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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第158話 幻想現実世界の勇者 後編




「なんだってんだ、おい……どうして、こんなことになってやがる」


 いち早く事態を察知したイヌマキは、すぐに決断を下せなかった。まさに絶望そのものともいえる状況に驚いたからでもあるし、残り十秒と少しの時間では何も変えれないと、賢い頭は計算してしまったから。止めれて数十体。それ以上は無理だろう。


「『魔神』!てめぇ、本当に……どこまでっ!」


 『魔神』のせいで広まった忌み子の誤解。ロロとクロユリとイヌマキで正さなかったその誤解。転移の魔法を発動したのは、自分達の世界の都合。日本人はずっと、理不尽に巻き込まれ続けてきた。


 失敗作もまた同様。勝手な都合で生み出されて、失敗して人としての機能を失って、眠らされて歴史の闇へと葬られていた。そんな彼らに人殺しをさせていたイヌマキだが、今はそれ以上に酷い。


 誰かを救う為でもなく、ただ無実の日本人を殺す為だけに起動するなんて。


「…………!」


 悩む悩む悩む。世界最高峰の知識が詰め込まれたその頭で、必死に計算を重ねる。マリーの命の数は残り少ない。例えそうでなくとも、この数を同時に制圧するのは不可能。


 結論。自分に出来るのは数十秒の足止め程度。その時間が終わったら、日本人は絶滅する。


「誰もが必死に頑張ってるってのに、本当にこの世界は!」


 仁とシオンとロロは塔へと。石蕗達は決死の覚悟で停戦を訴えに。マリーは命を200個近く削って門を守り、街の人間達も、侵入した騎士の撃退に全力を尽くした。誰も彼もが生き延びようとしたその努力を嘲笑うかのような、絶望の襲撃だった。


「これが、俺達人間のしたツケだって言うのか?」


 だが、仕方のない事なのかもしれない。人間の勝手な都合で生み出された失敗作が、人間に牙を剥くのは。ただ、生み出した者達ではなく、無実な日本人に牙の矛先が向くことだけは、おかしな話だった。


「……なぁ、『魔神』。世界はお前の言う通りなのか?」


 やはり、この世界は理不尽に溢れた世界なのだろうか。そう思って諦めかけた時に、声がした。









 『魔女』より古き人生の中でも、家族以外に心から頭を下げた回数は両手で足りる。そんな傲慢な王だった。


「いくら謝っても許されないことだとは思いますが、謝罪します。心より」


 だが、司令部から届いた伝令の内容を聞いた彼は、即座に頭を下げた。額を地べたに擦り付け、今までの歴史全てを間違いだったと認めた。例え『魔神』が間違えるように誘導したとしても、『記録者』が正さなかったとしても、虐殺と迫害を続けてきたのは自分達だと。


「謝罪は、受け取りましょう。どうせ数時間以内には離れる運命です。報復をする暇もない」


 石蕗は代償を支払わせるつもりはないが、金輪際関わるつもりもなかった。最大の目的である世界の奪還が成功すれば、それでよかった。


「……よかったです。これ以上、誰も死ななくて」


 俺を庇って消えた僕の話を聞いて、砕けそうになるくらい歯を噛み締めて涙を流していた堅は、トーカの遺志が叶った事を喜んだ。もうこれで、日本人と異世界人が殺し合うことはないだろう。僕の人格の犠牲を最後に、戦争は終わったのだと思っていた。


「…………謝ったって、何も帰ってこない。どちらの気持ちも痛いほど分かるから、こう言う。死ぬまでその罪を背負って、次の悲劇を生み出さないように生きろって」


 同じく僕の死を悲しんでいた桃田も、銃口に手を伸ばさなかった。トーカを殺した自分と王を重ね、彼に生き方を命じた。余りの不敬さに黒い人影がざわめぐが、王が掲げた手に沈黙を取り戻す。


