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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
外伝 現実幻想世界の剣士
205/266

第2話 運の悪い日



 本日は澄み渡るような晴天。絶好のお買い物日和でデート日和で斬り合い日和。街の外まで向かう石畳の表通りは、露店も人も多くて賑やかで。


「なぁサルビア。振り向かずに聞いてくれ」


「どうした?」


「後ろからついてくるやつ、知り合い?俺の知り合いが遊びでつけてる可能性もあるっちゃあるんだけど」


「……どんなやつだ?というか、先輩とその知り合いもどんなやつだ?」


 その人混みの中にどうやら尾行が混じっていると、ザクロが告げる。なんとも器用なことに、彼は露店の商品を眺める振りをしながら、掌に発生させた魔法の氷の反射で後ろを見ていたのだ。


「あそこの赤毛男と金髪の女。そして最後に……んー、髪も顔も分からない。こいつはかなりやるな」


「……分からん。それにしても、よく見つけられるな」


 角度を僅かに調整し、尾行と思われる者達の特徴を羅列するザクロ。しかしサルビアは元から人の顔や名前を覚えるのが苦手であり、それらの情報だけでは判別できなかった。


「尾行を見抜く依頼も、尾行する依頼もこなしてきたからなー。どうする?ちぎるか?やるか?」


「ああ、そうだな。大半は、ちぎろう」


 とはいえただ尾けるだけで、声をかけてこないなら疑うべきだろう。他の貴族達の監視か、学校からの追手か。はたまた暗殺者か。カランコエ家はその強大さ故に敵も多く、正当な後継者であるサルビアも十分に命を狙われる対象である。


「じゃ、飛ばそうか。口笛吹くまで走るぞ」


 言うが早いか、ザクロは一気に大地を蹴り飛ばし、すぐ側の裏路地に身を投じた。置いて行かれぬよう、サルビアも追随。その瞬間、彼の感覚が背後でいくつかの慌てた気配と音を察知する。やはり、尾けられていた。


「すごいな」


 表通りから離れるにつれて、道はどんどん汚く、荒れ果てていく。ゴミが転がり、ひび割れた石畳の上を駆け抜ける中、前で揺れるオレンジ色の髪の先輩に、サルビアは尊敬の念を抱く。


 サルビアが気付けなかった尾行に、ザクロは気付いた。そして、


「道無き道を行けばいいのか」


 捨てられていた椅子を足場に跳躍したザクロは、まるで猫のように塀の上を走り始めたのだ。真似をし、彼の脚が通った場所を辿って跳躍して後を追う。


「……参考になる」


 一体どのように進めばいいのか、彼はサルビアにその身で教えていた。柵を越えて屋根を走り、塀から塀へと渡り歩く。こういった訓練はまだ、したことがなかった。


「よくついてきてるな。天才のザクロさんもびっくりだわ」


「俺のことか?それとも後ろの一人か?」


「まぁ両方?そろそろ、大半は振り落とせたかな」


 初経験のサルビアがここまで上手くできていること、そして、思った以上にフードの追手の腕が立つことに、ザクロは合図と賞賛の口笛を鳴らす。サルビアはその指示に従い、角を曲がったところで急停止。しかし、2人の足音は鳴り止まずに遠ざかっていく。ザクロの音魔法が、さも走り続けているように偽装しているのだ。


「何か用ですかい?尾行者さん?」


 追いつこうと必死だったのだろうか。帽子の男は、偽の足音と気付かなかった。お待ちかねだった2人の巣に、踏み入ってしまった。


「っ……!」


「飼い主は誰だ?」


 慌てて逃げようとするが、もう遅い。一歩下がろうとした脚にはザクロの剣が、首にはサルビアの剣が突きつけられていた。少しでも妙な動きをすれば、すぐに剣が脚か命を絶つだろう。完全に詰みの姿勢。勝利を確信したサルビアとザクロは、一体誰の差し金か聞き出そうとするが、


「ぼっちゃま!入学式をサボるとは何事ですか!」


「「え?」」


 尾行者は、剣など恐れていなかった。それもそのはず、フードを外したその下は、サルビアにとってはとても見慣れた顔だったのだから。


「え?じゃありません!ベロニカでございます!飼い主が誰かって?カエノメレス様と奥様にございます!」


 剣を跳ね除け、何度もサルビアを指差しながら詰め寄ってくる金髪の男性。彼の名はベロニカ。カランコエ家に仕える騎士であり、その中でもとびきり優秀な1人だ。サルビアほど強くはないが、かなり斬りにくい部類に入る。


「し、知り合い?」


「うちの筆頭騎士だ。ベロニカ。もしかして他の尾行者達も?」


 まさかと、サルビアは頰をひくつかせてベロニカへと問う。彼には確か、二十人ほど部下がいたはずだ。


「そのもしかしてで、まさかでございます!サルビア様の様子を監視して報告する為に、私の部隊が出動しております!」


 この采配はハイドランジアではない。あの男がそんなことをするはずがない。就寝中を襲われて死んだのなら、寝ていた方が悪かったのだと豪語する男だ。つまりこれはベロニカの言う通り、サルビアの両親の差し金。


