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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第142話 復讐者の笑みと見覚え


「定時報告の時間だ。シオン、魔法陣お願い」


「ん」


 太陽がちょうど真上にある頃、腕時計を見た一人から時刻を告げられ、仁はシオンへと語りかける。一日三回だけの貴重な数分間の始まりで、シオンを輪の中心に全員が集合して聞き耳を立てる。


「定時報告、こちらシオンです。聞こえますか?」


「んん、いいねぇ時間ぴったり。聞こえてるぜ。こちらイヌマキだ」


 魔法陣を両手で広げ、その中心を通して向こう側の人間に語りかけるイメージ。『通話』と呼ばれるこの魔法陣を使う時に、意識すべき事だ。


「にしても本当にいいもん作りやがって……俺の『伝令』、もう数が少ねえからな」


「ええ。本当に役に立っています」


 プラタナスから渡されたのは、イヌマキが保持していた『伝令』と似たような小型の魔法陣。しかし、『伝令』という系統外をそのまま押し込んだイヌマキとは違い、魔法陣から魔法陣へ声を直接転移させる新種の魔法らしい。とある女性と転移について研究する機会があり、その時の副産物で偶然生まれたとのこと。遅れるのは振動だけで、人体などは不可能だそうだ。


 同じ研究者として、この話を聞いたイヌマキは非常に悔しそうにしていたし、プラタナスとルピナスもまた、系統外の魔法陣化を成功させた大悪魔へ対抗心を燃やしていた。


「私達は現在、塔まであと三日のところに来ています。近くにちょうどいい場所に街の跡があるようなので、そこで今日は泊まろうかと」


「順調だな。いや、むしろ飛ばし過ぎなくらいだ」


 旅はロロの顔面の的確なナビゲート及び、強化の使えない彼を切り分けて運ぶという残忍な方法、シオンの異様な索敵と浮遊による上空からの偵察、そして全員に刻まれた身体強化の刻印によって、恐ろしく早く、順調に進んだ。日が昇る頃に起きて即座に出発。休憩は昼食の一時間だけで後はぶっ通しで行軍。日が沈む直前に、宿泊地点を用意するといった感じだ。


「そっちの連中は本当に大丈夫か?」


「あと数日だけなら、なんとか持つかと」


 いくら強化を用いているからといって、飛ばし過ぎなペース。化け物じみたシオンと歩いていないロロ以外、疲労の色が濃い。病み上がりの仁は尚更と言っていい。誰かが潰れるのは時間の問題だが、その時間内に着けばいい。


「……そう、せざるを得ないでしょう」


「そうだなぁ。悪いがその通りだ」


 だが、それだけ急ぐ理由がある。誰一人として弱音を吐かずに先へ先へと、運命を追い越そうと必死になって進むだけの理由が、ある。


「結界はまだ持っていますか?」


「もって後二日といったところだ。いんや、これでもかなり伸びた方だぜ?」


 街への攻撃が、既に開始されているからだ。敵の総数は不明。簡単に言えば、多すぎて測定不能。間違いないのは、数十万は軽く越しているという悲しい事実だろう。


「プラタナスとルピナスの二人がいなけりゃ、勝つ見込みはずっとなかったわな」


 やはり、彼らを味方に引き入れておいて良かったとイヌマキは攻撃初日を振り返って思う。







「なんだ?光っ」


 街への攻撃の始まりは、突然の砲撃(・・)だった。夕暮れ時、地平線の向こうが一瞬だけ光ったと思ったら、数秒後に結界に巨大な火球が衝突した。


「あと少しだってのに……!」


 結界で打ち消され、幸いな事に被害は0。逆に言えば、結界がなければ直撃していたという事。街の中の人間は、ついに来たか。間に合わなかったかと拳を握り締めた。


「は?」


 だが、壁の上で警備に当たっていた人間や、賢い街の中の人間は目と耳を疑った。何故かと問われたなら、壁の外に敵の姿なんて一兵たりともいなかったからである。双眼鏡を取り出し、兵士が光の方角を見た途端、再びの光に遅れて音。


