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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第113話 仁と『勇者』


「シオンまだ風呂に入ってるのか」


「えらく長いねぇ。僕ら寄り道して話して風呂入って、かれこれもう三時間近く経ってるのに。幾ら長風呂だってこれは」


 用事も終わり報告も済ませ、高級な風呂を少しだけ貸し切って、血と汗を流してようやくシオンを迎えに来た。大方、どこかに出かけただろうと係の者に尋ねるが、まだ出てきていないらしい。


「何かに巻き込まれたのではないか?」


「……環菜さん、何してんだろうね」


「何されてるのか怖いな。出てきたらシオンに謝ろう」


 ロロの心配している事態とは少し違うとは思うが、環菜に酷い事をされているのだろう。想像してはならぬと頑張るが、仁も男。気を紛らわす為にいっそ剣でも振りに行こうかと思っていると、


「お待たせ。いやぁ!いい湯だったなぁ!アツアツで!ね?」


 至極愉快そうな笑い声。主は服を軽いものに着替え、とてもとても楽しそうでさっぱりしている環菜である。


「…………」


「おかえり。シオン」


「……」


 当然、隣には傷だらけの少女がいるのだが、逆上せたのか顔が上気している。声をかけても目を合わせてはくれず、逸らすばかり。ただ漏れ出る感情は間違いない。仁への恨みと恥ずかしさである。


「えらく長風呂だったそうではないか。大丈夫か?」


「ま、遅くなったのはちょっとお出かけしてたからだよ。それでも長かったけど」


「お出かけ?」


 長風呂ではあったものの、これだけ時間がかかったのは、どこか違うところに出かけていたかららしい。どういう事かとシオンを見るが、彼女はぎょっとした様子で環菜を睨み、


「環菜さん!それは言わない約束……!」


「これくらいのお返しはいいでしょ?いやぁ!楽しかったし、楽しみだなぁ!」


 約束を破った彼女を責め立てる。しかし、環菜はどこ吹く風とけらけら笑うばかり。さすがにいじりが過ぎただろうか。正直、何を言われるか分からない為、すぐさまこの場から立ち去りたかったが、言わねばならない。


「環菜さん。堅さんとよく会っているそうですね。なんなら同棲だとか」


「……んー?やるってのかい?もう私が失うものなんてないよ!かかってきな!」


 軽めのからかいを混ぜて気分を楽にした、罪の告白のセッテング。好きな人にゲロ吐いて朝帰りしたと広められた環菜がファイティングポーズでシャドーボクシングを始めるが、そうじゃない。


「いや違う違う!明日、二人に大事な話があるから、会いたいんだって。どこかで落ち合いたいんだけどさ!」


「……ふ、二人とも?堅と私……うーん……ちょっと、厳しいような……」


 大事な話で、堅と環菜に二人ともと聞いた途端、彼女の表情が曇った。無意識の内に仁から距離を取るなど、反応が普通ではない。何か隠しているのか、それともこれ以上関係をいじられる事を恐れたのか。


「この街の存亡に関わる話なんだ。というか、僕達の話なんだけどさ」


「あっ、そうなの……ん。なんとかする。場所はそうねぇ、聞かれたくない話なんでしょ?孤児院は子供達いるし、やめといた方がいいんじゃない?」


 しかし、仁の話だと告げれば、恐怖と警戒は安堵とリラックスへと移り変わる。風呂上がりだからか汗を流している環菜が仁の耳元で声を潜め、場所を誘導しようとする。


「柊さんが頼んで、五つ子亭の地下室を開けてもらうって。別に子供達の面倒をシオンやロロに見てもらって、孤児院でもいいけど」


「五つ子亭のがいいかな。そこでお願い」


「んじゃ、決まり。明日の朝10時くらいに頼むよ」


「はいはい。じゃ、今日はごゆっくり〜〜」


「んなっ」


「じ、仁!きょ、今日じゃないから!」


 手を振って帰る際に投げられた爆弾を、真面目に受け取った仁が爆発。やっと目を合わせて否定したシオンも一緒に爆発。そんな二人を見て大変ええ笑顔を浮かべて筆を取り出したロロの関節を極めつつ、


「明日の朝10時ですよ!一緒の布団だからって仲良くお寝坊しないでくださいね!」


「うるっさいわね!別の布団よ!」


 周囲の人に聞こえるように、環菜に仕返しを。自分に向けられた中指にまたまたぁと勝ち誇った笑みを浮かべるが、それも背を向けられればすぐに消える。


「……仁、どうしたの?すごく、怖くて、暗い顔してる」


「明日と明後日に、やらなきゃならない事がある」


「その事でちょっとシオンに話したいんだけど、今日の夜いいかな?」


「ん。分かった」


 真面目な話。それも、仁の精神をここまで蝕む程、嫌な。そう分かったのだろう。少女はさっきの態度を捨てて、深く頷いた。







 付き添ってくれたロロに別れを告げて、場所は仁とシオンの部屋。もうすっかり夜でも、この部屋は少女の魔法に照らされてまだ明るい。


「二人に話す事も、明後日仁がやる事も分かったわ。仕方のない事だし、必要な事。じゃないと、沢山の人が死ぬから」


「分かってくれて助かる」


「ありがとね!シオン!大好き!」


「そんな酷い顔で大好きって言われても、全然嬉しくなんかないわ」


 マスクを外した仁の今の顔と心がはっきりと見えるくらいに、明るい。シオンの差し出した鏡に映った自分は、真っ青で眉間に皺が寄っていて、まるで世界の終わりを見たかのような顔だった。


