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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第107話 砕いた理由と殺さない理由


 星と月だけが照らす修練場は、貸切だ。こんな時間に鍛錬をしようとする奴なんて、この街にはそう何人もいやしない。そもそと、それだけこの街を守ろうと思う人間は大抵が最前線に立ち、前の襲撃で死んだはずだ。


「思い出せ」


 深夜1時。シオンのお誘いを断り、少し気まずい帰り道を終え、たった一人の訓練を始めてからすでに30分が経過している。動くなと言われた息抜き期間の0時は過ぎて、これから先は『勇者』としての時間だ。


「奴の剣は、どうだった?」


 剣を振るう。相手は頭の中に記憶されている、強敵たちの振るう剣。一体どうすれば対応出来るかを考えて、その動きと思考を何度も何度も繰り返す。


「思い出せ」


 空を切る。しかし、豊か過ぎると指摘された想像力は、相手の幻覚との戦いを見ていた。


「なんで、強くなりたい?」


 自分にしか見えない敵と幾千も繰り返される殺し合いの中、己に問い続ける。トレーニングにおける意識性だ。どこの筋肉を鍛えるのかを意識して筋トレをするように、この一刀は何が為に振るわれるのかを意識し続ける。


「殺す為じゃなく、守る為だよ」


 心を込めるとはよく言ったもので、明らかな差がある。音が違う。剣の速さが違う。重みが違う。一切の妥協も許さず、完璧な剣だけを何度も反復して、身体に叩き込んでいく。玉のように浮かぶ汗と、張り付いた服は、たった冬の30分とは思えない程の彼の疲労を表している。


「雑念が入ってるのに、調子がいいってどういう事だよ」


 いつもなら、もっと思考は一つだ。ただ、人を救う為に、守る為だけの機械のようになれる。なのに、今日はやけにシオンの顔がチラついて離れなくて、唇の感触やらを思い出して身体が熱くなって、でも、調子がいい。いつもより身体が軽くて、剣が重い。


「それだけ、守りたいんじゃないの?」


 近づいて、もっと大切になった。だから、もっと守りたくなって、強さが欲しくて。仁本人は気付いていないが、もう一つ変化があるとするならば、死んでもいいと思っていたヤケが消えた事だろうか。死にたいと思って振るう剣よりも、死にたくないと振るった剣の方が鋭い。何せ、死にたい剣は言い換えるなら、負けても構わない剣だ。


「よく、頑張るね。えらいえらい」


「!?」


 どこか身の入らない修練に明け暮れる仁の姿を暗視で見ていた者が、称賛の声を上げながら背後から火球を放つ。夜の闇に生まれた自分の影と、照らす赤に即座に振り向いて氷の盾を掲げて防いで、


「何の用ですか、マリーさん」


 自らを攻撃してきた女性の正体を見て、剣を下ろす。万が一、彼女が騎士団側のスパイの可能性は捨てておらず、いつでも『限壊』発動出来るように構えながらだ。


「イメトレも悪くないけど、やっぱり実戦かなって思って。どう?」


「確かに。そうですね」


「ご指導、お願いします」


「はいはい」


 想像の敵はあくまで想像でしかない。動きは身体に刻めても、肉を断つ感触や剣がぶつかる感触は、実敵でないと得られない。何故マリーがここに来たのかは分からないが、シオンが寝てしまった今、敵役としての彼女は実に欲しかった。


「サルビアの剣術なら、こういうのはあまりないんじゃないかしら?」


「っ!?」


 一手目。『限壊』を発動せず、己の技術と普通の強化だけで振るった剣の刃が宙に舞う。舐めてかかった訳ではなく、今出せる仁の『限壊』無しの全力の結果がこれだ。


「特に虚空庫がない人にとって、この戦い方は有効よ」


「武器、狙いですか」


「そうよ。私、殺しはしないもの」


 剣を避けて殺すのではなく、攻撃の手を奪う。シオンとの戦闘ではそうそう起こらない、武器の破壊という戦法に仁の対応が遅れた。いや、それ以前に一手目の動きをマリーに読まれて、予測した仁の剣の筋に遠隔操作の炎刃を合わされたと言うべきか。