「敵襲!敵襲!しかし、敵影との距離が……」


「ざっとですが、数十km!すいません!ほとんど見えず、大体です!」


 遅れて飛来した炎の弾も結界を破る事は敵わず、衝撃で街を揺らして飛び散った。手持ちの粗悪な双眼鏡では豆粒のような黒い何かが光ったとしか認識できず、あくまで概算でしかない距離だが、分かるのは敵の距離が遥か遠くであるという事だけ。


「……数十?」


 報告を聞いた石蕗は、もう一度聞き返した。これは、遥かに想定外の出来事だったからだ。


 日本の話で言うならば、数十kmの射程はまだ現実の範囲である。少なくとも第二次世界大戦の時点で40kmを越す射程の砲は存在していた。現代のミサイルに至っては大陸も海をもまたぐ。


「奴らを侮っていたつもりはないのですが……プラタナスさん、ルピナスさん、これはどういうことでしょう」


「いやぁ、申し訳ありませんねぇ。どうやら極秘に開発していたようです。それも最近。私も妻も、あんな射程の魔弾は聞いたことが無い」


 裏切り者である三人に聞いた話では、あんなものはなかったのだ。距離を知った彼らは、目をまんまるとさせて頭を下げた。


 その時、三度目の砲撃。どうやら数が少ないのか、雨あられのように撃ち込まれる訳ではないらしい。しかし、こちらに数十kmの射程を誇る兵器は現状存在しない。これだけの威力を一方的に撃ち込まれ続ければ、結界は破られ反撃は敵わず、敵が無傷のまま街は崩壊する。


「イヌマキさんはどう見ますか?」


「何百人の兵士から魔力を吸い上げて魔法を作り、砲に込めて撃ち込んでるなこりゃ。悪い知らせだが、防げても外れる事はねえ」


 撃ち込まれた弾を見ただけで解析し、何百もの種類の魔力が混ぜられている事を確認。更に内側の魔法の種類まで見抜き、誘導が含まれている為外れる事はないだろうというのが、イヌマキの見解だった。


 最悪と言っていい状況。仮に街から出て砲を壊しに行こうにも、距離があり過ぎる。車なら動かせるのが数台あるが、必中ならばそれすらも潰される可能性が高い。


「敵方の動かせる戦力を考えれば、魔力切れはあり得ないわ。偶然の故障を神に祈るか」


「こっちから壊しに行く、しかないですねぇ」


 対応は神頼み。もしくは、化け物をぶち当てるの二択。当然後者ではあるが、問題は誰が行くか。


「……イヌマキさん。結界が破られた瞬間、砲台を全部破壊してなおかつ、兵士をできる限り削ってきてもらえませんか?」


 距離を考えれば、適任はイヌマキ。『黒膜』は使えなくなるし、地下に幽閉されている騎士達も解き放たれるが、それでもこのまま黙ってやられる訳にはいかない。切り札を一手目で切ると石蕗は決断したが、


「私と妻が行きますよ」


「––」


 人と人形の二人の腕が、その決断を遮った。


「距離があり過ぎるわ。貴方達じゃ無理」


「イヌマキさん。お聞きしたいのですが、私と妻を砲弾のように飛ばす事は可能ですかねぇ?」


 もちろん、二人だけでは辿り着くのに時間がかかり過ぎる。故にプラタナスが提案したのは、犬の状態のイヌマキに後押ししてもらいながら超高速で飛翔するというものだった。


「……出来るが、大丈夫か?」


「貴方の最速には耐えられないが、音速くらいまでなら耐えれるからねぇ。あの砲は少し厄介だし、気付かなかった私達に責任がある」


「––」


 行く責任がある。速度に耐えられる魔法もある。大砲を壊して回るだけの力もある。二人の身体を守らずに送り出すだけなら、イヌマキが力を解放していなくても可能。


「貴方達、ここに来て数日なのに、本当に命を賭けれるの?」


 しかし、マリーは彼の言葉が信じられなかった。ここに来てまだ日が浅く、戦友だからこそ分かるのだが、何を考えているのか分からない二人だ。逃亡するかもしれないし、裏切るかもしれない。目の届く範囲じゃないと信じられないと、詰め寄っていく。


