「なんだと!?」


 観客席から、驚愕の声が上がる。誰よりも早くこの事態の大きさに気付いた男、魔法陣学のパエデリアの声だ。


「まさか、そんな……!」


 口を開ける他にない。圧倒される他にない。今まで存在しないとされてきた、傀儡魔法の陣が今、見つかったのだから。それも、たった十六歳の少女の手の中に。


 彼だって名門モンクスフードの教師だ。お辞儀の動作を見ただけで、ルピナスがどれだけ傀儡魔法に習熟しているか理解できる。その上で、慄いている。


「ルピナス・カッシニアヌム。君は、一体いつから……」


 数日前などという次元ではない。元より扱いの難しい魔法だ。きちんと動かせるようになるまで、通常数ヶ月から年単位の時間がかかる。今ルピナスが見せた滑らかな礼ともなれば、おそらくは数年単位。


 つまりだ。ルピナスは数年前から、およそ十五歳に満たない年齢の時点で、既に新種の魔法陣を発見していたということになる。


「ならば、一体なぜ」


 沸き起こる疑問は、なぜ発表しなかったか。いくら幼かろうが、新種の魔法陣。それも従来の物より効果が高い陣ではなく、完全に新しい魔法を開拓した魔法陣ともなれば、その名誉は計り知れない。だというのに、なぜ。


 きっとそれは、ルピナスにしか分からない。だから一旦脇に置いて、今の話をしよう。


「はっ!そうよねあなた、陣でしか魔法を使わないくらい、大好きだったものね」


 身体を上げた傀儡を前に、プリムラはぱちぱちと手を叩いて嘲笑う。確かにすごい。大いに運が関わるとはいえ、新種の魔法陣の発見、よく頑張った。おめでとう。これで少しは、見直されるだろうと。


「で、その友達のお人形でどうするの?多少は上手く使えるみたいだけど、勝てるの?」


 で、だからなに、と。驚いたとも。土の魔法の壁は無意味に終わり、実質二枠だったとはいえ、氷槍の雨の中の岩塊の嵐を、よく防いだとも。努力したことが実に伺える。


 だが、二枠。そして今、プリムラは傀儡魔法を認識した。今度は土壁のように無駄にはしない。的確な魔法二枠を用いて傀儡を足止めし、残り一枠にて無防備なルピナスを刺せばいい。それで終わり。状況はなにも変わっていない。


「ねぇ!教えて、よ!」


 そう思い、プリムラは再度魔法を三枠仕向ける。人形を押し潰す為に創成した、5〜7m規模、大質量の岩盤。抜け出された時に拘束する為の、最高適性による超硬度の土の鎖。そして、先と変わらず操風による岩塊。


 そこらの騎士どころか、一般的な騎士団長級でも神に祈るであろう、隙のない土魔法三点詰め。乗り越えられるものなら乗り越えてみろと、プリムラは笑みに顔を歪ませて、


「は?」


 殴り抜いて穴を掘られた岩盤に、紙のごとく引き千切られた鎖に、的確に全て叩き壊された岩塊に、笑顔のまま固まった。


「なんで?ちょっと、待って」


 後者はまだ、技術で説明できる。だが、前者二つはどうしろと。技術がどうだとか、そういった次元を超えた結果だった。あまりにも、ものともしていなかった。


「その魔法陣、一体どんな適性上限を」


「多分、一般人くらい。でも、勝つよ」


 もしや歴史に類を見ないほど、高性能な魔法陣か。プリムラが抱いた予想を、ルピナスは先の質問に答えつつ否定する。


「じゃあ一体、どんなズルをしたら!」


「龍骨」


 ならばと喚いた姉に、端的な五文字で妹は教える。そうだ。この汚れた白は龍の骨。長い年月、土と風雨にて染み付いた色。だが、そこに他者による傷は一人分しかない、白の骨。


「あの剣士二人組かっ!」


 サルビア以外、傷を付けられなかった物質。約半年前の話と今を繋ぎ合わせ、答えを得たプリムラが選手専用席の二人を睨みつける。


 動龍骨討伐は、ルピナスの魔法陣無くしては成し得なかった。その例としてプラタナスが要求し、誘導したのが、龍骨。手頃な大きさのいくつかのそれを、サルビアとザクロは感謝の印として彼女に手渡した。


