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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第147話 大悪魔と『勇者』


 この身全ては盾である。剣は手と魔法。しかし、その剣に刃は未だ無し。


「少しだけ、羨ましいよ。そんな戦い方出来るなんてな」


「いいのよ?代わってあげても」


 障壁を通り抜けるザクロの剣を、騎士の足止めをしながら捌き切るのは不可能だった。だからマリーは、剣を身体で受け止め続けていた。


 ザクロの魔法剣の真価は、一見物理に見える剣が魔法障壁を貫通してくる可能性にある。その可能性があるだけで、マリーは対応せざるを得ない。彼はそれを分かっている上で、上手い事普通の魔法も織り交ぜてくるのだ。


「本当にだ。凡人の私じゃそろそろ魔力切れが怖い」


 剣だけに気を取られれば、思わぬところから魔法が襲う。かといって魔法に意識を割き過ぎれば、いつもの調子で剣を障壁で受け止めた時に死ぬ。厄介な事この上ない。


「何が凡人よ。努力の皮を被った天才の癖に」


 悪態をつきながら腕を盾代わりにかかげて、骨で受け止める。もしくは骨を斬らせる事で威力を削ぎら致命傷を避ける。再生させて、そこからはマリーの間合い。ストックをすり減らす戦い方で、何とかこれまでザクロの魔力を削ってきた。


「前々から思ってたけど、燃費良すぎるのよ」


「お前が相手だからな。障壁を使わない分節約出来てる」


 ザクロの魔力はシオン程でないにしろ、相当な量である。それに、剣に薄く局所的に纏わせるだけの魔法剣は、通常の魔法より消費が少ない。その上マリー相手にほとんど障壁を使わないとなると、使う魔力は治癒と強化の二つ程。これだけの時間休まず戦い続けたのは驚異だが、流石にそろそろ限界のようで。


「待っていたのだろう?私の魔力切れを」


「……」


 マリーのスタイルは、序盤の無理をしてでもザクロを止めようとする動きから、極力凌ぐものへと変わっていた。騎士を止めながら彼を仕留めるのは今のままでは無理だと悟り、機会を待っていたのだ。


「……悪いが、もう結界は崩れるぞ」


 だが残酷に、ザクロは宣言する。数十分前から火を吹き始めた砲台が結界を好き勝手に攻め続けた結果、今までに蓄積したダメージと合わさり、ついに結界にヒビが入り始めていた。壊れるまで、もう数分とない事だろう。


 最早無駄な抵抗だった。ここでザクロを止めようが、結界無き後全方位から押し寄せる敵の波を止める事は出来ない。マリーの『黒膜』ですら、今のストックの数だともって三分といったところか。


「だから、諦めろ」


 肩に深々と剣を突き刺しながら、ザクロは降伏を促した。それは、出来る事ならマリーを救いたいという思いからきたものなのだろう。


「今ならまだ、お前は帰ってこれる。さっき『勇者』と言っていたが、死んでしまえば結局元も子もない。お前自身だって一つの命だ」


 見た目が忌み子でないマリーなら、まだ誰も殺していないマリーなら、まだ引き返せる。多少の罰はあるかもしれないが、それでも全員の手脚を治せば軽く済むだろう。


 街と心中するよりは、街を一緒に壊滅させてマリーと失敗作達に殺されそうな者達の命を浮かそうと、彼は語りかける。確かに街が堕ちる前提であるならば、その方が犠牲は少ないだろう。


「ジルハードの腕だってお前なら治せ」


「私ね。最近尊敬する人が増えたの。それもたくさん」


 ザクロにとって実の息子のような彼の手の事も、治せばいい。そうやってマリーを殺しながら説得しようとして、優しい声に遮られた。


「もちろん、貴方やサルビア、プリムラもその中にいる。プラタナスは……ちょっと悩ましいけど、技術とかはすごい。ルピナスは良い子だったわ」


 かつての戦友達を、以前から尊敬していた。サルビアとザクロ、プリムラが持ち、ルピナスが持っていた誰かを救おうとする心に。四人全員が、恵まれ過ぎたマリーとは違って、ひたすらに努力を重ねて上を目指す姿に。


