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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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幕間2 黒と経過



 太陽が照らす中、村人は畑仕事に精を出す。広大な畑の半分は、土魔法によって一瞬で耕して。魔力が足りないもう半分は、軽く強化した筋力と体力で手早く終わらせる。毎年恒例の、いつもと変わらない日常だった。


「申し訳ない。少し、道をお伺いしたいのだが」


「んー。いいぜ。どこに行こうってんだい?」


 フードで頭をすっぽり隠した男性に、一人の村人が話しかけられたのは。村人はくわを持った手を止めて男の方を向きながら、詳しい場所を訪ねる。


「イザの森に」


「はぁ?知らんのか旅人さんよ。今はやめときな。もう少し待った方がいい」


 くぐもった返答は、この付近にある小さな森の名前。有名な森であり、道自体は村人も知っている。だがその有名さ故に、汗を拭う彼は道を教えずに忠告を与えた。


「あそこには化け物がいるんだ」


「化け物?」


「ああそうだ。人間なんて、一瞬で殺しちまうような化け物がね」


 その森が有名である理由。それは、そこに人殺しの化け物が住んでいるから。言葉の端に疑問符を浮かべた男性へ、村人は説明し始める。


「実際、何人も死んでる。酒場者に駆除を頼んだこともあったが、皆返り討ちにされたんだ」


「駆除、か」


「ああそうさ。もうどうにもならねえってんで、近隣の村全部で騎士様に嘆願出そうかって話になってる」


 その化け物は凶暴で、森に入った人間を襲う。恐ろしい強さを誇り、それなりの腕利きであった酒場者ですら敵わず。ついには騎士まで引っ張り出そうとしている。


「さすがに騎士様が負けるわけがねぇ。これでようやく、俺らも楽にな」


「その化け物は、人間だと聞いているが」


「……なんだ。知ってんのか」


 そして、その化け物は人間だった。


「まぁどっちにしろ化け物だよ。あんたも死にたくなきゃ、近づくのはやめときな」


「いいや。どうしても行きたい。教えてもらえないだろうか?」


 例え人間であれ、その脅威は変わらない。村人は止めようとするのだが、フードの男は頑なに譲らなかった。


「はぁー。あんたよぉ?俺が道を教えたせいで人が死んだってなったら、寝覚めが悪いじゃねえか」


 村人は、極めて一般人だった。怖く、恐ろしいものを化け物と呼んで遠ざける一方で、例え会ったばかりの人間とはいえ、死んでほしくはないと思う程度の良心を持ち合わせていた。


 だが、顔を隠した旅人が世界から忌み嫌われるものだったのなら、話は別だった。


「な?だから……おいまておめぇさん。もしや、眼の色は黒だったりしねぇだろうな?」


「それがどうした」


「っ!?忌み子か!」


 ちらりと覗いた髪の色に、嫌な予感を抱いた村人は鋭い声で探る。その予感は見事に当たり、フードを取った男の風貌は若い黒髪黒眼。かつて世界を滅ぼそうとした『魔神』の末裔にして、復活の為の器。この世界で忌み嫌われる特徴そのものであった。


「何の用だ!」


「道が知りたいだけだ。そっちが何もしないなら、こっちも何もしない」


 先も述べた通り、村人の感性は一般的である。ならば、忌み子を見た途端に警戒し、迫害するのは自然なこと。彼はついさっきまで畑を耕していたくわを構え、丸腰の忌み子へと向ける。


「ここから出て行け!」


 土を撒き散らしながら、くわを大きく振り被る。当てるつもりはなく、あくまで牽制と泥飛ばしの嫌がらせだった。そのはずだったのだ。


「……あれ?」


 くわを振り下ろしたはずなのに、刃が地面に突き刺さらなかった。代わりに、金属が地面に落ちて転がる音が、一拍遅れて頭にこだました。


「な、なにを……!」


「いつもこうだ。穏便に済ませられない」


 わなわなと震える村人が問うのは、分かりきった目の前の結果の、分からない過程。振り下ろす瞬間、前に出たフードの男の腕が刃を破壊したのが結果。振られた腕の形は手刀に似ていたが、衝撃は全くなかったのが過程。まるで、気がついたら落ちてましたというような。


「そっちがその気なら、次はお前の首が落ちる」


「ひっ」


 方法は分からないが、金属製の丈夫な刃を手で落としたのは確か。その魔法のような手を首に突きつけられた村人は、助けを呼ぶこともできず、怯えた目で忌み子の男を見つめるばかり。


