第146話 窮地と重み
「撃て!撃て撃て!絶対に街の中へは入れるな!」
二時間前までの静けさから一転、壁の中は喧騒に満ち溢れていた。マリーがザクロと戦い始めてから、中へと侵入を果たす騎士の数が激増したのだ。
「くそっ!一気に増えやがって!」
「なんかやばい騎士とマリーさんが一騎討ちしてて、こっちにほとんど手が回ってねえ!」
数は今までで百人程度。短い時間に数が集中している為、今までのような蹂躙という訳にもいかず、日本人も騎士も互いに苦戦を強いられていた。
「石蕗さんからの命令だ!刻印持ちでまだ大丈夫なやつ三人!G5のポイントへ急げ!」
「俺が行く!富田、焼津!一緒に来い!」
場所をオセロのマス目のように分け、縦をアルファベットのA〜H、横を数字の1〜8で呼ぶ事で意思疎通の簡略化を図っている。G5とは、通路の果てで街への本当の侵入口であるHの一歩手前だ。もうそこまで、騎士達は迫って来ていた。
「弾薬の補給はまだかっ!」
「待たせた。悪い」
もちろん、A〜Gの区間で多くの騎士がありったけの弾丸と刻印の魔法の雨に撃たれて死亡する。しかし、今のように銃が弾切れを起こしたりジャムったり、暴発したその隙を突いた幸運な兵士が、最終防衛ラインまで辿り着いてしまう。
「補給、ありがとう……不味いな」
「うん。不味い」
四兄弟の一人から弾薬を受け取り、銃に装填しながら堅は今の状況に言葉を零す。隣の環菜も状況を理解しているようで、深く頷いていた。
ここを抜けられれば、もう街は無防備だ。壁の上の銃撃部隊と、この狭い通路に戦える人間は全て配置している。あとは非戦闘員しか残っていない。だから、堅と環菜は引き金を引き続けている。
トーカを思い出せば、思う所は多々ある。彼女のような騎士達を、自分達は殺している。罪悪感はある。撃ちたくないと思う。だが、撃たないと殺されるのは自分と子供達、大切な人達だ。そう言い聞かせて、罪悪感で重くなる指を無理矢理動かしていた。
「そう遠くないうちに限界が来るぞ」
だが、嫌な意味でもうすぐ撃たなくてよくなる。騎士の反撃によって壁の上の人員は多く削られ、残る数は半数以下。下で近接戦闘を行なっている刻印兵に至っては、最早数える程しか残っていない。たった二時間の百人と少しに、千人以上の日本人が屠られた。このペースだともう、後一時間も続かない。いや、仮に門を守り続けても、結界が限界だ。
「何か手を打たないと……忌み子が勘違いだって事はもう伝えたんでしょう?」
「ああ、そのはずだ。なのに攻撃は続いている。これが現実で答えだ」
間違え続けた大いなる流れを、正せる力を持つ者はそういない。認めたくない間違いだろうし、他人に言われたからといって受け入れられる間違いではない。騎士は、自分達にとって都合の良い真実を信じたのだ。
「数時間か」
おそらく、限界はもうすぐそこだ。本当の本当に最後になれば、イヌマキが全力を解放して近くの騎士達を薙ぎ払ってくれるらしい。だが、それさえ延命に過ぎない。数十万の障壁持ちを一分間で全滅させるのは、イヌマキですら厳しいだろうから。
「仁とシオンを待つしかないの?」
唯一の現実的な勝利条件といっていい世界の分離は、行われる兆しがない。今日の早朝には塔に着くと言っていたが、果たして間に合うかどうか。
「……ぎり」
何か、無いのだろうか。この戦争を今すぐ止められるようなそんな方法は。そう思った時だった。
「今光っ……!?」
光だ。騎士達が蠢く地平線の遥か先で、小さな光。それは世界の分解を迎えたような、良い光では無い。数日前に見覚えのある光だ。
「あの二人が全部壊してくれたんじゃなかったのか!?」
