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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第24話 報告と再訪




 シミ一つないような白に、落ち着いた金が気高く模様を描く壁と天井。足まで沈むような赤の絨毯。その四方の上で直立するは、剣を掲げる銀の騎士像。輝きを放っているのは、壁に飾られた何本もの名剣。


 貴族でありながら騎士にして剣士。その在り方を表したかのようなこの部屋こそ、当代『剣聖』ハイドランジア・カランコエの執務室である。


「ハイドランジア様。今日の報告でございます」


「うむ。話せ」


「はっ!では、始めさせていただきます!」


 時刻は夜の六時。直立不動の女騎士が、椅子に腰掛け書類を眺める主人へと定時報告の開始を告げる。主人は机を挟んだ声に耳と口だけを傾けて返事をし、その許可を。


「西のグロリオサ王国国境付近の野盗ですが、やはりグロリオサ王国が背後にあると密偵から」


「野盗どもを完膚なきまでに叩き潰して警告としろ」


「かしこまりました。そのように。では次です。プルメリア家の当主より書状が届きました。内容は完全降伏です。こちらの傘下に入りたいと」


「今更遅い……と言いたいところだが、まぁよい。いないよりはマシだ。生温く迎え入れると返してやれ」


 内容は国内の貴族や豪商の勢力の変動や、国外のきな臭い動きばかり。当然だろう。カランコエ家の実質的当主とはいえ、ハイドランジアも一人の人間だ。巨大過ぎる自勢力の全てを把握することはできず、故に報告は最重要のものに限られる。


「ロワン・グラジオラス様から、書状が届いております」


「ほう?あやつからか。なんだ?」


「それが、アイリス様の護衛と暗殺組織の操作の協力の要請です。細かい報酬の内容などはこちらに」


「ふぅむ……奴め、ついに己の力の無さを認めたか?いや、違うか。ははっ!面白い策を考えるわ。良いだろう乗ってやる。貴様らで信頼できる騎士を選出して送れ」


「すぐに取り掛かります」


 彼にしか判断を下せないものを聞き、その方針を示す。あとは優秀な部下達がそれに従い、版図や策略を広げていくだけだ。彼にとって、世界はこれだけで手に入るものだった。


「サルビア様についてです。昨日の深夜、無事に街に到着されました。今朝は元気に登校なさったそうです」


「分かった。次」


「はっ」


 女騎士も慣れたもので、淡々と報告は進んでいく。権力も騎士団も絶大であり、主人も悩むことも顔を書類から離すことなく、次々と決断を下していく。中に人の命を多く奪うものがあったとしても、あっさりと。


「……」


「どうした。何を言い淀んである?」


 しかしそれは、いつも通りならの話。今日は滑らかには終わらなかった。女騎士がある報告を前にして、言うべきか言わないべきかの戸惑いを見せたのだ。


「その、今までの例になく、お耳に入れるほどのことかどうか、我々では判断できなかった件が一つありまして……」


「言え。貴様らで判断できなかった時点で儂の案件だ」


 非常に珍しい彼女の反応に、初めてハイドランジアの興味が唆られた。書類から目を離して机に身を乗り出し、女騎士に報告を促す。


「……では、ご報告いたします……ザクロ・ガルバドルなる者が、アイリス・グラジオラス様の暗殺を防ぐ為、ハイドランジア様に剣で挑むと、グラジオラス邸にて公言されました」


「……なんだと?」


「そしてその発言を、サルビア様が支持なさいました」


 躊躇いがちに報告されたのは、ある少年の宣言だった。ハイドランジアは驚きの余りにがたりと机を震わせ、女騎士は主人の癇癪の爆発に震える。


 女騎士の言う通り、ここ数年、例のないことだったのだ。ハイドランジアの耳に届かない、酒場の冗談ならまだありえるだろう。だが、貴族の屋敷での宣言は、冗談では済まされない。れっきとした、公の発言なのだ。その上、カランコエの正統な後継者であるサルビアが支持したとなれば。


