第15話 来襲
それはこの村に来て三日目の朝早く。アイリスが目を覚ます前に、サルビアはザクロを外の空き地に連れ出した。
「ザクロ先輩。すまんが、それで俺を撃ってくれ」
「は?」
いつものように剣の稽古のお誘いかと思っていたザクロは、サルビアから投げられた言葉と重い鉄の塊に虚を突かれた。落としかけて捕まえて、その重みにまた落としそうになって強化で今度こそはと捕まえて、それを見る。
「これは……銃か?こんな骨董品、どこで買ったんだ?」
「街で変な男から買った」
「へぇ……お?消音の魔法陣が付いてるのか。気が利いてるじゃん」
鉄の塊の正体は前装式の銃。サルビアが市場通りの露店で買ったものだ。ザクロの知る銃とは形が少し違い、その差を確かめるように彼はまじまじと観察し始める。
「で、なんでだ?」
一通り調べ終わったところで、沸き立つのは疑問。銃をいきなり渡されて撃ってくれと言われるなど、自殺のお願い以外に、普通はなかなか思いつかない。
「銃弾を斬ってみたい」
しかしまぁ、サルビアは普通ではない。斬れるかどうか試してみたいという理由で、彼は銃口を望む。
「……別に投槍斬れるだろ。前、動骨の骨針だって」
「似ているが、違う。頼む」
同じような速度のものに、既に何度も襲われているのだ。斬れることは分かりきっている。なのに、彼は確かめたがる。斬れないものを探しているが故に。あるいは、茣蓙の上の男の何かの為に。
「分かったけど、暴発は怖いから物理障壁は張ってくれよ?」
「むぅ。さすがに、それもそうか」
万が一、いや、この世界の銃の性能的にもっと高い確率に備え、ザクロは物理障壁を展開し、サルビアにも促す。これが、投槍や弓に劣るとされる理由の一つだ。
「変なところ飛んだり、遅れて出てくるかもしれないからな。不発だと思って気を抜くなよ」
弾が出ないことを不審に思い、銃口を覗いた者の頭が吹っ飛んだ話は有名だ。例え弾が出なくても、物理障壁を解かないようにとザクロは忠告する。
「分かってる。さぁ、撃ってくれ」
「はいはい……」
弾は既に込めてある。周囲に人がいないこと、銃口の先に民家がないことを確認し、ザクロは銃を構え、
「……」
引き金を引いた。音は魔法陣でかき消され、綺麗に真っ直ぐ飛び出した、剣にて弾丸は斬られた。弾はどこかに飛んでいったようだが、2人の達人の目はしっかりと、その瞬間を捉えていた。
「まぁ、そうなるわな」
さほど驚くことでもない。身体強化があるこの世界だ。それなりの剣術さえあれば、弾を斬ることくらいはできる。サルビアほどの腕前ともなれば、朝飯前もいいところだ。
「所詮は、銃か」
この証明の結果は、分かりきっていたことである。だが、サルビアはまるで期待外れだったと言わんばかりの顔で、ザクロから返された銃を睨みつけていた。
「先輩、やろう」
「やっぱりこうなる?まぁ、ほどほどにな」
次にサルビアが見たのは、未だ外れない期待の方。きらきらとした眼を向けられたザクロは、頭を掻きながら剣を構えた。
「ザクロ先輩ザクロ先輩」
「なんだぁ?また銃か?」
次の日の朝。また同じ時間に同じ場所。ザクロはまた、サルビアに連れ出されていた。
「昨日の夜、寝る前に思いついて試してみたんだ。脚で剣を振るえば、四刀流ができるのではと」
「馬鹿じゃねえの……っ!」
一体何を言っているのか。足の指の間に挟むのだろうか。靴はどうするのか。呆れ返り、やれやれと肩を竦めたザクロの顔のすぐ側。本当にすれすれのそこを、鋭い光が通過した。
「四刀流は無理だったが、これくらいはできた」
「……」
トンっと、サルビアが蹴り上げた剣だった。まるで蹴鞠のように、角度を調整してつま先で柄頭を押し上げたのだ。彼がその気なら間違いなく、ザクロの顔の中心に突き刺さっていたことだろう。
「馬鹿げてら」
「どうだろうか」
