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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
187/266

第151話 『騎士』と『勇者』


 今でもあの日の事を覚えている。忘れられる訳がない。


 斬られそうになった仲間が伸ばした手を、仁は掴まなかった。それはある意味正しい判断ではある。例え仁が手を掴んだところで、死体が一つ増えただけだろうから。結果、仁は自分の命以外の全てを見捨て、奪われた。


 二度目も多くを取りこぼした。何十人もの犠牲を積み上げてようやく逃げ延びたのだ。守るはずの『勇者』が守れず、守られてしまった。


「前会った時から義手と義足が増えてやがる。ゴブリンにでも食われたか?」


 三度目の引き分けを経て、今は四度目。あれから互いの姿は大きく変化している。顔などはそのままだが、身体のどこかが欠けた。


「そっちこそ、両腕の血色が酷く悪くないかい?」


「金髪の『勇者』にでも燃やされたか?」


「はははははははは!抜かせ」


 仁はサルビアとの戦いで脚を失い、手が氷になった。ジルハードはマリーに腕を奪われ、剣を握る手は土気色だ。だが、変わったのは身体だけではない。精神もまた、変化していた。


(不思議だね。前会った時は視界全部が真っ白になるくらい、怒りに支配されたのに)


 あの日や蓮の仇を前にしても、驚く程心が静かだった。見つけた瞬間に斬り込んだ時とは違って、冷静に会話を交わす余裕が今はある。


(今だけだろう。貯めてるだけだ)


 誤解を解くが、怒りや憎しみが無くなった訳ではない。『聖女』の物語を聞いて同情こそしたものの、仕方がないねと許したわけでは断じてない。復讐したいと思うし、きっと一生許さない。


 それはジルハードも同じ事。仁達の境遇は完全なる被害者で、自分達が加害者と知っているはずだ。それでも彼は守る為の戦いをやめない。仲間を殺した仁を許さない。


 つまり、仁とジルハードはどう足掻こうが、戦う理由があるのだ。


「今日は最初っから戦争だ」


「元よりこっちはそのつもりだよ」


 深い呼吸一つ。『限壊』を発動。身体を整えろ。ありとあらゆる動きを見逃すな。場合によっては、この一閃で全てが決まる。


「っ……!相変わらず、速えなぁおい!」


「躱した癖に何を言ってやがる」


 先に動いたのは仁。彼我の距離を秒未満で詰めた『限壊』の速度での右の物理の横薙ぎは、仁の脚に力が入った瞬間、後ろに飛び退いたジルハードに皮一枚で躱される。それはちょうど横薙ぎを止めれなくなったタイミングで、改めて技術の差を痛感させられる。


 だがそれはジルハードも同じ事。最善の行動ですら、皮一枚しか余裕がかかった。サルビアのように全て最小限の動きで避けた訳ではない。避けようとした最高の結果が、たった皮一枚なのだ。


「ちっ」


 ジルハードは相手の呼吸を読んで隙を狙うのではなく、多少強引にでも最初の一手を取るべきだったと、己の失敗を悟る。


 飛び退いて次の行動に移るよりも先に、仁の第二撃。魔法の氷の剣での突き。氷の左手から繰り出されたその一撃は、魔法障壁によって阻まれた。本来ならここで攻守が入れ替わる。仁は両腕を使い切っているから。


「息つく暇もねぇ」


 しかし、続く。腕から血を流し、剣を振るっては撒き散らし。仁の連撃は止まらない。ジルハードの目から見て、義手と義足で魔法の枠はいっぱいいっぱいのようだが、剣だけでも十分過ぎる程に脅威だ。一撃辺りが重く、そして何より速い。ジルハードが防御した時にはもう、次の攻撃が牙を剥いている。


「隙だらけってだってのに」


 攻撃し終わった状況の想定が、仁はまだなっちゃいない。振り切った剣を見て、ジルハードはそう評する。はっきり言って雑魚だ。そんな振りをしていたら、剣を引き戻すのに時間がかかり過ぎる。剣は攻撃の道具でもあり、身を守る防具でもあるというのに。


