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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
207/266

第4話 『白の魔女』



 昼間とは変わり、通勤する会社員や騎士、通学中の学生が行き交う朝の大通り。屋台は忙しい彼らの朝食や昼食を狙い、声を張り上げ客を呼び込んでいる。


 そんな平和な喧騒で満ち溢れた大通りを行く男が2人。1人は、興味深そうに様々屋台を眺めている銀髪の少年。


「で、あの後どうなった?」


 その少年が、ふと思い出したように左の男へ問いかける。人を初めて殺した夜だというのに、彼はぐっすり眠れたのか。いつもと何一つ変わらぬ、振る舞いであった。


「え?ああ……尋問は終わりましたよ」


 一方、職業柄殺人に慣れているはずの琥珀色の眼をした男性は、ほとんど寝ていないようで。彼は寝ぼけた頭を必死に動かし、数時間前のことを思い出す。


「思ったよりは聞き出せました。とはいえまぁ、実行部隊の人間にしてはですが」


 尋問された男は組織の中でも信用されていたらしく、情報もそれなりに持っていた。依頼者の名前や素性までとはいかずとも、組織の規模やいくつかの拠点が分かるくらいには。


「恐ろしく強い、怪物のような暗殺者は?」


「サルビア様のお眼鏡に叶う相手はいないとのことです。害虫の巣も、今日か明日には日向に引きずり出されて処理されるでしょう」


「そうか」


 貴族に手を出して失敗したのだ。聞き出した情報の裏が取れ次第騎士団が突入、制圧するだろう。手練れであの程度なら、寝込みを襲われるでもしない限り、カランコエの精鋭が遅れを取ることはない。犠牲の少ないお掃除になるはずだ。


「そもそも、尋問されて吐く程度の暗殺者が手練れの組織ですからね。たかが知れてますよ」


 本当に恐ろしい組織は違う。徹底的に、それこそ物心つく前から教育を行い、暗殺の為の兵士を製造する。命令に忠実で、己の死を厭わず、失敗を悟った瞬間に痕跡を残さぬように自死する暗殺者をだ。


 そこに実行部隊からの信頼はなく、必要以上の情報を与えることなどあり得ない。ましてや組織に繋がるレベルなんて、絶対に教えてはならないはずだ。


「寝ている間に襲うことで成果を上げていただけの、傭兵崩れの素人集団です」


 頼む相手を間違えた依頼主を、ベロニカは嘲笑う。もしも今日の報復で依頼主の情報まで出てきたのなら、哀れすぎて手に負えない。そしてそれは、大いに期待できる可能性でもあった。


「今日の制圧次第ですが、今のところこちら側の死傷者も負傷者も無し。サルビア様の対人訓練になっただけでしたね」


「ああ。つまらなかった。ザクロとまでは言わないが、せめてベロニカほどの強さがあれば楽しめたのに」


「ぼっちゃま?私は斬らないでくださいね?」


 獲物を見るような目つきに、お願いですからとため息で返すベロニカ。人を殺す躊躇いのないサルビアになど、勝てる気がしなかったのだ。


「お前も一応、容疑者扱いされたと聞いたが?」


「簡単な取り調べですぐに外されました」


 斬り合いをしてもいい理由を探し始めた少年に、護衛の騎士は更にため息を重ねて肩をすくめる。


 その通り。隠し通路を知っていたベロニカも疑われたのだが、現在は悠々とサルビアの隣を歩いている。なにせ、暗殺者を制圧したのが彼だ。あの邸にいた大勢がその証人であり、仮に裏切り者ならサルビアを守る必要はなかっただろうと、外された。


「本音を言えば、甘過ぎます。これが取り入る為の手段だったのなら大成功ですよ」


「そうか?」


「安くて腕の悪い暗殺者に依頼。用意を重ね、予め知っていたこれを撃退。信頼を得る手段としては、手垢塗れもいいところです」


 疑いが晴れたというのに、ベロニカは納得がいかない様子。それも当然。こんな使い古された手、誰だって思いつく。だというのに本当に軽い捜査だけで、彼は容疑者から外されてしまったのだから。


