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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第154話 額と震える指


「目を覚まして天国かと思ったら……何故かは知らねえが、手当てされてた。だから、一回だ」


 借りは返したと、庇ったシオンの身体をその辺に放り投げる。血を流して気を失っている少女は、『魔神』にとっていつでも殺せる蚊のような存在でもあり、もしもの時に備えての器でもあった。彼からシオンを殺す真似は今はないだろう。しかし、あの出血量だ。放っておけば直に死ぬ。


「天からのお迎えか、それとも上からのお迎えか。もしくは俺の勝ちか。どれが来てもいいように、全部に祈っとけ。神も俺も寛大だからな。他の奴に祈ろうが文句は言わねえよ」


 ジルハードも悪いとは思うが、これ以上の治療をする余裕は欠片もない。対峙しただけで理解出来る。目の前の黒髪黒眼の存在は遥か高みにあると。


「だがな?いくら寛大でも限界ってもんがある。人の奥さんの身体勝手に乗っ取りやがって。とっとと出てけやこの間男が」


 絶望的なまでの戦力差を前にしても、灰色の騎士には一切の怯えはない。剣すら向けずに『魔神』を蔑みと憎しみの目で見つめ、ティアモを心配と愛情の目を向けていた。


「掌の上で踊っていた哀れなる騎士よ。その身体で一体何が出来る?今にも死にそうではないか?」


 蔑まれようが罵倒されようが憎まれようが、『魔神』にとっては慣れっこであるし、虫ごときの感情など気にする意味はない。ただ、もう死にかけている虫がする奇妙な飛び方には興味があった。


「何とかできる。つーかする。そう信じてる」


「縋り付いているの間違いだろう。残念だが、彼女の精神の死は既に確定した」


 騎士はそれでもなんとかしようと希望を持ち続けているが、残念な事に『魔神』の精神の支配は絶対だ。『魔神』が特例の許可を出さない限り、憑依した瞬間に精神は崩壊を開始。『魔神』が身体から離れても、決して止まる事はない。


「やってみなきゃ分からねえだろ」


「最後の悪足掻きとばかりに対抗しているが、もう遅い」


 崩壊の速度には個人差がある。ティアモの魂の欠片が必死になって暴れているが、数分以内には完全に沈黙するだろう。その間に万が一、逆転して精神を奪う事が果たしてあり得るかと問われたなら、答えはノー。馴染むのに支障が出るだけだ。


「黙れや。まだ少しでも残ってんなら、引っ張り上げてやる」


「何故、人はこうも辛い事実を受け止められず、ありもしない理想に生きるのか。それともなんだ?身体だけでも返して欲しいのか?」


「黙れって言ってんだろうがっ!……がっ!?」


 進もうとしたはずなのに、ジルハードの身体は前には行かず地面へと倒れ込む。見えない力で上から押さえ付けられているのだ。物理と魔法と障壁を切り替えてみるが、一切の効果はない。


「てめえ、何しやがった!」


「高い頭を押さえ付ける系統外を使っただけだ。会話の最中にな。気付かなかったのか?」


「……ぎり」


 発動にそれなりの時間がかかる欠点はあるが、一度発動すれば術者が解除、もしくは魔力が尽きない限り、範囲内で永続する『重力操作』がその正体。全身の力を振り絞って騎士は立とうとするが、ボロ布のような身体では叶わず。


「哀れだな。実に哀れだ。人は、希望や諦めない事を美徳とする。根性論で励ます事もある。それがどうも、私には分からない」


「諦めなきゃ、救えるかもしれねえだろ……!諦めたら、救えねえだろ!」


「諦めなかったその先で、救えない事もあるだろう。いいか?確かに多少の力の差は生じる。だが、その者が持つ力以上を出せる事は絶対にない」


 『魔神』の言う通り、世界には限界、不可能、無理というものが幾つも存在する。


 人がその身一つ、魔法なしで空を飛べないように。人が身体強化を使わず、ダイヤモンドを頭突きで砕けないように。人がどれだけ息を吸い込んで海に潜っても、ずっと水中に居れないように。人がどう願っても、時を止められないように。人が酸素の少ない、炎に囲まれた空間では長く活動できないように。


 どれだけ手を伸ばしても、届かない事はままある事。それを認める事を根性が足りない。諦めているなどと称するのが人間だ。まだ出来ていないだけで、可能性はあると信じている。


「なんだ?貴様らは、諦めなければ何でも叶うと思っているのか?それが本当なら、人類は全員が幸せになっているだろう。弱者をいたぶる強者もおらず、戦争も争いも犯罪もない世界に、既になっているはずだろう?」


