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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
213/266

第9話 蒼の少女




 サルビアがモンクスフードに入学して、1ヶ月が過ぎた。授業を受け、ルピナスとプラタナスとの訓練を重ね、プリムラと廊下ですれ違う度にいがみ合い、放課後や休日には依頼をこなす日々。最初の頃は何度か迷いそうになった校内も、今では我が家のようになった。


 学生の本分である学業に関してだが、剣と魔法の実技は一切の問題なく。お試し期間が嘘のように難しくなった座学には、なんとか必死に食らいついている。


 友達がたくさんできたかと問われたなら、首を横に振らざるを得ない。なにせ、カランコエ家の悪評のせいで敬遠され、擦り寄ってくるのは甘い汁を吸いたい者ばかり。その中にサルビアと張り合えるほどの強さを持った者などいるわけもなく、煙たく思った彼はザクロとルピナスのみを学友とした。


 この平穏を脅かす暗殺者についてだが、あれ以来襲撃は一切ない。カランコエ騎士団によって一つの組織が壊滅させられたことが、牽制になったのではないかというのが、ザクロの意見だった。


 そして、ザクロとの勝負。戦績はサルビアが勝ち越しで、58勝12敗6分け。最初は拮抗していたのだが、サルビアがザクロの手の内を攻略するにつれて、少しずつ傾いていった。それでもとザクロはよく勝負を挑んできたものの、ここ1週間はほとんどサルビアから仕掛けるようになっていた。


 例の巨大動骨についてだが、未だ発見できておらず、調査は継続中である。サルビアとザクロが見つけた破壊の道も、川に入ったところで途切れており、それ以上追うことができなかったのだ。


「はぁい!今日も来たぜ!」


「……どうも」


 そして今日。そのついでの簡単な依頼探しとご飯に、休みの2人はいつもの酒場に訪れていた。


「まぁ!ザクロにサルビア様じゃない!いらっしゃい!」


「ねぇ。からかうと面白いあのおじさんはいないの?」


 料理やお酒を運びながらも、しっかりとお客の方を向いて出迎えてくれたのは、これまたいつもの看板娘。くすんだ赤毛のショートヘアが特徴のサザンカと、茶髪のポニーテールを揺らすダチュラである。


「今日は領主の館に行ってて、ここにはいない。なんか、近くの貴族を集めて舞踏会をするらしい」


 1ヶ月も通えば、彼女らの態度や性格にもそれなりに慣れるもの。給仕2人からのベロニカの所在の質問に、サルビアは淡々と答えを返す。保護者は今日、カランコエ家の代理人として領主邸を訪れていた。


「舞踏会は憧れるけど、あの領主からあんまりいい噂聞かないのよねぇ」


「特に女関係」


「……それは知らんが、あの権力に媚びへつらう態度は俺も好きじゃない」


 この街に引っ越してきた挨拶として、サルビアも一度は顔を合わせたことがあった。にこにことした笑みで手を揉み、おべっかを連発。その上賄賂を仄めかしてきたともなれば、ある種潔癖のサルビアにとって良い印象になるわけもない。


「それに、ここの方がよっぽど気楽だ。貴族同士の場なんて息がつまって仕方がない」


「ま、本人の希望もあるし、なんか問題起こしたらやべぇってことで、サルビアは体調不良ってことにしてお留守番なわけです」


 そんな男の屋敷で開かれる舞踏会など、彼は行く気にもならならかった。そもそも、舞踏会とは政治的な駆け引きの側面も併せ持つ。そんなところに剣以外疎いサルビアが放り込まれれば、どうなるか本人にも分かったものではない。


