表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
184/266

第148話 交差と到着


 桜義 仁の剣術は拙い。精々縦斜め横を頑張ったのと、多くの状況に対する答えをシオンに叩き込まれた程度。それでもジルハードやサルビア達と戦えたのは、『限壊』が主な要因である。


 さて、ここで問題だ。仁なんかよりずっと剣に通じるマリーが『限壊』を使おうものなら、はてさてその強さはいかに。


「ぐっ」


 片腕が飛んだ。ザクロが視覚で見たその後に、腕が斬られた事に気が付いて血を吹き出し始めた。治癒をする暇も意味もない。暇が無いのは次がすぐに来るから。意味が無いのはもう塞がれたから。


「はっ……はっ……」


 腕を飛ばして通り過ぎた先、潰れた足で着地して転んで一回転して、治して再び斬り込んで壊す。同時、ザクロが血を流しすぎないように傷を塞ぎながら、新たな傷を刻まんと剣を振るう。


 交差する。身体を捻りながらのザクロの剣は圧倒的なまでの力と速さを前に砕かれるが、マリーの剣の軌道をずらす事に成功。ザクロが仰け反った分の空間に高速の剣が通り過ぎていった。


 これが、七回目。その前の六回目にしてようやく、ザクロに片腕という決定的な一撃を与えられた。ここまで耐えられたのは彼の剣術の鋭さと、マリーの慣れのせい。卓越した剣は予測だけで、拙い『限壊』に対応しきっていたのだ。今までは。


「やっと、掴んできた」


 血を吐き出して血を流して、治っているとは言っても血塗れになりながら、マリーがようやくだと剣を強く握る。剣を振り下ろすタイミング、身体が強化に耐えきれずに壊れる時間とベストな治し時。五回の斬り合いと命でようやく理解出来た。身体が慣れてきた。


「まだ、彼ほどじゃないけど」


 とはいっても、仁のように常時発動なんて真似は出来そうにない。あれはイカれた精神力と、複数の人格で痛覚を分けないと出来ない芸当なのだろう。


「そっちも慣れた?」


「はっ……お前の方が、遥かに慣れる意味が大きいだろう」


 もちろん、マリーだけではない。ザクロだって、『限壊』の速度を少しずつ見切って来ている。だが、それは僅かな進歩だ。見切れた所でほとんど反応なんて出来やしない。完全に見切るより先に、マリーが『限壊』を使いこなしてザクロを叩き斬るだろう。


「だから、ここが勝負だ」


 魔法で義手を作って、虚空庫から引き抜いた新しい剣を構える。後の先だけを取る為の姿勢。マリーが慣れ切る前の今で、全てを決める。片腕が飛んだように、これより先に勝つ見込みはない。


「いいわ」


 勘と経験と技術を振り絞って待つザクロに対し、マリーも上段の構えで応える。脚で踏み出して、振り下ろすだけの姿勢。マリーの中で最も『限壊』に適した攻撃の準備だ。


「ふっ」


 短く息を吐いて、地面がマリーの脚を中心に砕け散って凹んだ。大地に衝撃が伝わると同時に、彼女はもうそこにはいない。ザクロへと剣を振り下ろす最中だ。身体の半分を斬り落として、貰うつもりだった。


「しぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 静寂を切り裂くザクロの裂帛の気合い。それはマリーの剣を一切遮らず、彼女の前へと置かれた剣。つまりは身体の半分をくれてやった上で、マリーの『限壊』の速度を利用して彼女の脳天を貫こうとする、静かで動かない最速の突きだった。


「なっ」


 倒れたのはマリーの身体。斬られたのはザクロの身体。転がったのは、マリーの首。


「ははっ……私の、負けか」


 しかし敗者は自分だけだと、言う事が聞かず崩れ落ちた身体でザクロは認める。マリーの方が、一枚上手だった。


「狙いは良かった。自らの速度を捨てて、私の『限壊』の力を利用して突こうとした」


「当たらなかったけどな」


 首だけになったマリーの言う通り、ザクロの予測で置かれた剣先は、何も触れなかった。しかし、振り下ろされた彼女の剣は止まらずに、ザクロの身体を肩から真っ二つに斬り裂いていた。