「……」


 諦めなければ願いが叶うというならば、この世はきっと理想郷だ。そんな世界ならきっと『魔神』も『魔女』も生まれなかっただろうし、日本人と騎士が争う事もなかった。ジルハードに一歩一歩近づきながら、彼は朗々と世界を語る。


「努力が足りないのか?世界を平和にする事を諦めているのか?いいや違う。出来ないからだ。この世界こそが、貴様らの希望を否定する証明だ」


 だが、世界はそうはならなかった。自らの不幸を他者のせいとし、自分だけでは嫌だと道連れに引きずり込もうとする。殺し殺され喰らい喰らわれ。弱き者は強き者に搾取されては奪われる。死んだ方がマシなクズが平然と息をしていて、死ぬべきではなかった善良な人々が死んでいく。これらの不幸が自分に降りかかるまでは所詮対岸の火事だと知らんぷりを決め込み、いざ自分の番が来ればぎゃあぎゃあ喚き立てる。


「さぁ考えよう。結果があるなら原因がある。目を逸らすな」


 『魔神』から見れば、世界とはそんな醜いものだった。じゃあ、誰がそうした?世界を不幸にしたのは誰だ?


「人間だ。人間が、他者を不幸にせずにはいられない生き物だからだ」


 人間が人間である以上、他者と競う事をやめられない。他者を蹴落とす事をやめられない。他者を傷つける事をやめられない。それは本能に刻まれた、しょうがない部分だ。


「だから、今いる人間みーんな滅ぼそうってか?」


「新しい人類の用意は既に出来ている。争わず、他者を傷つけず、平和こそ幸せと正しく理解している人種だ」


「ははっ、ふざけんな」


 故に、滅ぼす。かつて『魔神』が世界を滅ぼそうとした理由を知ったジルハードは、血混じりの唾を地面に吐き捨てる。ティアモの身体で無かったのなら『魔神』へと吐いていたかもしれない程、苛立っていた。


「なんだよ。もっと切羽詰まった理由があるかと思ってたんだが、そんなのか」


 一度、世界を滅ぼすかもしれないと、笑っていた人を見たことがあった。結果として彼女の予想は当たってしまって、転移した先の世界は九割の終焉を迎えた。だが、それはジルハード達の世界を救う為だったし、そうならずに済むよう彼女は手を打ち続けていた。


「認められないのは、自分が不幸の対象だからだ。自分が死ぬから貴様は今、拒絶している」


 『魔神』の言うことにも一理ある。協力してくれれば貴方は殺しませんといえば、どれだけの人が群がるかは想像に容易い。


「うっせえカス。俺なんざいくらでも死ねばいい。俺が腹立ててんのは、そんな理由であいつらの守ろうとしたもんぶっ壊されることだよ」


 だが、ジルハードは違う。苦しんで狂いそうになって壊れそうになって、それでも必死に抗い続け、世界を犠牲に救われた世界を滅ぼされるのが、どうにも我慢ならなかったのだ。


「メリアとティアモ。いや、今まで必死に生き続け、世界を繋いできた人間達の想いを全て踏み躙るてめえは、絶対に許さねえ。とっととくたばりやがれ、だ」


 自分の命なんかより、よっぽど大事なものをジルハードはもう見つけていた。だから、動かぬ身体でも必死に指先だけに力を入れて、『魔神』の夢に対して中指を立てた。


「出来れば、同意の元に幸せに死んで欲しかったのだが……致し方あるまい。この塔に入れた時点で、希望を信じ切っている者だと思い出すべきだった」


 説得は不可能。いや、元よりそうだったかと『魔神』は悲しげに手を振る。シオンとの距離を考えるに、彼も指輪の範囲にいる可能性がある。故に生み出すのは『武計』による銃。


「ティアモ!んなカスに乗っ取られてんじゃねえ!目を覚ませ!」


「残念だ。彼女が眼を覚ますことはない。覆水盆に返らず、奪われた魂もまた同様。言っただろう?根性論や精神力などでは、太刀打ちできない領域があると」


 ティアモを呼び戻そうとジルハードが叫ぶが、それは全て無意味な行い。本当に本当に、あり得ないのだ。より深き絶望を与える為、『魔神』はわざわざティアモの手で引き金に指をかけて騎士の額へ。


「おい!ティアモ!いい加減にしろ!こんな奴に負けるお前じゃ!」


「いや負ける。全人類は私に勝てない」


 もう片方の手に風魔法で作った剣を握り締め、ジルハードの首へ。身体を乗り換えて力を奪い続けることで無限に生き続ける、人間によって造られた、人間を滅亡に追い込む存在。勝てなくても仕方がないと笑みを浮かべて、