「ある一人の男なんだけど、これがすごい曲者というか、強者というか。全然、戦闘力なんてない。賢い頭と、冷静に物事を判断する能力と、必ず街を守ろうとする意志があった」


 思い浮かべた一人目は肌色の額に傷のある、いつも眉間に皺を寄せている男だった。楽しそうに笑っているのを見たのは非常に少ないが、とてもその顔は印象に残っている。


「冷静過ぎて私、反乱起こしちゃったわ」


「……反乱?」


 聞き返すザクロに頷いて、笑う。冷静を通り過ぎて冷酷に、ただ街を効率的に継続させる為に彼は非道を行った。それが原因で、正道を行こうとするマリーと道は違えた。でも、それでもマリーは知っているし、知った。


「彼の方法は、結果的に私より多くの人を救った。本気でぶつかり合った内乱を僅か一日以内に策略だけで鎮圧して、騎士さえもその策に嵌めて犠牲をほとんど出さなかった」


 柊は本気で街を守ろうとしていた。その為なら、如何なる犠牲も厭わなかった。自らさえも捧げて、彼はプライドにこだわって殺しをしなかったマリー以上に、人間を救った。


「だから、私は彼にならうわ」


 尊敬するのは知略でもなく、そこだ。柊の持つ、徹底する強さだ。


「自分を曲げる。曲げてでも、守る。さっき言った誓いに則り、私は『勇者』を辞めてでもこの街を守る」


「なっ!?」


「具体的に言うと、命が尽きそうになったなら全騎士の傷口を開くわ」


 『勇者』としてあろうとしたマリーの口から飛び出した、驚くべき発言にザクロの剣が止まりかけた。流石に何とか持ち直したが、これには度肝を抜かれた。何せついさっき、『勇者』としての啖呵を切ったばかりだ。いや、それ以前から、彼女はずっとその方法で戦い続けてきたというのに。


「……本気か……!?」


 マリーの人格として襲ってきた第一の驚きが過ぎ去れば、次に来るのは現実的な問題という第二の驚きである。彼女が本当に言葉通りに系統外を実行したならば、死者は軽く万を越す。しかもその場合、マリーのストックは回復、場合によっては最初よりも増える。


 ザクロ達は、マリーが殺さないという確信の元に戦っていた。いつでもやーめたと出来る信念を信じて、ここまで来てしまった。これは、余りにも想定外過ぎる。


「やればいい。『勇者』としての矜持を失い、私を殺して騎士も殺すがいい。だが、その先にある景色は守ろうとしたものの崩壊と破滅だ」


 しかし、すぐに落ち着いた。例えマリーがそうしたとしても、増えるのは道連れだけ。街が堕ちるという事実は変わらない。ならば、マリーは出来ない(・・・・)。彼女は救うという事に執着しているのだ。決して、私怨を晴らす為に命を奪う女ではない。


 これはチキンレースだ。ザクロがマリーの『残命』を削り過ぎないように戦い続け、その間に街を堕とすという勝負だ。『残命』を回収し始める前に守るものがなくなれば、マリーの負けだ。


「私は二人目に尊敬する子にならって、それをまだしない。限界まで耐え切って、それでもダメだった時に初めて人を殺す」


 だがザクロの煽りにマリーは、涼しい顔で本当に最後の最後まで、残り一つの命になるまで殺しをしないと宣言した。


「二人目?」


「そうよ。過酷、いえ残酷過ぎる環境の中で育ち、それでも優しいを心を忘れなかった少女。でも、厳しさも併せ持ってる。私はそこを見習いたい」


 死んで口から血を吐きながら紡がれる、マリーが尊敬する二人目。基本的には殺さない方法を探して、それでもダメだった時に選べる強さを、彼女は持っていた。優先順位をハッキリとさせていた。しっかりと守れる範囲を見ていて、守り切っていた。全部を守ろうとして取り零したマリーとは違う。


「サルビアとプリムラは、本当にいい育て方をしたわ」


「シオンか」


「私がいない間に、ボロボロになりながら街を守っていた一人よ」


 自分が仮にシオンの立場だとして、彼女と同じように何の躊躇いもなく身体を張れただろうか。確信はない。なにせ自分の命は多過ぎるし、シオンが負う深い傷は一生残る。それはきっと、マリーの命が一つになるまで分からない。