「そう?安心したよ!」


「ああ、でも」


 虚空庫を持たない仁の剣の予備は腰の二本のみ。これは相当に狙われると痛い戦い方ではある。折れた剣に礼を告げてからマリーへと投げつつ、新たな剣を抜刀。


「私、系統外で切った傷は治せるわ。だから、安心してね?」


「ぐっうううううううう!?」


 しかしながら、次に狙われたのは武器ではなく仁本体。投げられた剣をマリーは火球で対応しつつ、仁の目の前で爆発させる。咄嗟に下がったその先に、彼女はすでに回り込んでいて。


「……やっぱり、貴方本人の技術は……」


「『限壊』のスペックで、何とか埋めてるだけですから」


 腕に空いた穴が瞬時に元通りになっていくのを痛みの中で見ながら、仁はマリーの落胆が込められた評価を素直に受け取る。自分なんて、『限壊』なしならこんなものだ。


「難しい話かもしれないけど、初見の場面への対応が遅いわ。戦場では命取りになる」


「……分かってます。だからジルハードの動きを思い出して剣を振ってました」


 シオンの剣術は、斬られ過ぎてある程度慣れた。恐らく、似た太刀筋であるサルビアとイザベラに関しても同じ事が言える。ジルハードや騎士の時は『限壊』を使用していたから、見てから動いても対処出来た。


「うう……分からん殺しだよ……」


 ところが、『限壊』抜きとなれば話は別。シオン達とほぼ同じ練度の全く違う戦い方に、予測して戦うタイプである仁は付いていく事ができない。予測した時には、既に負けている。


「だから、分かるまでお願いします」


「そういう事。私、隠居中にたくさんの流派習ったから、多分参考になると思う」


「ははっ!ありがたいや……」


 ならば、身体で覚えるしかあるまい。あの森の家でのシオンの日々のように、何度も何度も斬られて斬られて、最前列で剣を見続けて対応策を見つける。それを、永遠と出来るまで繰り返す。戦場でその動きをされた時、即座に対応できるよう。そしていつか、全く見た事のない剣術でも対応できる、シオンみたいになれるよう。


「『残傷』は私が付けた傷に限り、傷の状態を自由に操れるという系統外よ。完治も永遠に開きっぱなしも自由自在」


「……おまけに残機と障壁無効の系統外とか」


 その点、マリーは最適だ。シオンだとどうしても、仁に深手を与えないように手加減してもらわなければならない。だが、マリーの場合は手加減無しで戦える。元より殺しはしない全力に慣れていて、その上つけた傷は例え部位切断だろうが『残傷』で即座に再生出来る。


「まぁ、言い換えるなら」


 『限壊』を使わない仁は、フルボッコにされるという事だ。シオンの時以上に、どうせ治るからと。









「はぁ……はぁ……」


「……くそ!」


 冷たい地面に転がって、空を見上げる。はっきり言って手も足も出ないとしか言いようがなく、ついぞマリーに一太刀刻む事さえ叶わなかった。


「初日はこんなもの。半年前から剣を振るい始めて、この対応速度はむしろ上出来だけど?」


「勝てなきゃ、意味ないです」


「戦場じゃあ初心者だからって手加減してくれないよぉ……」


 仁の剣技はほとんど炎の刃と壁に塞がれ、マリーの剣はほとんど分からないまま仁の身体に突き刺さる。一番マリーの身体に近づいたのは、炎の壁を氷を纏いながら突破した時だったが、それも剣技であっさり対処されて押し返されて、背中を壁で焼かれた。


