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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第16話 魔法と講義

「よし。忘れよう」


「ねぇ、本当に大丈夫?痛かった?」


 一分ほど床と見つめ合ってようやく、僕の羞恥心と俺の殺意が収まった。反比例するように上がったシオンの心配に、手と作った笑顔で大丈夫だと答え、


「とりあえず自己紹介させてもらうよ!僕は桜義 仁のもう一人の人格、僕って呼んで!よろしく!」


 むくりと起き上がり、心機一転。僕の人格は開口一番に自己紹介を行った。俺としては、さっきの変なダンスの理由を説明しないと奇人扱いされそうだったので、この自己紹介には賛成だった。どう思われるかは目に見えていたが。


「……頭大丈夫?さっき打っちゃった?」


「信じ難いのかもしれないけど、信じておくれよ!?」


 大方俺の人格の予想通り、こっちはこっちで奇人扱いされてすごく心配された。しかし、理由なき奇人よりは、理由ありで理解される奇人の方がきっと、幾分かマシだろう。


「珍しいもんだしな」


 いきなり多重人格だと言って、中々信じてもらえないものもわかる。シオンの立場なら、仁だって哀れなものを見る目を向けることだろう。


「けど僕、本当に存在するんだよ?俺君が変なことしてるわけじゃない」


 だが事実は事実で、実際仁の中には2人の人格がいるのだ。


「まぁその、信じてもらえないにしろ、時折変なことを叫びだすかもしれないってのだけわかってくれれば」


「まるで僕が変なやつみたいじゃないか!」


「実際そうだろうが」


 一応、俺はシオンにもう一人の人格がいることで及ぼす影響だけを伝えたのだが、当の本人はご立腹の様子。


「分かったわ。たまに頭のおかしいことを言い出すってことかしら?……それって大丈夫なの?」


「ああ、そん「お望み通り変なことを叫ぶよ。俺君は昔ラブレターを」やめろおおおおおおおおおお!」


「……私から見たら二人共変なこと叫んでて、さっき頭を怪我したようにしか見えないんだけど。それも治癒魔法でも治らないような。後さっきから言ってるらぶれたぁ?って何?」


 頷いては急に叫び、最後にはやめろと叫ぶ奇行に走った彼らにシオンは早速引いた様子だ。でも、知らない単語の意味だけは気になるようで、好奇心旺盛な瞳で仁を見つめている。


「……自分で殴って仲間割れ?自分割れ?してる」


 その黒歴史だけは言わすまいと、俺は僕ごと自分の顔をぶん殴った。側から見たら狂気的な行動ではあるが、二重人格と聞いたシオンから見ればかなり面白い光景である。


「恋文だよ!」


「あっ、てめえ言いやがったな!?」


 しかし、俺の願いは虚しく止めることは叶わず。


「恋文……!すごい!おとぎ話みたい!仁って好きな人いるんだ!ねぇ?どんな人?」


「違う!昔の「みんな大好き巨乳美人!」もうやめてくれ」


 年頃なのだろうか。恋と聞いて目を輝かせてたシオンが投げかけた質問に、僕がガソリンと炎を同時に投下して俺の人格を焼き払う。


「……忌み子も巨乳だったら好かれるの?」


「いや、そのな?別に大きさはそんなに関係しないぞ?」


「そ、そう?」


 割と真剣な様子で胸の辺りを弄るシオンへと、俺の人格なりにフォローを入れる。しかし、彼女はとても気にしているようで。


(胸が大きかったら忌み子でも仲良くなれるかって考えてるのかな……?(


(それだけで仲良くなれる世界なら、もう滅んじまえよ)


(でも好きになっちゃう気持ちもわかる。俺君もわかるよね?)


(……)


(今世界が滅んだね)


 







 あの後も、家の中で色々と魔法に関することを試してみたが、


「これもダメか……」


 一向に成果は表れなかった。一時間ほど魔法の練習をしたところでシオンは首を横に振り、


「色々あって気が緩んでしまったけど、やっぱり仁は魔法が使えないみたいね」


 少し言い辛そうに、仁へと真実を告げた。仁の魔法を使いたいという想いは、この一時間の練習の必死さから見て取れのだろう。それなのに使えないと宣告するのは心が痛む、といった心境か。