「他の者に対してもこんな杜撰な捜査なら、うちの騎士団はどうかしてます」


 カランコエ家の捜査部隊が、こんな適当な操作をするなんて信じられなかった。憤りを覚えたベロニカが、早速人事部に苦情を入れに行ったくらいに。


「世の中の人間は色々考えて生きているんだなと、俺は思う」


「ぼっちゃまも、少しは剣以外のことを考えてください」


「大丈夫だ。俺は今、今日戦……会える例の教師のことで頭がいっぱいだ」


「それ剣ですよね?戦えるって言いそうになりませんでした?」


「言いかけたが、言ってない」


 こんな捜査では、剣以外何も考えていないサルビアを守れない。彼はそう言いに行ったのだ。そして、適当に聞き流した人事部や取り調べを行った者は、内心でこう思ったのだ。あんなぼっちゃまの相手ができるのなんてお前しかいないし、お前が犯人なんてあり得ないと。手のかかるぼっちゃまに真摯に寄り添い、苦労を背負うベロニカの人望が凄まじかったから、あっさりと釈放されたのだと。


「あと、今日はしっかりと授業に出てください」


「あ、ああ」


「残念ながら、今後も暗殺の可能性は捨て切れません。安全が確保されるまで、私も一緒に授業を受けます」


「なっ!?」


 その反面、余りに手のかかるぼっちゃまに精神を病み、今回の暗殺に踏み切ったのではないかという動機もあったが。


「学校側には既に許可をいただきました。サボるなんて、許しませんからね?」


「……斬り捨てていいか?」


「ダメです。当主の意向です」


「名ばかりのか」


 当主がサルビアの祖父から父へと移り変わったのは、つい昨年のこと。さすがに外聞と年齢的に譲らざるを得なかっただけで、実権を握っているのは祖父だ。父はその言いなりに過ぎない。過ぎないのだが、サルビアのこととなるとしっかり命令を下す。


「さて。もうそろそろ着きますね」


「ザクロだ」


 見えた酒場と今日の苦労にベロニカは胃を抑え、手を振る陽気な男にサルビアは剣気を漂わせる。街中でなかったら、斬りかかっていたであろうほど濃密な。それがまた、ベロニカの胃の削岩を加速させた。


「時間より少し前、さすがだな!んでもってこれだ!受けとれぇい!」


「ん?これは、金か?」


 出会って早々の大声が響き、かなりの距離から小袋が投擲される。持ち前の運動神経で受け取ったサルビアが中を覗けば、数日は宿に泊まれる程度の通貨が輝いていた。


「昨日の小鬼の討伐代と、動骨の調査の途中報酬だ!みんなで分けたから、ちょっと少ないけどな!」


「あら、私もですか。まぁ、ありがたくいただきます」


 第二投を受け取ったベロニカの小袋にも、同じだけの輝きが。それは、小鬼数十匹と巨大動骨二匹の命の値段と、超巨大動骨の危険をいち早く知らせてくれたことへの特別報酬を三等分したもの。


「うん。もらった。うん」


「…………」


 それはある意味、ベロニカにとっての不意打ちだった。サルビアが袋の中身を見て、ザクロを見て、もう一度中身を見て、どこか嬉しそうに頷いたのだ。


 昨日の夜、初めて人を斬った彼とはまるで別人のような。初めてお駄賃をもらって喜ぶ子供のような主人の姿に、ベロニカは言葉を失った。


「あら。あの人がさっき言ってた、面白い騎士のおじさん?」


「わわ。結構可愛い顔してる!いいじゃない?ダチュラ?」


「っ!?」


 そして、店から出てきた二人の女性、サザンカとダチュラに再度言葉を失った。正確に言うなら、ダチュラに見惚れて、彼女の好みと言われてだ。男なんてこんなもんである。


「……あ、あの。ベロニカです!どうぞ、よろしくお願いします……」


「「あら、真面目そうで可愛い」」


 頭を下げて礼をしたベロニカを見て、楽しそうに笑う二人。貴族のサルビアに対してはまだギクシャクするのだろうが、平民で騎士のおじさんに対しては、普通に接することができるようだ。


「……………」


「男って、何歳になっても男だよな」


 でろでろと鼻を伸ばした青年と中年の狭間の姿に、今度はサルビアとザクロがかける言葉を見失った。別に彼のプライベートにまで口を出すつもりはないのだが、それでも少し、顔が緩み過ぎである。


