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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第144話 戦争と門番


 翌朝、明け方に見送られながら街を出た。軽い『限壊』を使いながらロロを担ぎ、シオンには全力でついてきてもらって、もう夕方。既に非常に暗い内容であった定時報告を終え、現在はここを宿泊地点としようかと思案中である。


「もう街の壁に騎士達が張り付いてるのか」


 予定通り、つい先ほど騎士達が壁に到達したらしい。遠距離の手段を潰して手の届く範囲まで引きずり出したのはいいものの、これからが本番である。戦闘員だけで数えるなら、掻き集めて数千vs数十万の差がある戦いだ。


「明後日まで耐えてくれれば、なんとかなるんだが……」


 だが個人の力と、耐える期限を設定すれば、決して無理ではない。仁達が塔に到達すれば、勝ちなのだ。


「逸る気持ちは分かるけれど、今は休んで。倍率低めだったからそこまで酷くはないけど、それでも結構傷んでるから」


「分かってるよ。シオンも無理しないでね」


 互いに身体を気遣い、声を掛け合う。お互いの体力の消耗は激しく、仁の身体も傷付いているものの動けない程ではない。布で止血し、シオンの治癒魔法を受けながら、大きくなった黒い塔を眺める。ほぼ休憩なし『限壊』使用を代償に、朝見た時よりも遥かに近付いている。このペースなら明日の夜遅くか、明後日の早朝には塔につけるはずだ。


「夜の見張りは自分がやろう。怪我を治すなり、楽しむなりご自由にあいだっ!?」


「人に聞かせる趣味は、ない。それに……」


 それに、今目の前には大きな障害があった。


「いやがるんだよな」


「夜でも気は抜けないよ」


 やっぱりだった。あの街で十二人を置いていって正解だった。


「前の規模よりは流石に小さいわ」


「食べ物の日本人(ぼくら)がいないからね」


 ルートから僅かに外れて今いる高台から、見下ろすその先、大きな豚の大群がぞろぞろと蠢いている。ゴブリンやオーガはここからでは見つからず、いるのはオークのみ。奴らもさすがに一日中歩き続けている訳ではないようで、群は一定の形を保ったまま、動く様子はない。


「オーガは街には住めんし、ゴブリンも食糧がないならオークに食われる。この編成は妥当だろうな……あんまり見ない方がいい。余程腹が減っているのだろう。共食いが始まる」


「え?」


 群の中で動きが活発な部位を観察していたロロが忠告した途端、凄まじい音量の豚の悲鳴が響き渡った。生きようとした悲鳴であり、命を奪われた悲鳴だ。


「……むごい」


 一匹のオークを数匹が串刺しにして、バラバラにして食べ始める。たまたま選ばれた弱い立場のオークが、団体の強者に生きたまま解体されるショーを見たシオンの感想はまさにその通り。


「自然の摂理ではある。やはり、日本人を食べて増え過ぎた。その数を維持しようと日本人の街を滅ぼし、自分達の世界の村や街を食い荒らし、手下であったゴブリンすら腹に放り込んだ。それでも足りぬのなら、最後はこうなるのだろうな」


 だがそれは、全員が飢えて死ぬよりはいう本能的な行動だ。いつ次の獲物に巡り会えるか分からない旅で、空腹に狂ってもおかしくはない。場合によっては、仲間割れで群のほとんどが死ぬ事もあるという。


「そうなってくれていれば良かったのだが。さて問題は突っ切るか、迂回するか。それとも待つか」


「本当に邪魔だなぁもう」


 十二人がいたなら、迂回か待つしかなかった。だがこのメンバーなら、オークの群れを突っ切るのは、可能といえば可能だろう。うっかり深い傷の一つでも仁が受けようものなら、一気に塔の攻略に支障は出るが。