「魔力がないって言われた時から予想はついてたんだが」


「結構へこむもんだね」


「口調が急に変わるの、面白いわ」


 魔法が使えなければ、仁の生存率は大きく下がる。オークまでならあの手にこの手、不意打ちすればなんとかなるだろうが、オーガクラスには勝てる気がしない。


 本当に、あの学校での一勝は運が良かっただけなのだ。憧れの魔法は諦めよう、そう思った時だった。


「ごめんね。魔力を使わない魔法なんて……あるかも!」


 慰めようとしたシオンが、何かに気づいたように大声を上げて突然虚空庫を漁り出した。


「どうした?もしかして、俺でも使える魔法があるのか!」


「一つだけ、心当たりがあるわ。あ、これじゃない。これも違う。どこにしまったかな……」


 虚空庫からあれでもないこれでもないと籠手や鎧、短剣、槍、長剣と大量の装備を取り出し、木の床へ山と積み上げていく。


(シオンってもしかして、片付けできないタイプ?)


(いや、そこが問題じゃないだろ。こんな大量の装備どっから)


 どう考えても少女が一人で持つ装備の量ではない。だというのに、積み上げた金属の山に鎧は最低でも四着、武器類に至っては三十個はあるように見える。


「シオンは鍛冶屋なのか?」


「この武器の山?武器の手入れくらいはできるけど、鍛冶なんてことできないわ。この武器は拾ったの」


 シオンの作った作品であるなら、この量にも納得がいくのだが。どうやらそうでもないらしい。ならば、なぜか。


「拾った?どこでこんな武器、拾えるんだ?」


「……うん。山の中で狩りしてたら、結構拾えるよ。魔物に殺された死体から拾ったのもあれば、魔物を殺した時に奪ったのもある」


 シオンの少し淀んだ答えに、仁はなるほどと同時に嫌な顔に。自分の所持品もこの山に加わる可能性があったと思えば、複雑な気分だったのだ。


 シオンのいた世界では、魔物との戦いは当たり前のことで、その戦いで命を落とすことも身近な話なのだろう。


 一般的な日本人は、死者の持ち物を無闇に取りはしない。だが、ここはもう日本ではないのだ。きっと死者への扱いも違う。仁が警官から銃を奪ったように。


 しかし、この大量の武器は何に使うのだろうか。


「私はよく魔物と戦うから。武器はいくつあってもいいの。いざとなれば氷魔法や土魔法で剣とか創れるんだけど、それだけだと魔法抵抗が強い魔物や、障壁持ち相手に苦戦しちゃうしね」


「魔法抵抗?」


「そ、魔法があまり効かないというか弾く魔物がたまにいるから。仁の知ってる中だとオーガかな?」


「魔法使えても勝てるかわからなくなってきた」


 銃で撃っても再生する、脚に槍突っ込んで掻き回しても再生する、おまけに魔法も効きにくいと、オーガの耐久に関してはイカれているとしか思えない。


「あった!ということは、この辺に試作品群があるから……仁ってなんの武器を使うの?」


 煌びやかな装飾の入った剣を見つけ、その辺りを重点的に探し出したシオンからの質問が届く。仁の答えに合った武器を選んでくれるようだ。


「コンパスはないだろうし、それなりに使ってたのは槍くらいだ」


「コンパスっていうのは小さな針のことね」


 仁がまともに触れたことのある武器など、本当に我流で振り回していただけの槍しかない。そもそも銃やコンパスはシオンの世界にあるか怪しい。


「こんぱす……?針はちょっと難しいわね。槍ならこれ。ちょっと重いから注意して」


「ん、旅の時に持ってたくらいだからちょうどいいや」


 柄は木、刃は金属製の槍をシオンから受け取り、仁はそれをじっくりと眺める。鎧のような皮膚のオークから奪ったあの槍と非常に似ているが、決定的に違う点が一つ。


「なんだこの槍の文字と模様……俺には読めない」


(素晴らしいデザインだよ!この槍!作った人と握手したい!)


