第5話 お説教
さすがにベロニカに迷惑をかけ過ぎた自覚は、サルビアにもあった。だから、今日はきちんと授業に出ることに決めたのだ。強化まで使って走って、遅刻しなかった。むしろ早く着き過ぎた。
「いくら大貴族とはいえ、学校としては困る。これだけ問題を起こされては」
「……」
それが災いして、彼は後悔した。授業開始までまだ時間があるからと、サルビアとザクロは男性教員休憩室にて、中年の教師から説教を受けていた。
「いやぁでも。俺らが問題起こしてるっていうより、問題の方からやってくるというか」
「ほう……?では何が問題か、分かっているのか?入学式をサボって、その次の日には街中で殺し合い。まだ学校始まって二日目で、前代未聞だ」
机を一定間隔で叩き、手元の書類を読み上げてため息を吐く教師。未来の問題児なのは間違いないし、どちらも並の教師では抑えられないくらい強い。更に片方は権力者の孫の大貴族ときた。苛立ちを覚えて無理もない。
「プリムラはお咎めなしすか?」
「ヤグルマギク学長が直々に叱っておるわ!良かったな貴様ら!あっちは長いぞ!授業に間に合わせるよう、私が回収に行くくらいにな!」
「うへぇ」
二日目が問題だと言うのなら、プリムラも同罪だろう。不満そうに口を尖らせたザクロに、教師は半ばヤケクソ気味になりながら吠える。それを聞いたザクロは、彼女への同情を禁じ得なかった。
「ほら。先生も言う通り、学長の話ってつまらないじゃないですか。しかもですよ?俺らその間に超巨大動骨の痕跡発見して、それの報告したんです。めっちゃ人の役に立ったんです。依頼主に確認取ってもらっても結構です!」
「確かに、昨日の話もつまらないし長かった。だが、そういう問題ではない。きちんと従い、出席することに意味があるのだ」
校長の話を聞くよりは、騎士らしいことをした。そう胸を張ったザクロに、教師は少し認めそうになってしまう。しかし、続けた言葉はある種の正論だった。
「確か2人とも騎士の志望だったな?戦場で命令を聞かない兵士などいらん。命令に背くなど、恥を知るべき行いだ!」
命令をきちんと聞かず、独断行動をとる兵士は和を乱す。もちろん、命じられたことが自殺などであるならば、反逆の余地はあるだろう。命令に背いたことで、より多くを救うこともあるだろう。しかし、気をつけや式典への参加といった命令や職務を聞かないような兵士は、どうだろうか。
線引きの問題ではある。教師は入学式の参加を簡単な命令で、絶対の義務と思っていた。サルビアとザクロは校長の話を聞くより、魔物を狩った方が良いことになると考えた。同じ命令でも、人によって差異が生じたのだ。
「更に酷いのは二日目だ。いいか?騎士が殺していいのは、誰かを守る時だけだ!己の欲望を満たす為に殺し合うなど、断じてあってはならん!」
教師の正論は続く。今度はサルビアもザクロも言い返すことなく、完全に沈黙。ザクロは教師の言う通りだと思ったから。サルビアは、教師の言うことが理解できなかったから。
「で、でも先生。あれは殺し合いではなく、互いの力を測り合う一種の儀式のような」
「例えそうであったとしても、周囲の人には分かると思うか?街中で魔法を放ち、剣を抜いた生徒がいると苦情が来ている」
ザクロとプリムラの顔の広さが災いした。制服なんてない学校なのに、2人の顔で特定され、苦情が送られて来たのだ。一体どんな教育をしているのかと。
これは決して、悪質なクレームではない。いきなり大通りで戦闘が始まったなら、周囲の人は巻き込まれる可能性に恐怖する。日本の大通りで突然、銃の撃ち合いが始まったようなことなのだ。誰にも弾が当たらなかったとしても、それはあくまで結果論に過ぎない。
「生徒の割に強いのは分かる。戦いでお互いの強さを測りたくなるのも、分からなくはない。しかし、それを強者故と言うな。自らの強さを逃げる言い訳に使う人間は、騎士ではない」