 さぁ、負傷の危険と速さを取るか、それとも間に合わない可能性と確実さを取るか。


「……なぁロロ」


「なにかな?」


「利用するって選択肢、ダメか?」


 しかし仁はそこで、新たな選択肢を提案した。










 時は僅かに遡り、場所は変わって街の門。結界も『黒幕』もない唯一の入り口の前、剣を地に突き刺して立つ騎士が一人。


「……来たかしら?」


 足元から響く振動を察知し、瞼を開く。そこにはかつて共に戦った騎士達の姿がずらりと、数えるのも嫌になる程並んでいた。


「もう少しで日が暮れるわ。明日に出直したらどう?」


 出来る事なら死んで欲しくないし、手脚も奪いたくはない。見知ったいくつかの顔を見て、マリーと初めにぶつかる先の少ない老兵達の覚悟を見て、彼らに出直すように本気で促す。


「そういう訳にもいきません……マリー・ベルモット殿。やはり、裏切りは本当だったのですね」


「ええ。ごめんなさいね」


 先頭を出たのは、何度か戦場でくつわを並べた事のある老年の騎士。どこか悲しげな表情に、マリーも本気で謝罪する。


「でも、それに足る理由はあるの。もし、忌み子じゃない普通の人間にも、『魔神』や『魔女』が乗り移れるならどうする?」


「……それは仮定の話ですかな?」


「いいえ。断固たる事実。ここにはいないけれど、ほら。『記録者』による証明もあるわ」


 そこで切り開くのはまず剣ではなく、戦わない為の真実。騎士達が知れば、自責の念で潰れそうになるだろう。知りたくもないだろうし、信じられないだろう。だが、目を背けても良い事柄ではない。


「燃やしても?」


「いいわよ」


 マリーが風魔法にくるんで届けたロロの紙を、信頼の証か、何の警戒もせずに普通に受け取った彼は、炎魔法でそれを燃やした。


「……驚いた。本物ですね」


 一度燃え尽きてから、灰の中から再生した紙と記された文面を見て、騎士は唸る。これは、証拠だ。


『例え忌み子でなくとも、金髪でも緑髪でも銀髪でも、青い眼でも緑の眼でも灰の眼でも、『魔神』は憑依する。『魔女』はそもそも肉体を変えない』


 と、書かれたこれは、確固たる証拠だった。


「しかし残念ながら、こちらにも『記録者』の書面があるのです。内容は真逆で、『『魔女』、『魔神』に憑依された者は皆、例外なく黒髪黒眼である』と」


「たまたま忌み子だけを選んで憑依してたんじゃないかしら?それならその文面は通るわよ」


 だが、向こう側にも燃やしたら蘇ってくる確固たる証拠があるのだ。ロロは書いていないと何度も否定したのに、存在しているのだ。矛盾していない現実を口にするも、彼は首を振って、


「かも、しれません……しかし、これだけ大きな判断を私個人で下す訳にはいかない。この書面を総司令官と『王』にお届けしても?」


 紙を従者に渡して一言二言命令した後、剣を、構えた。彼の言う通りだ。今までの歴史全てを覆し、数十万の軍勢の意思を止める力は彼に無い。あるのは、どうするかと権力に尋ねる事、そして下されている命令に従う事のみ。


「ええ。いいわよ。むしろそうしてちょうだい。必ず届けて」


 元よりダメ元だった。信じてもらえるとも思っていなかったし、わざわざ本物かの確認をしてもらって、総司令官と『王』に届けてもらうだけでもいい結果だ。


 人は、信じたくない物を見た時、本当にそうかもしれないとは思う。信じそうになる。しかし、大衆の意見の中ではそれを言い出せず、目を背ける事を選んでしまうのもまた、よくある事だ。今回の件に関しては尚更だろう。何せ、自分の人生や人類の歴史を、ただの虐殺だったと塗り替える真実なのだ。


