表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
216/266

第12話 理由



 名を呼ばれて振り向いた少女は、背後の剣と、それを振りかぶる騎士に気づいていなかった。戸惑った顔で、追いかけてきたザクロを見ている。


 アイリスを殺そうとしているのは、鈍く光る剣だけではない。カマイタチが音もなく、彼女の首のすぐそばにあった。


 考えている暇も、障壁を展開する時間もザクロにはなかった。理性で動くには、余りにも手遅れだった。間に合わせようとした本能が、地に着いた瞬間の足に力を込める。


「ああっ!」


「ザクロさ––」


 強化し過ぎた脚に痛みが走るが、許容範囲。右手を虚空庫に、左手でアイリスを突き飛ばし、その先へ。


 抜刀し、相手の剣に合わせる。刃と刃がぶつかり合い、押し負けたのはザクロの剣。態勢を崩されるものの、なんとか止めた。国内有数の彼の剣術でさえ、間に合わせるだけで限界だった。


「ぐっ……!」


 そして、カマイタチは止めれなかった。ザクロの左肩に着弾。服が千切れ肌は抉れ、血の雫が周囲に飛び散る。だが、不幸中の幸いか。態勢を崩されたおかげで、掠っただけに留まった。治癒魔法を使えば、数分で治る程度だ。


「きゃあああああああああああああ!?」


 悲鳴が上がる。少ないとはいえ人通りのある場所で、攻撃魔法の発動および抜剣。蜘蛛の子を散らすように、人々は逃げ出していく。


「ちっ!」


「な、なんで私……」


 市民の叫びの中、混じるのは騎士の舌打ちとザクロの痛みの声、そしてアイリスの戸惑い。状況の理解なんて、ザクロにだって出来ていない。アイリスを守るはずの騎士がなぜ、彼女を殺害しようとしている。


「邪魔をするな。用があるのはその女だ」


 騎士は諦めず、次の手へ。ザクロを無視し、再度剣と魔法でアイリスの殺害を試みる。少女が衝撃から落ち着いて障壁を張る前に、ケリをつけたいのだろう。


「馬鹿言うなよ」


 だが、遅い。ザクロは既に障壁を展開し、魔法剣を生み出している。そして戦闘態勢の整ったザクロならば、一介の騎士より強い。


「知り合いが殺されそうになってんのに、邪魔しねえ訳がねぇだろうが!」


 自らの魔法障壁でアイリスへの魔法を堰き止め、伸ばした氷剣で敵の脚を狙う。薄くも鋭き透明な刀身が道の上を走り、触れる寸前にて弾かれる。戦いの常套。魔法障壁だ。


 常套ということは、予想ができるということ。魔法が弾かれるなんて分かりきっている。だから騎士は物理の剣をしっかり振り被っているし、ザクロはその剣を奪うことに注力したのだ。