「ふははははははははははははははっ!本当か?そのザクロとかいうガキは、儂に本気で挑むと言ったのか!そしてそれを、我が孫が支持したと!」


「え、ええ。はい」


 怒声と剣が飛んでくる。そう予測して身構えていた女騎士は、唖然とさせられた。ハイドランジアは微塵も怒りはしなかった。むしろその逆。背もたれに身体を押し付け、口を大きく開き、笑い出したのだ。


「ははははははははははっ!なんともまぁ!愉快なことだ!なんだ?そのザクロとかいうガキは、アイリスに惚れたのか?暗殺からだけではなく、儂からも守りたいのか?」


 手まで叩いて嬉しそうに。しかし、彼の狡猾にして明晰な頭はその間も稼働し、いくつもの情報を繋ぎ合わせていく。


「ザクロ、ザクロ……確かそこそこ有名な酒場者だな。ガルバドルということは、あそこの商人の息子か?」


 老齢となった今でも、その記憶力は微塵も衰えず。ここ一年前に話題となったルーキーのことから、数年前に傘下となった中規模な商会の名前まで、彼はすぐに引き出してみせた。


「こ、こちらがザクロ・ガルバドルの詳細です」


「気が利くな……ふむ。土鬼単身討伐。武芸祭三位。動龍骨討伐貢献。確かに雑魚というわけではなさそうだが……」


 とはいえ、いくら記憶力が良かろうと、一度も見聞きしたことのないことは記憶しているわけもない。更に詳しい情報が記載された書類を受け取り、めくり、経歴からザクロの強さを推測し始める。


 さすが、孫と祖父といったところか。強者のこととなった時の顔は、まさにそっくり瓜二つだった。


「あ、あの!どうなさいますか?」


「どうもせん。傘下全ての組織に余計なことをするなと伝えろ」


「つ、つまり」


 未だ笑みを浮かべ続ける主人へと、女騎士は不敬を恐れながら問う。だが、彼は少しも機嫌を損ねることなく、カランコエの方針を示した。


「剣術大会で、儂自ら引導を渡してくれる」


 すなわち、真正面から受けて立つと。剣で挑まれたなら剣で返すと、彼は牙を見せながら宣言する。


 策謀にてのし上がった男ではある。だが、それだけではない。剣術でものし上がった男でもある。そしてなにより、剣を愛した人間である。そしてそれ故の、プライドであった。


「か、かしこまりました!各組織には何もせぬよう、厳重に注意を」


「ああ。だが、ガルバドル商会に大金を送っておけ。額はお前に任せる」


「はっ!ですが、その、基準をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 敬礼する女騎士に下された、追加の指令。手出し無用の指示は、女騎士にも多少は理解できる。しかし、大金をザクロの実家に送る理由やその適正額は分からなかった。だから正直に、彼女は問うたのだ。


「そうさなぁ。お前、大事な息子が死んだ時に、いくら欲しい?」


「え?あ、いや……」


 まただった。本日二度目の唖然とした困惑に、女騎士は襲われる。最初は何を言っているのか分からなかったのだ。でも、時と共に理解は進み、五秒も経つ頃には完全に意味を飲み込んでいた。


 彼は、正々堂々と剣で斬り合い、正々堂々と剣で斬り殺すのだろう。つまりこれは、遺族への慰めの前払いだ。


「その額をくれてやれ」


「はっ、はい!」


 五秒後の彼女を見たハイドランジアは満足そうに頷き、机に両肘をつく。そして銀の眼で、見たこともない橙髪の少年を幻視し、笑う。


「さてさて。ザクロとやらは、儂を楽しませてくれるのか」


 獲物を見つけた、獣のように。









 さぁそして、その週の休日。グラジオラス邸の前に、二人の少年と多数の騎士が立っていた。


「サルビアだ。要件は聞いているか?」


「ザクロです。付き添いです」


 数日前に来たばかりの二人が早速再訪した口実は、選出されたカランコエからの護衛の引き渡し見届け人。理由はまぁ、アイリスとマリーの顔を見にである。


「承っております。こちらです」


 執事に案内され、綺麗な庭を行く。グラジオラス家の騎士とカランコエ家の騎士がすれ違う度、多少ピリピリとした緊張が走るが、両当主に逆らって勝手な行動をする者はおらず。