 仕方無き事。分かっている。長年こびりついた思考を削ぎ落とすのが、どれだけ難しいか。人が己の間違いを認めるのが、どれだけ難しいか。


「さぁ、戦争を始めましょうか」


 だが、いつかは削ぎ落ちる。いつかは認める。だから、それまでマリーは時間を稼ぐ。


 金色の炎と、騎士達から放たれた赤の炎がぶつかりあって渦巻いた。


 開戦の炎だった。







 それは、騎士達の進軍の猶予の間に交わされた会話。


「プラタナスとルピナスの二人によって、敵を引きずり出す事には成功しました」


「本番はここからね……イヌマキ、あの結界はどれくらい耐えられる?」


 一方的な砲撃は避けた。しかし、次に来る苦難は数十万の兵力による接近戦である。まともな戦いでは、到底勝ち目が無い。いくらイヌマキやマリーでも、潰せる範囲には限度がある。


「ずっと囲まれて集中攻撃され続ければ、多分一日と少しが限度だ。さすがにあの数は厳し過ぎる。出来る限り犬の姿で妨害して回るが……」


「十分です。結界をありがとうございます。助かります」


 街を完全に取り囲まれて、人類が出せる最高火力の攻撃を浴びせられ続けても、二十四時間以上耐える結界というのもぶっ飛んでいる。恐ろしいまでの支援だ。


「もし破られたか、入り口が潰れたら本気出すぜ」


「……その時は頼みます」


「それまで耐える策だが、マリー。君にかかっている。負担の凄まじい役ですまない」


「元から覚悟の上よ。任せて」


 しかし、穴が一つ。結界も『黒幕』も展開出来ない、入り口。そこをたった一人、マリーだけで防衛するという策。馬鹿げていると思うかもしれないが、これが一番効率が良い。最大範囲でまとめて焼いて、狭い入り口に引っ込んで、一度に戦える人数を制限する。騎士が襲撃して来た際、シオンが取った戦い方だ。


「でも、私にも限界があるわ。ストックを使い切ったらそこで終わりだし、討ち漏らしも絶対に出る」


「……分かっているよ。出来る限りの手はこちらでも用意しとく」


 シオンとは違うのは、マリーが複数の命を所持している事だろう。これによって、魔力が尽きようが一度死のうが、全回復して戦う事が出来る。もちろん、あの数を相手取ればいずれ尽きるだろうし、そうでなくとも、系統外やマリーのミスを突いて中に侵入する敵は必ず出てくる。


「少なくとも、銃と魔法で大歓迎は決まってる」


「そこを抜けられたならもう、俺が壁の中に戻って直々に処理するわ。あんまり呼ばれたくねえけど」


 マリーという最悪の門番をくぐり抜けた後、出迎えるのは狭い通路と、上から向けられる数多の銃口、刻まれた多数の刻印。銃も銃弾も地雷も爆弾も刻印兵も食糧も、この日に備えてありったけ用意しておいた。いや、柊の代から用意されていた。


「柊の野郎、こうなる事さえ見通してたようだな。金属という金属集めてやがったし、俺の資材もありったけ持って行きやがった」


「うちの街の住居はもう殆どが木造ですよ。火事なんか起きたら一発で街ごと燃えますね」


「今絶滅するよりマシだろ」


 仁から貰ったノートの隠し場所にあった、『備えを嗤う奴らは、いざという時に嗤われる』という言葉の刻まれた地下の部屋。そこにあった無数の武器と食糧は、彼が積み上げた街の住民の犠牲によるもの。


 だが、その犠牲は決して無駄ではない。ここを乗り越えてようやく、犠牲と言い切れる。


「さて、後の策は私達には制御出来ないので……イヌマキさん。頼みます」


「ああ、分かってる。気が進まねぇ。進まねえが、やる。あいつらも、意味も無く作られて処分されるよかは、人の役に立たせてやりてえからな」


 入り口の騎士の対策は、以上。そして結界を取り囲み、攻撃してくる騎士の妨害はというと。






「今ならあのマリーとやれるってよ」


「バーカ。俺らに勝てるわけねえだろ」


 結界の攻撃を請け負った騎士達は、非常に喜んでいた。入り口ではあの伝説のマリー・ベルモットと正面からの戦いという貧乏くじ。死ぬ事はなくとも、手脚は必ずもがれるだろう。少なくとも、自分が『勇者』に勝てると思うような強さの者は、ここにはいなかった。