「まだ馴染み切っていない……いや、抵抗を続けているのか」


 引き金は引けず、剣も空中に固定されたかのように振り下ろす事も出来ず。全く動かない両腕に腹立たしさを感じながら、『魔神』は別の系統外を展開。腕を使わずにジルハードを殺そうとする。


「……何故だ?さっきから『七星』は使えたはずだが」


 が、これもまた叶わず。本来なら呼び出されるはずの七振りの剣が、欠片も出てこない。


「凄まじい精神力だ。無駄な抵抗と知りながら……おかしい。こうまで使えないものか?」


 今までにない程強情な抵抗の仕方だった。他の系統外も試し始めるが、悉く失敗。展開していた『勾玉』まで消滅してしまった。気の遠くなるような年月の中で一度もなかった事態に動揺したその一瞬の隙、そこを彼は突いた。


「殺す」


 階段から飛び降りてきたのは、黒い影。肩を浅く斬られてから『魔神』は剣に気付き、まだ動く脚で後方へと飛び退いた。標的を仕留めきれなかった少年は、『魔神』でも驚く速さでジルハードを引き連れて離脱して、血を撒き散らしながら剣を向けていた。







 生きていてくれ。そう、願い続けていた。幾度も幾度も、一瞬の中に何千何万回と。


「殺す」


 だから、出来る限りの速さで階段を降りて、酷く血を流して倒れている少女を見たその時、仁の中で何かが千切れた。恐らく、彼が生きている中で最も大きかった感情とも言っていい。


 思考も視界も真っ黒だった。真っ黒な殺意が全てを塗り潰して、ロロとクロユリの制止なんて振り切って、痛みも怪我も忘れて、突っ込んでいた。無謀で愚かなんて考える暇すらない、最高速。『魔神』の動揺と合わさり、隙を僅かながら突けた形となる。


「何で、助けた?」


 逃げられてようやく、仁は初めて我に返って戦線を離脱する。その際にジルハードを『限壊』を用いてまで重力の範囲から引っ張り上げて運んだのは、いくつかの理由があった。


「冷静になった。戦力が欲しくなった。後は、礼だ」


 殺意は暴れ狂っている。しかしそれでも、我を失えばシオンを助ける事は出来ない。そうやって殺意に脅しをかけて黙らせて、冷静さに局面を見させた。シオンはまだ生きている。そして、ジルハードはまだ戦っていた。故意か偶然かは分からないが、ジルハードが『魔神』の注意を惹いていたお陰で、シオンはまだ死んでいなかった。だから、その礼。最も、単なる戦力としての面も大きいが。


「お前のところの団長の不始末だ。責任とれ」


「……すまねぇ。忌み子の件含めて、色々と」


「謝罪なんて求めていない。お前が殺した悠斗達は帰ってこないんだからな。だから、ここで出来る限り役に立て」


 ティアモに『魔神』が憑依した。その意味が分からないジルハードではない。故に、仁へと足りないと分かっていながら謝罪するが、殺意を滾らせる少年は合理的に判断を下してこれを拒否。


「で、これはどういう状況だい?希望があるのか、ないのか」


「……無かったはずだ。でも、見えてきたかもしれねぇ」


 殺意に身を任せてしてしまった無茶に身体は傷付き、仁は膝をついて剣にもたれかかる。隣でかろうじて立っているだけのジルハードに問いかけるが、彼の返答は半信半疑なもの。


「何故だ?何故、こんなにも憑依するのに時間がかかる?何故、魂を殺しきれない?」


 だが、誰だって半信半疑だ。無敵であり、絶対であるはずの魂を殺す『魔神』の力が、どうやらティアモには効いていない。努力や精神力で数十秒抗えたとしても、弾き返す事はあり得ないはずなのに。


