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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第28話 二日目の終わりと三日目の始まり




 内容を聞いた時こそ危うさを覚えたものの、サルビアもザクロも、無事に予選を突破することができた。プラタナスもルピナスも、ついでにプリムラもだ。


 だが、勝利の美酒は凄まじく苦い。サルビアもザクロも、小鬼を一匹も殺さなかった。でも、一匹も救うことができなかった。いや、そもそも救うべきなのか、判断できなかった。森に入る騎士の背中を、ただ見ていることしかできなかったのだ。


 いくら後悔に沈もうとも、悔もうとも悩もうとも、時間は過ぎ去り世は移りゆくもの。運営委員に誘導され、二人は他の参加者とともに、とぼとぼと学園へと帰還した。


 サルビアとザクロらによって、予定の半分の時間で予選は終了したものの、本戦が明日からなのは変わらず。浮いた時間を彼らがどうするかと言われたなら。


「あ!ザクロ様、サルビア様!お疲れさまです!」


「お疲れさま」


 帰還した参加者の中からザクロを見つけては目を輝かせて、ぱたぱたと駆け寄るアイリス。同じ意味でも護衛の意味でも、その隣を走るマリー。


「お嬢様!」


 そしてその後ろには、手を伸ばして注意するベルオーネ。元より予選終了後を予定していた二日目巡りに、彼女らと共に繰り出すのだ。ちなみに、ベロニカとは後で合流する手筈となっている。


「本戦出場、おめでとうございます!」


「早く終わったって聞いてね。急いで駆けつけたの」


「……おめでとうございます」


 彼女達は小鬼の国など知らない。サルビアとザクロの気持もつゆ知らず、アイリスとマリーは笑顔で、ベルオーネは渋々といった体で、二人を祝福した。


「ん……ありがとな!」


「ありがとう」


 だからザクロもサルビアも、無理に作った笑顔で、なんでもないように返した。話したところで小鬼が救われるわけではなく、これからの楽しい雰囲気を壊してしまうだけ。ならば、悟られぬようにするのが最善だったのだ。


「ふははっ!浮かない顔をしてどうした?」


 だが、作ったその笑顔は、ある人物にて見破られた。サルビアとザクロがいない間、アイリスを守っていた人物だ。余計な護衛など必要なしと、ベロニカに休みをくれてやった人物だ。


「予選に歯応えがなさすぎたか?分かる。分かるぞ我が孫よ」


「……お祖父様」


 そう、サルビアの祖父、当代『剣聖』、此度の謀略の主人、ハイドランジア・カランコエである。彼の性格上、浮かない理由まで見抜くことには至らなかったが、それでも優れた観察眼である。


「そして、お前もつまらなかったのか。ザクロ・ガルバドル」


「っ!?」


「なにを驚く。見れば分かるぞ。我が孫ほどではないにせよ、なかなかの剣を持っておるわ」


 このように、彼は立ち振舞いだけでザクロと剣技を見抜く。いきなり名前を呼ばれたこと、そしてその舐め回すような視線に、ザクロは飛び跳ねた。


「流石のご慧眼、恐れ入ります。お初にお目にかかります。ザクロ・ガルバドルと申します」


「礼儀もなっておるようだな。よいよい」


 だが、ザクロはすぐに態勢を立て直し、恭しく自己紹介を。いくら軽い彼とはいえ、さすがに相手が貴族と分かっているなら、初対面でこれくらいの猫は被る。


「だが、敵意は隠しきれていないぞ?」


「……お戯れを」


「安心しろ。今日はただの護衛だ。さて、我が孫も友も来たことだし、儂はここまでじゃな」


 猫を被りはしたものの、その下の感情までは隠しきれなかったが。下を向いたまま言葉だけで否定するザクロに、ハイドランジアは愉悦に顔を歪めながら、なにもするつもりはないと手を振る。