「……なんで、睡眠時間を削ってまでこんな事を?」


「そうそう。お肌に悪いよ!わあああああああ!?あぶなっ!?」


 気にする程荒れてはいない、というより年齢の割には化け物みたいな肌だが、本人はそうもいかないようで。


「んー?まぁ普通に、こっちの戦力が伸びるのはいい事なのと、シオンちゃんとのデート祝い。明日以降に渡すつもりだったけどね。今日の夜はお楽しみかなって思ってたから」


「「…………」」


「無言で剣投げないで」


 下ネタを言うなとまではいかないが、それでも自重してくれと剣を投擲。それはかなり、仁にとってもクリティカルな一言だったから。


「貴方も睡眠ちゃんと取ってる?若い内に取らないと……後で来るわよ」


「寝れないんです。色々なものが見えたり、聞こえたり」


「死ぬほど疲れてようやく、2時間や3時間寝られればいい方さ。入院中は辛かったよ」


 仁は睡眠時間を削って訓練をしているのではなく、もう寝れないから剣を振っているのだ。立ち上がり、マリーから水を受け取って喉を潤して、笑ってそう語る。


「……同じなのね。私も、無駄な虐殺と知ってから、ひどくなって、寝れない」


「……そこだけ、似てますね」


「僕らは、殺し続けるけど」


 だがそれは、彼女も同じだった。意味があって殺したと思っていたのに、その全てはただの無意味な虐殺だった。己が信じた正義は、全て間違っていた。それは今、後悔となり幻覚となり幻聴となり、マリーの心を苦しめている。


「なんでマリーさんは、人を殺すのをやめたんですか?」


「……言われた事があって。『黒髪戦争』、知ってる?」


「あらすじは」


 仁とマリーは似た者同士ではあるが、決定的な違いが二つある。仁は人を殺すが、マリーは殺さない。かつて人を殺した時、仁は自分の為に殺したが、マリーは他人の為に殺していた。この二つだ。その内の一つであり、世界から見ても異端である彼女の『勇者』の在り方を、仁は気になっていた。


「忌み子が反乱を起こした戦争で、シオンの両親や叔父や叔母、前カランコエ団長、そしてマリーさんが活躍なされたとか」


「大まかには合ってる。まぁあの戦争は忌み子というより、嫌われ者や除け者達が反乱を起こしたってのが正しいかな」


 仁の持つ「黒髪戦争」の知識は、ロロとシオンから聞いた程度のもの。そこにマリーは、社会から落ちこぼれたならず者、呪いに近い系統外によって人に疎まれた者、食うのに困った者、見た目や性格で差別を受けた者達の異質な戦争であったと、訂正を加える。


「率いてた男は、とてつもない強さだった。系統外があり得ないくらいの強さで、彼本人も信念で己を鍛え上げて、恐ろしく強かった。さすがに系統外抜きなら私達よりは弱かったけど」


 世界の集合の補集合達を纏めて束ね、世界そのものに挑むよう、ある一人の圧倒的な強さとカリスマをもって男が率いた。黒髪と黒眼で迫害を受け続け、復讐を誓い、自分と同じように世界からはみ出した者に優しい、男だった。


「俺らの骸の上で『勇者』と讃えられるのは、さぞ気持ちいいだろう?だがな、敵から見れば、お前なんてただの大量殺人鬼だ」


 その男が、己の正義で忌み子を斬り伏せ続けるマリーに言い放ったこの一言が、どうしても頭から離れなかった。正義の為、守る為の戦いだと思っていたのに、途端に彼女の剣は揺らいだ。


「痛いところを突かれてた。『勇者』ってなんだろうって思わされた。だから考えて考えて、弱き者を助けるのが『勇者』で、それは敵味方関係ないんだって思った」


 『残傷』は恐ろしい系統外だ。掠るだけで永遠とそこからの出血を強要し、死に至らしめる。障壁無効の『確撃』、残機と魔力の底上げを兼ねる『残命』を合わせれば、マリー単身で万の騎士を蹂躙できる程に。


「私の力は殺すだけじゃなく、殺さないことにも使えた。だったら、やるしかない。例え敵でも、殺していい人間なんていない。家族や愛する人はいる。今はいなくとも、これから必ず出会う」


 殺し続けていた力は、相手の戦意や戦う為の手足を削ぎ落とし、戦いを殺さずに終わらせる為の力へと変わっていた。自由に傷を操れるなら、塞ぐのも自由自在だからだ。


「こんな感じかしら?聴いて、何か良い事あった?」


「……とても素敵な、生き方だと思います。おそらく、この世界で貴女の在り方は、一番正しい」


「誰も殺さずに世界を救えたなら、それは絶対に最高だからね」


 気高く、美しい在り方だ。まさに理想そのものを体現している。しかし、それはマリーの系統外あってこそのもので、今の仁や街にそんなものはない。


「ありがと。そう言ってもらえると、少しだけ嬉しくなるわ」


 仁はマリーの生き方を真似しない。参考になんてしない。むしろ、甘い理想だと思っている。そうと分かっていながらも、仁はマリーを本当に褒めたし、マリーは仁の言葉に喜んだ。それはもう、少しだけなんてくらいじゃないくらいに、嬉しそうに。でも、どこか悲しい色が見え隠れするのは、気のせいではないだろう。