正体はらプラタナスとルピナスに壊されたはずの魔導砲。それが何故か今、再び砲身をこちらへと向けていた。修理したのか、はたまた予備があったのか、まさか生産したのか。どれかは分からない。しかし、弾が届いているという事実だけは確かだ。
「いよいよ結界が危うい……!」
結界が割れれば、マリーが『黒膜』で引き継ぐ予定ではある。しかし、マリーにそれが出来るのだろうか。ストックは相当数削られているはず。それに今、とある騎士相手に防戦一方との報告もあった。そこに『黒膜』の負担が合わされば、即死だってあり得る。そうなったら結界も『黒膜』も門番もいなくなり、全騎士が一斉に街へと雪崩込んだくる。
「……」
「どうしたの?堅」
極限に近いこの状況で浮かんだのは、ある馬鹿げた考えだ。この戦争を止めるにはどうすればいいか。騎士の全滅は不可能。世界の分離までの防衛も不可能としよう。ならば、何が残る?どうやったら止められる?そうやって、浮かんでは消えていく荒唐無稽のifの理想と理論を繰り返し、残ったのはたった一つ。
「ちょっと、石蕗さんに作戦の提案をしてくる」
「えっ?何か思いついたの!?」
「出来るかは分からない。失敗したら、全部無駄になるかもしれない。でも、やらないよりはやった方が絶対に生き残る確率がある」
閃光が結界を揺るがす。門の中へ侵入してくる騎士は落ち着いたが、時間は残されてはいない。そもそも実現出来る作戦かも分からないし、実現出来たとしても成功する確率は低いだろう。しかし、何も手を打たないよりはよっぽどある。
「だから、それは何?」
「直談判だ。全てを止めれる人間達に、直接話しを付けに行く」
総司令官のザクロですら、歴史の流れを変える事は出来なかった。だが、総司令官ではなく総司令部なら?
「ちょっと待って。あんた、行くつもり?」
「……俺も行こうと思う。俺には、伝える意味と見届ける理由があるから」
場所は分からないし、分かったとしても生きて帰ってこれる確証がある場所ではないのは、確かだ。だが、それでも堅はその場所へと行こうとする。トーカに託された想いを果たす為に。
「なら私も……!」
「ダメだ。ここに残ってくれ」
「はぁ!?なんであんたが行って私が行っちゃダメなのか、理由が全く分からないんだけど!?」
自分もトーカの意志を継げる、そう言って行こうとした環菜は彼を引き止めた。大きく息を吐いて睨みつけるが、堅の意志は堅く。
「乗り込んだ瞬間に殺害されるかもしれない。俺らが二人とも死んだら、子供達はどうなる?」
「それはそうだけど、だったらあんたが残って私が行けばいい!」
「ダメだ。俺が行きたい」
「なんでよ!?」
万が一の為、保険を片方残しておく。実に真っ当な理由だ。しかし、その保険はどちらでもいいだろうと環菜は食い付いて、堅は引き下がらない。
「俺らは手を取り合えるって事を、もう一度証明したい。トーカの意志を無駄にしたくない」
「同じじゃない!私だってそうしたいわよ!」
「大切なお前を死なせたくない。そういう俺のわがままだ」
「なっ……!なっ!?」
不意な告白に、今までの反論が飛んで行った。まさかこのタイミングで、自然な話の流れでぽろっとされるなんて、思ってもみなかった。
「わ、私だって、堅の事死なせたくない……」
「それは知ってる。でも、もう時間がない」
「ちょっと待っ」
「帰ってきたら、なんでも言う事を聞く。だから一生のお願いだ」
精一杯環菜が捻り出した言葉は、さっきと同じだ。堅が行きたい理由と、自分が行きたい理由は全く一緒だと、そういう反論でもあり、告白でもあった。でも、堅は全く照れもせず、ただ笑って知ってると答えて背を向けた。
