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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第127話 鞘と鈍


 壁の中の騎士の拘束は、ただ一人を除いて完了。しかし、そのただ一人だけは、未だ捕らえられず。


「ええ!ええ!悔しいですが認めますぅ!貴方達の作戦はぁ、大変素晴らしいものでしたぁ!」


 狼狽を隠せないイヌマキに、イザベラは唯一動く口をペラペラ動かして賞賛する。


 確かに素晴らしい。まさか、自分の存在がバレているなんて思ってもみなかった。その上で、騎士の襲撃も見抜かれて利用された。ああ、完敗で柊様に乾杯だ。


「でもぉ、いるんですよ。世の中にはどれだれ策を練ろうとぉ、準備をして対策をしようとぉ、止められない存在が!」


 だが、嘲る。戦闘が始まる以前の戦いが負けようと、どれだけ不利な状態から開戦しようと、例え大口開けて待ち構える罠が目の前にあろうと、全て仔細なし。


「貴方達の負けですぅ!サルビア・カランコエという存在を侮った貴方達の!」


「侮ってなんかねえ!こちとら三十六の魔法陣で相手してんだぞ!?前回の九倍、『魔神』の半分だぞ!?」


 必ず勝てるどころか過剰戦力と踏んだ。人類に対しては最高級の待遇だった。世界を敵に回したかの『魔神』でさえ封殺した内の半分で、止められない訳がないとロロと一緒に笑ったくらいだ。


「侮ってますぅ!彼には最低でもぉ、『魔神』と一緒くらいの用意はしないとぉ!」


「そんな化け物!この世に三人といる訳がねえだろ!」


「あらぁ?じゃあ今のはぁ、夢か幻ですかぁ?」


「っ!?」


 だが、それさえ足りない。それさえ侮りにして驕りだと、サルビアを知る女は嗤い、イヌマキを言い負かした。そうだ。その通りだ。今、現実として起きているのだ。


「なんなんだよこいつはぁ!」


 イザベラと対話する一方、建物の陰に隠れた木の犬の視点に、ふざけるなと感情をぶちまける。


「良い。実に、良い。心地良い」


 地面から、建物から。まぁ要約するなら全方位から伸びる木や蔓の嵐。逃げ場なんてない樹木の檻ならば、逃げ場を作ればいいだろうとサルビアは剣を振るう。そして涼しい顔でまた逃れて、建物の上を駆け抜けるのだ。


「我が騎士団がここまで追い詰められたのは間違いなく、貴様と柊という男がいたからだ」


 手を変える。褒め称えるサルビアの移動速度を測定し、二秒間に移動できる範囲を推測。その外に厚さ10m木の壁を展開し、確実に閉じ込める。いくら何でも、剣の長さ以上の物体を一度に斬る事は出来ないだろうと考えての策。


「しかし、我が騎士団に敗北はない」


 その拘束さえも、彼は抜け出すのだ。剣で一点を一突きすれば、これはどういうことか。蜘蛛の巣状に亀裂が広がり、魔法の風が吹いただけで砕け散って空いた。そうして出来た穴を、彼は剣で突き進む。作り直す暇なんてない。サーカスのショーのように、彼は脱出不可能な箱から脱出した。


 もちろん。全ての魔法陣をサルビアに振り分けている訳ではない。半分は壁の内外の騎士の拘束に振り分けている。サルビアを追う内の六は、自分の魔法で街の人々を巻き込まないように使用している。


 イヌマキが決して弱い訳ではない。これだけ大規模に魔法を発動しているというのに、日本人どころか、他の騎士を誰一人として巻き込んでいないのだ。これ程精密な魔法の使い手は、歴史上でも数人いるかいないかと言っていい。


 威力も触れば即死級。手数は圧倒的。範囲も全方位絶え間無く。その上被害は出さず。


 だが、それでも。


「冗談じゃねえぞ……!」


 白銀の鎧は、その鈍重そうな見た目とは裏腹の速度で屋根から屋根へと飛び移り、余裕な態度でギリギリに魔法の範囲から逃れる。このギリギリはかろうじてという意味ではない。避けれさえすればそれで良いという、最小限の動きを見極めているからである。