「それに比べてこっちは楽だぜ。何せ魔法を撃つだけのお仕事だ」


 結界に向かって、呼吸を合わせて魔法を放つ。魔力が減ってきたら控えの者と交代して、回復に努める。何せ人員は腐る程いるのだ。攻撃は尽きる事なく続けられる。


「反撃らしい反撃もない。万が一に備えて障壁の展開も許されてる」


 人員の豊富さは余裕そのものだ。精神的な意味でも、魔力的な意味でも。なんと、壁の近くにいる騎士達は全員、魔法障壁を展開しているのだ。消費が酷く早いが、それを補って余りある交代要員がいるから成せる技である。おまけにろくな反撃もないとなれば、余裕は油断の域に達する。


「大方、カランコエ騎士団もマリー・ベルモットの最大範囲にやられたんだろうよ。なんだっけ?あの『金色の絶望』とかいう寒い名前で呼ばれてるアレ」


 マリーの最大範囲を誰が呼んだか、彼女の特徴に合わせて『金色の絶望(マリーゴールド)』。確かに、ダサいしちょっと痛い名前ではある。しかし、ここで嗤う騎士達は知らないのだ。本当にマリーと相対した時に感じる、あの絶望感を。絶対の盾であるはずの障壁を貫き、手脚を奪い去られるまでの絶望感を。決まった敗北の未来へと進む時間への、絶望感を。知らないから、嗤えるのだ。


「分かる分かる。しかも最近、余裕で打ち消せるって話らしいしもう大し……なんだ……?地面が凹んで、中から何か出てくるぞ?」


 笑いながら魔法を撃っていた騎士達は、ぐらついて空いた穴に驚き、魔法の照準を即座にそちらへと合わせた。腐っても騎士。咄嗟の判断くらいは出来る。


「ま、マリーとか出てこねえよな……?今の聞かれてたら俺……」


「ん、んなわけあるか!さっきの金色の炎見たろ!……あ?こいつ」


「ギギッ!?」


「ぷっ、ただのゴブリンじゃねえか!あいつら人少なすぎて、こんな雑魚を捕獲して使ってんのかよ!」


 ビビった騎士達の前に、穴から姿を現したのは小さな緑の醜い鬼。騎士ともなれば、数匹くらい瞬殺出来る弱い魔物、ゴブリンさんである。


「ギッー!」


「ビビってるビビってる。まるでさっきのお前みてえだな」


「うるせえ……おらよ」


 騎士達は会話をしながら、驚き慄いているゴブリンを、道端の小石を蹴り飛ばすような気軽さで殺す事を決定。火球は遊ぶようにゆっくりとゴブリンを追いかけ回して、そして。


「「あ?」」


 辺り一面を、物理判定の爆弾が吹き飛ばした。それはいつかの仁が提案した、魔物の体内に爆弾を埋め込んで、騎士や魔物が油断した所で起爆させるという非人道的な策。救いたい人間さえ救えれば、魔物も騎士も知らないという、なりふり構わない策の一つだ。


「おい!大丈夫か!?」


「出てきた魔物に近付くな!遠距離で処理しろ!」


「まだ湧き出てくんのか!?どんだけいやがるんだこいつら!」


 ゴブリン算という言葉が騎士達の世界にあるくらいに、ゴブリンは増える増える。仁から作戦を聞いた時点で柊は地下に施設を作り、そこにゴブリンを押し込んで飼育、養殖していた。そして今日、抑え付けて爆弾を飲み込ませ、一斉に出荷させた。


「みなさん、落ち着いて!私が出ます!」


「お、おお……!貴方はコランバイン団長!」


 混乱する前線を抑え付けて前に出たのは、麗しき見た目と『糸を操る』系統外で有名な女性騎士、コランバイン。騎士団長にまで登り詰めた実力者の声に、皆が落ち着きを取り戻す。