「さぁ行きましょうか二人とも!遅刻しますよ!」


「なぜいきなり張り切っている」


「単純だなぁ」


 音頭を取って二人を引っ張り始めたベロニカに、サルビアは首を傾げてザクロは笑う。かっこをつけたいのが見え見えであった。


「いってらっしゃーい!」


「また店に来てねー!」


 彼らの背中を、サザンカとダチュラが手を振って見送っていた。










「空いた胃が塞がっていくのを感じました」


 ベロニカは鎧の上から、胃の辺りを優しくさする。心なしか気のせいか、クマが薄れ、背筋がシャキッとしたように見える。眠気とやらは、男の本能に負けたらしい。


「そうか。それは良かった」


「日照りと苦労続きの人生だと、こうなるんだなぁ。おおこわ」


 恍惚とした表情と言い回しにザクロはドン引きし、こうはなるまいと誓う。一方、全く興味がないサルビアは、適当に聞き流して屋台の方を向いていた。


「紹介すると言ったけど、ちょっと躊躇いが」


「えっ。そ、その、出来ればお願いしたいというか!」


「……大丈夫かなぁ。振られても付きまとったりしないでくださいよ?」


 ストーカーになる可能性など諸々危惧したザクロが、二人を今後会わせるべきか悩み始める。お願いされて押し切られるも、現時点では不安しかないようで。サルビアは最早、話を聞いてすらいない。


「へぇ。ベロニカさんも授業受けるんだ」


「色々とありまして。ほっちゃまから目が離せないというか」


「まぁそりゃ分かるわ。こんだけ立派な戦闘狂だもの」


「貴方もなかなかですけどね」


 このように、話をしているのはザクロとベロニカのみ。話題は世間話や学校の軽い説明、通った店の紹介などで埋め尽くされ、サルビアは時折相槌こそ打つものの、非常につまらなそうにしている。


「はぁ……仕方ないですねぇ。ザクロさん、ぼっちゃまが暇そうなので、例のプラタナス様とプリムラ様のお話でもしてもらえませんか?」


「ベロニカ、良いことを言う」


 見兼ねたベロニカが、サルビアが食いつくような会話へと路線を変更するように申し出る。すると彼はすぐに眼の色を輝かせ、獰猛な牙にて餌を口に咥え込んだ。


「しょうがねぇなあ。じゃあまず、すっごくつんつんしてるけど、そこがいいと一部の方から大人気のプリムラさ」


「私を呼んだかしら?三番目さん」


「っ!?」


 だが、食いついたのはサルビアだけではなかった。もう一人、餌に食いついた女がいた。が、その女のプライドは、ただ釣られるだけを良しとしなかった。餌を我が物にし、釣ろうとした不届き者に罰を与えようとまでした。


「ぼっちゃま!」


「分かってる」


 ベロニカの声が鼓膜を震わせるより早く、サルビアとザクロは抜刀。飛んできた氷の槍を撃ち落とし、戦闘態勢を取る。


「……プリムラ・カッシニアヌム」


 そこに立つのは、白銀のショートカットを風に揺らす、勝気な表情の女性。美しい顔立ちを触れ得ざるものに変える傲慢さで、少し下の位置からサルビア達を見下ろしている。


「わぉ。すごいじゃない。ザクロはともかく、おじさんに新入生も弾くなんて」


 なんとか氷魔法を防いだベロニカに睨まれるも、取り巻きに囲まれた彼女はどこ吹く風。魔法が全て弾かれたのを見て、讃えるように馬鹿にするように手を叩く。


「いきなりどういうつもりですか?これは立派な攻撃行為では?」


「あら?だって、そっちが言ったんじゃないの?ツンツンしてるって」


 剣を握って威圧するベロニカに対し、プリムラは一歩も引かず、むしろ歩み寄っていく。高慢な歩みのヒールがリズムを刻む。彼女の取り巻きの笑い声が、いちいち耳障りに響く。


