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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第116話 チェスの駒と将棋の駒


 目が合った途端、マリーの顔色が変わって金色の炎が動きを止める。まさか、扉を開けたすぐ目の前に仁とシオンがいるとは思っていなかったからか。


「ここにいたの!?」


「ちっ!」


 奇襲に驚いたのは仁も同じ。立ち直ったのはほぼ同時。動き出したのは経験の差でマリーのが早く、


「「『限壊』発動」」


 先に剣を振り切ったのは、古い二重『限壊』を氷の左脚で発動させた仁だった。風圧が店内に吹き荒れ、床は踏み抜かれて地面を抉り、避難してきた人々は消えた仁の姿を探して、その痛々しさに目を剥く。


「……あいつ、脚が、ないのか?」


 左脚がないわけじゃない。ただ、氷に置換されていて勘違いしただけ。でも、それを知らない人達にとって、敵を見た途端に守ろうと飛び出した彼の姿はどう見えたのか。


「いってえ」


 どう見えたかは置いとくとして、脚は亀裂が走っており、状態は実に酷い。治療の刻印を発動させているが、完治には時間がかかる。だがそれでも、先手を打たねばならなかった。ここでマリーと戦うには、守るものが多すぎる。


「きゃっ!?」


 いつもの姿からは想像もつかない女らしい声が少しずつ遠のくのは、ギリギリ剣で防御したマリーの身体が吹っ飛んだから。後ろの兵士を巻き込み、向かいの家に叩きつけられてようやく止まるが、それでも10m以上の距離。


 だが、まだ足りない。


「シオン!店の防衛は任せたよ!」


「ちょっと仁!?あなたじゃマリーさんには勝てな」


「策はある!」


 店の中の人々をシオンに任せ、今度は氷の義足が半分の右脚で通常の『限壊』を発動。大地を蹴って即座に距離を詰める。瓦礫から立ち上がろうとするマリーを見下ろし、目を合わせ、


「理由は分かりませんが」


「寝てもらうよ」


 胴体の鎧に剣の腹でゴルフスイングを叩き込もうとするが、直前で剣を差し込まれて威力は大きく減退。でも、運ぶという役割は果たせた。


 追い討ちをかけることはせず、ある程度の距離まで近づき、通りに転がるマリーの様子を伺う。『勇者』と呼ばれた彼女が、二回も同じ手を食らうとは思えない。それに剣を差し込まれた時点でもう、主導権は仁の手を離れてしまっている。


「賢いわね。あと少し近づいてくれたら良かったのに」


「貴方を殺したい訳ではないですので」


 氷の左脚に魔法の氷を薄く被せて、負傷していない風を装い会話を開始。今は時間を稼いで脚を治し、次の策に繋がなくてはならない。


「ちょっと貴方達、巻き込まれたくないなら下がっていなさい。彼は私でないと相手出来ないわ」


 慌ててマリーを追随してきた半分の反乱軍を気遣うように追い返し、マリーは仁へと向き直る。殺意のない剣の構えではあるが、それでも歴戦の風格は仁の背中を震え上がらせるには十分だった。だが、ここで引いてはならない。対等に見せかけ、会話をするに値する存在であると思わせる為に胸を張れ。この推測はきっと、マリーに賞賛を抱かせるはずだ。


「なんで、裏切ったんですか?」


 おそらく、柊は反乱を事前に察知していた。だから仁に向けた手記も残していたし、真っ先に襲撃を受けても逃げる事が出来た。察知していながら止めなかったのは、もうこの街の感情は限界に達していたからか。或いは、