「まぁもちろん、全尾行者が私の部下ということはございません!そいつらをひっ捕らえ、牽制し、ぼっちゃまの安全を密かにお守りするように命令されているのです!そしたら怪しい男に誘われて、入学式をサボって!」


「怪しいやつで申し訳ない。入学式の件、サルビアも困ってるって言ってたし、少しは反省してます」


 度肝を抜かされたと、二人を交互に指差して叱りつけるベロニカ。サルビアの両親の中々の過保護っぷりに少々引きつつも、思うところはあったようで、ザクロはぺこりと頭を下げる。


「そして酒場でです!酒場であ、あのような羨まし、じゃなかった。とにかく、噂が立ちます!お控えくださいませ!」


「なんだ。話が分かる人かぁ。今度一緒に行きません?紹介しますよ?」


 お叱りは酒場の件にまで及ぼうとしたが、隠し損ねた本音にベロニカが自爆。それを聞いたザクロは同類と認識したのか、顔を上げて気軽に手を差し出す。


「俺の名はザクロ・ガルバドルです。よろしく。腕の立つ騎士様」


「……ベロニカです。どうぞこちらこそ」


 軽い自己紹介と、まともな挨拶を交わす2人。昔からベロニカのお説教は長く面倒なものだと知っているサルビアは、上手く話が逸れたようだとほっと息を吐きながら、握手を眺めていた。


「どうです?今から軽く依頼をこなしに外に出るんですけど、尾行とは言わず堂々と監視するってのは?俺のこと、疑ってるんでしょ?」


「……お見通しでしたか」


 しかし、ベロニカが口にしてようやく、その握手が真に友好を示す証ではないとサルビアは知った。ベロニカはその間もずっと、琥珀色の目でザクロを監視していたのだ。


 半端ではない実力を持ち、なおかつ入学してすぐにサルビアに近づき、外で二人きりになろうとしている男。なるほど。よくよく考えれば、これほど怪しい男もいない。


「手を握る時に緊張し過ぎですよ。天才美少年との初対面という意味じゃなく、警戒の緊張で」


「誰も美少年とは思ってませんよ!はぁ……貴方がもしも敵だったら苦労しそうです。いいでしょう。私も同行します。他の者には待機を命じておきますね」


 だというのに、いつのまにか距離を詰められていた。自ら警戒を解いていたことに、サルビアは驚いたのだ。ベロニカの同行の件を聴きながら、少年は今一度心を引き締める。


「じゃ、気を取り直して行きますか」


 監視する者とされる者の奇妙な三人組は、今度こそ街を出て行った。









 踏み入った薄暗い森は、まるで同じ場所をずっとぐるぐる回っているようだった。実際、サルビアだけでは道に迷っていただろう。


 そうならないよう、この辺りの地形を熟知しているザクロを先頭に、魔物の痕跡を探す。足跡や糞、食べ残しや木の爪痕など様々なそれらを見逃さないよう、ただ歩くだけではなく足元によく注意してだ。


 捜索開始から約半時間。三人が見つけたのは、地面と草に刻まれた小さな足跡。多数で新しく、それなりの数の小鬼が近くにいることが読み取れる。


「たくさんいるな」


「ざっと40から50ってとこか。んー、ちょっと多めだな。足跡から見て成体の雄の部隊だと思う」


 足跡の向きや密度、大きさの違いから、ザクロが大まかな数や性別を予測。そしてこれらの予想は、見事に大当たりだった。


「私が先行します。小鬼ですが、くれぐれも油断なさらぬよう」


 痕跡発見から5分と経たない内に、大規模な小鬼の群れと遭遇。数秒の打ち合わせの後、先陣を切ったのはベロニカ。気付かれる前に距離を詰め、魔法を投げて数匹を殺害。反撃の槍と矢を、滑らかな剣技で迎撃する。


 広範囲攻撃に優れる魔法で攻撃しながら、近接及び防御を剣にて担当する。小鬼のような弱くて群れる魔物に対する、一般的な最適解。練度的な意味合いも込めて、まるで教科書のお手本通りの戦法だった。


「うおおおお……あのおじさん、結構やるなぁ」


「おじさん!?お、おじさんって言いましたか!」


「ダメな感じ?じゃあ、おじ様!いい風刃!」


 その華戦いぶりを見たザクロの失礼な一言に、ベロニカは振り返って激昂。これを好機と捉えた何匹ものゴブリンが背後からベロニカに襲いかかるが、それら全ては騎士の身体に触れるまでもなく、地に転がり落ちる。背を向ける際に彼が設置した、風の刃にて断たれたのだ。


「俺も負けてらんねぇや!」


 僅か数秒で築かれた死体の山に負けてられないと、虚空庫から剣を引き抜いたザクロは、跳躍。木の枝にぶら下がり、まるで空中ブランコのように利用して、小鬼の群れの中心へと飛び込んだ。