「ツンツン、してたでしょ?」


「サルビア様はカランコエ家の跡取りです。彼に攻撃を加える意味、理解していますか?」


「私は宮廷筆頭魔導師よ?呼び捨てにした挙句馬鹿にした意味、分かってるの?」


 音が消え、張り合うのは主人を庇うように立つ騎士と、我が道を行く天才。一触即発の空気に、周囲の人間も何事かと近寄り始める。


「ふふっ!なに本気になってるのかしら?冗談よ、冗談!別に彼を暗殺する気なんてないわ。だから安心して無理をやめなさいな。中年騎士」


 両者の力の差は、当事者達が一番理解していた。故にプリムラは愉快そうに弱者を嘲笑い、ベロニカは無理をして震えながら、主人を守ろうとしていた。戦いによる傷ではなく、戦いそのものからだ。


「……その言葉を違えた時は、貴方様の家名に末代までの傷が付きますこと、どうかお忘れなきよう」


「本当によく頑張るわね。弱い上に平民のくせに。羨ましいわ。傷がつく家名がないなんて」


 背はベロニカよりは低い。だというのに、彼は今にも威圧感に飲み込まれてしまいそうだった。きっと、本能が理解しているのだろう。目の前の女は、正真正銘の化け物であると。とてもじゃないが敵わないと。普通の護衛なら、言い返すことなんてできなかったはずだ。


 だが、カランコエ家は普通ではない。この感覚はもう、ベロニカにとっては慣れたものだ。ハイドランジアや本気のサルビアを見た時にいつも、感じるものだった。


「で、彼がその跡取り様?」


「……はい」


「サルビアだ」


「貴方には聞いてないし興味ない。顔はまぁまぁだけど、魔力は平凡よりちょっと上くらい?身のこなしは……っ!」


 顔から足までじろじろと舐め回すような目つきで観察し、サルビアの魔力を鼻で笑うプリムラ。だが、最後の最後でその顔から余裕が消えた。


「へぇ。やるじゃん。そこらのぼんくら貴族のドラ息子とは違うってわけね」


 言葉は軽いが、雰囲気は重い。数秒前とは一転し、彼女は最大の警戒を浮かべている。サルビアの強さが常人どころか、天才とすら一線を画すものだと見抜いたのだ。


「魔導師の癖に、見ただけで相手の強さが分かるのか?」


「関係ないでしょ?魔法使いだろうと剣士だろうと、相手の強さも計れないのはゴミよ。ま、魔法の方が強いけれどね」


「聞き捨てならんな。剣の方が強いに決まっている。なんならどうだ?試してみるか?」


 戦意も昂りも止まらない。今すぐこの女と戦いたいと、サルビアは疼きを訴える。彼の内心は今、攻撃したくて、攻撃されたくて仕方がなかった。攻撃されれば、攻撃してもよい理由ができるから。攻撃したら、反撃してくれるだろうから。


「いいわね。やる?勢い余って殺しちゃうかもだけど、それでいいのかしら?おじさん」


 魔法の神才と剣の神才。互いに互いの道を最強と信じる二人は、決して譲ることなく相手を否定する。言葉が平行線ならば、実戦で決める他なし。


「いいわけないでしょう!ぼっちゃま!剣をお収めください!無実の人間との殺し合いなんて以ての外!そうでなくとも、朝の大通りでの果たし合いは!」


 巻き込まれることを恐れて遠巻きではあるものの、既に人だかりが形成されつつあった。さすがに衆目環境での人斬りは、カランコエ家としても生徒としても色々とまずい。


「だって。残念ねぼっちゃま。保護者の許可がいらないくらい成長してから、出直しなさいな」


 止められたことで少しは落ち着きを取り戻したプリムラが、取り巻きのいる場所へと踵を返す。最後まで嘲笑を忘れないものの、どうやらこの場は納めるようだ。そう安堵したベロニカが、胸を撫で下ろしたその瞬間、


「逃げるのか?」


 せっかく遠ざかった背中に、サルビアが見え透いた挑発を投げかけた。まさか、こんな安く幼稚なものに誰が乗るだろうか。周囲の人間がそう思う中、ベロニカとザクロだけは嫌な予感が止まらなかった。撫で下ろしたはずの胸が、早鐘を打っていた。