「予想ですが、マリーさんは柊さんの持つ反乱への切り札だったはずです」


「広範囲を無傷で制圧可能な系統外だ。これ程多数を相手取るのに適した人はいないしね」


 反乱が起きた上で、鎮圧できる自信があったからか。その点の第一候補は間違いなくマリーだ。だから、最初に裏切ったと聞いた時に仁が思い描いたのは、とあるシナリオ。


「貴女はスパイとして内側から敵を切り崩す役割を与えられていた……と、僕達は考えたんだけど」


 敵の中枢に潜り込み、反乱が起きた瞬間に首謀者達を一斉に制圧。後は司令塔が無くなって混乱している反乱軍を、順に回って叩けば終わる。


「でも、貴女は俺達を五つ子亭で見て素で驚いていた。あの場所をセッティングしたのは柊さんだから、連絡が行っていないのはおかしい。いや、それ以前にスパイなら、今頃首謀者達を叩いてるはずだ」


 しかし、彼女がスパイのシナリオではなく、本当に裏切っていたのなら?最悪だ。今度はこっちの司令塔が一斉に制圧され、柊がいなくなって混乱している軍を順に回って叩けば終わる。


 そもそも、この事態を司令が読んでいたというのなら、彼は軍全体が崩壊する前に指示を出しているはずだ。仁に個人的な手記を残したのは、大っぴらに出来ない命令だからであり、軍全体への指示ではない。長引けば長引くほど、この街は終わりへと近づいていく。軍を武力で討伐なんかすれば、そこから始まるのは無法地帯だ。


 なのに指示がないという事は、読み切れなかった幾つかのイレギュラーが発生したからだろう。おそらく、その一人が目の前にいる。


「答えてください。なんで、裏切ったんですか?」


「裏切った……か。うん。そう見られても仕方ないわね」


「その言い草だと、信念の違いからかい?」


「そうなるのかしら?反乱軍は、柊の配給操作と人肉の件をどこからか掴んでる。私も、それを聞いた時は珍しくキレそうになったもの」


 最悪。この街で絶対に隠さなくてはならない箇所がもう、反乱軍にバレている。大義として掲げるに足る理由だ。だが、幸運もある。


(まだ、再建はできるかもしれない)


 敢えて人肉の部分がぼかされているのは、民衆は知らないままの方が良いと気遣ったからだろう。これはアドバンテージだ。その一手を切られれば、柊は本当に終わる。


「不思議な話よね。軍の人間のほとんどは、特権にありつく為や保身の為に所属している。もちろん、貴方やシオンちゃん、環菜ちゃんに堅君といった正義感の強い人も居るわ。柊だって、その一人」


「……それは、分かっています。でも、この世界で生き抜くには軍が必要です。欲望によって統率された、大きな秩序の力が」


 軍の中での不正は、柊以外許されない。取り決めはきちんと守られているはずだ。だが、それ以前に軍そのものが、自己保身の為の組織となっている。最初から腐り切っている、秩序を保つ為のシステムなのだ。


「民衆も反感を覚えながらも、従ってたわ。いざって時には守ってくれるって信じて。実際、飛龍が来た時にこの街は守られて、それで日々の飢えを耐えて、配給が少なくなって餓死者が出ても信じ続けて」


「…………」


 心に刺さる。マリーの語る言葉は全てが、鋭いナイフだ。軍がなければ、この街はここまで存続出来なかった。だが、存続出来たからと言って、不満がなかった訳ではない。犠牲がなかった訳ではない。大の為に小を殺して、生き残ってきただけだ。


「でも、前回の騎士の襲撃でほとんどの軍人が義務を放棄した。戦った人もいる。でも、戦わずに武器を持って逃げて逃げ回って、一般人を盾にした奴らもいる。もう、民衆は限界だった」


 いざという時に軍人が戦って死ねるよう、一般人は日常で死んでいる。いつか仁が聞かされた言葉で、その通りだと思った言葉だ。


「騎士と軍人は成り立ち違えど同じものよ。戦いから撤退は許されても、逃げる事は許されない。その為に、日頃から対価を得ているんだから」


 そしていざという時に軍人が戦わなかった。なら、一般人(じぶんたち)は何の為に死んだのだろうか。ただの無駄死にじゃないかと、彼らは憤った。


「守ってくれない軍などもういらない。そう、彼らは言っているの」


 憤り、怒り、考え、武器を取った。軍内でも正義感の強い者達はむしろ反乱軍に同調し、内部から食い荒らす事に協力した。軍に残ったのは、柊を信じる者と特権を貪ろうとした者、後は不幸にも正義の心を持ちながらも、何も知らずに取り残されてしまった者だけ。


