第141話 挨拶と出発
助けようとした結果、責められるとは本当に面白い皮肉だろう。『勇者』を目指した少年少女をここまで傷つかせた剣はないんじゃないかというくらいに、鋭く、面白い。
救えなかった、救えないという事実を見せつけて、無力さを突き付ける。遺族や関係者という、仁とシオンよりも深い立場でマウントを取り、なんで救えなかったのかと責め立てる。
もちろん、感謝する人はいた。あの時、仁やシオンやマリーが負けていたらどうなっていたか、分かっている人の方が圧倒的に多い。責め立ててきた者の方が遥かな少数派だ。しかし少数でも、仁とシオンの心を傷付けるには十分過ぎた。救おうとしたのに、戦ったのに、守ろうとした人から傷付けられて辛かった。
身体を重ねたきっかけは、互いに辛くて、痛くて、悲しくて、一瞬でも何か違うもので紛らわせたかったから。でも、理由はずっと前からあった。僕もシオンも愛し合っていたし、俺だってシオンの事は好きだったから。
唇を合わせて、見つめ合って、抱き合って、そこからは少し大変だった。お互いに経験なんて無くて、本当かどうか怪しい知識しかなかったのだ。その上、仁の身体は三重の治癒を行なっているとはいえ、未だ重傷。分からないわ痛いわ恥ずかしいわと、剣技なんかよりずっと難しいと仁もシオンは思った。
それでも、手探りで協力して頑張って、何とかぎこちなく事を終えた。それはもちろん、完全に上手くいったとはいえない結果ではあったけれど、とても満足のいく結果ではあった。
「……えへへ」
腕の中の少女は、幸せと寂しさの入り混じった笑いを浮かべている。彼女を見つめる少年の目も、とても優しく悲しい色をしている。
腕の中の温もりに充足感はある。今夜の記憶は幸せだと言い切れる。でも、曇りがないわけじゃない。別れは近く、今日言われた事は心に重くのしかかっている。酷い話だが、仁とシオンの中にはこんな時にこんな事をしていていいのかという想いさえ、あった。
その想いから来る罪悪感に、三人は目を背けて口には出さなかった。でも、背ければ背ける程、罪悪感は大きくなっていった。
「ねぇ。仁が今何を考えてるか当ててみようか?」
少女は少年の身体に強く抱き着いて、肌の温度と鼓動を確かめる。そして、上目遣いで仁と視線を合わせて、頭の奥を見透かした。
「僕の嫁ものっすごく可愛いって自慢して周りたいと思ってる」
「……何考えていると思う?ちなみに、僕の照れ隠しはあながち間違ってない」
僕は髪を撫でながら決して嘘ではない真実で誤魔化そうとして、俺は本当に分かるのかと確認を取る。
「すぐに塔へと向かう……どう?」
「これが以心伝心……ツーカーってやつだね。うん。悪い気はしない」
「よく、分かったな」
繋がったのは身体だけじゃなかったのだろう。シオンは見事に、仁が考えていた事を当ててみせた。それもいささか、ピロートークには失礼な内容だ。何せ別れ話に近い。
「私も同じような気持ち、あるから。一番は嬉しくて幸せだけどね」
とは言っても、失礼はお互い様だったようで。仁とシオンが余計な感情なく愛し合うには、どうなら世界を危機から救う事が必要なようだった。
「準備と挨拶に今日と明日を使って、明後日には旅立ちたいなって思ってる」
「この調子なら傷も癒えていると思うし」
「……そうだね。それくらい、だね」
動いて見た感じ、今でも無理をすれば日常生活くらいは送れなくもない。仁とシオンの準備はすぐ出来たとしても、同行者達はまだかかるだろう。その間にお世話になった人達への挨拶を済ませて、明後日がベストなスケジュール。
「別れる前に仁とこうなれて、よかった」
「うん。僕も俺君も本当にそう思うよ……シオン。ちょっと今日かなり大胆だね」
「ダメ?嫌い?」
「……ダメじゃないし、嫌いじゃない」
「はっきり言うとすごく好き」
下手すれば一生、身体を重ねない夫婦になるところだったとシオンは嬉しそうに笑って、額を突き出して。自分達も同じだと仁は深く頷いて、催促に応じて少し恥じらいながらもおでこに口付けを。
「だって、これが最後かもしれないから」
さすがにロロや日本人が付いて来る旅の中では、無理だろう。それ以降となると、仁とシオンは別世界の住人となる。旅に出た後に機会があるとは、到底言い切れないのが現状だ。