 そして今、龍骨は鎧となり、拳となり、盾となり、傀儡に纏われている。


「余所見なんて、余裕なんですね」


 ここは戦場だ。にも関わらず、プリムラは客席を見た。四年に及ぶ付き合いにて、人形の友は常人の身体強化とほぼ同速にまで達している。一瞬で肉薄するくらい、訳ないことだった。


「しまっ……ぐっ!」


 慌てて振り返ったプリムラが見たのは、拳を振りかぶった白の人形。最速発動。二枚重ねた土の盾。サルビアの剣さえ受けとめ切ったはずの防御。しかし、触れた瞬間に一枚目が崩壊。それよりはまだもったが、二枚目も貫通。


「ちっ!」


 服に仕込んだ三枚目。それすら破砕した。だが、盾としての役目は果たし、拳の威力を完全に殺し切った。プリムラに傷はない。精々、舞った破片が銀の髪を汚した程度。


「ふざ、けるなっ!」


 追撃がくるより早く、人形と自分の間に風魔法を暴発させる。同じ極の磁石が反発するように、距離を取る。いや、取ろうとしたのだ。


「逃がさない」


 プリムラは吹っ飛べた。だが、暴風など吹いていないかのように、龍骨の鎧は前に進んできたのだ。


「じゃあ、あなたを狙うまでよ!」


 防御を破棄。三枠全てを攻撃に転じ、傀儡を操るルピナスを直接狙う。魔法障壁からの変更する時間など与えない。故に、全てが物理判定の操風。


「私の友達は、強い」


 対照的に、ルピナスは攻撃を破棄。側に控えさせていたモダで凌ぎ、その間に帰還させたトチで完全なる防御を敷く。


「ふん。強いって言う割に、守りきれてないけど?」


「姉さんこそ、三枠使って仕留め切れてないじゃないですか」


 最高適性の三枠と、最高硬度にして精密性で勝る二枠の衝突。結果、相殺。ルピナスの身体にいくつか血の線が走りこそしたが、それでも致命傷にも重傷にも程遠く。


「煽るわね。私まだ、無傷なんだけど?」


「ええ。だって私、まだ本気出してないので」


「は?」


 まだ一度も攻撃が当たっていない。そう自慢気に語ったプリムラの顔が、ルピナスの言葉によって硬直した。煽り返したはずが、ふざけた真実を突き付けられたからだ。


「はぁ!?」


 動いた。傀儡がだ。いや、ルピナスもだ。身体強化の陣を用い、傀儡に守られながら姉へと迫る。ハッタリか、或いはなんらかの策か。迷い、構えたプリムラは、妹が次に取った行動に驚愕した。


「あなた、魔導師じゃなかったの!?」


 ルピナスが虚空庫から取り出し、両手に装備したのは金属製の拳鍔。もっと分かりやすく言うなら、ナックルダスター、もしくはメリケンサックと呼ばれるもの。陣の使用を阻害しない為に彼女が選び、この数ヶ月間にサルビアとザクロによって鍛えた付け焼き刃。


「別に、魔導師じゃなきゃダメって決められてない!」


 左手のトチに動きを先行入力し、魔法は切らずに糸だけを解除。自由になった拳を握り、振り被る。まずはトチが先行。人形の拳がプリムラに迫るも、意思はなく。軽く避けられる。


 だが、避けた先をルピナスが狙う。当然、二枠を持つプリムラが何もしないわけがなく、至近距離にて操風の反撃。足元から拾った大小様々な石片が、身体を殴打しようと浮き上がる。


 トチとはまだ再接続していない。ルピナスはもう拳を振り被っている。それは、トチと左手だけ。何の為に、モダがいるのか。右手の拳は握られていないのか。それは、防御の為である。


 器用にも同時に右手を動かし、モダを展開。骨の一部の接続を解いて再構成し、面積を広げて伸ばして盾として振り回す。急造品だが、元より龍骨。石片などものともせず、全てを防ぐとはいかずとも、致命傷は避けられる。


