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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
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第6話 実魔応用




 鐘が鳴り終わった世界に、静寂が満ちる。お喋りも物音もない、静かなる空間。この教室の主人は、彼だ。


「まさか新入生はいないと思うがねぇ?仮にいるなら、手を挙げてくれたまえ」


 恐ろしさすら感じる、有言の圧力。冷やかしや野次馬、実力の足らない者は出て行けと、彼の魔力が口にしているようだった。


「し、失礼しました!」


 慌てて立ち上がった数人の生徒が、逃げるように外へと出て行く。残った新入生はサルビアとフードを被った生徒と、他4人のみ。


「……」


「よろしい。こんなにいるとは驚きだが、まぁいい。まずは君達の適性や魔力、技術を観るとしよう。安心したまえ。休みの間にたるんでないか、上級生の技術も観てやるとも」


 プラタナスは手を広げ、教室全体に笑いかける。その笑みに新入生には緊張が、上級生には震えが走った。緊迫の最中、彼は話を続けながら歩みを進め、最寄りの新入生の前に立つ。


「魔力量は中の上。適性は?」


「炎が高めで、他は大体その、普通より少し上くらいです!


「普通な人間は大体、見栄を張って少し上と言う。さぁ君、私に魔法を撃ち込んでみなさい」


 じろじろと観察し、特に興奮も落胆もすることなく、プラタナスは生徒の魔法の才能を評価する。そして最後に彼は、諸手を挙げて魔法を撃ち込むように促した。


「えっ?」


「早く。君が一番自信のある魔法で、殺す気でだ」


 最初の授業の最初に、いきなり教師に魔法を撃ち込むよう促されるなど、夢にも思ってなかったらしい。生徒は戸惑いの表情を浮かべるが、プラタナスは眉を釣り上げ、再度挑発を繰り返す。


「は、はい!」


 言われたのなら、撃つしかない。立ち上がった生徒は手をかざし、火球の魔法を発動させる。圧縮された灼熱の球が一つ、大気を歪ませながらプラタナスへと迫る。


 得意というだけあって、新入生にしてはなかなかの発生速度である。その上超至近距離だ。とてもじゃないが、今から障壁を展開して間に合うわけもない。


「遅いねぇ」


 だが、プラタナスは遅いと言った。障壁では間に合わなくても、障壁以外の魔法ならば。化け物じみた技術と練度の高速発動ならば。軽々と追い越し、易々と打ち消してしまった。


「……」


 魔法を放った生徒も、見ていたサルビアは固まった。朝に斬り合ったとプリムラとほぼ同速。いや、ほんの僅かの差でプラタナスが早いか。そもそも発生の早さだけではない。火球の魔法と見抜くまでの時間の短さ。火球が周囲に飛び散らないように風魔法の檻で閉じ込めて、完全に威力を殺し切る精密な操作性。状況に適した魔法の選び方と、その判断の速さ。


「溜め過ぎだねぇ。発動も遅い。操作ももっと複雑化できるし、量も速さも質もまだ余地がある」


「あ……はい」


「このように」


 手を動かすことも、身じろぎすらなかった。ただそこに立っているだけだというのに、プラタナスの背後に火球が現れていた。生徒のそれなんかとは比べ物にならない早さにして、大きさ。


「使用した魔力量は一緒。適性の差はあるにはあるが、それよりは練度だねぇ。使い足りていない。もっと一回一回意識して使わないと。ただ使うだけじゃもったいない。人生は有限だからねぇ?」


「……はい」


 新入生なのにいきなり実魔応用に来るほど、自信のあった生徒だ。圧倒的なまでの力の差を見せつけられ、今まで褒められてきた才能が井の中の蛙と知った彼の気持ちは、如何なものか。握られた拳と潤んだ瞳が、それを物語っている。


「どんどん行くとしようじゃないか」


 誰もが身構えた。一年近くこの授業を受けているはずの上級生も、祖父からしごきを受けてきたサルビアも例外なく。緊張と静寂の中、プラタナスは悠々自適に己の王国を歩き回り、新入生の心をへし折っていく。