「うっ……はい」
「……」
騎士は民を安心させる存在であり、恐怖させる存在ではない。騎士にとって強さとは、守る為に用いるもので、言い訳に使うものではない。どれもがぐぅの音も出ないほどの正論だった。
「貴様らは強い。そこらの騎士などとは、比べ物にならんだろう。だが、心構えがなっとらん。ここではそれを学べ」
いたずらに力を振るう者は、賊と何も変わらない。騎士になる為に必要なのは、強さだけではない。それを教えるのも学校の務めだと、教師は入学間もないサルビアに授業に出る意味を説いた。
「俺は、強さを求」
サルビアの反論は、ドアを閉じた音でかき消された。開けた音ではない。ドアがいつのまにか開いていて、それを誰かが閉めたのだ。
「いいことを言いますね。パエデリア先生。給料を上げましょうか」
「「が、学長先生!?」」
そう。全員が振り向けば、プリムラを叱っているはずの学長の姿が。白髪と髭を揺らして、ニコニコと微笑んでいる。扉を開いた音はせず、彼がわざと立てた音が聞こえるまで、誰もが存在に気づかなかった。
「カッシニアヌムを叱っていたはずでは?」
「いやはや。つまらないし長いと、途中で抜けだされてしまいました」
「ひ、引き止めなかったのですか!?」
笑って首を振ったヤグルマギクに、パエデリアは手を振り回して突っ込んでしまう。ザクロは学長相手でも逃げるプリムラの精神に笑い、サルビアは自分もそうすれば良かったと後悔で顔を歪ませた。
「あれはなかなかに拗れていますなぁ。どうやら、一筋縄では行かないらしい」
「「っ!?」」
しかし、そんな二人の甘い考えはすぐに消えた。ヤグルマギクが隠し損ねた、たった一瞬の圧倒的なプレッシャーに本能が警鐘を鳴らしたから。
「ほら、もうすぐ授業が始まりますよ。パエデリア先生。今日はここまでで」
「は、はぁ。二人とも、もう出ていいぞ」
まさか学長より話が長かったなど、パエデリアは夢にも思ってなかったらしい。その証拠に、彼はどこか呆然とした様子で、ザクロとサルビアに退出を促した。
「はい」
「……はい」
ザクロは敬意を示すようにはっきりと。対照的に、サルビアはあまり心のこもっていない声で答え、授業へと向かう。
「……天才というのは本当に、一筋縄でいかない人種ですなぁ」
扉は音を立てて閉じ、天才の足音は少しずつ離れていく。彼らの耳には届かないと確信できる距離まで離れてから、ヤグルマギクはしみじみと呟いた。苦労しているとも、楽しんでいるとも取れるような声音だった。
「ええ。常識から大きく逸脱しています。しかしまぁ、その考えだとザクロはだいぶ凡人よりになってしまいますね」
ザクロはサボり癖こそあるものの、その他の感性は比較的凡人に近い。彼は浅いなりに、ものを考えるタイプだ。制御できないサルビアやプリムラ、プラタナスとは違う。
「いやいや。彼も癖のある天才ですよ。強さの天才ではないかもしれませんが、強くなれる天才です」
「本当ですか?」
「ええ。もちろん強さに才能は関係しますが、強くなれるかどうかについては、心の持ちよう次第ですから」
だが、いずれザクロも彼らに追いつくと学長は言った。彼は努力は才能を超えると信じているが故の言葉だった。
「……私はもう少し、現実的な人間ですので」
とはいえそれはヤグルマギクの考えで、人の数だけ考えがあるのが世の常。パエデリアは努力だけでは超えられないこともあると思っているが故に、学長の言葉にも頷かなかった。
「まぁ、その気持ちも分かります。特にサルビア君とプリムラ君を見ているとね。昨日のことは?」
「ええ。聞きました。昨晩襲撃に遭い、それを返り討ちにして斬り殺したと」
学長は彼の考えを否定しなかった。ならば、どちらかが正しいかなど水掛け論で、それを分かっている2人は話題を変えた。ついさっき、学校に届けられた知らせだ。
「初の殺人だというのに、容易く躊躇いもなく」
