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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第152話『女騎士』と『女勇者』


「ほれ。包帯巻くからじっとしろ」


 戦いを見届けたロロが仁へと近寄り、ポーチから取り出した包帯で止血を開始。氷漬けの止血では世界を分離させた際に消失し、一気に傷口が開く恐れがある。だから、日本産の包帯で血を止めるのだ。


「ったく。無茶をしたものだな」


 『限壊』と『動鎧』による全身の自傷。爆発による右肩の損傷。右腕は手首と肘の間で断ち切られ、肩より先は三重の『限壊』によってぐちゃぐちゃに。右眼は最早、痛くて暗いだけで何も映していなかった。


「総合的な出血が怖いだけで、どれも致命傷ではないのが救いか」


 少し暗くなった隻眼の視界で、天井とロロの顔を仰ぎ見る。僕に痛覚を押し付けているのに俺の方まで痛くてたまらなくて、ただひたすらに三重の治癒をしながら耐えていた。


「なんで仇を取らないんだ!?」


「慈悲も情けもいらねえよ!俺らの命乞いなんて、あいつは聞いてくれなかったのに!」


「私達より、あんな殺人者の肩を持つの!?」


 痛みと、口々に責め立てる声達に、じっと耐えていた。仁にしか見えず、聞こえないそれらの多くが生徒の姿をしている。彼らには、ジルハードを殺さなかった理由が分からないのだ。その一方で、理由が分かっている柊や蓮、酔馬などはよくやったと嬉しそうな顔をしている。


「殺さんでよいのか?仇だろう?」


 亡霊達の声に混じる肉声に僅かに首を動かし、片目で紫の瞳を見る。そこに浮かぶ色は、ただ単に知りたいという疑問と期待。残念ながら、仁は聖人君子とは程遠い。彼の望む解答はきっと返せない。


「…………殺せる、なら、殺してる……憎い、しな」


 感情だとか、そういったものじゃない。感情に従っているなら殺してる。仁は仇を助けるほど、お人好しじゃない。


「ただ、下で戦ってるあの女騎士が、ジルハードの死を知ったら絶望するかも、知れないだろ……?」


 だが万が一。万が一に、ティアモがここまで来た時の事を考えれば、ジルハードを殺さない方がいいと思った。仁は仇討ちよりも、生きている命を優先した。


「なるほど。理解した。が、ならばやり過ぎだ。脇腹の傷口も酷いし、もしかしたら内臓まで逝ってるかもしれん。体内はどうにもならんが、せめて止血だけはしておかねばな」


 仁に一通り包帯を巻き終え、その上からがっちりと氷漬けに固めたのを見届けたロロはパタパタと走って行き、ジルハードの容態を見る。そしてこのままでは危ないと包帯を取り出し、仁と同じように止血を開始。


「さぁ。もたもたしてはおれんぞ。『魔女』の部屋に向かう。その身体で申し訳ないがな」


 ロロは仁をよっこらせと担ぎ、昇降機の床に優しく横たわらせる。そうしてボタンを操作して、昇降機を『魔女』の部屋まで上昇させ始めた。


「お前がいないと話が始まらんからな」


「……どういう、意味だい?」


 はっきり言って、僕は疑問だった。どうしてロロは

、仁がジルハードを抑えている間に昇降機に駆け込まなかったのか。正直な話、彼の不死性を活かせば行けなくはなかったはずだ。なのにロロはずっと、仁とジルハードの戦いを見続けて待っていた。


「護衛、だろ?忘れんな……」


「この身体で、ねぇ?」


 そんな僕の疑問に答えたのは、もう一人の人格。仮に『魔神』が弱体化しつつも意識を取り戻していた場合の護衛は確かに依頼されてはいたが、今の仁の身体では遂行できるとは思えない。


