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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第149話 螺旋と共生


「ありがとね」


 万が一がないようにとザクロを見張りながら、門から出てきた四葉に食料と布、そして水を貰う。飲み水を一気に喉の奥に流し込んで、久しぶりの食事に美味しいと感じる。


 あと三十分もすれば、再び戦いが始まるだろう。それまでに出来る限り補給はしておかねばならない。


「マリー。それにそこで寝てる騎士。聞きたい事がある」


「どうしたの?どこか痛い所でも?」


 だが、物事には優先順位がある。辛そうに苦しそうに横たわってふるふると震えているイヌマキに呼ばれ、食料をかっこんだマリーは彼の元へ。


「痛みなんて全身だ。そんな事はいい。お前のところの総司令部にいる奴、何者だ?」


「総司令部にいる……?もしや王の事か?貴様王に危害を!」


「王?私もそんなに会った事はないから、何とも言えないけど。何かあったの?」


 話の内容は王に関するもの。そもそも人前に姿を表す事はなく、マリーのような国の英雄でさえ会ったのは数回のみ。はっきり言って、人となりも正体も特に分からない。


「加えてねえよ。いや、直接会ったわけじゃねえんだが、結界の強度と構造が異常だった。俺だったから破れたものの、なかなかのもんだ……それに気のせいかもしれねえが、古い臭いがした」


 本当なら中、まで全部制圧するつもりだった。しかし、入り口と中に張られた結界を破るのに想定外に時間を取られてしまい、結果として残ったのは十秒程度。あの結界を張った相手に十秒での完全制圧は難しいと判断し、おめおめと生き延びてしまったのだが。


「古い?本部が?」


「いや、中にいる内の何人かだけだな。不安だったんで確認取ったんだが、分からねえならいい」


 直接見たわけではないが、イヌマキには外からでも中の数人の異常さが分かった。だが正体を掴むまでには至らず、もしかしたらとマリーとザクロに聞いたのだが、彼らも答えを持っていなかった。


「まぁ人間甘く見るなってこったろうな」


「サルビアとかみたいに?」


「ほんとありゃ悪夢だった……それに、何もヤバいのはサルビアだけじゃねえんだよな」


 サルビアのように、ただの人の身でありながら化け物の領域に踏み込む者もいる。嫌な事思い出したと、より一層険しいものへと変え、イヌマキは愚痴る。


「へぇ、他に誰がいるの?」


 サルビア並にヤバいのが他にもいる。それはマリーの口から疑問を引き出し、寝ているザクロの耳を澄まさせるのには十分すぎる情報だった。


「プラタナスとルピナスだ。ちょっと話しただけだから確証とまではいかねえが、あの夫婦は恐らく深淵に到達している」


「深淵?」


 協力の対価として数日間、イヌマキの研究を教えた夫婦の事。直に接したイヌマキが感じたのは彼らの有り余った才能と、目的の為なら何の犠牲も構わないとするような態度である。


「ああ。魔法研究のな。何をする気かは知らねえが、気を付けとけ。魔法ってのは理論上、言葉に出来る事象全てを起こせるはずなんだ」


 魔法とは、世界の法則そのものを書き換えるもの。当然、それには魔力などの代償が伴う。特に、魔法の効果が大きければ大きいほど代償も大きくなる。あまり例のない事だが、何らかの代償を意図的に大きくする事で魔力の消費を抑えたり、効果を増幅させる魔法も存在する。


「ちょっと待ってくれ。言葉に出来る事象って事は死者の蘇生もか?」


「死体の時間を巻き戻す、魂とやらを取っ捕まえて違う身体に引っ付ける。体の細胞を入れ替える……方法は幾らでもある。まだ魔法が見つかっていない、もしくは代償を支払う方法がない、魔力が足りないなんかの理由で出来ていないだけだ」


 ザクロの信じられないという確認を、イヌマキは肯定する。明日起こる事は誰にも分からないように、未来の事は分からない。百年前の人間に、今の日本の事を話したって信じないだろう。この方法はがダメでも違う方法ならと試し続ければ、いつかは到達出来るかもしれない。誰にだって、可能性の否定は出来ないのだ。


 なにせ不可能だと断ずるには、全ての方法を発見して試さなければならない。そんな事がまず可能だろうか?いつかは不可能を証明出来るかもしれないが、その時は来るのだろうか。