「……じゃあお願い。死なないで帰って来て」
「帰って来たら聞くって言ったんだが」
「小さい男ね!別に行く前に一回、帰って来てからもう一回聞いてもいいじゃない!」
「……お前は、器が大きいな。ありがとう」
ちょっと振り返っただけで、戻って抱き締めるなんて真似もせず、堅は一目散に石蕗の元へと走って行った。
「…………今のは、抱き締めたりするところじゃないの?」
お約束とは、そういうものではないのだろうか。本当に気が利かない男だと愚痴りながら、三分振りに侵入して来た騎士へと銃口を向けた。
「イヌマキさん!石蕗さん!」
強化を使って通路の壁の上を全力で走り抜け、ようやく辿り着いたのは、戦況が見渡せる簡易の司令部。そこで話していた木彫りの犬とこの街の指導者に、堅は息切れした声をかける。どうやら、間に合ったようだ。
「どうしました?何か報告でも?」
「間に、合った……」
「堅とか言ったか?取り敢えず止血しろ」
「へ?あ……いや、作戦の、提案をしに来ました!」
気付かない内に騎士の魔法にかすっていたらしい。右腕から流れる血を服で抑えて治癒をかけて、作戦の内容を話し始める。
「作戦?この状況をなんとかする方法を思い付いたと?そいつぁめでてえ。あと少しで俺が突っ込むところだった」
「あくまで、可能性です。というより全員が頭の中にあったはずです。戦争を止めろという命令を騎士達の総司令部が出したなら、この戦争は終わります」
「それはつまり、忌み子が勘違いであると敵に信じてもらうという事になる。しかし、それは既に失敗に終わっていますが?」
既にマリーの手によって『記録者』の文面が渡されたのが38時間前。未だ議論中という事はありえず、この街を全滅させると決定されたはずだ。当然の反論に堅は唇を湿らせて、
「もう一度、直接説得しに行きます。今度は自分達が総司令部に乗り込むんです。トーカとは一時とはいえ共存する事が出来ましたから、直接話せば変わるかもしれません」
その決定を直の話し合いで覆しに行くのだと、堅は語った。それは、トーカと共に過ごした僅かな期間と、最後に魔法陣と共に託された目には見えない意志が考えさせた、何の捻りもない真っ向からの作戦。
「作戦の中身は分かりました。しかし、一体どうやって場所も分からない総司令部まで行くというのですか?……ああ、なるほど。だから、間に合ったと」
数十万の大軍の総司令部に辿り着くには、どれだけの数の騎士の壁を突破しなければならないのか。見当もつかない。少なくとも、ただ闇雲に堅が突っ走って辿り着ける所にはない。
「そこで俺を見るって事は、俺がそこまで運ぶんだな?いいぜ。やってやる。それくらいなら、残り一分の俺にだってできらぁ」
だがこの悪魔なら、その見当もつかないような数の騎士をなぎ倒して飛び越え、場所も分からない総司令部へと連れて行ってくれるだろう。
「……試すだけの価値はあります。となると、私も同行するしかないですね」
「え?いや、貴方はここで指揮をしていた方が」
「何を言っているのですか?少しでも誠意を見せるなら、総司令部には総司令の私が出向くべきでしょう」
行く方法はある。成功すれば、この戦争は終わる。故に実行に移すと、石蕗は控えの者に指揮の引き継ぎを開始。僅かでも確率を上げようと、自らも同行すると決めたのだ。
「面白そうな作戦だね。俺も連れて行ってよ」
「……和希」
指揮する者として司令部にいた桃田が、堅に一瞬だけ申し訳なさそうな目を向けて、参加の意思を証明した。