「それに、置いてかれたら、多分死んでる。俺はもちろんだし」


 しかし、二つ目の理由は実に反論のしようがなかった。今の仁の状態で、止血が自分で出来るとは思えない。


「それに、シオンもってことだね」


 更に危惧すべきは、ジルハードと決着が着く前に世界が分離した場合だ。出血多量で仁は死ぬかもしれないし、シオンはジルハードとティアモの二人を同時に相手にする事になる。流石のシオンとはいえ、厳しいものがあるだろう。


「うーむ。僕が浅かったよ。傷は深いけどね!」


「ありがとな。痛みだとか、引き受けてくれて」


 そう言われればそうだと謝罪した僕に、俺はお礼で返す。『試練』の時に僕が自害していたならば、こんな戦いは出来なかった。あの時自殺しようとした僕に対する、そんな皮肉を込めた礼だった。


「……シオン、大丈夫かな」


「なに、案ずるな。シオンは強いぞ」


「……そうだけど」


 戦いの最中もずっと心配ではあった。が、終わってからはより大きくなり、今現在心の半分近くをその感情が占めている。心を読む相手に果たして勝てるのかと仁が問えば、ロロは大丈夫だと返す。それでも、心配が止まぬのは仁の性格故か、それとも関係故か。


「とにもかくにも、今は癒す事に専念しろ。もしかしたら、その姿で戦ってもらうかもしれん」


「鬼だなぁ……」


 生ける神話の封じられし部屋まで、後少し。










 少し時を戻し、シオンとティアモが向かい合う場面。


「……サルビア様は、やはり私達を裏切られていた訳か」


 ティアモの系統外の範囲内。心の内全て、深層心理までをも、何の慈悲も躊躇いもなく暴き出す。いや、暴き出してしまうと言う方が正しいか。父サルビアが必死になって隠し続けた真実さえも、いとも容易く簡単に。知りたくもない事も、ティアモや他人を傷つける事さえも、片手に掘り起こしてしまう。


「だが、一体どうやって私の系統外を欺いた?サルビア様が系統外を持っているという話は聞いた事がないが……貴殿も知らぬようだな」


 ティアモは自らの系統外の強さを身を以て知っている。制御出来ず、周囲全ての声を聞き、狂いそうになった幼少期の事は未だ心の傷だ。今となってはその過去は系統外の自信にも繋がっているのだが、それが今日、初めて揺らいだ。


「ええ。知らないわ。私を愛して、守ってくれた事実だけで十分だもの」


 ティアモには読み取れず、シオンは忘れてしまった。少女の首にある、少し細身の装飾品のような形に修理された、奴隷の首輪の力を。深層心理まで読み取る?ならば、そこまで改変すればいいだけの話だ。


「多少衝撃だったが、今となってはどうでもいい。貴殿らが『魔女』と『魔神』を復活させ、我らにけしかけるという事実だけで、戦うには十分だ」


 シオンが忘れたのは、サルビアがどうティアモを欺いていたのかという事。そして書き換えたのは、忌み子の真実と魔法陣と、首輪の意味だ。他にも首輪をつけた理由はあるが、それすらも書き換えられており、

ティアモは知り得ない。


「早速斬り合おう。早く終わらせて、ジルハードの救援に向かわねばならない」


「ええ。私も早く終わらせて、出来るなら仁の手助けに行きたいわ。彼、戦うたびに無茶して傷付くんですもの。このままじゃ四肢が無くなっちゃう」


「……そうか」


 互いに早い決着を希望し、愛する者を助けに行きたいと思う。シオンはティアモの隠し切れなかった表情と声の色音から。ティアモはシオンの読み取った心から、その大きさと重みを知った。


「本当に、本当に忌み子なんてない世界で、貴殿と姉上を交えて酒でも飲みたかったよ」


 知らず、忘れてしまった二人が語るのは最悪な皮肉。本当はその世界だというのに、誰かが歪めてしまって、取り返しのつかないところまで来てしまった。


「ええ。私もそう思うわ。一緒に、旦那の愚痴でもこぼしたかった。猪突猛進で無茶をするところ、似てそうだから」


「ははっ。ジルの奴、もう見抜かれているのか」


 どちらも、大層なお人好しだと知っている。忌み子相手に嫌悪感を抱かず、停戦すら申し出てきた騎士団長。例え自らが死ぬとしても、必死に時間を稼ごうと、身体に傷を選んだ少女。


