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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第119話 ヒーロー


 穴と通じていたのはリビングだった。トーカや子供達が生きているのか、ここにいるのかは未だ分からない。だが、目の前の血を流している男を捨て置くわけにもいかなかった。


「生きてるみたいだが、誰だ?」


 恐る恐る近寄った堅が触れて、生存を確認。脈はあるし、呼吸もしている。血が出ている箇所は幾つかあるがどれも軽傷で、気を失っているだけ。問題は、この男がどこの誰だか分からないということ。


「う……うう……」


「あ、起きた。大丈夫?何があったの?」


 堅が触れた事で覚醒が促されたのか、男は呻き声をあげて身を捩って目を開けて、そして声をかけた環菜を見て、


「軍人……!」


「なっ!?」


 身体の下に隠れていた銃を握り、側にいた堅の額に押し付けた。意識の覚醒から状況の把握は素早く、堅を抑えたのも実に鮮やかな手口。この男、慣れている。


「あんた、何者」


 迂闊だった。倒れて血を流していたから、被害者だと思って心配してしまった。この男は反乱軍の一人、それも戦闘経験があるときた。


「軍設立の時は世話になったな。お前らをぶち殺したくてうずうずしてたんだ」


「なんでここにいるの?ここは軍の施設なんかじゃないわ」


 銃を何の躊躇いもなく向けられる、戦闘経験が豊富な候補なんて軍以外では数えるほどしかいない。言葉から考えて、軍が出来る前から暴力を振るっていた者達だろう。


「あ?何言ってんだか……!孤児院だとか言って巧妙にあの女を隠してやがって!もうどっかに行っちまったみたいだがよ!」


「……女?私達はここに子供がいるとだけ聞いて助けに来たんだけど」


 惚けたフリをしたのは、軍が騎士とつながっていると思われない為。もう遅いかもしれないが、これ以上スキャンダルを重ねるのは良くないだろう。


 だが、不味い。堅は人質に取られて身動きが取れず、トーカは既に逃げ出している。この場を切り抜けるのには、身体強化と額に突きつけられた銃、どちらが早いかを試すしかない。


「動くんじゃねえぞ。武器を捨てて手を挙げて、そこに後ろを向いて立ってろ」


「分かったわ。でも、一つだけ聞かせて。子供はいなかった?」


 指示に従って銃を投げ捨て、壁と向かい合いながら子供の安否を問う。それは本心からの問いと、男の気を逸らす何かを待つ時間稼ぎだ。


「ガキ?あいつら、今度見つけたら絶対にぶち殺して」


「それは許せませんね……奥の部屋にいる子供達を、殺されるなんて」


「おまえは!」


 そしてその問いと時間稼ぎは、天井をぶち抜いて現れた女の声によってこたえられた。












 目が覚めて、全てを思い出して、涙が出てきた。拭う事も、側に誰かがいないかの確認もしないで、止まらない涙を流し続ける。人生全てが否定された。そんな気持ちだったし、事実そうだったのだろう。


「何人、殺したんでしょうか」


 部屋に虚ろな質問が溶けて消える。答えは返ってこない。明確な数は分からなくとも、たくさんという事だけは分かっている。少なくとも、両手両脚を十倍にしても足りないくらいだ。


「いつか報いを受けるとは思っていました。戦場で無惨な死を、復讐によって残酷な死を」


 大義はあった。だから殺した。堅の言う通り、殺していい理由ではないが、殺すしかなかった理由があったから。でも、殺したのは殺したのだ。振るった剣はいずれ、自らを切り裂くだろうと覚悟していた。その上で、剣を振るっていたのだから。


 四肢の先から少しずつ輪切りにされるのも受け入れよう。陵辱されるのも致し方あるまい。目をくり抜かれても当然だ。病魔に侵され、苦しみと血反吐を吐いて死んでも構わない。どれも苦痛であり、悲痛であり、悲惨であり、無惨ではある。だが、理不尽な死には敵わない。


「だけど、こんな……!こんな形なんて……!」


 しかし、理不尽な死を超える報いがあるとするならば、それは全てが無に帰す事であろう。あれだけの罪を背負っても力及ばず、『魔神』と『魔女』が復活してしまった。これも、これもダメだ。何の為に私は斬り続けたのか。


「大義なんてなかった。意味なんてなかった。全ては、無意味だった」


 だが、だが、だが。力及ばずの復活はまだいい。大義の中で死ねる。そして訂正しよう。理不尽な死を超える報いは、全てが無に帰す事だけではないと。


「いいや。無意味なんかじゃない……ただの、虐殺……」


 今彼女を襲う報いは、それより遥かに報いであった。自身の行い全てが無に帰したのではなく、完全なる悪そのものとなった。何の意味もなく、人を斬り続けていた。斬られた人に意味はなかった。『魔神』は、どう足掻いても復活する。復活させない為には、忌み子どころではなく全人類が死なねばならない。


「…………なんて、なんてお話しなんでしょう。一体、誰が……こんな、筋書きを」


 今まで『魔神』と『魔女』の復活を防ぐ為、忌み子に死を強いてきた。生きてはならない人種だと、自分達は生きていい人種という目線で殺してきた。死ねと言ってきた。ところがどうだ。自分達も、生きてはならない人種だった。