「本日はお忙しい中、私を護衛してくださり、誠にありがとうございました」


 護衛の期間はサルビアもザクロと合流するまでで、それは今。アイリスは貴族らしく丁寧に、腰を曲げてお礼を述べる。まるで、一刻も早く離れてほしいかのように、震えて。


「構わん構わん。大事な御身、悪漢に襲われるなどあってはならんことだからなぁ」


「……その心遣い、痛み入ります」


 分かっているのかいないのか。ハイドランジアは上機嫌にいやらしくアイリスの礼を受け取り、この場を去ろうとする。


「では、また明日」


「はい。お手数をおかけします」


 そして、明日の確認を。サルビアとザクロがいないのは今日だけではない。本戦の明日も、アイリスはハイドランジアに護衛されるのだ。


 少女にとってもザクロにとっても嫌な相手ではあるが、実力も権力も確かであり、仕方がない。彼が助け舟を出したおかげで、アイリスは武芸祭に参加できているのだから。


「祖父に護衛させてすまない」


「大丈夫だった?何か変なこと言われたり、しなかった?」


 それでもやはり、嫌なものは嫌なもので。身内のことだとサルビアは頭を下げ、ザクロは心配そうにアイリスに問う。


「え、ええ……私に対しては特に……でも、マリーさんが」


「あれくらい大丈夫よ。別に」


 だが、さすがにハイドランジアも立場というものを弁えているらしく、大貴族であるアイリスは丁重に扱ったらしい。しかし、貴族ではないマリーはそうではなかったようで、ぴんとした老人の背中を嫌悪の視線で睨みつけている。


「いや、大丈夫な顔してないって」


「本当に大丈夫よ。愛人にならないかって誘われただけ」


「……そっか。そりゃ、冗談じゃないわな」


「本当に、すまない」


 絶世の美少女たるマリーに、彼は目をつけたのだ。そもそも齢六十を越えながら、十四歳のアイリスを手に入れようとする男なのだから、ありえない話ではない。サルビアもザクロも、現に今も周囲の目線を集めているマリーの容姿なら、無理からぬ話とも思う。


「本当に冗談じゃないわ。だから、突っ返してやったの。歳下が好みなのでってね」


 でも、例え男側にとって無理からぬ話であっても、女性側にとってはとんでもない話で無理な話だ。マリーは腕を組み、ふんと鼻を鳴らして、当時の様子を再現する。


「……あの爺ちゃん相手によくやるわ」


「その爺ちゃん相手に挑戦状叩きつけた貴方が言うと、説得力あるわねほんと」


 剣の怪物にしてこの国一番の貴族を相手に、好みじゃないとばっさり斬って捨てた。それは貴族制度にあまり馴染みのない、元日本人であるが故の態度。尊敬の眼を向けるザクロに、貴方の方がよっぽどでしょうとマリーは呆れ返る。


「祖父は機嫌を悪くしなかったか?」


「そ、それがですね……大口開けて笑ってました」


「ますます気に入った!ってね。こっちはますます嫌になったわ」


 その勇ましさたるや、斬り捨てられたハイドランジアが気に入る程。ほぼ全てを思うがままにしてきた男だ。思うがままにならなかったマリーに、興味を抱いたのだろう。


「もしもの時は、もう一度彼に挑戦状叩きつけてくれる?」


 今後、彼がどう出てくるかは分からない。アイリスと同じように、権力を使って迫ってくるかもしれない。もちろん、その時は全てを投げ出してでも逃げるだろうが、それでも。マリーは冗談めかして、弱い笑顔でザクロに問う。


「もちろん。何度でも叩きつけてやるよ」


 きっと彼女は、「勘弁してくれよ」と返ってくると思っていたのだろう。だが、ザクロは当たり前のように、言葉を紡いだのだ。


「ば、馬鹿!私から振っておいてなんだけど、そこは違う答えを返す場面でしょ!?」


「いや、悪いけど、冗談でもこの手の話で嘘は言えないの俺」


 怒りか羞恥か、果たして両方か。炎のように真っ赤になったマリーは、アイリスの方を何度もチラチラと見ながら気を使えとザクロを責める。しかしザクロは悪びれず、訂正もせず、頭を掻いている。


「いえ、ぜひそうしてください。気持ちは、分かりますから」


「あ、アイリス様まで……じゃ、その時はお願いするわね?」


 アイリスも、サルビアも見えないところでベルオーネも頷き、同意を示す。冗談から派生した思わぬ優しさに、マリーは先程とは違う強い笑みを浮かべて、今度は本当のお願いを。