「このガキ……!」


 魔法を変形。氷の刀身を更に薄く伸ばし、障壁の対象外である騎士の剣を天高く弾き飛ばす。剣技と魔法のどちらにも才があるザクロお得意の、変化する魔法剣だ。


「ガキだから、弱いわけじゃない」


「ぐああああああああああああああああ!」


 次の剣を虚空庫から出させる時間など与えない。奪うのは命ではなく、自由のみ。最近できた後輩のことを思い出しながら、騎士の脚を地面まで鉄の剣で穿つ。


「お前、騎士だろ。なんで彼女を狙う」


 新しい鉄の剣と氷剣を首に突きつけ、問う。鎧は本物。グラジオラスを示す紋章も刻まれている。アイリスを守る騎士のはずだ。だというのに一体、何を理由に彼女を殺すのか。


「許せない、ことがある……!」


「今日の外出がか?」


 痛みに顔を歪めながら騎士が吐いたのは、誰かの依頼でも裏切りでもない意志の問題。思い当たるのはアイリス自身が不義と呼んだ、たった1日の休日と彼女の願望。


「違う!あんな下衆の家に取り込まれるのが嫌なんだ!」


「下衆な家?」


 しかし、それは強い叫びにて否定される。理解できないその言葉に、ザクロは二つの疑問を抱いた。下衆な家とは誰か。そしてなぜ、アイリスの殺害に繋がるのか。


「カランコエ家だ!気に入らなかった家をことごとく潰し、取り込み、利用する。血肉の端から端まで腐り切った一族にだ!」


「カランコエだって?確かにあそこは評判が悪いが」


 一つの疑問は氷解したが、また新たな疑問が代わりに湧き出す。カランコエ家がなぜ出てきた。恨みなど腐る程振り撒いているだろうが、グラジオラス家とは関係ないはず。


「ザクロ!」


 続きを吐かせようとしたところで、サルビアとマリーが追い付いた。遠くから見物する野次馬、滴る血に脚を貫かれた騎士、腰が抜けたのか立つことすらできないアイリス。


「これはどういうことかしら?大丈夫?」


「あ、ありがとうございます……」


 それらの現状を見たマリーは困惑の表情を浮かべ、一先ず震えているアイリスの元へ。声をかけて肩を貸し、せーので立ち上がらせる。


「俺にも分からない。今からそれを吐かせ」


「すいません!通してください!グラジオラスの騎士です!」


 悲鳴と共に割れた野次馬から姿を現したのは、騎士を名乗る1人の男。鎧は着ていないが、アイリスの為に秘密裏に巡回させていた1人なら、それも納得できる。その一方で暗殺者である可能性も捨て切れず、ザクロとマリーは判断に迷った。


「お嬢様!ご無事ですか!」


「それ以上近付くな」


「は?」


 しかし、サルビアだけは。彼だけは躊躇いなく、駆け寄ってきた男の胸の前に鋒を置き、超えてはならない線を引いた。


「なぜですか!私は彼女を保護しに」


「隠しても無駄だ。さっきのお前の指の動きは、剣を握る為の動きだった」


「そ、それはお嬢様の身の安全を守る為です!」


「付け加える。腕の関節が斬る直前の動きだった」


 男が述べる最もらしい理由を、サルビアは圧倒的な経験からの判断で全て論破する。彼はその動きを数え切れないだけ見てきたのだ。見間違える訳もない。


「な、何を根拠に!」


「俺がサルビア・カランコエだからだ」


「っ……!理由になっていません!」


「いや、なっている」


 剣の家系、カランコエ家の中でも随一の才。今世紀最強の剣士ハイドランジアに追い付かんとするその名は、騎士の間でも有名だった。


「だんまりか?まぁいい」


 歯を噛み、サルビアを忌々しげに睨みつける男。その目が移ろった刹那を、剣の神才は見逃さなかった。


「目線に気をつけろ。奇襲の意味がない」


 マリーとアイリス目掛けて飛んできた槍を、動いたサルビアの剣が斬り捨てる。この一瞬、だんまりの男前に剣の線は無かったが、彼は余りの驚きに動けなかった。


「ふざけるなっ!?」


 男が過去に向けた目線の先は、少し遠くの建物の屋上。その上に槍を構える誰かの姿があったのならば、後は軌道と速度を計算して重ねるのみ。


「化け物か!」


「人間だが」


 簡単そうに言い、実際にやってのけたサルビアに、騎士と男は泣き喚き。槍を投げた男も、マリーもアイリスも呆然としている。無理もない反応だ。なにせこの世界における投槍は、極めて強力な戦法なのだから。


 魔法のない現実世界ですら、投槍器と呼ばれるテコの原理を応用した道具を使えば、時速140km、射程はゆうに100mを超える。そこに身体強化を上乗せしたのならば、投槍の破壊力は一線を画す。マリーの身体を壊しながら貫通、いや、その先のアイリスも綺麗に貫通し、地面に亀裂を走らせるだろう。