「まさか、自分で自分の首を斬り落とすとは思ってもみなかった」


 剣で脳を内側から掻き回され、魔法で弾け飛ばされたなら、さすがのマリーでも復活する間も無く即死だった。そうならなかったのは、彼女の首が予め張っておいたピアノ線のような炎刃で切断されていたから。『限壊』の速度の身体は首を置き去りにしても、残されたザクロを斬るという使命を全うした。


「だってそれが一番確実に守れる方法だったんですもの……とても、痛いけれど」


 首から下を再生させ、裸の身体に虚空庫から出した布を纏い、ザクロに分かっていたと告げる。心臓を突いても身体を内側から爆発させても、即死にはならない。頭を完全に破壊するしか、ザクロに勝ち目はなかったのだ。そこを読んだマリーは、脳だけは守ろうと対策を打った。剣を振り下ろす瞬間、首を自ら断って地面に落とすという、狂気の。


「貴方の負けね。それともまだ何かある?」


「……あったら、いいなとは思う……その前に、いくつか聞かせてくれないか?」


「いいわよ」


 意識さえあれば魔法は使える。足掻こうと思えば、足掻けなくはない。だが、ザクロはそんな京回の試行の果てに転がる勝利を狙わず、淡々と戦意無く口を開いた。


「私達をどうするつもりだ?」


「何もしないわよ。もちろん、日本人は騎士達に恨みを抱いているわ。でも、騎士を殺すより、世界を元に戻したい思いの方が強い。別に貴方達がどうなろうが、日本人の大半は知ったこっちゃないと思うわ」


 マリーがその気になれば、数万の命が一瞬で消え去る。いや、『魔女』と『魔神』が復活すれば、世界そのものが危うい。しかし、日本人はそんな事考えていなかった。騎士を殺しもしないし、助けるつもりも特にない。自分達が助かりたいのだ。


「……『魔女』の復活だが、上手くいくのか?」


「私は上手く行くと思って送り出した。貴方達が邪魔をしなければ、信じてさえくれれば、本当に何事もなく終わったはずなのよ。貴方達も死なず、私達も死なず」


「……」


 騎士は、忌み子である日本人を信じられなかった。矛盾する二つのロロの記録、今までの歴史、膨れ上がった大衆の意見、様々な理由があって、仕方がない事も多々あった。だが、信じなかった事実に変わりはない。


「祈りなさい。忌み子の根絶じゃなくて、自分達が助かる事を。そして、真実を知った時にちゃんと罪を受け入れて、悔い改めなさい」


 マリーはその事を少しだけ恨めしそうに責めて、自らが辿った道をザクロに告げた。


「本当に悪いが、私の一存だけではこの戦いは終わらせられん。自国だけの話ではなく、総司令部全員の決定がいるだろう。伝令は送るが、止めれて数部隊だ」


「ありがとう。それだけでも助かるわ」


「……助けてなんていない。一時間もしないうちに、この森を抜けて騎士達が押し寄せてくるはずだ」


「ぞっとしない話ね。私の命、もう残り10個なのに」


 積み上げた生きて動けぬ騎士の数、六万を超え。一切の殺しを行わずして、門を大軍相手にただ一人にて守り切る。


「やる事は何も、変わらないけれど」


 未だ『勇者』の名を冠する街の守護者は、剣を血塗られた大地に突き刺し、残り少ない命で次なる騎士を待つ。











「ここか」


 イヌマキに飛ばされて、一分間のフライトで渡った戦場の距離は数十km。万全な魔法の保護が無ければきっとバラバラになっていると思う速度で、辿り着いた。


「早く!周囲の騎士はイヌマキさんが倒してくれましたが、すぐに寄ってきています!」


「場違いな感想だけど、戦場にこんな豪華なもの持ってくるかい?まるで宮殿だ」


 着地点の掃除は済んでいたが、遠くから恐ろしい速さで死ぬ物狂いの騎士達が近寄って来ている。早く中に入らねばと思うのだが、桃田の言う通りその建物は些か大きく、そして豪華過ぎた。