「で、代わりにあのおじさんが生贄にされたのね」


「あの人、胃が弱そうだけど大丈夫かしら?」


「ま、死にはしないんじゃない?穴は開くかもだけど」


 お世辞にお綺麗なお罵倒にお礼儀にお形式のギチギチ固め。代わりに出向いたベロニカの胃がどれだけ削れるかを酒場の全員が楽しみにし、心配していた。


「俺はいつもの酒とつまみでお願い」


「俺は沸騰牛の燻製肉と旬の野菜和えで」


「また依頼前の朝からお酒?全く……少しはサルビア様を見習いなさいな」


「大丈夫大丈夫。酔うほどは飲まないから、ね?」


「はいはい」


 注文を聞きにきたサザンカに、ザクロはお気に入りの果実酒とオークの干し肉を。サルビアは昼ご飯にサラダを注文する。最近お酒の頻度が増えたザクロにお小言を与える給仕だが、ちょこっとの指ジェスチャーにため息をつき、オーダーを厨房へ。


「可愛い女の子ときゃっきゃっうふふできる夢のような依頼がねぇか、いっつも探してるんだけどさ」


「あるわけないだろう」


「ですよねー……ん?げ。サシュル村方面にオークの鎧種の番か。デカブツ探しついでに受けとくかな」


 料理が出てくるまで、まだ時間がある。ザクロはそれを有効活用しようと席を立ち、掲示板の依頼を物色し始めた。呑気なことを言いながら眺めていたが、ある依頼を見つけた途端、彼は苦手な食べ物を出された時のように顔をしかめる。オークの鎧種はさほど強くはないが、騎士が常駐していない辺境の村であれば十分に脅威だ。


「サシュル村?」


「ああ。サルビアはまだ行ったことがなかったか。例の腕のいい鍛治師がいる村だ。近くの山で貴重な鉱石が取れるんだと」


 出現場所はザクロが以前言っていた村で、学校生活に慣れない一ヶ月では新入生が行けなかった村だった。それを聞いたサルビアは目を輝かせ、


「行こう。すぐ行こう」


「んー。まぁ距離的にも、強化使えばギリ日帰りで行けるし、ちょうど良いかな。あの村の戦力じゃ鎧種も2匹でも面倒だろうし」


 顔見知りの村が心配になったザクロがびりっと紙を剥がし、鍛治と聞いたサルビアが鼻息を吹き出した、その時だった。


「あ、あのう。難しい依頼を取り扱ってる酒場ってここでしょうか?」


 酒場の入り口が勢いよく開き、蒼い髪の少女が転がり込んできたのは。つんのめって転んで、起き上がった蒼い瞳が店内を見渡し、震えた綺麗な声が問い尋ねる。


「大丈夫か嬢ちゃん?依頼を受けにきたのか?あそこに掲示板があるが、うちのはかなり」


「違いますわ。その、依頼をしたいのです」


 近くにいた仲介人が掲示板を指差すが、蒼の少女は被り気味に否定する。彼女が浮かべている表情は、焦りというよりも鬼気迫るに相応しいもので。


「出来れば凄腕の方を、紹介してはいただけませんか?」


「わ、分かった。この書類を書いて。悪いけど、さすがにそれだけじゃ通せないから」


 急ぎではあるのだろうが、掲示板に依頼を出す為には形式が必要である。手渡された依頼内容や報酬の記入欄を前に、彼女は顔まで真っ青になり、


「っ……!?申し訳ございません!やめさせていただきます……!ご迷惑をおかけいたしました!」


 音がするほど頭を下げて、まるで逃げるように店の外へと出て行った。強化まで使って出て行った蒼い嵐に、店内の時間が静まり返って止まる。


「そ、そんなに急いでたのか……?」


「馬鹿野郎!何が書類だこの凝り固まった石頭!」


「少しは融通利かせろよ!可愛い子だったじゃねえか!バカ!アホ!マヌケ!」


「い、いやだってよ。あれだけじゃ無理だろ!?」


 マニュアル対応して少女に逃げられてしまった仲介人に、酒場らしい罵声が浴びせられる。どちらの意見も実に正論。だが、議論している場合ではない。


「なぁに怒鳴り合ってんだ!そんだけ急いでるってことは訳ありだろうが!」


「とっとと行くぞ馬鹿ども!」


「可愛いかったなぁ」


 聡い者達は椅子を蹴飛ばし、殴り合いを始めた酔っ払い達を一喝。出口へと殺到する。依頼を頼もうとしたのが美少女だったのもあるだろうし、ただ単に人が危険に晒されている可能性も見逃せなかったことも、あるかもしれない。