「兵はすぐに撤退させ、転移の魔法で貴方達を街まで送ります。それくらいし」


「お話の最中に失礼します!司令部より緊急の連絡です!あの不死身に近い化け物達が、街から溢れ出て来ている模様!」


 王の会話を遮ったのは、部屋の扉をぶち破る勢いで入室して来た一人の兵士。内容は、聞いただけではさっきとあまり状態が変わっていないようなもの。堅は少しでも街の人間が抵抗しようとしたのかくらいにしか捉えず、終わった喜びと僕や多くを失った悲しみの入り混じった感傷に浸っていた。


「今までと変わった点を話しなさい。早く!」


 だが、王と桃田と石蕗の表情の変化は一瞬だった。王と呼ばれるこの男が持つ権力の異常さを対話の中で感じ取っていた石蕗と桃田は、遮るだけの非常事態だと認識したのだ。


「は、はい!化け物の数は尋常ではなく、どうやら街の中の忌み子達も襲っている様子で……」


「なっ!?俺達の仲間までか!」


 何が原因かは分からない。しかし、失敗作達が一斉に地下から目覚め、制御できなくなったとだけは分かる。


「『魔神計画』という、不死身の兵士を造る計画の失敗作です。不死身に近い肉体と何らかの系統外を保有していますが、知能がほとんどありません。ただ暴れまわるだけの存在です」


「目覚めた数は不明だけど、総数は軽く千を超えたはず。抑えられたイヌマキもさっきので時間切れだ」


 視線で問いかけた王に、石蕗達は即座に与えられるだけの情報を提供。状況は極めて悪い。あんな化け物、一体でも日本人の手には余るというのに、それが最大で千以上も湧き出したというのなら、街は数分と保たない。


「私達が義務を果たす時ですね。今から一分以内に戦場全体に聞こえるだけの拡声、『伝令』の連絡網を確立しなさい」


 王は一瞬だけ俯いて考えた後、すぐに結論を叩き出す。一秒の遅れが何百人もの死に直結する事態だ。その場の臣下の誰もが、命令に応じて一斉に行動を開始。


「私も出ます。ああ、久しぶりの外気で、本当の立場で外に出るのはいつ以来ですかね」


 豪華絢爛な服を纏い、王は赤と金の玉座から立ち上がる。彼が巨大な宝石のはめ込まれた杖を持ち、コツンと大理石の床を鳴らしたならば。


「え?」


「転移の魔法です。習得にはえらく時間がかかりましたし、日に何度は使えません。ただ、あの廊下は長くて、歩くには時間がかかり過ぎます」


 そこはもう、大理石ではなく地面の上。いつのまにか石蕗達と王は城の外に出ていた。黒い影が王に危険が及ばないよう周囲を固め、その内の一人が王に魔法陣を手渡す。


『ローラス王国、国王の名の下に命令を。時間がありません。故に、手短に話します』


 どれだけの魔力が込められていたのか。威厳のある声は、数十万の兵士が配置された戦場の端から端までに響き渡る。自国の騎士は全員が予言を聞くかのように耳を澄ませ、他国の騎士ですら最も国力のある国の王の言葉に、何も言わずに耳を傾ける。聞いていないのは失敗作達に怯え、襲われて逃げ惑う街の人間くらいなものだ。


『その前に、大悪魔イヌマキに命じます』


「……俺?つーか、知り合い?」


『生きているならば、説明し終える僅かな時間で構いません。どうか、失敗作達の足止めを』


 王がまず呼んだのはイヌマキの名前で、命じたのは残り時間全てを賭した足止め。イヌマキはもしや時間を消費させる罠かと疑うが、どちらにしろ足止めをしなければ街は滅ぶ。


「封印解除。拘束解放。術式展開。あんたの命令、信じて全て託すぜ。罠だったら絶対呪い殺す」


 顔も名前も知らない王の言葉に己の全てを託し、街の希望を繋ぐ為に、イヌマキは残り時間を全て解放する。空に浮かんだ総数七十二の魔法がそれぞれ命じられた役割に応じて、色と形を変えて輝く。


「頼むから、こんなことしないでくれや……」


 半分は失敗作へ迎撃を。もう半分は街の人間の保護を。索敵で失敗作と日本人の位置を完全に把握。失敗作には魔力を吸い取る蔦や、木製の檻を発動させて閉じ込め、自由を奪い取っていく。