「森への行き方とその化け物について教えてくれれば、解放する」


「ほ、本当だな?教えたら、助けてくれるんだな?」


「ああ。本当だ」


 断れば命はない。ならば、ただの村人である彼が選択するのはただ一つ。要求に対し、壊れたように首を縦に振るだけである。


 解放された者の話を聞いた他の村人たちは、正体不明の忌み子と、化け物が解き放たれることに怯えた。しかし、それは最初だけの話で、怯えは次第に喜びと安寧へ変わっていく。


 なぜならこの日以来、化け物が姿を消したからだ。









 さて、時同じくして動龍骨討伐から二ヶ月。アイリスを連れて村に挨拶や土下座、代金を支払いに行ったり。ザクロがマリーに頭を下げて、秘密の特訓をお願いしたり。


 こんな感じで色々あって、長期休暇前の放課後。すっかり第二の溜まり場と化したプラタナスの研究棟に、サルビアとザクロはいた。


「だああああああああああああ!終わらねえええええええええ!」


「うるさいぞ先輩。集中しろ。じゃなきゃ終わらん」


 しかし、彼らがいるのはいつもの研究室ではなく教室。木製の椅子に腰掛け、机上の課題に立ち向かっていた。形勢はまぁ、頭を抱えて叫び始めたザクロそのままに、多勢に少時間といったところだろうか。


「サルビアさんの言う通りです。ザクロ先輩、頑張りましょう」


「本当だとも。その叫ぶ力すらもったいない。とっとと問題を解きたまえ」


 だが、無勢というわけではない。サルビアには同学年のルピナスが、一個上のザクロにはプラタナスがつきっきりで手伝ってくれているのだから。


「あ、そこの魔法陣、炎槍が炎壁になってます」


「……魔法陣の形覚えるの、苦手だ」


 臨時教師のルピナスは全ての課題を提出済み。おまけに全部で最高評価を得るという、怪物っぷりだ。元より座学だけで名門モンクスフードに入学したようなものなので、当然といえば当然であるが。


「ザクロ君、そこ、間違いだ」


「いや待ってくださいよプラタナス先生。教科書見たけどこれ合って」


「その教科書が古い。私の研究だと、こちらの値が正解だ」


「んな無茶苦茶な!?はねられるってそれ!」


 一方のプラタナスも、時代を牽引する天才。教えるには申し分ない人材ではある。が、天才過ぎて教科書の先を行くことが時たま起こるのが玉に瑕といったところか。


「ってか、そんなぽんぽん新発見できるもんなの?」


「私は天才過ぎるからねぇ。いやまぁ、時折私も妙だと思うが……」


 言われた値を書くか、教科書通りに書くか。悩むザクロが述べた疑問に、プラタナスも不思議そうに顎を撫でる。とはいえ、現実世界の歴史も「うそつき」と呼ばれるほどころころ新発見されるもの、ではあるのだが。


「それにしても、私は君達も理解できないねぇ。なんで課題が終わっていないのに、剣を振り回すのかが」


 そしてまぁ、〆切が迫る程に現実逃避が捗るということも、現実世界と共通するもので。目を細め、疑問という形の短剣で、プラタナスはサルビアとザクロをぐさりと刺す。


「……期限が迫れば迫るほど、俺たちは剣を振りたくなる」


「人間って悲しい生き物だよな」


「留年して悲しむのは君達とご両親だろう?問題もそこも、間違えないようにしたまえ」


 それに対し、二人はろくに言い返すこともできなかった。動龍骨との戦いによって授業を何日も休んでしまった結果、置いていかれ。増えていく課題から現実逃避して剣を振りまくり、依頼に明け暮れたのは、自分自身なのだから。


「で、でも、ザクロ先輩はその、アイリス様の為に依頼を受けていたのでは?」


「マリーとかいう女と、秘密の特訓をしているそうじゃないか?」


「げっ!なんでそれを!?」


 だが、剣を振って強くなるのも、依頼で人を助けて名を上げるのも、アイリスの命に繋がることである。サルビアも、その大半に付き添っていた。彼らの現状は仕方がないのではと、ルピナスはフォローを入れ、プラタナスはいやらしい笑みでからかう。