「なぁに。世界救って再会した後なら幾らでも。俄然やる気出てきたよ僕」
口で僕はこう言うが、希望はあっても確証はない。次に会えるのは果たしていつか。そもそも会えるのか。まず世界を救えるのか。その前に死なないか。障害を考えればキリが無い。
「ありがとね。仁。私、すごく寂しいけど、今夜の記憶があれば耐えられると思う……三年くらいは」
「思ってたより短いの、喜べばいいのか悲しめばいいのか分かんない」
「……俺も、うん。きっと、耐えられるよ」
だから、仁もシオンもこの夜が欲しかった。0と1の差は、単なる1では無い。無い事とあるという、大いなる差だ。そしてその差は、この夜は、仁とシオンにとって暖かく道を照らす灯火となり、世界を救って孤独を耐える力となる。
「……まぁ、その、なんだい」
「どうしたの?何か、言いにくい?」
「……今夜と明日も一応あるし……最低九年分くらいはごにょごにょ」
「……うん」
まぁ当然、0より1が良いように、1より2と3の方が良いに決まっているのだが。
翌朝。証拠隠滅は完璧だった。昨日の時点で既に一緒の布団で寝ているのだから、今朝同じでも何ら不思議はない。服も着直したし、その他の証拠は便利な虚空庫に放り込んだ。
「やりやがったな」
「な、何の事!?いっつ……」
だと言うのに、朝に部屋に入ってきた梨崎は開口一番に犯行を確信。慌てたシオンが飛び上がった結果、新たな証拠が出てきた。
「雰囲気が違うし顔赤いし包帯の巻き方が昨日の時点から変わってるしその他諸々まだ言われたい?」
「やめておくれよ!?」
名探偵ばりの推察に、僕は両手を挙げて降参。全然隠し切れてなかった。やはり隠蔽などには、シオンも仁も向いていない。
「梨崎さん、その傷は……?」
「昨日のあいつらの家、診察して回ってきた。助かりそうなのもいるけど、何人かはやっぱりダメでね。それを告げたらさ」
恥ずかしがって布団に潜ろうとする僕を引き止め、俺は梨崎の頭と腕に付着した血について問う。答えは現実を受け入れられず、やぶ呼ばわりされた挙句に振るわれた暴力によるものだった。
「梨崎さん。ちょっとこっち来て。治癒魔法かけるから」
「ん?いや、いいよこれくらい。ツバつけとけば治る治る」
「到底医者らしからぬ発言出たよ」
止血はしてあるが、裂けた傷自体はかなり深い。心配になったシオンが手招きして呼び寄せるが、梨崎は手を振って椅子に座ろうとしてしまう。
「ダメ。こっち来て。身体の傷じゃない所にもかけるから」
「……なら、お言葉に甘えるかな」
単なる傷だけを癒すわけじゃないと言われた彼女は、バレたかと苦笑してシオンの治療に甘んじた。昨日、仁もシオンも味わった。救えない事が、どれだけ辛いか。そして、救えない事を責められるのが、どれだけ傷付くか。
「治癒魔法ってのは、暖かいんだね。いやぁ知らなかった。発見発見」
「きっと、どの世界の医療も一緒じゃないかしら?助けようと思ってるんだから」
「違いない」
救おうとする事はその成否に関わらず、世界を越えようが暖かい行いだと、この場の全員が思った。
散々からかわれた後、リハビリも兼ねて歩いて部屋を出た仁とシオンは今、各所を巡っていた。
「明後日には発つ?」
「はい」
「そりゃまたえらい急な話だね」
今、仁とシオンがいるのは五つ子亭で、目の前で驚いているのは堅と環菜だ。例の如く子供達は、今日非番の一葉と菜花と共に戦隊ごっこに興じていた。とても懐いているのは、精神年齢が一緒だからじゃないかと言うのが、姉達の弁である。「戦隊モノは古来から大人も楽しめるものなんです!」と猛反撃されていたが。
「もう身体は大丈夫なのか?」
「まぁ、そりゃあ大丈夫でしょうよ。出来たんだから」
「「「っ!?」」」
ズタボロだった仁の身体を心配した堅の一言が、環菜の一言によって酷いものに変わる。全てを悟ったかのような流し目ニヤニヤに、仁とシオンのご両人の顔は引きつった。
「仁がぎこちない歩き方なのは分かるんだけどねえ。シオンちゃんまで……」
「わあああああああああああああああ!?」