「地下に安全な空間がある!道に従って逃げな!」


 あわや失敗作に囲まれて殺されそうだった人間を絡みつくような木の盾で守り切り、地下の空間へと収納。魔法で地面を掘り進めさせ、失敗作達が未だ入り込む様子のない自分の部屋へと誘導。


「もう誰も死なせたくねえんだよ!」


 十秒なんざもう過ぎた。身体はとっくに崩壊している。腐り果て、血と臓物を地に零して、もはやなくなりかけた喉で叫ぶ。思い付く限りの魔法、活かせる限りの知識を総動員させ、出来る限りを捕まえて、出来る限りを救う。


「……最後だからなぁ!」


 もう耳も聞こえない。視界はぼやけ、声だってもうほとんど出せていない。もう死ぬのは確定した。後数秒以内に、自分はこの世から消えてなくなる。でも、だからこそ。だからこそ、どうせ死ぬからとイヌマキは無茶に無茶を重ねる。


「これが俺の、出来る限りだ」


 天に浮かぶ七十二の魔法枠+イヌマキ本来の魔法枠+空に描かれた七十三の魔法陣=146。もう死にかけた脳に、限界の更に先の処理を強いる。捕まえる速度に救う速度は倍に。未だかつてない痛みを代償に、大悪魔は理想を現実へと変えていく。


「あ、あの、ありがとうございます!」


 いいってことよ。俺の責任なんだから。


 子供を助けて連れて行った母親の口の形を読み取る。そう返したつもりだが、声は出なかった。でも言われた感謝で、一秒だけ寿命が伸びた気がした。ほんの少しだけ、力が湧いた気がした。


 限界の壁を超え、大悪魔は力尽きるまで戦い続ける。色とりどりの魔法が街を覆い尽くす中、その様子を、鳥と視界を共有する魔法で見ていた王は、再度大気を震わせる。


『忌み子の伝説は嘘だった。『魔神』はどんな人間に対しても、憑依できる』


 王の言葉であれど、今度ばかりはざわめきを抑えられなかった。いや、正確に言えば、理解が追いつかなかった最初は静まり返っていたのだ。言葉の意味が浸透するにつれて、声は大きくなっていく。


 ならば、この戦いはなんだ?私達のしてきたことは、一体なんだったのかと。正義の為の戦いなどではなく、ただの虐殺だったのかと。


『これらは全て、『魔神』が仕組んだ罠である。憑依されないと思い込んだ我々に憑依し、封印から逃げ出す為の罠であった』


 上手いと、石蕗は唇を舐める。騎士達が動揺して罪の逃げ場を探し出したタイミングで、王は責任転嫁する先を明確に示してみせた。まるで騎士に責任はないかのように思わせた。


『現在、『魔神』はこちらの騎士に憑依し、忌み子とされてきた一人の少年と戦闘中である』


 再度のざわめき。『魔神』の復活という大いなる絶望の知らせで、一度目の衝撃と罪の意識は大きく削がれた。今の騎士は『魔神』を憎み、復活に怯える者が大半だろう。


『しかし、忌み子の『勇者』桜義 仁は、守るものが多い程力を増すという系統外の持ち主であり、『魔神』と拮抗している。もしかしたら、彼なら倒せるかもしれない』


 純粋な日本人に系統外はあり得ず、当然仁にそんな力も無い。憑依されているのも騎士ではなく、仁自身だ。王は結果の為ならば、嘘を躊躇わなかった。


『だが、ここで障害が発生した。敗北を恐れた『魔神』が、彼の守るべきものである人達を殺す為に、部下の化け物達を起動させたのだ』


 ロロはそんなこと話してなどいないし、俺と『魔神』の戦いの内容など知ってすらいない。が、王が作り上げた美談は偶然にも、真実と重なり合っていた。そして、真実と重なり合っているということは、非常に筋が通っているということ。