「だからおじさんだとかおじ様はやめ……なんと」


 おじさんの怒鳴り声は、途中で消えた。魔物を斬る腕さえ止まって、呆然と立ち尽くした。余りにも、ザクロの剣技が想像の上を行くものだったから。


「噂には、聞いていましたが……」


「……」


 ああだが、誰がそのことを責められようか。笑えようか。サルビアだって、初めて見たザクロの戦いに驚いていた。気が付いたら剣の柄に手をかけて、彼に斬りかかりそうだった。


「まさか、これほどまでとは」


 血風がそこにはあった。彼が両手の氷剣を払えば、武器も腕もまとめて首が飛び散る。棍棒に腕と首の骨を、まるで水を斬るように何の抵抗もなく。力任せに斬るだけなら、ベロニカや他の騎士でもできるだろう。しかし、ザクロの剣は違う。力ではなく、技術で美しく断ち切っていた。


「俺より数段、魔法の扱いが上手い」


 聴覚と視覚から得た情報を脳に入力し、その両手に握る氷刃へと指令を行き渡らせる。常に崩壊と再生を繰り返して形を変える魔法の氷剣は木々をかき分け、魔物の急所を貫いて命を奪っていく。


 状況に合わせて自在に変化する魔法の剣を、恐ろしいまでの技量を伴って振るう。サルビアの剣の強さとは全く別方向の、剣の強さ。教科書や常識に囚われない、変幻自在の剣がそこにはあった。


「……はぁああああ……」


 サルビアの口から、思わず甘美な吐息が漏れる。アレを向けられた時の想像すれば、背筋が震える。彼と戦えばどれだけ苦戦するのか、推測しただけで全身の毛が逆立つ。最高に楽しい戦いを思い浮かべて、興奮が止まらない。銀色の眼は歓喜に見開かれる。身体を支配する衝動のままに、剣である彼はその存在理由を全うしたいと願う。すなわち、斬りたいと。


「サルビア、様……」


 仕える相手の姿を見たベロニカの声は、震えていた。いや、彼だけではない。ザクロと戦っていたはずのゴブリン達も、一斉に震え上がった。きょろきょろと戦場を見渡して、この場を支配する剣気の主を見つけて、逃げ出そうとした。


「準備運動だ」


 だがしかし、遅い。遅すぎる。ザクロの剣を見た後では、止まって感じるほどだ。


「……やっべえ」


 一本の線のような、横薙ぎだった。なのに、剣は何も斬っていないかのようにするりと、小さな緑の身体を通過したのだ。そう見えただけに過ぎない。実際の剣は、ゴブリンの体内を完全に断ち切っている。


「傷口から血が出てこねえどころか、離れさえしねえってどういうことだよ」


 五体満足にして無傷にさえ見える死体に、ザクロは震え上がる。これを前に、障壁以外の盾の意味はあるのだろうか。鎧ですら、まるで存在しないように斬られるのではないのだろうか。


「どいつもこいつも、馬鹿げてら……」


 理解できるわけがなかった。効率でいえば、魔法で広範囲を蹂躙しているザクロの方が良いに決まっている。しかし、サルビアはそんなこと知ったものかと剣を振るって、ほぼ同速で死体を量産していく。


「ぼっちゃま。ついでにザクロさん。お疲れ様です」


 血肉吹き荒れる虐殺により、50匹近かったゴブリンは1分と経たないうちに絶滅。自分はいらないと判断し、途中から自作の切り株に腰掛けていたベロニカは、拍手を鳴らして二人を労った。


「かなり街に近い位置ですが、これだけの数が湧くものなんですね」


「ゴブリンだからなぁ。別に不思議じゃないです。これくらいなら、年に数回はある感じです」


 「ゴブリン算」なる言葉があるように、その繁殖力は恐ろしい。気がついた時には、人間の生活圏のすぐそばにまで忍び寄っている。だから学園や酒場への依頼が絶えることはなく、定期的に騎士が狩りに行くのだ。


「一応報告しておきま……っ!?」


 その時だった。長年の経験が培った、咄嗟の反応か。ザクロの後方に光を見たベロニカは剣を引き抜きつつ、前転。その場から離れ、サルビアを庇うように立つ。


「伏せてください!」


 さっきまでいた場所を通り抜けた白い槍に、ベロニカは恐怖する。あと少しで貫かれていた。狙いが自分でよかったと。背を向けていた2人だったら、万が一もありえたからだ。


「あっぶね……油断してた」


「どこからだ?」


 そうだ。そうなのだ。いくら化け物のような強さを持っていようが、背後からの遠距離狙撃であっさり死ぬ。ここはそういう世界なのだ。


「暗殺……やはり、ザクロ!」


「よく見てください。これは骨です。俺じゃあない」


 疑いと剣を向けるベロニカに両手を挙げつつ、ザクロは顎で飛んできた物体を示す。警戒を解かないままじっと視線を下に落とせば、そこには尖った先端を持つ白い骨が転がっていた。


