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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第16話 白き巨城




 木々を超えて屹立せしは、骨に守られし白き城。純白ではなく、土と年月によって汚れている。しかし、汚れていようとも他者による綻びはない。その城に、他者による傷はない。ただ自ら擦り合わせた時のみ、その城壁に傷が付く。


 天高き天守閣に、剣を届かせることは難しく。魔法で届かせようとも、傷つけることはなお難しく。


 故に、城は全てを蹂躙する。圧倒的な硬さにて、全てを。硬さによって無力化し、硬さによって叩き潰す。一歩進むごとに大地は泣き、一度振るう度に破壊が起こる。


 十二の腕を振り回す、最硬にして暴力の災害の城。例え数万の人員で攻めようとも落とせるか分からぬその城を前に、たった2人の少年が立ちはだかる。


 剣を携え、守るべきものの為に。

 







「……そう言われれば、そうか」


 ザクロに龍骨は斬れない。その事実を聞いたサルビアは、一時は驚いた。だが、それは一瞬のこと。記憶の中の先輩の力量を思い返すことで、驚愕は納得へと変わる。


「俺は手数と小手先だけの男だからな」


 ザクロの強さはサルビアに迫る程ではある。しかし、その強さの方向は大いに違うのだ。ザクロ本人が言うように、彼の剣は鋭さよりも多彩さに重きを置いている。だから、龍骨を斬れない。


「……わりぃ。見栄張った。俺の才能とサボり癖のせいだ」


「いや、そんなことは」


「現状がその証明だ。ま、悔いてる暇も今から斬れるようになる暇もねぇ」


 いや、違う。より正確に、正直に言うとするなら、努力と才能が足りないが故だ。サルビアの戸惑いの否定を、ザクロ自身が首を振って否定する。


「適材適所ってやっ!?」


 その声は足元の振動に揺れ、途切れた。かつて戦った2m級の動骨と同様に、動龍骨が骨針を飛ばしてきたからだ。だがその大きさと威力、本数は段違い。子供ほどの大きさの針が、まるで矢のような勢いで飛んできたのだ。それなりに頑丈だったはずの壁など、軽く貫通してしまう。


「あいつ、村を……!」


「俺達は無視するつもりか」


 結果、ザクロは血を見た。直接針に潰された者はいなかったものの、家屋が倒壊。子供を探して近くにいた女性や、家から出ようとしていた老人を、巻き込んだのだ。


「サルビア、前へ出るぞ」


「ああ、分かった」


 下敷きになった者を助けようとする村人を横目に、ザクロとサルビアは壁を飛び降りる。動龍骨に誰が脅威かを知らしめ、その場に引き止める為に。


 しかし、黙って接近を許すほど、魔物とは甘い存在ではない。走り出した2人を迎え撃つように、骨の脚が振り下ろされる。金剛石が如き、束ねられた大質量の一撃。まともに当たれば人間などぺしゃんこにし、地面に大きな亀裂を走らせることだろう。


「……防御は先輩に任せる」


 地面に亀裂が走り、世界は衝撃に揺らぎ、木々は葉を散らす。だが、人は潰れなかった。動龍骨が本来狙ったであろう場所から数m離れたところに、脚が叩きつけられていた。


「了解。守ってやるぜ後輩」


 ザクロに龍骨は斬れなくとも、受け流すことはできる。巨大な脚に対抗するように創成された巨大な魔法の剣によって、サルビアへの攻撃を防ぐことができる。


「で、任すぜ」


「分かってる」


 まさか自分よりも遥かに小さい人間に、攻撃を受け流されるとは思っていなかったのだろう。動龍骨の動きが止まったその刹那。その刹那を、攻撃を任せられたサルビアが駆け抜ける。地面に叩きつけられた骨腕を足場にして登り、


「こいつは、斬れるものだ」


 骨鎧へ、一太刀。剣が弾かれた音が鳴った。名剣の刃こぼれを代償に、深い傷を刻む。サルビアの剣技で数百回を重ねれば、充分に龍骨を断ち切れる。


「そりゃ良い。けど、油断はすんなよ」


「していない」


 その事実をザクロは褒め称え、動龍骨は理解不能とばかりに暴れまわる。ならばと降りかかる骨の柱を、ザクロが技術にて弾く。


 例え攻撃が直撃したとしても、物理障壁がある限りザクロとサルビアには傷一つつかない。とは言っても、視界を埋め尽くすような堅牢な骨は、核を守る骨鎧を斬るのに邪魔なのだ。