『我らは永き歴史にて、大きな間違いを重ね続けた。無実の民を罪人として迫害し、虐殺し続けた。この汚点は、未来永劫消える事はないだろう』


 王の声は、ここで罪悪感を呼び戻す。現実を認められないのか、それとも忌み子に顔向けできないのか。騎士の多くは地面ばかり見ている。


『諸君らに問う。誇り高き騎士である、諸君らにだ』


 だが、王の試すような声に、彼らはもう一度上を見た。王が何を言うのか、察したからだ。そして、その言葉が欲しかったからだ。


『このまま終わるつもりか?間違えたまま、何もしないのか?騎士とはその程度の存在なのか?いいや、違うだろう。君達は、常に最善を選び続けるべき騎士だろう』


 王の煽りと否定に、騎士から大きく賛同の声が上がる。誰だってそうだ。間違えたまま終わりたくなどない。罪人になどなりたくない。


『君達に命じるのは、忌み子達の護衛任務だ。化け物を抑え込み、桜義 仁が『魔神』を打ち破るその瞬間まで耐えろ』


 自分達が間違えた元凶である、『魔神』の目的を阻害するという復讐。虐殺してきた日本人に対する罪悪感。世界が救われるかもしれないという希望。それら全てが、騎士を勇敢へと変えた。


『問おう。世界が分離する数十分の間、忌み子を守りきる事は可能か!』


 王の問いに対する肯定の声が、踏み鳴らした足音が、擦りあった鎧の音が大地を揺るがす。


『問おう。この戦いに勝利しようと、決して汚点が消える事はない。過去は変えられないからだ。だが、それでも戦うか?』


 再度、肯定の声が世界を震わせた。彼らがなりたかったのは英雄だ。守りたかったのは人々だ。なったのは、騎士だ。誰かを守る職業である騎士だ。


『進め!永年に渡る間違いと、因縁に終止符を打たんが為に!そして、歴史の汚点に並ぶ栄光を今打ち立てるのだっ!』


 世界の分離がもう始まったのかと錯覚した。数十万人の鬨の声が轟き、進軍が開始。我先にと隊列を崩し、少しでも早く街へ着こうと走っている。


「なんという、光景だ」


 恐ろしいまでの演説。それが生み出した今の視界には、言葉で言い表せない何かがあった。


「先程まで全力で殺そうとしていたくせに、あんなに張り切って守ろうとするなんて」


 この寒気は、間違いを打ち消したがる人間の醜さを見たからだろうか。それとも、間違えたからこそ、次は正しい事をしようとした人間の希望を見たからだろうか。


「でも、一つだけ分かることがある」


 ああだが、それはどっちだって石蕗も桃田も堅も構わなかった。大事なのはそうではない。


「街が、助かるかもしれない」


 結果だ。結果が少しでも良い方向へと導かれている。その事実だけで、十分だった。








 失敗作の身体を断ち切りながら演説を聞いていたマリーは、地響きの大きさに思わず顔を上げた。


「なんて、こと?騎士が日本人を守るの?」


 それは、絶対にあり得ないと諦めていた夢。大好きな双方が殺し合わず、手を取り合う幻想が叶うかもしれないと知ったマリーは、呆然と剣を止めて呟いた。


「くっ!え?」


 戦場では絶対に見せてはいけないような、完全なる隙だった。そこを失敗作は見逃さず、自身の身体から骨を伸ばしてマリーの身体を拘束し、締め上げる。あと少しで押し潰され、ストックを切らざるを得なくなったその瞬間、骨がバラバラに切断された。


「マリー!聞いたか!?」


 動かない身体を風魔法で器用に少しだけ浮かせて追いついたザクロが、風刃で失敗作の骨を切り刻んでマリーを救ったのだ。思わぬ助けに目をまんまるさせつつ、演説を聞いたと頷けば彼は笑って。


「今すぐ君が戦闘不能にした騎士の傷を癒してくれ!新規の騎士がここまで来るのには時間がかかる!でも、君が斬った騎士ならすぐだ!」


 動ける騎士は、イヌマキの魔法によって森の一部になっている。王に励まされた騎士達も距離があり、到着するには、一番近い箇所でも数分の時間を要するだろう。


 だが、動けないが故に森に見向きもされず、すぐ近くで転っていたり、戦場となった門に近い医療用天幕にいる、マリーが身体の自由を奪った騎士ならば、すぐに街へと駆けつけられるだろう。