「ならこれは!」


 巨大な樹木の盾をサルビアの下方、人々の真上に展開。そして、一つの魔法陣で魔法の爆発を。虚空庫から取り出した爆薬を魔法で運び、盾と挟み込むように巨大な爆発を引き起こさせる。高い建物は吹っ飛ぶだろうが、それは許してくれと願いつつ、


「私を殺したいなら、盾はいらなかったな」


「てめぇと違って、守るものが多いんだよ」


「ははははは!街一つ守るのに苦労して大悪魔か!笑わせる!」


 即座に盾をくり抜いて下へと逃れたサルビアは、残念ながら無傷。文にすれば簡単に見えるが、実際は化け物だ。下に広がり始めた盾を見た瞬間、飛行の魔法で駆け下りて剣を突き刺し、斬り飛ばして入り口を造る。どんな攻撃が来るかも分からないというのに、下に広がる樹木を見ただけでこの判断を下した。一秒でも迷えば、爆発に巻き込まれて木っ端微塵だっただろう。


 全ての動きに無駄がなく、全ての判断が最上。剣を振るう理想の動きをただ、再現するだけの機械のよう。


「前の時、てめえ手抜いてやがったな!?」


 前回の動きとはまるで比べ物にならない。全方位から押し寄せる避けられない魔法は輝く剣の軌道で斬り捨てて、時にはイヌマキの魔法の残骸さえ足場として利用し、逃亡を続ける。


 策も、魔法も、何もかも。その剣は斬り裂く。


「私は嬉しいぞ。マリーに魔力無しで挑んだ時以来だ。まさか、本気を出す機会が同じ年に二度もあるとは」


 『魔神』を倒した大悪魔の全力に、兜の下で獰猛な笑みを浮かべて挑むただの人間。疑わしいが本当に、彼はただの人間なのだ。


 何の系統外も無く、『魔神計画』の産物でも無く、仁の『限壊』のように特別な魔法を用いている訳でもない。ただ、剣を持っているだけ。


「くそがっ!」


 『魔神』さえ凌いだ力だぞ!?いくら全盛期の半分とはいえ、それでもただの人間だろう!?化け物を倒す為に人を辞めて悪魔となった自分が、ただの人間に負けそうになっているなど何の冗談だ!?


 口でも心でも、悪態が止まらない。ポーカーフェイスなんて無理に決まっている。何せ今、イヌマキのプライドが、長年生きてきて積み上げた自信が、ただの剣士にズタズタに斬られたのだ。


 『魔神』と戦った時、つまり全盛期なら倒せると思う。現在の強さでも、全ての魔法陣を動員し続ければ、魔力切れとなったサルビアを仕留められる自信がある。言い訳に過ぎないが、これは本当だ。


「サルビア様ぁ?聞こえますぅ?この悪魔ぁ、三分間しか戦えないんですってぇ!」


「ああ、聞こえているとも。この貴重な時間、全力で楽しませてもらう。何せ強化をしての全力など、何十年振りか分からんからな」


 だが、時間制限が実にいただけない。戦いに確実も100%も十割もないと分かっているが、その上でなお直感し、断言しよう。三分間で仕留めるのは、不可能だと。


 もっと、戦えたなら。そう思っても、何も変わらない。


「悪りぃなサルビア。負け逃げさせてもらうわ」


「……何だと?」


 故に選ぶのは、撤退の選択肢。壁の外の騎士の抵抗も思いの外激しく、まだ終了していない。何と無様な醜態だろう。舐めて侮っていた自分が恥ずかしくなる。


「残りは一分と少し。この一分は次に使わせてもらう」


「惜しいが、確かに合理的だ。私一人が一秒に切れる人間には限度がある。大勢に攻め込まれるよりは、延命にはなるだろう」


 だがそれでも、責務を諦めるつもりはない。イヌマキの仕事は出来る限りの騎士を拘束し、無力化する事。サルビアを仕留めきれなかった詫びとして、追加の特典も置いて行く。


「そゆこと。残り時間であんたを仕留め切れる気がしねえ。つー訳で、バトンタッチだ」


「バトン、受け取りました。イヌマキさん」


 イヌマキの魔法の木に運ばれて来たのは、少年と少女と『記録者』と、司令。柊は一番危うい戦況を最も近くで見て判断する為、ロロは柊の策と自らの存在意義の為、そして仁とシオンは、