「入るぞ。ただし、中に関してはほとんどイヌマキの手が及んでいない。気を付けろ」


「「「了解」」」


 結界を壊すだけでもかなり重労働だったらしく、最深部までの侵入は果たせなかったらしい。安全だと言われた玄関を通り抜けて、更に奥へ。


「おいおいおい。なんだこれ。ガチの宮殿じゃねえか」


「これが総司令部?何の冗談だ?」


 内装や天井を見て、度肝を抜かれた。これでもかとあしらわれた金や宝石の装飾。きらびやかなシャンデリアに見事な絵画。テレビで見たどこかの城のよう中のようだった。


「騎士接近!右方向、左方向より6、前ぽ……」


「聞いてくれ!敵意は無い!話を」


 敵の数を報告した兵士と、話をしようとした兵士が声を途切れさせて崩れ落ちた。宮殿を守護する騎士達の魔法で頭を吹き飛ばされたのだ。


「前方へと突っ切る!いいな!出来る限り殺さないよう、死なないように徹底しろ!」


 容赦は一切無し。降伏も話し合いの要求も全て却下され、殺される。これだけの宮殿の守護を任される者達だ。強さも並の騎士とは違うだろう。唯一生き残る方法は、殺される前に本丸へと辿り着く事のみ。


「浩二と自分で盾を展開します!」


「閃光発音筒、投げます!」


「こちらは催涙弾を!総員、マスクと耳栓、目を瞑ってください!」


 死んだ奴を悲しむのは後だ。魔法刻印で土と氷の盾を右と左に展開。その向こうと前方に、閃光発音筒と催涙弾を放り投げて、前進。


「ぐっ!?」


「あっ……ご武運を!」


 目と耳も塞いだし、催涙弾で戦闘力も削いだ。だが、騎士達ががむしゃらに発動した風の刃は、小さな盾を構えて進む先頭の二人を捉えてぐちゃぐちゃに引き裂いて、消えた。


「進め!」


 未だ視覚と聴覚が回復していない騎士のすぐ隣を、最速の強化で走り抜ける。気配を察知したのか振るわれた剣が何人かに当たるが、幸い死には至らず。通り抜けた後、背後から攻撃されないように盾の設置を忘れずに次へ。


「再び騎士!前方から来ます!」


「後方からもです!」


 通路をしばらく駆けた後、挟まれた。閃光発音筒を投げるも、伝令にて対策を伝えられたのか、目を閉じて耳を塞いだ騎士達には効かず。催涙弾に至っては投げた瞬間に氷漬けにされて閉じ込められ、無力化。


「残ります!皆さん!行ってください!」


「どうか、街を!」


 二人を見捨てて、背後の騎士達の時間稼ぎを任せる。そして、残る人員で前方の騎士七人へと突撃。涙と噛んだ歯から流れ出た血と、無念を押し流して先に進む。報いるのは、辿り着く事のみ。


 たった数分で、ここまで減らされた。おまけに宮殿内は広く、いつ辿り着くのかさえ分からない。だが、石蕗達は希望を信じていた。いや、信じるしかなかったのだ。


「まずい!この先は!」


「なんとしても止め……こいつら!?」


 騎士の攻撃は苛烈にして精密。日本人なんて負けるに決まっている。だが、戦う気が無いのなら、どうだろうか。負ける事を前提に、全力で数人だけを先に進ませようとしたのなら。


「味方を、盾に……?」


「なんて奴らだ!」


 先頭の一人はきっと、死ぬつもりだった。自らの体を盾にして、魔法の嵐から後続を守り切った。二番目も同じだ。騎士の剣に突っ込んで、自分の身体を貫いた刃を両手で掴んで、一人を止めた。


「驚いている場合か!早く止めろ!この先は命に代えてげほっ!げほっ!」


「命は奪わねえが、その先には通させてもらう」


「早く殺せっ!おえっ……くそがぁ!」


 その際に、服の下から零れ落ちた閃光発音筒と催涙弾は余りにも唐突で、的確に騎士の群れへと効果を発揮した。罵声と共に斬られて飛んだ彼の顔は、笑っていた。


「おい、桃田!お前何をする気だ!」


 残ったのは、堅、石蕗、桃田の僅か三人。前方から騎士が来る事はないようだが、背後の追っ手は未だ振り払えず。その最中、桃田が身体を反転させて、銃に手を掛けた。


「……出来る限りはとは言いましたが」


 確かに、やむを得ない場合は殺害するしかない。交渉は難航するかもしれないが、それでも誰も辿り着けないよりは良い。


「残る気か!?トーカの事で罪悪感を感じてか!」


 さっきだって前に進む為に、何人も切り捨てた。それは街を救う為と、堅は唇を噛んで飲み込んだ。だが、桃田は違う。トーカを殺した罪滅ぼしの為に死ぬと言うのなら、それは違うと堅は叫ぶ。