「攻めれねえってのは変な話だ、なっ!」


 だがその隙は、『限壊』によって埋められる。仁の剣は超攻撃的。剣で剣を受ける事をほとんどせず、ほほ避ける事のみで防御を成立させている。今まで培って来た常識で仁の隙を突こうものなら、次の瞬間には首が飛んでいるだろう。だからジルハードは序盤はじっくり慎重に、仁を疲弊させてミスをするまで耐える作戦に出た。


「俺らからしたら、なんで数倍の速さで動いてんのに当たらねえのかって話だよっ!」


 血を吐きながら振るった一振り。拙くとも、鍛え上げた上段からの縦斬りだった。自分の中で一番自信のあった型を、ジルハードは嘲笑うようにあっさりと、剣にて受け流す。まるで滝から落ちる水のように何の抵抗もなく綺麗に、数倍の力、数倍の速さの剣を彼は義手で流すのだ。


 それは偏に技術の差。分かりきってはいるものの、どう足掻いても詰める事が出来ない圧倒的過ぎる差だ。スペックでは遥かに圧倒していたとしても、ジルハードに傷一つつける事が出来ない。


(やっぱりブランクがきつい)


 脳内で痛みに耐える僕の声が惜しむのは、サルビア戦の後。寝込んで剣を練習出来なかった今までの時間。旅の間、みんなが休憩している間にシオンに多少の稽古は付けてもらったが、それでも全盛期には戻せなかった。恐らく以前ジルハードと戦った時より、ほんのちょっぴりしか成長していないだろう。


(でも、拮抗出来ている)


 ジルハードは両腕が義手だ。つまり、常に土魔法を二枠消費し続けており、あの厄介だった爆発する設置火球が使えないという事。無理矢理片腕の動きを止めて発動させようものなら、その瞬間に更に無理をした仁に斬られると理解しているからだ。


 かといってジルハードが衰えたかと問われたなら、絶対に頷けやしない。仁の行動を著しく制限した火球を抜きに、ほんのちょっとだけ成長した仁とまともに渡り合えている。つまり、彼は火球を抜きにした分だけ成長したのだ。


 交わされ、躱される。弱き者が考えて工夫して編み出した高速にして剛力の剣を、一から積み上げてきた強者は技術のみの剣で相殺する。


 ジルハードの無駄のない一太刀と、仁の無駄の多い一太刀が重なり、音を鳴らして競い合う。結果はほぼ互角。


「技術は力に勝る」


 重なり合った剣の先にて、光る灰色の眼光の持ち主が口にした言葉。彼はその言葉通りに、力で押し切ろうとした仁の剣を、自らの剣を僅かに傾かせる事で別方向へと滑らせてみせる。


 時間にして四分程度。ここで初めて、明確に攻守が逆転する。力で押し切ろうと重心を前にした仁の身体が、受け流されてよろめいたのだ。その先に僅かな動作で置かれて待ち構えるのは、仁の胴を断つジルハードの剣。


「美しい死に様晒せや」


 じっくり慎重に守りに徹する作戦が実を結んだ。剣に疎い仁が疲弊して犯す、『限壊』ですら取り戻せない程のミス。それは、速さでは取り返せない傾いた重心と、よろめいた身体という致命的な隙。ここで更に上の段階の『限壊』を使っても、身体は前にしか行けないだろう。ジルハードはこれを待っていた。


 さぁ、どう出るか。仁が取れる選択肢はジルハードから見て二つ。右腕か左腕を古い『限壊』で潰して、置かれた剣を吹き飛ばして生き長らえる道か。それとも、同じく古い『限壊』で剣を無理矢理動かして、ジルハードを道連れにする道か。