ここでも見抜かれた。何なら今までに挨拶に行った箇所全てで「おめでとう」だの「赤飯だな」など、見抜かれてありとあらゆる祝辞を頂いている。この街の人間はそういうのを見抜く系統外を持っているんじゃないかと、疑いたくなるくらいだった。
「なんだ、その、おめでとう」
「おめでとう。おめでたはまだ?」
「うっさいな!?そっちこそとっととくっつけよありがとう!」
「うるっさいわね!本人の前で言うな!こっちは頑張って外堀埋めてんのよ!」
「……本丸の目の前で何言ってんだこの人」
純粋なお祝いと酷いお祝いに羞恥が限界に達した僕の、店中に聞こえるくらいの酷いカウンターに環菜は自爆。外堀埋めるよりまず墓穴を埋めた方がいいのではないかというのが、店内全員の感想である。
「二人は大丈夫として、『政府』側はどうなんだ?」
軍の後を継いだ石蕗は、組織に名前がないのが不便だと『政府』という名前を付けた。武によって抑えつける軍ではなく、政治によって決まるという意味を込めたらしい。
「いきなり明日と言われたら無理だけど、明後日ならなんとか間に合わせるって石蕗さんが」
「同行者はもう決まってて、後は装備の点検や塔の位置とか休憩地点の確認くらいだって」
まず最初に仁とシオンが出向い、出発の意思を報告したのが石蕗のいる執務室だった。彼は一瞬だけ悩んだ後、まぁいけるかと良い答えを返してくれた。もちろん、その際に彼からお祝いも頂いている。
「……そっか。寂しく、なるね」
「私ももっとここに居たいけど、それは出来ないから。また、ちゃんとここに来るから」
「うん。待ってる」
「結婚式には間に合わないかも」
「っ!?あっはは!仁とシオンのには私絶対出るからね!」
「もちろん、呼ぶから!」
恋愛トークで女子らしく盛り上がったのが、昨日のようだった。楓は死に、シオンは世界を超えて行く。残される環菜は、今の内にとシオンをぎゅっと抱き締めて。
「死ぬなよ。お前が死んだら悲しむ奴が、掃いて捨てるほどこの街にはいる」
「誰も掃いて捨てて欲しくないけど、すごく嬉しいや」
「まだみんなと一緒にいたいので、死にませんよ」
「その意気だ。帰って来たら酒でも飲み交わそう。ツマミも今よりずっと豪華になるだろうしな」
堅は、仁の目を真っ直ぐ見つめて再会の約束を交わす。あの日は苦くて飲めなかった酒の飲み方を教えてやると、彼は真面目な顔を崩して微笑んだ。
「……この街に来て最初に出会えたのが貴方達で、本当に良かったと思っています」
「最初、スパイと疑ってる癖に優しさを隠し切れてなかったからなぁ」
「私なんかにも優しくしてくれて、ありがとう」
俺と僕は、この街に来てから思い出して。シオンは初めて出来たと言っていい友人達に深く頭を下げて、感謝を。
「俺も、三人ががこの街に来てくれて本当に感謝してる。ありがとう」
「よしなよ。まだ二日間あるのにさ……茉莉!酒持って来て!」
堅はこちらこそ、仁とシオンがいなければこの街は無かったと言って頭を下げ、環菜はまだ別れる訳じゃないのに辛気臭いと、涙を浮かべながら酒を注文。真昼間からかと堅と仁は呆れるが止めはせず、そのまま思い出話に花を咲かせながら昼食を楽しんだ。
酔って泣いた環菜と彼女の肩を抱える堅に見送られて、仁とシオンは店を出た。その際に紅に、うちの店と四兄弟からの気持ちと渡された豪華な料理とお酒は、シオンの虚空庫に丁寧に仕舞われた。
「あ、マリーさん!」
「プラタナスさんにルピナスさんも、こんにちは」
時は半時間程過ぎて、門の前。待っていたのは外で狩りと用事を済ませに行ったマリー、プラタナス、ルピナスの、黒髪ではない者達である。この三人には、仁とシオンがいない間の街の防衛を担当してもらうのだ。早めに報告するに越した事はない。
「あら、こんにちは。今日は大漁よ。この研究者夫婦。なんだかんだ色々と役に立つわね」
後ろの檻に山と積まれた眠っている魔物達を見れば、それはすぐに分かる。死んで肉になっている虚空庫の中を合わせれば、この近辺の魔物を全部狩り尽くしたのではないかという程だろう。
「なんだかんだとは酷く失礼じゃないかねぇ……?ああ、それと我が妻から三人におめでとうとの事だ」
「……もう驚かないよ。ありがとう」
「それと、話があるんですが……」