「こんな例は聞いた事がない。一体、何がどうなっているのやら……」


 階段を降りてきて姿を見せたロロも困惑している。彼の記録にもない例が、今目の前で起こっているのだ。絶対であるはずの系統外を覆している、奇跡が。


「あり得ない!どうしてだ?どうして貴様の魂だけが、喰らえない!」


「種明かしをしてあげる。この子の魂、私の分だけちょっと太っているの」


「っ!?」


 信じられないと早口でまくしたてるティアモの口を、滑らかに静かに動かしたのは『魔神』でもティアモでもなく、また違う別の誰か。


「……メリア?」


 ロロもクロユリも仁も『魔神』も分からない彼女の名前を、ジルハードが呆然と呟いた。死んだはずである彼女がなぜ、ティアモの口を動かしているのか。


「私の魂、だと?一体どういうことだっ!?」


「私が死んだ先の未来は、私には見えなかった。でも死にかけたというかもう死んでるような状態になった時に、見えたの」


 誰もが、疑問に思った。だから、死んだはずなのに今そこにいる彼女は、口を開いて話し始める。


 始まりは、生きている間には見えなかった死後の未来が、死ぬ寸前になって見えてしまったことから。その光景は黒髪で黒眼のティアモがジルハードの首に剣を振り下ろすというだけの、酷く断片的にして残酷なもの。


 酷く動揺した。一体何故、ティアモに『魔神』か『魔女』が憑依しているのか分からず、そして、こうなる運命が決まっているのかと。


「だから、私は再び抗った」


 しかし、運命に抗うのにはもう慣れたもの。思考の切り替えは一瞬だった。なにせ、もう死ぬまで時間がなかったのだから、一秒だって無駄にはできない。何が出来るかと考えて、ティアモに『魔神』が憑依する瞬間を見て、仮説を立てて対策を練った。


「魂に憑依する系統外。理解したわ。だから私は、余分な魂をティアモに分け与えた」


 自らの魂を分け与え、魂を一よりも大きくする。『魔神』が憑依して乗り移っても、完全には吸収出来ないように。残ったメリアの分の魂が、少しでも抗えるように。


「馬鹿なっ!そんな都合のいい系統外や魔法なんて、この世に存在するものか!ましてや、死ぬまでの僅かな間で創っただと!?あり得」


「あり得ている今を否定するの?創ったわ。創ってやったわ。創ってみせたのよ!」


 死の間際に見えた未来の為に、家族に囲まれながらもメリアは何度も地獄を観続けた。幸せに迎えられるかもしれなかった大往生を蹴り飛ばして、最愛の妹が、最愛の夫に剣を振り下ろす未来を繰り返し再生し続けた。ただ、見えた未来を何とか歪めたいが為だけに。


「プラタナスさんとルピナスさんに感謝してる。とても、一から創り上げられる代物じゃなかったから」


 魂の研究に関する知識は、多少あった。転移の魔法陣について教えを請うた夫婦が、その分野について研究していたから。そこにあったいくつかの成果を元に、幾度も改良を加えていった。


「あの時、俺やティアモの額に触れたあの指か?」


「そうよ。あの時ティアモに心を読まれちゃうじゃないかって心配だけど、鈍くて助かったわ」


 何千回の試行をマイナス何千回分の失敗だけ繰り返して、自分が死ぬほんの手前にてようやくあみ出せた一つの魔法。それは最期の最後に、震える指でおでこに触れる事で魂を分け与えるという、未曾有の魔法だった。


「……けど、ごめんジルハード。私にはこれだけしか……!」


「言うなメリア。分かった(・・・・)


 そんな大魔法を完成させても、今にも泣き出しそうなメリアの顔の意味を読み取ったジルハードは、全て分かっていると頷く。彼女が一度観てしまったというならば、そういう事なのだろう。


「…………ティアモと私で『魔神』の魂を縛り付ける。系統外もほとんど発動させないし、次の肉体への憑依も許さない」


「「なっ!?」」


 驚いたロロと『魔神』の声が重なった。今まで誰も完全に殺す事が出来なかった『魔神』を殺せる方法を、たった一人の女性が思いついて実行に移してみせたのだ。今までの歴史で不可能と烙印されたそれを、メリアは可能に変えたのだ。


「離せ!解け!いつまでも現世にとどまりおって!早く絶望して心を明け渡せっ!!」


「残念だったな『魔神』。それは出来ない。私に憑依したのが貴様の運の尽きだ。私の力だけでは、敵わなかったよ。でも、メリア姉様がいる」


 叫んで暴れ回る『魔神』の一人だけの魂を、メリアと二人かがりで抑えつけながらティアモが嘲笑う。これでお前の敗北は確定したと。


「これは奇跡でも何でもない。必然だ」


 『魔神』がティアモの系統外を奪えず、完全に支配できなかったのは彼女の精神力だとか、諦めなかったからではない。そんな不確かものでは絶対にない。襲いくる未来をしかと見つめ、メリアが実力と計算によって策を講じたからだ。故に、必然。世界を救おうと足掻いた者達の意志が、成した結果。