 どちらも仁にとっては致命傷だ。片腕を大きく損傷した状態では、ジルハードの負けはない。怖いのは道連れが成功する事だが、既に対策はしてある。その時は、その勝負だ。


「繰り返す。悪いが、まだ死ねない」


「は?」


 だが仁は仁で札を一枚、隠し持っていた。それはサルビア戦にて初めて披露したが故に、ジルハードは知らないもう一つのズル。痛覚を僕に押し付け、蓄積した『限壊』によるダメージを僅かな間、更なる代償を支払う事で無視し、常人にはあり得ない動きを可能とさせる新しい魔法の使い方。


「『動鎧』発動」


 仁はこのままでは剣に飛び込むと知った瞬間、肉の右足太ももに刻まれた氷の刻印を発動。透明な低温は脚を覆い尽くして床へと移り、身体が一定の角度以上に傾かないように固定する。刃が腹に埋まる寸前で、止まった。


「ならばそのまま斬るだけ––」


 だが依然としてジルハードの剣は、仁の胴の間にある。おまけに仁は氷の義足を、自分で氷で地面と繋いでしまった。これでは動くのに遅れる。所詮其の場凌ぎ。だったら自分が刃で迎えに行くと、騎士が腕に力を込めた瞬間、


「驚いて、躊躇ったな?」


 仁の声が遠のいた。肉薄していたはずなのに、ジルハードの剣は空を斬り裂いた。確かに驚き、遅れたとも。凍りついた脚を動かす程の時間は無かったのに、どう避けた?


「相変わらず、イカレてやがる」


 纏った氷が、仁の身体を強引にブリッジのように後方へと折り曲げていた。そんな速さで身体の力が向かっている方向とは逆に動かしたら、筋肉や筋が千切れてもおかしくない。仁がわざと剣を地面に落とした金属音と、ジルハードの驚愕の呟きが溶け合って消える。


「勝ちたいんだよ」


 爪先の氷を刃の形に尖らせて、地面と脚の接続を解除。今度は掌を地面に着き、倒立へと移る動きでジルハードの義手を断ち切る。土の腕に障壁を纏う事は出来ず、防ぐ手段はなく、肘から先と剣を氷の脚は奪い去った。


「例え取り返しのつかない身体になったとしても、構わない」


 その無茶な自らを顧みない動きは、心から願う勝利の為。


 勢いを殺さずそのまま回転して脚を地につけ、右手に氷剣、左手で地面に落とした自分の剣を拾う。蛙のような姿勢での溜めはコンマで十分。ジルハードが動き出すその前に、片腕と剣一本という未だ嘗てないチャンスを逃さぬよう、飛ぶ。


「勝つんだよ」


 『限壊』の速さ+『動鎧』の人外じみた動きで、一気に畳み掛ける。振り下ろした氷剣の一撃目は障壁に弾かれるも、これで魔法障壁と断定。右の二撃目はジルハードの剣で左へと受け流される。しかし、ここで『動鎧』を発動させて振り切った右腕を強引に捻り、三撃目を。腕からぶちんと嫌な音が鳴り響いたが、結果は応えた。


「っ!?」


 察知したジルハードが剣の柄から手を離し、土の腕が斬れるのも構わずに刃の部分を握る。仁の『限壊』の剣が到達するまでの僅かな時間で下げた柄が、防御に間に合った。


「あああああああああああああああああああああ!」


 間に合った。間に合ったが、剣は止まらず。仁の咆哮が鼓膜をつんざき、剣は柄を弾いてその先、ジルハードの脇腹へと触れる。『限壊』も『動鎧』も操作しきれず、技術も足らず。しかし、力で強引に刃をねじ込む。


「俺の、勝ちだ」


 だがその瞬間。直に本能が察した。まずは熱い、なんだという温度と疑問から始まり、すぐに正体に至る。声が聞こえてきて、仁はジルハードの殺害を断念。『動鎧』と『限壊』をフルに発動させて、距離を取る。


「うっぐ、ああああああああああ?ああああああああああああああ!?」


 間に合わなかった。一秒もいらなかった。後コンマ数秒あったなら、仁はジルハードを殺していた。足りなかったのはその時間と、火球の爆発から逃れる距離だった。


「今のは本当に、危なかったぜ」


 土の片腕を斬られたジルハードは、敢えて再生させなかった。仁がトドメを刺そうと躍起になっている内に背中で火球を作り、彼の視界が左に集中した瞬間に、死角へと設置した。