「貴方に関しても、真偽を確かめたいらしいわ。果たして本物なのか、それとも力を独占している偽物なのかって」


「マリーさんは答えを知っているはずだ」


「さぁ?そうかしら?貴方が日本人である事は知っているけれどね」


 仁の嘘の露見は、事の背中を押してしまった。あの時嘘を吐かなければと後悔して後悔して後悔して、それでも、今は前のことに集中しなければと剣を強く握る。


「マリーさん。提案があります」


「何?停戦ならするつもりはないけど」


 しかし、交わされたのは剣ではなく、言葉。だが、これもまた戦いである。相手の心理の壁を言葉という刃で切り崩すという、立派な命の奪い合いだ。


「マリーさんなら分かるはずだ。少なくとも、僕はジルハード級の相手とも戦える数少ない戦力だって」


「……ええ。そうね。ここまでの強さを持つ兵士を日本人で今から育てるなんて、到底無理だわ。貴方は多重刻印がない状態でも、普通の軍人より数倍強い」


 仁はチェスの駒ではなく、将棋の駒。でも、マリーはチェスの駒。


 自慢じゃないが仁の価値は、値札がつけられない程である。マリーも反乱軍も仁を殺したくはない。出来れば、生け捕りにしたいだろう。仁の信念を知る者なら、軍が無くなろうと人の為に彼は戦うと知っている。


「だから私に、貴方を殺すつもりはない。手足を捥いで動けなくするくらいかしら。例え貴方が偽物だったとしても、それは同じ」


「ですよね。こちらも、マリーさんにそれ以上の価値があると思っています。しかし、俺達と違って貴女は死なない限り敗北がない。つまり、俺達は貴女を殺すしかないんです」


「出来るかどうかは別として、そうね。少しでも意識があれば私は蘇るわ。数に限りはあるけれど、少なくともここで削り切るには無理な数よ」


 だが、マリーは違う。勝つ為には、殺さなければならない。何せ首が飛んでも無傷に再生されるのだから、それは絶対条件だ。だが、仮に軍が勝ったとしても、マリーが死んでしまえば、騎士達に勝てる可能性が大いに下がる。だから、


「殺し合いではなく、決闘で勝負をつけるというのはどうですか?」


「僕らが負けたら、反乱軍に着く。シオンは自動的にこっちに来るだろうし、あの店にいるみんな、ううん軍全体に降伏するように説得しに行ってもいい。当然、彼らの身の安全は保障してもらうけど」


 現状敗北必至の戦いに制限と条件を付けることで、勝てる可能性がある決闘へと変えようと提案する。仮に負けたとしても、多くの命を助けられるような保険つきと、仁に有利な事しかない条件だ。当然、マリーは却下すれば絶対に勝てる戦いで、受ける義理はない。


「……私が負けたなら?」


「貴女にはこちら側について、反乱軍の制圧を行ってもらうます。こっちも降伏した者の助命を嘆願したんだから、そっちも同じ。少なくとも、この反乱が終わっても刑には処さず、話し合いの場を設けると約束します」


 だが、絶対に勝てる戦いに勝って、その先はあるのかと問われたなら。今回の反乱は反乱軍に取っても大きな賭けだ。例え軍を打ち倒したとしても、軍のような秩序が保てるかは課題である。


「今回の反乱、勝ちすぎても負けすぎてもいけない。そうは思いませんか?」


「軍が負けすきればきっと、軍人だった者達が処刑される。軍が勝ち過ぎればその逆。反乱軍は皆殺しになるかもしれない。どっちの道になっても、死が多すぎる。そして、処刑による死はきっと、新しい憎しみを産む」


 理想は痛み分けに終わり、反乱軍側の要望を軍が聞き入れる。もしくは独裁的な軍が穏便に解体され、代わりに民主的な組織が作られるといったところだろう。勝利したから万事上手くいくという、単純な反乱ではない。