 見たこともない文字と幾何学的な模様が、柄や刃に彫り込まれていた。なんとも幼い男心をくすぐられるデザインである。しかし、これがただの装飾ということはないだろう。


「これは魔法陣ってやつか?魔力が無くても、予め書いてあるから使える感じの」


「仁って賢いのね。魔力がないのにここまでわかるものなの?」


「僕らのいた世界では魔法物が満ち溢れていたからね。男子の一般教養だったんだ」


「魔力が無いのに、魔法がたくさん……?」


 感心するシオンに、僕は非常にしょうもないことで胸を張る。しかし厨二病の人格が言う通り、魔力は無くても魔法は誰でも知っていた。


「でもちょっと外れかな。これは魔法陣じゃなくて、魔法刻印。陣が刻んであるでしょ?」


「わざわざ名称まで分けられてるってことは、書き方以外にも違いがあるってことか?」


「確かに刻印のがかっこいいね」


「いやそこじゃないから」


 ドヤ顔をした僕に、もう突っ込むのは疲れたと俺は少し憔悴気味である。分かりやすい二人の反応が交互に顔に反映され、まるで七変化のようだ。


「仁の表情、ころころ変わって面白いわね……あ、こほん。刻印と魔法陣の主な違いは、発動時に魔力が必要かということね。刻印は陣と魔力を一緒に刻むから、発動時に魔力が必要ないの」


「ほええ……魔法って面白いね」


 先生めいたシオンの説明に、仁は頭の中で想像を膨らませる。刻印の方は魔力を最初から貼り付けている、というイメージだろうか。使う時に魔力が必要無く、刻む時に魔力が必要であるなら、


「最初から刻まれてさえいれば、魔力のない俺でも魔法が使えるってことか。魔法陣は普通に魔力がいるんだな」


「魔法陣は発動時に魔力が必要ね。普通に魔法を使うよりは全然少ないんだけど、0じゃないから」


 シオンに濁された言葉の最後を察する。魔法の発動にほんの僅かでも魔力が必要なら、魔力の無い仁には使えない。


 だが、希望は見えた。


「で、この武器が刻印の刻まれた武器ってことで、俺が使える魔法ってことか?何の魔法?」


「氷の刃を創る刻印だったと思う。それなら仁でも魔法が使えるはず!多分」


「多分って……」


 後になるにつれ、自信と勢いを無くしたシオンの言葉に不安を感じてしまう。ここまで希望を見させておいて、絶望へ突き落とされるのか。


「わ、私もあまり魔法刻印を使ったことないし、そもそもこんな事が初めてなのよ。とりあえず、何事も挑戦!試しに氷の刃を想像して、振ってみて!」


 疑いの目線から逃げるため丸わかりの励ましを受け、一層不安になっていく。期待させられ、絶望して、もう一度期待させてから突き落とすなどされたら、さすがの仁でもメンタルブレイクする。


「想像ねえ」


「男子の想像力は逞しいよ!」


「こら、変なこと言いに出てくるな」


「……」


 余計だがまさにその通りな男の性の一言に、シオンの目線がなぜか冷たくなった。


「気を取り直して、だ」


 この空気はまずい。そう思った俺は逞しい想像力をフルに使って透明な氷の刃をイメージし、槍を大きく振り被る。


「頼むから……魔法、できてくれよ!」


「え?ちょっと…!」


 シオンが何かを思い出したように仁を止めようとするが、もう遅い。仁の脳は指令を下してしまっており、もう止まることはできなかった。


「やった!」


 突き出された槍の刻印に光が走り、透き通るような色合いの氷の刃が現出。間違いない、仁は刻印でなら魔法が使える。


「ここで振っちゃ危ない!」


(あ、室内)


 魔法で創られた薄く鋭い氷の刃は、シオンの制止と僕の悲鳴虚しく、天井すれすれまで伸びてしまった。そして、仁の動作はもう終盤だった。


「あっ」


 透明な延長刃が冷気を撒き散らしながらテーブルへと振り下ろされる。室内にダンと大きな衝撃音が反響し、


「なんで室内で振るかな……やっぱり、最初は少し魔力の制御が甘いかしら」


 槍を素手で受け止めたシオンが、ほっと胸を撫で下ろした。驚くべきことに、彼女の掌で金属の刃が受け止められており、テーブルは全くの無傷だ。


「今の、なに?」


「ナイスキャッチ!……どうやったの?」


 瞬き一回の間に作られた目の前の信じられない光景に、仁は驚愕と拍手を送る。


 その光景までのシオンの動きは、常識というものから大きくかけ離れ過ぎていた。ただただもう、慄くことしかできなかった。


「早すぎる」


 一つ目はシオンのスピード。シオンが仁のミスに気付いて動き出してから、槍が突き刺さるまでの時間は二秒となかったはずだ。その間に仁を追い越し、槍の長さを走って回りこんで机へと飛び乗った。人間に可能な速さではない。