この後輩は馬鹿だ。剣を拾いながら感想をねだるサルビアを見て、 ザクロは思う。常識的な部分が足りない馬鹿であるし、剣に惚れ込んだ大馬鹿者だ。これが常識のある人間なら、そもそも剣を愛していない一般人ならば、こんな馬鹿げた足技など思いつきもしない。
「格下には有効だとは思うが、それなり以上だと奇襲に使えるくらいだな」
とはいえ、そこまで実用的なものではない。サルビアの技術なら、この技でも格下は殺せるだろう。だが、別に格下相手なら普通に斬ればいい話なのだ。そうではない強者の場合は不意でも突かない限り、防がれて終わるのが関の山。
「……やはりか。じゃ、普通にやろう」
大方、予想はついていたのだろう。ザクロの正当な評価にさほど落ち込むこともなく、サルビアは普通に剣を構える。
「昨日みたいにもう一回はなしだかんな。お前、絶対もう一回で終わらねぇからな」
それなりに消耗してしまった昨日を思い出し、ザクロは何度も念を押す。護衛である以上、魔力と体力は常に温存しておくべきなのだ。
「むぅ」
「いざって時に備えなきゃなんねぇだろ?」
「分かった。じゃあ、行く」
だが、訓練自体に反対というわけでもない。応えるようにザクロは剣を構え、そして、朝の冷えた空気に金属音が鳴り響き始めた。
このように襲撃など一度もなく、村での日々は平和そのもの。暇を持て余したザクロ達は時に訓練、時に鍛冶場見学、時に魔物狩りと、各々好きなことにて時間を潰し、村民と触れ合っていた。
「いつまで続くんだろうな」
しかし襲撃がない一方で、迎えもなかった。信用できる騎士選びや、情報の漏えいに気と時間をかけているのは理解できる。だが、時間をかければかけるほど、暗殺者に居場所がばれる可能性が増えてしまう。
「俺はともかく、サルビアがなぁ」
そしてサルビア。仮にも彼は、大貴族の大事な跡取りである。長い間の留守や欠席は、あまりよろしいものではない。早めに来て欲しいというのが、護衛としての本音であった。
だが個人としての本音は、また違うものだった。
「まぁ俺は帰る前に、依頼を片付けなきゃならんのだが」
近くに誰もいない森の中だというのに、つい言い訳が口をつく。そうなのだ。ザクロはまだ、鎧種の番の討伐を終えていない。今日もその為に、薄暗い森の中を1人で歩いているのだ。
「……」
鎧種の番は、一般人にとって十分な脅威である。故に、迎えがもう少し遅くてもいいという思いに嘘はない。ただ、それが全てではない。
迎えが来れば、アイリスは家に帰る。彼女が嫌がり、逃げ出したあの家に。おまけに騎士からの殺意と、今世紀最も性格が悪いと言われている老人との婚約が控えているともなれば。
「まだ暗いし、あんまり慣れてないみたいだけどさ。それでも、街で会った時よりはマシに見える」
もうしばらく、ここにいてもいいのではと、ザクロは思ってしまう。責務から解放され、村人に畑仕事などを教わるアイリスの姿は、どこか嬉しそうだった。例え追われる身であったとしても、彼女は幸せそうだった。
「でも、このままって訳には」
ザクロは理解している。今は幸せだろう。だが、今は目を背けているだけなのだ。逃げているだけなのだ。そう遠くないうちに、罪悪感が幸せを上回る。彼女はそういう人間なのだ。
「……やっぱり、これしかないのか」
憧れの英雄のように、アイリスを攫うことはできない。ザクロの度胸も、その先の彼女の幸せもないからだ。故にアイリスを救いたいなら、正攻法でなくてはならない。彼女が罪悪感を覚えない、できる限り人に迷惑をかけない方法でなくてはならない。
「本当、プラタナス先生はいい性格してるよ」
心当たりはある。それこそが、プラタナスが示した道だ。だが、それは極めて難しい上に、向き合わなければならない道なのだ。
「……」
やるべきなのは分かっているし、心のほとんどはやりたいと願っている。しかし現実的な自分が、最後の一歩を躊躇っている。弱気な自分が、どうしても阻んでいる。
「うおおおおお!?危ねえ!」