「うっ、ぐっ……ああああああ……」


 ジルハードは魔法障壁に守られる。しかし仁には障壁も、氷の盾に回すだけの枠も無かった。咄嗟に距離を取ったものの、間に合わなかった。一番爆発に近かった右肩の肉が削れて、骨が少しだけ顔を覗かせている。何とか後ろへと隠した右腕だが、肘の辺りに焼け付くような痛みがある。他には腹部や顔、首筋辺りにも点々と火傷が刻まれた。


 『限壊』に『動鎧』の痛み。そして、爆発による痛み。それら全てが合わさった結果、僕の痛みの容量を完全に超えたらしい。激痛による覚醒と気絶を繰り返しているようで、断続的な悲鳴がこだまする。


「ぐっ……お……思った以上に、深かったか」


 だが、何も仁だけが傷を負った訳ではなかった。僅かながら侵入した刃は、ジルハードの脇腹にそれなりに大きな切り傷を残していた。


「あああっくっ……へへ。お互い様ってか」


 傷を抑えてうずくまったジルハードは、炎で自らの腹を焼いて繋げて強引に止血。その上から治癒を重ね、何とか戦える状態に持ち直し、立ち上がる。


「本当に、お前を尊敬するよ」


 肩の怪我を凍て付かせて強引に止血及び義肩とし、再び立ち上がった少年に、ジルハードは敬意を表する。身体中のあちこちには『限壊』の代償による小さな亀裂が無数にあり、一部の箇所には『動鎧』による無茶な痕があり、肩も壊されてなあ、まだ立ち上がる。


「あんただって、俺と逆の立場なら、立ち上がるだろ?」


 肩で息をし、治癒魔法をありとあらゆる箇所にかけながら、仁は確信を持った質問を投げる。その間に騎士は予備の鉄剣を二振り、虚空庫から引き抜いて再生した土の腕で握る。


「違いない、な!」


 休ませるわけにはいかない。その意思を示すかのようなジルハードの突きが仁に迫る。即座に発動させた『限壊』を駆使して躱した先、予測で置かれた騎士の剣を、『動鎧』によって捻じ曲げた身体で避ける。


「おいおいどうした?さっきみたいに攻めてこいよ!」


 そこからの戦いは、先程とは打って変わって激しいものとなった。『限壊』と『動鎧』の使用によって蓄積した傷、爆発によって壊された肩が仁の脚を引っ張り、ジルハードの攻撃が増えたのだ。


「そっちこそ、攻めに踏ん張りが足りてなくないか?」


 だが増えたその攻撃に、先程までの精細さはないと仁は嘲り返す。痛覚を分けられる仁とは違って、ジルハードは痛みから逃げられない。脇腹がかなり痛むのか、力が入り切っていないのだ。


 要はイーブン。しかし、互いの目は未だ死んでいない。むしろその輝きを増していく。


「負けらんねえんだよ」


 脇腹の痛みに耐えつつ、剣を振るう。多少弱って使用を控えたからといって、掠っただけでも致命傷になる『限壊』の剣と、どんな動きが最早予想もつかない『動鎧』自体は健在。いつ繰り出されるか注意しながら、消えそうになる意識を必死に繫ぎ止める。


「ティアモより先にくたばったら何言われるか、たまったもんじゃねえ」


 下から誰が上がってこないという事は、まだシオンとティアモは戦っているという事。自分よりも年下の妻が戦っているというのに、自分が負ける訳にはいかなかった。


「地獄の果てまで守るって約束してんだ」


 繫ぎ止める一つ目は、約束。姉を失って涙に濡れた彼女に対し、結んだ約束と騎士の誓い。頑張って気丈に振る舞っているが、まだまだ未熟なのだ。支えなくてはならない。ここを、生き抜いて。