 それだけの威力を、軽く払った剣にて斬り捨てた。一体どれだけの剣術があれば、その様な業が成せるのか。全くもって、普通の人間に理解できるものではない。


「やはり貴様で確定した様なものではないか!あんな茶番!」


「……茶番?よく分からんが、これができるのは俺だけじゃない。祖父でもそこのザクロ先輩でもできるぞ」


「な、なんだと?」


 しかしまぁ、普通の人間じゃないやつは割とその辺にいる。サルビアが投槍を斬り捨てたことに、全く驚かなかったザクロもその1人。


「まぁ、完全な不意打ちじゃなければ」


「馬鹿な……なぜ、こんな事になる!なぜこんな化け物どもが護衛している!なぜ計画が狂った!」


 肯定した少年に再度、騎士は頭を抱えて泣き叫ぶ。まさにごもっとも。彼らは非常に運が悪かった。


「リナデシコ!人気のないところで仕留める手筈だったろう!何をしている!」


「このザクロってやつが追いかけてきたんだから、しょうがないだろ!高い金を払ってるんだ!これくらい柔軟に対応してみせろ!」


「しようとしただろ!なのに、お前のせいでこんな化け物どもが!」


 しかし人間とは、運命のせいにするより誰かのせいにしたがるもの。計画を勝手に変更して脚を貫かれた騎士と、殺意を見抜かれた男とが互いに罵り合う。投槍の男だけは少し賢かったようで、既に建物から飛び降り、姿を消していた。


「こりゃたくさん喋ってくれそうだ……が」


 鎧から騎士は本物、話から男と投槍は雇われた暗殺者。勝手に色々と教えてくれた醜態を眺め、ザクロはため息をこぼす。凌いだものの、状況は余り良くない。


 グラジオラス騎士団内部からの殺意が1人、見つかってしまったのだ。1人ではないとは言い切れないが、1人だとも言い切れない。つまり、アイリスをこのまま約束通りに領主邸に連れて行けば、彼女が暗殺される可能性を孕む。


「カランコエ家との関係に、なぜ今になって暗殺か。分からねえ事はいくつもある」


 不明なことも多い。カランコエへの憎しみで、なぜアイリスが殺される。そしてそれ以前、護衛の騎士ならいくらでも殺す機会があったろうに、なぜ今日なのか。食べ物や飲み物は逐一魔法で調べられるとしても、不意を打つくらいはできたはずだ。


「考えるのは後にして。とりあえず、彼女をできる限り安全な場所へ避難させる方が先決じゃない?」


「分かった。移動しよう。マリーさんはアイリス様を担いでくれ。サルビアは後方と右の警戒を頼む。俺は前と左、そして先導を」


「了解した」


 この場所は余り、考え事や尋問には適していない。突っ立っていては次の襲撃を受けるだけだというマリーの進言に頷き、ザクロは迎撃よりもまず先に、アイリスの護送を優先することに決める。


「で、問題はこいつらなんだが……どうするか」


「殺すか?」


「……いや、それは、さすがに」


 と、その前に。このまま男達を放置し、彼らの仲間に拾われてしまうという展開は避けたかった。かといって担いでいくわけにもいかず、殺すのも気が引ける。サルビアの提案が後腐れないものだと分かっていても、ザクロに命を奪う覚悟はなかったのだ。


「なら、私がやるわ。殺さなければいいのよね?」


「え?ああ、そうだけど」


 悩む彼に声をかけたのは、マリーだった。ザクロは彼女のことを、田舎からのおのぼりさんとしか知らない。だが、言葉の内容と彼女の自信に満ちた瞳に気圧され、頷いてしまった。


「あれ……障壁は……?」


「やめてくれえええええええええ!」


 炎が束ねられ、剣となる。そしてその輝く火炎は騎士と暗殺者の首へと、何の躊躇いもなく振り下ろされたのだ。障壁が阻む様子もなく、熱の剣が皮を溶かし、肉を焼き、骨をも焦がし、力を失った身体は必然と地に崩れ落ち。絶叫が通りに木霊した。


「これでよし。今の悲鳴できっと、街の騎士も来てくれるわ」


「殺すなって言っただろ!?」


 言葉と全く噛み合わない行動に、ザクロは彼女の襟元を掴んで揺さぶった。後腐れのない正しいことだと分かっていても、死者を少なくしたかった彼のエゴが、強い怒りを生み出していた。


「あー、そうね。でも大丈夫。殺してないわ」


「だいたいの人間は、首を斬られれば死ぬんだよ!」


「ごめんなさい。説明不足だったわ。彼らを見て」


 だが違う。宙に浮いた少女は苦しそうにしながら、自身が首を断った2人を指差す。今にも奥歯を砕きそうだったザクロは指示に従って下を見て、驚愕した。


「な、なんで生きてる……?」


「剣が通った痕跡がない」


 首を触って傷跡と脈を確認したサルビアも、ひどく驚いていた。この世ではあり得ない何かを見たような、理解の及ばぬ驚きだ。確かに剣は貫通したはずなのに、傷がないのだ。息も脈もあるのだ。