「戦場では必要なことですが、騎士としてはもう少し躊躇して欲しかった」
良くもあり、悪くもある知らせだった。戦場や殺し合いにて、殺人への躊躇いは隙となる。サルビア本人の生存を考えれば、ない方がいい。だが、誰に対しても一切の容赦がないのは、騎士の象から離れている。
「通過儀礼の心配は、ないようですなぁ」
「……ええ。学生の間にアレを乗り越える人間も少なくはありませんが、余りにも簡単に乗り越え過ぎです」
騎士となった者全員が受ける、通過儀礼がある。そのあまりの辛さに、騎士を辞める者が毎年出る儀式だ。それをサルビアは、いとも容易く終えてしまった。
「心配なのは彼自身……そして、今は学校ですね。警備会社への増員、騎士団への見回りもお願いしています。そういえば先程、カランコエ騎士団も人手を出してくれると、ベロニカ殿から連絡が」
暗殺が差し向けられたことも重大な問題だ。標的であるサルビアはもちろん、他の生徒にも危害が及ばないよう、学校は厳戒態勢を敷いている。
「ほっほっほっ……脳まで筋肉のように見えて、狡猾ですなぁ……いやぁ、小狡いことに秀でていると言うべきか。『蛇』の名は貴様にこそ相応しいわ」
「……ヤグルマギク学長?」
連絡を聞いていきなり笑い出した学長の姿を見たパエデリアは、思わず彼の名前を呼んでしまった。温厚な学長にしては非常に珍しい、本物の怒気。一線から退いた老兵が垣間見せた、英雄としての側面。
「うちの生徒を巻き込んだこと、必ずや後悔させるぞ」
ぞわりと、背筋を毒蛇が這い上がるような。今にも牙が突き立てられる。ヤグルマギクの怒りに、パエデリアはそんな瞬間を幻視した。
「見ていろハイドランジア。貴様の孫は、立派な騎士になる」
モンクスフード学園学長、ヤグルマギク・コーディック。かつて『剣聖』ハイドランジア・カランコエと最強を競いし、『蛇刀』と呼ばれた英雄である。
「パエデリア先生。あとでベロニカ殿を、学長室まで呼んでください」
数時間後の昼時。校内の部屋や設備の案内、使用時のルールなどの説明が終わり、サルビアは晴れて自由の身となった。何やら用事が出来たらしく、口煩いベロニカもいない真の自由だ。
「とりあえず、気になる授業に出てみなさいか……ふむ」
今のサルビアはお試し期間である。どの科目を取るのかを決める為の、体験授業の一週間だ。その間に気になる授業に出て、どんな感じかをある程度把握して、自分の取りたい科目を選択できるのだ。
「剣術系は出来るだけ体験しに行こう。うん。知らない技とかあるかもしれない」
もちろん必修の授業もあるし、全部の授業に出ることは不可能。担任に相談することで、将来や望む配属先、自らの戦闘スタイルを考えて、取った方が良い科目を教えてくれる。ここの生徒はそうして、自分だけの時間割を作っていくのだ。
「問題はその他だ」
しかし、剣だけというわけにはいかないだろう。故に、サルビアは頭を悩ませる。一体どの科目を選ぶべきか。どれが一番、自分の為になるか。頼りない新任担任のランタナから配られた書類を読み、良さげな科目をチェックしていく。
「まずは例の科目だな……ん?魔法学応用を一年で受けるには、試験の突破が必要なのか」
サルビアが唸った通り、一年生がいきなり応用の授業を受けることはほぼない。まずは基礎の授業を受け、階段を一つずつ登るのが常である。もちろん、類稀なる才能の持ち主や、他の学校で単位を取得しているなどで授業についていけると判断された場合、特別に許可が下りることもあるにはある。
「と思ったら、実魔応用には試験がないのか」
しかし、中には一年だろうが上級生だろうが、関係なく同じ授業をする特殊な科目が存在する。その一つこそ、サルビアが誘われた『実魔応用』。
この科目は積み重ね方式ではなく、数回完結型の授業なのである。故に、上級生と新入生の授業は一緒で、同じ時間に同じ部屋で受けることになる。