「はい?」


 嫌な予感とは、実に当たるものである。振り向いた彼女の額には、稲妻のような青筋が浮かんでいた。


「今、なんて?」


「逃げるのかと聞いた。聞こえなかったなら、もう一度聞く。逃げるのか?」


 地獄さえ凍るような殺意の声に、サルビアは巨鬼も裸足で逃げ出す修羅の笑みで応える。これは間違いなく、戦いになる流れだ。


「ダメですサルビア様!こんなところで戦われては、誰かを巻き込んでしまいます!プリムラ様も宮廷筆頭魔導師として、それはもんだ」


「は?民間人を巻き込むような初歩中の初歩の失敗を、この私がするとでも?」


「ひ、人は巻き込まなくとも、建造物や道路に被害が!」


「出さなきゃいい話だし、出たところで何?直せばいいじゃない。タダでやるわよタダで」


 ベロニカが必死に論理を用いて止めようとするが、そのどれもが圧倒的な強さと権力の前に握り潰されてしまう。


「でもね?道だとかと違ってね?私の傷ついた誇りはそう簡単に治らないの。心の傷は治りが遅いの?分かる?」


 迸る怒りは、今にも炎魔法を暴発させそうだった。自らの心臓の辺りを何度も指差し、魔力を昂ぶらせて詰め寄る彼女に、ベロニカは気圧されてしまった。


「いやでも、ほら。よく考えたら、戦う理由とかないじゃん?みんなお手々繋いで仲良くとは言わないけど、こういうところで殺し合いはやめて、武芸祭とかでやればいいんじゃ」


「嫌よ。武芸祭だと当たれるか分からないじゃない。私が決勝に行くのはともかく、この男がその前に負けたらどうするの?負け逃げされるの?」


「決勝に来れるか怪しいのは貴様の方だろう。それにザクロ先輩。理由はあるぞ。理由は、今すぐ戦いたいだ」


 一旦頭を冷やしてまたの機会に。ザクロは問題を先送りにしてうやむやにさせようとするが、二人は彼の方を見ることもせず、聞く耳すら持たない。


「やっぱり野蛮ね。棒切れ振り回すだけの小鬼風情が」


「距離を取らないと安心できない腰抜けが何を言う」


 もう止まらない。止めようとした二人を押しのけて、彼らは引力に導かれるように近づいていく。だが、心の距離はその反比例。近付けば近付くほど、反発して遠のいていく。


「魔法の方が強いわ。奇跡だって起こせるんですもの」


「剣の方が強い。なぜなら、全てを断ち切るからだ」


 ついに、両者の距離がほぼゼロに。再度張り合い、互いに見下し合って、眼光が中心にて火花を散らす。サルビアは剣の柄に手をかけ、プリムラは魔法陣をその手に握り、そして。


「待っ!」


 ベロニカが止める間も無く、開戦。鞘から抜かれた剣が陽光にて遅れて光り、握られた陣が魔法を形作る。全ては一瞬の中。ベロニカの声が消える前に、終わった。


「ははっ!」


 土の盾を斬り裂いたサルビアの剣は、彼女が展開した二枚目の盾で止まっている。


「はははははははははははははははははっ!」


 土の盾二枚で枠二つ。そして、サルビアの首元で彼の剣にて受け止められている、氷の刃で三つ目の枠。これが噂の『多重発動』と、世界最高の魔法使いの技術。


「素晴らしい。本当に、すごい。やばい。こんなにゾクゾクさせられるとは」


 サルビアの剣の軌道を見切り、そこに的確に一枚目の盾を最速設置。威力を削ぎ、生まれた刹那。その刹那分だけ硬さに傾けた二枚目にて、完全に剣を止める。その上で、首を迷いなく最速で殺りに来た。これに興奮しなくて、何にするというのか。


「今日はこの辺にしておかない?これ以上やると、貴方も私も抑えれないでしょう?」


「ああ、いい。今日はもう満足した。いつか思う存分自由に戦える舞台で、お前とは決着をつけたい」


 プリムラの提案に、満面の笑みのサルビアは同意。魔法を解除し、剣を鞘に納める。こんな狭苦しい人混みで、いざとなれば止めに入る人間がいる環境で、殺し合うのはもったいないと両者は思ったのだ。


