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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
212/266

第8話 剣の知らぬこと




「魔法剣士のような剣や槍などを併用する者とは違い、純粋な魔法使い、いわゆる魔導師は、物理判定の決定打に欠けることが多い。故に、戦場で生き残りたいのなら、その弱点を埋める努力をするべきだ」


 暗殺者の襲撃も騒ぎもなく、時は平和に過ぎ去って二日後。まだ体験授業の期間だが、早々に取る教科を選んだサルビアは早速、二度目の実魔応用を受けていた。ちなみにベロニカだが、集合場所の酒場まではついてきたものの、今日は用事があると学校には来なかった。護衛はザクロで充分と判断したらしい。


「もちろん、白兵戦を鍛えてもよい。が、よく使われるのは地面の土を、槍や杭の形に変形させる魔法だあね。自然界にある物理判定のものの性質を変形させない範囲での加工、ということだ」


 さて、脱線から戻って授業の話。上級生の数も減り、噂を聞いたのか体験に来る新入生も少ない。しかし、そんなこと気にも溜めていないのか、淡々とプラタナスは授業を進行させる。


「つまり、逆に純粋な魔法使いを相手にする時は、魔法障壁を張って地面からの攻撃を警戒すべきだと?」


 今日の講義は、習得すべき魔法について。話の途中で手を挙げた新入生の質問に、プラタナスは片眼鏡を反射させた。彼は授業を遮られるのを嫌う。それを知っている上級生達は身構えたが、


「おおよそその通りだが、囚われるべきではないねぇ。自然界にあるものを利用する以外にも、予め虚空庫に物理判定のなにかを用意しておく手段も存在する」


 今日のプラタナスは上機嫌だったらしい。嫌味すら言わず、質問にしっかりと答えてみせたのだから。


「今日の授業、ちょっと初歩的だけど、すげえまともだ……今までこんなのなかったってくらい、まともだ」


 いつも内容は濃いものの、生徒のレベルを考えないわ、振り回しまくるわと散々だが、今日に限ってはしっかりまとまっていた。ザクロ曰く、ここまでまともな授業は初めてだったとのこと。








「プラタナス先生、今日の授業、すっごいよかったじゃないですか!毎回これなら、取る人増えるかもですよ!」


 7限目も終わって放課後。実魔応用の教室に入るやいなや、ザクロは先の授業の感想を述べる。目を輝かせて教卓に手をついて、それはもう素直に。


「はっはっはっ。まるで、前回までの授業がすごくないみたいな言い方じゃないかね?」


「そう言ってるんですよ!」


「君の馬鹿素直さには敬意を表するよ」


 裏も気遣いもないその言い草にプラタナスが青筋を浮かべているが、残念ながらその通りだ。今日の授業だけは、本当に素晴らしかった。


「まぁ、変わって当然だとも。今日の授業の計画を立てたのは私ではなく、彼女だ」


 それもそのはず。今日の授業は、人の心が分かるが気遣わないプラタナスが計画したのではなく、気を遣い過ぎるルピナスが手がけたものなのだから。


「み、みなさんのお眼鏡にかなって、よかったです!それに私は、先生の授業計画に少し手を加えただけで、大元の骨組みを作ったのは先生であって……」


 彼はむすっとしながらも誇らしそうに、彼女は胸を撫で下ろしながらもフォローを忘れない。本当に性格に難ありな教師と気遣いをしてしまう少女である。


「何度か顔を合わせているようだが、紹介しよう。私の弟子兼助手のルピナスだ」


「あ、あの、よろしくお願いします!サルビアさん、ザクロさん!」


 プラタナスに紹介されたルピナスはフードを外して素顔を晒し、わざわざサルビアとザクロに一回ずつ頭を下げた。


「ああ。よろしく頼む」


 その揺れる白の長髪に、サルビアは事務的な態度の裏に強者を求める獣を隠しながら、


「こちらこそ。姉とそっくりだけど、性格は全然違うんだなぁ」


 ザクロは素顔と悟った性格の感想を忌避なく述べ、手を差し出した。それを見たルピナスは驚いた顔をして、プラタナスに助けを求めて、


「あの、私、適性というか、魔法の枠がないというか……」


 彼の頷きに促されて事実を打ち明け、おろおろと上目遣いで2人を見る。手はまだ握らない。拒絶や嫌悪されることが、怖いのだ。かつてのように、「ルピナスに触られると適性がなくなる」なんて、彼女は言われたくなかったのだ。