俯いた頭の中で、ぐるぐると何度も思考が渦巻く中。逃げるように現実を見たその時だった。
「踏むところだった……うへぇ。一時間以内のブツか?」
足元から数センチ離れた場所に、茶色い塊が鎮座していた。まだ固まりきっていない、新鮮な糞。鎧種かまでは分からないが、大きさや臭いからしてオークのものだ思われる。
「だとすると近くにいるはずなんだが……なんか妙だな。変に長くて途切れ途切れだ」
思われるのだが、どうにも形が引っかかった。オークは排泄の際、人間と同じように停止する。つまり、糞はある程度まとまった範囲に落ちているはずなのだ。
「最初は普通にしてたみたいだな。で、途中でいきなり立ち上がって、走り出した……?なぜ?」
鼻をつまみながら糞を観察し、考察を重ねる。動きを想像し、その理由を探り始めた瞬間、ザクロの背中を冷たい何かが這い上がった。
「走り出したんじゃない。逃げ出したんだ」
トイレの最中ということも忘れ、逃げ出すような何かがあった。それもここ一時間の間に。冷たい何かは冷や汗という形となって、彼の身体を覆い始める。
「おいおいおいおい……最悪の大当たりじゃねえか」
周囲を見渡し、少し進み、そして発見した。暗殺者など、可愛いものではない。彼らにこんな巨大な痕跡を残す意味はない。木々を強引にへし折って進んだ道だなんて、必要ない。
「この辺りにいやがる」
未だ継続中の調査対象、超巨大動骨が通った痕跡が、そこにはあった。一時間以内、村からそう離れていない場所に、奴はいたのだ。
「いや、違う。いやがるじゃない。いやがった」
訂正。えぐれた地面の上に立ち、身体強化で道の先を見て、彼は震えた。距離はある。強化の視界で見て、やっと捉えられるくらいの距離。少しカーブしつつも遠ざかる白色の巨体。研ぎ澄まされた感覚が、微小過ぎる揺れを感じ取った。
「どっちだ」
方角的に、村に近づいてはいる。直進ではなく、僅かにズレながらだ。偶然進んでいる方向が村に近いだけなのか、それとも村を目指して進んでいるのか。ザクロは判断に迷った。
「どちらにしろ、急いで知らせねぇと……!」
正解は分からない。でも、村に近づいていることと、報告しなければならないことは、考えるまでもなく分かる。
虚空庫から身体強化の陣を取り出し、もしもに備えて魔力を節約。超巨大動骨の接近を伝える為に、ザクロは急ぎ、来た道を引き返し始めた。
小鬼やオークなどの小物には目もくれず、一直線に駆け抜ける。その結果、行きの半分ほどの時間で、村までたどり着くことができた。
「ザクロさん?一体な」
「緊急事態だ!村長は!」
「今なら家にいるはずです!」
「ありがとう!」
声をかけてくれた門番に礼を言いつつ押し退け、村の中へ。道中、稽古の最中だったサルビアに用事を頼み、村長の家へと向かう。
「村長!いるなら開けてくれ!緊急の案件だ!大きな動骨がこっちに向かってる!」
ノックをしてから扉が開くまでの時間は、まるで永遠のようだった。待ちきれない脚が地面を削り、乱暴な腕は扉を壊さんばかりに叩き続け、そして。
「おお、これはこれはザクロ君。血相を変」
「言葉の通りだ!とてつもない大きさの動骨が、こっちに向かってる!村に直撃するかは分からねぇけど、念の為にどうか避難願いたい!」
扉が開いた。顔を覗かせた村長の歓迎と心配の言葉など最後まで聞かず、いつもの下手くそな丁寧語すら忘れた大声で塗り替える。
「え、えーと、動骨?群れですか?」
ザクロの必死な剣幕と、敵の名称が噛み合わなかったのだろう。村長は困った表情で、説明を求めてきた。
「違う!視認できたのは一体だけだ!あんなのが数匹いたら、やばいどころじゃすまねぇ!」
「一体だけ?つ、つまりそれは」
大群だと勘違いしても仕方がない。動骨とは通常、数十cm〜1mほどの、低級な魔物でしかないのだから。いくら大きいとはいえ、それが一体来るから避難しろと言われても、ピンと来ないことだろう。