「道中の盾や捨て駒にしてくれて構わない。もしもの時に備えて、連れて行って欲しい」
「……そういった者も必要だ。後数人、募集しよう」
イヌマキが全力で道を切り開いて護衛するが、一分を過ぎればそれは終わる。話し合う前に向かった全員が殺されたでは話にならないと、人間の護衛を何人か募って、集まった。
「先に言っておこうか。これは、敵の善意に全てを賭ける作戦だ。話し合う前に暗殺を疑われて殺されても、聞く耳を持ってもらえずあっさりと殺されて、終わるかもしれない」
全てを話し合いに賭けたこの作戦。真実を伝えたところで、信じてもらえるかは分からない。左右するのは話のみ。
「だが、もしもだ。もしも信じてもらえたら、その先に全てが救われた光景がある。場合によってはら仁達が何の妨害もなく塔の中に入る為の手助けになるかもしれない」
失敗は死。街の破滅はもう少し後だが、恐らく避けられない。その分、成功した先には全てがある。こんな遠方からではあるが、仁達への支援ともなるかもしれない。
「命を賭けるに値する作戦だと、私は思う。他に何もない事だしね。そして、始める前に命じる事がいくつか。まず一つり報復はするな。殺される瞬間まで、協力的であれ」
殺し合うのも、自己が生き残るのも目的ではない。目的は、話し合いを成功させるただ一つ。
「敵の総司令部に到着した瞬間、迎撃で隣の者が死んでいるかもしれない。だが、怒るな。自分に剣が向けられても決して反撃するな。無抵抗を訴えろ」
故に、許されるのは反撃を伴わない防衛のみ。例え石蕗が死のうが隣が死のうが、最後の一人まで忌み子は勘違いだと訴え続けろ。
「二つ目。ありきたりでどの戦場でも変わらない事だが、最後まで諦めるな。必死になって口や態度で最後まで、信じてもらう事を信じ続けろ」
隣の者が死んでも、残り一人になっても、胸を突き刺されていようとも、必死に真実を叫び続ける姿はどう映るか。死も危機も何もかも利用し、最後まで弁論という感情で戦え。
「皆さん、イヌマキさん。どうか、よろしくお願いします」
石蕗の命令の後、最後に発案者である堅が深々と頭を下げた。
ザクロ・グラジオラスは、マリー達の世代で三人の剣士の一人として数えられる男だ。
一人目はサルビア。ただ剣のみで天を奪った男。純粋な剣の勝負で彼に勝てる者は、歴史を紐解いてもいないだろうと、誰もが思った。
二人目はマリー。凶悪な系統外を複数所持しながらも研鑽を怠ず、互いを掛け合わせた戦術で虐殺と救済を行った女。強さを通り越して卑怯と叫ばれた彼女の強さは味方には希望を、敵対した者全てに絶望を与えた。
そして、三人目がザクロ。剣ではサルビアに劣り、系統外も無い。魔法だって専門職であるプラタナス、ルピナス、プリムラの三人には勝てないだろう。しかし、彼にはそつなくこなす能力と器用さ、差を感じても努力し続けるという強さがあった。
「相変わらず、厄介すぎるわよ!」
サルビアには剣で負け、プリムラには魔法で負け、マリーには系統外の有無で負け。時代が違えば、彼が全てに於いて天下を取ったかもしれない。それくらい能力があるのに、一番にはなれなかった不運な男。だが、彼は諦めなかった。悲観したし、泣いたし、苦しんだし、悩んだし、辛かった。でも、努力だけはし続けた。上を目指し続けた。
「戯け!いつもお前がしている事とそう変わらんだろう!」
その結果、彼は剣と魔法を融合させるという独自の技術を生み出し、極めた。剣に魔法を纏わせ、障壁の種類関係なく斬り裂くという技術だ。簡単そうに思えるだろう。先駆者がいるだろうと思うだろう。だが、簡単でも無いし、誰もいなかった。