「マリー。貴女には、『黒幕』を引き継ぐ能力があります。だから、私と妻が正解じゃないんですか?」


「理由も理論も納得したわ。けど、貴方達の心情が分からないって言っているの」


 怪しい挙動があれば即座に切り捨てられる距離まで近づいて、どこを見ているのか分からない目を見て、話す。その時にまた、砲撃が大地を揺るがした。だが、マリーの身体の震えは、砲撃によるものだけではなかった。


「ようやく国家(カタキ)相手に大暴れできると思うと、清々しい気持ちですよ?」


 威圧していたのは、どっちだ。自分のはずだった。なのに、この男の目の奥にある暗い闇に、震えが止まらなかった。サルビアの強さとは違う。強大な負の感情を見た時に感じる、震え。ここまで強い闇は、イザベラと仁、そして『黒髪戦争』の時しか見た事がない。


「––」


 一礼した隣の妻の、人形の瞳も同様。何の感情も映さない、ただの物であるはずの目なのに、煮えたぎるような炎があった。敵も味方も、自らさえも燃やして焦がして灰にして、後には何も残らない漆黒の憎しみの炎が、そこにはあった。


「申し訳ないけどねぇ。砲台を全て破壊して兵士を出来る限り殺した後は、離脱させていただくよ。私と妻には、まだやる事があるからね」


 命を賭けはするが、捨てはしない。しかし任務は復讐のついでに遂行すると、夫婦は頷いた。


「いつ送る?」


「今すぐにでも」


「了解。そこに立ってな。位置を調整すんのと、砲台のある座標を送る」


「私も探しますよ」


 お手製の魔導望遠鏡と、悪魔の常人離れした瞳を使って位置を即座に把握。数秒とかからない内にその作業は終わり、


「砲台の個数は六。だがこれはひでえ。離れて配置されてやがるから、壊すのはこりゃ手間だぞ……まぁ、頼むしかないんだがよ」


 イヌマキが即座に魔法陣を構築。物を送り出す魔法自体は既に存在しているが、これ程の距離と速度で正確に、しかも人体への使用となると、歴史に類を見ないものだろう。


「では、行きますよ」


「––」


 複雑に絡み合った魔法陣の上に二人が飛び乗った瞬間、その姿は遥か彼方へと掻き消えた。


 異様な飛行物体を、敵方も感じ取ったのだろう。即座に砲門がプラタナスとルピナスに向けられ、炎の弾が放たれる。それは例え高速で飛翔する二人だろうと捉える誘導の精度で、ほぼ中間地点にて激突。


「はははははははははははははははははははは!」


 しかし、どんな魔法も、魔法障壁を前には搔き消えるのみ。砲台はかなり後方に設置されているようで、下から次々に兵士達の魔法が襲いかかってくる。圧倒的な物量はまさに、地面から雨が降るような光景だった。


 その雨の中を無傷で飛び、魔法と物理の爆弾を投下しながら思う。やはり自分達で良かった。空を飛びながら兵士の頭の上に死を撒き散らすのは楽しいし、爽快だ。そして、これだけの対空を潜り抜けるには力を解放したイヌマキ、もしくは魔法障壁でないと不可能だ。


 そうして、可能な二人は死を量産しながら空を裂いて距離を潰して、


「やぁ、こんにちは。ごきげんよう。ごきげんいかがかな?」


「––」


 一つ目の砲台のすぐ側に、浮遊で柔らかく降り立った。腕を前に華麗にお辞儀をする彼と、スカートをすっとつまんで頭を下げた彼女に、数百近い迎撃の魔法と物理が押し寄せる。しかし、そのどれもがプラタナスとルピナスに触れる事敵わず、空中にて相殺。