「そして私が折れなかったのは、あと二人のおかげ。一人は、世界を敵に回してでも世界を救おうとした女性。私は私以上にこの名を背負っている者はいないと思っていたけれど、あの時に初めて敗北を感じたわ」


「それは誰だ?まさか、『魔女』か?」


「その通りよ。自分の人生なんか全て捨てて、ただ世界を守る為に在ろうとした。たった一人の男と一人の悪魔を除いて誰からも嫌われ、誰からも恐れられ、誰からも恨まれ、誰からも憎まれた。でも、彼女は世界を守ったの」


 『勇者』マリーと『魔女』クロユリは対極でありながらも同じ存在だ。取った方法は不殺と虐殺。目指したのは守る事。だが、その先でマリーは感謝と栄光と称賛と人望を、クロユリは嫌悪と恐怖と憎しみと一人の愛を得た。


「彼女の話は私に問いを与えた。私は本当に、『勇者』に相応しいのかという問いを」


 果たして、同じ事が出来るだろうか。そうやって悩み続けた。自分が背負っている気持ちは軽かったのか。世界そのものを守った、『魔女』とのスケールの差に打ちのめされた。自分は本当に、人を守ってきたと言えるのだろうか。忌み子は存在しなかったという事実に絶望した。


「そしてその答えをくれた少年が、いた」


 悩んで打ちのめされて絶望して、ある少年を見て答えが出た。


「剣術も始めたばかり。知恵は結構あるけれど、一番じゃないし全部を救える程じゃない。何度も間違えていたし、今もなお人を欺き続けてる。見捨てた事も、裏切った事も、仲間を殺した事もある少年」


「なんというか、ただの人間だな」


 その少年と最初に会って話した時に思ったのは、「この子が?」という疑問だった。彼がかつて重ねた間違いは大きなズレを生み、犠牲者を多く出していた。その嘘の隠蔽を、彼は開口一番に要求してきたのである。救う為とはいえ、後悔していたとはいえ、それでも多少胸にしこりを残した。


「でも、彼はずっと必死だった。かつての後悔を繰り返さないように、誰か一人でも多くを救えるように、必死だった」


 それが答えだった。どんな境遇だろうと、必死になるべき時に必死になって戦えばいい。


「そして彼は決して、折れなかった。どんな逆境、失敗の中だろうと、少しでも自分に出来る事をと足掻き続けた」


 はっきり言って、嘘で犠牲を出した仁を、始めは見下していた。でも、自分も勘違いで彼以上に無意味な虐殺を重ねていたと知り、文字通り自らをすり減らす彼の戦いを見てからは評価が逆転した。自分よりずっと、強いのではないかと。


「剣じゃない。魔法じゃない。体術でもない。彼は誰よりも、『勇者』で在ろうとした」


 失敗も犠牲も消えない。だが、目指し続けるその姿勢は変わらない。忌み子の真実を知って絶望したマリーが早くに立ち直れたのは、間違えても挫けて転んでも、また立ち上がって戦い続けた仁がいたからだ。


「それに、この街は優しいわ」


「……」


 飛んで宙を舞って回転して、見えた街に首で唇を動かす。


「余所者の私を信じてくれた人がいた」


 不安でしょうがなかった。いくら騎士を撃退したからといっても、見た目は完全に異世界人。しかも、騎士を殺していないのだ。スパイと疑われて排斥されるのではないかと、心配だった。


 しかし、思った程の反感はなく、むしろ好意的に迎え入れられた。もちろん多少は疑われたりもしたが、排斥される事は一切なかったのだ。


 再生途中の未熟な腕を虚空庫に突っ込み、新しい剣を引き出す。


「裏切り者の私を、許してくれた人がいた」


 軍を裏切った時、もう元に戻れない覚悟をしていた。いくら敗北した軍の残党を受け入れる為であったとしても、裏切りは裏切り。嫌われて、疎まれて、闇討ちされてもおかしくはない。


 だが、彼らは許してくれた。いや、そもそも裏切った事すら忘れているんじゃないかというくらいに、あっさりとしていた。一度仁に聞いたのだが、彼はきょとんとした顔で「サルビアと戦う時に共闘してたんで、知ってます」と言ってくれた。他の人物もほとんどがそうだった。守ろうとしてくれている事は、知っていると言ってくれたのだ。