「いや、掌どう鍛えてるんですかね……」


 そしてもう一つ。仁の突き出した氷の槍を素手で受け止め、かつ無傷ということだ。全力ではないにしろ仁もそれなりの速さで突き出したし、氷の刃も鋭いものだったはず。それなのに傷一つなく、血一つ流れないなど。


 どちらも、物理法則を大きく無視している。


「ないすきゃっち?」


 仁の戦慄と推測に気づいていないのか、シオンは英語に首を傾げている。その様子はまるで、先の人外の動きができて当たり前といったもののようだ。やはり、さっきの動きも素手で受け止められたのも、


「ただの褒め言葉だ。それと、机を壊しそうになってすまなかった……今の動きの速さと、素手で槍を受け止めたのも魔法か?」


「あ、そっか。これも知らないんだ。動きが速くなったのは『身体強化』。そして素手でじゃないわ。『障壁』で受け止めたの。ほら、少し隙間があるでしょ?」


 シオンはもう一度氷の刃を手で握り、教えてあげると仁に見るように手招きする。誘われるがまま、少女の距離にドギマギしつつ近づいて、覗き込む。


「本当だ」


「これ、わざと空けてるとかじゃないよね?」


「いくら何でも怪我するわよ」


 シオンはしっかりと握ろうとしているのに、刃と掌の間に埋まらない隙間が見て取れた。


「詳しく説明しろって顔ね」


「ああ、詳しく頼む」


 どんな魔法かは、名前から想像がつく。しかし、その効果のほどは仁には想像ができない。シオンは壊されかけたテーブルの横の椅子に腰掛け、講義を開始した。


「身体強化は想像つくでしょ?身体能力を強化するって魔法。系統は身体魔法で……」


「はい!系統ってなんですか!」


 彼女としては分かりやすいように説明していつもりなのだろうが、やはり文字通り、世界が違う仁には基礎の基礎から教えないと始まらない。


「俺も系統は分からない。本でよく見た属性魔法とか、あとは今聞いた身体魔法とか刻印とかか?」


「属性魔法は知ってるのね。変なの」


「あ、多分僕らが知ってるの名前だけだから、説明しておくれよ」


「それじゃ基礎の基礎からね。まず火、土、水、風の四つを大きく纏めて『属性魔法』。派生とか複合とかあるけど…多すぎてキリが無いからまた今度」


 さらっと撫でた程度の属性魔法の説明に、仁は顔を見合わせる。正直、もう少し詳しく教えてもらえると思ったのだが、なかなかにアバウトな説明だ。


(やっぱりシオンって大雑把なんじゃ。自室とか汚いんじゃ)


「説明が足りないって顔してるわね。また今度話してあげるから。あと部屋はちゃんと綺麗だから」


「心を読む魔法ってありますか!」


 僕の愚痴が顔に出ていたのか、今度はシオンがジト目で見返してきた。仁後の肯定とも言える質問に、シオンはむすっとしながら話を再開。


「あとは『身体魔法』と『障壁魔法』、そしてこれも数が多すぎる『系統外』。一つ一つの括りを系統って言って、基本的に四つに分かれてるの。ちなみに心を読む能力は系統外に分類されるわね」


「心を読む魔法って強すぎない?」」


 種類分けも気になるが、それより気になるのは心を読む魔法だ。そしてそれをシオンが使えたなら、


(僕らが取り入ろうとしてるの、ばれちゃう)


 利用しようと近づいていることを知って、仲良くしようとする人間は少ないだろう。もしやと思い身構えるが、


「あんまり羨ましくはないわ。強い以前にうまく制御できなかったらどうなると思う?」


「周りの思考がだだ漏れってことか。それは辛いな……」


 仁の心配が杞憂に終わり、ほっとしたのも束の間。心を読む魔法の負の側面を聞き、仁は体を震わせる。利用目的で近づいてくる人間全ての心理を、意思に関係なく読み取ってしまうなら、