「おい!ここに蒼い髪の女性が来なかったか!」


「き、騎士団!?」


「答えろっ!」


 しかし、酒場から出る直前。入り口から雪崩れ込んできた女騎士率いる騎士数名により、出口が封鎖されてしまう。その上彼女らが剣を抜いていて、なおかつ首元に突きつけて尋問してきたともなれば。


「き、来たけど、なんだよ。あの子、もしややべえのか?」


「くそっ!一足遅かったか!……そうだ貴様ら、手伝え!」


「あ?」


「依頼だ依頼!ここはそういう場所なのだろう!報酬は弾む!内容はさっきの少女の無傷での捕縛!参加しただけで金は払う!」


 騎士団に追われているということは、もしや犯罪者か。身構える酒場者達だが、続く騎士の言葉にぽかんと口を開ける。どうやらよほど彼女を捕まえたいようで、その人手を集める為なら金も厭わないらしい。


「あ、じゃあこの書類を」


「本当に頭硬すぎんだろ鎧種かてめぇ!」


「いい加減にしろバカ!」


「冷たくて傲慢か感じがいい感じだろうが!」


 事態が飲み込めた者達から歓声が上がる中、学ばずに書類を差し出した仲介人が再度ボコられる。しかし、そんな暇ではないと拳一発程度で早々に切り上げ、


「おら野郎ども!稼ぎてぇ奴は騎士様に続けぇ!」


 依頼と金に飢えていた者達は、飲みかけの酒も食べかけの料理も受けかけの依頼もまだの勘定も放っぽり出し、女騎士に続いて少女を追う。国や貴族に仕える騎士が報酬を弾むと言ったのだ。ものすごく期待できるし、依頼を受けるだけでも報酬が貰えるときた。これに参加しない手はない。依頼を管理する仲介人達ですら、意識がある者は全員出て行ってしまった。


「あーあ。あいつら、代金払わずにみーんな残して出て行って。出禁にしてやろうかしら」


「代金は三倍で搾り取ろっと……あらぁ?ザクロは?さっきの馬鹿の群れにはいなかったよね?」


 酒場に残ったのは店員と、ボコられて伸びた仲介人、そして客がたった2人のみ。散らかった食器や酒を片付け始めたサザンカが溜息を吐き、ダチュラはいつの間にやら姿を消していたザクロに首を傾げる。


「ほんとね……ねぇサルビア様、ザクロも馬鹿に行った?」


 残った客の片割れのサルビアは、椅子に座って料理を待っている。もしやザクロだけが行ったのか。サザンカがそう尋ねるも、彼は首を横に振り、


「あの女騎士が来た瞬間に裏口から出て行った。後で本気で戦ってやるし、村はまた今度なる早で行くから、俺はここにいろって」


「また女か……まぁ、私達も本気ってわけじゃないし、別にいいんだけど。本当節操なしね」


 その前、つまり女騎士ではなく女性についていったと答える。それを聞いたダチュラとサザンカはため息を吐き、ザクロが去った机の上を見た。


「それ、もしも用意し始めてたら悪いからって」


「……他の馬鹿どもと違って、こういうところがあるから憎めないのよねぇ」


 そこに残されていたのは、まだ来てもいないが、用意し始めていたかもしれない料理に対する、少し多めの代金だった。それを見た2人の給仕は嬉しそうに肩をすくめ、店内の片付けを再開。