「武芸祭だと当たるか分からないって、さっきはぼやいてたのにか?」


 戦いから背を向けたサルビアに、ザクロはひどい掌返しだと口を尖らせる。後にとっておくなら、別に小さな騒ぎを起こしてまで、味見をする必要はなかった。


「別に武芸祭である必要はない。戦場でもいい。あれとは思う存分やらねばならない」


「……戦闘狂って、本当に手に負えねえなぁ。怖い怖い」


 故に、ザクロは返ってきた答えには肩をすくめる。一切の邪魔もしがらみもなく戦いたい。全力を出して、殺してしまっても構わない状況こそ理想。そんな理由で戦争にて敵対したいなど、狂っているとしか思えない。


「ぼっちゃま!いい加減にしてください!初日はサボって、二日目は危うく宮廷筆頭魔導師様と殺し合い!?問題山積みじゃないですか!なんですか?明日は魔女狩りにでも行きますか!?」


 ザクロはもう諦めた。だが、保護者だけは諦めていなかった。一度気圧されて通してしまったものの、それはもう烈火のごとく、お怒りだった。


「まだ勝てる気がしないから、明日は行かない。でも、いつかは行く」


「いつかでも行かないでください!今回の件はハイドランジア様とご両親にもご報告させてもらいますからね!なぜかって?今からもみ消すのに権力を使うからですよ!」


 ただの例え話だというのに、サルビアは真面目に受け取って答えてしまう。自殺志願者すら遠慮する挑戦の予定を聞いたベロニカは頭を掻き毟り、騒ぎを聞きつけてきた衛兵に胃を削られた。


「事情を説明するので、どうかお先に学校へ……ザクロさん。しっかりと教室まで連れて行ってあげてください」


「ま、まぁ。はい。今日は流石に」


 このままでは遅刻してしまう。そう判断したベロニカは単身残って、衛兵とお話しすることを決意。徹夜明けの血走った瞳に頼まれ、ザクロは罰が悪そうに斜め上を眺めながら承諾。


「ぼっちゃま、サボってはいけませんよ?」


「あ、ああ。分かった。出る」


「……立派になれ。真面目に生きろなんて言いませんから、せめて少しでも周囲のことを考えられる人間になってください……」


 サルビアもまた同様。さすがの彼にも、色々と迷惑をかけた自覚が出てきたのだ。恐怖すら感じて頷き、悲しみと怒りと疲れを漂わせた背中を見送った。


「なぁ、ザクロ先輩」


「嫌だぞ。今日は出るんだぞサルビア後輩」


「そうじゃない。周囲のことを考えられる人間のなり方が、分からないだけだ」


 茶化したようにサルビアが告げたのは、本心。彼が本当に分からないと感じる、剣を振るより、人を殺すことより難しいこと。


「難しいこと聞くなよ。モンクスフードの授業にもねえぜ?」


「……それは困る」


 そしてそれは残念ながら、学べるものでもないらしい。降参とばかりに両手を挙げたザクロと共に、彼は学園へと向かう。









「さっきの男、なんなんですかねアレ。いい勝負できたって思ってるんでしょうか」


 石畳を鳴らして歩くプリムラは、いつも通りぴーちくぱーちく褒め称える取り巻き達に、いつもならありえないほどの強い苛立ちを覚え始めていた。


「手加減してもらってるって、分からないんですかね?お前ごときが勝てるわけないだろって!」


「あんな見え透いた挑発に乗ってあげた上に、自尊心まで守ってあげるとか、プリムラ様って本当にお優しいんですね!」


 取り巻きその二の男もその三の女の声も、消したかった。その四、その五にその六も同じでこんな感じ。サルビアをこき下ろして、プリムラを上げるものばかり。元から気に触る出来事があるのに、実力の計れない取り巻きは実に耳障りだった。


「ええそうね。貴方達と付き合ってあげる私って、優しいわよね」


「え?」


 我慢しようとして、すぐに自問自答した。なぜ、我慢する必要があるのかと。そんな必要はない。この国最強の自分が我慢なんて、実に馬鹿らしいと。


「見え透いた挑発?それに乗った私を馬鹿にしてるの?安くても見え透いても挑発であって、あそこで逃げたのなら、どれだけ私の誇りが傷つくか理解してる?」


「え、あ、いや。それは……」


 思わぬ方向からの反撃に、取り巻きは大いに戸惑う。所詮、彼ら彼女らは凡人より少し上にしか過ぎず、天才の域の思考や戦闘の観察眼がなかった。


「あの男を弱いと思うのなら、貴方達が戦いを挑めば?万が一の勝ち目もないだろうし、秒で負けるだろうけれど」


「へ?」


 自分達の主人に突っかかってきた、イキッた新入生を馬鹿にしていただけのはずだ。プリムラのことは、いつものように褒めていた。なのになぜ、彼女の怒りの矛先が自分を向いているのか。とてもじゃないが、取り巻き達には理解できなかった。