「バカでかい!森の木なんかよりも高いし、この家よりも大きい!村を囲む壁くらい、一瞬で踏み潰すくらいだ!」
「そ、そんな巨大な個体が!?」
ザクロは近くにあるもので例え、動骨の巨大さをなんとかして伝えようとする。その努力は実り、異様な大きさだけは伝えられた。
「しかし、ザクロ君なら余裕で倒せるのでは?敵は物理攻撃しかしてこないのでしょう?」
そう、大きさだけは。 いくら小山ほどの大きさの動骨でも、所詮は骨の寄せ集め。核に一撃入れたら崩れ去ることは変わらないだろうと。物理障壁という対策さえ取れるなら、負けることのない相手だろうと。
「分からない。あの大きさまでいくと、何らかの特殊能力を得ているかもしれない……それに、俺の最悪の予想が当たったなら」
だが今回は、そもそも動骨という魔物なのかさえ疑わしくなってくるような化け物である。大きさ以外にも、何らかの進化を遂げていてもおかしくはない。
「邪魔するぞ村長!そこのションベンガキに呼ばれてきた!」
「私達も一緒よ」
「あの、一体何があったのでしょうか?」
話は一度途切れた。ザクロがサルビアに頼み、連れてきてもらった面々によってだ。
「俺に仕事ほっぽり出してまで来いってんだから、そりゃあとんでもねえ用事だろうよ!」
「その通りなんだ。巨大な動骨が近づいてきてる。だから、マネッチア爺さんに頼みがある」
その1人目は、鍛治師のマネッチア。仕事を中断され、たいそう御機嫌斜めであるが事が事。時間がないと説明を省き、ザクロは彼にとある依頼を発注する。
「なんだぁ?俺に出来ることといやぁ、鍛治くらいしかねぇぞ!」
「保険として、剣が大量に欲しい。使わなかったら全部返すし、お代も……今は無理かもしれないけど、いつかは払うから!お願いします!」
鍛治しかできないと頭を掻くマネッチアだが、むしろそれこそがお目当。頭を下げ、乞い願うは剣。それも一振りや二振りなどではなく、大量にだ。
「村を守る為か?」
代金は払えるか分からないが、剣をあるだけ寄越せという、無茶な要求だった。でも、マネッチアはそこには一切触れることなく、極めて真剣な表情で「なぜ」その無茶をするのかを問うてきた。
「……」
頷く。最悪の予想に備えようとするなら、高品質の剣が何本も欲しかった。時間がない今、そのアテはただ一人しかいなかったのだ。
「いいぜ。渡せる奴は全部渡してやる」
それをマネッチアは、承諾してくれた。鍛治師にとって我が子である剣を、あるだけ寄越せという無茶な要求を、彼は呑んでくれたのだ。
「えっ?あっ、ありがとうございます!」
「お前がまともな礼なんか小っ恥ずかしい!すぐに用意してくらぁ!」
ザクロは驚き、ただ礼を言うしかない。直角に頭を下げた少年に、鍛治師は柄じゃないと手を振って、自らの聖域へと走って消える。
「暗殺者じゃなくて、魔物関係?」
「さっきも言った通り、巨大な動骨だ」
「どうしましょう?今すぐ皆様で避難を」
2人目と3人目は、畑いじりの土が手についているマリーとアイリス。ザクロの表情からただならぬ事態だと感じ取ったのか、警戒の色を強くしている。
「その通りだ。一旦街まで引いて戦力を集めて、防衛線を築く。もし余裕があるなら、避難前に俺とサルビアで時間を稼ぎつつ相手の脅威度を」
「来たぞ」
「え?」
ザクロが語る計画を、目を瞑って聞いていたサルビアが遮った。いきなりの発言に、アイリスとマリーが困惑を顔に浮かべているが、
「サルビア!お前はマネッチア爺さんのところに行って剣を受け取ってこい!ありったけあるだけ全部だ!」
「ちょっとな……揺れた?」
僅かに遅れて感じ取ったザクロの声が、急変する。それに従ったサルビアが部屋を飛び出した直後、ようやく誰もが理解できる揺れが来た。地震とはまた違う、少しずつ近づき、大きくなる振動だ。
「マリーさんはアイリス様を連れて、ここから離れて。ここから先、護衛は1人だ」
「お待ちください!それでは、貴方達は!」