「いや、大変だったんだろうなとは思うけど、なんで?俺らに不都合はないじゃん?」


「関係ない。強いか弱いかしか興味ない」


「言ったろう?この2人は、そのようなことで君を遠ざけたりしないと」


 だがしかし、ザクロは大人であったし、サルビアはそもそも無関心だった。予想とも今までとも違う反応に驚くルピナスに、プラタナスがしたり顔で予測通りだと告げる。


「で、君達には彼女を鍛えてもらいたい。2人いるのだから、私と彼女に1人ずつ別れても良いだろう?」


 2人にルピナスを紹介した理由は、これだった。いや、それ以前。サルビアに依頼したのも全て、これを見据えてのこと。


「え?弟子って聞きましたけど、戦闘方面も鍛えるんですか?プリムラの仮想敵?」


 血筋も同じなら才能も同じと仮定して鍛え、よく似た姉代わりに仕立て上げる。なるほどと手を打ったザクロの発想は一般的ではあるが、残念ながら的外れだ。天才とは突き抜けるものである。


「違う違う。彼女にはあの女に勝ってもらう」


「……まじですか?」


 理解できなかったザクロは、プラタナスの後ろに隠れた少女を観察する。魔力量は姉とほぼ同等。しかし、びくついた立ち振舞いに関しては、どうにも素人臭い。戦ってみないことには言い切れないが、ザクロの見立てでは九割九分九厘負けるのが現状だった。


「はっきり言って君の姉は化け物だけど、本気?」


 故に問う。本気であるのか。ただ勢いに任せて口にした法螺話ではないのか。生半可な覚悟では、とてもじゃないが至れない領域だと理解しているのかと。


「ご、ごめんなさい!」


「見ての通り、過去の経験や姉への劣等感で自信を喪失していてね?なんとかして欲しい」


 だが、彼女の精神はまだその域にはない。というより、元から言い切れるような性格ではないのだ。その辺りも理解し、それに合わせた訓練をプラタナスは望む。遠慮も容赦もない事実に斬り伏せられた隣のルピナスは、もう既に涙目だ。


 この程度でも、彼女は深く傷つくのだ。とてもじゃないが、姉との戦いなんて無理に見える。


「まぁあれだね?性格を矯正することより、この性格でも戦えるようにというのが、なんとかの具体的な内容だ」


「無茶を言わないでくれ先生。ただでさえ心を鍛えるってのは難しいことのに、弱気なままとなると」


 それを変えずになんとかしろという、モンスターペアレントも真っ青な要望にザクロは両手を挙げる。悪いが、最初から勝つ気の無い者に勝てる道理はない。真に勝利を願ってこそ、ようやく始まりなのだ。


「そうだねぇ。説得力に満ちているねぇ」


「わ、私、無理かもしれないですけど、精一杯、が、頑張ります!」


「まぁ、本人が望むなら」


 プラタナスはうんうんと頷き、ルピナスは精神を振り絞って拳を構える。しかし、スタートラインに立てたところで、相手は遥か先を駆け抜ける怪物。今から追いつくのは余りにも無謀だと、ザクロは頭をかく。


「なら、ザクロ先輩は先生を担当してくれ」


「え?」


 それでもやるだけやってみるか。そんな心持ちで引き受けようとした先輩を、後輩が遮った。彼はより強いプラタナスの相手をしたがるとザクロは思っていたのに、裏切られた。


「戦おう。経験は強さを作り、強さは自信を作る」


「えっ。ちょっ、お前、いいのか?」


 目をまんまるとさせたザクロが、予想外の少年へと尋ねる。サルビアの性格では教えるのは難しいとも思ったし、先生と戦いたいのではと気遣った質問だった。


「なにがだ?ザクロ先輩はルピナスを担当したいのか?どこまでも女好きだな」


「え、あっ、いや。なんというか。あと女好きはやめて。大好きだけど」


 しかし、サルビアは首を傾げるだけだった。そのどこまでも真っ直ぐな瞳に射抜かれたザクロは、なぜか上手く言葉に出来なくて。


「ならばいいだろう。俺は祖父の教え方しか分からん。俺は剣しか知らん。それでも、いいか?」


 それを許可と受け取ったのか。サルビアはルピナスへと確認する。戦いでしか何かを伝えられないが、それでも教えてよいのかと。魔法なんかほとんど知らなくて剣ばかりだが、それでもよいのかと。