「分かったわ!すぐに治す!」


 すぐに系統外を操作し、与えた騎士達の傷を全快させる。傷を治癒魔法で癒せるようにするのではなく、完全なる全快だ。その意味が分からない者はおらず、その意味を拒否する者は少なかった。彼らも王の言葉を聞き、戦いたかったのだ。


「良かったなマリー!」


「こんな状況で何が?別に貴方との共闘なんて、さほど嬉しくもないんだけど」


 同じく治癒され、全力で剣を振るうザクロの声に素っ気なく返す。確かに旧友と目的を共にし、背中合わせで剣を振るうのは嬉しくもあったが状況が状況。嬉しいなんて口が裂けても言えないと、失敗作を少し強めに斬り刻む。


「酷いこと言うな……違うぞ?お前が騎士を殺そうとしなかったから、こんなに早く援軍が着いたって言いたいんだ」


「……」


 門を通り、または壁の上から続々と侵入を果たす騎士を横目で見たザクロが口にしたのは、マリーの予想とは大きくかけ離れた言葉だった。でも、その言葉は彼女の胸の奥にすぅと染み込み、血液の温度を上げる。


「ごめんな。俺らが間違ってた」


 マリーが殺さなかったから、戦闘不能になった騎士達は、そこまで日本人を恨まなかった。マリーが殺さなかったから、彼らはすぐにここまで来れた。死んでいたら援軍のしようがない。


「お前の正義は、正しかったんだよ」


「っ……!」


「だから、虫がいいかもしれないけれど、俺らもお前の正義に乗せてくれ」


 ずっと、エゴだと思っていた。理想で甘ちゃんで、綺麗事だと笑われてきた。斬り捨てる方法の方が、もっと多くを救えるのではと悩んでいた。それでも、出来るならと貫いてきた正義だった。


「……馬鹿ね。私はずっと正しいと思っていたから、実行してきたんじゃないの」


「もしもの時は破ろうとしてたくせに、よく言うな」


 だが、今回はそんな正義が最高の結果をもたらした。マリーは初めて、この正義を貫いてきて良かったと、心の底から思えた。


「みんな、聞いて!騎士達は日本人に危害を加えない!守ってくれる!だから攻撃しないで!」


 溢れ返る失敗作と騎士の侵入により、大混乱に陥った日本人へ、マリーが拡声魔法を使って呼びかける。その声に落ち着いた者、あるいは実際に助けられて知った者、失敗作と戦う鎧姿を見て悟った者達は、騎士の避難指示に従い始めた。


 もちろん人間、全員が賢く綺麗なわけもなく、反発なんていくらでもあった。助けに来たフリをし、忌み子を殺そうとする騎士。助けに来てくれた騎士に、恨みを晴らそうと銃口を向けた日本人。


 だがその一方で、違う光景も広がり始めていた。物理障壁の展開を徹底した騎士の背後から、日本人が射撃を行うなどして共闘したり。失敗作の戦いで傷ついた騎士を、日本人が担いで医者の元へと運んだり。


 人間の醜さも美しさも、そこにはあった。ただ、確固たる一つの事実があるならばそれは、殺し合う者達よりも助け合う者達の方が圧倒的に多かったことだろう。


 決して許した訳じゃない。でも、今だけは共闘を。助けてくれたのだから、助けようと。つい数時間前まで銃と魔法を撃ち合っていた日本人と騎士が、手を組んでいた。


 ザクロとマリーが夥しい数の失敗作を行動不能になるまで殺す、もしくは剣を全身に突き刺して地面に縫い付けるなど、無力化していく。


 コランバインや各団長の指揮の元、統率された騎士が複数人で一体の失敗作を包囲する。時には日本人と協力する姿も見られた。そして、勝手に地中から現れた木の蔓や檻が失敗作を拘束してくれる事もまた、稀に数回だけあったと言う。








「––––––––––––!!」


 消えゆく世界で少しでも失敗作を捕まえられるようにと、誰かを助けられるようにと、無い声で心だけで叫んだ。


「…………」


 魔法も魔法陣も消えていく。残ったのは、魔法が生み出した結果のみ。拘束した失敗作の数は500以上。救い出し、安全な場所に避難させた日本人の数は数千人を超えるだろう。ただの時間稼ぎでしかなかったが、それでもここが限界。死にかけにしてはよくやった。