「貴様らのした事は分かっているだろう!何人殺した?救う為と免罪符を掲げて、何の罪もない人々を人生全て賭けて世界一つ分殺したのはどんな気分だ!貴様らの全てが、過ちだっただろう!」


「……幾らでも真実を喚くがいい。『魔神』」


「別に言われなくても分かっているわよ。私達の罪は」


 『魔神』の能力を用いて、ティアモとメリアに己の罪を何度も見せる。しかし彼女らは傷つきこそすれ、拘束を緩める事は決してしなかった。当たり前だ。ティアモもメリアも、トーカと同じなのだ。


「私の人生が全て間違っていたとしても、これから正しい事をする妨げにはならない。私達はいつだって変わらない。誰かを救う為だけに、戦い続ける」


「むしろその逆よ。間違えたからこそ、次は正しく、誰かを救おうと強く思っているわ。それに、全てが間違いだったわけじゃない。間違いじゃなかった過去がある限り、私達は決して折れない」


 誰かを救う為に、人生を賭けて戦い続けてきた。間違いだったと、無駄だったと知って一度は絶望しようとも、再び立ち上がる。間違えたからこそ次は正しくあろうと、自らを責める力でより強く、気高く。


「だが、すまない。桜義 仁。君達の世界で私達が行った非道は、数え切れない。謝って何かが変わる訳ではないが、本当に、申し訳なかった」


「私からも。幾ら自分の世界を救う為だとはいえ、私の魔法が貴方達にした事は、到底許される事じゃないわ。けどその上で、恥を忍んでお願いしてもいいかしら?」


「……ええ。どうぞ」


「お願いされなくても、ついでにそうしただろうけどね」


 間違いを正当化するつもりは決してない。間違いは、どう足掻こうが間違いのままだ。自らの犯した取り返しのつかない間違いへの無意味な謝罪に、仁は沈黙で返し、分かりきったお願いには耳を傾ける。


「「『魔神』を倒して、世界を救ってください」」


 何のひねりもなく、想像通りだった。いいや、それが当たり前だろう。彼女達はその為に、ずっと戦い続けてきたのだから。


「元より、その部分は何も変わらない」


「僕らも殺し合いに来た訳じゃない。大切な人々を守る為に、世界を救いに来たのさ」


 そして、それは仁も同じ。誰もが己の大切を守るが為に、戦っている。街を守ろうとするマリーも、街を堕とそうとするザクロも、イヌマキも堅も環菜も桃田も他の街の住民も、連合軍もジルハードもティアモもメリアも、今まで街を守って死んだ者達も、街を攻めて死んだ者達も、『魔女』もロロも。誰だって同じだ。ただ、守ろうとするものが違うだけ。


「……何という、事だろうな」


「ロロ。シオンの手当てを頼む。必ず、命を繋いでくれ。後生だ」


 仁は興奮冷めやらぬロロに、シオンの手当てを任せる。了解したと頷いた彼がシオンの傷を診始めたところで視線を打ち切り、もう一人の伝説へ。


「クロユリさん。俺とジルハードが敗北しそうになる、もしくは『魔神』が外へ出ようとしたなら、頼みます」


「……分かったわ。出来るかは分からないけれど、ロロが今診てる女の子だけは、助けられるように努力してみる」


 彼女へは、自分達が負けそうになった時の保険をお願いする。それは、仁もジルハードもティアモも、シオンさえも殺してしまう、絶対に使いたくない保険だ。しかし、世界そのものには代える事はできず、頼むしかなかった。


「まさか、てめぇと共闘する事になるなんて思いもしなかった」


 つい先程まで殺し合っていた仁とジルハードが並び立つ。それは、この瞬間になるまで誰もが想像しなかった光景だろう。何せ互いに仇同士なのだから。


「俺もだ。今でも殺したい気持ちは収まっていない。『魔神』がいなくなったら、今度は殺す」


「ああ、理解した。だから殺さなかったのか……いいぜ。そん時はこの命、くれてやるよ」


 仁は決して、騎士を許す事はない。殺意は減る訳がないし、この戦いが終われば殺さなかった理由である『魔神』が消滅する。そうなれば仁はジルハードを殺すつもりだし、全てを知った騎士は受け入れるつもりだった。


「決まりだね。今は、救う事に専念しよう」


 だが、今だけは。戦う理由である守りたいものが重なり、それらを壊そうとするものが重なったこの瞬間だけは。『勇者』と『騎士』が背を預け、轡を並べて共に戦う。


「覚悟しなよ『魔神』!」


「お前を除くこの塔内全員が」


「世界を救いたいって思ってて、てめぇの敵だ」


 守りたいものを守る為に。

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