「は、はい!お願いします!」


「ん?ちょ、ちょっと待ってくれ」


 深く頷いたルピナスは魔法陣を取り出し、戦闘態勢に入る。しかし、ここで待ったをかけたのはザクロだ。


「そ、それなんだ?6枚くらい見えるんだが」


「え、えーとその、やっぱり変ですか……?ごめんなさい……!」


 ザクロが驚いたのは、魔法陣の数とその持ち方。なんと、指の隙間全てに1枚ずつで計8枚。それは、魔法陣しか使えないルピナスが自ら開発し、努力と改良の果てに辿り着いた独自のスタイル。


「変じゃないとも。これが彼女の戦い方の一つだ」


「中断してごめん。すごくてびっくりしたんだ」


「分かった。では、始めよう」


 事前に知っていたプラタナスは、まるで自分のことのように胸を張り。落ち着いたザクロも生み出すまでの過程を想像し、敬意を評して頭を下げる。サルビアに関しては特に表情を変えず、平常運転だった。


「大怪我させないように注意してくれたまえ」


「サルビア。相手は女子だ。あまり傷を残すなよ?」


「……戦場に立った時点で男女の区別もない……しかしまぁ、善処はする」


 プラタナスからの注意には仕方ないと、ザクロの言葉には顔をしかめつつも頷き、サルビアは剣を引き抜く。空気が戦場のものへと変わり、張り詰める。


「行くぞ」


「は、はい!」


 そして、一瞬だった。サルビアが地を蹴り、反応したルピナスが魔法陣を二枚発動させた。それでもう勝負はついた。


「あ……う……」


「……」


 土の盾を2枚連続で斬り裂いた刃が、ルピナスの首元で止まっていた。適性の限界か、それとも魔法陣のせいで発動が遅れたのか。どちらであろうと言えるのは、圧倒的な敗北だった。プリムラに勝つなんて夢のまた夢だと証明する、一敗だった。


「や、やっぱり私になんて」


 浮かれた熱を冷ますには、ちょうどいい負けだった。頑張ってみようかなと思った心を、現実に引き戻す惨敗だった。へし折れてしまっても仕方ないと思う、大敗だった。


「「もう一度だ」」


「え……?あ、は、はい」


 しかし、本職の教師も期間限定の生徒教師も、それを許さなかった。重なり合った声に少女はびくりと飛び跳ね、震え、悩み、考え、深呼吸をしてもう一度構える。


「本気で止めようと思うのは悪くない。ただ、いつもの魔法の使い方でいい」


「気楽になんて難しいだろうがねぇ?それでも、気楽にしたまえ」


 再度剣を構えたサルビアと、肩をすくめたプラタナスの言葉は一緒。今のルピナスの魔法は、大切にされていなかった。他の魔法使い達が使うように、ただの手段でしかなかった。目的ばかり気にしていた。


「さっきの使い方だと、魔法がかわいそうだ」


「っ!?」


 プラタナスが吐いたその言葉が、ルピナスを震わせた。今のは非常に効いた一言だった。彼女は驚き、服に描かれた魔法陣を見て、謝罪の形の口で声なき声を作って、


「もう一度、いえ、たくさんお願いします!」


「ああ」


 再度、構える。サルビアの動きを見て、観察。僅かに跳ねた剣を見て、土の盾を自身が出来る最速で錬成。


「うう……」


 そして、破られる。当たり前だ。例え心構えを引き締めたとて、それだけで埋まるものではない。戦闘経験の差も技術も、圧倒的な開きがある。


「……さっきよりは良かった。次」


「は、はい!」


 誰だって最初はこんなもの。繰り返して繰り返して、少しずつ進んでいく。多少斬りにくかったと述べたサルビアに、目を輝かせたルピナスはまた敗北を繰り返す。


「……サルビアが、分からなくなりました」


 そんな2人の様子を見ていたザクロが、ぽつりと呟いた。サルビアは確かに、本気で剣を振るっている。一振りごとに心を込めて、自らも鍛えている。だが、非効率だ。本気の強者との斬り合いの方が、成長できる。楽しめる。