「よくぞいらっしゃいました。当家の力不足で当てを煩わせてしまい、申し訳ありません」


「いえ。婦女子の命を守るのは騎士として当然のことです。では、こちらが書状になります」


「感謝いたします。確かに」


 何事も起こらぬまま屋敷に辿り着き、出迎えたロワンとサルビアが台本を演じきって、引き渡しは終了。これからカランコエ家の騎士はグラジオラス家の騎士に邸内を案内され、施設の説明を受けることになっている。そしてそれに同行しないサルビアとザクロは、今からフリーということで。


「お邪魔しますっと」


「来たわね。悪男」


「サルビア様!ざ、ざ、ザクロ様!ようこそいらっしゃいました!」


「うむ。来た」


 ニコニコと怖い笑顔のロワンに通された応接室にして、数日ぶりのマリーとアイリスに出迎えられていた。金髪の少女はジト目ながら嬉しそうに。蒼髪の少女は、嬉しそうではあるが恥ずかしそうに頰を赤らめて。


「あー、いや、やっぱりぎくしゃくしちゃうか」


「当たり前でしょ。貴方馬鹿なの?」


「いや、確かに賢いわけじゃないけど……」


 俯き、ザクロの顔を見れないアイリスの反応は至極当然のものである。なにせ、手を引かれ、命を救われ、素直になってもいい、助かってもいいと教えられ、村人からの感謝を伝えられたのだ。救いを望んでいた少女にとって、彼は白馬の王子か何かに見えたことだろう。


 その上その少年が未来に自分と婚約し、それを破棄する宣言をしたのだから。もうどう顔を合わせてよいか、分かるわけもない。


「なんというか、ごめんな!色々と話勝手に進めてた!よくよく考えたら事前に一言入れとくべきだった!」


 そしてそれを、さすがのザクロも分かっていた。というより、冷静になって後になって分かった。だからこそ、今日彼は付き添いできて、顔を見にきて、謝りにきたのだから。


「い、いえそんな!私を守ってくださる為というのは、重々承知していますわ!感謝こそすれど、責めることなどありません!」


 目の高さよりも深く下げられ、視界に入ってきた橙の頭に、アイリスは早口になって謝罪を拒絶する。彼女だって人間で、死ぬのもハイドランジアとの結婚も嫌だと思っている。ザクロがそれを防ぐ為に宣言したことは、彼女だって理解しているのだ。


「……そう言ってもらえると、助かる。本当にありがとう」


「こ、こちらこそですわ!感謝してもしたりません!」


「ねぇ、サルビア様?この二人、そのまま結婚しちゃえばって思わない?」


「思う。胸焼けがするくらいにお似合いだ」


「ま、ま、マリーさん!?サルビア様!?」


 互いに頭を下げあい、感謝を述べあい。そんな二人を見たマリーはお似合いじゃないかと肩をすくめて、サルビアはそれに全面的に同意して。すると真っ赤になったアイリスが、大声をあげて詰め寄って。


「あ、そうだ!アイリス様からね。二人というかザクロさんにお願いがあってね?」


「マリーさん!本当に、その!それは確かにありますけど、お二人に対してであって!」


「……なんだ。場合によっては俺は用事ができるぞ」


「サルビア様まで!?」


 でも、金髪の少女は素知らぬふりして更なる爆弾を放り投げる。それは、この数日の間にアイリスがこぼしていた願い。無論、空気を読むことを覚え始めたサルビアは、右斜め上を見て期待に応える。


「ほら、言わないと伝わらないよ?」


「うっ……あ、あの、ザクロ様。その、お父様にお願いして、私、たまに休日をいただけることになりました」


「本当!よかったじゃん!」


 まず報告されたのは、彼女の念願の成就。頼んでみれば意外にあっさりロワンは頷き、一週間に一日、厳しい護衛付きではあるが、アイリスは休日を獲得したのだった。


「は、はい!よかったのです!ですが、その、もし、よろしければ……休日で、全部ではないのですが、遊びに行っても、いいでしょうか?」


 そして続いて、その休日の使い方。控えめに遠慮しがちに怯えて祈るように、アイリスは両手を胸の前で握って、ザクロに向けて尋ねる。言葉にサルビアは含まれていても、心の対象は丸分かりだった。