「お、女!お前、私に何をした!」


「首から下の感覚がねぇ……!まさか系統外か!」


 よく動く口と首に、全く動かないそれ以外。まるで首から下が死んでいるような、異様な状態。そんな魔法、この場にいる誰もが知らなかった。ならば考えられるのは、摩訶不思議な魔法のまた外、法則を捻じ曲げる系統外の他にあるまい。


「正解。説明する暇はないけど、死ぬこともないから安心して」


 その詳細を語る時間はない。その正論にザクロ達は渋々頷き、アイリスを連れて逃亡を開始した。








 陽が沈みそうな街を、彼らは往く。周囲に最大の注意を払い、人を巻き込まないように注意しながら、出せるだけの速度で駆ける。


 どうやらかなりの数の暗殺者が雇われているようで、既に二度の襲撃を受けていた。いずれもサルビアとザクロの守りを突破できるほどの強さはなく、どちらも撃退及びマリーの系統外による拘束に成功している。


 しかし、油断はできない。ザクロとサルビアを純粋な実力で上回る可能性は極めて低いが、何らかの系統外による暗殺ともなれば、話は変わってくる。いくらサルビア達が強かろうと、アイリスが暗殺されてしまえば、その強さに意味はないのだ。


 故に、最大限の警戒を。一刻も早い撃退をこなし、安寧を求め、彼らは走る。


「……」


 逃亡を再開して数分。借りたマリーの背中で、アイリスは呆然としたままだった。当たり前だ。信じてきた者が、あっさりと自分を殺そうとしたのだから。これから先のことに、希望が持てなかったのだから。


「ザクロ先輩よ、どうする。一時的な撤退には賛成するが、倒さない事には意味がないぞ」


「いや、意味はある。いくら騎士を倒しても安心は訪れない。だから狙うのは、騎士がアイリス様を殺そうとする理由だ」


 このまま撃退し続けるだけでは埒があかない。先述の通り、系統外を持つ者は脅威であるし、例え来たる全ての暗殺者を撃退したとしても、来ずに隠れ潜んだ者達は倒せない。


「その為の時間稼ぎだ」


 今欲しいのは考える時間と、落ち着ける場所の二つ。そこでアイリスを殺す者達を、完全に排する策を見つけ出す。さもなくば、このがたがたと震えている蒼い髪の少女の命は危ういままだ。


「で、どこに向かうの?」


「ここまで大事にすると断られそうだが、やっぱり」


 避難先の候補はある。使い回しだが、あそこの安全性はそこらの比ではない。万が一住民を巻き込んだとしても、彼らなら自力で暗殺者を撃退できる。


「ねぇ貴方達、楽しそうねぇ?」


 ある女の声が聞こえたのは、その時だった。半秒の後、屋根の上からひょいっと軽く、ととんとヒールを鳴らして人影が路地に降り立つ。無視して進むことはできない。一同が本気で急いでいた足を止めなくてはならない、相手だった。


「プリムラ、カッシニアヌム……!」


「街中で魔法をぶっ放して流血沙汰って聞いて、野次馬しにきたらまさかの貴方達。びっくりしたわよ」


「何しに来た」


 冷たい笑顔で近づいてくるプリムラを牽制するように、剣を持ったサルビアが前に出る。彼の表情にもザクロの表情にも、余裕はない。最悪の可能性が二つも想像生まれてしまったからだ。


 ないに等しいが、プリムラが暗殺者であった場合が一つ目。彼女相手にアイリスを守り切るのは至難の技だ。


 そして現実的な二つ目。彼女がグラジオラス家に雇われ、アイリスを連れ戻しに来た場合。しっかりと説明する暇があるなら逃してくれるかもしれないが、その希望は捨てた方が良いだろう。なにせ彼女は話が通じない上に、性格が極めて歪んでいる。問答無用で嬉々として、サルビアとザクロを潰しに来るはずだ。