「強い奴と戦うことに執着していて、それ以外の時間や手間を嫌うと思っていました」


 ルピナスの盾は一般人より頑丈で速いが、プリムラやプラタナスには及ばない。彼の望む強者との戦いではない。なのになぜ、彼は彼女の訓練を引き受けたのか。


「誰にだって、気まぐれや気の迷いはあるとも。人の内心なぞ、気にするだけ時間の無駄だろう?」


 理解できないものを理解しようとするザクロを、無駄にして愚かだとプラタナスは嘲笑する。彼にとっては、内心なんてどうだっていいのだ。どのように行動し、どのような結果となるかだけが、今の彼の思考だった。


「さて。こっちもお喋りは時間の無駄だ。いつも通り、本気でお願いしよう」


「……毎回思ってたんですけど、いいんですか?俺と訓練って。手の内明かすようなものだと思うんですけど」


 言われるがままに剣を構え、戦う前にザクロが問うのは、彼の内心。プラタナスが見据えるのはプリムラだが、敵は彼女だけではない。プリムラより先にザクロと戦うことになる可能性を考えれば、この訓練は余りよろしくない。


「正直、俺は今日でやめにして、サルビアにこの依頼を引き継がせようかと思ってました」


 プラタナスを公の場で倒したいと、ザクロは思っている。互いの手の内を隠す為に、交代しようと考えていた。その為に後輩を連れてきたのだ。


「数日見て分かりましたが、あいつは手の内どうこうよりも、強者との戦いを望んでいます」


「そうだねぇ。立派な戦闘狂だ」


 サルビアの手の内を明かしてしまうと苦悩したが、彼はそれ以上に強者と戦いたいだろうと判断。故にザクロは、後輩を自身の後釜にすることを決めた。


 しかし、ルピナスの存在により予定は狂ってしまう。彼女の練習相手に1人欲しいと、プラタナスは言い出したのだ。


「正直、私も彼と戦うものだと思っていたくらいだ。驚いてはいるとも」


 ザクロがルピナスを担当し、サルビアがプラタナスを担当する。これが大方の予想だった。それならば、まだ良かった。直接戦うよりは、手の内は隠せる。しかしなぜか、その予想は外れてしまった。


「とはいえ私は困っていない。だが、君がこの事態に困り果て、やめたいと願うならば、私にそれを止める権利はない」


 もっとも、その予想が外れて困ったのはザクロだけであって、プラタナスは呑気そのものなのだが。


「……俺になら、手の内明かしてもいいってわけですか?」


 舐めているのか。去年は勝てたからこその油断か。珍しく怒気を隠そうともしないザクロの刺々しい物言いが、土の盾が切り裂かれた音に負けずに響く。


「いいとも。君はルピナス以下だ。敵ですらない」


「……は?」


 しかしそんな1人の少年の怒りなど、大人は意にも介さなかった。むしろその通りだと事実を述べて、ザクロを煽った。


「君は確かに強い。戦闘の経験を積むには申し分ない相手だとも。しかし、本気の殺し合いとなると、些か物足りない」


 怒気を超え、既に殺気の域に達したザクロを、プラタナスは嘲笑う。強さは持っているが、他の部分が致命的すぎる。故に練習相手ではあるが、敵として見ていない。彼はそう言ったのだ。


「……」


 それは、どれだけの侮辱であったことか。屈辱であったことか。去年負けた相手に、敵ですらないと言われたのだ。はらわたは煮え繰り返る。殺意はとめどなく溢れ出る。しかし、言い返せない。


 ザクロは去年、負けたのだ。格下に見られても、おかしなことは何もない。実力と結果で黙らせればいいと、誇りを傷付けられた少年は集中を高めていく。殺意さえ、戦意の火へと焚べる。


「今の君は悪くない。屈辱を殺意に変換し、それを抑え込むのに必死な君は、良い。今日は濃厚な訓練になりそうだねぇ」


 そんな殺意を受けてなお飄々と、嬉しそうにプラタナスは訓練に励むのであった。









「いやぁ。良い汗をかいたねぇ」


「つ、疲れました……」


 輝いた汗を拭ったプラタナスを、地面に転がるルピナスの目が激写している。慣れない戦いに荒い呼吸で汗びっしょりだというのに、体力の別腹で動くファンというものは、本当に恐ろしいものである。