「こんな奴ら、簡単だわ」


 虚空庫から取り出した糸がうねり、ゴブリン達の脚や身体に複雑に巻き付いて動きを拘束する。負傷した兵士達を、同時に操った糸で安全な場所まで回収するのも忘れない。


「利用してあげる」


 それだけにとどまらず、拘束したゴブリン達をひとまとめにして結界へと叩きつけて、大爆発を惹き起こさせた。仁の作戦を逆に利用し、結界に多大なダメージを与えたのは実に見事である。


「さぁて。可愛い可愛い小鬼ちゃん達はこれでおしまい?」


 その雄姿に、騎士達は拍手喝采を送る。軽く手を振って応えた瞬間、周囲に予め張ってあった糸に反応が。


「まだい……!?」


「ぷばばばばばばばばばばばばばばば!おはよう!おはよう!もう夜だよ!寝なきゃ寝なきゃ!……寝ない悪い子には、雷が落ちるぞ!」


「なによこいつ!?」


 どうせゴブリンだろう。そう思い、振り向いたコランバインが見たのは噛み付こうと大口を開く、全身から電気を放出する毛の生えた大男。明らかに狂っており、意思の疎通は恐らく不可能。その上敵対しているともなれば、


「危ないっ!」


「大丈夫。心配ありがとね坊や」

 

 ほとんど反射に近い速度で、糸を放出して拘束。ギリギリのところで止める事に成功し、触らないようにと数歩離れて距離を取る。


「いひひいひいひいひいひいひいひい!伝わって!伝わってこの気持ち!」


「いっ……糸でも通じるとか、どんな威力なのよ」


 絶縁体の糸で拘束したはずなのに、指先にパチリと軽い静電気程度の痛みが。直に触っていたら、どうなっていた事か。


「まぁ、触らなければ大丈夫ね……それにしても、気味が悪いわ。こんなのを、彼らは使っているの?」


 糸を操って締め上げて、毛の生えた大男を細かく寸断。バラバラになった肉片を眺めて思うのは、先の男の異常さに対する哀れみと、彼を兵器として扱う忌み子達への嫌悪感。


「……もし、人体実験か何かの結果、系統外を得た代償で彼の精神が崩壊したなら、それは絶対に許せ」


「コランバイン団長!?まだです!」


「え?」


「ぼくぼくぼくぼくぼくぼくぼくぼく僕!触れないの!触っちゃダメなの!ややややややややだ!僕だって触りたい!伝えたいいいいいいいいいいいいいい!」


 細切れにしたはずだった。もう死んだはず、生きていられるわけがないのに、その人間とも呼べないような生物は何故か生きていた。再生して立ち上がって、再びコランバインへと襲いかかってきた。


「くっ!?」


 当たり前の、油断をしていた。死体をちゃんと確認して、勝ったと思ったのだ。それは決して間違いではない。目の前の生物が、人智を遥かに超えていただけだ。


「あああああああああああああ!」


 ギリギリの攻防だった。反応が遅れたせいで距離を詰められ、彼が放出する電気に触れて、腕に植物の根のような痕が刻まれた。だが、騎士団長の名は伊達ではない。直接触られる前に、痺れて動かない腕に糸を通して操り、再び拘束。今度は絶対に、離さない。


「……なんとか、なったけど……」


 一体は、なんとか抑え込んだ。殺す事は恐らく不可能。このまま拘束し続ける他ない。しかし、騎士団長で特殊な系統外を持つ自分でさえ、危うかった相手。


「こんなのが、何体もいるの?」


 だが、こいつは一体だけではない。頭の中に鳴り響く『伝令』は、阿鼻叫喚である。応援や救助を要請する声、不死なのかという確認を取る声、途中で断末魔に変わって途切れた報告。


 数の差という余裕は、少数の化け物と伝染する恐怖によって覆されていた。









 街の持つ戦力は何も、銃や爆弾、イヌマキやマリーだけではない。いや、戦力や人間として数えるより、兵器として数える方がずっと似合っているような存在が、地下に五万と眠っている。


「わりぃな。お前ら」


 封印を解き放ち、街の外の地点へと送り出す。彼らは意思の疎通が不可能、いくつもの系統外を繋ぎ合わされて作られた不死身、もしくは半不死身の化け物。『魔神計画』の失敗作。