「ま、一番は真面目に料理を待ってくれてるサルビア様だけど」


 しかし、食べ残しの片付けにすぐに顔をしかめ、律儀に待ち続けるサルビアの方が偉いと評価し直す。ザクロはどんまいだが、そりゃそうだ。彼だけが美少女にも金にも釣られず、自分達の料理を選んでくれたのだから。


「……多分、ベロニカも待つぞ」


「あら?いなかったのが残念。今度試してみようかしら」


 慣れない褒められ方に困惑したサルビアは咄嗟に、ベロニカを盾に使って照れ隠し。心の中でダチュラ姐さんが給仕ならと、付け足しておくのも忘れない。


「それはそうと、はい。お待たせ」


「景色悪くてごめんなさいね?」


「ありがとう。別に、そんなに気にしない。じゃ、いただきます」


 片付けも終わらぬ内に、サルビアの元へ赤と緑に彩られた皿がサザンカの手によって運ばれる。殆どの注文を放棄され、厨房がサルビアともう1人だけの料理に集中することになり、短時間で完成したのだろう。


「うん。美味い」


 相変わらずの美味である。貴族の豪華な料理に食べ慣れた彼でもそう思いほどで、手が止まらない。給仕2人が片付けをする様子をどことなく眺めながら、料理を口に運び続ける。


「ここ、いいかしら?」


 半分ほど胃の中に収めた時、声がかけられた。振り向けば残っていたもう1人の客が、ザクロがいた席を指差している。肉の乗った鉄板を持つ、艶やかな金髪の美少女だ。いっそゾッとするまでの、彫刻染みた美しさだった。


「え?ああ。しばらく帰ってこないだろうから」


 別に断る理由もない。サルビアは頷き、椅子を引いて彼女を迎え入れる。ザクロはしばらく帰ってこないだろうし、美少女が同じ席に座ったと聞けば喜ぶだろう。


「ありがとう……えーと、サルビア様?」


「……なぜ俺の名を知っている」


 名を呼ばれたサルビアは、瞬時に警戒を露わにする。感覚を研ぎ澄ましてようやく気付いたが、ゾッとしたのは美しさだけではない。


「暗殺者か?」


 不気味だった。純粋な強さで見るなら、ベロニカよりも下。この歳にしてはできるが、サルビアの敵ではない。だが、本能が全力で警鐘を鳴らしている。


「様で暗殺を警戒って、やっぱり貴族様だったんだ……ああ!ごめんなさい!さっき給仕の人と話しているのを聞いただけなの」


 貴族を初めて見たのだろうか。彼女は興味に輝く視線を向け、そして気づいて頭を下げる。確かにさっき、会話の中で名前を呼ばれてはいた。だが、理由があったって、暗殺者じゃない証明にはならない。


「やっぱり別の席で食べることにするわね。たくさん空いてるし」


「待て。別にいい」


 かといって、暗殺者である証拠にもならない。サルビアは少し悩んだ末に、椅子に腰掛けるように促す。彼女が何かおかしな動きををしたなら、その瞬間に斬ればいいだけの話だ。


「あら。ありがとう。ちょっと出稼ぎと下見でこの街に来たんだけど、色々と分からなくて。現地の人とお話ししたいなぁって」


「……俺もあんまり分からんが、分かる範囲なら」


 会話しつつ、警戒と観察を続行。まず最初に思うのは不気味さ。次に不思議な女という感想。仕草や動きの端々、言動や態度が、彼女はどうにも大人びている。食器の使い方も食べ方も、歳に合わない上品さがあった。


「助かるわ。私の名前はマリー・ベルモット。色々と質問責めすると思うけど、お願いね」


「……お手柔らかに」


 マリー・ベルモット。金髪の十代前半に見える美少女は、そう名乗った。








 店内で追手の声を聞いた彼女は、客や給仕を巻き込まない為に外へと出た。あれ以上あの場にいたら、すごく迷惑になるだろうから。


「ええと……他に手練れの人に依頼できる場所……」


 迷惑をかけたくない。でも、あそこに戻りたくはない。故に探し求めるのは、匿ってくれる誰か。噂の酒場はダメだった。ならば他の酒場や強者を探そうと、彼女は街を1人で駆け回る。