 大半の石片を撃ち落としたところで、ルピナスはモダに新たな命令、拳の軌道からの退避及び、プリムラへの攻撃を命じる。


 それと同時に、プリムラは対応した。今の状況にも、龍骨の傀儡にも。残った二枠でさっきと同じ土の盾を。しかし運用は変更して。ルピナスに一枚、モダに一枚。後者の盾はモダが完全に振り切る前の拳に重ねることで、一枚だけで防げるように。


 残るはルピナスの拳とプリムラの土盾。いくら身体強化を施しているとはいえ、それでも当たれば負けるのはルピナスだ。肉弾戦は付け焼き刃。初心者に毛が生えたくらいの拳では、プリムラの盾を超えられない。むしろ、衝撃で彼女の拳が砕けかねない。


 が、それは当たればの話。ルピナス自身の魔法障壁によって、彼女の拳は土の盾の手前で止まる。


「嘘……!」


「くっ!」


 完全に、互角。しかし、その結果は互いにとっても想定外だった。プリムラは信じられないと二文字を吐き出し、ルピナスはこれでも仕留めきれなかったと息を吐いて距離を取る。


 再開。プリムラが攻撃してくるより早く、ルピナスは縦横無尽に駆け回り、攻撃を。


「ちょこまかと……!」


 それは、プリムラにはできない戦い方。二枠を持つ彼女は、最初から有利だった。その上彼女は天才だった。故に彼女は、自ら動くことが少なかった。棒立ちのままで圧勝してきたのだ。できたのだ。


 対してルピナスは持たざる者。普通の戦い方では勝てないことを知っていた。才能がないと諦めたが、一度剣を握ったこともある。そしてこの数ヶ月で、自分自身を徹底的に鍛え上げ、動けるようにした。


『剣だとかなんか持ちながら魔法陣はむずい。やった俺が言うんだから間違いない。だからいっそ、なんも持たずに拳なんてどうだ?』

 

『拳鍔は専門外だが、接近戦なら教えられる。よし、やろう』


『魔導師相手に肉弾戦?いい着眼点だ。忌々しいことこの上ないが、私が仮想あの女になろう』


 一人ではない。三人の先生が教えてくれたことだ。接近戦での立ち回りも、傀儡を操作しながらの肉弾戦も、プリムラを相手にした時の戦い方も、全て。


 そして振るうのは、傀儡を操るのは、傷だらけでタコだらけの、ごつごつとした女性らしくない腕だ。この数ヶ月でぼろぼろになるまで頑張った、手だ。


「ほんと、あなたってずるいわよね!勝つ為ならなんでもするんですもの!」


 彼らの教えが、その手がプリムラを追い詰める。盾を破り、魔法を超え、攻撃を防ぎ、かわさせてくれる。


「龍骨なんて持ち出して、恥ずかしくないの?それで本当に勝ちと言えるの?」


 それらは全て、龍骨の硬さあってこそ。硬さとはそのまま、強さとなる。防御においても、プリムラが極限まで集中して傷をつけるのがやっと。そうだ。彼女もまた、傷を付けられる者だった。だが、傷を付けるのが精一杯で貫通には程遠い。


 攻撃においてもまた同様。龍骨の拳を防ぐには、膨大な集中を要求される。振り切る前の威力が乗り切っていない攻撃に合わせてようやく、一枚の盾で。そうでない場合、一枚目は貫通され、二枚目を強いられる。


「それ、あなたの力なの?」


 だからこそ、プリムラは劣勢の中で問う。それはルピナスの力ではないと。もし勝ったとしても、龍骨の力による勝利であって、ルピナスの勝利ではないだろうと。まるで、世の理不尽を弾糾するが如く。