 ここが塔の外であったなら、全てを話して停戦出来たかもしれない。しかし、仁達は塔に早く乗り込む事に専念しすぎて、ティアモやジルハードがいるとは直前まで気付かなくて、遅過ぎた。


 ここが正しく歴史を伝えられた世界なら、騎士団長を継いだ者同士、互いに酒を飲み合えたかもしれない。旦那の無茶に愚痴をこぼす。そんな未来もあったのかもしれない。


 だが、どちらもそうならなかったのだ。そうならなかった世界が、今なのだ。


「行くわよ」


「ああ。来い」


 どうせ心を読めば、いつ斬り込むかなんて分かるのに分かるだろうに、わざわざ宣言してから剣を振るった少女をティアモは好ましく思って、斬るのを残念だと思った。


 軌道、角度、速さという最早無意識下で行われている計算全てすら系統外は暴き、今までの圧倒的な経験によってそれらを解析。未来予知に近付いた予想を用いて完全に対応した一手を先に打ち、無力化して追い詰める。


 それがティアモの戦いだったし、シオンは一度戦う事でそれを知っていた。その上で少女は、どう戦えばいいか悩み続けた。


 思考を止める事なんて生きている限り出来ないし、やたらめったら適当な攻撃をしたところで、無意識下では計算が行われている。まぐれ当たりに頼るのは余りにも分が悪い。奴隷の首輪を活かそうにも、コンマ単位の時間が全てを分ける戦いには遅過ぎる。


「な、ぜ?」


 ひとしきり考えたシオンは、ティアモの系統外に対策なんて不可能だという結論に達した。だが、今負けたのはティアモの剣だった。


「なんでだ。なぜ!」


 シオンの追撃を読み取り、即座に離脱。しかし、振り切れない。読み取っても読み取っても、追い詰められていくのはティアモの方。


 結論を出した当時は、それはもう大変困ったとも。どう戦えばいいのか全く分からなくなって、そこで一度ティアモと戦ったことがあるマリーに相談した。すると、返ってきた答えはシオンにとって目から鱗で、でもとても合理的なものだった。


「なぜ、こんな短期間の間に成長した!?」


 「難しい事なんて考えず、普通に戦えばいいじゃない」。一瞬耳を疑って、父もきっとそうすると思って、すぐにストンと胸に落ちた。


「成長したといえばそうかもしれないけど、正しくは違う。今まで鞘だっただけ」


 父の例えを借りて否定。元よりきっと、これくらいの剣は父から与えられていたのだろう。心が未熟な自分が今まで振るえなかっただけで。


「同じように、いつも通り戦おうとしているだけよ」


 そして、それと似たような事がもう一つ。ティアモとの戦いにおいて、多くの者がある現象に囚われる。それは心を読まれていると知ってしまったが故に、己の行動はすでに手の内なのではないかという不安。その不安は判断を戸惑わせ、剣と魔法を遅くしてしまう。


 心を読まれて対策を打たれる事も脅威だが、何よりも危惧すべきは自らの内に不安を作ってしまう事だ。だからシオンは、読まれていても構わない。いつも通りに剣を振るおうと決めた。


「馬鹿な。そんな事、簡単に出来るはず!」


「今も読めてるでしょ?父なら出来る(・・・・・・)


 あの父親なら、簡単にやってのけるだろう。そう思えば、斬りたくて殺したくて、でも守ってくれていた、あの追いかけ続けた背中を思い出せば、自分だってと思えた。


「防げるものなら、防いでみなさい」


 読まれた上で、技術によってねじ伏せる。シオンの未来を予測するならすればいい。こっちはその未来の通り、対処のしようがない剣を振るうだけ。


「ふざけるな!?こんな速さの剣の思考なんて……!」


 いや、シオンのはもう少しその先だ。未来に対処した剣に、こちらも対処してみせよう。


 先に出された計算と読心の剣を、ただの技術の剣が打ち破る。ティアモが思い浮かべて実現した対処の一手を、水のように移り変わるシオンの一手が打ち砕く。


 右から騎士の腹部を狙ったシオンの鋭い突き。予測した軌道にティアモが剣を置き、受け流す。以前なら成功した。成功して、シオンの剣はティアモの横を通り過ぎて、大きな隙が出来るはずだった。