「トーカを匿ったのは俺で」


「うるさい。黙ってて。狙いがズレる」


 堅がトーカを助けたから魔法陣が手に入ったのは、一つの事実だ。でも、堅がトーカを助けたから、桃田がトーカを撃ったのもまた一つの事実。だから原因は俺だと叫んだ堅を、桃田は振り向かずに声だけで黙らせる。


「狙いってどこを……上?」


「正解」


 桃田の銃口が、地面を揺らした。放たれた銃弾がシャンデリアを落としたのだ。魔法刻印で隙間を埋めれば、簡易の壁が完成。


「死ぬと思った?」


「……っ!?馬鹿が!紛らわしい!」


 振り返って笑った桃田に、堅は本気で怒鳴りつける。ここが戦場じゃなかったら殴っていたかもしれない。


「ちょっと迷ったけどね……っ!?危ない!」


「おっ……い!桃田!?」


 少し悲しそうに付け加えたのは、騎士へと銃口を向けかけ、或いはここに残って死のうとした本心か。それを堅が問いただす前に、シャンデリアを透過した(・・・・)風の刃が飛んで来た。


「系統外……!?」


 魔法が遮る物体を無視したのは、マリー達から話に聞いていた特殊能力の一つだろう。だが、そんな事はどうでもいい。


「桃田、腕が!」


 あのまま進んでいれば、風の刃は堅の身体を綺麗に上下に切断していたはずだった。それを盾を持って割り込んだ桃田が、腕を犠牲にして止めた。風の刃は鋭く、盾を割って掲げていた彼の腕を肘から先で分け、それだけに止まらず胸にまで到達した。


「堅、行くよ」


「ですがっ!」


「こりゃ、きついや」


 重傷。脚では無いにしろ、腕と胸の痛みと出血は動きを妨げる。止血をする暇も迷っている暇もなく、それが分かっている石蕗は冷静を装って既に先へと進んでいる。止まった堅に、桃田は首を振って笑った。


「石蕗さん、先に行っててください。後で追いかけます。貴方だけでも交渉は出来る」


「……恨んで、いないのか?」


 しかし、堅は聞き入れず、諦める事もしなかった。無事な方の腕を掴んで引き上げ、肩で担ぐ。当然、見捨てられるものと思っていた桃田は、この非効率的な救助活動に驚いて、ずっと聞けなかった質問を口にした。


「…………あの銃弾を、俺はきっと許せない。ずっと引きずると思う。前みたいに一緒に飲んだりする事も食事も、二度と無い」


 答えは、明言されなかったとは言えほぼYES。もう二度と、以前のような友達付き合いはないだろう。あの一撃は決定的な溝だった。決して埋める事は出来ないような、深さと大きさの。


「でもトーカや環菜、仁やシオンにマリーなら、こうした」


 それでも助けたのは、彼らならこうするだろうという確信があったから。例え恨んでいたとしても、あの楽しかった日々は嘘ではないし、幻でもない。捨て去るには、余りにも大きい。


「それに、さっきの騎士達はこの先は死んでも通さないと言っていた。つまり、すぐそこなんだ」


 他の場所なら、違ったかもしれない。でも、ここはもうゴールの目の前なのだ。だから、堅はそういう事も考えて、無謀と勇気の狭間の救助を行なった。


「……そう。楓も、同じ事をしただろうね」


「おまえ!」


 恨んでいる自分を助けようとした堅に、ならば敢えてその意思に背いてでも守ろうと、桃田は腕を振り払って残ろうとして。


「全く。世話が焼けますね」


「石蕗さん!?」


 だがその肩は、反対側から伸びた手に掴まれた。引っ張り上げられ、堅と石蕗の間に挟まれて担がれて。


「角を曲がって少し行けばすぐでした。私は勝てる可能性のある勝負しか、する気がありませんので」


 なんで戻ってきたのかと問うたなら、間に合いそうだからと石蕗らしい現実的な答えが帰って来た。


「……すいません」


「帰ったら高級料理を奢ってください。私の娘はよく食べますよ?」


 謝った桃田に、堅は複雑そうな表情で、石蕗は笑って前を向いて、走り出した。強化を使えば、二人がかりでけが人を運んで走るくらい余裕だ。角を曲がって、仰々しい扉をノックもせずに開き、