「今日こそ、貴方を斬らせていただきます」


「今回は足手まといじゃないよ。シオン。一緒に全部断ち切ろう」


 イヌマキでも倒せなかった、サルビアを仕留める為。








 敵が想定より遥かに少ないと聞いた時から、柊は演説をしながら、持っていた紙に文字を書き始めていた。


 魔法陣を誰も所持していないと聞いた時には、一度手も声も詰まったものの、すぐに再開される。演説の方に至っては、いかにも騎士がちゃんと魔法陣を持っているとでも言わんばかりに平然と嘘を吐いて、続けた。


 そして、文字の方はというと。


「シオン、行けるかい?」


 書かれた文字、つまりシオンとマリーと仁の三人なら、サルビアを仕留められるかという質問を彼女に伝え、三重の意味で確認を取る。一つ目は単純に勝てるかどうか。二つ目は、シオンはサルビアを前に戦えるのかどうか。三つ目は、仮にも親だが殺せるかどうか。


「戦えるし、その布陣なら多分勝てる。マリーさんの系統外を決め手にすれば、いくら父さんといえど防げないはずだから。ただ正直、強さ的じゃなくて位置的に過剰かも。マリーさんには後方支援に回ってもらったほうがいいかもしれない。あの人なら、私達を巻き込まずに魔法を撃てるから」


「賛成だ。シオンと二人だけなら合わせてなんとかなると思うが、マリーさんまで斬りかかったら俺らの身体がぶつかっちまう」


 文字の返事は、肯定。ならば、すぐに移動を開始。そしてそれにはロロも自分も同行し、その戦闘を写して上映するという黒い言葉。


 恐らく柊は、魔法陣がない以外のこの事態を予め想定していた。だからシオンと仁に、この場で指輪を渡せと急かしたのだ。サルビアと戦って、誰もが生還できるとは思っていなかったから。


「もちのろんだな!ああ!こんな戦い……わくわくする!あ、当然役割も忘れぬよ」


「ここ一番の大勝負の正念場だ。気張っていこう。特にロロ」


「なんで自分なのだ!?」


 そして彼らは木に飛び乗り、戦場へと向かって今に至る。



 その場にいたのは、白銀の鎧を着込んだ騎士。彼は新手の到着を見るなり兜を外し、銀色の髪を空気に晒して、


「ほう……これはこれは。ようこそ戦場へ」


 至極面白い物を見るような目で、その場の全員を舐めるように観察し始めた。


「『記録者』。いえ、我が妻のご先祖様。貴方には後で聞きたい事がある」


「貴様が勝ったら何でも話してやる。勝てたらな」


 『記録者』であるロロには、『魔女』や『魔神』の事について問い詰める意思で。


「そして貴殿が例の……柊殿か。貴方が忌み子でなければと、そして『黒髪戦争』の時に貴方がいなくて良かったとつくづく思う」


「お褒めに預かり光栄だな。こちらも、貴殿には虐殺騎士などではなければと常々思っている」


 柊に対しては、シオンでさえ見た事がない程の深い敬意で。仁と柊には分からなかったが、今しがたサルビアがした礼は相手に対して最高の敬意を示すものだ。


「最後には、いつぞやの小僧と我が愛娘ではないか。剣の腕は上がったのか?私を斬り殺すと豪語するくらいには」


 シオンに関しては親子のフリをした憎しみを、仁にはどれだけ強くなったのかという好奇心を。前者に関しては相変わらずだが、後者は以前と大きく変わっている。あの時一矢報いたからか、それともジルハードから色々と聞いたか。