 あはははは!なんだよ。


 さて、王はどう受け継いでくれるのやらと全体的に眺めてみたら、心の中で笑いが溢れた。次々と街に侵入を果たす騎士が日本人を保護し、失敗作と戦っているではないか。


 ずっと心残りだったんだけどなぁ。


 自分達が、『魔神』を生み出してしまったことが。自分が『魔神』を仕留めきれなかったことが。自分が、『魔神』の予備を見抜けなかったことが。忌み子の誤解を正さなかったことが。過去の失敗が、今の忌み子と騎士の対立を生んだ。世界一つに等しい数の犠牲者を出した。


 こんなのが、見れるなんて。


 なのに今、彼らが共に戦っている。日本人は今を生きる為に憎しみを呑み込んで。騎士達は過去の失敗を認め、少しでも良い選択をしようと死を覚悟で。


 最後の最後で、いい人生だと思えたよ。


 最後の力を振り絞り、騎士達が手こずっている箇所へも援護の魔法を回す。そうして、数体を共同で捕らえたところで、イヌマキの意識は潰えた。









 仁の心を折る為の行動だった。『魔神』は勝利を確信し、仁もあと少しで絶望に負けるところだった。


「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?なぜだ!なぜ、こうなるっ!?」


 だが、蓋を開けてみればどうだ。僕やティアモの記憶の中を見て、騎士と日本人は決して分かり合えないと考えていた『魔神』にとって理解不能な真実が、そこには映っていた。


「騎士達は間違いを認めたんだ。そしてその上で、正解を探して答えを出したんだよ」


 映像を前に髪を掻き毟り、真実を否定している『魔神』に背後から告げる。


「これで分かっただろっ!」


 そして、振り向いた『魔神』の腹に、深く思いを叩き込んだ。全員ではない。全員ではないが、それでも大多数の人間がより良き答えを探していると。この共闘こそが、その証明だと。


「分かってたまるものか!」


 だが、『魔神』はまだ倒れない。認めない。認めてしまえば、その瞬間には負けてしまうから。


「今は確かに協力したとも!だが、こんなのはまやかしだ。その場の熱に当てられて、流されたに過ぎない!」


 今回の正しい行いは偶然だと。彼らは罪悪感から逃げる為に正義を行っているだけに過ぎず、いくら善行を重ねようと罪は消えないと。


「いいか?貴様らは必ず間違う生き物だ!前に進む?進むがいい。だが、進んだ先には破滅しかない!」


 例え今が正解だったとしても、いずれ必ず間違えると、『魔神』は断言する。最善だと思って進み続けたその先にあるのは、自分達の世界を丸ごと呑み込む破滅だと、『魔神』は予言する。


 地球でいうならば、エネルギーだったはずなのに、兵器として使われた原子力爆弾だろう。シオン達の世界でいうなら、便利な魔法を使い過ぎて出来た、世界を吹き飛ばすような魔力溜まり。そして、強さと不老不死を求めた『魔神計画』だろう。


 少しでも苦を減らそうと、生活をより良くしようと、恐怖を減らそうとした結果、人類は身に余る力を手に入れてしまった。対処を一つ間違えれば、星ごと全てがなくなるような力を。


「貴様らがいれば、必ずこの世界そのものが滅ぼされる!そんな事も分からないのか?だから迅速に、人類を入れ替える必要があるのだ!」


「……ああ、その通りかもしれないな」


 その言葉を、仁は否定出来なかった。ニュースでの聞きかじり程度の知識しかないが、それでもその存在には恐怖を覚えた。本当にいつか、人類が自らの手で滅ぶ。そういう日が来るのかもしれない。


「やはりそうだろう。否定出来ないだろう!」


「でも、誰かが世界を滅ぼそうとした時には必ず、世界を救おうとする人達が現れる」


 だが、そのいつかを今にしない為に、戦っている人達がいる。『魔神』止める為に戦っている、仁のように。『魔女』を止めようとした『勇者』のように。運命そのものに挑んだ『聖女』のように。