「いつか、お前らがマリーみたいになるんじゃねえかって思って、夢見てた。実際そうなったやつは何人かいるしな」


 イヌマキが手がけた者も、多い。いや、ずっと外に出ないように面倒を見てきて、暇な時間に語りかけたりしてきた今となっては、全員が我が子のようなものだった。例え言葉は伝わらず、悪戯に破壊を振りまく害にしかならない存在だったとしても。


「……お前らの幸福なんて、俺には決められねえ。でも、せめてだ。せめて失敗作なんて言われるよりは、殺す事しか出来ないのなら」


 だが今は、その見境なく破壊を振りまく事が役に立つ。例え殺人しか出来ない兵器でも、その方向性を定めれば英雄になれるのかもしれない。そんな淡い思いは、決して失敗作達には届かない。


「誰かを救う為に、殺してこい」


 エゴだって、分かりきっている。それでも、誰かを救ったという結果を残して欲しかった。








 外壁周辺が爆弾を内蔵した魔物と失敗作達によって大混乱に陥っている最中、入り口の様子は他とは違っていた。


「……すごいわね」


 門の中、銃を構えた日本人側から感嘆の声が上がる。環菜もその一人だ。ここから、マリーの戦いぶりは見えない。時たま大きな炎が爆発したり、色んな魔法が壁や結界にぶつかって音を立てる程度。


「もう一時間経つのに、まだ誰も入ってこないなんてな」


 だが、結果がある。目に見える結果が、マリーの奮闘を証明していた。環菜の隣で銃を構える堅も、未だ更新され続けるその結果に舌を巻くしかない。


「数で押せっ!いいか、奴は俺らを殺さねえ!」


「はいっ!あっ、?……あああああああああああああああ!」


 一方壁の外。上官の声に勢いよく返事をした若い騎士の脚が、この世から焼き消えた。マリーの展開した炎の壁に巻き込まれたのだ。


「最大範囲の再使用まで、あと八分!」


「女の子のスケジュール把握とか、とんだ変態さんね!」


 入り口の前に立ち、近寄って来た騎士には剣で、遠い騎士達には魔法で対応し続ける。向かって来た魔法は魔法障壁で封殺。剣の斬り合いでマリーに勝てる騎士は数える程しかおらず、物理攻撃は殆ど無力化出来ている。


「ふらついたぞ!今……!」


「もう治ったわよ!」


 だがそれでも、全方位から押し寄せる騎士の大軍相手に無傷とはいかない。視界の外から忍び寄った剣。見たこともない系統外の初見や、自爆覚悟の特攻。様々な要因が傷を増やしていく。今だって頭を剣の腹で殴られて、意識が飛びかけて危なかった。


「なぜだ!なぜ突破出来ん!」


 たった一人に阻まれ、蹂躙されるという事態に太った指揮官が喚き散らす。手脚を奪われ、戦えなくなった者達が増え続けるだけで、誰一人として街の中へと入ることは叶わない。後方には負傷者が山と積み上げられている。


「相手は殺さないんだぞ!もっと恐れず突っ込まんか!」


 そして、マリーによる死者は0。まだ誰も、死んでいなかった。


「し、しかし!」


 障壁無効の火球が追尾して飛び回る。ふと、空中にいきなり炎の剣が現れて腕を切り落としたり、炎槍は整列していた足を綺麗に一列穿ったり。命を失わないとはいえ、大事な四肢が一瞬で消え去るのは恐怖だ。その恐怖に耐え、最初にマリーと立ち合った老年の騎士達は、既に全員が離脱させられている。


「もう、帰ったら……どうかしら?」


 鎧は既に砕け散って原型はなく、服も所々が斬り裂かれて肉の色が見えている。だがそれでも、即死しない限り、ストックが無くならない限り、マリーは倒れない。


「私、ここを通す気はないわよ?」


 決して殺す事はなくとも、殺せる事はない。騎士達にとって、その女は最悪の門番だった。

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