「ねぇザクロ?貴方、前私に道端で戦うなー!って説教垂れてなかった?なのに今、貴方は何してるの?くすくす」


 しかし彼女の歪みは、最悪の可能性二つをまとめて蹴り飛ばした。それこそ天高く、遥か彼方へ。ならばなぜ、プリムラはわざわざここに現れたのか。それは最悪ではない、三つ目の可能性。


「あーあ。おかし。笑っちゃうわ。自分の発言にすら責任持てないの?」


「マリーさん、アイリス様、大丈夫だ。彼女は敵じゃない」


「クソ野郎だがな」


「え?彼女も知り合い?」


 わざわざ腹を抱えて笑い、過去の発言を掘り返してザクロに傷を付ける為だけに、彼女は現れたのだ。余りにも捻くれまくった性格、ここに極まれり。極め過ぎてマリーが一瞬、敵と勘違いしてしまうほどだった。


「やれっ!」


 そしてその捻くれた性格は、プリムラに損を招き入れ、思わぬ方向に話を転がした。


「え?」


「プリムラ!暗殺者だ!」


 号令と共に建物の陰から屋上から通りから、何人もの人影が武器を構えて飛び出して来たのだ。そう、プリムラは巻き込まれた。


「ちょっと私は関係な……!」


 彼らは剣を振るい、魔法を放ち、アイリスの殺害を試みる。阻む者と認定されたサルビア、ザクロ、マリー。そして、煽りに来たプリムラをも敵とみなして。


「はぁ……?ふざけてんの?」


 しかし、プリムラの性格が招いた損は巻き込まれるまでであり、被弾や負傷は含まれない。


「一体私を誰だと思って、襲いかかってきたの?さっき呼ばれた私の名前、聞かなかったの?聞く耳ないの?それとも処理する脳がないの?今聞いた言葉を覚えるだけの、記憶力がないの?」


 剣には盾を。風には土を。炎には水を。氷には炎を。圧倒的なまでの技術にて順に相殺し、自身に刃向かう全てに対処してみせた。


「ねぇ?貴方はどこが足りないの?」


 プリムラの魔法の枠は、魔法陣を合わせて三つ。相殺した瞬間に次の魔法へと切り替え、無数の攻撃の雨を無傷で乗り切ったのだ。たった三つで、十を超える攻撃を完全に無効化したのだ。


「なんでだ!なんで化け物が増えてる!」


 それも全方位からともなれば、化け物と呼ぶ他にない。動揺と受け入れられない現実を前に、暗殺者は泣き叫ぶ。彼らは果てしなく運が悪かった。知らず知らずの内に龍の尾を踏み、敵に回してしまったのだから。


「わりぃプリムラ!ここは任せた!」


「ざまぁかせた。ザクロ先輩。俺が前に出る」


「はぁ!それ普通逆じゃない!?てかクソ後輩、今あんたザマァって言ったわね!言ったわね!」


 暗殺者達の動揺の一種を、ザクロ達は見逃さなかった。彼がマリーの袖を掴んだのを合図に、一斉に走り出す。先鋒のサルビアが道を切り開き、アイリスに向かう攻撃をザクロの魔法剣が撃ち落とす。残る敵は全部、プリムラにぶん投げた。


「この娘はグラジオラスのご令嬢だ!あとで色々と、都合がいいと思うぜ!」


「っ……!」


 ただ投げるだけではなく、ちゃんとご褒美を括り付けてだ。没落貴族の彼女にとって、大貴族へ恩を売る機会というのは逃せないもののはず。咄嗟の頭の回転に関して、ザクロという男は実にえげつなかった。


「分かったわよ!あとでたんまり搾り取ってやる!」


 揺れに揺れた末、彼女はザクロの条件を呑んだ。アイリスへと伸びた追撃を撃ち落とし、恩を高値で売りつける。


「じゃ、後は頼んだ……死ぬなよ」


「誰に言ってんの?ぶっ殺すわよ。てか、そもそもあんた達のせいで巻き込まれたんじゃないの!やっぱりぶっ殺すわ!」


 最後にザクロが残した心配の理不尽さに、プリムラの額に青筋が浮かぶ。ただ純粋な心配と巻き込んだことへの申し訳なさであったとしても、彼女にとっては火に油を注ぐ行いであった。