「毎日剣を振ってるし、殺すつもりで来たわ。それともう、貴方の娘じゃありません」


 実の父親だろうが関係はない。誰も味方のいなかった以前ならともかく、今は父親とも思っていないと宣言し、


「残念だシオン。私はこんなにもお前を愛しているというのに……というのは嘘でそれは良い事だ。やっと縁が切」


「私はシオン・カランコエじゃなくて、桜義 シオンよ。どう?縁が切れて嬉しいでしょう?」


 シオンは左手薬指に嵌められた指輪を見せつけてみせた。ロロはそのセリフに噴き出し、嬉々として記し始め。柊は苦笑しつつ、邪魔にならないようロロを連れて距離を取る。


「本日は挨拶に伺ったというわけさ。娘さんをいただきますってね!」


「くはっ……あははははははははははっ!あははははははははは!こんなっ!こんな愉快な日があったか!?娘に彼氏どころか婚約者だと!?」


 マリー到着の時間を稼ぐ為、わざとちゃらけた挨拶をかました僕に、サルビアは大口を開けて笑い声を轟かせる。言葉だけ切り取ればただの父親にしか見えないが、感情まで見るともっと醜悪だ。


「で、式場は地獄でかね?」


「っ!?」


 変わった。大気状態が変わった訳でも、ましてや気温が下がった訳でもない。しかし、間違いなくサルビアが一言発した瞬間、何かが変わった。


「参列者は今日死んだ忌み子達か。いい結婚式ではないか。こんなに多くの人に祝ってもらえるなんてな」


 普段の仁やシオンなら、怒り狂っているセリフだ。だが、今日に限っては怒りの感情が沸いてこない。代わりにあるのは、ただ恐怖だけだ。


(なん、なのさ!)


 背筋が凍るとよく言うものだが、今までの仁は本物を知らなかったらしい。背骨の中を氷が浸透していくような、血液という血液が凍てつくような、恐怖。身体が少しずつ、凍るように強張っていく。まるで蛇に生きたまま食われる蛙のように。


 分かるのだ。分かってしまったのだ。さっきまでイキって啖呵を切っていたが、今にしてようやく分かったのだ。この男が、如何に強い存在であるかという事に。


「どうした?震えているぞ?」


 身体は線路の上、目の前には最高に速度が出ている電車。もう、避けられない。死の恐怖を感じて当然のシチュエーション。そして、それは今でもある。生物として、本能で分かるのだ。


「かかってこないのか?」


 隣のシオンも、同じ。ふるふると震え、唇は青く、額や首筋には汗が浮かんでいる。過去のトラウマが蘇っているのだろう。酷い話だが、そうであって欲しい。剣として遥か高みにいるシオンが、自分と同じ恐怖を感じる相手なら、仁は勝てない。


「くすくす。怖いんだ」


 余りの恐怖に、呼吸も忘れて時さえ止まる。脳内に映るのは、数多の記憶の景色。幸せと不幸とシオンと血と今の仲間とかつての仲間と。目紛しく変わる視界の中、仁はあの声を聞く。