「緊張しているのかな?そうであってもそうでなくても、うん。論外だねぇ。私の授業についてこれるかな?」


 彼はただ、事実のみを述べる。悪意もなければ世辞もない。故に、憧れともいえる世界有数の魔法使いからの言葉は、心に深く突き刺さる。


「なぜそんな非効率な発動方法を?これしか習わなかった……もっといい発動方法がないか、疑問に思って探さなかったのかねぇ?」


 下手な反論は逆効果。生徒達は普通に生きてきただけだ。教わった範囲内で優劣を決め、教わった範囲内の知識しか持たなかった。教わった範囲内で褒められ、自信を付けて生きてきたのだ。


「野次馬なら、帰って基礎から学んだ方がいい。一年間死ぬ気で努力すれば、ここに来れるかもしれない」


「そ、そんな……」


 だが、それでは彼に認められない。魔法が好き過ぎて学校の授業では足りなくて、自分から開拓しにいくような変態でもない限り。いっそ狂っていると言われるほどの、修練を積んだものでもない限り。


「まぁ別に、君のやりたいようにするといい。問題でも起こさない限り、君を追い出すつもりは私にはない」


 ここに来て、サルビアはようやく理解した。実魔応用を受ける為の紙の試験はない。だが、プラタナスに気に入られるか。そして彼の評価に心が耐えられるかという、試練はあるのだ。


「頑張りたまえ……さて、次は君だ」


 4人の新入生が俯いて、次はサルビアの番だった。机の前に立った彼の、昆虫のように無機質な眼がサルビアを舐める。


「適性は全属性、それなりにあったはずです。視れば分かると思いますが、魔力は中の下ほどだと思います」


「ふぅむ。確かに多くもないが、少なくもない……中の中くらいといったところかねぇ?さぁ、適性を見極める意味合いを込めて、君の魔法を見せたまえ」


 だが、サルビアはその瞳に怯えることなく、自分の情報を正直に告げる。それを聞いたプラタナスはあながち間違いでもないと何度も頷き、魔法の使用を促した。


「いいんですね?」


 サルビアは立ち上がり、邪魔な机をどかして、万が一に備えて確認をとる。そう、こんな形で殺してしまうという結末を避ける為に、わざわざ殺気を解放して問うたのだ。


 先に心折られていた新入生達は、嘲笑した。天才と呼ばれてきた自分達ですら、絶対に敵わないと思えるプラタナス相手に、魔力も並程度の男が何の確認をとっているのかと。


「もちろんだとも。君は最初に見た時から、特別待遇だ」


 しかし、それは間違いだった。プラタナスはぞっとするような笑みを深め、サルビアの実力を一目で見抜いたと言ったのだ。見抜いた上で、魔法障壁を張らずに手招きしたのだ。


「プラタナス先生!念の為、障壁くらいは」


 この場で唯一サルビアの強さをよく知っているザクロが慌てて止めに入るも、時はすでに遅く。


「遠慮なく」


 鈍いこげ茶色の線が、空間に刻まれる。それは紛うことなき斬撃。魔法で作られた、土の剣による瞬きの間に両断する一太刀だった。


「は、はぁ!?」


 周囲は大いに口を開けた。魔法の授業だというのに、あろうことかその男は剣を振るったのだから。誰もが魔法による攻撃だと思う中、彼は魔法で作った剣による剣術を振るったのだから。


「ほぉら。障壁はいらなかっただろう?追撃されたなら、別だがねぇ」


 不意を打ち、目にも留まらぬ速さだったその剣を、プラタナスは二枚重ねた土の盾にて、完璧に受け止めていたからだ。剣については素人の他の生徒ですら圧倒的と理解したサルビアの剣を、いとも容易く涼しげに防いだからだ。