 だから、サルビアの邪魔にならないように、ザクロが道を作る。断つことはできなくとも、彼が断つ為の道を作ることはできる。


 ザクロの技術はそれだけに止まらない。少しずつ、少しずつ戦場を誘導していく。場所を考えて攻撃をかわし、動龍骨を村から引き離していく。


「いいかサルビア!これは時間との戦いだ!」


 今のところは上手くいってはいるが、何事にも限りがある。この戦い方は、魔力消費の激しい障壁を常時展開しつつ、更に巨大な魔法剣を作り続けなければならないのだ。こんな無茶を続ければ、いずれ魔力が尽きる。


「ああ、分かってる」


 そしてそれは、サルビアも同じこと。ザクロのように巨大魔法剣を使わないとしても、彼の魔力量はそう多くない。むしろ、サルビアの方が早く限界を迎えるかもしれないくらいだ。


「その前に、斬る」


 故にこの勝負の勝利条件は、極めてシンプル。村から動龍骨を遠ざけ、2人の魔力が切れる前に骨鎧を断ち、核を斬ること。


「悪いが、撤退は本当に本当の最後の手段だ」


 動龍骨の先制攻撃で要救助者が出てしまった以上、ザクロ達から引き分けは選べない。彼らの救助と避難には時間がかかる。その時間まで魔力がもつとは、とてもじゃないが思えなかった。


「大丈夫だ」


「嘘だろ?」


 その心配はないと、離脱中のサルビアは適当なところを斬りつけ、ザクロにそれを見せつける。


「前よりは、斬れる」


 一ヶ月前は、傷をつけるのがやっとだった。しかし、今骨鎧に刻まれた一筋の線は、「やっと」などという生易しいものではない。浅くはあれど、比べ物にならない。


「成長したってのか?」


 分からされて、しまうのだ。想定より遥かに少ない回数で壊せるという吉報のはずなのに、ザクロは知らず知らずの内に、唇を噛んでいた。


「ははっ!すげぇなぁ!」


 笑い、張り合った。少しでもいいところを見せようと、ザクロは魔法剣を唸らせる。より複雑に、より的確に。骨を防ぐだけではなく、その先を目指す。


「サルビア、乗れ!」


「っ!ああ!」


 土剣魔法の先端を、彫刻魔法へと変更。剣先を掌に変え、サルビアを呼ぶ。そこは敵の骨の隙間をついた一瞬の避難場所でもあり、上へ飛ぶ為の中継地点でもあった。


「代金はいらねぇ!張り付いて」


 そして、剣をぶん回す。止めようとした骨の腕をなぎ払い、かつ、サルビアを吹っ飛ばした一石二鳥の一刀。その悪くない手応えに、ザクロは笑う。


「たっくさん、斬り刻んでこいよ!」


 空を切り裂き、足りない分は浮遊魔法で補い、サルビアは骨鎧の上に立つ。ザクロからは、その景色も彼も見えない。しかし、分かる。彼が今どんな表情を浮かべているかくらいは、この一ヶ月の付き合いで理解している。


「ははははははははははは!」


 最っ高に嬉しそうな笑いが、辺り一面に響いた。物理障壁を張れば、剣の邪魔はされれど、傷つけられることはない。たかが獣ごときの妨害に、サルビアの剣技が止められるわけがない。


 つまり、


「さぁ、確かめさせろ」


 斬り放題、というわけだ。


「お前は、斬れないものか?」


 綺麗な鋼鉄の輝きが、太陽を照り返す。一瞬の溜め。以降、剣は止まらぬ線となった。


 刻み、刻み、刻む。サルビアが腕を振るう度、骨の鎧が削られていく。金剛石ほど硬い龍骨が、粉へと変わっていく。


 もちろん、動龍骨の抵抗がないわけではない。必死にサルビアを殺そうと身体を揺すり、暴れ、骨を叩きつける。しかし、止まらない。物理障壁に守られている以上、サルビアに傷はつけられない。