「貴方達といると不快になるわ。じゃあね。今後二度と私の前に現れないでね?」


「ど、どうして……!」


 その上まさか、一方的に絶縁まで言い渡されるなど。足を早めて去っていく背中に手を伸ばし、その理由を問いかける。


「なにか気に障ったのなら、お教えください!謝ります!」


「なにが気に障ったのか、分からないのに謝るの?さっき言った自分の本心からの意見を、そうもやすやす翻す安い人間なのかしら?」


「あ、う……」


 許しを請う為の薄っぺらい迫真の言葉は、更に距離を大きくしてしまう。振り返って会話をしてくれたのは、せめてもの慈悲か。それとも悪意の追い討ちか。


「相手の強さも計れず、直接戦うわけでもなく。オーガの威を借りたオーク以下の分際の癖に。強者をこき下ろすような人達と付き合ってたら、私の品位が疑われるじゃない」


「……」


 事実故に、言ってはならないこともある。友好的関係を繋いでいた醜さを突きつけられ、取り巻きは絶句した。


「あ、そうだ。もしも私と友達になりたいのなら、あの男に勝ってきなさいよ。余裕なんでしょ?貴方達」


「え、あ、いや、その!」


「出来ないなら、さよならね」


 最後に別れを告げて、彼女は手をひらりと振った。取り残された六人の取り巻きは、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。


「ちょうどよかったわ。あの馬鹿達と縁を切れて」


 足早に等間隔のリズムを鳴らして離れ、プリムラは早口で孤独に愚痴る。彼女の苛立ちの理由は主に四つ。一つは、最近取り巻き達が図に乗ってきてうざかったこと。


「ま、かなり腹立たしいけどね。私とほぼ同等の強さを、あいつらごときに笑われたのは」


 たった一刀交わしただけだが、サルビアの馬鹿げた強さは十分に理解できた。負けているとは微塵も思わないが、迫るくらいではあると。ここで二つ目。ほぼ同じだけの強さの彼を、雑魚達が笑うということは、自分の強さも雑魚達に笑われたのと同義だから。別にサルビアが笑われるのは構わないし、いくらでも推奨したい。だが、自分の強さを取り巻きに笑われるのは、彼女にとって癪だったのだ。


「あの男も本当に目障りだわ」


 三つ目は、サルビアのその強さ。最速で展開したとはいえ、彼女の盾はそう易々と破られるものではない。そこらの剣士の剣など簡単に止める。だというのに、それを二枚重ねても貫通しかけた。


「私の魔法の発動の早さに、剣で合わせるなんてイかれてる」


 おまけにプリムラが反撃に伸ばした氷刃も、あっさりと見切られて防がれた。斬撃に集中しているのではなかったのか。意識が幾多にも別れているんじゃないかというほどの、視野の広さ。冷静な判断力にして、早過ぎる思考。そして、それについてこれるだけの反射神経と肉体。


「いつか犯罪にならない場面で、再起不能にしてやるわ」


 紛うことなき、化け物。自分の将来に傷をつけるかもしれない存在。故に、早めにその芽を摘み取らねばと、彼女は思う。


「……ちょっと、楽しみでもあるけれど」


 だが、苛立ちと同時に楽しさを感じたのも、また事実。強敵との戦いはそれなりに心踊る。決して負けたいなど思わないし、負けるつもりもない。強敵と戦い、その自尊心を粉々にし、見下す瞬間が快楽なのだ。


「ま、その楽しみすら上書きする苛立ちの原因は、さすがね」


 四つ目の苛立ちは、ここ数ヶ月の間、ずっと心の中にあるもの。最悪にして最上級の、苛立ちだった。


「あの出来損ないと一緒の学校に通うだなんて、本当に最悪」


 血とは斬れないものである。


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