「ま、これと同じ事は魔法にも言えるんだがな。当たりを引くまでどれだけかかるのやら」


 理論上実現可能とは言っても、死者を蘇生させる方法の実現など検討もつかない。いつか例えたあのダサい名前の「夢燃料」と一緒だ。効果や性能は分かるが、過程は分からない。


「だが何事の可能性も0じゃない。そんな魔法がっ!?ってなるような奴が、今もどこかで生まれてるのかもしれねえ」


 地球の人類が二千年前には想像もしなかった、星と星を渡る旅行は今や現実になりかけている。シオン達の世界でも同様。ある一人の男が生まれるまで、この世に障壁魔法は存在しなかった。


「……『魔神』や『魔女』を殺す魔法も、もしかしたら生み出せたのだろうか」


「今ねえなら悔やんでも仕方ねえよ。俺だってあの手この手を考えても、封印するので精一杯だったしな」


 忌み子は存在しなかったかもしれない。そう聞いたザクロが望んだのは忌み子を絶滅させる事ではなく、原因である『魔神』や『魔女』を倒そうと足掻いた世界の話。


「死者が蘇ったり、過去に戻って過ちを消せるなんて夢のような話だわ」


 死んで欲しくなかった人などごまんといる。犯した過ちなんて数え切れない。それら全てを帳消しにして理想通りに出来るなら、どれだけ良いことか。


「ああ。今はまだ夢だ……夢のままのがいいかもしれねえがよ」


「どうしてかしら?」


 だがしかし、イヌマキはそんな夢の世界が来ない事を望む。それはかつて、死を変えようとした存在を創

っていた時に感じた不安だ。


「死が死じゃない世界に、過去を好き勝手にみんながいじり回せる世界なんて何がどうなるのか分からねえ」


 絶対的な終わりである死を全人類が超越してしまえば、何が起こるのか。全人類が自らの好きなように過去を改変し続ければ何が起こるのか。考えただけでもゾッとする話だ。


「それによ。そんな魔法を発動させんなら、代償はどれだけになるか分かりゃしねえからな」


 それだけではない。世界でも一番魔法を知っているという自負のあるイヌマキですら、それらの魔法がどれだけ多くの歪みを世界にもたらすのか計り知れなかった。










「さて、さて、さて、さて。連絡の彼はえらく動揺していましたからね。軽く整理しましょうか。さぁどうぞ楽におかけになりなさい。世界が違う貴方達に礼儀や言葉遣いなんて求めません。お菓子やお茶もいかがですか?」


 黒い影に用意されたふわふわの椅子に腰掛け、勧められたお茶を前に悩む。この王を未だ理解出来ないのだ。忌み子である日本人なら、出会った瞬間即座に消されると思っていた。その数秒間に、なんとか興味を引かせるつもりだった。だというのにこの王は、驚く程友好的に接してくる。


「ああ、お茶や食べ物に毒は入っていませんよ?殺す時はしっかりと殺すと言いますから。ほら」


「いえ、仲間の死を見たばかりでそんな気にはなれませんので……お茶だけ頂きます」


 毒は入っていないと、王は自らが先に飲んで証明。ここに来るまでの犠牲を思い出し、食べ物を食べれる気分ではないと遠慮しつつ、乾いた喉を潤す為にお茶をいただく。紅茶に分類されるのだろうが、今まで飲んだことがない不思議な味と香りだった。


「ではまず、街の半径5kmに巨大な森林が出現。木の中に兵士達が閉じ込められて動けなくなっている……今はまだ拡大の様子はない。オマケに魔導砲の全破壊。これは貴方達というより、大悪魔の仕業ですね?」


「はい」


 イヌマキが最後の力を振り絞った魔法だ。対雑兵用の拘束魔法で、実力者なら普通に抜けると彼は言っていた。


「二つ目。ザクロ・グラジオラスの敗北。これはマリーの仕業。おまけに六万以上が彼女一人によって戦闘不能……彼女か大悪魔のどちらかがいなければ、すぐに貴方達は負けていたでしょうね」