 剣を振るう時に思い浮かべるのは、守りたいもの達。


「この街は、私を理解して受け入れてくれたの」


「……私達では、それは叶わない事だったか?」


「違うわ。最初から言っているでしょう?私は、私の大切を壊されたくないだけ。貴方達だって大切で街も大切。だから、出来る限り殺さないように守っている」


 斬り合いながら言うセリフではないなと苦笑しながら、ザクロは寂しそうに問うた。でも、その問いに対する答えは、問いそのものが間違っているというもので。


「この街は無数の花が咲く、私の大好きな街よ。決して散らせはしないわ」


 尊敬するのは彼らだけではない。この街そのものもだ。この街は、多くの人間の前に進もうとする意志によって生きる街だ。繋がれてきた街だ。それを、壊させてなるものか。命を張って守る理由なんて、大好きだけで十分だ。


「そうか。聞いて損をした。少し罪悪感が大きくなりそうだ」


 だがそれは、ザクロにとっても同じ事。彼もまた大切を守る為に、老体と義足を引きずって剣を振るうのだから。もう何度目かになるか分からない死を与える斬撃が、マリーの目に突き刺さろうとして、


「なっ!?」


「よぉく言ったし、よく今まで持ち堪えてくれた。さて、ここからはこの俺も尊敬されるような活躍見せちまうか」


 すっと割り込んだ手に、受け止められた。剣先から魔法を伸ばして断とうとするも、それを遥かに上回る魔力を放出されて剣自体が崩壊。手を離すのがほんの少しでも遅かったら、ザクロの腕ごと消し飛んでいただろう。


「あら?私の出番はもう終わり?それに安心して。貴方ももちろん尊敬してるし、好きよ」


「結婚していなかったらやばかったぜ今のセリフと溜めの間。そして残念だが、今の俺じゃ雑魚の相手だけで精一杯。もう少しだけ、耐えてくれ」


「な、なんだお前は……!?」


 マリーと知り合いのように話すその存在に、ザクロは恐怖した。この男の掌からの魔力の放出量は、マリーの最大範囲を軽く凌ぐ。いや、そんなのは些細な事だ。魔力眼の視界で彼は、満月の月光に等しい。周りを取り囲む騎士達も、身体が動かない負傷者達も、彼を見た者全員が知った。


「総員退避っ!自身が取れる最高の防御を保ちながらだ!」


「な、なんだあいつ!?『魔神』か!?『魔女』か!」


「駄目だ!後ろの知らない奴らが前進してきてて!」


 こいつはやばすぎる。ここにいたら、死ぬ。そう、本能が叫んでいた。全力で逃げろと、身体中の警報という警報が鳴り続けていた。だからザクロは逃げろと指示を出したが大軍故に、後ろが動かない事には撤退出来ない。


「残念だけど、私も異性としてどうこう言うつもりは無いわよ。でも、他の騎士の相手をしてくれるならそれで十分。彼は私がなんとかする」


「あーあ、フラれちまった。てか、俺の事やっぱりみんな知らねえんだな。ロロのやつ。もっと俺の歴史書いとけよ……」


 実行出来ない指示に歯噛みしながら振り向き、視界を通常に戻してみれば、そこにいるのは恐ろしいまでの美を持つ男。マリーとどことなく似ているように見えるのは、互いに神が作ったかのような彫刻染みた美しさだからだろうか。


「今日今ここで、伝説作れば?」


「いいねぇ。どでかい花火あげますか。けど、怖いんだよなぁ。前みたいにただの人間に尊厳と誇りボコボコにされん……おいおい。まだ花火は早えっての」


 装填が済んだのか、結界に向かって二門の魔導砲が放たれる。超速で飛翔する巨大な火球だったが、突如結界の前に現れた魔法陣の前で完全に停止。打ち破れる様子が欠けらも見受けられない。誰も彼もが、魔導砲をあっさりと受け止められた事実に驚いた。


「ここからが俺の時間だぜ。じゃあちょっくら行ってくるわ」


「ええ。ありがとう。貴方に救われた人はきっと数え切れないわ。代表者として礼を言うわ。お父さん」


「よせやい。血の繋がりも育てた覚えもねえよ……悔いは多いけど。んじゃ封印解除。拘束解放。術式展開」


 生みの親という意味では間違ってないがなと否定して悪魔は微笑んで、最後のワードで月光が太陽へと変わった。


「おいそこの若造。さっき俺の事誰だって言ったな?しかもどこかのどいつは『魔神』、挙げ句の果てには性別飛んで『魔女』ときた。失礼しちゃうぜ」


「早く撤退しろ!ここは俺が食い止める!」


 こいつが隠し玉で、サルビアが敗北した原因か?