「くっ!?」


 僅かに軌道を歪めた朱色の剣は、受け流そうとしたティアモの愛剣を貫通。多少、シオンの剣の方が良いかもしれないとはいえ、ティアモの剣だって最上級の一振りだ。普通、こんな貫通の仕方はあり得ない。不細工に弾かれるのが精々だというのに。


「これが差よ」


 ならば何故と問うならば、自分自身で答えよう。技術だ。要はティアモが弱くて、シオンが強いだけなのだ。読んで己の最善を打ったところで、シオンは止められない。それだけの差が、二人にはあった。


 障壁を魔法と見極められ、牽制の土の剣で変えることを許されず、朱色の剣の物理で的確に致命傷を狙われ続ける。それは騎士団内でもよくみられる、新米騎士と熟練騎士の稽古の展開そのもの。


「私と貴女の」


 新しい剣を引き抜く間なんて、ない。それは、系統外を使わなくても分かる事。急いで後ろへと下がって、でも間に合わなくて腹部に剣が突き刺さる。


「ぐっ……はぁ……」


 下がったのと幸運が重なった。浅く、場所としても内臓はやられていない。はず。そう信じてティアモは、


「捕まえた」


「えっ?」


 自らの身体で、シオンの朱色の剣を拘束した。風の剣を解除し、斬れるのも構わず刃を握って固定する。シオンの心の内をしっかりと読んでいた。突き刺そうとすると分かっていた。そして、まさかティアモがこんな形で止めるなんて夢にも思っていないと、読み取っていた。


「私も、負ける訳にはいかない」


 シオンがいつも通り戦うならば、まずはそこを崩す。ペースを乱せ。想定外の動きをして、驚かせろ。


「守るものが、あるのでな」


 シオンの障壁は魔法だと読めている。だから、ティアモの手に握られるのは砕けて折れて、ギザギザの短刀になった愛剣。しかし、この距離ならば十分に届く。


「あっ……う!」


 身体を断つつもりで横薙ぎ一線。かろうじて反応したシオンは身体を仰け反らせて、致命傷を回避。刃が砕けていたのと合わさって、深く切り裂くこと出来ず、皮と僅かな肉を抉り取ったのみ。


「初めて、小さい身体に感謝したわ」


「……これでも、足りないのか」


 新たに腹に刻まれた横の線と、腹に空いた穴を互いに塞ぐ。さずかに中の細かい治癒までは実行出来ず、これ以上出血をしない程度の最低限の治癒だ。


「……ジルハード。メリア姉様。父様。すまない」


 シオンは驚いていた。ティアモはこんな戦い方をするような騎士ではないと思っていたから。泥臭いというか、なりふり構わないというか、まるで仁のような。


「少し、無茶をしなければならない相手のようだ」


 いや、その感覚は正しい。技術や強さで劣る仁が、どのようにシオンに追いつこうと足掻いたか。格上と戦う時に、彼ら弱者はどうしていたか。同じだ。泥臭くもなりふり構わず、全てを賭けていた。


 剣が変わる。まるで別人。そう思う程、苛烈で攻撃的な剣に。心を読んで相手の選択肢をじわりじわりと奪っていく戦い方ではない。多少の犠牲をいとわずとも、心を読んだ事を最大限に活かして即死を狙う。そんな戦い方だ。


「そう、貴女も鞘だったのね」


 恐らく、ティアモにはどこかしらまだ迷いがあったのだろう。好ましいと思っていた少女を斬るのに残念だと思っていたように。それは傲慢だ。一度勝ったから、哀れんだ傲慢だ。だが、一度明確な差を突きつけられて、その思いは消滅した。否、消さざるを得なかった。