「しかしまぁ、恐ろしいよ。札を一枚切らされた」


 とはいえ防いだ本人は困ったように、服に仕込まれた魔法陣をひらひらと振っていた。一枚では足りないと判断した彼は咄嗟に魔法陣を起動させ、盾を足したのだ。


 そして、それが差だった。プラタナスの魔法は確かに凄まじい。速度も強度も、今朝戦ったプリムラとほぼ同等。だがそれ故に、彼女との差が顕著に現れてしまう。


 プリムラなら、反撃まで手が回る。魔法枠が陣を合わせて二つのプラタナスでは、止めることしかできなかった。


「素晴らしい魔法だねぇ。惚れ惚れするよ。ここまで綺麗な土剣魔法は見たことがない。私ですら、これを一瞬でとなると苦労するだろう」


 そんなサルビアの思考に気づかないまま、プラタナスは盾に食い込んだ土の剣を絶賛し、撫でて愛でる。彼の言う通りサルビアが作った魔法製の剣は、驚異的な完成度を誇っていた。


「弱点である脆さや耐久に関しては、魔法による修復で誤魔化している。打ち込んで即座に修復で、まるで新品のようじゃないか」


 さすがに金属の剣ほどの硬さはない。故に魔法によって作られた剣は、数回斬る度に細かい修復をするのが常識である。戦闘の邪魔にならないよう、隙を見て魔法の枠を一つ使うのだ。または相手が修復する瞬間を、隙として狙うのだ。


「いやはや。剣術をただの棒振りと思っていたが、訂正しなければならないねぇ。魔法を組み合わせれば、ここまでのものになる」


 剣の創成も修復も、プラタナスは化け物と評した。どれもが素早く、綺麗であり、丁寧であり、完璧だった。剣の天才が、数え切れない数の剣を振った。その中で作られ、修復された無数の魔法剣の経験の積み重ねが、この完成度だった。


「……まるで、魔法が上みたいな言い方ですね」


 しかし、サルビアは褒められたことをさほど喜びはしなかった。むしろその逆。プラタナスの口々から滲み出る格付けに、声を尖らせるほどの苛立ちを覚えていた。


「ははははっ!そうだろう?斬るだけしかできない剣より、奇跡を起こせる魔法の方がずっと上だとも。試してみようなどという野蛮な発想はやめたまえ。私に勝とうが、それは魔法の敗北ではないからねぇ」


「じゃあ、どうすれば上だと。あるいは同格と認めますか?」


 プラタナスの煽るような口振りに、サルビアの苛立ちは増幅していく。思わず剣の柄に手をかけ、殺気を振りまくほどに。


「やめとけってサルビア!どう思うかは人それぞれだって!」


 危ない雰囲気を察した周囲は怯え、焦ったザクロが2人を止めに入る。この場で本気で戦えば巻き添えが出るだろうし、何より授業どころではなくなってしまう。


「そうだねぇ。時間を戻し、死者を蘇らせ、世界を救ったのなら、考えるとしよう」


「いつか必ず、全部やりますから。見ててください」


 かろうじて最後だけは可能性があるものの、どれも剣には無理としか思えない。それでもサルビアは一歩プラタナスに近づき、張り合うように約束を交わした。


「先に私の寿命が来るんじゃないだろうかねぇ?」


「おや?魔法は寿命を超越できない……?剣ならばいつでも不老不死になれるのに?」


「ははははははは!なってみたまえ!それでも認めるとしよう!」


 生徒の鋭い切り返しと馬鹿な嘘に、剣の不可能を信じるプラタナスは明らかに見下した笑いを爆発させる。未だ緊張は続くものの、殺し合いの空気ではなくなった。


「2人とも負けず嫌いが過ぎないか?ベロニカさんがこの場にいなくてよかったよ」


 それを察したザクロは、安堵の息を吐くと同時に呆れ返る。こうも張り合う性格のぼっちゃまなど、気苦労は絶えないことだろう。胃が削れ過ぎて吐血する保護者の姿の浮かび、思わず眼が潤んでしまう。


「剣と魔法、どっちが強いかはひとまず置いといて、俺は個人的に貴方と戦いたい」


「……本当にベロニカさんがこの場にいなくてよかった。予想は出来てただろうし、そもそもこの授業に連れてきたの俺だけだけどさ」


 入院して寝台に横たわる姿まで、ザクロは容易に想像できてしまった。一方、そんなことは知らぬと柄に手を当て、鞘を揺らしてプラタナスを煽るサルビア。強者と戦い、下し、高みへと登りたい欲求に、どこまでも素直な男だった。