「うーん。いつも通りのイケメン顔だと思うんだけどなぁ」


「茶化さないの。確かに仁はかっこいいけど、それでも今日の顔は酷い」


「……ポーカーフェイス、こんなに苦手だったかな俺」


 最近少しは上手くなったと思ったのにと、頰を掻いて布団に顔を埋めて隠す。真っ暗になった視界の中、思い描かれるのは明日にやらねばならない告白。その結果次第によって、殺らねばならない友の顔。そして嘘を重ね、もしかしたら友の骸を踏み付け、英雄と称えられる、吐き気を催すような明後日の自分の姿。


「……怖いなぁ。明日、本当の事を言ったら、環菜さんと堅さんがどうなるのか」


 良い思いをする訳がない。騙されたと怒るに違いない。いや、怒られるだけなら、嫌われるのは当然で、報いだからまだ良い。彼らの心が、傷付いたりはしないだろうか。それなりに親交を築いたつもりだから、きっとそうなる。


「自分勝手だけど、嫌われるのも怖い」


 嫌われたくはない。悪いのは自分だけど、あれだけ打ち明けたいと思っていけれど、これが今の仁の正直な勝手で浅ましい気持ち。だが、こんな気持ちはまだ良い。何せ押し潰せば我慢できる。


「……仁が怖いのは、その先?」


「……!」


「鈍い私でも、気付くわ。さっきの貴方の顔ね、吐いた嘘で人を殺してしまった事を後悔しているのと、同じ顔だから」


 我慢出来ないこの気持ちだけは、シオンに言わなかった。なのに、彼女は仁の顔を見て、気付いた。


「司令は協力出来ないと言われたら脅せ、それでもダメだったら殺せって、言ったんでしょう?」


「……」


 沈黙とは時に雄弁に語る。この時がまさにそう。ただ強く布団を握りしめた無音は、肯定していた。真実と罪を告白したその後、仁は二人に口裏合わせを頼まなくてはならない。


「脅すのも、嫌なんでしょ?」


「…………そんな事、したくはない」


 打ち明けるだけでも、打ち明けられるだけでも双方辛い。なのに、その先がある。「私は貴方達に人が死ぬような酷い嘘をついていました。ちょっとばれそうなので貴方達も協力してくれませんか?じゃないと殺します」簡単に言えば、こうだ。さぁ、どんな気持ちになるだろうか?堅と環菜以外に初日、仁に会った人物は協力を拒否して、殺された。


「殺したく、ないんでしょ」


「決まってる。もう、誰も……」


 正義感強くて真面目な二人だ。どうなるかは、仁にも分からない。脅さずに済まないだろうか。もしくは、脅しだけで済んではくれないだろうか。この手でまた、親しい友人を殺したくは、なかった。


「二人とも、大好きなんだよね」


「…………」


 布団に埋めた顔が、頷いたようにもう一段深くなる。彼女の言う通り、仁もシオンも俺も僕も、堅と環菜が好きだから。こんな得体も知れないような自分達を受け入れてくれて、兄弟みたいに優しくしてくれて、応援してくれて、助けてくれた。


「嘘も吐きたく、ないんだよね」


「……」


 真実を打ち明けたくなければ、嘘を吐きたくない。どう転ぼうと地獄の矛盾。打ち明ければ嫌われる苦しみに襲われ、嘘を重ねれば罪悪感に蝕まれ。なぜそうなったかなんて、簡単すぎて笑いそうになる。何せ1+1より答えがすぐに出てしまうのだから。


「「あの時、嘘なんかつかなきゃよかった……!」」


 もう少しだけ、他者を信じられたら。もう少しだけ、仁が強かったなら。もう少しだけ、仁が優しかったなら。あの時、嘘を吐かなかったら、反乱の火種にはならず、人を騙している罪悪感もなく、明かした時の嫌悪感もなく、口封じの為の犠牲もなく。


「そうだね。仁が、悪いね」


 たった一度きりの嘘が、過ちが、何人も何十人も何百人も何千人も殺して、日本人そのものを絶滅させかけて、これ程までに苦しみを与えてくる。だが、その一度きりを行ったのは仁だ。シオンの言う通り、悪は仁だ。


「許される事も、きっと仁が自分を許す事もないんだろうけど」


 だって仁が悪いから。殺人に理由があっても、それは決して許される理由ではないから。殺人は絶対に、何があっても許される事のない行いだから。そう分かっている少女はとんとんと、優しく仁の肩を叩き、彼を起こす。そして、隣へと座って、