マリーの瞳を直視し、口から運ばれたのは今後の指示。命令のような覚悟のようなその言葉に、アイリスは全てを悟る。
「俺達は貴女の護衛だ。必ず助けるって誓った」
誰かがアイリスの側にいなければならない。誰かがアイリスの為に足止めをせねばならない。故に、マリーを側に置く。故に、ザクロとサルビアが残る。
「たった数日の付き合いの私に、そこまでする義理がどこにあるのですか?」
アイリスは問う。この逃亡の最中、いつも心の中にあったであろう疑問を。巨大な動骨という、脅威度は少ないと思われる相手に対し、悲壮な顔を浮かべるザクロに。
この言葉は、初日の彼女とは全くの別物だ。あれは確実にアイリスが死ぬ選択だった。しかし今の言葉は、今すぐ一緒避難しませんかという意味だ。自らが助かった上で、ザクロ達も助かって欲しいと願う道だ。
「ザクロ様は仰りましたわ。全員で助かる道がいいって」
1人を犠牲にして確実に助かるよりも、全員が助かる未来が欲しい。そう言ったザクロ達が犠牲になろうとしていることを、彼女は責める。
「言った。でもこれは村人含め、全員が助かる可能性が一番高い道だ。俺とサルビアは、必ず生きて帰ってくる」
だが、ザクロは犠牲になるつもりはないと否定する。動骨を倒す、もしくは村人達が安全な場所に避難するまでの時間を稼ぎ、撤退するからと。
「それに、義理はある。守るもんほっぽり出して逃げて、騎士なんかになれるかよ」
そして、最初の問いに答える。会って間も無くとも、守りたいと思った。そう誓った。ならば、守らなければならない。
騎士とは人を守る職業で、生き方だ。そうなりたいと願ったのならば、ここで退いてはならない。ここに留まり、守るべきなのだ。
「悪いけど、時間がない」
「……はい。なら、せめてこれを」
揺れは大きくなっている。足音は迫っている。時間なんてもうない。言い争う時間もない。そう告げて外に出ようとしたザクロに、アイリスは諦め、呼び止め、虚空庫から取り出したあるものを手渡した。
「役に立つかは分かりませんが、私が持っているよりは良いでしょう。どうかご武運を」
「ありがとう。感謝します」
それは魔法陣。大貴族の護身用とあって、どれも役に立つものか、強力なものばかり。その内容をザクロは感謝を述べ、虚空庫の中へ大事にしまう。
「じゃ、任せた」
「任されたわ。その代わり、死なないでね」
「おう」
最後にマリーにアイリスを託し、少年は家の外へと飛び出していった。
「私達も急ぎましょう。さぁ、早く外へ」
「……マリー様、お願いがありますわ」
避難が遅れれば遅れるほど、ザクロ達が時間を稼がなくてはならなくなる。その考えの下急かすマリーの手を、アイリスは遠慮がちに跳ね除けて、頼み込む。
「避難の呼びかけを、私も手伝いたいと思います」
内容は人助け。非力で戦えず、守られるばかりのアイリスにできること。
「そ、その気持ちは分かるけど、貴女は逃げ」
「貴女が必要なのです。数日の付き合いしかない私1人が叫んでも、効果が薄いでしょうから」
否定するマリーに、論を重ねる。マリーは現状を知る、数少ない村人だ。避難を呼びかけるにはもってこいの人材である。しかしその一方、彼女は護衛でもあり、アイリスの側を離れることが出来ない。
「そしてたった数日の付き合いですが、私も村の方々に助かってほしいと思っています」
ならば、アイリスは残って避難を手伝えばいい。そうすれば、マリーは護衛をしながら避難の声かけができる。それは村人の早期避難に繋がり、ひいてはザクロとサルビアの負担を減らすことに繋がる。
「ダメですか?」
たった数日のアイリスが助けたいと思うのだ。村の一員であるマリーの助けたい気持ちは、その比ではない。護衛として立ち去るよりは、村に残って1人でも多くを救いたいはず。そこまで見抜き、でも決して言葉にせずに、気を遣って汲み取った。
「……ただのお嬢様じゃなかった、いえ、なくなったのね」