「あれだけ死にたいって言ってたのに、死が怖いなんておかしいね。幸せになったから?」


 そりゃそうだ。走馬灯なら、彼女が出てこないはずがない。シオンとは違う意味で、心の奥底に深く刻まれた傷跡である彼女が。


「そんな仁は死んじゃえって思うよ。いや、どんな仁でも死んで欲しいけど、幸せだから死にたくない仁なんて、一番死んで欲しい仁だよ」


 幸せを許さない存在。仁の生き方に影響を与えた少女。仁が武器も介さず、この手で直接奪った最初の人命の人名。


「香花」


「覚えてるよね。忘れる訳ないよね……なら、思い出してよ」


 名前を呼ばれたら、彼女は嬉しそうにも悲しそうにも見える不思議な微笑みで折れた首を傾げて、仁の耳元で唇を動かす。


「なんで、死にたくないの?」


 その一言で、意識が覚醒した。戻った現実。変わらぬ温度に変わらぬ戦況。しかし、変わっていたとも。身体の震えは止まり、呼吸は落ち着き、全ては正常だ。


 死ぬ事自体、仁はもうどうでもいい。それが今まで殺してきた彼女達が望むなら、受け入れよう。


「シオン。一緒にさ、世界救おう。みんな、助けよう」


「僕らが怖いのはサルビアじゃないだろ?救えない事だろ?」


 香花に内心で礼を言う。彼女のお陰で助かった。そうだ。そうなのだ。仁は死ぬ事が怖いんじゃない。死んで救えなくなる事が怖いのだ。


「……うん」


 シオンは仁の返事に、ゆっくりと頷いて深呼吸。鼓動も心も落ち着かせて、頬を深く抉り取る。自分を奮い立たせる、いつもの儀式だ。


「仁、命預けるね」


「「…………」」


「仁?」


 戦闘前の、何気ない一言だったろう。だがきっと、今顔を覗き込んできた少女は知らないし、気付いていない。


「……ああ、任された」


「何があっても守り抜くよ。だから僕のもお願いね」


 今かけられたその一言が、どれだけ仁にとって大きいものだったかなんて。あの時憧れた剣に追い付けた気はしないけど、ズルい力を使ってだけど、ようやく肩を並べて戦えるという一言に、仁がどう思ったかなんて。


「さて、いいかな?」


 これ以上の引き延しは不可能。マリーの参戦は不意打ちの要素として考える。


 仁はシオンから与えられた剣と、氷の剣を。シオンは銀剣と土の剣を。サルビアは無骨な剣と、土の剣を構えて。


 そして、始まった。まずは『限壊』の速度で強化された仁の踏み込みが大地を揺らし、サルビアが揺れを捉えた瞬間に目と鼻の先へ。そこで一閃。技術が拙いが故、複雑な軌道はまだ扱えない。だからこそ、基礎を磨いた綺麗な横薙ぎである。


 それはシオンの目から見てもまだまだだが、それでも『限壊』の力があれば恐ろしい脅威である。例え読めたとしても避けるには早過ぎて、受け流すには重すぎる一太刀だ。


「素晴らしい」


 脚と腕から血を流す仁の刃を、サルビアは惜しみなく高く評価する。いとも簡単に、ただ己の剣を片手で置くだけで受け流しておいて。


「どうも!」


 だが、それでいい。受け流された刃に無理な力を込めて、サルビアの剣を抑えつける。一秒にも満たない刹那。それだけあれば、十分だ。


 仁の背中からするりと猫のように這い出てきたシオンが、銀剣でサルビアの左胸を穿つ。しかし、障壁に守られて届く事はなく、むしろサルビアが錬成した土の剣が仁の脇腹を狙う。


 物理判定。ならばと仁は脚にある氷の刻印を解放。氷の刃を細く、木の枝のように幾重にも分けて伸ばす。剣の一振りでは止められないように、分けてだ。


 サルビアが放った突きは、彼の左胸から降ろされた少女の銀剣が受け止め、仁が生み出した氷棘はサルビアが生み出した土の壁によって止められた


「む!?」


 かのように見えたが、多重発動によって増幅した氷が土壁を粉砕。土の破片を飛ばしながら、更に奥のサルビアへと迫る。だが、騎士はすぐさま突きを引き、片脚を大きく上げて一歩前へと出る。脚の降ろされた先、そこは氷の根元である仁の刻印の手前。


 即座に大元から踏み潰された氷の刃は崩れ落ち、後ろに引かれた土の剣は次の動作へと繋がっている。仁もシオンも巻き込む、大きな横薙ぎにだ。


 シオンはその動きをギリギリで読んで後ろへと飛び、対する仁は見てから反応して『限壊』で後退。


「……いける」


 シオン、仁ともに手応え、アリ。軽い『限壊』でも通用する事を確認し、戦闘可能な時間を十分と推定。その間にマリーが到着する事も踏まえれば、撃破は十分に可能。


 仁とシオンの絶妙に息のあったコンビネーション。そう見える一幕だったが、実際は違う。普段の彼女なら幾らでも考えが透け透けであるが、戦闘となるとそうはいかない。二手先どころか十手先くらいまで読む達人の思考は、仁には全く分からない。