「くそったれ……」


 一方。こちらは魔力を使い果たして転がるザクロ。かすり傷を治すことすら億劫だと、天を仰いだまま悪態を吐いている。今日もいい勝負ではあったものの、やはり敵わなかった。


「さて。先生、やろう」


 そして、サルビアはまだ元気一杯だった。軽く柔軟運動をし終えた彼は、プラタナスに剣を向けて戦いを催促。その目はキラキラと期待に満ち溢れている。


「……そういう内心だったのかねぇ?」


 人の内心など考えるだけ無駄。そうザクロを切り捨てたが、今となっては間違いだったとプラタナスは訂正。


「なるほど。だったら、サルビアらしいや……会って数日だけど」


 よく考えれば分かることだった。ルピナスの稽古で使う体力など、たかが知れている。彼女を限界まで鍛えた後に、残った体力でプラタナスと戦うつもりだったのだ。


「両方を選ぶとは、強欲にも程があるとも」


 未来の強者の育成と、今の強者との対決。サルビアはどちらか片方に絞るのではなく、どちらも実行しようとしていたのだ。


「だが、強欲なのは好きだ。とても好きだねぇ」


 額を抑えながら立ち上がり、やれやれと肩をすくめながら状態を整えるプラタナス。どちらも得ようと本気で考えるその姿勢は好ましいし、ルピナスを押し付けた負い目もある。故に、彼はサルビアの稽古に付き合うことにした。


「お手柔らかに頼むよ?」


「先生、それは神様に頼んでくれ。俺の意思じゃ難しい」


 そして始まった新たな戦いを、ルピナスとザクロは地面から眺め続ける。最強に近い剣と最強に近い魔法はそれぞれにとって、勉強となるものだから。


「これを避けるとはねぇ」


 始まりは一つの魔法。魔法障壁を展開する1秒よりも前。複数の火の魔弾の複雑な軌道を、サルビアは剣を振るうまでもなく躱す。そうして躱しきったところで、魔法障壁が完成。これでサルビアに魔法で傷はつけられない。


「実に愚かだ」


「っ!?」


 だが、それは間違いだった。そう思ったのは、後ろに置き去りにした火の魔弾が全てUターンし、床の下に潜り込んだ時。前方のプラタナスが、魔法陣で展開した土の盾で隠れる。


「まさか」


 ただの火の魔弾だと思っていた。違う。そんなやわなものじゃない。あれら全ては、爆発魔法の第一段階だ。制御が難しく、発動した場所からほとんど動かせないとされる、炎を圧縮する準備の火球だ。


 それを自由自在に、それも達人であるサルビアを追尾させるように動かす。そんなの、想像できるわけがない。


「花火は好きかい?」


 教室の床が、破裂した。地面の下から溢れ出た魔法による炎は防げた。だが、爆発によって吹き飛んだ物体までは防げない。サルビアが速さ重視で作る魔法の盾など、爆発で一緒に吹き飛ばされる。プラタナスのような高適性者による、頑丈な盾でないとダメだ。


「今嫌いになった……!」


 当然、それほどの盾をすぐに作ることなんて出来ない。だからサルビアは突進を続行。爆発に追いかけられながら、直進する。プラタナスの土の盾は頑丈にして巨大。まさに城壁の如し出来栄えだが、視界が悪い。


「保健室の寝台を予約しようか?」


「先生の分をぜひ」


 煽られ、煽り返す。床の破片に襲われる直前。サルビアが振るった一刀が、土の盾を通り越してプラタナスへと届く。追撃は叶わない。


「「想像以上だ」」


 双方の声と同時、土の盾がズレ、プラタナスの首から血が流れ、サルビアの背中から破片が落ちる。プラタナス、サルビアの傷、共に軽傷。しかし、それは訓練故の手加減によるもの。


「これは加減が」


「難しいねぇ」


 本気でやれば、もっと楽しかった。本気でやれば、今ので相打ちだった。プラタナスが本気で爆発火球を作ったのなら、サルビアの身体が穴ぼこになるほどの破片が飛んでいただろう。サルビアが本気で斬っていたなら、プラタナスの首は落ちていただろう。