 ならば狙われ、狙うのは剣。動龍骨はサルビア本人ではなく、彼が振るう剣を妨害し始める。骨で軌道を遮り、足場を変えて態勢を崩して。


 だが、全ては無駄だった。サルビアは剣を守る。障壁を利用し、自分の身体を盾にして骨の腕を受け止めて、振るう。不安定で狭い足場で、彼は剣にて踊る。


「すまない」


 早くて三回、もって六回。それが、サルビアの相棒の寿命。彼の剣技も凄まじいが、龍骨の硬度も凄まじかったのだ。たった数回の存在理由を果たした名剣達は、次々に投げ捨てられていく。


「ありがとう」


 サルビアは剣に謝罪し、感謝した。もっと自分が強ければ、もっと長く振るってあげられたと。剣があったからこそ、龍骨を削れていると。


「まだ、いける」


 そして今一度、己を見つめ直す。今の剣は正解だったか。もっと上がないか。手を抜いていないか。集中が途切れていないか。足場の変更に対応できたか。どこまでも冷静な自己採点を重ね、修正。彼の剣は、この戦いの中ですら、研ぎ澄まされていく。


「おらよぉ!」


 幸か不幸か。ザクロはその場面を見ていなかった。何も知らず、サルビアがいつも通りの剣を振るっているだけだと思っている彼は、必死に援護し続ける。後輩の邪魔をしようとする骨腕を、地上から魔法剣で弾き、叩き落とす。


 地上からの先輩の援護を受け、サルビアの剣は加速。斬りつけ、削り、刻み、突く。2人の連携によって少しずつではあるが確実に着実に、一点に集中した傷は深くなり、掘り進んで行く。


「サルビア、まだかぁ!」


 サルビアが骨鎧に登ってから3分ほど。既に彼が使い捨てた剣は四十を超えた。まだ鎧は破れないのかと、荒い息のザクロが天に向かって呼びかける。


「あと、少しだ……!」


 興奮した返事が、地へと落ちる。その通りだった。あと少し、あと少しで、傷が龍骨を貫通する。そうなれば残るは柔らかい、一撃でも砕け散る核のみ。


 焦りはしない。このままの調子なら、勝利は確実なのだ。むしろサルビアは、終わってしまうことに悲しみを覚えていた。


「ん……?」


 サルビアの足元が、ザクロの天井が、一瞬だけ止まった。貫通したわけでも、ましてや核に攻撃が入ったわけでもない、不自然な静止。人間で例えるなら、それはまるで考え込んでいるような。


「なんだ?」


 サルビアへの妨害が、なくなった。そのことに困惑した彼は、剣を振るい続けながら骨腕の向かう先を見る。


「そう、来たか」


 そして、動龍骨が進み始めたことを理解する。サルビアへの妨害は無意味だと理解し、攻撃が通じる者達を標的にし始めたのだ。


「くそがっ!」


 同じく進行方向を見たザクロは、悪態を吐き出した。巨体が向かう先は村。戦いが始まってまだ十分かそこら。避難が完了しているわけもない。村に入られれば、必ず死者が出る。


「賢過ぎんだろ!」


 なぜ、ザクロとサルビアが前線に出てきたか。彼らが守りたいものはなにか。どうすれば、骨鎧の上のサルビアが下に降りるか。それを理解しての行動だった。


「サルビア!」


「まだかかる!」


 焦燥感に駆られたザクロが再度名前を呼ぶも、返事は芳しくない。せっかく作った村との距離が、みるみる無くなっていく。


 これは決して、無視できない。守る為に戦っているのに、守れないなら意味がないから。だがその一方、あと少しで攻め切れるこの場面で降りてしまえば、勝利を逃してしまうかもしれない。仮に動龍骨に逃げられたなら、また違うどこかで甚大な被害が出るだろう。それもまた、守れない事と同義。