「研磨されていて、後端に僅かに粘液らしき跡……?先ほどのゴブリンはもしや、こいつから逃げてきたのですか」


「大きい奴ってのは、こんなこともできるんだな」


 つまり、暗殺者ではない。お目当だ。サルビアはそう、理解する。3人は骨の飛んできた方角に目を凝らし、物理障壁を張って第二射に備える。これで骨に刺されることはない。落ち着いて第二射から正確な位置を割り出して、殺しに行けばいい話だ。


「っ!?」


 風切り音。振り向いたサルビアの目と鼻の先に、骨針があった。障壁に阻まれる前に斬り捨てたが、ありえない。この短時間で背後に回り込めるものか。それほど俊敏な個体なのだろうか。だとすればさすがに、予想外だった。


「サルビア……そっちもか?」


「ああ。なるほど。二匹いるのか」


「さぁな。三匹かもしれねえし、もっとかもしれねぇ」


 だが、同じく氷剣で骨針を斬り落としたザクロの言葉から、事の真相を悟る。なんてことはない。例の大きい動骨が、実は二匹以上いただけだ。


「なぁ後輩よ。どっちが早く狩るかで競争しないか。つまらないから障壁は無しで」


「はぁ!?障壁無し!?万が一怪我でもしたら私が当主様に何を言われるか!」


 なら、ちょうどいい。二匹いるなら、つまらない狩りではなく競争ができる。障壁を無くして更に難易度を上げれば、多少は楽しめるだろう。ザクロのそんな考えに、ベロニカが悲鳴をあげる。


「了解した。斬った後に戻ってきて、ベロニカの切り株を先に触った方の勝ちにしよう。ついでに魔法剣以外の魔法もなしでどうだ?」


「いいね!それで!」


 無論、剣に狂った少年は、保護者の感情より勝負を取る。更に縛りを課したサルビアに、ザクロは笑顔で親指を立てて承諾。


「聞いてますか?耳ついてますか!耳掃除してますか!?」


「してますしてます。一昨日くらいにサザンカの膝枕の上で。羨ましいでしょう?」


「……言って聞く人ではありませんでしたね。ぼっちゃま。カランコエ家の威信にかけて、必ず勝ってください」


 全く話を聞き入れてもらえないベロニカが2人の聴覚を大声で確かめるが、ザクロの返答によって態度も声のボリュームも一旦。無表情で小声となって危険なお遊びを見逃し、サルビアの勝利とザクロの敗北を祈る。


「じゃあ保護者の許可も出たところで、行きますか」


「ああ」


「位置について……よーいどん!」


 依頼の遂行兼お遊び兼準備運動は、ザクロの掛け声によって始まった。








 姿勢を低くし、弾丸のように地を駆ける。木を弾除けに使うことなんてせず、一直線に針が飛んできた方向へと走り続ける。ただし、帰り道で迷わないよう、途中の木の何本かに印をつけておくことだけは忘れずに。


 さすがの魔物も、黙って近づかれるわけではない。骨の砕ける音と共に、第三射が飛んできた。動いているサルビアの眉間を正確に貫く、素晴らしい腕前だ。


「この程度か」


 だが、足りない。直線であり、そこまでの速いわけでもない。たかが一発のみで連射もない。並の人間なら厳しいだろうが、残念ながらサルビアは平凡ではない。剣士は骨の弾丸をあっさりと斬り砕き、先に進む。


「ほう……しかし、これはなかなかに大きいな」


 ようやく見えたその巨体に、思わず唇が動く。確かにでかい。ずるずると地面に跡を残して這い逃げるは、およそ2m50はあろうかという骨の集合体。お食事の途中だったのだろうか。纏う骨のいくつかに、肉の破片が付着している。


 骨格からして、纏う骨のほとんどはゴブリンのものだろう。彼らの脚の骨を削ったと思われる棘が、何本も外に先端を向けていた。


「逃げるな。負けてしまうだろ」


 木々の隙間に合わせた形に変形し、カラカラと音を立てながら移動する動骨。サルビアの速度に、逃げ切れないことを悟ったのだろうか。身体の向きは変わらないように見えるが、明らかに雰囲気が変わった。


「来い」


 骨が、襲いくる。白い骨の棘を纏った触手が、何本も何本もサルビアに押し寄せる。仮に巻き付かれてしまえば、肉という肉を棘でごりごり削がれるだろう。


 しかし、所詮はゴブリンや獣程度の骨。骨ごと触手を斬り落としてしまえばいい。向かい来る全ての骨を、サルビアの剣がバターを切るように撃退する。


「頃合いか」


 斬れば斬るほど骨と触手は減り、本体の守りは手薄に、リーチは短くなっていく。今度はサルビアから距離を詰め、五度剣を振るう。白い骨はからころと、地肉の触手はぼとりと地に落ち、残るは三本の腕と核を守る球形の骨鎧のみ。


 射出された骨の針を弾き、肉薄。剣を振り被る。三本如きの骨腕を全て重ねても、サルビアにとっては紙と変わらない。振り下ろした一太刀は見事、骨という骨をすぅと通り抜けていき、


「むっ!?」


 核のすぐ側。最後の砦の一枚の骨にて、止められた。傷はつけた。なのに、止まってしまった。刃毀れした剣に、あり得ないと思考が固まる。頭が真っ白になったその刹那、まるで力を溜めるように収縮した動骨に、本能だけが勝手に反応した。