「勇気をあげたり、休ませたりは、私がしてあげたいな」


 未来に泣き腫らした少年の顔を、自分の膝の上に乗せた。


「「……え?」」


「んふふふ。これ、良いけどくすぐったいわね……私、筋肉多いから、硬くない?」


「……いや、いい」


 失礼かもしれないが、柔らかい肉はそんなにない。引き締まって程よい弾力の筋肉が、仁の頬にある。不快だなんて事はなくて、暖かくて、優しい硬さだ。言ったら殴られたり、傷つくだろうから、言わないが。


「こうしてあげたら男は気持ちが和らぐって、環菜さんが言ってたの」


「あの人、絶対した事ないよ」


「楓さんの受け売りだって」


「ああちきしょう。真実だ」


 環菜をぶん殴ってやると思った。でもそれは、悪意じゃない。好意からくる気持ちだ。


「例え自分が悪いって分かっていても、辛いよね。嘘を吐き続けるのは」


 吐いたのは仁だ。でも、あの時の仁と今の仁はもう別人だ。死ぬほど後悔しているし、壊れるほど苦しんだ。


「もう、誰かに嫌われたくないよね」


 過去の過ちが、やっと人を好きになれた自分から人を遠ざける。因果応報、当然の報い。そうあるべき事。でも、辛いものは、辛い。


「だって仁はもう、この街が大好きになって、守ろうとして、頑張ってるもんね」


 髪を優しく撫でられて、言われた。その通りだ。仁はこの街に生きる人々が好きで、守りたくて、だから戦って、命をすり減らしている。過去の、自分しか守ろうとしなかった自分とは違う。


「でも、だからこそ、やらなきゃならないんだよね」


 臆病になった仁の背中を押す、残酷な一言。でもそれは、シオンが優しいから言ってくれた、優しい残酷な一言だ。


「……ああ、俺達がやらなきゃならない」


「嘘を吐いたのは僕らだ。始めたのは僕らだ。だから、続けるのも僕らの役割だ」


 守る為に嫌われて、守る為に嘘を吐いて、守る為に傷付いて、守る為に殺して。それが仁に出来る事で、求められた役割。『勇者』なのだ。


「間違いが分かったら、すぐに治そうする。罪を償おうとする。そしてもう二度と、同じ過ちを繰り返さないように生きる……そんな仁だから、私はきっと、好きになったよ」


 そして、そんな少年を、少女は好きと言った。


「……本当にいい人間ってのは、最初からこんな酷い間違いをしないと思うけどな」


「間違わない人間なんていないにしろ、ね。僕らのは酷過ぎたのさ」


「でも、だからこんなに頑張ってる」


 反論。いい人間があんな嘘を吐くものかと返すが、彼女は笑って今の仁を認めて譲らず。少しばかり、彼女の中の仁は綺麗すぎて、実刑が減らされてはいないだろうか。


「きっと、明日酷い事を言われると思う。それは仕方ない事だから」


「……分かってる」


「きっと、明後日に仁はまた罪を重ねると思う。それは、守る為だから」


「でも罪は罪さ」


 どちらも仁が悪い。仁が始めた戦いで、終わる事はまだ許されていない。


「でも、こうして怯えて怖いって言った仁を、私は知っているから」


「……」


 守る為にやらねばならない事。だから遂行し続ける少年の本当の気持ちを、シオンだけが知っている。たった一人の少年が背負うには、重すぎる重圧に押し潰されそうな仁の顔を、彼女だけが知っている。みんなはきっと、我先にと突っ込んでいく背中ばかり、誰かを守ろうと先頭に立つ背中ばかり見せられていて見えない、泣きそうな顔だ。


「私と一緒の時だけは、『勇者』じゃなくていいんだよ」


 少女は願う。自分を責め続ける少年がせめて、自分の前だけでは運命を責めてくれと。責任から逃れてくれと。どうせ、人前では涙を見せず気丈に振る舞い、求められた役割に応じて心を殺し、平気で嘘を吐いて人を殺す、偽物の『勇者』になるのだから。


「普通の仁で、いいんだよ。だって私、仁の弱いところたくさん知ってるし、それを含めて、好きだから」


 だからシオンは、仁に『勇者』を求めない。彼女は仁に、ありのままの仁を求める。


「…………ほんと、弱っちいなぁ僕ら」


「ポーカーフェイスも出来やしない」


 シオンの言葉に、涙が出そうになる。罪人である仁が、自らには許さないと決めた安らぎに、浸りそうになる。誰もが許さず、仁自身も許さなかった弱さを、彼女が許してくれたから。


「明日から、頑張ろう。でも、今はゆっくり休もう」


「ごめんな」


「そして、ありがとうシオン」


 ずっと抱え込んでいたものが、決壊した。己の罪に泣き、己の嘘に泣き、己を好く人に泣き、己を嫌う人に泣き、己が抱える重圧に泣き、己が迎える未来に泣き。様々な理由で泣いて泣いて、泣き続ける。


 この世界に来てから仁は初めて、寝れた気がした。


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[良い点] 『魔女』とロロ、『勇者』とシオン。 『魔女』は最強で『勇者』は最弱。 限界、或いは限界以上まで背負ってる彼女、彼とそれを支える彼、彼女。 2組が重なって見える描写が限りなく好きを通り越して…
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