「それに、守りてえんだよ。メリアが守ろうしたこの世界も」


 未来を見る最悪の系統外、決められた運命に抗った一人の女性が二つ目。世界や運命だとかいうそんな馬鹿げたものを相手に立ち向かい、そして勝利をジルハード達に託した逝った彼女を思い浮かべれば。こんなところでたった一人の素人に負ける訳には行かないと思ってしまう。


 かつてジルハードが守りたかったのはティアモやメリア、ザクロや騎士団や民程度。他国や忌み子なんていう世界の大半なんざ、どうだってよかった。


 でも、メリアが命を賭して守った世界となったとれば、変わる。貧民街に捨てられ、暗殺組織に拾われ、金の為に暗殺を繰り返してきた自分を救ってくれた主人が守ろうとしたものなら、それはジルハードが守るべきものでもある。壊そうとする者は何人たりとも、許さない。


 暗殺者として人を殺す為に鍛え上げてきたその剣は、人の暖かさを知ってからは人を守る剣へと。仁に圧倒的な差を痛感させ、シオンとほぼ同程度、ザクロやマリーに才能を認めさせ、あのサルビアさえいつかは自分を追い越すかもしれないと言わしめた剣は、こうして積み上げられてきた。


「これしか、俺には能がねえんだ」


 人斬りはどこまでいっても人斬り。斬る事でしか人を守れない騎士は、今も騎士に相応しい理由で剣を振るい続ける。


「ははっ!グラグラ煮え立ってやがる」


 仁の脳内もまた、湯立ち始めていた。度重なる、というよりもほぼ常時発動状態の三重による脳へのダメージが、火力を上げているのだ。頭蓋骨の内側に熱湯を注がれたような気分だった。


「悪いが、俺にも譲れないものがある」


 一歩動く度に視界が光る。最早どこをどう動かしているか怪しい。でも、まだ意識を落とさない。本当の本当の本当の限界まで、抗い続ける。


「危ない!」


 頭の中の声に従って攻撃をキャンセル。ジルハードの剣速を上回る速さで動いて、身体を壊して致命傷を避ける。


「右から狙えっ!ああ!惜しい!」


 足元を狙った剣に対して跳躍。氷の脚に人体には無茶な稼働を命じ、塔の壁を蹴り上げて騎士の右頭部へと剣を振り下ろす。しかし、切り替えられていた障壁に受け止められて、無効。


「距離を取って少し休まないと!」


 ジルハードは昇降機の周辺から動けない。先程から仁には昇降機を目指す様子も、ロロだけが乗る様子もないが、それでも万が一を警戒して動けない。これ以上の攻めの継続は厳しいと判断し、一度後退。


「頑張れ!」


「あと少しよ」


 休めたのはほんの数秒。仁が何らかの策の為に距離を取ったのではなく、ただ休憩の為だと勘付いたジルハードは火球を創生し、向かわせてきた。氷の盾では爆発を完全に防げない可能性がある。これ以上傷を負うのは頂けないと、仁は休憩を切り上げて前へ。


「どうせなら、相討ちが一番嬉しいけどね」


 耳よりも鼓膜よりももっと奥の方からする声に笑いながら、火球を掻い潜って再びジルハードの元へ。『限壊』の速さに合わせられなかったようで、仁が通り過ぎた直後に火球が爆発。背中に熱を感じるも、義肩から延長した氷の盾が爆風をカット。


「そこだ!氷を作って飛んで!」


「違う!そこで『限壊』で斬りかかるんだ!」


「ちょっと黙ってて!仁が集中できないから!」


 頭は熱いし、全身は痛い。ジルハードへの距離、約10mのところで氷の踏み台を創生。思いっきり踏んで空中へと飛び、迎え撃とうと予測で剣を振り下ろして空振ったジルハードを飛び越える。空中で『動鎧』にて身を捩り、昇降機のボタンは触らないように気を付けながら、壁を蹴って後ろから急襲。