「必ず?」


「必ずだ。なぜなら俺は知っている。いいか『魔神』。知っているというのは、信じるの更に上だ」


 世界の危機なんて聞いたら、シオンは一目散にみんなを守ろうと駆けていくだろう。いいや、彼女だけじゃない。マリー、堅、環菜、桃田、楓、柊、酔馬、梨崎、蓮、石蕗、ジルハード、ティアモ、メリア、サルビアだって。いいや、それ以外の人間だって、きっと抗う。


「だが、救えるかは分からないだろう?」


「ああ。必ず滅ぶとも限らない」


 『魔神』は確実ではないと否定するが、それは逆でも同じこと。未来の事なんて、メリアの系統外でもない限り分からないのだ。いや、未来を観れた彼女でさえ抗えば、微妙な違いは生じていた。


「だから俺らに出来るのは、お前を倒して世界を守る事くらいだ。まだ見えない、誰にも分からない未来を、次へと繋ぐ事だけだ」


 人類の希望を信じる拳と、人類の絶望を信じる拳とがぶつかり合う。技術や速度、身体能力全て『魔神』が圧倒。しかし、仁はいつまでも倒れることはない。


「こいつ、いつになったら……!」


 いつまでも終わらない戦いに、『魔神』の顔が曇り始める。どれだけ拳をぶつけようが、どれだけ理想を語ろうが、俺は絶対に負けないのだ。膝をつくこともある。吹き飛ばされ、倒れることもある。だがその度に、何事もなかったかの様に立ち上がるのだ。


「いつまでも、だ。この根比べは、俺が勝つまで続くぞ」


 最初からそうに決まっている。だから僕は、俺を送り込んだのだ。何千何万何十万何百万飛んで那由多回繰り返しても勝てるか分からない?ああそうか。分かったとも。じゃあ、もっとやろう。


「この場所に来るまでに、数え切れないほど託された。俺が歩んできたのはそういう道だ」


 数え切れない犠牲を積み上げ、骨によって編まれた道を歩き続け、ようやく届いた最後の戦い。


「……俺の人生は間違いだらけだった」


 その道で仁は幾度の間違い、数多の失敗、無数の敗北を繰り返してきた。その度に大切な人を失って、失い続けてきた。


「だから、今度はもう間違えない。だから負けない」


 故に、彼は誰よりも間違いと失敗を怖れ、敗北を許さない。腕がもげようと、足が氷に変わろうと、牙が折れようと、身を切り刻まれようと、身体に風穴が空きこうと、大切を何度失おうと、何度死ぬ感覚を味わおうと、彼は決して敗北を認めない。認めることを、己が許さない。


「現実世界なら、どれだけ足掻いたってお前には勝てないだろうよ」


 例え彼は本当に死ぬ瞬間でさえ、敗北を認めることはないだろう。それは、現実において無意味な悪あがき。負けを認めなくとも、死ねば桜義 仁という存在は終わるのだから。


「でもこの世界なら、お前が俺に絶対に勝てないんだよ!」


 しかし、この世界でなら。諦めなければ負けとならない、精神の世界でなら。間違いを怖れ、失敗を恐れ、いつまでも諦めず、敗北を絶対に認めない彼は、絶対に負けない。間違いと後悔と失敗によって鍛え上げられしその覚悟は、神をも貫く剣となる。


「この世界でなら、俺は『勇者』になれる」


 希望への歩みを止めることを許さぬ脚。救えなかった命の代わりに、未来を掴もうする手。積み上げた敗北によって芽生えし、敗北を認めぬ心。救えなかった者がいたからこそ、救いたい者がいる願いを合わせ、その身は『勇者』となる。