「お誘いはありがたいがねぇ?それは然るべき時までお預けだ。今は一応、授業中だからねぇ。何より、最近は忙しい」


「……何で、忙しいんですか」


 だが、プラタナスは時間がないことを理由に、その要求をあっさり拒絶した。断られ、顔をむすっとさせたサルビアが更に理由を問い詰めるが、


「あの女を打倒し、誇りを粉々に打ち砕き、私の誇りを取り戻す戦いの準備だ。もう半年しか時間がないのだよ」


 彼の目に宿る狂気といっていい執着を前に、少年は息を飲む。そこに全てを賭けているような、余計なものを削り落としてきたような、純粋な声音だった。


「そこでだ。提案なのだが、ザクロ君と共に私の依頼を受けないかねぇ?」


「え?」


 次に純粋な声音をあげたのは、驚いたサルビアの方だった。依頼とはどういうことなのか。分からなかった彼は、ザクロに銀の視線を向ける。


「あー……最初はそのつもりもあったんだけど、ベロニカさんの胃が心配で、やっぱり黙ってようかなって」


「どういうことだ先輩。何を黙る。依頼とはなんなんだ?」


 力無く笑ってぼかした弁明にサルビアは、2人が何やら楽しげなことをしていると確信する。そしてそれがどうにも、嫌だった。


「先生先生。今は授業中だし、最後の1人待ってるし、あとは終わってからにしない?」


 ザクロは後輩の追求を真正面から受け止めることを避け、プラタナスへと露骨な話題そらしを提案する。


「それもそうだねぇ。では、また後で」


「なっ!?……必ずだぞ」


 言葉通りの意味で受け取った彼は、話を中断。ショックを受けたサルビアを他所に、最後の新入生へと近づいていく。フードを被り、女性以外の何も分からない、彼女へと。


「私は野菜と酒が好きで、いつも肉と魚を先に食べる。お楽しみを最後にとっておく主義というやつだ……君は何者かねぇ?」


「……!?」


「ま、まじ?」


 サルビアとプラタナスだけが見抜いた、なにかを持つ彼女の側に、彼は立つ。他の生徒はざわめき、ザクロは腰を抜かしかけた。サルビア以上に、プラタナスが楽しみと判断したなど。


「名前は?」


「……あ、あの、私……言わなきゃ、ダメですか?」


 全員からの視線を受けたフードはびくっと飛び跳ね、名を尋ねられれば拒否しようとした。前科持ちか、訳ありか。無理に出したような声に、更に謎が深まったと生徒達が思う中、プラタナスだけは別の反応を見せた。


「気のせいかな?なぜか、その声を聴くと苛立ちが募る」


「お前、まさか」


「えっ……あっ、それは、その……!」


 サルビアが今朝聞いたばかりの声に、よく似ている。少し低いし、早口だが、それでもそっくりだ。プラタナスが額に血管を浮かべるほどに、似ていた。


「私の授業を受けに来るとは、宣戦布告と受け取ってもいいね?諸君。今日の授業内容を発表する。2人一組で実戦練習だ」


「先生、落ち着––」


「組は各々勝手につくりたまえ。私は、この女を殺る」


 正体を察したプラタナスが本気で発動させた魔法と、再度止めようとしたザクロの声が重なった。予言通りの事態で、声は出せた。でも、間に合わない。まさか、実魔応用の教室に彼女が来るだなんて予想外にも程があった。こうなることは明らかだったのに、なぜ来てしまったのか。


「前にも言ったからねぇ。次に会ったら、必ず勝つと」


 学長に説教され、彼女もむしゃくしゃしていたのだろうか。憂さ晴らしのからかいのつもりだったのだろうか。その結果がこれだ。こうなりたい、つまり、殺し合いたいから教室に来たとプラタナスに思われ、彼に全力の魔法を叩き込まれた。魔法陣も合わせた炎の二重発動が、別館そのものを揺るがすほどの衝撃を発生させる。