 明確な敗北をイメージした瞬間、浮かんだのはその先。ジルハードの死と、遠くで戦う父親の軍隊が『魔女』と『魔神』によって焼き払われる光景。それだけは嫌だと、ティアモは自らの心を読んだ。


「私には、守るべき義務がある」


 シオンはいつも通り技術でねじ伏せると言った。だが、それでも系統外は厄介だ。常に障壁の種類は明かされるし、攻撃の動作はある程度読み取られてしまう。


「貴殿にも、それはあるのだろう」


 致命傷や戦闘不能に直結する傷以外、無視。薄皮を斬られたなら皮膚を。皮膚を斬られたなら肉を。肉を斬られたなら骨を。骨を斬られたなら、命を。肉を切らせて骨を断ちに来る以上のその姿勢は、非常に厄介だった。たった想い一つがここまで戦い方を変え、一時的にとはいえシオンの剣に拮抗し始めた。


「伝わってくるぞ。あの街の人間の笑顔」


 シオンの横の太刀筋を読んで、身を屈めて回避。斬られた髪がまだ宙にある内に、下から伸びてきた突きがシオンを襲う。土の剣でそれを受けるも、強引に突っ込んで来たティアモに鍔迫り合いに持ち込まれる。


「そして、笑う傷だらけの少年の姿もな」


 土の剣ではもろ過ぎたし、シオンよりティアモの方が力が強かった。技術で対応するより前に、力で押し切られる。ここでもティアモの系統外の差が出ていた。少しだけ、シオンよりティアモの方が行動が早いのだ。


「本当に守りたいと伝わってくる。狂おしい程に、大切だと」


 態勢を崩したシオンに、ティアモの剣が迫る。崩れた姿勢から振るわれた圧倒的な技術の剣と、完璧な姿勢から振るわれた未来予知の太刀は拮抗。


「だが、譲れない。この世界は姉上が救った世界だ。ジルハードがいる世界だ」


 ティアモが剣を振るう理由は、ジルハードと酷く似ている。姉上が守った世界を守る為であり、ジルハードがいる世界を守る為でもある。


「そして、平和の為に。『魔神』と『魔女』を討伐する為に、その希望を信じて死んでいった仲間達の為に、私は負けられない」


 しかし違う点があるとするならば、ティアモは彼以上に仲間の死を引きずるという事だろうか。もちろんジルハードが薄情な訳では無い。人並みに悲しむし、意志も継ぐ。仇がいれば殺したい程憎む。ティアモが引きずり過ぎなのだ。泣き過ぎだし、悲しみ過ぎだとジルハードはいつも思っている。


 だが、それは力になる。責任感という力だ。仲間の死を見て、次は守らねばと訓練を重ねた。続けた。異様な程の敗北と仲間を失う事の恐怖に耐え続け、駆られ続け、磨き上げられた騎士の剣。自分の身体なんざ、いくら斬られようが穴が空こうが構うものか。


「私に敗北は許されない。殺してでも、突き進む。それが私の選んだ道だ」


 ただ得るのは勝利のみ。目指すのは、仲間を守って先に進む事のみ。あの日、マリーとの戦いで道は定まった。


 シオンとの差は理解した。しかしそれでも、決して勝てない差ではない。勝機を掴む為に、自らの身体を削る無茶をティアモは重ねる。


「……何がおかしい。何を笑う」


 身体を削っての拮抗。シオンにはほとんど傷はなく、ティアモには傷が増え始めた。その最中、剣を交わして殺し合っているというのに、シオンは微笑み出した。もちろん、心を読めばなんで笑っているのかなんて分かる。嘲りではない。それは到底、戦場に似つかわしくない感情。故に、問う。


「ごめんなさい。どうしても止められなくて。貴女は本当に、私の好きな人に似ている」


「……」


 責任感が強過ぎるところや、自らの身体を顧みない戦い方なんてそっくりだ。実力差のある相手に諦めず、無理をして挑む所も似ている。一見これらの特徴はシオンにもあてはまる。しかし、ティアモとシオンは似ていない。