 手首を捻り、核の周りをくり抜くように刃を回す。核本体には届かない。しかし、サルビアの方を向く骨と棘だけは断ち切れた。


「ぐっ」


 次の瞬間、核を守る僅かな骨だけを残して、動骨の身体が弾け飛んだ。骨針と同じ速度で飛ばされた骨は、木々と地面に叩きつけられ、突き刺さる。


 守りを極限まで薄くすることと引き換えに、至近距離で全方位に大量の骨を飛ばすという諸刃の剣。おそらく、追い詰められた動骨が取る最期の手段。


「危なかった……」


 弾け飛んだのは、動骨の側面と後面だけ。サルビアと相対する前面部はその前に断ち切られている。あと少しでも刃を回すのが遅かったのなら、サルビアの全身に骨が突き刺さっていたことだろう。障壁を使っていない現状、そうなれば死んでいた。


「思ったより、ずっと強敵だった」


 この遊びは、愚かだったかもしれない。呟きながら冷静に骨の隙間に剣を突き入れ、核を貫けば、骨に守られた身体が崩れ落ちる。これにて、討伐は完了だ。


「それにしても、これは」


 あとはベロニカのところに戻るだけ。しかしその前にサルビアは、異常な硬度の骨らしき物体を拾い上げ、それを眺める。


「俺でも、斬れなかった」


 観察は一瞬で切り上げた。純粋な剣の勝負ではないとはいえ、負けたくはない。サルビアは木に刻まれた傷を辿り、ゴールの切り株へと急いだ。







 そして、負けた。


「おう!遅かったな!いいや、俺が早すぎた!」


「ちっ」


 強化された視界が捉えた、ドヤ顔でVサインを掲げている姿に脚が止まる。動骨が逃げたせいで距離が遠かったことと、動骨の想定外の足掻きが敗因だろう。


「ぼっちゃまああああああああああああああ!」


「……ほんの少しの差だった。同じ条件なら、次は負けない」


 膝から崩れ落ちたベロニカを無視しつつ、サルビアは自分でも惨めだと思う言い訳を述べる。それだけ悔しかった。強さなら負けていないはずなのに、運の差で負けてしまったのが悔しかった。運の差を覆さない己の強さが、悔しかったのだ。


「はっはっはっ!先輩だからな!後輩よ!」


「負けたのも死ぬほど悔しいが、何より悔しいのはこいつだ」


 サルビアの心情を全く加味していない高笑いに、剣を今一度強く握って鞘にしまう。敗者は空いた手で、もう一つの特大級の悔しさを虚空庫から取り出した。


「ザクロ……先輩にも、あったんですか?」


「負けた途端に殊勝になりやがって。先輩も敬語もいらねぇザクロでいいぞ……っと。これか。ああ。俺にもあったな」


「え?なんですかそれ?」


 なにかの骨だと思われる以外、正体不明の白い物体。骨だと言い切れないのは、サルビアの剣を弾いたその硬さ。彼が知るどの鉱石や金属よりも、この物体は硬かったのだ。


「動骨の核を守ってた、ナニカだ。俺はこれが一番許せない」


「え?骨に許せないって、小指でもぶつけ」


「ぼっちゃま。それは一体、どういうことですか?」


「斬れなかった。確かに、さっきは油断していたかもしれない。でも、これは」


 深呼吸二つの後、白い物体を宙に放り投げ、柄を握って居合一閃。鋼板などやすやすと切断する、集中したサルビアの真剣な一太刀だった。


「俺が本気で斬っても、傷がついて削れるくらいなんだ」


「「…………」」


 表面に少し、傷がついただけ。刃毀れして壊れかけたのは、サルビアの剣の方。その硬さが分かっていたザクロは俯き、彼の剣を知るベロニカは絶句する。


「な、なんなんですかこれ!?」


「分からない。もしかしたら、異常に巨大化した動骨が生成する物質かもしれないし」


「あるいは何かの骨ってか?この硬さの骨の動物や魔物なんて、俺も知らねえ。魔物学の先生に渡して調べてもらうかな……」


 数拍遅れて声で驚いたベロニカに、サルビアとザクロは可能性を二つ提示するが、言い切れはしない。今まで存在が確認されていなかった、魔物の突然変異体の一部なのだ。分からないことだらけで当たり前だ。


「問題は、もう倒してしまったことだ」


「難しかっただろうけれど、捕獲もできなくはない感じだったしなぁ。しくじったかなぁ」


 こんな硬さの骨があると分かっていれば、生け捕りも考えた。勝負に夢中になってうっかり殺してしまったザクロは、困ったなぁと頭を掻いている。


「いやま、依頼受けた初日に遭遇とかまじで運いいぞ。サルビア、持ってる?」


「……いや、運が悪かったから負けた」


「んー!これはすごい負けず嫌いな予感!いいね!」


「……」


 一通り反省したザクロは、すぐに良かったことへと目を向ける。ラッキーボーイかとサルビアに尋ね、その返答に親指を立ててウィンクを。完全に煽っている態度に、サルビアの額に再度青筋が浮かぶ。