「ああ。遠慮せずに助け、求めてくれよ?」


 当然、ザクロは承諾する。そうなのだ。誰かを助けるというのは、彼にとっては当然で、なにも特別なことではないのだ。特別扱いでは、ないのだ。


「さて、今日はどこから回る?」


 話も落ち着き、予選でぐちゃぐちゃになった気持ちが多少和らいだところで、サルビアが全員に尋ねる。


「あの私、昨日の続きが聴きたいです!」


「あ、私もそれに賛成」


「じゃ、時間的に多少の寄り道しつつ、あの奇妙な語り部さんだな。ベルオーネさんもそれでいい?」


「異論はありません。ただし、警戒を怠らずに」


 答えは全員一致で、例の白髪黒眼の語り部の物語の続き。一同は昨日彼がいた場所を目指す。









「明日も同じ場所で、ですか」


「けど少し遅れて、だろ?やっぱりあの語り部さんも本戦見るんじゃないかな?」


「間に合ったら行くか」


 二日目も、楽しかった。語り部の語る物語は昨日と変わらず、恐ろしいまでに面白かった。一日目には回れなかった模擬店に行き、時に当たりの料理を引き、時にハズレの不味い料理を引いて、みんなで苦しんだ。やたら口の上手い二年生のお笑いライブに、腹が痛くなるほど笑いもした。


「あの男の子、間違いなく世界に名を轟かすわね。面白すぎる。特に間の取り方なんて完璧だったわ」


「何度もお腹がつりそうでしたわ……」


 楽しかった。楽しかったのだが、サルビアとザクロは楽しみに没頭はできなかった。気持ちを入れ替えるなんてことはできなくて、でも、アイリスやマリーを楽しませようと、時たま笑顔を見せてしまうベルオーネに水を差さないよう、平静を装い、護衛を務めた。


「今日も楽しかったわねぇほんと」


「ええ。本当に」


 そして二日目が今、終わろうとしている。祭りの余韻に浸る人が多く腰掛け語らう芝の上。そこを横切る茶色い土の道を、一同は歩いていた。


「……あ、あの!」


「ん?」


 校門まであと数分というところで、アイリスが声を上げる。勇気を振り絞ったかのような声音に、前を行くザクロは振り返り、後ろのサルビアが何事かと覗き込む。


「お、お二人は、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫って、なにが?」


「い、いえ、その、勘違いだったら申し訳ないのですが、あまり楽しそうではなかったといいますか、その……」


 意を決して彼女が口にしたのは、サルビアとザクロの表情。隠そうとしたのに、平静を装っていたはずなのに、アイリスにも見抜かれてしまっていた。いや、隣で口をつぐんでいるマリーもきっと。


「何かがあって、差し支えがなければ、話してもらっても……その、解決策をご提示できるかは分かりませんが、楽になることもあると思いますわ」


 無理にとは言わず遠慮がちに、気を遣って優しく。実に彼女らしい聞き方だった。


「……」


 サルビアとザクロは、目を見合わせる。バレていたことを反省するというのもあつたけれど、そうではなく。果たして話すべきか、否かをだ。


 話したところで、何かが変わるわけではない。死んだ小鬼が生き返るわけでもないし、小鬼に対する哀れみなど、ライソニアを知らぬ常人に理解できるものではない。もし理解を得られたとしても、それは聞いたマリーやアイリス、ベルオーネを辛くするだけのこと。そして何より、安易に話さないというクロッカスとの約束もある。


「……あったけど、うん。大丈夫」


「俺らが自分で向き合って、解決しなきゃいけない問題なんだ」


 だからザクロもサルビアも、話さなかった。それがアイリスを傷つける選択だと分かっていても、言えなかったのだ。


「そ、そうですか……申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」


「いや、気を遣ってくれて感謝する」


「こちらこそ、本当にごめんな。口止めされてるんだ」


 唇をぎゅっと結んで頭を下げた少女に、二人は感謝を述べたり、嘘ではない話せない理由を告げたりと、できる限りのフォローを入れる。焼け石に水かもしれないが、少しでも彼女の心が軽くなるように。


「いえ、とんでもありません……口止めされてるなら、仕方がないことですわ」


「……どうしても辛かったら、少しは頼りなさいよ?私達だけじゃなくて、周りを。話してもいい人がいるなら、その人とかにね」


 作り笑いを浮かべたルピナスや、心配してくれるマリーに、その想いが届いたかは分からない。でも、この話はここで終わりだった。これ以上は時間的にも場所的にも、流れ的にも続けられなかった。