「私の強さは貴女とは違う。責任感で自ら鍛え上げたものじゃないわ」


 強さの成り立ちが余りにも違い過ぎる。ティアモが他者の為に手に入れた強さであるのに対し、シオンは自らが他者に認められる為に手に入れようとして、与えられた強さだ。


「私の傷と強さは、両親から与えられたもの」


 一般的に尊ばれるのは、ティアモの強さだろう。だが、シオンは自らの強さを誇る。自分の為に手に入れた事ではない。与えてくれた者を、誇るのだ。


 傷は忌々しかった。好きな人に醜いと思われるのではと毎日不安だったし、気にしていた。もっとも、彼は全くそんな事を気にしなかった。それに最近、どちらかといえば仁の方が傷だらけである。


 一番の不安は消えたけれど、それでもまだ二番三番と嫌な思いは残っている。仁以外の人間にどう見られるかとか、やっぱり醜いと鏡を見て思う時とか。


 森の家に着いてからは、全身を斬り刻んで殺そうとしてきた両親を恨んだ。望まぬ人殺しを強いた両親を憎んだ。人並みの幸せを持つ村人を妬ましく思い、家族を羨んだ。


 あの時のシオンには、たくさんの本と虐待と拷問の記憶しかなかった。そう、自分は思っていた。


「私の心は、彼に与えられたもの」


 そこで、少女は一人で二人の少年と出会う。怯えと優しさを隠し切れない少年だ。その閉じた扉から不器用に差し出された優しさの手が、シオンが初めて感じた優しさだった。


 その優しさは、取り入る為のものだったかもしれない。その優しさは人として当たり前で、仁以外の誰かでも同じだったものかもしれない。でも、少女にとっては新鮮で斬新で、革命的で素晴らしくて、嬉しくて暖かくて、言葉では足りない何かをくれた。空っぽで飢えていた器を、満たしてくれた。


 弱い癖にシオンの事を普通の少女と勘違いして、魔物から守ろうとした。勝てる見込みなんてほとんどないのに挑もうとしたのを、シオンは見逃さず、惹かれた。


 世界が違うのもあって、変な少年だった。大切だと分かっているのに、それを認めるのを拒んでいた。臆病で弱くてちょっと卑怯な癖に、大胆で強くて勇気があった。


 助けて助けられ、年月は過ぎていく。見たくない面を見せられて、幻滅した時もあった。なのにいつもの彼と変わらず、無茶な事をして街を救おうしている面もあった。その矛盾はやがて少年を苦しめる鎖となり、強さの原動力となった。その姿を隣で見続けて、自分を責め続ける少年を支えてあげたいと願った。


 弱さを少しでも埋めようと努力し、人を守ろうと身体を削って足掻き、どんな逆境だろうと諦める事をせず、自らの最善を行動し続ける姿に、憧れた。


「どれだけ、の」


 悲しみ。好意。羞恥。不安。切なさ。苦み。喜び。嬉しさ。恐怖。温もり。愛。系統外は全てを暴く。故に、ダイレクトにぶつけられるシオンに対する少年の莫大ともいえる感情と思い出に、ティアモの頰に涙が伝い始めた。勝手に出て来た涙だった。


 あと少しの別れだと知った時、胸を引き裂かれるような悲しみと共に、想いは強まった。頑張って、婚約して、再会を誓って、共に戦いに赴いた。


 彼は戦う度に傷ついて行く。彼は身体のどこかを失っていく。でも、それは必ず結果をもたらした。少年自身の戦果は少なくとも、彼の戦いを見た周りを巻き込んで影響して、良い方向へと向かわせた。