「うっ……!」


 彼女は咄嗟に二つの陣にて水魔法を発動させるも、威力を殺しきることはできず、無様に地に転がった。身体を丸めたその姿は、なにかに耐えるようだった。


「素晴らしい魔法の才能がいると思い、喜んでみれば貴様だったとは。まだ戦えるだろう?そんなものではないは……なぜ、魔法陣を使った?」


 得た優位を無駄にするつもりはなく、プラタナスは追撃の魔法を即座に装填。いざ放とうとしたところで、彼女の防ぎ方に違和感を覚えて立ち止まる。


「今のは三重ではなかった。二重だった。なのになぜ、魔法陣を二つも使った?」


 プリムラの魔法の枠は元より二つ、陣を足して三つだ。二重発動なら、彼女は魔法陣に頼る必要はない。他の魔法を使った視覚外からの不意打ちを考えたが、それもない。そもそも魔法陣を二つも使う必要は、魔力の節約以外に考えられない。だが、節約が必要な時間かと問われれば、そうとも思えない。


「私をからかっているのかねぇ?魔法陣だけで、勝てるとでも?」


「あっ……もしや、この子が噂の?」


 これは新しい煽りだろうか。そう考えたプラタナスが一歩近寄ったところで、何かを思い出したザクロが声を上げた。何人かの生徒も同じように何かに気付いたようで、フードの女性をじろじろと観察している。


「先生。この子、プリムラ・カッシニアヌムじゃないですよ」


「どういうことだい?確かに戦い方はおかしかったが、魔力の質も声もどう考えてもあいつじゃないか」


 割って入ったザクロに告げられた言葉を、プラタナスは受け入れられなかった。自分の知るプリムラとフードの女性とで、似ている点が多過ぎたからだ。


「ほら、顔もこの通り。いつもの見るだけで食欲は失せ、殺意が……貴様は誰だ?」


「きゃっ!?あ、いや……」


 だが、風魔法でめくったフードの下の顔が違ったのならば、彼も別人だったと認めざるを得ない。例えそっくりであったとしても、どこかが違う。勝気で高飛車な性格が顔に出ていたプリムラに比べて、目の前の少女は臆病すぎる。何より、プリムラの白髪はこんなに長くはない。


「や、やっぱり、こうなっちゃいましたよね!すいません!出て行きます!不快にさせてごめんなさい!授業を中断してごめんなさい!では!」


 しかし、女性は問いに答えることはなく。何度も頭を下げ、聞き取れないような早口を残し、風のように教室から去っていった。


「あいつが例の……にしても早口過ぎないか?なんて言ったんだろう?」


「さぁ、早過ぎて、ごめんなさい以外はほとんど聞き取れなかった。そこだけ慣れてるのかな」


 その早さとぼそぼそさに、数人の生徒が肩を傾げる動作で嘲笑する。いや、正しく言うならば、嗤った本当の理由は別にある。


「……どういう、ことだ?」


「先生、知らないんですか?」


 ひそひそ話が蔓延する中、理解の追いつかないプラタナスは呆然と立ち尽くすばかり。彼は、知らなかったのだ。


「あの子はプリムラ・カッシニアヌムの妹ですよ。姉に比べて、適性無しで有名な」


「妹……似ているわけだねぇ。それに適性無しとは、あの?」


「そうです。魔法の適性と枠が無いという、先天的な」


 仇敵に妹がいたなんて、知らされていなかったのだ。プリムラという名前を聞いただけで機嫌が悪くなるプラタナスを恐れ、教師陣が意図的に情報を一部遮断した結果である。


「となると、あの子が例の」


 故に名前は知らなかったが、適性も枠も無い入学者がいることはプラタナスも知っていた。彼女がなぜこの学校に入れたのかもまた、知っていた。そして今、この目で見て知った。