「俺だったら気が狂いそうだ」


 きっと、この世で信じれる人間などいなくなるだろう。人が普段隠している、不満や嫉妬、嘘、拒絶、陰謀、それら全てを見通してしまうのだから。


「それだけじゃないわよ。心が読める人間と普通に接そうと思う人間が、この世に何人いると思う?」


「おまけに孤立とか、強いけど欠陥多すぎるな……」


 そして、知られたくもないところまで見通される側からは腫れ物扱いされる。よくよく考えれば呪いに近い魔法だ。


「系統外ってとっても貴重で、実際私も使えないわ。心を読むなんて歴史に数人くらいじゃないかしら?でも、心を縛ったり操作する道具は見たことがあるかな」


「それ、流通とかしてないよな?」


「人権無視とか危なすぎるよ」


 これまた危険な、しかも今度は人ではなく道具の話を聞いて、異世界魔法の危険性に怯える。そんな魔法道具が世に蔓延していたとしたら、荒れているどころでは済まない。


「今は禁術というか禁忌というか。まぁ表に出ることは無いわ。心を操作する魔道具を一回だけ見たことあるけど、何の変哲もない首飾りだったわよ」


「見たことあるのね。この話はやめにしよう。怖い」


「何の変哲もない辺りがリアルで怖いよ」


「リアル……?」


「現実とか現実的って意味」


 心を操る魔法や魔道具なんぞ、悪人が手に入れれば悪用する未来しか見えない。いや、例え善人であっても使ってはならないような、人間の侵してはならない分野のはずだ。


 少なくとも、平和な日本という国で育った仁の感性はそうであり、その道具へは嫌悪感と恐怖しか湧かなかった。


「話を戻すけど、『属性魔法』、『身体魔法』、『障壁魔法』、『系統外』ってのはそれぞれ別の系統ってこと?」


「それで合ってるわ」


 同じ人間という生物であっても、人種や性別で分けられているのと似た感じだろうか。


「何で分けるてるのかって、結構重要だったりする?」


 そして何かの物事を分けるのには、それなりの理由があるはずである。


「いい質問ね。系統で一番重要なことは、『同じ系統の魔法の同時発動は基本的にできない』ということ。これは魔法の法則の一つ」


「……?」


「ん?火の魔法を使う時はそれしか使えないってこと?」


 系統だのなんだので俺の頭はパンク寸前だった。もう湯気の出ている仁の頭を見たシオンもどう説明したらいいか悩んでいる様子である。

 

「うーん。そうじゃなくて。例えば属性魔法が1、身体魔法が2、障壁魔法が3で、それぞれ一枚ずつの紙が手元にあるとして」


「番号振るの了解……あれ?系統外は?」


 シオンは虚空庫から取り出した紙に羽根ペンで番号を書き、仁の前へと並べていく。


 1が火、土、水、風などなどの属性魔法。2が身体強化と回復魔法などなどの身体魔法、3が障壁という分け方だ。


「あれはちょっと別枠だから。可哀想だけど仲間はずれね」


 四番目に来るはずの系統外は今回出番無しのようでだ。こうして、仁へと渡されたのは番号の記された三枚の紙。


「この三種類一枚ずつの紙が、仁の同時に発動できる魔法の数の限界なのよ」


「えっ?つまり属性魔法一つ。身体魔法が一つ。障壁一つしか同時に使えないの?」


「基本的には、ね」


 僕は手元にある三枚のカードを見つめ、想像と現実の違いに落胆の息をこぼす。彼の中ではたくさんの魔法を同時に発動させて、豪快に敵へ撃ち込むビジョンがあったのだろう。


「現実はままならないよう」


 要は炎を出す魔法を一つ使っている間は、他の炎を操る魔法や、氷の刃を作る同系統の魔法が発動できない。ただし系統の違う、早く動いたりできる身体強化や、バリアのような障壁は並行して使える、ということらしい。


 なんともややこしい制限である。更にこれで終わりではなく、


「で、なんで系統外は別枠なんだ?そもそも系統外って何?」


 仲間はずれの子にも、されるだけの理由があるのだろうと尋ねる。


「よく聞いてくれたわ!系統外はね。四番じゃなくて五、六、七番……と、ずっと続く魔法の種類を一纏めに呼んでいるだけなの」


「……なんだって?」


「俺君って頭悪いんだね。簡単に言うと、種類が多すぎるから一つに言い方をまとめましょうってことだよ」


「その他ってことか。よし、わかった」


 入りきらないものが多すぎたので、それらを纏めたのが系統外らしい。だったらもうその他でいいじゃないかと、つい俺は思ってしまう。


「同じ系統外でも全部系統が違うのよ。だから系統外は同時にどれだけでも使えるの。もちろん、例外はあるけども」


「ならそればっか使うってのは……できないってこと?」


「系統外は個々の才能による特殊能力みたいなものがほとんど。大多数の人が使えるのなんて、虚空庫と暗視、魔力眼くらいしかないのよ。だから基本的には属性魔法、身体魔法、障壁魔法を組み合わせて戦う感じね」