「……でもまぁ、ダメだ。それを理由にすんのは俺の中じゃ失礼にあたる。けど、庇ってくれてありがとよ」


「ご、ごめんなさい!」


「優しさは君の美徳だが、甘やかしてはいけないよルピナス。もっと厳しくしないと」


「は、はい!厳しくするよう努めます!」


 しかしダメだと、ザクロもサルビアもプラタナスも首を振る。確かにアイリスを助けることには繋がる。だが、別に課題を終わらせてからでもできたことなのだ。後回しにしていたことが、良くなかったのだ。


「なにせ、本来ならもう一片の希望すらなかったはずだからねぇ」


 学校側も動龍骨の脅威と二人の功績や事情を把握しており、多少の温情はかけてくれている。ルピナスとプラタナスでもカバーできない科目に補習を用意してくれたし、課題の提出期限も休んだ日にち分延ばしてもらえた。


「そもそもの前提として理解に苦しむ。こんな簡単なもの、すぐに終わるだろうに」


「俺ら先生ほど頭良くないんで……」


 だがそれでも名門校。課題は多く、問題は難しく。プラタナスはこう言っているが、取り組んだ時間を考えれば、二人の速度は決して悪いペースではない。動龍骨による数日の遅れがなければ、ギリギリ間に合ったであろうくらいには。


「この私が教えているんだがねぇ?それで間に合わないなど、頭の出来が悪い以前に小鬼以下としか思えない」


「……」


「ん?どうしたのかねぇ?手が止まっているが」


 小鬼。その種族名を聞いた途端、二人の身体が固まった。どちらも一瞬、小鬼は馬鹿にされるほど頭の出来が悪いわけではないと、反論しそうになったのだ。


「いや、別に何も」


 小鬼の国のことは秘密にしてほしいと頼まれている。故に反論もしなかったし、理由を話すこともしなかった。


 それからの課題は、少し速度が落ちた。二人がこの二ヶ月間で殺した小鬼のことを、思い出してしまったからだ。


 依頼を受け、森の奥深くを捜索したのなら、数回に一回は出くわしてしまう。ライソニアの小鬼か判別する方法はなく、また、出くわした全てが襲いかかってきた為、二人は剣を振るうしかなかった。殺すしかなかった。何匹も、何匹も。


 そもそも、小鬼に限った話ではない。他の魔物にも家族がいて仲間がいて、感情があって生きている。それを二人は知り過ぎてしまった。でも、掲示板に貼られた魔物達は、人間に迷惑をかけたり、襲ったりするもので、人間が生きていくには狩るしかないのがほとんどで。でもそれは、人間側の勝手な都合で。


 永遠と繰り返す、「でも」とエゴの渦。逃げるように誰も殺すことのない、剣の訓練に励んだのも、この心のモヤモヤを晴らす為だったのかもしれない。




 数日後、課題はなんとか間に合い、ザクロとサルビアは無事に長期休暇を迎えることができた。彼らは臨時の教師の二人に頭を下げ、上質な酒を送り、それを礼とした。







 長期休暇に入りはしたものの、サルビアもザクロも学校がなくなった以外、日常に大した変化はなかった。依頼をこなし、剣を振り、たまにアイリスの休日に付き添って。ルピナスとプラタナスに迷惑をかけたことを反省し、休暇前の勉強地獄に学び、しっかりと計画的に課題を進め、終わらせた。


 そしてまた、学校が始まった。一学期よりも難しくなった授業に死ぬ気で食らいついて、その合間にまた依頼をこなして、剣を振る。きつい生活ではあったが、二人にとってそれは充実したものだった。


 結果も如実に表れた。二人、いや、プラタナスとルピナスも合わせて四人の強さは、時間と共に研ぎ澄まされていく。難しい依頼を達成して人を助け続けたことで二人の名が、剣術大会を荒らしたことで二人の強さが、少しずつ広がっていった。


 アイリスの暗殺も、なくなったわけではないが、大いに減少した。マリーやグラジオラス、カランコエの両騎士によって、彼女の命は守られていた。


 サルビアへの暗殺もなく。また、ハイドランジアの意向によってザクロに手を出す者もなく。自ら飛び込んだ依頼の危険以外、至って平和な日々が続き。


 そして、動龍骨戦から六ヶ月後。ついにこの三日間がやってきた。


 武と芸術の学祭、『武芸祭』である。


 競い合った剣、因縁の魔法が今、戦火を燃やす。


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