「それを言うなら姉さんだって!二つも枠を持ってる!」


 だが、ルピナスは怯まない。認めたとしても、気落ちしない。傀儡を操作しながら、口でも姉へと反撃する。


「私と同じじゃない!」


「バカ言わないで!外付けのあなたと、持って生まれた私。全然違うわよ!」


 ルピナスは龍骨も系統外も努力ではないものだから、一緒だろうと。対してプリムラは、才能だって実力の内だから、違うと。


「いいや、一緒!私達は努力で手に入らなかったそれらを、努力で使いこなしてる!」


 ルピナスの声は続く。傀儡魔法の扱いは難しく、それを二体同時に自らも接近戦こなしながらなど、更に難しく。それを実現可能にしているのは、一体なにだと。努力以外の何物でもないだろうと。


 龍骨ありき、確かに認めよう。だが、龍骨単体になんの意味がある。ただそこに転がるだけだ。誰かに操られて初めて、真価を発揮する。操る腕が熟達していればしているほど、強くなる。


「姉さんの二枠だって、それだけじゃ意味ない!使いこなして初めて、意味になる!」


 プリムラだって同じだと、ルピナスは認めるのだ。二枠、素晴らしい才能だ。だが、同時に二つの魔法を完全に使いこなすには、修練が必要だ。ましてや陣を合わせた三枠を、天才と呼ばれる域にまでとなれば。


「っ……!うるっ、さい!」


 プリムラが怯んだ。あれだけ嫌い合い、憎み合っていた妹に認められていた驚きでもあるだろうし、言い負かされたからでもあるのだろう。


「なんで、隠してたの?」


「なに、を!」


「傀儡魔法の陣よ。ねぇ、当ててあげましょうか?」


 不利と判じて撤退し、露骨に話題をすり替える。徐々に追い詰められるこの戦闘状況を、ルピナスの心を抉って不調に追いやり、打破する為であるかのように。


「あなた、自分だけが欲しかったんでしょう?」


 龍骨傀儡二体の攻撃を、一瞬だけ物理障壁に転じることで防御。それを見たルピナスが発動させた炎槍を、水の膜で相殺。このように頭と魔法を使いながらも、プリムラの舌はよく回る。


「自分だけ枠がないのが寂しくて悲しくて妬ましくて、みんなにはない何かが欲しかったんでしょう?」


「……」


 そして、言葉は深く鋭くその通り。まるでルピナスの心を覗いたが如く、的確に言い当てる。そうだ。ルピナスは、自分だけの何かが欲しかった。みんなが当たり前のように持っているものを、自分は持っていなかったから。


「ほんっと、浅ましい!」


 だから新種の魔法陣探しという研究を、十歳から始めたのだ。褒められたい、認められたいではなく、誰もが使えない何かを自分が使えるという優越感に浸りたいが為に、始めたのだ。


「……うん。今でも浅ましいって、思う」


 認めよう。理由も浅ましさも、プリムラの言う通りだ。ルピナス・カッシニアヌムは傀儡魔法の陣を、自ら唯一の価値とした。世界中誰も持っていない、知らないそれを、自らの誇りとした。誰にも教えようとはしなかった。トチとモダは、ルピナスだけの友達だった。


 ルピナスはだからこそ、プラタナスを顔を見たこともない時から好意的に思っていた。だって、彼は新種の魔法理論を惜しみなく発表していたから。発表とは、自分が最初に見つけた自分だけのものを、みんなに教えてあげることだから。ルピナスが、しようとしなかったことだから。


「でも、今は違うから!」


 憧れたが故に、彼のようになりたいと思った。それ故に彼に傀儡の陣の存在を明かし、続いてサルビアとザクロにも、今まで黙っていてごめんなさいと、発表した。当時、二人はなにが悪いのか分からず、きょとんとしていたけれど。


「今日ここでトチとモダを見せたのは、姉さんに勝つ為だけじゃない!私が変わる為!私が変わったって、証明する為!」


 そして今日だ。世界に向けて、ルピナスは傀儡魔法の陣を見せた。本当の発表をした。世界中の人に教えたのだ。姉に勝つ為というのはある。だが、それが全てではなく、決して名誉や金の為ではない。