「そういえば二匹とも討伐しちゃいましたけど、これで調査は終わりなんですか?」


「んー。二匹いたってことは、もっといてもおかしくはないというか。少し継続して、目撃情報が一切なかったら調査終了って感じになるかと」


 突然変異が二匹だけなのか、進化を遂げて何匹も繁殖しているのか。この場現在では判断できず、ザクロは判定にはしばらくかかるだろうと推測する。


「面倒なんだな」


「まぁまぁ、その分お金がたんまり……よくよく考えたらサルビアは貴族だから、金の心配いらないな。なんで付いてきたんた?」


「分かってる癖に、言うなよ先輩」


「わりぃわりぃ。そうだよな。こっからが美味しい主菜だよな」


「ああ、待ちきれない」


 殺気を飛ばしながら惚けたザクロに、サルビアは獰猛に歯を見せて答える。そうだ。さっきの巨大動骨なんざただの肩慣らしだ。剣士にとって本当に楽しいのは、これからだ。


「相手を殺さない。一生物の傷を残さない。それだけはお願いしますよ。どうせ止めても聞かないでしょうから」


「分かってる」


「余裕余裕!」


「いざとなったら止めに入りますからね」


 肩をすくめたベロニカは、もうすでに諦めている。しかし、それでも万が一の事態だけは避けねばと、止める為の剣をその手に彼も立ち上がる。万が一とは言ったものの、それは大いにあり得ることだ。


「さぁ、やろうか」


「ああ、やろう」


 なにせ、さっきの競争なんかとは訳が違う。本気の斬り合いなのだ。障壁も魔法もなんでもござれ。どちらが強いかを、直接決める戦いだ。故に、高揚する。昂ぶる。高まる。剣を握って構えれば、世界はその為だけに染まっていく。


「あ、待った。新入生の後輩よ。教えなきゃならねえことを、忘れちまうところだった」


「……なんだ?」


「なぁに。世の理ってやつだ。我らが学園では知っておかなきゃならないことだぜ?試験には出ねぇが、それは出るまでもないくらい重要って意味だ」


「理」


 だが、その空気に水が刺された。折角いいところでとサルビアは顔をしかめながら、一応聞き返す。もしかしたら、価値のある言葉かもと心のどこかで期待して。


「一つ。空は青い」


 天を指差して一つ。


「二つ。海も青い」


 遥か地平の先を指差して、二つ。


「三つ。ザクロ・ガルバドルは天才にして不屈」


 そしてザクロが己を指差して、


「がぁっ!」


 聞いて損をした。無駄な時間だった。ただの馬鹿な自己満足だった。最後まで聞く前に一歩踏み出したサルビアが、瞬く間に間合いを詰める。


「ちょっとその反応はないだろう!いくら能天気な俺でも悲しいぞ!」


「黙れ先輩。剣士なら、御託ではなく剣で語れ」


「くっそ。三つ目はともかく、一つ目と二つ目は剣でどう表現するかな。一緒に考えない?」


「断る」


 魔法の剣を使いこなすザクロ相手の遠距離を嫌ったのだ。障壁対策にしっかりと、右の剣は物理で左は土の魔法剣に握り、放たれた矢のように。


「んー、振られちゃったか!じゃあまた今度誘うから、今は戦いに集中かな!」


 だが、サルビアが遠距離を嫌うことを読めないザクロではない。後退して距離を離しつつ、彼は氷の長剣を振るう。伸縮し、木々を交わして迫り来る鞭のような剣だ。


「魔法障壁なのは分かってんぜ?」


 ザクロの遠距離攻撃は、魔法の氷剣。故に、サルビアは魔法障壁を張ると予測できる。氷剣が目標へと到達する寸前、剣を引き、木々を斬り倒して物理の攻撃へと応用。


「この程度の物理攻撃しか、こないと思ってな」


 空と横から降り注ぐ丸太を斬り倒して進み、サルビアは不満そうに呟く。ただ降ってくるだけの的だなんて、つまらなかった。心が踊らない。もっと、技術を持って振るわれる剣がいいと思って、


「っ!?」


「この程度、ねぇ?」


 目と鼻の先に迫る刃物に、驚愕した。木々に僅かながら気を取られたその一瞬で、ザクロは氷の剣を、無数の関節を持つ異形の剣へと入れ替えていたのだ。自然が創り出した狭さを縫うそれは、まるで百足のような。


「って!でも避けるんかい!」


 氷の長剣で木々を伐採したたのは、物理判定の百足の剣を存分に振るう場所を作る為。思考なき反射で首を傾き避け終えてようやく、サルビアは理解した。


 虚空庫を介した瞬時の武器の入れ替えは、使用者にとっても大きな隙であり、あまり使われないものではある。だが、使うタイミングによっては、このように絶大な効果を発揮する。だから初心者の内に警戒するようにと、しっかり叩き込まれるはずなのだ。