「では、また明日、必ず見に行きます」


「私も!頑張ってね!」


「おう!すっげえの見せてやるかんな!」


「……頑張る」


 明日の約束をしたところで、アイリスの迎えの騎士達と、サルビアのお迎えの騎士が待つ校門に辿り着いて。多少ぎくしゃくを抱えたまま、二日目は解散となった。










 例え辛くても苦しくても、待ち望んでいても待ち望んでいなくても、生きている限り朝はやってくる。


 三日目に備えて早めに布団に入って、目を閉じたのだ。頭の中で小鬼のことと明日の楽しみが入り混じってせめぎ合っていて、気が付いたら早朝だった。


 いつもの時間よりもだいぶ早いが、もう目は冴えている。ふかふかでぬくぬくの布団の誘惑を、より強い誘惑で張り切って、水魔法で顔を洗う。


「……やはり俺も、奴の孫か」


 そして見た鏡に映る、隠しきれない笑顔の自分に嗤う。小鬼のことをあれだけ悩んでおきながら、一日経てばこれだ。数時間後に控える戦いへの恐悦に、身も心も覆われている。小鬼への感情は消えたわけではないが、それでも薄情というもので。


 身だしなみを軽く整え、外に出て剣を振り始める。待ちきれなかった。早く全力でザクロと、プラタナスとプリムラとルピナスと戦いたかった。この日をずっと、サルビアは待っていたのだ。


「ぼっちゃま。そろそろ準備を」


 朝日の元、想像の中のザクロと切り結び続け、数十分。汗ばんできたころ、ベロニカが迎えにきた。剣を虚空庫へと納め、戦闘に適した服へと着替え、軽めの朝飯を済ませ、装備の点検を終えて、家を出た。


 今日はザクロと酒場で集合はせず、現地で(まみ)えることとなっている。故に彼はベロニカと二人で、学校まで歩く。その最中、会話はない。サルビアは極限まで集中を高めているし、長年の従者もそれを分かっているのだ。


 学祭に向かう人混みすら、サルビアの意識に映らない。当たらないように避けこそするものの、その喧騒も、注目の視線も、彼の集中の妨げにはならない。


 校門を抜け、係の者に案内され、辿り着いた。モンクスフードが校内に有する、競技場。いや、今日はその在り方を闘技場へと変える、巨大な建造物。中央には本戦の舞台となる正方形のステージ。そこを取り囲む観客席の収容人数は、およそ一万人。もちろん流れ弾対策として、魔法の防壁がその間に張られている。


「……」


 ああ、ついに来たのだ。舞台を直接見ることで、サルビアは実感する。背筋をぶるりと震わせる。口が笑みの形に開くことを、抑えられない。


「ぼっちゃまぼっちゃま。組み合わせが出たようです」


「……ほぅ」


 ベロニカに肩を叩かれ、彼の指の示す先を見る。空中だ。空中に、光魔法で文字と線が描かれている。トーナメント表だ。そしてもう、名前が書かれている。


「俺とザクロ先輩が当たるのは、準決勝か」


 十六の名前を眺め、線をなぞり、知る。先輩と戦えるのは二回勝ち上がってから。更に幸か不幸か、その二回にサルビアが知る名前はない。予想外の強者がいないのなら、サルビアとザクロは互いに万全の態勢で剣を交えることになる。


 昂りを抑えながら目を滑らせ、注目するのはこの七ヶ月間に鍛えた弟子とその師匠。そして二人の因縁の相手、プリムラである。こちらはなんともまぁ、面白い組み合わせだった。


「ルピナスはプリムラと一回戦。プラタナス先生は、勝った方と準決勝か」


「因果なものですね」


 プラタナスとルピナスが初戦で潰し合うことは回避できたとはいえ、いきなりの姉妹対決は十分に運命の悪戯と呼べるものだ。


「果たして、どうなることやら」


「……さぁ。分からん」


 心配だとは思う。昨日帰ってからベロニカに聞いた話だが、予選では姉が圧勝だったらしい。しかし、プリムラの強さを知るサルビアにとって、それはなんら驚くことではなかった。切り札を使わずに耐え切っただけでも、大したものなのだ。それほどまでに三重発動は怪物だった。