「こっちは市場通り?それは、だめ」


 出来る限り、人がなるべく少ない方へ。自分にとって不利な選択肢であることは分かっていても、周囲を考えればそうせざるを得なかった。彼女はそういう立場で、そういう性格だった。


「もう、嫌だ……!」


 なんでこうなった。悪いことをしたわけでもなく、ただ生まれた時から宿命だった。原因を恨み、世界を恨み、生まれたことを恨み、


「誰か、助けて!」


 入った薄暗い裏路地で、誰でもいいからと救いを求め、知らぬ間に虚空へと手を伸ばして。


「お困りですか?お嬢さん」


「え?」


 背後から飛んできた人影に、その手を握られた。










「いいなサルビア?後で全力で戦うし、村にはまた今度、それもなる早で連れてってやるから、少しだけここで待っていてくれ。お前が料理を食べ終わるまでに俺が帰ってこなかったら、悪いが今日は解散だ」


「……ああ!」


 色を付けた代金を叩きつけて、料理を待つサルビアに早口で待つように告げた。あまりその辺の世界の事情には疎いが、対立している可能性を考えれば、彼は付いてくるべきではないと思ったから。条件が気に入ったのか、後輩は嬉しそうに頷いてくれた。


「絶対サザンカとダチュラ姐さん呆れてるよ……それに絶対あの子、やばい案件だよ」


 心置きなくとは言えないが、それでも裏口から飛び出して、必死な少女を追いかける。幸い達人でもないようで、蒼い髪の目立つ背中にはすぐに追いつきそうだった。


「けど、なんだろ。もう産まれた時からの性分というかなんというか……見捨てられないんだよなぁ!」


 すすり泣くような声に足を早めて、彼女の願いを聞いて、氷で台を作って勢いよく飛び跳ねた。浮遊魔法で姿勢を調整。伸ばされた手をついつい、いつもの癖で握る。あまりにもびっくりしすぎたのか、少女は振り払う以前に身動きすらしない。


「ああ!悪い!知らない相手なのにいきなり手を掴んじゃって……で、何から助けて欲しいの?」


「あ、貴方様は?」


 ぱっと手を放して少しだけ距離を取り、手短に依頼内容を問う。警戒を解き、状況を把握する為の第一歩だ。


 しかし本心で言えば、今すぐに抱きかかえて逃げ去りたかった。連れ去りたいというわけではない。ザクロの耳が、こちらへと向かう一つの足音を捉えたからだ。


「学生にして騎士の卵の英雄見習い、んでもって天才のザクロ・ガルバドル!」


「は、はぁ……ザクロ様ですか?」


「そうそう!様いらないけど。で、失礼を承知の上で確認させて欲しい。何か犯罪とかした?」


「い、いえ!していませんわ。不義は働くかもしれません、けど……」


「なら、守れる。助けを求めてるなら、助けるよ」


 だが、親しくもない婦女子相手にそこまでの接触は、さすがのザクロにも躊躇われた。ならば選ぶのは逃走ではなく、撃退。少女に軽く自己紹介して確認を取り、その答えに頷く。


「ごめんね。会ったばかりの俺のことなんて信じられないと思うけど、今は説明の時間が惜しい」


 状況が不明過ぎて、悠長に構えてはいられない。ザクロを信頼できるか測りかねている彼女へ、有無を言わさぬよう強く優しい口調で語りかける。


「でも、もし助かりたいなら俺から離れないで。魔法障壁、張れる?」


「は、はい!張りましたわ!」


 どうやら、今は信じてもらえたらしい。微笑み、剣を引き抜いて、庇うように少女の前へ。追手の音が近づいてくるのは、今のところザクロ達が通ってきた道一方向のみ。


「ありがとう。じゃ、上からを潰すから」


 魔法障壁があるなら、警戒すべきは囲まれることと、弓兵による狙撃。退路はなるべく多く確保したい為、道を塞ぐのは却下。故に、前者は神に祈るほかない。だが、後者は十分に対処できる。