「分かったわ。その条件でなら、決闘にしましょう。私達としても出来る限りを殺さず、軍そのものを殺す反乱にしようと掲げているのだから」


 此度の仁の提案は、マリーが勝とうが負けようが理想に近い場所へと落ち着くもの。つまり、受けない理由がない。


「形式は一対一。僕と俺で二人だろとか言わないでくれよ?」


「言わないわ。その一対一というのは、命の数もってことかしら?」


「正解です。『残命』の発動は即敗北。使わなきゃ死ぬって時は使ってください。もちろん、その時点で敗北ですが」


「で、治癒魔法はアリと……うん。酷いルールね。全部貴方に有利なルールじゃないの」


 普通の人間として勝負しましょうというルールは些か、人間から外れたマリーに不利なもの。指折り数えて見事に自分に有利が無いと嘆いて、


「もっとハンデ、欲しくなぁい?」


 それで足りる?と凄みのある笑みで煽る。それもそうだ。仁だって、そう思う。これだけ縛ってなお、マリーに勝てる可能性は、かなり高く見積もっても三割。


「いえ、すでに相当ハンデもらっておいてなんですが」


「これ以上は、決闘にならない」


 だがこれ以上は、ダメだ。仁が望み、大衆が納得するのは対等なる一騎打ち。復活なしという人間のラインまでハンデはもらったが、これ以上はいけない。


「よろしい。ならば、もう言葉はいらないわね」


「ええ。そのようです」


 風の音と、人の叫び声や銃声が頭に響く。向かい合った折れそうなメッキの剣と、刃なき名剣は静かに始まりの合図を待ち。


「行くわよ」


「こちらこそ」


 そして、斬り合い始めた。この街の命運を決める為。己が正義が正しいと信じるが故。











「……策って一体何よ……!」


 柊の手記を虚空庫に放り込み、シオンも店の外へと走り出る。彼女を迎えたのは、マリーが引き連れ、今は店を包囲している反乱軍。マリーに頼り切りの部隊だったのか、そこまでの数ではない。


「発動」


 魔力にものを言わせ、厚さ1m、高さ12mの土の壁を店を覆うように展開。それだけにとどまらず、壁の側に深さ3mの堀を作成。掘った分の土を流用する事で魔力の消費は抑えたものの、それでもごっそり半分ほど持って行かれるはずだった。


「あれ?そんなに、魔力が減ってない……?」


「俺が貸した。全く、あんたに貸すのはこれで何度目だろうな」


「い、イヌマキさん!?貸すって……?


 しかし、トコトコと店のドアから出てきた木彫りの犬が肩代わりしてくれたようで、思ったほどの消費ではない。


「『黒膜』だよ『黒膜』。あんたの負った傷、『黒膜』の損傷の割には小さかったろ。あれ、肩代わりしてたの俺だから」


「え!?ご、ごめんなさい!」


「いいっていいって。俺がしたくてしてたんだから……まぁ、これ以上はあんまり期待しないでくれ。これ以上の魔法の使用は、もう死ぬ気でやらねえと出来ねえから」


 頭を下げて謝ったシオンに、オラ撫でろと頭を差し出して、おずおずと触られた手に嬉しそうに目を細めて、


「頼むから死ぬなよ。仁から受けた依頼が果たせなくなっちまう。あ、良い事だから期待してな」


「えっ……?」


「じゃ、頑張れ。店内で暴れるバカだとか、流れ弾だとかは防いどくから」


 最後に、仁から頼まれた事があるとウインクして、犬は店のドアを閉めた。何かは分からないけれど、彼がシオンの為に何かしている事は分かって、


「……なんだろなぁ。良い事って」


 それはとても嬉しくて。だから、こんなところで死ぬわけにも、仁を死なせるわけにもいかなくて。


「その線超えたら、命の保証はしないわ」


 土魔法で引いた線の外側へと、彼女は剣と魔法を構えた。


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