 実力は間違いなく、目の前の謎の男の方が上。しかし、数十秒なら何とか注意を引けるはず。頑張って年と共に身につけた綺麗な一人称さえ忘れて、ザクロは命を捨てる覚悟を決めた。


「出来る限りは殺さねえ。砲台から離れるが吉。あとはまぁ、自分が不幸じゃない事と、天国に行ける事を祈って伏せてろ。そしてしっかりと本能に刻んでお家に帰りな」


「待っ」


「我が名はイヌマキ・ソロモン。歪なる『魔神計画』の産物にして、かの『魔神』に土をつけた大悪魔。もう一つ付け加えるならそうだな。この街を守る者」


 ザクロの静止は虚しく、全戦場に響き渡る美しき声に掻き消される。止められていた火球は逆流し、撃たれた魔導砲へと帰って行く。片方は魔法障壁の壁による防御が間に合ったようだが、もう一門は完全に破壊された。何百人から千人単位の魔力で動かす魔導砲の距離を、一人で。


「ははは」


 止まらない。急遽照準をイヌマキに向けた全魔導砲の砲台が捻れて暴発。危険を察知してアドバイス通り距離を取った者はその様子を眺めて、笑ってしまった。規格外すぎる。


「うわあああああああああああああああああ!?」


「な、なんだこの木!?魔力が、吸われ……むぐっ!?」


 街の壁付近の騎士達には、森が襲い掛かっていた。一瞬でも木やツタ、葉や根っこに触れようものなら、魔力を奪われて障壁を強制的に解除される。そうして出来た丸腰の騎士達を、森がありとあらゆる植物で拘束するのだ。


「ちっ!」


「やるねぇ。何人かはこの森抜けれんのか。ならこれで」


 ザクロやコランバインをはじめとした実力者数人だけが、その森に対応しきった。苦しそうな顔のイヌマキはその健闘を非常に称えて手を叩き、倍増させる。


「さぁて次はごほっ……道を作らねえと」


 ザクロ以外の壁付近の騎士、沈黙。この間に総司令部の位置の割り出しは終了した。その方角めがけて両手をかざし、無数の魔法陣を連結させて二つの砲台を形成。上は石蕗らの為に。下は騎士達の為に。


「……」


 かざした方角に、穴が空いた。障壁なんて関係ない。騎士達が立つ大地ごとめくれて吹っ飛んだならば、強制的に道を譲る事になる。人や大地がおもちゃのように吹っ飛ぶ光景に、イヌマキや魔導砲が見えていなかった者達はようやく、事態を認識。


「げほっ!ごほっ!」


 彼が血を吐き、身体は腐って崩れていくのを、マリーとザクロだけが見ていた。だが、指は止まらない。街の周辺までが含まれる地図を取り出し、範囲をなぞる。そこが、彼の攻撃場所。


「やれるだけ、やったぜ」


 森は街から半径3km圏内の騎士を自らの中へと内包し、閉じ込める。それさえもまだ途上。拘束の範囲は広がり続ける。それは、森が出来るまでの何百何千年という時を僅か数十秒で再現するような、光景。真上から映像が撮れないのが悔しい程、神話だった。


「ざっと、こんなもんか……十秒ちょいくらい残っちまった」


「もう休んでいなさい。これだけ蹂躙すれば、もう十分よ」


「……わりぃ。そうしとく」


 5kmまで蹂躙したところで、人間の姿を辞めて犬へと戻り、地面に無様に横転したイヌマキをマリーが優しく撫でる。死に損なったと、彼は荒い息を吐きながらそこでそのまま目を閉じる。