「さぁ、仕切り直そう」


 プラタナスの宣言に、少年も頷き同意。そして再度、殺さないように細心の注意を払った戦闘が開始。


「すごい……」


 炎、木、水、氷、土、風。その他様々な魔法を、ルピナスが感嘆する恐ろしい速さで、プラタナスは切り替える。役割を果たした瞬間に切り捨て、即座に次の魔法を発動。迷いなく、躊躇いもなく。行動に自信を持ち、的確に物理と魔法判定の攻撃をサルビアへと、魔法のみで放つ。


「でも」


 だが、感嘆の次に彼女の口から出たのは、溜息。さすがのプラタナスでも、魔法陣を取り替える瞬間に隙が生じていた。突けるほど大きな隙ではないが、それでも隙は隙。やはり、魔法陣は使用に時間がかかり過ぎてしまうのだ。


「まじで化け物かよ……」


 その僅かな隙さえなければ、サルビアはこうも完璧に防げまい。多種多様な洗練された魔法を雨あられのように受けながらも、彼に傷はない。


 魔法障壁で固定し、物理判定になりうる魔法を即座に判断。剣によって魔法そのもの、もしくは魔法による物理の結果を斬り捨てる。プラタナスが見せる魔法陣の隙を突こうとするが、あと一歩のところでことごとく失敗してしまう。


「……」


 戦況は膠着。サルビアが防戦一方で機を待ち、プラタナスが押し切ろうとする。この状況までなら、本気を出したザクロにだって作れる。実力的に劣っているわけではない。少なくとも、今はまだ。


「……剣技だけでか」


 それでも、彼の胸に湧き出た想いは。ザクロは知らず知らずの内に、愛剣を強く握りしめていた。


 一方、もう1人の愛剣と土の剣を強く握りしめている少年はというと。


「はははははははははははは!すごい!すごいな先生は!」

 

 魔法の嵐の中、いつもは細い銀の眼を見開き、狂喜に顔を染め上げて、剣を振っていた。ザクロとの訓練を盗み見て知ってはいたが、いざ体感となると話は別。ルピナスの稽古で蓄積した多少の疲労などすぐに吹き飛び、まさに今、彼は絶好調だった。


「剣士では訓練にならないと、今までは思っていたんがだがねぇ!」


 魔法の嵐を創る男も、笑っていた。所詮、純粋な剣士。魔法の天才でもあるザクロと違って、さほど対プリムラの訓練にはならない。そう思っていた。思っていたが、それは大きな間違いだった。


「撤回しよう!君の防御力は、あの女と同等以上だ!」


 プリムラが相手でも、こうまで見事に防がれはしなかった。一年前の武芸祭で、多少は被弾させた。これは実に練習になる戦いだった。


 教室を破壊し、見学者2人に劣等感を植え付けた剣と魔法の訓練は、15分近く続いた。帰り道の暗殺を警戒したザクロが止めに入らなければ、彼らは魔力が尽きるまで戦っていたかもしれない。


「楽しかった。ここまで満たされたのは久しぶりだ」


「おお、良かったな戦闘狂。でも、狙われてるのに魔力を使い切ろうとしたのは感心しねぇな」


 ツヤツヤとした顔で瓦礫の上に寝っ転がる後輩の言葉に、呆れ返るザクロ。いくらサルビアでも魔力無しで暗殺者の相手は厳しいだろうに、すっかり忘れていたのだ。


「心地良い疲労感だ。このまま寝てしまいたいねぇ」


「先生。教室の片付けしないとパエ公に怒られますよ」


 魔法で作った椅子で力無くだらけるプラタナスに、ザクロがまたツッコミを入れる。散らかした後始末は彼が行うと、依頼にて定められているのだ。


「すごい音と振動でしたけど、大丈夫でしょうか……?校舎に響いたりは……」


「その辺を考えて、切り離されているのだよ。もしもこれで苦情が来るなら、それはもっと遠くにこの教室を作らなかった学校が悪い。つまり私達は悪くない。完璧な理論だ」


 隔離された上に防音防震はしっかりしてある教室で、その辺は問題ない。ただこの惨状をパエデリアが見れば、怒髪天を突くのは間違いない。


「穴ボッコボコだし、椅子や机粉々だけど」


「それも心配しないで大丈夫だ。数分あれば直せるからねぇ」


「大魔法使いとはすごいのだな」


「わ、私も手伝います……」


 魔法で床に穴は空き、サルビアが何度か盾代わりにした机と椅子は木片に変わり果て。しかし、この世紀末のような教室も、プラタナスの魔法なら数分で元通りになるというのだから驚きだ。今は疲れて動きたくないらしいが。