「こ、これはなんでしょう?」


「狙撃対策。過信は禁物だけど」


 建物と建物の間に、頑丈な土の天井を創成。これで上からは正確な位置は掴めないし、当てずっぽうに撃っても土に阻まれる。万が一貫通するような強弓だったとしても、威力は多少削がれるはずだ。例え崩されたとしても、魔法障壁を張っている限り押し潰されることはない。


「お!いた、が、ちきしょう!一番乗りはザクロ。お前かよ」


「さ、さっきの酒場の」


 しかし、弓矢は放たれることはなく。暗がりから姿を現した筋骨隆々の大男を、蒼い少女が指差した。ザクロにも少女にも見覚えのある、酒場の常連だった。


「いくら犯罪者とはいえ、女子供に手をあげたくねぇ。大人しくついて来てくれよ?さ、ザクロ、早く連れてこうぜ」


「断る。ガジュマル兄貴さ、騎士に雇われてるだろ。店出る時に聞こえてきたぞ」


 そして、騎士に雇われている追手。裏口から出た瞬間に聞こえて来た声と、後の鬨の声で大体察しはついていた。


「おいおいお前まさか、そっちの嬢ちゃんに雇われたってのか!?騎士に追われてるってことは犯罪者だろ?」


「彼女は犯罪を犯していないって言ったんだ」


「可愛い子の言うことを無条件で信じる癖いい加減やめろって!お前何回それで痛い目見てるんだよ!」


 騎士に追われるなんて、そのほとんどが犯罪者だ。だが、それでも少女が首を横に振ったのなら、冤罪か何かだと言うのなら、ザクロはそれを信じる。美少女補正もなきにしろあらずだが、あの時伸ばされた手の必死さは本物だった。


「それによ、騎士志望が騎士に楯突くってのはよぉ」


「あの!やっぱり、助けてもらわなくても大丈夫ですわ。自分でどうにかしますから」


 しかし、このまま彼女を連れて逃げるなら、ザクロの立場は間違いなく不味くなる。就職に響くどころか、最悪犯罪者だ。純粋に心配そうなガジュマルの言葉を聞いた少女は蒼い髪をお辞儀で振って、この場を1人で去ろうとする。


「本当に1人でなんとかできるなら、なんで救いなんか求めたの?」


「え、そ、それは……」


 だが、ザクロの発した問いが彼女を引き止めた。逃げる背中を見て、理解している。彼女が誰かを巻き込まないように、あえて人が少ない裏路地に逃げ込んだことくらい。追手の足音を聞いて、自分を助けようとしてくれて人が傷つくことを想像して、やっぱり依頼をやめたことくらい。