客寄せの授業でもあり、年齢による積み重ねよりも、才能に左右される科目故の措置だろう。
「どれくらい強いのか。実に楽しみだ」
試験もなしにいきなりハイレベルな授業に参加できるなんて、なんたる吉報か。慣れない新入生を押し退け、上級生の群れを掻き分け、歓喜のままサルビアが辿り着いたのは、外に出て少し歩いた別館。『実戦魔法応用』と書かれた札が吊り下げられた、教室の扉の前だ。少なくも多いわけでもない人数が、椅子に座って授業の準備をしている。
「おっ!来たなサルビア!こっちだこっち!」
「人数はこんなものか」
右端の席にいたザクロへ近づき、サルビアは問う。強者が戦う術を教えてくれるというのに、大勢押し寄せていないことが純粋に疑問だったのだ。世界でも有数の強さを誇る教師の講義など、人が群がって当然だと思っていた。
「あー。いや、まぁ。絶対に、プラタナス先生の前ではそれを話すなよ?」
「ああ。約束する」
やはり、何やら事情があるらしい。質問されたザクロはぎょっとし、周囲に本人がいないことを確認してから、ひそひそ声で話し始めた。
「昔はめちゃくちゃ大盛況だったんだがな。なにせこの別館全部プラタナス先生用の建物だし」
「ふむ」
この三階建の別館一つそのものが、プラタナスの研究室と実魔応用の教室であるらしい。実戦形式をやるのだから、広くて音を出してもよい場所を彼が要求したそうだ。そしてそれを受け入れられるほど、彼の授業に価値があると学校も認めていた。
「武芸祭で、プラタナス先生が負けたって言ったろ?」
だが、その価値はある日終わりを迎えることとなる。事の転機は去年の武芸祭。
「言ってたな。さっき会った女に負けたと……まさか、それで減ったのか?」
「いや、その直後は増えた。負けた後にどんな授業するのかって興味津々の物見遊山。で、こっからは予想通りに、面白いくらいにどんどん減っていった」
生徒に負け、地位も名誉も誇りも失った人間がどんな授業をするか。野次馬で授業を受けに来た者達は、大いに後悔する羽目になった。
「不機嫌極まりなくて、当たり散らすわ難しい問題ばかり投げかけてくるわで、ひどかった。いや、今は結構いい感じなんだけどな」
「……」
どうやら元宮廷筆頭魔導師は、あまり性格が良い訳ではないらしい。八つ当たりにも近い授業の上、内容も生徒がついてこれないような高度なものだったら、さぞかし人も減ることだろう。
「評判もただ下がり。宮廷筆頭魔導師の授業ってんで受けていた奴は離れるわな。噛み付かれる可能性考えたら、野次馬もいなくなるわな。内容ついていけない生徒も、消えるわな」
一年前ならば、あのプラタナスの授業を受けていると自慢できた。でも、今はそうでもない。野次馬は安全圏から楽しみたいのであって、猛獣を檻の中で見たいわけではない。真面目な生徒だっていきなり分からない内容をされて時間を無駄にするより、普通に教えてくれる他の授業を受ける。
「で、今ここにいんのが元宮廷筆頭魔導師とコネ作りたくてそこそこ才能あるやつ奴と、内容にまぁまぁついていけてる化け物。んでもって何も知らない新入生」
「先輩は理解できているのか」
ザクロが指折り立てて紹介した人種の内、彼がどれに該当するか推測したサルビアは驚愕する。コネを欲しがる性格には見えないし、時間を無駄にするなら学長の話を聞いている。ならば残るは化け物のみ。
「いんや。俺は第四の人種。先生への復讐の機会を虎視眈々と狙ってる天才」
「やはり先輩は馬鹿なのか」
「馬鹿じゃねえよ!確かに全部は理解できちゃいないが、半分……三割くらいはなんとか分かる!」
化け物ではなかった。サルビアは落胆したように肩を落としたが、内心ではそれほどでもなかった。元から予想はついていたというのもあるが、ザクロが一度負けて、そのまま腐るようなタマじゃないと知って安心したのだ。
「分からねえのかサルビア。お前を連れてきたわけだよ」