「語彙力ないな」


「あんの腐れ剣士っ!ぶっ殺してやる!」


 青筋から血が吹き出た。角を曲がる直前にサルビアが残した言葉は、間違いなく確信犯だった。火に油を注ぎまくるだけじゃ飽き足らず、そこに火薬をぶち込むくらいの。大爆発した彼女の感情は、その場にいた暗殺者達に向けられる。


「ああああああああああもうっ!煽ってすっきりしようと思ったのに、余計イラついたじゃないの!」


「ぐっ!?」


「ま、待て!俺達は貴様と戦う気は」


「貴様?貴様ですって!?私に対して偉そうに!」


 単純にして完璧な八つ当たり。されど、暗殺者からの護衛という大義名分を得、国内最強の魔法使いによるそれは、蹂躙そのものであった。


「やむを得ん!殺らねば殺られる!」


 障壁を展開できる者達は当然、魔法障壁を張った。そしてそれは、純粋な魔法使いであるプリムラにとっての当たり前の対処。彼女が対抗策を用意していないわけがない。


「やってもやられるわよ。このカスどもが」


 近くの手頃な石畳を土魔法で引き剥がし、風魔法で浮かべる。プリムラが何をしようとしているのか、悟った時にはもう遅い。必死の抵抗も、彼女の残り二枠の魔法が全て撃ち落とす。


「先が尖ってないだけ、温情と思いなさい」


 嵐のような、風が吹いた。人が立てなくなるような暴風だ。プリムラが浮かべた石畳が、縦横無尽に動き回る破壊の風だ。


「こ、これ!どこまで追ってくるんだよ!」


 範囲は広く、慌てて背を向けたとしても逃れられない。それこそどこまででも、風と石畳は対象を追い続ける。石畳を破壊しようにも、プリムラが操作して躱してしまう。万が一撃墜されたとしても、予備はいくらでも床と宙にある。


「一体どんな適性してんだ!」


「この国で一番かしら?」


 決して殺さず、撃墜されず、民間人と建物を巻き込まない精密性。発動者本人が狙われても、全て押し返す防御性。こんな大規模な魔法を、少女は涼しい顔で発動しているのだ。


「でもまぁ、この私が褒めてあげる。思ったより残ってるじゃない」


「ふざけるな!これのどこが!思ったよりだ!」


「誰も残さないつもりだったのよ?思ったより以外の何物でもないわ」


 1分後。凌ぎ切り、立っていたのは13人中僅か2人。他の者は皆、石畳で頭を殴られて意識を失うか、手足を折られて蹲っている。それなりに腕に自信のある暗殺者達が、なす術なく敗北したのだ。


「『魔女』め……!」


 莫大な魔力を有し、圧倒的な技術と適性で他者を平伏させる。その様はまさに、かの伝説を彷彿とさせた。


「攻撃が足りなかったみたいね。おかわり、してあげる」


 忌み嫌われし者の名で呼ばれたことが、相当気に食わなかったのだろう。再度、風が吹き荒れる。13人ではなく、今度は2人に集中させて。


「はぁーあ。雑魚ばっか」


 嵐が静まった時、立っていたのはプリムラだけだった。








「さて。ここに来るのは本日二度目だな」


 プリムラに暗殺者をみんな押し付け、再開された逃亡道中。新手は来ることなく、極めてスムーズに目的地に辿り着けた。


「そうだねぇ。君達と会うのは本日二度目だとも。だが、同じ対応とは限らないよ?かなり面倒なことになっているからねぇ」


「……知ってたのか」


 逃げ込んだ先は芸もなく、プラタナスの研究室。しかし、今度は匿ってくれるかどうか。非常に怪しい返答だった。


「俺が未来で支払う対価じゃダメか?」


「悪くはない。ただ、騎士も暗殺者もまとめて敵とされると困る」


 無理もない。アイリスを殺害しようとする暗殺者に加えて、連れ戻そうとする騎士とも追いかけっこをしているというのだから。それなりの対価は必要だろう。


 悩みは膨らむ一方で、答えはなかなか出てこない。ザクロの持つ龍の骨は既に渡してしまったし、サルビアの所有する骨を差し出すのは彼に悪い。最近はある事情によって魔法陣を大量に買い込んだせいで、魅力に思えるほどの金もない。