「仰る通りです」


 否定する意味はなく、肯定。マリーかイヌマキのどちらかがいなかれば、街は最初の一日で沈んでいた事だろう。あの二人がいた事は、この街にとって幸運だった。


「三目。ここまで来たのは貴方達と勘違い、そして大悪魔の仕業ですね。わざわざここに来た訳を聞きましょうか?」


「休戦を。もう私達に戦う理由がない」


 戦況は一時的に膠着した。イヌマキとマリーによって数十万の兵を戦闘不能に追い込み、出来た猶予は約一時間。ここまで来る間に出した犠牲に報いる為にも、街の人間の為にも、マリーやイヌマキの為にも、この間に休戦を勝ち取らねばならない。


「分かりました。マリーの命は残り少なく、結界はもう限界。大悪魔も何らかの理由で戦えなくなった。要はこれ以上戦えなくなり、休戦を申し出に来たと。まだ戦えるのなら、戦えばいいですからねえ。『魔女』と『魔神』を復活させるまで」


「っ!?」


 王は休戦を申し出に来たという言葉だけで、街の内情を全て当ててみせた。言ってもいない事まで読み取られ、堅の顔に動揺が走る。


「いけませんねぇ。薊さん。二人は頑張って動揺を隠したのに、そう露骨に出してしまっては」


「あっ……」


 図星でそれが顔に出てしまった。王の真正面に座る石蕗も、隣で治療を受けている桃田も、ポーカーフェイスを貫いたというのに。


「私はさも真実を見抜いたかのように言いましたが、他の可能性は幾らでもありました。手加減が出来ない場合、大いなる代償を伴う場合などなど」


「うっ……」


 王の言う通りである。仮に、街に『魔女』のような手加減が出来ず、騎士全員を例外なく殺害してしまう兵器がいたならば、それを使う前に交渉に来てもおかしくはない。現に、存在しない兵器をチラつかせて交渉を勧めようとするプランもあったのだ。


「まぁ、いいでしょう。これで私達に利益が無ければ、単に踏み潰せばいいと決まっただけです。交渉が全てですよ?」


 堅の失態でまだ戦えるというカードは消えた。プラン一つ消え、大きく狭まったのは間違いない。


「利益とは少し違いますが、そもそも戦争をする理由が無ければ、戦争を止める理由となりませんか?」


 その中で石蕗が切り出したのは、今回のキモである戦争の理由がそもそもないというプラン。これさえ信じさせれれば、戦争は終わる。信じるメリットとして、先のまだ戦えるカードがあったのだ。


「『記録者』直筆のこれ、ですね。ところがもう一枚、このような直筆があるんですよ」


 しかし、王にとってもこれは予定調和だったらしい。彼はマリーが開戦前に手渡したロロの直筆と、代々受け継がれてきたという『記録者』の紙を机に並べてみせた。


『例え忌み子でなくとも、金髪でも緑髪でも銀髪でも、青い眼でも緑の眼でも灰の眼でも、『魔神』は憑依する。『魔女』はそもそも肉体を変えない』


『『魔女』、『魔神』に憑依された者は皆、例外なく黒髪黒眼である』


 並べられた二枚は一見、矛盾したように見える内容。だが、どちらも真実なのだ。


「燃やしてみましょうか。『記録者』の記録なら完全に再生するはずですので」


 王のその一言共に、二枚の紙が勢い良く燃え上がる。しかし、一度は灰となって燃え尽きた紙は勝手に動いて集まり出し、燃える前と同じ形へと再生した。


「ロロは書いた覚えがないって、言っていたよ」


「しかし二枚です。これは間違いなく『記録者』の系統外によるもの。どちらかが間違っている訳ではないとするなら、どうしましょう?」


 二枚目に関して、ロロは書いた覚えが一切ないと言っていた。彼の系統外で嘘が吐けない以上、それは本当なのだろう。だが現実として二枚あるのだ。そしてそれは、矛盾する両方ともが本物。であるならば、どうすべきか。


「矛盾しない通り道を探すのが良いでしょうね。さて、どんなのがあるでしょうか」


「……憑依前と後だ。一枚目、憑依される対象の外見に制限は無いと書かれている。けど二枚目の黒髪黒眼に関しては『魔神』に憑依された直後に黒髪に変わったのなら、通る」


 両方が真実であり続ける場所を探せばいい。そう言われて堅がまず挙げたのは、ロロから聞いていた『魔神』の憑依の特徴。『魔神』が憑依した対象は例外無く、黒髪黒眼になったのだ。