「もちろん。ただ、事前に数日前に連絡してもらえるとありがたいかな。そうしたら、こちらから遊びに行くってこともできるかもだし」


「あ、ありがとうございます!またお休みの三日前には、連絡いたしますわ!」


 用事がない限り、断ることもなく。笑顔で頷いたザクロにアイリスは両手を大きく広げ、喜びを表現して。いつもなら数秒ではしたないと気付いて落ち着くのに、今日に限ってはかなり長い間持続して。


「あ、先日お父様からいただいた美味しいお菓子がありますの!もしよろしければ」


「ん?それは食べたいな。サルビアも食べるか?」


「それは気になる」


「美味しいのよ?ほっぺたが落ちるくらいにね!」


 嬉しさを隠せないままに、彼らはお茶会へと雪崩れ込んだ。最初のギクシャクはどこへやら、それはそれは大層楽しく盛り上がった、美味しいお茶会だった。





 そして楽しい時間は過ぎて、また見送りの時間が来て。邸内から出られず、玄関でずっと手を振り続けていたアイリスが見えなくなるまで歩いて、門の前。


「今日はありがとう。アイリス様、楽しそうだったわ」


「いや、こっちこそ。守ってくれてありがとう」


 前と同じようにここまで見送りに来てくれたマリーに、ザクロは頭を下げる。視界が地面から上昇し、腕を組んだ金髪の少女に移り変わり、そして、


「あの楽しそうなアイリス様との婚約、本当に破棄するつもりなの?」


「……」


 鋭く責めるような金を、見た。


 それは、当然の問い。だってそうだろう。誰がどう見たって、アイリスはザクロに惚れている。そしてザクロは守る為とはいえ、アイリスと婚約しようとしている。それを破棄するということは、その宣言は、アイリスになにを思わせたのか。


「別にアイリス様が好みじゃないとか、そういうのだったらまぁ、仕方がないとは思うわ。どうかとは思うけど、貴方の人生なんだし」


 強制できることではない。誰にだって好みはあるし、アイリスは大貴族のご令嬢だ。結婚するということは、その権力や責務まで抱え込まねばならない。自由奔放な生き方をしてきたザクロが嫌がるのも、あり得る話だ。


「でも、そうじゃないなら……」


「アイリス様は、とてもいい子だと思う」


「だったら!」


 でも、違うなら。別に憎からず思っているのなら。


「俺みたいなちゃらんぽらんの女遊びの酷いやつには、もったいないくらいには」


「っ……」


 でも、だからこそ。憎からず思っているからこそ。


「今はまだ助けられてすぐで、盲目的になり過ぎていると思う」


 まだ出会って数日で、互いに少しは知っているけれど、まだ多くは知らない。もうちょっと落ち着いて、好意的なフィルターがなくなってから考えるべきなのだ。それに、アイリスはまだ若い。もっといい出会いがあるかもしれない。


「なのにまだ、付き合い続けるの?それは甘い残酷さじゃない?」


「……悪い。どうしても、断りきれなくて」


 それを分かっていながら、いつか身を引こうとしていながら関係を続けるザクロを、マリーは本気で責め立てる。


「分かるけど、ほんっと呆れた。それこそ彼女を傷つける行為だわ」


「……」


「と、言おうと思ったけれど、私からはアイリス様との関係を続けてもらうことを望むわ」


「えっ?」


「だってそれが、アイリス様の望みでチャンスですもの」


 だが、その怒りはマリーのもの。アイリスの想いとは違うと、彼女は自らの意見を引っ込め、主人の為に言葉を無理やり紡ぐ。


「望みは分かるが、チャンスってどういう意味?」


「さぁ。教えないわ。ほら、早く帰らないと、日が暮れるわよ?」


 彼らに全てが伝わらないよう、わざと違う世界の言葉でごまかして。


「……分かった。今日は帰るし、考える」


「ええ。そうしなさい。じゃ」


「あ、そうだ!言い忘れてた!」


 振り返って帰ろうとして、思い出してまた振り返って。ザクロは見送ろうとしていたマリーに近づき、


「あの、特訓したいんだけど、たまに付き合ってくれませんか?」


 サルビアには内緒の、ある特訓のお願いを。


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