「こういうのには慣れてないのか?」


「ああ」


「あー、そりゃその、なんか悪いな」


 しかし、ハイドランジアはこのような搦め手を好まず、サルビアにも教えなかった。いや、初見殺し全般とその対策を、彼は教えなかったのだ。対処できずに死んだ方が悪いと、彼の祖父は考えていたが故に。


「初見殺しだろうがなんだろうが構わない。戦場では当たり前のことで、反応できなかった俺が悪い」


 そしてその考えは、サルビアにも受け継がれていた。証拠として、彼の顔に初見殺しによる不快感はなく、ただ興奮と歓喜に満ちた異様な集中があった。


「それに、もっと見せてくれ先輩。俺はそうして強くなる」


「おいおい、俺は教材代わりか?」


「ああ。斬れないものを見つけ、己を鍛えあげ、いずれ斬る。それを繰り返せば、最強だ。知らない技を見て、覚えて対処できるようになるのを繰り返せば、無敵だ」


 学べる喜びと強くなれる喜びが、そこにはあった。失礼にも先輩を教材と呼んだが、それは事実だった。ただひたすらに上を目指す為に未知を既知へと乗り換え、斬れないものを斬れるものにしようとしていた。そうすることで、最強になろうとしていた。


「目指すは剣聖のその更に先。俺はいつか、『魔神』も『魔女』も斬り殺す」


「世界でも救うつもりか?そら大層すごく立派な夢だと思うが、噂じゃ奴ら、忌み子に憑依を繰り返すから剣で斬っても意味がないというか」


 残念ながら、『魔神』と『魔女』を斬ったとしてもその先はない。むしろ復活され、世界は救えない。そう否定し、虚空庫から取り出した短剣を投げるザクロにサルビアは笑い、


「違う。世界を救うつもりはないし、別に蘇られても構わない。また斬れるしな」


「は?じゃあなんで」


「最強だからだ。『魔神』と『魔女』こそが、最強だからだ。あんな馬鹿げた奴らを、この手この剣で斬りたいからだ。世界に無双は一人でいい」


 愚問だと、何を当たり前のことをと、到来した短剣を避け、剣で撃ち落としながら夢を語る。前人未踏。幼い頃には目指したとしても、一定の年齢にもなれば捨てるような馬鹿げた夢。多すぎる分母に才能の差に環境、その荒唐無稽さから、誰もが諦めて笑う目標。世界でたった一人に与えられる世界一という称号を、少年は欲しがっていた。


「先輩には分からないのか?想像しないのか?『魔神』を剣で斬り殺せたら。『魔女』を剣で斬り殺せたらって」


「え?いや」


「最強になったら、どんな気持ちなんだろう。どんな景色なんだろうかって」


 味わいたいのは、最強を己が斬る快楽。辿り着きたいのは頂。世界でただ一人のみが、知ることができる景色。願えば叶うと信じているような子供の眼で、彼は夢を見ていた。


「だから、どんどん見せてくれ。そして俺を、どんどん最強に近づけてくれ」


「ははっ!見せるのは構わないが、断るね。そう簡単に俺の教科書をめくられてたまるか」


 凄みを増したサルビアの剣に応ずるよう、ザクロは笑いながら、剣を普通の鉄製の剣に戻して腰に差し、居合の構えに。


「なぜだ?先輩」


「決まってるだろ。俺だって、負けたくねえからだよ!」


 そしてもう一度。虚空庫から百足の剣を引き抜く。それも手で隠すように入れ替えて、距離を保ったまま居合斬りを。無数の刃の関節を持つ剣が、突如としてサルビアへと迫る。


「なっ……」


 一度剣を元に戻したフェイク。一歩も動かないでタイミングを狂わせ繰り出された、超遠距離の居合斬り。根付いた木を避け、今までの戦いで生み出された年輪の上だけを、異形の剣はしなって進む。


 障壁の切り替えは許さない。その為に魔力に任せて大量生産した氷の槍を僅かに遅らせ、サルビアめがけて撃ち込んだのだから。


「先輩、言い忘れていたが、俺に二度目はない」


 予期せぬ動きで曲がる剣と、物理障壁を超える氷槍の同時攻撃。だが、サルビアは焦ることなく難なく反応し、百足の剣を見極め、弾いてみせた。


「一度見た技全部に、本当に対処するってか!?」


 戦いということ忘れ、ザクロは驚愕に溺れる。とてもじゃないが、反応できる状態には思えなかった。意表を突いたと思った。しかし、サルビアの言葉が真実なら。


 剣の枠から外れた、異形なる剣。遠い異国にて使われていたのを本で知ったザクロが、己の物にしようとした剣。鞭と剣を融合させたような形でありながら、それらとは全く別の扱いに、慣れるのに苦労した。それでも、なんとか物にしてみせた。そして今、手足のように振るっている。振るえている。なのに。


「ああ。だから、もっともっともっともっと!見せてくれ!」


 なのに、サルビアはたった一度見ただけで軌道を見極めた。どう動くかを予想し、的確な対処を取り始めた。


「その異形な剣の扱い方を、対処を俺に刻んでくれ!」


 まぐれではない。二度目も三度目も、防がれた。長さ故に、距離をとって一方的に斬れる。しかしその長さ故に、先端まで動きが伝わるのに僅かな時間がある。このタイムラグをサルビアは目で見て、確実な予測へと変えているのだ。