「……俺にだって」


 なら、決まっている。選ぶのは、村に侵入させず、みんなを守り、なおかつ核を穿つ選択肢。


「できることはある」


 限界まで、魔力を込める。高適性のザクロが魔力消費なんて一切合切考えずに、最大限。更に魔法陣を合わせての、二重発動。


「なっ!?」


 動龍骨の上にいたサルビアが、目を剥いた。その大きさに。その効果に。ザクロが何をしようとしているかに。


「発、動!」


 橙髪の少年の、周囲の地面が鼓動する。魔力が浸透し、魔法が現象となる。土が何本にも束ねられ、強固になって盛り上がり、巨体へ向かう。


「止めるくらいなら、俺だって……!」


 顕現したのは剣ではなく、巨大な鎖だった。動龍骨の脚に絡み付き、動きを封じる為の武器。剣士がプライドと斬ることを捨て、救う為だけに特化させた魔法。


「ぐぅ……!」


 だが、動龍骨も暴れ回る。圧倒的な膂力とより硬き骨にて土の鎖を削り取っていく。ぱらぱらと敗北した粉が地に落ち、綻んだ鎖が引き千切られそうになる。


「情けねぇが、あんましもたねぇ!」


 だが、ザクロも負けない。彼は負けない。拘束から抜け出そうとする動龍骨の動きに合わせ、形と強度を変形させる。壊れそうになった箇所は即座に修正し、決して歩ませない。村には、向かわせない。


「だから、頼む!」


 総魔力量の半分以上を注ぎ込んだ、ザクロの大魔法。それでも、動龍骨は大き過ぎるし強過ぎる。これだけ魔力を割いたとしても、動きを止めれる時間はそう長くはない。いずれ必ず、突破される。


「頼まれた」


 しかしそれだけあれば、十分だった。先輩の努力を見たサルビアは深く息を吐き、そして剣を振るう。ザクロのようにトリッキーな剣ではなく、どこまでも純粋に、斬ることだけを考えた剣で。


「……」


 いや、少しだけ訂正しよう。サルビアにしては珍しく、今回の剣には僅かに雑念が混じっていたと。特に鈍ることも、鋭くなることもない程度の、焦りが。


「あと、一撃」


 何故、焦るのか。サルビアには分からなかった。分からないまま剣は斬り続けては進み続け、遂に果てに辿り着いた。焦りの理由は分からずとも、剣先の感触でこれが最後だと、彼には分かるのだ。


「終わりだ」


 無数の剣の犠牲を積み上げて、ここまで来た。その事に感謝はあれど感傷はなく、彼が振るうはいつも通り。ザクロとの訓練と変わり映えしないような一閃が、骨を貫通する。


「……?」


 役目を終えた剣をお疲れ様と仕舞い、核が遠くとも届くように、刀身の長い土の魔法剣を創成。そして、斬り開いた隙間に突き入れる。弱肉強食の理に従い、弱き者は淘汰される。そんな一突きだった。


「は?」


 そうだ。弱肉強食だ。剣は弾かれ、腕が痺れた弱者の一突きだった。ならば、強者は誰か。なぜ、弾かれたか。


「もう一層?」


 決まっている。龍骨の層こそ強者だ。たった一枚貫通するのに、これだけ苦労した龍骨がまだ、核を守っていたからだ。それもサルビアが口にした一層だけとは限らない。何層重なっているかなんて、分からない。


「お前、俺らのことなんて、眼中になかったのか?」


 ようやく、サルビアは悟った。村へと移動を開始したのは、上の脅威を引き剥がしたかったからではない。そもそも脅威とすら、認識されていなかった。張り付いた虫を叩き潰すのを後回しにして、先にお食事をしようとしただけだ。


「核を壊すより早く、俺らの魔力が尽きる確信があったのか?」


 障壁がある限りサルビア達は傷付かず、龍骨の層がある限り核は壊されない。そしてどちらの消耗が激しいかと問われたなら、サルビア達の人間なのだ。


「……サ、サルビア?どうして、下に……!」


「無理だ。勝てない」


「……え?」


 一度下へ降り、魔法の制御に顔を歪ませるザクロの元へ。まだ核を壊せていないのに降りてきたことに困惑する彼へと、サルビアは冷静な判断を告げる。


「骨の下にまだ骨があった。あと何層あるかは、分からない」


「っ!?」


 聞いた瞬間、制御が緩んだのか、鎖の一部が引き千切られた。すぐさま持ち直して動龍骨を拘束し続けるも、この状況は変わらない。


「わりぃ。俺の作戦が甘かった。通常の動骨と一緒に考えてた」


「いや、ザクロ先輩だけが悪いわけじゃない。俺も甘く見過ぎてた」


 想定外だった。サルビアですら斬るのに苦労する龍骨だ。自然界で突破できる者など、いないに等しいはずである。だというのにまさか、重ねているなんて思いもしなかった。一体どれだけ、この動龍骨は用心深いというのか。