「そう言えば、サルビア君。君に聞きたいことがある」


「なんですか?」


「ルピナスはどうかね?戦ってみて、思ったことは?」


「……」


 ぐったりしていた教師が背筋を伸ばし、ぐったりしている生徒へと大真面目に問いかけた。それを聞いたルピナスはびくんと震え、一瞬耳を塞ごうとして思いとどまって、サルビアの方をじっと見る。


「今はまだダメだ。実魔応用受けてる他の生徒といい勝負できて幸運。プリムラとなんて夢のまた夢だ」


「うっ……」


 しっかりと答えるべきだと思ったサルビアは身体を起こし、一瞬の思考の後に唇を動かし始める。ただ事実を淡々と、荒れ果てた教室内に吐き出していく。


「弱いというか、戦い方を知らない。先生の攻撃を防いだのも、反射か偶然だと言っていい」


 決して弱いわけではない。生徒の中でも上の下くらいはある。だが、サルビアから見ればまだまだ甘い。戦いに慣れてなさ過ぎるのだ。


「……で、ですよね。ごめんなさい先生。期待に、添えなくて」


「待ちなさいルピナス。話は最後まで聞くものだ。サルビア君のあの顔を見たまえ。いつ話を再開していいか戸惑っているじゃないか」


 それを聞いたルピナスは当然落ち込み、自身に期待してくれたプラタナスへと謝罪する。だが、受け取った教師はサルビアの内心を読み、嬉しそうに話しの続きを促した。


「戦い方は知らない。攻撃への対処が分かってない。でも、技術……技?なんと言ったらいいか分からないけれど、魔法の使い方だけはずば抜けてる」


 再開した評価は褒め言葉ではあったものの、複雑だった。どうやらあまり伝わらなかったようで、少女は相変わらず暗いままだ。


「要は、どう防げばいいかをまだ知らないだけで、対応の手段に関しては優秀にして多種。基礎はないが、応用が完成しているようなものだ。奇妙な話だがねぇ」


 俯いたままのルピナスへ、プラタナスが説明を捕捉する。サルビアも頷く通り、ルピナスは魔法の扱いに関しては間違いなく怪物なのだ。足りないのはそれ以前。どの角度、どの魔法、どのタイミングなど、どのように攻撃を防げばいいかを、理解していない。


 それは戦闘経験が少ない彼女にとって、当然のこと。やったことがない仕事をいきなり完璧にやれと言われても、難しいだろう。


「だから、戦闘の基礎さえなんとかできたら、可能性はある」


 だが、その仕事に慣れたならば、今までに培ってきた経験を活かせるような瞬間が来ることもあるだろう。ルピナスはまさにこれなのだ。戦闘経験を積み、この場所を抜けてから、ようやく彼女は花開く。


「というより、化ける。相手の動きを見て、反射で考えて適切な行動が取れるようになれば」


 適性によって魔法の威力に限界はある。だが、それを補えるだけの、プラタナスをも超える魔法の操作性。これを戦闘で存分に活かせるだけの基礎と経験を、彼女が手に入れたならば。


「世の中ほとんど、ごぼう抜きだねぇ」


 オーガの突進を技術だけで逸らすような。そんな魔法使いの誕生だ。


「ほ、本当ですか?」


「もちろん、魔法陣の発動の隙だとか、問題は多々ある」


 褒め言葉の雨に一瞬で目を潤ませたルピナスに、サルビアは動揺。そんな上手くいくわけではないと念を押すが、


「でも、そういうのを込みにしても、君は強くなれるというわけさ」


 プラタナスの言う通り、例え魔法陣を発動する際に一々隙が生じたとしても、そこらの魔法使いより強くなれる。少なくとも、その可能性は十分にある。これは事実だった。


「っ……!?ありがとうございます!ありがとうございます!」


 言われた評価にルピナスは、何度も何度も頭を下げる。まるでキツツキのような彼女の感謝の表現にプラタナスは笑い、ザクロは微笑み、サルビアは困惑を隠せなかった。


「さて。そろそろお開きとしようか。あんまり夜遅くまで生徒を拘束していると、保護者がうるさくてねぇ」


「じゃあ、すいません。片付けお願いします」


「今日はとても楽しかった。ありがとう、ございました。またお願いします」


 もう日も沈んだと、手を叩いたプラタナスが解散を告げる。疲れた身体に鞭を打って立ち上がり、ザクロは普通に、サルビアは頑張って敬語で敬意を示して、頭を下げて出口へと向かうが、