「系統外はオンリーワンの専用魔法的な感じか。それって俺にあったりは……?」


 今度は俺の人格でもしっかりと理解できた。そしてスペシャルな魔法と聞いて、それが宿っているかどうか気になるのは男の子の性。


「今の時点で自覚がないなら、才能系は多分無理じゃないかな。大多数の人が使える方も魔力が必要なものだけだし」


「ちくしょうめ」


「いや、僕らの『痛覚分配』だって系統外みたいなものだよ!」


 勝手な期待を裏切られ落ち込む俺を、僕が励ます。確かにアレは、常人には真似できない特殊能力だ。


「痛覚分配?聞いたことないわね。痛みを分かち合う感じかしら?」


「そうだけどさ。虚空庫とかに比べたらなんかな……」


「ううん。そんなことないわ!すごい能力よ!戦闘中に痛みで動きが鈍らなんて……!」


「そ、そうか?そうか。うん」


「俺君もかなりちょろいよね」


 性能を知ったシオンに褒められて、先の落ち込みは何処へやら俺の人格は嬉しがる。同居人の僕としては、誤魔化す際によくお世話になる部分だ。


「でも他の魔法が使えないんじゃ、痛み以前に死んじゃいそうな気はするけど……ああっ!?それでもすっごい強い系統外だと思うわ!」


「……そうか」


「俺君ってちょろい分、凹みやすいからね」


 上げて落とすシオンの評価に、俺はそうだよなぁと肩を落とす。実際、彼女の言う通りだった。オーガの時も、痛みがないだけではどうにもならない敗北をしたのだから。


「それにしても色々難しいね。基本的に同時発動できないって言ってたけど、どんな例外があるの?」


「一応、魔法陣と刻印のどちらかを使って、同じ系統の同時発動は計二つまでなら可能よ。魔法陣が使い捨てで脳への負担が大きすぎるから、奥の手とする人が多い……らしいわ」


「ほぇー。あれ?刻印を奥の手に使う人はいないの?」


 シオンの説明に仁はふむふむと頷くも、途中で違和感に気付いて手を挙げて、問う。それに対しシオンは、とても言いにくそうに頬の傷を掻いて、


「えーと。刻印って実は、禁術扱いだから……」


「禁術使っちゃったんだけど!?なんか悪い影響出ないよね!?」


「み、見たところ大丈夫じゃないかな?ほ、ほら強すぎて禁術とかもあるから……」


「ま、まぁ影響ないけどさ」


 まさかの禁術指定に慌てて身体をまさぐるが、特に異常はなかった。しかし、それでも心臓に悪い。とはいえこれで、魔法の種類のことはある程度理解した。他に気になることといえば、


「障壁魔法ってのはどれくらいの強度なんだ?一定ではなく込めた魔力で強度が変わるって感じか?」


 仁の攻撃を受け止めた障壁魔法のことだった。かなりの速度で刃物を振り下ろしたのに、傷一つ付けられなかった。もしやとは思うが、あの鎧のような皮膚を持ったオーク以上の硬度なのだろうか。


「旅の中でやばいくらい硬いオークに出会ったんだけど、そいつ以上だったりする?」


「オークの鎧種相手に、身体強化もなしでよく攻撃通せたわね」


 もしそうならば、銃弾でも貫けない可能性が出てくる。


 仁の想像の中の障壁とは、魔力で盾を生み出すイメージであったのだが、この魔法の強さは斜め上ではなくその更に上、予想の天井を軽々と真上にぶち抜いた。


「強度というか、オークの鎧種以上というか。障壁は攻撃を無効よ?例え仁が全力で殴りかかってきても、傷一つつかないわ。まず障壁無しでもつけれるか、疑問ではあるけど」


「はぁ!?そんなのマジもんのぶっ壊れじゃないか!当然、なんか弱点みたいなのは……?」


「ちょっとそんなの理不尽すぎない!?」


 さらりと実力を馬鹿にされているのも耳に入らなかった。それほどまでに驚きだったのだ。仁は口を綺麗なOの形へと開き、その理不尽さに抗議する。攻撃を無効化するなんて、ふざけているとしか言いようがなかった。