「多少無理がありますが、通りますね。さて、他の可能性ですが……『魔神』が複数いる場合はどうでしょうか?」


「え?」


 堅の述べたものは通る。しかし、真実の可能性は一つではないと王は例を出して問う。それは奇しくも、『魔女』とロロが世界を真実で騙す時に用いた手法と似たものだった。


「一人目の『魔神』は制限が無く好き勝手に憑依が出来る。二人目の『魔神』は忌み子のみの制限付き……いかがですか?」


「……」


 これも通ってしまう。『魔神』の正式な名前をロロもイヌマキも知らず、書けなかったのが仇となった。いや、そうでなくても、もう少し書き方を工夫していれば避けれたかもしれない。例えば、忌み子のみに憑依するとされた『魔神』の伝説は誤りであり、誰にでも憑依出来る。ここまでしっかり書くべきだった。


「でも、そんなのは……」


「屁理屈やこじつけだと?ええ、そうかもしれませんねぇ。しかしそれでも通る以上、真実の可能性がある。真実の可能性があり、『魔神』が忌み子のみに憑依するかもしれないのなら、その時点で戦争をするに値する」


 これでは100%の証明にならない。0.1%でも、それ以下でも可能性があるのなら、絶対を証明出来ないのなら、王は軍を退かせる気はないと宣言した。


「例え間違っていて、あの街に住まう無実の人々を虐殺したとしてもですか……!?」


「例え正しかったとして、たった数万程度の人の為に全人類を賭けろと?一つ、言っておきましょう。貴方達は私の民ではない。どうなろうが、少なくとも現時点で私にとってはどうでもいいのです」


「なん、だと?」


「私は私の民さえ守れれば、それでいいのです」


 堅達は自分達が正しいと信じている。王は正しかろうが正しくなかろうが、民を守れればいいという。無実の日本人を数万人虐殺してしまったところで、彼は別に構わないと宣ったのだ。


「堅、落ち着いて……いたた。一つ、質問があるんだけど、現時点でってのはどういう意味だい?」


 手を挙げて傷の痛みに呻きながら桃田が質問したのは、王の言葉の中にあった現時点という引っかかり。もちろん聞きたいという理由もあったのだろうが、一番は前半部分。堅がこれ以上ヒートアップしないように、彼は口を挟んだのだ。


 恋人を惨殺された彼のはらわたは今、煮えくり返っているだろうに。


「仮にです。仮に貴方達が正しく、私達の歴史が虐殺だったのならば、そこには責任が発生する。私達が貴方達に対して、ありとあらゆる償いをするという責任が。もちろん、民を守った上で果たせる責任になります」


 この王を認めさせれば、全てが上手くいく。恐らく塔を守護する騎士達に連絡を入れ、仁達を安全に通してもらうことも、兵を今すぐ退かせることも、負傷者達への治癒魔法も、街の復興も食料も魔物からの警備も何もかも。そういう宣言だった。


「しかし今のところ、この責任は発生していません。どうします?何もないのなら、貴方達はここで終わりですが」


 王はお茶を口元へと運び、読み終わった本を棚に戻すかのような手軽さで、面白い話を持ってきた敵を殺そうとした。戦争をする理由がない、これに賭けていた堅と桃田はもうこれ以上の策はなく、俯いて必死にその場凌ぎを思い付こうと考えを回し、


「まったく。いくら魔法が使えない足手まといとはいえ、やはり『記録者』をこの場に連れてく」


「十二人」


「?」


「例えこの街を全滅させたところで、十二人残っていますよ」


 石蕗の言葉に、ハッと顔を上げた。そうだ。まだ彼らが残っていた。石蕗の汗一つない冷静な表情を見るに、これは予め用意しておいた策のようである。


「……残念ながら、今滅ぼうとしている街の他に忌み子は存在していない。探知系の系統外及び数十万人の騎士とほぼ同数の一般人による全土捜索で、それは判明しています。私達が行ったこの一の努力は並ではない」


 王が放った言葉の恐ろしさに、寒気がした。冗談でも誇張でもないとするのなら、彼らはこの一年間で世界中の隅々まで捜索し、忌み子を殺し尽くしたと言っているのだ。あり得ないと思う。しかし、万が一にもそれが本当ならば。