「厄介過ぎるわよ!なんで障壁と剣が当たった瞬間に判断出来るの!?」
魔法を纏わせる事自体、難易度は高いが習得する事は出来るのだ。現にザクロの弟子であるジルハードも、剣先に魔法を置くという技術を習得している。ザクロがいるのは、その更に先。障壁に触れた瞬間の感触で、魔法か物理かを選ぶのだ。要は相手に悟られない程の速さで後出しジャンケンをしているようなもの。
物理障壁ならば、剣はそれ以上進めない。しかし、剣に込められた魔法を伸ばせば、その先の対象を斬り裂ける。魔法障壁ならば、即座に魔法を捨てて物理のみへと変更。これを剣の動きの妨げにならない早さで行う。
「貴方の他、誰にも真似出来ないんだから」
一度模擬戦で見て、原理を聞いて笑ってしまったのが懐かしい。実際に自分も真似しようとして、障壁に剣が止められて、難しさを実感したのは昨日のようだ。
「あの、サルビアでさえも」
「ふははっ!だが分からんぞ。ジルハードは筋がいいからな。腕さえ治れば、いや、治らなくても可能性はある」
剣に愛されたサルビアでさえ、数回やってこれは出来る気がしない、普通に斬った方がいいと匙を投げた。剣先に魔法を置く事を数日で習得したジルハードも、これには頭を抱えた。
ザクロだって、簡単に習得したわけではない。マリーの系統外を見て、何とか再現出来ないかと模索して、偶然たどり着いた理論を、血反吐を吐いて狂いそうになるまで練習して、ようやく我が物とした技術だ。
「くっ……!」
魔法障壁を超えた剣に、首が飛びかけた。皮一枚のところで再生。マリーの剣技では、ザクロには勝てない。最早ザクロは剣と一体化している。手脚の延長線、いやそれ以上に彼は剣を操るのだ。
サルビアは剣と一体化し、剣となった。だが、ザクロは違う。剣と一体化し、剣を人体に取り込んだ。マリーはそのどちらでもない。系統外のオマケに、剣があるだけだ。
「やはり、剣だけなら私の勝ちだな」
「最大範囲への対策ちゃんとしてきてる辺り、抜け目ないわね」
ザクロに最大範囲どころか、普通の魔法を撃ち込む余裕すら今のマリーには存在しない。一度無茶をし、騎士を数人通す覚悟で最大範囲をザクロに撃ち込んだが、周囲の騎士によって打ち消されてしまった。
「悪く思ってくれ。私も、ここで負ける訳にはいかない」
「ええ。存分に恨んであげるわ」
一対一の殺し合いならマリーが有利だ。しかしこの戦いは一対一でもなく、勝利条件も単なる互いの殺人及び戦闘不能ではない。
「いいのよ?他の騎士を退げてサシでも」
「止めたら、その系統外が私に向くんだろ?」
老いたとはいえ、ザクロの強さはその辺の騎士とは比べ物にならない。意識のほとんどを割いてようやく、即死を避けられる相手なのだ。残った僅かな意識で、門に入ろうとする騎士を止める事を余儀なくされている。
最大範囲は通じず、普通の魔法は騎士を門に通さない事だけで精一杯。オマケに不眠不休、殺さない戦争による疲労も相まって、狙いさえ上手く定まらない。36時間で侵入された人数と、ザクロと斬り結んだ2時間で侵入した騎士の数はほぼ同数。門の中からは叫び声や怒声、断末魔が幾度も響いている。
「本当に、恐るべきだよマリー」
最大の強みである系統外無視の魔法を撃てずに防戦一方。ストックもガリガリと削られて、残り40。36時間戦争し続け、続けて2時間ザクロと騎士の相手をした疲労は如何程のものか。少なくとも、ザクロには計り知れない。
「私は恐ろしい」
マリーは自分を責めていたが、逆に考えよう。系統外無しの斬り合いで、格上であるザクロに防戦一方とはいえ耐え切っている。なおかつ、その戦いの最中、騎士達を門の中へと通すまいと余所見をし、魔法を操作している。通してしまった騎士の数は数十万分の僅か百と少し。