「怖いんだよな?助けを求めて、他人を巻き込むのが」


「……」


 どれだけ辛いことか。助けて欲しいと願っているのに、助けを求めた相手が傷つくことを恐れ、その手を引っ込めるのは。自分だけ傷つけばいい。我慢すればいいと耐えるのは。


「なら安心してくれ!俺はこう見えて、この街でも五本の指に入るくらいには強い!なにせ天才だからな!」


「本当、ですか?」


「ほんとほんと。だから、俺なら傷つかずに貴方を守れる。だから、助けを求めて大丈夫だ!」


 そういう人間こそ、ザクロは助けたいと思う。美少女であるという点も加味すれば、彼女の背後に山ほどあるであろう厄介ごとまで、背負ってもいいと思ってしまう。


「ザクロお前、前は三本の指って言ってなかった?少しは謙虚さ知った?賢くなった?」


「最近やべえ後輩ができたの!あいつ相手だと守れるか分かんねえの!ま、そもそもあいつは君を傷つけないと思うけど」


 と、いい場面なのに冷静なガジュマルのツッコミに、仕方ないだろと反論するザクロ。だが、その反論は良くも悪くも事実だ。


「けどそいつら以外なら、俺は無傷で守る。ガジュマルの兄貴が相手でもな」


「……俺もお前と戦いたくはねえよ。勝てねえもん絶対」


 この街でザクロが脅威に思う相手なんて、現状4人しか存在しない。それ以外の人物に遅れを取るつもりはない。


「お、お強いのですか?」


「この街で五本の指ってなんか微妙に感じるだろうけど、この街に化け物が集まってるだけだから!他の街なら普通に天下取ってるから!」


 後ずさるガジュマルを見た少女が、ザクロに確認を取る。誇張なしの広告のせいで、そんなに強くないと思われてしまったのだろう。振り返って首を振って、自分は強いとアピールを繰り返す。


「……」


「本当だ。こいつは強いぞ。そこらの騎士程度が束になっても、お前さんを守ってくれるだろうよ」


「っ!ありがとう。ガジュマルの兄貴。あとで奢るよ」


 不安だったのか、もう一度ガジュマルに目線で尋ねる少女。すると彼はしっかりと首を縦に振り、ザクロの強さを保証してくれた。


「依頼を受けてくださいますか?私を守ってくださいますか?」


「もちろん。高慢ちきな女騎士も捨てがたいが、可愛いお嬢さんからの方が嬉しいってもんだ」


 決心した彼女からの依頼を、ザクロは快諾する。当たり前だ。困っている人を助けるのが騎士のあるべき姿で、泣いている女の子を守るのは英雄のお仕事だ。


「やめろよ。金に釣られて依頼受けた俺が悲しくなるだろ」


「兄貴。今いい場面だからお静かにお願いします」


 そのどちらもから外れ、悲しそうな顔をしているガジュマルをザクロは一蹴。


「はいはい。お前とやり合っても勝てる気しねえし、無罪の可能性ありなら気乗りもしねぇ」


 言葉に蹴られたガジュマルは大きな両手を挙げ、依頼から降りると宣言して背を向ける。彼だって男だ。何か事情のある女性を無理矢理捕まえるのは、気が引けたのであろう。


「つかむしろ、俺もそっち側着くわ」


「薄情すぎる」


「だってあの女騎士、なんか高圧的だったし……犯罪者じゃないんだろ?」


「え?あ、はい!」


「大丈夫だ。ガジュマルの兄貴はゴツいけど、いい人だよ」


 それどころか、蒼い髪の少女側に寝返る始末。突然の裏切りに信頼していいのか少女は迷っているが、その辺はザクロが保証する。


「で、騎士団に追われてる嬢ちゃんは何者だ?なんで追われてる?」


 とりあえずは雇い主の情報と今の状況を。今後を考えるなら、その二つは必要だ。とはいえザクロは、その片方の想像がついていたが。


「わ、私はアイリス。アイリス・グラジオラスです」


「……こりゃすげぇ大物だ」


 質問したガジュマルだけでなく、予想がある程度当たっていたザクロだって息を飲んだ。今の言葉が嘘ではないのなら、彼女は国内でもカランコエに次ぐ騎士団、グラジオラスを率いる大貴族の娘だ。