 だから、仁は合わせない事にした。要は、シオンに全てをぶん投げたのだ。彼女にはそれだけの技量がある。仁のミスを埋め、彼の『限壊』が作った隙にサルビアを仕留めるだけの剣技が。


 これでは仁が負んぶに抱っこだが、シオンの内心はそうではない。恐ろしいまでの支援だと感じている。なにせ、さすがのサルビアも『限壊』には慣れていない。シオンの知る父より、僅かながら仁の初撃の対処が遅れていた。そしてその後の立ち回りも、『限壊』を警戒して防御寄りとなっている。一対一なら、致死の斬撃が絶え間なく飛んで来るのだから。


 仁の剣技がまだまだな事も幸いした。動きが素直で読みやすいのだ。それはサルビアにとっても同じ事であるのだが、何もマイナスばかりではない。合わせやすいのだ。彼の動きを予測し、己の剣に組み込める。


「本当に、見事だ」


 だが、はっきりと言おう。仁とシオンのコンビネーションなんかより、この男の方がよっぽどトチ狂っている。強化の数倍の速さで動く仁を軽々と受け止めながら、シオンの攻撃を読んで動き、二人まとめて斬り裂こうとした。最早人間の範疇ではない。


「我が娘の剣技は前よりも冴え渡り、その婚約者の男は歪ながらに鍛えられている」


 世界最強の剣士からの褒め言葉。まともに聞いて喜ぶ心の余裕などない。次の攻撃はどうするべきかを仁は考え続け、シオンはサルビアの呼吸や筋肉に逐一注意し続けている。


「よって、二人まとめてなら私の本気に値すると判断しよう」


「え?」


 思わず声を上げたのは、仁。何かを察知したシオンは既に飛び退いており、彼もそれに続こうとするが間に合わず。


「はやっ!?」


 サルビアの動きは、明らかに通常の身体強化よりも早かった。『限壊』ほどではない。だがそれでも、仁の知るシオンの強化よりはずっと早く思えた。


「技術だ」


「ふざけ……るなっ!」


 否定してやりたかった。そんな訳あるかと、大声で叫んだ。だが、事実だった。今までとは一線を画した彼の動きの早さ、それは、ただ単に無駄を極限まで減らした踏み込みだ。


「なんで、押し負けるんだよっ!」


「貴様が拙いからだ」


 遅れたが、『限壊』で間に合わない程ではない。サルビアの剣の軌道に剣を重ね、そしてあっさりと弾かれた事実にまた声を上げる。なぜこうも簡単に、数倍の力を跳ね除けられたのか到底理解出来ない。


「おっと。忘れそうだった」


「……そう……っ!?」


 割り込んだ少女の剣に父は笑い、銀剣を技によって巻き上げて抑えつける。手首を捻っただけに見えたが、それだけでシオンの剣はもう持ち上がらなかった。


「何せ鞘で剣を振るう愚娘などなぁ」


「さ……や?」


「シオン下がれ!」


 抑えつけていた剣が跳ね上がり、シオンの胸に突き刺さろうとする。『限壊』を僅かに深めた仁が辛うじて間に合ったものの、危うかった。


「その点、貴様は実にいい。明確な殺意を持って抜かれた刃だ。しかし、いかんせん鈍にすぎる」


「何を言い出す……!」


 なんだ。この男は。一体、どういう事だ?


「鞘も鈍も、斬れないと言っているのだ」


 仁とシオン。二人の力を合わせても、押される。


「じゃそこに刃のない名刀を加えたら、どう?」


 呆然と立ち尽くす二人を暖かく包み込み、サルビアを焼き尽くそうと渦巻いたのは、金色の炎だった。


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