「プラタナス先生。報告が」


「なにかね?サルビア君」


「待てサルビア!お前がそこまでする必要は」


 思考の迷宮から抜け出せないザクロの代わりに前に出たのは、サルビアだった。まさか龍の骨を渡すのかと。そうであったのなら止めねばと、ザクロは間に入ろうとしたのだが、


「プリムラに面倒な暗殺者連中、全員押し付けてきた」


 後輩が示した情報は到底対価とも言えないような、嫌がらせをしたという報告であり、


「それは素晴らしい!入りたまえ!一晩くらいの安全は保障しよう!」


「……あれ?」


 プラタナスにとってそれは、最高の対価だった。渋る態度から一転、扉を開け放つ両手を挙げての歓迎に、ザクロは困惑を隠せない。


「それにしても、あ、あの方に押し付けてしまって、大丈夫だったんでしょうか?」


 その困惑を打ち消したのは、玄関に入ってすぐにアイリスが発した、プリムラへの心配だった。


「もしもあの人が死んだりしたら……!」


「願ってもないこ」


「先生ごめんなさい!気持ちは分かりますが、今だけは空気を読んでください!」


 ようやく落ち着ける場所に来て冷静になり、改めてプリムラの身を案じ始めたのだろう。彼女に罪悪感を感じているのだろう。あの場を離れてすぐの時も、アイリスは何度も後ろを振り返り、戦いの音を聞いていた。


「性格は悪いが、強さだけは本物だ。あの程度の奴らに負ける女じゃない。安心していい」


 弟子に怒られる先生を横目に、それは杞憂だとサルビアが保証する。何度かの小競り合いで、大体の実力は互いに把握している。故に彼はプリムラがどれだけ慢心していようが、負けることはないと言い切るのだ。


「同意。なんたって、俺に勝てるくらいの女なんだからね。にしても自分が暗殺されそうになってるのに、よく他人の心配なんてできるもんだ」


「ええ。本当にいい子。だからこそ分からないわ。なんでこんないい子が、命を狙われなくちゃならないの?」


  押し付けたことは気にするべきかもしれないが、戦闘面でのプリムラへの心配は一切必要ない。心配が必要で、色々と考えるべきなのは、むしろアイリスの方なのだ。


「アイリス様。彼らはここまで巻き込まれています。もう明かしてもよいのでは?」


 そして考える為に足りないのは、彼女が狙われる理由。それがないことには、具体的な対策など見出せない。


「……そうですわね。分かりましたわ。全部、お話ししいたします」


 命を狙われ、プラタナスに促され。彼女はようやく、全てを話す気になったようだ。アイリスは落ち着く為の深呼吸を二つ。一同は乾いた喉をゴクリと鳴らし、耳を傾ける。


「彼らは私とカランコエ家の婚約を、阻止したいのです」


「なんだって!?」


 そうして明かされた理由に、ザクロは腰を抜かしかけた。貴族界の勢力争いとまでは予想していたし、事実その通りだった。だが、形が歪過ぎる。


 腰が抜けそうになった理由をもう一つ挙げるとするならば、それは当人がこの場にいたことだろう。全員の視線が、彼に向けられる。


「俺は知らないぞ。全く聞いてない。いや、本当にだ」


 しかし、サルビア本人と何も知らないと首を振り、否定を繰り返す。が、もしもこの婚約が真実ならば、昼間の女騎士の態度とおかしな発言にも納得はできてしまう。彼女はサルビアが同行すると言った途端、反対することをやめた。予行演習だのなんだの言って、送り出したのだ。


「……そのはずです。まだカランコエ家との婚約ではあると発表されたわけでも、決まったわけでもないんです。決まったのは、私の婚約だけ」


「どういうことかしら?そういう縁談がまとまりそうな段階ってこと?本人の知らない範囲で?」


「いえ、違いますわ」


 何も知らないサルビアは間違っていないが、婚約自体も間違いではないとアイリスは話す。いまいち話の全容が見えず、マリーが考えられる範囲で推測を重ねるが、ついぞ正解には辿り着けない。だが、それも無理はない。


「この世で最も強い剣士を、我が娘の花婿とする。私は、今年の末に開かれる剣術大会の優勝賞品なのです」


 なにせ答えは、生きた人間と大貴族の権力を賞品にするという、日本人やこの世界の庶民では到底理解の及ばぬものだったのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