「おはようございます。お話をしに、参りました」


 その中にいる存在へと、恭しく頭を下げた。いつ魔法が来ても対応出来るように、神経を張り巡らせて僅かに上げた視界で、部屋の中を探って息を飲んだ。


「……護衛の兵士達は一体、何をしているのやら……まぁここまで敵は来ないだろうと慢心し、宮中の守りを手薄にした私の手落ちですね」


 想像したのは、地図が机に広げられた会議室。しかし、いざ入ってみれば、全く別の部屋であった。


「だが、歓迎します。よくぞ私の移動式宮殿、いや玉座にまで辿り着きました。まさかあの距離を超えて私の前に来るとは、思いもしませんでしたから」


 赤と金に彩られた椅子に腰掛けるは、四十代手前の男性。服装や部屋、そして椅子から判断するにこの部屋は、玉座の間。


「総司令部は……?」


「それは玄関から入って右側に進んだ方にありますね。まさか勘違いでここまで来たのですか?」


 まさかの部屋違いに動揺が走る。今更ここを出て総司令部まで走って行けるとは思えないし、生きてこの部屋を出られるとは思わなかった。


 即座に思い付いた方針は主に二つ。一つは、この王と思わしき人物に頼むというもの。もう一つは、この王を人質に取るというもの。見る限りでは、この部屋に王以外の人間はいない。三人で同時にかかれば、チャンスがないわけでは無い。


「くはははははははははははははははははははは!未だかつて!ただの勘違いでここまで辿り着いた人間がいましたか!?名乗れ」


 王の御前まで辿り着いた理由がなんと勘違いで、それが余りにも愉快だったらしい。大きな笑い声が、部屋の中の空気をビリビリと震わせる。


「私の名前は石蕗。こちらが薊、そして怪我をしているのが桃田でございます。高貴な者に会ったことが未だなく、作法も礼儀も知らぬ事をお許しください」


「くはははははははははははははははははははははははは!石蕗に薊に桃田!貴方達は暗殺者ですか!?私を笑い殺す気ですか!?許可も何もなく王の御前にまで来ておいて作法も礼儀を知らぬと謝ると!?くはははははははははははははははははははは!……怪我をしているな。桃田とやらを治してあげなさい」


 再びの高笑い。しかし、最後に命じられた一言は空気を変えた。音も無く、どこからともなく現れた黒い人影が桃田の傷に、治癒魔法をかけ始めたのだ。


 冷や汗が伝う。今、この黒い人影が石蕗達を殺そうとしたのなら、殺された事にすら気付かなかったかもしれない。それほどまでに、彼らに気配が無かったのだ。


「総司令部に何をするつもりでした?せめて一矢報いようとしたのですか?」


 だが、今の王は大変上機嫌だ。なぜか敵である桃田でさえ治癒してくれるほどに。この王という人物が全く理解出来ないが、これは利用できるかもしれない。


「先も申しました通り、お話を」


「ほう。話しと?」


「陛下!お話の最中、失礼します!侵入者を逃してしまい申し訳ありません!それと、緊急のご報告が……!」


 王へと話をもちかけようとした瞬間、ノックと大きな騎士の声に遮られた。少し遅れたように感じたが、追手が追いついたのか。黒い人影に止められるとは思うが、それでも生き延びようと堅は銃に手を掛けて、


「侵入者の件について入室を許可したのは私です。だからいい。しかし、報告は聞きましょう。なにせ、この私の話を遮る程の報告なのですから……どうした?」


 なんと入室を王が許可していたと聞き、その手を離してしまった。一体、どういう事なのか。理解が全く追いつかず、ただ情報を黙って受け取るのみ。


「街の半径約5kmに巨大な森林が突如出現!騎士達が飲み込まれました!それと魔導砲が何者かによって全て破壊され、この宮殿までの騎士が全て吹き飛ばされました!そして、その……ザクロ・グラジオラス様も敗北なされました!」


 騎士も到底、信じ難いのだろう。震えて、上手く整理出来ていない報告は、王にとっても驚きの連続だったらしい。顔がみるみる嬉しそうなものへと変わっていく。


「……ほう、ほうほう……話を、詳しく聞きましょうか?」


 そしてその顔で、石蕗達へと笑いかけた。


 街の命運を分ける交渉が今、始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