「この戦いに勝てば未来がある」


 『魔神』に勝利すれば、日本もシオンの世界も救われる。


「やっとだ。俺に任せたと、『勇者』になってくれと言ってくれた人達に、報いることができる」


 死した者は帰らずとも、こんな男に願いを託した者の願いを叶えられる。


「だというのに、少し絶望したくらいで諦める?」


 嘲笑が溢れる。ここまで来て、今まで積み上げた骸を意味無き死へと返すのか?託した者の願いを願いのまま、叶わぬ幻想のまま終わらせるのか?あり得ない。


「こんな状況で諦めるわけがない」


 不可能を可能に、荒唐無稽な幻想を現実に、世界を救ってこそ『勇者』だ。


「聞けよ『魔神』!俺を諦めさせたいなら、俺以外の人類全てを殺してみせろ!」


 唯一、敗北があるとするならば、それは世界が滅んで、守りたいと思うものがなくなった時。前に進もうとする人類がいなくなったその時に初めて、仁の心は諦める。敗北を認める。


「それ以外の絶望が世界を覆っても、何千回死んだと錯覚するような苦痛が与えられたとしても、俺は決して諦めない」


 救えるのならば、その可能性が絶望の彼方に欠片一つでもあるのならば、『勇者』に諦めはない。だから『魔神』は仁に勝てないのだ。


「ふざけるな!それでは、私が勝てるわけが……」


 仁以外の人間全てを殺すには、仁に勝つ必要がある。しかし仁に勝つ為には、仁以外の全人類を殺さなければならない。『魔神』はようやく、仁に絶対勝てないカラクリに気づいた。気づいて、しまった。


「今、弱音を吐いたな?」


 『魔神』が見せたその隙に、俺が拳を握る。絶望を振り払い、希望と勝利と未来を掴んだ拳だ。


「お前にも、あったんじゃないのかっ!」


 世界のルールに縛られた『魔神』の動きが止まる。彼は今、心が折れかけた。つまり、弱った。


「大切な、守りたい何かが!」


 今しかない。『魔神』の心を折るには、救うには今しかない。『魔神』の最後の抵抗の拳をかわして、仁その懐に潜り込む。


「俺とお前が逆の立場になれるような、そんな人がいたんじゃないのか!」


 かつてロロから聞いた、『魔神』の物語。彼に心を与えた人達を思い浮かべて、乗せた拳を通じて彼の心臓へと伝われと。


「私は、彼女達のような人が、生まれない為に……」


 ここだ。ここが『魔神』の弱点だ。伝わってきた感情、僅かに溢れでた本音に仁は知る。


「違う。私は、この世から悲劇をなくす為に」


「いいや違う!お前はただ、大切な人を守りたかっただけだ!そういう世界を創ろうとしただけなんだよっ!」


 『魔神』が創ろうとしたのは、悲劇なき世界。なぜそんな世界を創ろうとしたのかと問われたならば、彼はきっと、救えなかった人達が死ななかったであろう世界を作りたかったのだ。


「俺も同じだ!大切な人が守りたい!そんな世界にしたいっ!そう託された。そう思った!だから、譲れないんだ!」


 だが、仁だって同じなのだ。大切な人が死なない世界が欲しいだけなのだ。ここがそういう世界だと、信じているから守ろうとしているのだ。


「やめろ。壊さないでくれ。頼む……!」


「お前の理想はお前だけのものだ。誰かに託された物でもなく、実現しても、お前の大切な人は帰ってこない」


 決して負けを認めない仁に、『魔神』は何度も何度も懇願する。しかし、仁は許さなかった。いいや、許せなかったのだ。


「そこなんだよ。お前と俺の違いは。託されたか、大切な人が生きているかどうかなんだ」


 仁も『魔神』も、互いの世界に共感していた。認めてしまっていた。だが、『魔神』と違って仁には、絶対に譲れない点が一つだけ存在していた。


「俺が勝っても負けても、その世界にお前の大切な人はいない。けど、お前が勝ったら、その世界に俺の大切な人はいないんだ。俺が勝ったら、いるんだよ」


 全てを失ってから再び、大切なものに巡り会えたか。全てを賭してまで守りたい何かを見つけられたかどうかが、勝敗を分けた。


「待て……お前は、お前の後ろには一体何人の……!」


 その時、魂に関する系統外を持つ彼の眼には、仁の後ろに何が見えたのだろうか。分からない。だってすぐに、彼の視界全てを、拳が埋め尽くしたから。


「希望が足りなかったな。『魔神』」


 希望を見つけられず、今度こそ絶望して消えていく『魔神』に、仁は背を向けた。


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