「この騎士、化け物かよ!?」


 騎士は空振った剣の勢いを殺さずそのまま、腕の限界の範囲まで振り切って後ろへ。背後から振り下ろした仁の剣と、それはちょうど重なる軌道。しかし、終点に辿り着いた剣では、仁の最も力の乗った途中の剣には敵わない。


 分かっていた。分かっていたから、その剣は時間稼ぎ。ジルハードは負けた剣をすぐに手放し、身体をひねって前転。仁と向き直り、再び近距離での斬り合いへ。


「不思議だね。まさか、仁の応援をするなんて思ってもみなかった」


 右で一振り振るう度に、義肩から血が溢れ出る。既に思考は単語レベルにまで分解され始め、意識は何度も遠のいている。肉体的な限界のラインはもう超えていると思う。痛みがないからかろうじて意識があるだけで、意識だけで立っていた。戦っていた。


 だがしかし、以前のジルハード戦の時のように、狂う感覚はない。ただ、静かに穏やかな激情のままに。


「仁を応援するのは癪なんだけど、みんなの仇でもあるから」


 仁を繫ぎ止めるのは、みんなの声。仁は見捨てた人間だが、ジルハードはまた殺した人間だ。どちらも恨む対象である。故に香花や悠斗、先生達は日頃の怨嗟を吐かず、仁の応援をしている。出来れば共倒れになれと、香花は言ってくるが。


「おう!儂の仇でもあるな!頑張れ!虎の子!」


「もう立派な虎でしょ!?」


「うるさい黙れ漫才コンビ。倒れるなよ。倒れたら、全てが無駄になる」


 彼らだけではない。仁に託した者達もまた、応援している。消えかけて、壊れそうな仁の心を支えて、戦わせてくれている。


「なんじゃハゲ」


「あ?」


「お二人のがお似合いの漫才コンビじゃないですか!?」


 まただ。また、笑ってしまった。戦争中だというのに、命のやり取りをしているというのに、もう身体はボロボロだというのに、頭の声が懐かしくて、応援してくれる事が嬉しくて。


 幾度となく、拮抗。『限壊』と『動鎧』による歪な強さと、努力と研鑽によって至った正当な強さがぶつかり合う。過程に違いはあれど、力と振る理由に違いはない。


 フェイントに引っかかっても、『限壊』と『動鎧』が取り返す。『限壊』と『動鎧』による圧倒的な性能の差を、ただの技術が覆す。またはその逆ともいえる。


 徐々に傷が増え始める。ジルハードの経験と技術による予測の剣は仁の行動を手玉に取り、仁の異常な精神力による速さと剛力は時にジルハードの予測を飛び越えて。その度に、どちらか或いは両方に傷が。


「仁、退がって!少しでも休まないと、もう」


 一旦もう限界だと、強引に切り上げて距離を取った仁はよろめく。咄嗟に対応出来るよう、膝だけはつかないと震える脚に必死に力を込める。どうやらジルハードも限界だったようでふらついており、追撃の様子はない。


「せぇ……ひゅう」


「「はぁ……はぁ……げほっ、ごほっ」


 ジルハードは荒い息を、仁は血の塊を吐き出して、共に呼吸を整える。


「さて、そろそろ、勝負決めねえとなぁ……」


「奇遇だ、がはっ!」


 共に限界。騙し騙し戦ってきたが、傷に出血と痛みを考えれば、立っているのが不思議なくらいだ。このままでは、次の瞬間にどっちが立っているか分からない。故に決着を付けようとジルハードは提案し、仁も乗った。


「ちょうど、俺達も思ってた」


「これ以上運命感じるんじゃねえよ」


 勝手な話で仁が思っているだけかもしれないが、やはり自分と彼は似ているというか、いくつか共通点があるように思えてしまうのだ。そしてその共通点こそ、今戦っている理由だと。