「諸君。悪いが待っていてくれ。私は彼女を追いかける」


「えっ!?」


「ま、行った方がいいですよね。待っときますよ!」


 まさかの授業中断に、サルビアを含む生徒達の驚きの声が重なる中、例外のザクロだけは教師の背中を押していた。その言葉を受けたプラタナスは強化を発動させ、ドアを風魔法で壊れんばかりの勢いで跳ね開けて、教室の外へ。


「……俺もう、この授業取るのやめようかな」


「耐えてたけど、あの理不尽さにはもうついていけねぇわ」


 残された生徒達が話すのは、プラタナスに対する不満。彼らは本気で魔法を学ぼうと思っている、この学校でも成績の優秀な者達だ。難しく、当たり散らすようなプラタナスの授業に、辟易しながらもなんとか着いてきた者達だ。だがしかし、彼らの不満は蓄積され続けており、今回でついに我慢が限界を越した。


「なんで魔法の才能がない奴の為に、授業を中断されるんだ……?」


 彼らは優秀だ。優秀であるが故に、プライドが高い。下に見ている存在のせいで授業を中断されたのが、嫌だったのだ。


「別にいいんだけど、枠が無いのに実魔応用こられると、ねぇ?」


「着いていけないでしょ。さすがに。なんで先生も追いかけたんだか」


 しかし、何も彼らだけが悪者ではない。魔法の枠が無い新入生が、こんなハイレベルな授業に混じるなんて非常識なのだ。面と向かっては言わないが、裏で陰口を囁かれるような、身の丈に合わない出来事なのだ。


 1人が不満を溢せば、あとは芋づる式。濃密でありながらも酷い授業に対する、日々たまり続けていた思いを生徒はぶちまけ始めた。新入生だって、心を折られる上にこんな授業ばかりなのかと顔を曇らせてしまった。


「こりゃ、残るのは俺達だけになりそうだな。ま、戦う時間が増えるのはいいことだけども」


 ザクロはそんな当たり前の生徒達の行動を、一歩引いた位置で腕を組んで眺めていた。別に人が減っても構わないと彼は思うが、この空気は余り好きではなかったのだ。


「ああ。とてもいいことだ」


「え?」


 しかし、隣のサルビアは違った。他の生徒のことなんて、既に視界の端にすら映していない。思考の中に欠けらもいやしない。彼はフードの女性がいたところを見て、歓喜に顔を歪ませていた。


「見ただろ?」


「え?ああ」


 フードの女を嗤う笑みではない。ザクロやプリムラと戦った時のように、強者を見つけたことに対する、歓喜だ。


「あの女、プラタナス先生の魔法陣を受けて、かすり傷だ」


「……そういえば」


 先ほど起こった事件にして事実を確認し、ようやく気付いたザクロも声をあげる。誰もが、女の出来損ないという面に気を取られていた。プラタナスが吹き飛ばしたという、彼が優勢である事実しか見ていなかった。


「ああそうだよ。遅れて反応して、咄嗟に魔法陣でほとんど打ち消したんだ。この国で一、二を争う男の本気の魔法を、魔法陣で」


 もっと細かいところに目を向ければ、彼女が強者であるなどすぐに見抜けたのに。最初から弱者と決めつけ、見下していた者達は気付かなかった。何も知らなかったサルビアだけが、気付いた。いや、この場でひそひそ話に参加しておらず、教室の扉を眺めている数人も、気づいた者なのかもしれない。


「じゃ、じゃあさっきの生徒は、勉強だけができるんじゃなくて」


「最初に見た時に、先生と間違えたわけだ……なぜか動きが素人臭いから、分からないのも無理はない」


 おかしいと、サルビアは思っていたのだ。遅刻すれすれで部屋に入ってきた彼女の、素人に近い動きをなぜ、先生と勘違いしたのか。今やっと謎が解けた。


「なぁザクロ先輩よ。この学校は、本当に面白いな」


 彼女を見下すやつらよりもずっと、彼女は魔法が上手い。例え歩き方が素人のようであっても、魔法の操作は間違いなく怪物のそれ。その確信にぶるりと身体を震わせ、舌なめずりをしたサルビアの瞳もまた、怪物のそれだった。


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