「貴族か豪商のご令嬢ってところまでは分かってたけど……ぶち抜かれたぜ」


 ザクロが見抜けていたのは、高貴な身分の箱入り娘であることくらい。まさかここまで予想の遥か上を突き抜けてくるとは思わなかった。


「やはり、お見通しだったのですね。参考までになぜ貴族だと見抜くことができたのか、教えていただけないでしょうか?」


 きっと彼女は、きちんと平民に紛れ込んだつもりだったのだろう。2人の反応にアイリスは俯き、なぜ見抜けたのか理由を問うた。


「まず酒場を知らないし、一見汚れているように見せかけてるけど、服の生地がすごい良いし。これでも商人の息子なんで。近くで見たらすぐ分かる」


 しかし、上手く紛れ込めたとは言い難い。ザクロが述べた他にも肌と髪の段違いの綺麗さ、騎士に追われていることなど、見抜けた理由はたくさんある。


「なるほど……私の見通しが甘かったようです」


「あと、君の容姿を知る人からすれば、その髪はとても目立つと思う」


 見ず知らずのザクロにも気付かれてしまっているくらいだ。おまけに、珍しい上にさらりと綺麗なその髪は、一目で彼女と見抜けてしまう。


「貴族に着せるようなものじゃないけど、もし変装したいならこれを」


「はい」


 服と髪を隠す為に、ザクロはフード付きの上着を彼女へと貸し与える。彼が所有する中でも中級品、まさに庶民の為にあるようなものだが、一般人になりすましたいならちょうどいいくらいだろう。


「……臭かったらすぐに言ってくれ。あんまり使ってないやつ選んだつもりなんだけど」


「だ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」


 渡された上着を羽織った彼女へ、目を瞑って着た回数を指折り数えたザクロは断っておく。毎日風呂に入っているし、清潔も心がけてはいるが、それでも心配だった。


「無理してないか?臭かったら……やべっ!?す、すいませんアイリス様!」


 少年に意地悪な流し目を送りながら言葉を発したガジュマルが、途中で謝罪に切り替える。彼女とその身分と今までの言葉を思い出し、最速で地に頭を擦り付けたのだ。


「先程からの非礼の数々、お詫びいたします!ほらザクロ!お前も頭下げろ!」


「……やっぱり?いつもの調子で接したの不味い?」


 打ち首と言われても文句が言えないような、非常に無礼な言葉遣いと態度だった。すぐに頭を下げるように、ガジュマルはザクロへと警告するが、


「いえ、大丈夫ですわ。助けていただきましたし、何より、身分を明らかにしていなかったのは私ですし」


 しかし、アイリスは別に構わないと許可を出してくれた。打ち首を覚悟したガジュマルはほっと一息、胸を撫で下ろしている。


「それに私は、皆さんのようになりたいのですから」


「へ?」


 そして、続いた言葉に固まった。何を言っているのか、ザクロもガジュマルも理解出来なかったからだ。


「とりあえず場所を変えよう。良い隠れ家がある」


「あ、はい!お願いします」


 酒場者と騎士が探し回っている事を考えれば、どこかに隠れない限り見つかるのは時間の問題。聞きたいことは多々あるが、それはまた安全な場所に移動してからだ。


「なぁ、良い隠れ家ってどこだ?」


「ん?ああ、学校の」


「学校ですか!?」


 ザクロが口にした「学校」という単語に、アイリスは目を星のように輝かせる。もしや通ったことがなく、憧れを抱いているのか。しかし残念ながら、校舎の中や授業の風景を見せることはできない。


「研究室。プラタナス先生は休日だろうが、ほぼあそこに篭ってるからな」


 向かう先は、校舎から隔離された無駄にでかい研究室なのだから。


「ささ。そうと決まれば早速行こっか。案内と護衛は任せてくれ。それくらいはできる」


 貴族相手に物怖じなどせず、ザクロは少女に手を伸ばす。まさか平民がここまで馴れ馴れしくしてくるとはきっと、思ってもみなかったのだろう。アイリスはまた瞬きして、ガジュマルは額を抑えている。


「は、はい!お願いしますわ!騎士の卵のザクロ様!」


 だがそれでも、彼女は「学校」と聞いた時のように目を輝かせて、嬉しそうにその手を取った。


 その光景はまるで、姫の手を取る騎士の絵のような。そう、これは運命の始まりの一枚絵。2人の休日が幕を開ける。

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