「お前をこの先に行かせるわけにも、あのシオンってガキの援軍に行かせるわけにもいかねぇ」


「俺も、げほっ。お前をここで倒さなきゃって思ってるよ」


「奥さん、守りたいからね……」


 互いに互いの実力を理解している。この男を、下で戦っているシオンとティアモ達のところへと行かせてはならないと、互いに思っている。援軍に向かわせてしまえば、それだけで勝負は傾く。だから、どれだけの傷を負おうとも、倒れる事は出来ない。


「メリアに、託されてんだ……ティアモを守りたいんだよ」


「同じだね。僕らも色んな人に託されてここにいて」


「守りたい人がいる」


 互いに託されてここにおり、互いに守りたいものがある。託された望みを果たす為には、守りたいものを守る為には、目の前の敵を倒さねばならないと思っている。


「なぁ、お前さ。何の為に戦ってるよ」


「なんで急にごば、うっ……そんな事を?」


「知らねぇ。ただ単に知りたくなった」


 唐突な問いに、血を吐きながら聞き返す。特に理由はなく、ただそう思っただけという理由を聞いて、少し分かる気がすると頷いて、考える。


「……自分の、為」


 仁は身体がどうなっても構わないからと、勝利を望んだ。でもその勝利は何の為?それは託された意志を果たし、街や大切な人を守る為。では、それは誰が願っている?


「俺が託された事を果たしたくて」


「僕が守りたいと思っているから。自分の為さ」


 だから自分の為だと、仁はいつかのシオンのように答えた。見返りなんて特に求めてなどいない。ただ、自分がそうしたいから、守るのだと。


「本当に奇遇だな。俺も、同じだ」


 聞いた灰色の騎士もまた、同じだと答えて血塗れな顔で笑ってみせた。ああ、所詮そうなのだ。そういう、ものなのだ。


「名乗れ」


「……俺の名前忘れたのか?」


「弱い奴は覚えない主義だって聞いてたけど」


「馬鹿かてめぇ。形式だよ。まぁ、そうだな。聞いたやつから名乗るのが礼儀ってもんか」


 剣を向けながら、名を問われる。かつて名乗ったはずだと聞き返すが、そういうもんだと言い返されてしまった。


「俺の名前はジルハード・グラジオラス。メリア・グラジオラスとティアモ・グラジオラスの騎士だ」


「二人に剣を捧げた騎士とか」


「とんだ浮気もんだね君」


「うるせえ。どっちも浮気じゃねぇ。本気だ」


 騎士は、己が剣を捧げた相手の名前を誇りとして名乗った。ひとしきり笑って、次は仁の番だ。


「「俺と僕の名前は、桜義 仁。『勇者』だ」」


「はっ!『勇者』とは大きく出たな。小っ恥ずかしくないか?」


 仁もジルハードの名乗りにケチをつけたのだ。同じように仕返しだと、騎士も名乗りに釣り合わねえと言い放った。


「確かに、今の僕らじゃ『勇者』には相応しくないかもしれない。小っ恥ずかしいさ」


「でも小っ恥ずかしく感じるのは、俺ら自身がまだ、自分を『勇者』だと認められていないからだ」


 だが、その通りだ。俺と僕はジルハードの言葉を想定する。その肩書を本当の意味で名乗るには、仁はまだちっぽけ過ぎる。


「「だから、今日ここでお前を倒して世界を救って、胸を張って『勇者』を名乗れるようになるよ」」


 故に仁は、世界を救って堂々と『勇者』を名乗ると宣言した。


「ははははははははははははははは!こいつぁ一本取られた!」


「どうせなら次の一本もくれると嬉しいんだけど」


 余程仁の宣言が面白かったらしい。腹を抱えて大笑いするジルハードに、僕はひどいなぁとさりげなく勝たせてくれとお願いするが、


「なわけねえだろ。次の一本は俺だ」


「だよな。互いに譲らねえよな」


 それは無理な話だ。今度こそ本当に、剣を構える。世界から音と色が消えた。ジルハードと仁だけの世界へと狭まっていく。呼吸も鼓動も心も、至って静かに燃えている。極限まで、研ぎ澄まされていく。