「っ……魔導砲を守れ!総司令官に謎の男女が出現しと伝えろ!」


「謎の……ねぇ?悪くはないけれど、プラタナスと妻のルピナスといえば、分からないかな?」


「––」


「さぁ、始まる前に行ってらっしゃいの口づけでもしよう」


「––!?……」


「な、何をしている……?いや、なんで当たらない!?」


 この会話の間にも、絶え間なく魔法と物理の攻撃は続けられている。なのに、二人はそんな事見ていなかった。手を繋いで、抱き合って、キスをしていた。常軌を逸している。戦場の振る舞いでは到底無いのに、この戦場を誰よりも支配している。何故、見てもいない方向から押し寄せる魔法の雨を、全て的確に相殺出来る。


「技術の差だ。君達の魔法は、まだ発展途上。私達の魔法もそうなんだが、練度が違う」


 たった一つのプラタナスの炎の鞭が、数十人もの魔法を食い破って搔き消す。込められた魔力の量では無い。研ぎ澄まされた名刀が、圧倒的な技量を持つ者に振るわれただけだ。


「さぁて、これで一つ目かな?」


「へ?あ、あああああ!?」


 あっさり。実にあっさり簡単に、地中を潜って虚を突いたルピナスの魔法が、砲門を周囲の数十人まとめて爆散させた。復讐の悪魔が本当の意味で笑うのは、復讐を果たす時のみ。


「じゃ、さようならだねぇ?」


「––」


 戦場に舞い降りたプラタナスとルピナスは、それはそれは大変よろしい笑みを浮かべていた。









「砲台は全滅。イヌマキさんの時間はフルで残ってて、兵士も……」


 昨日の夜の定時報告で気になっていた続きを聞けた一同は、胸を撫で下ろす。


「三千人近くをあの二人だけで削ったはずだぜ。本当に化け物だよ」


 大砲が無くなって良かったと、イヌマキも同じように深い息を吐く。一方的な遠距離から攻撃される事程、恐ろしい事はない。


「今は小康状態だ。奴さん方、遠距離射撃に距離を取りすぎて、まだ街に来れてねえ」


「それは朗報だね!僕らが終わるまで、来れないといいのに……」


「残念ながら、既に何部隊かを先行させていたみたいで、明日の夕方までには到着するよ」


 プラタナスとルピナスには、本当に感謝だ。あれから二人がどうなったかは分からないらしいが、無事を心から祈る。


「さて、そろそろいいか?こっちは仕込みに追われててね」


「同じく、こっちもそろそろ出発するよ。じゃ、次にまた繋がる事を」


「おう」


 最後に、次もまたイヌマキが出てくれる事を願いながら挨拶をして、定時報告は以上。とりあえずは街の安全が分かってホッとした。周りに集まっていた十二人も、嬉しそうに微笑んでいる。


「街まではもう少しだ。今日は少し早めに、休もうか」


「……はいっ!」


 疲れていた旅路に、元気が舞い戻った。昨日、砲撃されている事が分かった時以来、お通夜のような雰囲気であったから。








 例え元気が出ようと話し声はほとんどなく、黙々とひたすら塔へと進む道のり。今日の道は何度もアップダウンが続く山道で、再びみんなの顔が曇って行く。


「……」


「どうしたの?仁」


 それは仁も例外ではない。ある時を境に急に険しくなった彼の顔を覗き込み、シオンが心配そうに尋ねる。


「……ごめんシオン。その、地図を見せてくれないかな」


「いいけど、何か気付いた?」


「……ああ」


 ロロお手製の地図を受け取った僕が確認して、周囲の林を見渡した俺が、やはりなと顔を強張らせる。地図にはこの近くの街が記されており、木がない場所でその方角を向けば時折、建物を見下ろせる。もう、近いのだ。


「あの街は、俺のいた街だ」


 今日の目的地でもあり、仁が生まれ育った場所でもある街が。そして、


「それって……」


「僕が生まれた所で」


「俺が全てを失った場所だ」


 頭の中で、「おかえり」という声がした。



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