「ええ。つい先日、旅立ちましたよ。騎士達が完全に街を包囲する前ですね」


 どうという事はない(・・・・・・・・・)。王の顔が初めて歪んだ。それは悔しそうでもあり、嬉しそうでもある、そんな不思議な表情だった。


「最後に連絡が取れたのは今朝。たった数時間前の事です」


 例え、この一年間で世界中の忌み子達を絶滅に追い込んだとしても、つい最近街の外へと旅立ち、さっき連絡が取れた十二人は殺し切れていない。


「私達の街を滅ぼしたとしても、彼らの内誰かに憑依するでしょう。つまり、この戦争に意味はないのです」


「それが真実かどうか証明する手段は?『記録者』の証明はないのでしょう?」


 王の切り返しはある種の正論だった。この場において真実とは、『記録者』の書面によってのみ証明出来るもの。それがない今、十二人の存在が本当かどうかは王は信じれないのだ。


「ええ。ありません。このまま街を滅ぼし、塔の警備で仁とシオンを殺した後、護衛として付いて行った十二人が勝手に魔物に喰われるのを祈ってください」


 王としては忌み子を完全に根絶したところで、封印状態にあるとされる『魔神』を殺したいのだろう。馬鹿げた夢物語ではあるが、後一歩のところまで来ているのだ。本当にこの世から忌み子が消えるまで、後少しなのだ。


「……少し待ちなさい。今、なんと言いました?仁とシオンの二人が旅に出ている?魔法陣を探す為、この戦場のどこかに隠れているのではなく、塔に?」


 残るは街のみ。しかし、状況は王の想定と大きく食い違い始めている。魔法陣を探す為にてっきり街から出ていないと思っていた仁とシオンは、護衛十二人とロロを引き連れて既に塔へと向かっていた。


「ええ、そうです。この十二人は仁とシオン、そしてロロの護衛です。おや、ご存知ない?」


「魔法陣を、見つけたのですか?私の虚空庫の中に後一枚残るのみだというのに?一体どこで?」


 魔法陣の処分は徹底させ、残るは王が持つ一枚のみ。そのはずだと、身体を仰け反らせた王は知らないのだ。裏切りでもあり、忠誠でもあったとある騎士の行動を。


「トーカ・ベルオーネ。グラジオラス騎士団が街を襲撃した際、マリーに手脚を奪われ、こちらの堅が秘密裏に匿っていました」


「……敵を、仇を匿ったと?自身の所属する組織にすら黙って、魔法を使える騎士を?」


 到底、信じられないのだろう。恐ろしく愚かな行いなのだろう。魔法を一言吐けば人を殺せる敵対者を、負傷していたからといって匿うなど。


「はい。匿いました。これからお話しするのは、嘘偽りのない物語です。信じるも信じないも貴方次第ですが、私達は結果として、魔法陣を彼女から託されました」


 唖然とする王へと、堅は語り始める。トーカという騎士と過ごした僅かな時間。彼女の心の告白。真実を知って苦しんで、再び剣をとって、大切な全てを守ろうとした一人の騎士の物語。


「……日本人も私達の民も救いたい。守りたいと。彼女はそう言ったのですね」


 託した願いは日本人だけでなく、過ちを犯してきたかもしれない騎士をも救う為。たった数日、まともに触れ合っただけで、トーカは知ったのだ。忌み子もまた人間であり、自分達と何も変わらないと。今の今まで誰も、忌み子とまともに接しようとしてこなかったのだ。