「ふざけんな!そんな一目二目で理解できるようなもんじゃねえんだよ!」


 緩急織り交ぜ、培った技を惜しみなく使っているから、今はまだ拮抗できている。サルビアをその場に釘付けにできている。だが、ザクロには分かる。後輩の剣に余裕ができ始めていることが。徐々に押され始めていることが。


「祖父からの教えだ」


 彼の悪夢は現実となった。少しずつ、サルビアがじわりじわりと距離を詰めていく。動きを読まれていく。解析されていく。差を詰められていく。ザクロが味わうこの感覚。実に気味が悪かった。


「全ての剣は一振り。故に、その一振りの最中で全てを見極めろ」


「地の果てまでぶっ飛んでそうな爺ちゃんだなぁ!」


 確かに、この世において同じ一太刀はない。どうしても、目に見えないほど僅かな誤差は生じてしまう。


『故に、全時間において唯一のその一太刀を、その一太刀の中で見極めろ。二度目に対処するのではなく、初見の最中から対処しろ。さすれば初見殺しもなく、敗北もない』


 ハイドランジアは、そう言ったのだ。何度も繰り返しそう言って、サルビアの身体を斬りつけたのだ。刻み込んだのだ。


「ああ。ぶっ飛んでる。俺もまだできない」


 サルビアはまだ、その言葉を完全に実践できたとは言い難い。現にさっき、初見殺しで負けかけた。


「だが、このぶっ飛んでることができたらそれは、強いだろう?」


 できたら負けない。負けかけることすらない。できたら、強い。誰もが理解できないと諦めるような理論に、サルビアは馬鹿真面目に挑んでいた。獰猛に笑い、その剣を牙として食らいつくように。


「ああ。ほんと、強いだろうよ!」


 このままでは負ける。食われる。そう判断したザクロが背後の木々を斬り裂き、大きく後退。姿を眩まし、そして、


「……ん?」


「どうした」


 いつ木の陰から剣が飛び出てくるか。サルビアは構えていたのだが、飛び出てきたのはザクロの疑問が一文字のみ。これも油断を誘う策の内かと一瞬考えるも、そのような男ではないとすぐに否定。警戒を解き、この楽しい時間を中断させるほどの出来事への興味を滴らせ、後を追う。


「これは」


「なぁ、聞くぜサルビア。お前が倒した動骨に、人骨はあったか?」


 そして、見た。


「細かい骨は分からないが、一目で人間のだと分かるようなものはなかった」


「……とにかくでかい。ねぇ」


 ザクロとサルビアが踏みしめているのは、草の生えた地面ではない。何かが這いずり、削り取っていったような剥き出しの地面。


「一体、どれだけ大きいんだ?」


 鬱蒼と生い茂った森はなく、視界は大きく広がっていた。薙ぎ倒された木々、えぐり取られた土の道の幅は10m以上。この間が、何らかの生物が無理矢理通った痕ならば、それは。


「サルビア。今日はこの辺にして帰ろう。急いで報告したほうがいい事案だ」


「なんだと。せっかく興が乗ってきたのに」


「どこか人の住む地域に向かっているのなら、何人死ぬか分かったもんじゃねえ。すまねぇが、頼む」


 その生物とやらは、どれだけ巨大なのだろうか。少なくとも、即座に報告すべきことなのは間違いない。


「……分かった」


 ザクロの剣に、もう闘気はない。そんな剣と斬り合ってもつまらないと、剣士は惜しむようゆっくりと、剣を虚空庫へとしまう。


「ああ、そうだサルビア」


「なんだ」


 彼はまだ子供で、呼びかけられてもその不満さ故に、ぶっきらぼうに答えてしまう。


「……お前、やっぱり今日は運が悪かったよ」


「……どういうことだ?」


「さぁな!じゃ、行くぞ!」


 そんな彼に、ザクロは小さな声で。意味を聞かれても答えはせず、腕を振り上げて元気そうに帰路についた。


『動骨』


 大きさ・骨を含めた場合、1m前後。異常個体?2m50cm〜??

 生息地・洞窟や薄暗い森など。


 他の動物の骨を纏う魔物。骨を纏う触手の骨腕と、骨を集めて核を守る骨鎧に別れている。


 基本的な攻撃方法は触手による叩きつけと、尖った骨による刺突のみ。異常個体になると、骨を尖らせる機構を創造することもあるらしい。


 ほとんどの場合、身に纏っているのは小鬼や小動物の骨であり、また、攻撃手段も物理しかない為、強化と障壁が使える人間にとってはさほどの脅威ではない。


 しかし、サルビアとザクロが遭遇した異常個体には堅牢な骨が一枚含まれていた。このように、纏う骨によって強さが大幅に変わる可能性もある。


 親戚に鉱石をまとう種類が存在する。鉱石の方が硬い場合が多く、一般的な脅威度はこちらが上。

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