「……どうすればいい?どうすれば、勝てる?」


 既にサルビアの魔力は五割、ザクロの魔力は三割を切っている。剣のストックはまだ多少残ってはいるものの、先立つ物(まりょく)がなければ戦うことはできない。故に、サルビア達は勝てない。だから、問う。


「なぁサルビア」


「なんだ?」


「正直、俺らが生き残りたいなら、撤退すべきだ。でも、俺は撤退したくない」


 ザクロは賢い選択を分かっている。このままでは絶対に勝てないと分かっている。だが、彼は逃げないと言った。


「今退いたら、村のみんなが死んじまう。だから、残る」


 理由なんて分かり切っている。後ろの村だ。勝ち負けではなく、それがザクロの戦う理由だからだ。


「退きたいなら構わねぇ。俺1人で魔力が尽きるまで、こいつを足止めしてやるさ」


 斬ることはできなくとも、足止めはできると。それしかできないならそれをすると、彼は言った。例え死ぬかもしれなくても、変わりはないと。


「そんな心配そうな顔すんなって。死ぬつもりはねぇよ。で、お前はどうしたい?」


 質問をしたのはサルビアだったのに、まだザクロは中途半端に自分がどうするかしか答えていないのに、彼は聞いてきた。


「残るか、残らないか」


 斬れないものを斬ろうとするか、諦めて逃げるかを。どこまでも真っ直ぐな目で、サルビアを射抜いてきた。


「残りたい。だが」


 心は斬りたい。だが、理性がこのままでは勝てないと叫んでいる。彼の類稀なる戦闘の勘が、そう告げている。故に、サルビアの答えは揺れていた。


「そりゃいい。お前が残るなら、俺が今思い付いた馬鹿をやれる。あいつを斬れるかもしれねえ、大馬鹿だ」


「なんだって?」


 その揺れを悟ったザクロは、可能性を提示する。彼が即席で組み上げた、サルビアには全く見当もつかないなにか。


「障壁無しで、もう一度」


「……」


「さっきと変わらねぇ。俺がお前の剣の道を作る。変わるのは、お前が本気で俺に命を預けてくれるかだ」


 それは、絶句するほど馬鹿げている作戦だった。あの雨のような骨の攻撃全てを、ザクロの魔法剣でさばく。一度でも触れようものなら、その時点で敗北となるような攻撃を、全て。


「俺の魔力は足りるかもしれない。でも、ザクロ先輩の魔力は」


 問題はそこだけではない。確かに障壁をカットすれば、サルビアは比較的魔力の消費が少ない身体強化だけで戦える。それこそ、数時間以上ぶっ通しで剣を振るえるだろう。


 だが、ザクロは別だ。彼の魔力消費で大きくウェイトを占めるのは障壁ではなく、魔法なのだ。


 それも障壁を切ったサルビアと自分まで守るともなれば、今まで以上に消費は激しくなる。つまり彼は障壁を無しに切り替えたとしても、そこまで戦闘可能時間が延びるわけではないのだ。


「言ったろ。俺の分の用意はしてあるって」


 しかし、ザクロは不敵に笑う。元より、骨を斬るのにはもっと時間がかかると想定していたのだ。その分戦える間の用意を、彼もしていたのだ。


「まさか、ザクロ先輩が言っていた自分の用意って」


「ご明察。魔法陣をありったけ買い込んである」


 剣ではない。斬ることはできないと、ザクロは知っていたから。だから、発動時に少量の魔力は必要だが、それでも大幅に消費を肩代わりしてくれる魔法陣を、彼は虚空庫に買い溜めしていた。


「それでも、魔力が足りるかは分からねぇ。そもそもお前を守り切れるかすら分からねぇ。でも、勝てるかもしれねぇ。奴を斬れるかもしれねぇ」


 確実ではない。あくまで可能性は可能性に過ぎず、2人とも死ぬかもしれない。むしろその確率の方が高いといっていい。だが、


「で、どうだ?この作戦、乗るか?降りるか?」


「乗った」


 答えの揺れは、ザクロの言葉によって治った。口元を歪め、動龍骨を見据えての強気な彼の笑みが、サルビアの心を支えるのだ。


「じゃあ」


「ああ、行くぜ」


 並び、剣を取る。サルビアは鋼鉄の剣で、ザクロは魔法の剣。それぞれの切っ先が動龍骨を指したその時、鎖の拘束が砕かれる。


 2人の剣聖の、転機となる戦いの始まりだった。


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