「ま、待ってください!」


「ん?」


「え、えーとその、感謝とお近づきの印に、これを!」


 ルピナスに呼び止められ、小走りで追いついた彼女に紙を数枚、それぞれ手渡された。丁寧に折り畳まれたそれらを開いて見れば、


「魔法陣?」


「わ、私が描いた魔法陣です!役に立ちそうなのをまとめてみました!」


 描かれていたのは土の槍や盾に鎖、強風などの、使う事が多い魔法陣。ざっと目を通したザクロが感心するほど、剣士を理解したラインナップだった。


「俺は、いい」


「えっ、あっ……!ご、ごめんなさい!いらないものなのに、押し付けるような真似を!」


 だが、サルビアは紙をきちんと畳み直し、ルピナスへ返した。受け取ってもらえず、拒絶されたと感じた少女は卑屈になり、ザクロからも回収しようとするが、


「あー!ちょっと待ったちょっと待った。これはあれだ。サルビアは遠慮してんだ」


「え?」


「ほらサルビア。なんで返そうとしたか、ちゃんと言う!」


 先輩である彼は回収を拒否し、サルビアへと理由を問う。それは、確信をもった上での問いだった。


「……魔法陣って手間かかるし、買うとそれなりにするらしいから」


 楽しそうなプラタナス、縋るようなルピナスの視線に貫かれたサルビアは、内心を渋々と話し始める。


「しかもこれ、授業で見たやつよりも複雑だし、貰うのは悪いと思って」


 紙に描かれている魔法陣はどれも複雑であり、現在確認されている中で最高の適性のものだった。流石に適性云々までサルビアは知らなかったが、それでもタダで貰うには気が引けるものだったのだ。


「でな。サルビア。これはこの学校の授業では教えてくれないことで、本来教えるべきだと俺は常々思ってるんだがな」


 しっかりと目線で断り、ザクロはルピナスの手から魔法陣を受け取って、


「気遣いや贈り物というのは、遠慮せずに受け取るべき時もある。贈ろうとしたものを受け取ってもらえるのは、嬉しいことなんだぜ?」


 サルビアの手に、言葉と共に押し付けた。


「まぁその、なんだ。お前がどうしても嫌だっていうなら、受け取らないのは仕方のないことで」


 しかし、即座に態度は一転。どこか自信なさげに頬を掻きながら、ザクロは親切の押し売りをしてしまったのではないかと悩む。


「……いや、ありがたく受け取る。すまなかった」


 だが、それは杞憂だった。新しく学んだサルビアは魔法陣を受け取り、ルピナスとザクロへと頭を下げた。


「い、いえ!私もその、なんかごめんなさい!」


「大切に使わせてもらう」


「俺もね。何か、返せるものがあればいいんだけど……今度探しとく」


 対抗するように頭を下げたルピナスに、サルビアは誓い、ザクロはお返しを検討し始めて。


「……なるほどねぇ。剣以外、知らないのか」


 そんな3人の生徒の微笑ましい光景を見たプラタナスは、誰にも聞こえないように小声で呟く。先程はサルビアという人物を強欲だと捉えたが、それは一面でしかなかった。


「まるで子供だ」


 己の感情に素直である。気遣いができていないように思えば、時折遠慮したりする。礼儀や常識に欠けている。


「さて、どう成長するのやら」


 剣しか教わらず、剣士としてのみ成長してしまった。このまま欲望のままに強さを求め、その為に剣を振るい、他者を巻き込み、誰かを傷つける剣士となるか。はたまた、この学校で何かを学び、誰かを守る為に剣を振るい、他者を救う騎士となるか。


「他の2人も、実に楽しみだあね」


 遅くはあるが、必ず迎えるであろうサルビアの成長期。世界中に劣等感を抱く少女と、器用貧乏な天才の葛藤。それらがどのような模様を織り成すのかと、プラタナスは心を躍らせた。


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