ザクロはこの成果に戦慄していた。この限定的な戦場において、自分の方が強いのに恐怖していた。そして、確信していた。マリーが本当の意味で死なない限り、この門は落ちないだろう。
「あと、何回殺せば死ぬのだ?」
故に、剣を振り下ろしながら問う。どれだけ戦えば終わるのかと。
「答えてどうするの?寸止めでもしてくれる?」
防ごうとかざした剣を砕かれ、物理障壁を通り抜けてマリーの心臓にまで達する上段の魔法剣。地面を強く蹴って敢えて剣を完全に貫通させ、空中で再生。新たに引き抜いた剣で上から頭を薙ごうとするが、それを見もせずに剣で弾かれての答え。
「……出来るなら、そうしたい」
背後を取ったマリーと、背後を取られたザクロ。義足を感じさせない綺麗さで、振り返りながらの横薙ぎ。ただの剣ではなく、剣先に宿した魔法分リーチが長い。先程と同じく物理障壁なら、魔法分の剣が裂く。
「っ!?」
マリーはその動きを予測していた。予測していたが、魔法障壁への変更は間に合わず、仕方なく劣る剣技で防ごうとしていた。していたが、マリーはあろうかとかザクロに背を向けて走り出した。
「は?」
戦場で背を向けるという非常識な行動に、ザクロは驚愕の声。というより余りにも驚き過ぎて罠を疑う暇もなく、魔法の剣を止める事も忘れ、マリーの身体は胴体で真っ二つに。
「……なるほど」
だが、真っ二つになっても再生して、走るのを止めなかったマリーの行く先を見て、理解した。最大範囲は打ち消されたばかり。既に魔法は近くの騎士に向けられており、他もまだ再使用可能になっていない。故に自由に動かせるのはマリーの身体のみ。だから、何らかの系統外で地面を潜って街へ入ろうとした騎士を見つけたならば、直接彼女が止めに行くしかないのだ。
「あれ?なんでこの門、系統外が弾かれ……うおっ!?」
「通さないわ」
『魔女』の魔法のせいか、系統外で潜ったまま街には入らず、意図せずして上がってきた首をマリーが切断。神経が断たれた男は浮上して、その場で動けず転がるのみ。
「……悪い」
だが、その隙は余りにも絶大。恐ろしい速さで繰り出されたザクロの突きが、マリーのうなじを貫通して口から飛び出した。背後からの攻撃と、後は軽く搔き回すだけで即死のトドメだと謝罪し、
「ふぁにが?」
だが、剣が動かない。痛みでもう思考が飛んでもおかしくないだろうに、彼女は至極冷静に次の手を打っていた。縦に突き入れられた剣を、つまりは剣の鋭い刃を、マリーは歯で噛んで抑えていた。
「まずっ」
直後に魔力の高まり。最大範囲ではなく、ただの炎の壁。マリー自身を巻き込む形で燃え上がった壁が一時的に門を塞ぎ、ザクロに剣を捨てての後退を選択させる。
「ぺっ」
鉄の味を唾液と血とともに地面に吐き、頭に空いた穴を再生。いつまで経っても変わらぬ強いその眼に見つめられ、ザクロは背筋が逆立った。
「どうしてだ?どうして、そこまで」
新たな剣を構えながら、問う。激痛を超え、幾度もの死を超え、殺さぬ誓いを守り続け、無謀とも言える戦いを続けるその訳を。
「『勇者』だからよ」
呼吸と同じように、心臓の鼓動と一緒のように、当然の事だとマリーは言う。
「街一つ、騎士の命も守れずして、何が『勇者』か」
己に問うように、己を戒めるように。今言ったその言葉こそ、マリーが背負うもの。
「……やっと、彼らと対等になれた気がしたわ」
今までずっと同じ『勇者』を名乗る者達に負けていたと思っていた。今日になってようやく並べたと思える、重さだった。