「悪りぃな」


「っ!?」


 その空間の中で、それは突然だった。余りにも突然で、予想外で、仁を襲った衝撃は計り知れなかった。


 仁が今までジルハードと渡り合えていたのは、『限壊』があったからだ。圧倒的な技術の差を、力と速さで埋めていた。しかしもし、『限壊』の差が無くなったらどうだ?いや、ここでの話はなにも仁が『限壊』を使えなくなったらという話ではない。その逆だ。


「俺は馬鹿なんだよ」


 ジルハードが『限壊』を発動したなら、という話だ。正しく言うなら『限壊』ではなく、馬鹿強化と呼ばれるもの。どちらにせよ、これでジルハードは仁の『限壊』に並ぶ力と速さを得た。


 その結果は劇的だった。まず、仁が『限壊』で咄嗟に防ごうと出した双剣が二振りとも、何もないが如く、空気のように斬り裂かれた。否、それだけでは止まらない。仁の唯一残された肉の四肢である右腕と、右の眼も斬り裂かれた。線の入った腕と銀線が、右の視界の最後だった。


(これ、もしかして)


 ジルハードがこの一撃で仁の命を奪わなかったのは、断じて失敗ではない。彼は確実な勝利を掴むために、最初の一太刀で仁の攻撃手段をもいだのだ。


(詰み?)


 今の仁を整理してみよう。魔法の剣は折られ、物理の剣は右腕の手首と肘の中間部分までと共に斬られた。残るは氷の左手と両脚のみ。つまり、仁に物理攻撃の手段はなく、今のジルハードが張っているのは魔法障壁だ。


 続く二撃目が、迫る。死が刻一刻と近づく世界の中、仁は走馬灯を見た。いや、走馬灯の中でさえ、抗う術を探し続けた。死ぬ事なんかよりもずっと、嫌だったのだ。自分の負けのせいで全てを台無しにしてしまうことが。継いできた意志を絶やしてしまう事が。それだけは嫌で嫌でたまらなくて、醜くも生にしがみついて、足掻こうとしたのだ。


 炎の森で倒れた時のように、どうにもならない事もある。けれど、それでも死ぬ瞬間までは、鼓動が止まる瞬間までは抗い続けて、


((見つけた))


 それは、とある一つの記憶。森の中での訓練のある一幕。


「言い忘れてた」


 笑う。こんな時ですら、シオンは助けてくれた。


 まずはジルハードに追いつく事が優先だ。技術では敵わず、力と速さでも並ばれた。では、どうすればいいか?答えは簡単だ。技術は一朝一夕では身に付かない。だから、力を更に強くする。


 『四』と唱えかけて、やめた。これから先の事を考えると余りにリスキーだ。仁が必要なのだ。だからここで使うのは、『三』。三重の『限壊』。ジルハードの速度を、追い越す。


「僕らも馬鹿なんだ」


 思い出したのは、無謀にも金星を狙おうとした、森の中での訓練の一幕。武器をないと思わせてから、隠していた拳で戦おうとして失敗して、シオンにバレバレだったからもっと工夫しなさいと言われたあの時。


 自分自身でさえ、攻撃手段がもうないと諦めかけた。だから、きっとこれはバレていない。そう思いながら、拳を握る。いや、もう拳はないのだけれど、力を込めるという意味で、思いっきり握る。


「まっ」


 傷口から血が吹き出てようやく、ジルハードは仁の狙いに気付いたらしい。だが、もう遅い。剣より早い速度の三重刻印の拳無き右腕の傷口が、ジルハードの腹に埋め込まれた。


「がっ……」


 臓器を揺らし、脇腹の傷口を開かせて、意識を奪うには足りすぎた一撃。後は近づいて、最後のトドメを刺すだけ。障壁はもう張れず、物理でも魔法でもご自由にだ。


「……そこで、寝てろジルハード」


「起きる頃には、全部終わってるさ」


 だが仁は、トドメを刺さなかった。


 四度目にして初めての、勝利だった。


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