「シオンにとってこれが普通とか」


「ワールドギャップを感じざるを得ないよ……」


「わーるどぎゃっぷ?」


 仁の驚きようと聞きなれない言葉に、シオンは首を傾げる。彼女達からすれば常識で何も驚くことはないのだろうが、仁からすれば非常識もいいところである。


「弱点はあるわよ。魔法と物理のどちらかずつしか防げないし、展開に一秒はかかる。使える人も少ないし、魔力の消費も多い。範囲も全身を覆う程度だしね」


「弱点といえば弱点だけど、それを補ってあまりある程の強さだ。どうやって攻撃を通せば……?」


「物理と魔法を使い分けて攻撃するか、不意をつくか。私はそう教わった。物理障壁を魔法障壁に切り替えるのには一秒いるから」


「つまり、物理と魔法両方の攻撃手段がいるってことか」


 壊れた性能のどこかに穴がないかと頭を働かせていく。シオンの言った戦い方なら、確かに障壁を貫通できるのだろう。


「この世界で人と戦うなら、魔法の攻撃手段は必須」


 そこまで言って仁はとあることに気づき、顔が真っ青になった。


「それってつまり、日本人じゃ絶対的勝てないってことじゃ……?」


 日本人は魔法を使えない、というより使ったことがない。必然的に攻撃手段は物理に限られてしまう。


「日本人が仁みたいに魔法が使えない人たちのことを指すなら、勝てないと思う」


 シオンに冷静な推測を告げられ、仁も正にその通りだと同意する。ナイフだろうが、剣だろうが、銃だろうが、戦車の砲弾だろうが、それこそ核弾頭だろうが。シオンの説明が真実ならば、防がれる。


「容量多量のリアルアイテムボックスに、身体能力倍増魔法、物理と魔法どちらか無効のシールドって……」


「ふざけてるよね。こっちの世界にもうちょい分けてくれてもいいのに」


 デタラメな魔法を相手は使い放題、こちらはほとんど使えず。そして物理的な手段では戦いの舞台にさえ立てない。状況がどこまでも不利すぎる。この世界は本当に、どこまでも理不尽だ。


 どうやれば生き残れる?


 この問いの答えは、この理不尽な世界では比較的簡単な方だ。


「俺も使えるようになれば、戦える」


 そう、仁自身が理不尽の側へと回ればいい。幸い手段は目の前だ。


「身体強化と障壁、そして虚空庫の刻印が入った装備を、俺に貸してくれないか?」


「僕からも頼むよ!」


 地面へ頭を下げ、自分より小さな少女へと頼みこむ。プライドなんてあの日に捨てた。


 この少女は、人と接し慣れていないように見える。こういう本気(・・)の頼み事には弱いはずだ。そして、見ず知らず無価値な仁を助けるくらいに、お人好しだ。


 だから仁は、そこに付け込んだ。


「えっと、その……」


 ほら、今だって戸惑いの色が見える。普通なら、今日会ったばかりの信用のない人間に武器を貸し出したりするとは思えない。なのにこの少女は、迷っているのだ。


 なんて、ちょろい。取り入りやすいことだろう。


 ほくそ笑む仁の心中など知らないシオンは、少しだけ考えた後、


「ごめんなさい。貸せないわ」


 打算と勝算に溢れた仁の頼みを、断った。


『系統』


 魔法の分類。同じ系統のものは、極めて特殊な例や、魔法陣や魔法刻印を用いない限り、同時に発動出来ない。判断も同時に発動できるかどうかで決めることが多い。


 「属性魔法」「身体魔法」「障壁魔法」の三つの基本に、その他をまとめた「系統外」の計四つ。


 例)魔法陣及び刻印、系統外を用いない状況での、火の属性魔法と氷の属性魔法の同時発動は不可能。


 例)魔法陣及び刻印、系統外を用いない状況での、火の属性魔法と火の属性魔法の同時発動は不可能。


 例)魔法陣及び刻印、系統外を用いない状況での、火の属性魔法と身体魔法である身体強化の同時発動は可能。


 しかしながら、この区別方法や名称が浸透したのは遥か昔であり、技術の発展によって基本の三つに入らない魔法が多数開発された為、現代にはそぐわないのではないかという意見もある。


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