「……私も、いいえ。私達全員、自殺するべき、なんでしょうね」


 ならば、ならば、自分達も忌み子と同じように、死を強いられるのが公平というものだろう。知らなかったでは、済まされない事を繰り返してきた。だが、知らなかったのだ。


「騎士とは、なんだったのでしょう」


 騎士を志し、士官学校を卒業して、入隊した。そこには血が滲んだ努力があった。守る為に私は戦っているんだと、思っていた。だが現実は違った。その努力は、積み上げた剣と魔法は、人殺しに使われていた。


「私は、ただの人殺しだったんですね」


 騎士の職務は多岐にわたる。しかし、ほとんどの騎士は、今回の転移で忌み子を斬ったはずだ。忌み子を斬って世界を守るのが騎士の仕事だったなら、それはただの人殺しだ。


「……わた、しは」


 誰もいない事にようやく気付いて、虚空庫から剣を取り出して、しっかりと手入れのされた煌めく刀身を眺める。これで自分の首を斬り落とせば、楽になれるのだろうか。全てを投げ捨てて、天国とやらに行けるのだろうか。首に冷たい、救いを押し当てて、


「ははは……堅の、言う通りですね。死んだ方が良かった」


 やめた。辛うじて自殺を踏み止まったのは、堅に言い放った自分の言葉があったからだ。この自殺は責任ではなく、ただの逃げ。逃げないと、言ってしまったから、生きてしまっている。


「外が騒がしい?」


 深呼吸して、ようやく意識が身体に定着した。そんな気がした。生まれた余裕は、今がいつもとは違う事に気が付かせる。


「トーカお姉ちゃん!起きたの!?生きてる!?」


「よしっ!……違うって!外が大変なんだって!」


「いっぱい知らない人達がいて!扉をドンドン叩いてて!でも嬉しい!」


「…………」


 扉を破るような勢いで入ってきた三人の意味不明な報告と自らの生存の喜びを、トーカは直視する事が出来なかった。


「お姉ちゃん、泣いてるの?」


「環菜ババァに酷い事された?」


「大丈夫……?どっか痛い?」


 心配の声なんてやめて欲しかった。口汚く罵って欲しかった。大義に寄り添っていた前と違って、もう大人な態度も保てない。でも、子供達は来ないでという俯いた願いなんて知らないで、優しく側に近寄ってくる。


「環菜さんは、酷くないですよ。酷い事をしたのは、私です……から」


「でも、お姉ちゃんは優し」


「優しくなんてありません。私は、貴方達の大切な人達を、たくさん殺しています」


「…………」


 トーカが異世界人という事は、子供達も知っていた。でも、傷を負ってからのトーカの人柄だけに触れた彼らは、人を殺したと信じたくなかったようだった。


「ったく。さっき声が聞こえたんだがどこに行きやがった?」


「見ろよ!食料がこんなに置いてあるぞ!水もこんなに綺麗なのが結構残ってやがる!」


「働いてる大人より、遊ぶだけの子供のが豪華な飯食べれるだって?ふざけんじゃねえよ!あーあ。子供になりてえなぁ」


 ドアがぶち破られた破壊音。ドシドシと、土足で無遠慮に入ってきたであろう足音。堅や環菜の嬉しい帰宅ではない、歓迎されない訪問者達。それは反乱のどさくさに紛れて略奪を行おうとする、醜い存在。ああ、だが、そんな泥棒でも自分よりはマシかとトーカは自虐し、


「私が部屋から出て引きつけます。しっかりと鍵をして絶対に入れないようにしますので、貴方達はお迎えが来るまで外に出ないように」


 囮となり、子供達を守る事を選択した。それは、自分の世界が子供達から大切なものを奪ってしまった事への、贖罪のつもりなのだろうか。それとも、この部屋から飛び出して、弾丸と敵対する者達に殺される事を望んでだろうか。分からないが、これが堅の言っていた非常事態だという事だけは分かった。


「いやだっ!お姉ちゃん、そんな身体なのに戦えるわけないじゃん!」


「僕達の方が、まだ戦える!」


 声を潜めてしっかりと言い聞かせたつもりだったのに、子供達は家中に響き渡るような大声で反逆した。まさか、こんな自分を守ろうとするなんて、思ってもみなかった。


「だから隠れて––」


「何を馬鹿な事を!相手は大人ですよ!貴方達が勝てるわけもない!勝てない相手に無駄死にと分かっていながら突っ込む事は、愚か者のする事です!」


 けど、大きな声を出したのは子供達だけじゃなかった。自分でも驚くくらいの必死の怒声が、ビリビリと部屋と空気と鼓膜を揺らす。


「あれ……私……」


「こっちの部屋だ!若え女もいやがるぞ!」


 敵を目の前に隠れている最中に、子供と言い争いをして居場所を知らせてしまった。この場に上官がいたのなら、ぶん殴られてもおかしくない愚行。近づいてくる脚音に、子供達はやっぱり怖いのか震え上がっている。