「後は、私が終わらせる」


 きっと、その十秒でザクロを仕留めるつもりだったのかもしれない。でも、マリーと言葉を信じて託してくれたのだ。


「ザクロ。降参するなら今よ」


「はっ、はっ……ふざけ、るな……」


 イヌマキの全力の森を受け切ってなお未だ健在なザクロに、マリーは降伏を促す。やはり、恐ろしい強さだった。あの物量に囲まれながら、彼は一度も森に触れずに逃げ延びたのだから。


「なんだ、この、ふざけた光景は……」


 辺り一面を覆う緑に、彼の口から乾いた声が出る。一体、何の冗談なのか。夢の中にいるのかと疑うような、狂った存在を目の当たりにしたからだろう。


「降参は、しない。そいつを殺す」


 だが、折れはしない。この光景の元凶たる存在のイヌマキは今、限界を迎えて地に伏せている。今ここで斬れば、彼は死ぬのだろう。もしくは目を開けて10秒間戦いを挑んでくるかもしれないが、命に代えて耐え抜けば大悪魔は消滅する。


 マリーはつい先程ら最大範囲を使用した。再使用可能になるまでの今が勝機。ザクロはそう判断して、イヌマキを殺そうと剣を構えて、駆け出した。会話する暇もない。即座に屠ろうと瞬時に距離を詰め、


「させないわ」


 今までより数段速いマリーの剣に、剣をへし折られていた。あとコンマ1秒、引く判断が遅かったなら、身体ごと斬られていたかもしれない。


「なん、だ?その速度は」


 ああだが、些細な事だ。今見たマリーの速度に比べれば、大した事はない。森を見た時と同じような衝撃が、ザクロを襲っていた。


「馬鹿強化か?」


 正体はすぐに理解した。マリーの脚と腕が瞬間的な強化の許容量を超えて、崩壊していたから。だが正体が分かったところで、更に恐怖した。


「私が尊敬する少年にならって、思い付いた事がある」


 癒えていく。命を消費しての超再生は、何事もなかったかのように、馬鹿強化の傷を消した。それは、まるで。


「限界を超えた強化を、同時に行う治癒によって治しながら戦う魔法。彼は『限壊』と読んでいたわ」


 ジルハードからの報告にあった、頭のイカれた忌み子の魔法と非常に似通ったもの。


「私でも、使えるんじゃないかしらって」


 言葉を残して、マリーの姿が搔き消える。最早勘だけで、ザクロは虚空庫から引き抜いた剣を振るい、かろうじて防御。止まった彼女の身体から血が溢れているが、すぐにストックを消費して再生。


「何故、今まで使わなかった?」


「……かはっ……さぁね?」


 限界を超えた動きで生まれた血の塊を吐き出しながら、マリーは妖艶に笑う。平静と余裕を装っているが、内心では相当に消耗していた。


 やはり、負担が凄まじい。同時発動の頭痛も無視出来ないが、身体が引き裂かれるような痛みが何よりきつい。何度も何度も死を経験したマリーだからこそ、耐えながら剣を振るえているのだ。常人ならまず無理だろう。


 操作も非常に難しい。仁はよく動かせるものだと感心してしまう。それは、仁が初心者でスポンジなのに対し、何十年も剣を振るって通常の強化にマリーが慣れているからだが。


 使わなかった理由としては、その辺りにある。慣れない『限壊』発動中、マリーは斬る以外の動作が出来ない。 他の事に意識を割けば、剣がすっぽ抜けたり、止まれなかったり、斬撃が当たらなかったりと悲惨な事になるだろう。仮に『限壊』発動中に魔法を外して、騎士達に門の中へと雪崩込まれたら街が終わってしまう。


 もう一つ言うならば、有利にはなっても、ザクロをすぐに仕留められる自信が無かったのだ。仮に門の中へと数十人入られようが、ザクロを仕留めていれば門の中へと追跡出来る。しかし、万が一にも耐えられたならば、使わない選択をするには充分だった。


「さぁ、勝負よ。ストックが切れるまで耐えれば、貴方の勝ち」


「……ははっ」


 だが、イヌマキが他の騎士を封じてくれたお陰で、マリーは思う存分ザクロに集中出来る。『限壊』を振るう事が出来る。その事に深く感謝しながら、マリーは『限壊』の構えを取った。


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