 そのたった数日で、トーカは日本人の事を信じた。そして日本人である堅も、仇であったトーカを信じた。


「そしてその結末は、貴方の弾丸だったと」


「そうだよ。彼女は俺が殺した。イザベラ・リリィと勘違いしてね。堅とトーカの物語が信じ合った物語なら、俺とイザベラの物語は互いに憎しみ合った物語だ」


 その結果、もう一度正しくあろうとしたトーカは、味方となったはずの日本人、桃田に勘違いで殺された。だが、その弾丸が銃口から飛び出るまでの物語もまた、あったのだ。


「恋人を殺されて、身体をバラバラにされて、姿形を真似られたんだ。それに俺は数日間気付けなかった」


 今思い出すだけで、銃口が王へと向きそうになる。この王へと銃弾を一発だけ残して撃って、最後に自分の頭を吹き飛ばしたい気持ちになる。


「この気持ち、分からないよね。説明するなら、あんた達を一人残らず皆殺しにして、俺も最後に死んでやりたい。そんな気分だ」


 騎士に対する憎しみで気が狂いそうだ。自分に対する怒りで気が狂いそうだ。全部めちゃくちゃにしてやりたい。


「でも、俺は生きている。あんたらに銃口を向けたくても、向けない」


 それでも桃田は恥を晒して、生きている。銃口を誰にも向けず、この場にいる。


「……どうぞ向ければいい。その瞬間、望み通りに死ねる。交渉も決裂して、街も終わりですが」


「そんな理由じゃない。まぁ、それも悪くないかなと思うね。俺ら皆殺しにしても復活する『魔神』に、お前らも皆殺しにされちまえって」


 生きたくてここにいる訳でもない。交渉を決裂させて、世界を滅ぼしたい訳じゃない。


「トーカという騎士が最後に託した物のせいだ」


 勘違いで撃ってしまった、日本人を守ろうとした騎士。彼女は恨み言なんて言わず、自分を殺した桃田にすら託した。だから、それを果たすまでは死ねない。


「楓なら、こうしただろうって妄想だ」


 無惨に殺された自分の恋人もこの場にいたらきっと、銃口を向けたりしない。彼女は本当に優しい人で、どこかの『勇者』みたいに敵だろうと救おうとするだろうから。


「そして俺や楓、トーカみたいな奴らをこれ以上生み出さない為だ」


 最後は、自分の願い。こんな悲劇、起きて欲しくなかった。ただ幸せに生きたかっただけだった。


「互いに憎しみ合った先にあるのは、螺旋だ。永遠と続く殺し合いの螺旋だ。それは信じ合った人さえ巻き込んで、繰り返し死と悲劇を量産し続ける」


 イザベラ・リリィは信じる事をせず、憎しみに生きた。その憎しみは楓を殺し、桃田を螺旋に引きずり込んだ。そして桃田はトーカを殺して悲劇を生んだ。


「誰かが我慢しなきゃならない。どこかで憎しみをやめて、信じなければならない。それでこの螺旋は止まる。断ち切れる」


 自らが螺旋の一部となって、ようやく理解した。憎しみに任せて引いた引き金が何を生み出すのか。どうすれば、この螺旋から抜け出せるのかも。


「俺は螺旋を断ち切る。俺はあんた達に銃口を向けない」


「……賢明な、判断ですね。マリーも大悪魔も、だから私達を殺さなかった。殺せば、遺恨が残るから」


 憎しみを呑み込んで螺旋を断ち切ろうとした桃田を、王は称賛した。出来る限りを殺さないように戦い抜いた『勇者』と悪魔にも、同じように。


「俺は短い間だけど、騎士と一緒に生きた。守られたし、守ろうとも思えた。子供達だってなついてた。俺らはまだ歩み寄れるし、信じ合える」


「……それは、認めましょう。私達はおそらく何も変わらない。ただ、髪と眼の色が違うだけだと」


 憎しみを乗り越えて騎士と共に生きようとした堅を、王は認めた。同じ人間である。同じように大切があり、好きな人がおり、家族がいて、友人がいて、生きている隣人であると。信じる事は、可能だと。


「ですが、足りない。感動させるには充分でした。憎しみを呑み込み、乗り越えて進もうとするその姿勢は尊敬に値する。しかし、民を危険に晒す可能性がある以上、私達は出来る限りを為さねばならない」


 感情の面では、十分だ。だがしかし、民の命が関わる物事を感情だけで決める事は出来ないと、王は残酷にも合理的に宣言する。


「例え街を滅ぼしても、十二人が残っているというのに?」


「その十二人も殺します。完全に0にした状態で、私達は『魔神』と『魔女』の因縁に終止符を打つ」


 たった数万人を殺してローリスクを取るか、たった数万人の為にハイリスクを取るか。王は断然、当然前者を選ぶ。結局、信じる信じないで決められないのであれば、これはそういうお話だ。


「では、最後の手を使います。本当はこの場で明かしたくはありませんでしたが、仕方ない」


「何ですか?またもう一つ、泣かせるお話があると?」


「いえ、そうではなく……これは極めて合理的なお話です」


 ならば石蕗はと、最後の切り札を切った。それは、堅も桃田も知らず、彼らにも聞かれたくなかった秘密だった。

 

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