「だが、俺は楽しみだ」


 もしかしたら、その怪物と本気で剣を交えられるかもしれない。もしかしたら、その怪物を倒した天才や秀才と、戦えるかもしれない。そう思えば、心の涎が止まらない。剣を振りたくて、仕方がない。


「少し剣を振ってくる。まだ時間はあるだろう?」


「そう言うと思ってました。でも、ほどほどに。時間になったら呼びに行きます」


「……いつもありがとう。感謝している」


 だからサルビアは、心のままにすることに決めた。彼が控え室でじっとなんてできるわけもない。それを分かっているベロニカも、彼を助けるように行動する。


 会場の外に出て、なるべき人気のない場所に行き、剣を振るう。空気を斬る。想像の中の、彼を斬る。その顔は、満面の笑みに彩られている。


 ただ一人の剣舞は、ベロニカが迎えにくるまで続いた。








 時は僅かに進み、一番見やすい中央に位置する特別席に、アイリスとマリーはいた。大貴族の娘という彼女の立場や、護衛の男の身分を考えれば、妥当とも言えよう。


「アイリス様と護衛のマリー様、ベルオーネ様はこちらです」


「感謝いたしますわ。ヤグルマギク学長」


「ありがとうございます」


「き、恐悦至極、感謝の極みにございます!ヤグルマギク様!」


 学長に案内され、アイリスは彼の右隣の席に。そしてその隣にマリーが優雅に、更にその隣にはベルオーネが緊張しながら腰掛ける。


「ふん!そんな腰抜けの老いぼれに恐悦至極も感謝の極みももったいないわ!儂にせい儂に!」


「おやおや。腰痛の老いぼれではありますが、腰は抜けてはおりませんよ?」


 学長の左隣の椅子にどすんと乱暴に全体重を預け、腕を組むのはハイドランジアだ。かつて頂点を競った大英雄ヤグルマギクを尊敬するベルオーネが、気に入らなかったらしい。


「なぁ、マリーよ」


「気安く呼ばないでいただけます?それと、魅力的かどうかを決めるのは本人ではなくて周囲でしょ?」


 どうやら余程気に入ったらしく、ハイドランジアはマリーに同意を求める。だが、金髪の美少女は舌打ちをし、強気な態度でそれを否定。その不敬過ぎる態度に周囲の人間は泡を吹きかけ、ヤグルマギクさえも驚いたと目を見開いている。


「くくくっ!相変わらずいい女だ。どうだ?儂の愛人にならんか?」


「刺し違えてでもごめんだわ。このロリコン親父」


「ハハハハハハハハハッ!いい!気が変わったらいつでも言え!最高の愛をくれてやるわ」


「最低の間違いでしょ。気持ち悪い」


 諦めの悪いハイドランジアに、殺意に至った視線を向けるマリー。火薬の近くで両手に花火を持って走り回るが如き行いに、周囲の人間の心臓は持ちそうになかった。


「そういえば、どうだヤグルマギク。儂の孫は」


「貴方に似て強く、貴方に似ない意味で強くなれる子ですね」


「そうだろう!奴は強くなる!分かっているではないか!」


 ハイドランジアの興味は、マリーから孫のサルビアへと移る。鼻を高々として自慢する旧知の仲に、ヤグルマギクは毒を混ぜた言葉をお見舞いするが、彼は一向に気にかけず。世の中を都合よく解釈する、そういう男なのだ。


「ああ、早く出番が来ないものか!待ち遠しくて仕方がない!」


「……まぁ否定はしませんが、他の試合も見ものですよ。皆、金の卵です」


 サルビアだけではない。今回の大会、余りにも豪華に過ぎる。実際に後の世の者は、正にこの時の大会こそ最高だったと口を揃える。


「さぁ、始まります。どうです?ちゃんと見ては」


「ふん!貴様に言われたから見るのではないがな!」


 本日は三日目、本戦。時は刻一刻と迫り、役者は揃い、ついに幕が上がる。


「あ……ルピナス様」


 第一戦、プリムラ・カッシニアヌム対ルピナス・カッシニアヌム。


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