 あのサルビア相手に盾役を務めた。サルビアの片腕を壊し、シオンに本当の意味の強さを気付かせてくれた。


 戦いが終わって、そこで聞いた両親の推測。それは、全ての過去を反転させた。虐待だった。拷問だった。苦しかったし辛かった。でも、そこには意味と愛があったと知った。


「私の傷と強さと名前は、私の誇り」


 忌々しい傷跡は、何としてでも生きて欲しい願った両親の想い。拷問によって得た皮肉な強さは、少しでも何かをと祈った両親から与えられたもの。痛めつける為の家事は、一人暮らしに困らないようにする為に教えてくれた事。何の意味も知らなかった名前は、両親が想いを込めてつけてくれた愛の証。


 それら全てを誇り、そしてそれら全てを与えてくれた父親を殺した罪悪感と、助けて救ったのに責められて壊れそうになった少年が重なった。


 たった一年にも満たない、少年と共にいた期間こそが、シオンにとっては一番幸せだった。しかし、それは続かない。どんな形であれ、今日で一度終わる。


 でも、今日生き残ったなら。もう一度その続きがあるかもしれない。もう一度、あの街に戻りたい。あの街のみんなと会いたい。もう一度、仁と会いたい。だから、ここで勝つ。


「やめろ」


 仁さえ知らないシオンだけの感情。それらを共有させられたティアモは、苦しげに剣を振るう。


「私は常に支えられて、ここにいる」


 あの辛い地獄のような日々でさえ、一人じゃなかった。愛されていた。一人で戦っているはずの今だってほら、父の遺した朱色の剣と首輪が助けてくれている。


「私の強さは、私の世界を守る為に」


 想い出と、未来に抱く願い全てが灯火だった。


「その為に私は、『勇者』になりたい」


 紡がれる。どれだけ守りたいのか。自分の為に得た強さで、両親から与えられた強さで、彼から貰った心で、街の人から与えられた笑顔で、何が出来るのか。


「っ!?」


 幻覚に違いない。しかし、剣を巻き上げられながらもティアモは、シオンの背後にサルビアの影を見た。それ程までに、シオンの剣は感情と共に研ぎ澄まされていく。無茶を重ねて系統外を駆使して死力を尽くして戦うも、届かない。


「やめろっ!」


 心を読む系統外が仇となった。自分とシオンの境界線が曖昧になる。必死に抵抗して叫ぶが、シオンの感情の波にさらわれてしまう。


 しかし、心を読む事をやめてはならない。彼女の剣の威力が増しているのに、ここでやめたら一瞬で斬られてしまう。だが、やめなければ、自らを見失いそうになる。どうしようもなかった。


「分からない!どうして、そこまで強く……!」


 シオンの目は、ティアモを見ていない。どこか違う別の所を見ているはずなのに、そう伝わってくるのに、剣は鋭さを増していく。対応出来ない。読んで最善の手を打っても、間に合わない。


「あっ」


 シオンの技術にティアモの剣が耐えられず壊れ、朱色の剣が無慈悲にも迫る。全てが終わる。シオンの心に生まれた、謝罪の感情を読み取って。


「忌み子なんていないというのに、知らずに虐殺を繰り返してきた騎士とやらにはちょうどいい末路だな」


 新たに割り込んだ声に、身体が勝手に動いた。剣は何らかの方法で防いでいる。斬られていないのに、意識が急速に遠のいていく。


「やっとだ。やっとここまで降りて来られるくらいに封印を破れた。あと少しで間に合わなくなる所だった……この女の系統外が役に立った」


「……っ!?」


 シオンが驚き、顔を歪めているのが見える。笑い声が内側から聞こえる。自分の声だが違う。嘲笑っているのは、誰だ?


「敗北で絶望したのではない。違う違う。私の計画が成っただけだ」


 今さっき、この声はなんと言った?忌み子なんていない?それは一体どういう。


「来ると思っていたよ。騎士。私の情報で踊ってくれてありがとう……この身体は頂くよ」


 流れ込んできたのは、忌み子なんていないという真実と、それをどうやって書いたかという偽造の場面。白髪に黒眼の幼子が、どういう訳か両親が寝静まっている間に筆をとっている、そんないつかの光景だった。




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