ザクロとサルビアの手助けにもなる、村人を救う一手。がむしゃらにではなく、冷静に考えられている。酒場で初めて見たあの時の彼女からは、想像もつかないような。そんな感想を、マリーは抱く。
「私は、私に出来ることを。あの人にそう思わされたのです」
許可を貰ったアイリスは毅然とした表情で、マリーと共に家の外へ。そして、声を上げ始める。
超巨大動骨の襲来を知らせ、避難を呼びかける声だ。しかしそれは、同時に産声でもあった。
混乱する村の中を駆け抜ける。揺れに怯える子供を見た。その子を励ます親を見た。誰かを説得している村長を見た。どこかで聞き覚えのある、避難を呼びかける声を聞いた。
拳を握りしめ、脚に力を入れて大地を蹴り、屋根の上に。そこで止まることはなく、なお進み続けたその先。揺れに近い壁の上に、彼は立つ。
「ザクロ先輩。剣をたくさんもらってきたが」
「全部お前が持っててくれ。俺の分は準備してある」
マネッチアから剣を受け取ったサルビアも合流。虚空庫から剣を取り出そうとする後輩の手を止め、ザクロは村から数十m離れた森を見る。
「なっ!あいつら……!」
動骨より先に飛び出してきたのは、二頭のオークだった。依頼にあった鎧種の番。鼻息荒く走り続けるその姿を、村を見てニヤリと笑ったその顔を見たザクロは、理解する。
「なすりつける気かよ」
この二頭が、ここまで超巨大動骨を誘導してきたのだと。追われて食われそうになって、ならば人間になすりつけようと考えたのだと。
「生き物としては至極真っ当な思考だ」
「分かってる。俺らだって、自分達の為に魔物を斬り殺してるんだからな」
サルビアが口にした一言に、ザクロは理解を示す。大喜びで走り去るオークは、生きるのに必死なだけだ。ザクロ達と同じように、自らや大切な相手が生き延びる為に、その他を犠牲にしただけだ。
「でも、恨むくらいはさせてくれ」
いつも自分達がやっていることであったとしても、どうにもザクロは割り切れない。なにせ、こんな命の危機を引き連れてきたのだから。
「ザクロ先輩の想定通りなのだろうか」
「戦場での楽観は、救いようがなく愚かだと思うぜ」
先輩の恨み節を聞いたサルビアは、数日前の会話を思い出す。例の異様に堅い骨の正体を聞いた時に交わした、超巨大動骨の推察についてだ。
「なら、その時言っていた作戦とやらを聞かせてくれないか?」
「恥ずかしいことこの上ねぇし、幻滅されそうな作戦だ。それでもいいか?」
「早くしてくれ。もう来る」
羞恥で染め上げた頰を掻くザクロを、サルビアが急かす。音と揺れはいよいよ間近に迫り、数十m先の木々がなぎ倒されていく。白い何かが、木々の合間から垣間見えている。移動時の縮小形態から、本来の姿へと形を変える。
「俺が道を作る。だから、お前が骨の鎧を斬ってくれ」
ついに、その全貌が姿を現した。戦闘形態に移行したその高さ、優に15mを超え。まるで蜘蛛のような全長においては、30m以上はあるのではないだろうか。
「ああ。分かった……は?」
蜘蛛と違うのは、手脚の数と身体の部位。白い骨にて構成された大小入り混じる手脚の数は、基本12本。更にいくつかの腕は枝分かれしており、その正確な本数は不明。そして中心にある巨大な骨の球体こそ、核を守る骨の鎧。
「俺に龍の骨は斬れねえ。傷一つ、つけられねぇ」
何より目を引くのは、大きい5本の腕の先に組み込まれた、巨大な頭骨。人間の少年のような大きさの鋭い牙がずらりと並び、剥き出しの眼窩がこちらを見下ろしている。龍の頭が、そこにはあった。
「だから、恥を忍んで頼む」
手脚は、鎧は、頭は、操るは、全て龍の骨だ。ザクロには斬ることも傷をつけることもできない、世界でも有数の硬度を誇る物質だ。
「俺の代わりに、奴を斬ってくれ」
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ。声のない、骨を擦り合わせた咆哮が、ザクロとサルビアの世界を揺るがした。