「プラタナス先生のように、なる為!」


 嫌いな自分から抜け出し、憧れのあの人のように変わる為。その為に、ルピナスは。


 叫ぶと同時、土の盾二枚をトチとモダが一枚ずつ叩き割る。プリムラは魔法陣の入れ替えに手こずっているようで、三枠目がこない。姉の顔が歪む。ルピナスには、その気持ちが分かる。そうとも。陣の魔力は有限で、使い切ったら交換が必要で、その間に隙ができる。ルピナスが今までずっと苦しみ、改善しようと挑んできたことだから。


「私は姉さんに勝って、先生の隣に……!」


 右の拳が、振り被られる。今までの想い全てを込めた、重い少女の拳、


「え?」


 ではない。振り被られたのはルピナスの左手で操っているはずの、トチの拳だ。接続は切っていないし、そもそもそんな動かし方をしていない。万が一プリムラがなんらかの方法で回避、もしくは反撃してきた時の為に、瞬間的な待機をお願いしていた。はずだった。


「あはっ!」


 重く硬い拳が、迫る。まるで慣れていないような、一般男性が強化を使わずに殴る時のような速度の拳。だが、少女の防御は間に合わなかった。ルピナスの拳より、トチの拳の方が先に動いていたからだ。痛いと認識した瞬間ルピナスは、耐え切れなかったような愉悦の声を聞いた。


「ああああああああああっ……!」


 殴ろうとしていたルピナスの右拳を、トチの拳が砕いていた。遅かったとはいえ、龍の骨。音、痛み、見た目からして、間違いなく骨が砕けた。激痛に喉から叫びが押し出され、彼女は膝をつく。


「なん、で……?」


 痛かった。だが、それよりも。プリムラと自分の間に立ちはだかるトチを見上げ、ルピナスは問う。なぜ、勝手に動いたのかと。なぜ、私を攻撃したのかと。


「あはははははははははははっ!分からない?分っからないわよね!そうよね!」


「……う、そ……」


 答えは、笑いだった。腹を抱えて嘲笑う、姉が答えだった。


「嘘じゃないの!わ、た、し、が!あなたの友達を操ったの!」


 プリムラだ。彼女は魔法陣の交換に手こずっていたのではない。おそらく土の盾の内一枚が陣によるもので、もう一枠を温存していた。傀儡魔法の為に、取っておいたのだ。


 簡単なことだ。陣は出力に上限がある。いくらルピナスの技術が凄まじくとも、高適性のプリムラが本気を出せば、簡単に操作権を奪い取れる。


「使え、たの……?」


「ああ、ごめんなさい。勘違いさせてしまったのね」


 その可能性は、ルピナスも考えていた。でも、プリムラが傀儡魔法を使ったなんて、聞いたことがなかったのだ。見せて数分は警戒していたが、彼女は使う素振りも見せなかったから。だから、油断した。姉は傀儡魔法を使えないと思い込んだ。


 だが、違った。


「今、使えるようになったのよ?」


「……なんて?」


 現実は想像なんかよりもずっと、最悪だった。受け入れられなくて、思わず聞き返してしまうくらいに、


「言葉通りよ。数分前まで使えなかったわ。見て、覚えたの」


 傀儡魔法に陣はなかった。故に、発動のコツが掴みづらい魔法として有名だった。いや、そうでなくても、まともに動かせるようになるには数ヶ月から年単位かかるのが通常である。先程、そう述べた。


「私、天才だから。大体の魔法、見るだけですぐに使えるようになるっていうかぁ、そう!努力をしたことがないの!」


 だが、笑う彼女はこの数十分で、覚えた。見て、動かせるくらいにまで、習得していた。陣も使わずに、ただ見ただけで。


「あれぇ?あなたのお友達、あなたよりも私と一緒にいたいそうよ?」


 技術なら、まだルピナスが上だ。しかし、そんな有利、プリムラの出力が強引にねじ伏せ、破壊する。積み上げた四年の仲を、いともたやすく奪い取る。


「ねぇルピナス?いい夢は、見れたかしら?」


 プリムラ・カッシニアヌムは、本当の怪物だった。今のルピナスにとって実の姉は、まさに本物の絶望だった。


 くすくす、くすくす。壊れた白の舞台に、笑い声が木霊する。


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