シオンに負い目を感じているのか、隠れてしまったルピナスの言葉をプラタナスが代弁。もう諦めの境地に達した僕は白目を向いてお礼を返す。引き継いだ俺が明後日には発つ事を説明すると、
「ふむふむなるほど。理解したとも。出来る限りの魔道具を君達の出発までに用意しよう。日本人も同行するのだろう?刻印系がいいかねぇ?」
顎に手を当てたプラタナスはどんな物が旅に欲しいかと仁とシオンに尋ね、可能な限りを造って支援しようと言ってくれた。
「分かったわ。私はこれから、超特急で刻印を刻みまくる事になりそうね。あ、シオンちゃんは仁と一緒に休んでなさい。同行部隊くらい、私とプラタナスで終わらせるから……何笑ってるの?プラタナス」
「いやぁ、その歳でその仕草はキツいだだだだだだだだだだだだだだ!?マリー!ルピナス!やめなさい!」
マリーはシオンの代わりに刻印を刻むから、三人の時間を大切にしなさいとイタズラにウィンクを決めた。シオンは本当にいいのかという表情だったが、最後はウィンクの連発に押し切られてしまった。
「短い間だったけど、根拠も何もないけれど、確信が一つある。貴方達ならきっと、出来るわ」
プラタナスがルピナスにしばかれているのを横目に、マリーは仁とシオンの肩に手を置いて、強く励ました。
「ありがとうございます。絶対に、成し遂げるから」
「分かっているさ。出来なきゃ話にならないし、僕達に希望を託してくれたみんなに顔向け出来ない」
「必ず守ります。だから、この街をお願いします」
「貴方達のそういうところが、私は嫌いで好きよ。頑張って。後輩」
期待に応えると強く頷いた三人を、マリーはこれまた強く抱き締めた。まだ二十歳にもなっていない少年少女の背負っているものの大きさを知っているから、応援するように。少しでも力になるように、全力で好意を伝えた。
「……本当、サルビアとプリムラは上手い事育てたわね」
「掌返しが上手だねぇ。まぁ、同意するが」
別れを告げ、シオンに聞こえない距離で彼女の両親を良く知る者達は語り合う。ようやく全てを知ったマリーは今まで抱いてきた認識を改めて、それでこそ彼ららしいと謝り、プラタナスとルピナスはほらなと誇らしげに頷き。
「……私も、いつかは自らの想いを捻じ曲げてでも、誰かを救う時が来るのかしら」
「それは私の知るところではないな。君の生き方は些か、窮屈過ぎるとは思うがね」
「––」
「ルピナス曰く、曲がっていようが真っ直ぐだろうとマリーはマリーだそうだ。何せ救う事しか考えていないからとな」
「……そう」
誰も殺さない誓い。掲げたこの誓いは間違っていないと、信じてきた。でも、イザベラ戦でその誓いを逆手に取られて、より多くを殺されてしまった。あの時、躊躇わずにイザベラを殺していたのなら。もしくはそれ以前にサルビアを殺していたのなら、もっと多くが助けられたのでは無いか。
「元に帰れば、私の誓いは一人でも多くを助ける為のもの。なのに、誓いを守ろうとして人を守れなかったならそれは、本末転倒よね」
理想を貫く事に、限界が来たのかもしれない。娘を守る為に娘を半殺しにした両親を知り、より多くを助ける為に少数を切り捨てた司令を見て、少しでもを助けようとなりふり構わず殺し、身を削る少年と少女に会って、今一度自らの道を考え始めた。
それからはお世話になったところや店を周り続けた。しかし、桃田を見つける事は街の中で叶わず、仁とシオンは最後に向かうと決めていた場所へと、足を向けた。
「やぁ、奇遇だね。デートにここは似合わないよ?」
「……桃田さん……」
そこは、壁の上にある墓所。街の為に戦って散った者達が、死後に安らぐ為の場所。石に刻まれた彼女の文字の前に、彼はいた。街の中で会えなかったのだからここだろうとは思っていたが、いざこの場所で会うのは少し気まずかった。
「明後日には行くんだってね。石蕗さんから聞いたよ」
「……はい」
話したい事はたくさんあるはずなのに、どれも口から言葉になろうとしない。この場は、桃田と死者だけの空間のような、そんな気がして一歩引いてしまうのだ。
「楓に報告してたんだ。仁君とシオンちゃんの出発も含めて、色んな事を」
彼の表情に、昨日見た強さは無かった。この空間が、楓の墓が、虚勢を奪い去っていた。ここにいるのは、今すぐにでも自分の頭に銃を突き付けんばかりに、弱々しい表情を浮かべた一人の人間だった。