「成る程……こういう、事ですか」


 だが、そんな状況でトーカは、笑っていた。やっと理解出来た。やっと思い出した。やっと思いついた。


「理由ではなく、欲望……まさか、精神崩壊寸前まで追い詰められて、子供と言い争いになって、ようやく気付けた」


 それは、いつか敬愛する上司から言われた課題。全てが無くなって、全てが最悪に変わって、どうにもならない現実にぶち当たって死にたくなって、やっと分かった事。


「私は貴方達を守りたい」


 どうやら忌み子だとか関係なく、自分は子供達を守りたい。いやむしろ、忌み子だろうが関係なくなったと言うべきか。何せ黒髪だろうが金髪だろうが、『魔神』は器にできるのだから。


「それに思い出しました。私の職業を」


「ん?いねえぞ!」


 それは、いつの間にか違うものに置き換わって、忘れてしまった在り方。騎士とは、忌み子を殺す職業なんかではない。人を守る為の職業で、自分はその姿に憧れて、志した。


「それは、騎士です。人を守る職業です」


「違う!もう一個奥の部屋だ!」


 この子供達が漫画の中のヒーローに憧れてトーカを守ろうとしたように、騎士に憧れたトーカもまた、この子達を守ろうとする。


「そして、見つけたんです。私がやるべき事を」


「ちくしょう!鍵がかかってやがる!」


 それは、人生全てがどうにもならない虐殺者だと気付いた彼女が見つけた、これから為すべき事。いいや、絶対にしなくてはならない事。それが、死んでも許されない罪を背負いし自分が、今息をしていてもいい理由。


「その為には、まずは貴方達を守らなくてはなりません」


「けど、お姉ちゃん……脚も、手も!……え?」


「大丈夫です。これくらい、戦えます」


 生きている片腕で氷の魔法陣を取り出し、右脚に貼り付けて発動。左脚の部分は自らが持つ一枠の氷で造り、立ち上がって歩き始めたトーカに子供達は驚いている。


「騎士、トーカ・ベルオーネは先の三つの理由により、貴方達を守り抜く事を剣に誓います」


「開い……なっ!?」


 騎士の名の下に誓い、部屋へと入ってきた男に剣の腹を叩き込んで吹っ飛ばした。床に擦れて破片が刺さって、出血して気を失った。仲間が傷つけられる様子を見た泥棒達は殺気立ち、


「お、お前は日本人じゃない!?」


「騎士です。名はトーカ。以後、お見知りおきを」


 トーカの正体に気づいた途端、一斉に背を向けて外へと走り出した。誰も、自分よりずっと強い大量殺人犯と事を構える気なんてなく、それはもう外にいた仲間にも伝えられて蜘蛛の子を散らすように。


「外の様子を軽く見てきます。私が魔法も合わせて鍵をかけますので、貴方達は外に出ないよう」


「う……うん!」


 もう一度、確かな実力の元言い聞かせられた子供達は言いつけを守ると頷いて、


「……お姉ちゃん、ヒーローみたい」


「やっぱり、お姉ちゃんは優しいよ」


 自分達を助ける為に立ち上がった騎士に、キラキラとした目を送る。だがそんなもの、トーカには辛いだけ。でも、子供達の期待を裏切らないように、無理な笑顔を作って微笑む。


「いつか、貴方達もそんなヒーローになってください。誰かを助けるような、人に。でも、自分が死んではダメですし、人を殺すのもダメです。お姉さんと、約束してください」


 心の中で、自分のような虐殺者にならないでと付け足した願いを、彼らに。この残酷な世界に先があるならば、そこで輝き、背負うだろう世代に希望を託し。


「……うん!」


「約束する!」


「だからお姉ちゃん!魔法教えて!」


「はい。約束です」


 やっぱり、憧れるものか。何も知らず、誰も殺しておらず、魔法に憧れ剣に魅せられ、騎士に焦がれたあの頃の自分と子供達を重ねて。


「私の人生は許されない。しかし、なればこそ、これからの行いは正しくあらねばならない」


 より、強く思う。彼らを守らねばならないと。それが自分に出来る、ただ一つの事なのだから。


「例え無惨なる死を迎えようと、それは無残であってはならない。今の私に、出来る事を」


 










 欠損を埋める氷の義足で大地を踏みしめ、鋭く光る金属の剣を握る、鎧を纏いし騎士。


「この人達は殺させはしない。この人達は、まだ助けられる存在です」


「何言っ……があっ!?ひっ」


 降り立ったトーカに男が目を奪われたその一瞬を、堅は見逃さなかった。銃を持つ手を強く叩き、こぼれ落ちた銃を今度は自分が握って男へと突き付ける。


「もう一度、寝てもらいます」


 両手を挙げた男に、もう一度トーカの剣が叩き込まれる。ついでに歩けないよう、片足の骨も砕かれた。


「……助かった。感謝する」


「いえ。私は……貴方達を助ける義務がありますから。さて、子供達の避難を急ぎましょう」


 堅にも、環菜にも分からなかった。あれほど泣いて悲しんで絶望していたトーカがなぜ、こんな迷いのない目をしているのかが。


 なぜ、その目に希望の色を宿しているのかが。


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