「そういえば。はっきり言うが、俺は祖父から少し習った程度しか魔法を知らんぞ」
「馬鹿はどっちだって話だな……先輩からの忠告だ。『魔法学基礎』も取っておいたほうがいい。役に立つし、2年目に『応用』取るときにいるから」
だが、サルビアも化け物ではない。彼の知識は異様に偏っているのだ。実戦で使える魔法に関してだけはアホみたいに詰め込まれてはいるものの、基礎に関しては大きく穴が空いている。とてもじゃないが、いきなり応用は色々と飛ばしすぎだ。
「実戦魔法応用だぞ?実戦、だぞ?」
「……!」
ぴくり。サルビアの耳が跳ねた。下がっていた肩は上がり、疑問符を浮かべていた表情は輝き始める。
「当然。魔法を使ってやり合う授業もあるってことさ」
「……なるほど。そうきたか」
理解の色を得た瞳は、爛々と輝いた。ザクロがこの授業に出て当然だ。当然、サルビアもこの授業に出るべきだ。
「ということは、あのプリムラとかいう女もい」
「しっー!馬鹿!絶対にその名前を、プラタナス先生の前で口にしないでくれ!」
ならば、現役筆頭魔導師もいるのではないか。そんなサルビアの浅い考えを聞いたザクロは、息を吐いて言葉をかき消し、大慌てで否定した。何かに怯えるように、周囲の目をしきりに気にしている。
「よかったぁ……今は上にはいねぇみたいだ……」
「一体どうした?」
「あの二人は犬猿の仲なんだよ!顔を合わせたら本気で殺し合い始めちまうくらいにな!」
爆発音がしなかったことに、ほっと胸を撫で下ろしたザクロが当時の出来事達を思い出しながら、質問に答える。冗談のように聞こえるだろうが、実は既に何度か事件になりかけていたのだ。
「そういう授業ではないのか」
「実戦とは言ったけど、基本寸止めだからな。殺すのはダメ。厳禁」
「……そうか」
加減した戦いと知ったサルビアは、しょんぼりとうなだれる。パエデリアの話が全く響いていないことの、実に良い証拠だった。
「つまりなんだ。俺は授業をほとんど聞き流して、戦いになったら頑張ればいいのか」
「……い、一応振りだけでもいいから聞こうぜ……」
納得してしまった後輩に、ザクロは否定できずにうなだれる。内容の難しさを考えれば、魔法教育をまともに受けていない新入生が理解出来るとは思えなかったのだ。
「そろそろ座った方がいいか?」
「お?そうだな!ほら、となりとなり!」
時計を確認すれば、もう授業開始の一分前。ザクロに促され、サルビアは彼の隣に着席。じっとしていられない彼は、ただ待つだけの時間を良しとせず、教室をぐるりと見渡して、
「なるほど。前が教室で、後ろが実戦用か」
「さっきも言った通り、この教室は特注だからな」
そして、理解した。室内にあるのは教卓と机と椅子のみ。それらは全部片隅に集まっており、後方には広大なスペースが空いている。魔法で椅子と机を軽く端に寄せたのなら、即席の訓練場が完成するのだろう。
「来たぞ……」
サルビアが教室の造りにワクワクしていたその時、扉が音を立てた。ザクロの声を聞いた彼は、この国で最強に近い魔法使いを見る為に目を凝らし、
「なるほど。アレが」
「いや、ちげぇからサルビア。あれ多分新入生だわ。背丈からして中身は可愛い女の子とみた!」
「なんだと?馬鹿な……いや、なるほど」
フードで顔が見えない生徒を、先生と勘違いした。サルビアは一度間違いを認めようとしなかったが、すぐに考えを改めた。
「諸君、おはよう」
なぜなら、その生徒が急いで着席した5秒後、本物が教室に入ってきたからだ。彼が入室した瞬間、教室の温度が下がり、空気が引き締まる。
「……」
緑の髪に片眼鏡の、張り詰めた作り笑いを浮かべる、学者然とした男性だった。一目で分かる強者たる立ち振舞い。切り替えた二目にて分かる、圧倒的な魔力量。間違いなく彼が、彼こそがプラタナス・コルチカムだ。
授業の開始を告げる鐘が、やけにうるさく鳴り響く。