「おかしな話だ。イザベラとかいうあの女を、心から憎いと思っていた。いや、今もこの世の地獄を見せてから殺したい程憎い。あの騎士の連中も、叶う事なら全員この手で楓と同じ目に遭わせてやりたかった」
それは、ぶちまけたら数人病ませると豪語した彼の
、内心の一部。ギリギリ冷静に言語化できる僅かな範囲。だがそれだけでも、聞く者の心を強く締め付ける。
「俺は殺せたはずなのに、引き金を引けなかった。簡単だったはずだ。イザベラはもう、動けなかったんだから」
イヌマキの魔法で拘束されたイザベラを、ただの動かない的を、桃田は撃てなかった。同じ銃だったのだ。直前に、トーカを撃った銃と。だから、何度も彼女が頭を過ぎったのだ。
「イザベラを調べた。生い立ちを知ってしまった。まるで、あの時の俺みたいだった。騎士なら全員殺してやると思ってた、あの時の」
イザベラも桃田も、大切な人を惨殺されて復讐に支配された。正当な権利だと叫んで、剣を振るって引き金を引いて、悲劇を生み出してしまった。
「……あのトーカとかいう騎士は、本当に余計な事をしてくれたよ。お陰で、踏み止まってしまった。思う存分、恨めなかった」
だが、今の自分はそうではないと、彼は悲しそうに微笑む。トーカのような騎士がいると知ってしまった。そして、その騎士を勘違いで手にかけて、頼まれてしまった。どうか、殺さないでと。
どの口がと思った自分がいたのも、確かだ。でも、変わろうとしたトーカを殺したのは、終わらせたのは自分だった。強過ぎた復讐の火は、殺してはならない人間まで燃やしてしまった。
そのせいだ。そのせいで桃田は、どっちつかずの苦しみにいる。憎しみと殺意、罪悪感と悲しみ。許さないべきか許すべきかの狭間に、立っている。
「楓ならきっと、もう殺さないでと言うんだろうけどね」
「……」
「そろそろ行くよ。ごめんね。自己満足の告白に付き合わせて」
この答えは仁とシオンには出せないし、今すぐ桃田が出せるものでも無い。彼が抱えるこの問題は余りにも複雑過ぎて、数式やら文字やらに当てはめて解けるものでは無いのだ。そして何より厄介なのは、正解がない。どれを選ぼうと既に、桃田は間違ってしまったのだから。
「いえ。貴方には何度も助けられましたから。少しでも気晴らしになれば」
「……あれだけの事があっても、変わらないものがあってね。どうやら俺は君達の事が好きで、応援したいらしい。それと、街も守りたいかな」
謝った桃田に、仁はなんとか無難な本心を選んで返す。その気遣いは余りにも見え見えで、桃田は嬉しそうに笑って受け取って、後ろを振り向いた。
「楓も、気を付けてね。元気でね。無理はしないで欲しいけど、この街を守ってねだって。俺からもだ」
そこに広がる、夕焼けに照らされた街を見ながら、彼は背後の仁とシオンに言葉を贈った。
「じゃあ、今度こそ本当に行くよ」
長身の影は、そう言い残して去って行った。仁とシオンが結ばれた事に、有能な彼が気付かないはずがないのに、敢えておめでとうもからかいもしなかった。それは、仁とシオンが罪悪感を覚えないようにする、彼なりの気遣いなのだろう。
「……どうすれば、救えるのか。分からないや」
「そもそも救うって考えから、傲慢なのかもしれないな」
桃田を救う現実的な方法は、仁には思い付かない。いや、そもそもこの世にはもう、無いのかもしれない。なにせ、楓とトーカが生き返る事が前提だ。まるで、仁と香花達のような、関係だからだ。
「……でも、この街を、残された人達を救う方法は分かるわ」
先程花が添えられた楓の墓に、なんだかんだと多くの供え物がある酔馬の墓、色街の女達がたくさん訪れ続ける蓮の墓に、美味しそうな野菜炒めが供えられた柊の墓。それぞれの『勇者』の名前を見ながら、仁とシオンは宣言する。
「やっと、ここまで来ました。後一歩です」
「貴方達が繋いだ希望、絶対に無駄にしないから」
この街を必ず救ってみせると。
二日後の朝、大勢の人に見送られて仁とシオンは旅立った。十二人程の同行者とロロと共に、塔へと向かって。
幻想と現実の入り混じった残酷にして歪なる悲しき世界に、終止符を打つ為に。