「仁んんんんんんんんんんんんんんんんん!」


「……ん?ちょっ!?」


 と、まぁこのようにマリーと話をしている横から、というより仁の後ろの修練場の入り口から、よく聞き慣れた声が恐ろしい速さで近づいてくる。振り返った仁が見たのは、強化が付与されているのは間違いない女性の腕。


「ぶべらっ!?」


 見えたのは目と鼻の先。ラリアットされたと気付いたのは、吹っ飛んで地面に転がってからだった。


「シオンちゃんに手を出さないってのはどういう事!?あんたそれでも男なの!?」


「……なんでこう、軍の女性は性に関して慎みに欠けるのかい?僕は恥じらう子の方が好きなんだけどごふっ」


「だったら手を出さんかいボケェ!覗こうと思って行ったらシオンちゃんがすっごい落ち込んだ顔で「やっぱり」って胸の前スカスカしてたんだよ!?」


「貴女、覗こうとしてたの……?」


 甘んじて殴られて、もう一度地面に転がる。確かに、彼女の怒りというかその理由も分からなくはない。別に恋人だからといってお誘いを必ず受けなければならない義務はないが、シオンと一緒にいれる時間は少なく、今後また会える保証はない。


「……もしあんたがその、色々と肉体的に悩みを抱えてるなら謝るけど、そうじゃないなら……」


 二発ほど暴力を振るってようやく冷静になったのか、仁の肉体的に抱けない可能性を考えて気遣いを見せる環菜。しかしながら、仁は一応、性欲はあるし機能もする。


「別に、身体を重ねるだけが愛じゃないと思いますけど」


(俺君、かっこいいけど僕ら童貞って忘れないでね)


「……けど、やっぱりその、違うもんだと思う。最初ってのは一生残るもんだし、あの子もそれを望んでるなら……!」


 おそらく、部屋のシオンを覗いてから怒りに任せて直行してきたが、落ち着いて考えて色々と自分が無茶を言っていると分かったのだろう。それでも、思い自体は変わらないようで、仁にはよ行って来いと環菜は女性的な視点から訴え続ける。


「環菜さん、分かってるんですか?」


「へ?」


「シオンの心情を考えてくれてるのは分かります。街の防衛の視点から見ても、俺とシオンがギクシャクしてるのはあまり宜しくないですし、シオンの気持ちもよく分かります」


「でもね?心情だけ考えても、ダメなんだよ」


 だが、シオンがどういう思いで思い出をねだったのかなんて、仁が知らない訳がない。その上で、断ったのに。


「……万が一のリスクを考えてください。俺らがシオンと一緒にいられるのは、2ヶ月もない。けど、妊娠の期間は10ヶ月」


「本来オスというものは、妊娠中のメスを守るものさ。カマキリとか例外いるけどね。さぁ、8ヶ月間、身重になったシオンを僕は守れるかい?答えは無理なんだよ」


 仁が天秤を傾けさせたのは心情ではなく、リスク。この街にまともな避妊具なんてろくに残っている訳もなく、万が一のリスクは避けられない。そしてシオンは忌み子で、常に追われる身だ。身重の状態で騎士達に包囲されれば、いくらシオンとは言え、どうなるかは分からない。


「あっ……」


「そういう事です。この手でシオンを殺すくらいなら、彼女を失うくらいなら、俺と僕はシオンの心情を無視して傷つけます」


 心情ばかり見ていた環菜は、気づかなかった。本来なら、女である彼女の方が敏感な出来事なはずなのに。


「……立派な大人じゃない」


「…………ごめん仁。ちょっと、色々と周りが見えなくなってたかも」


 マリーは仁に対して驚きつつも褒めて、環菜は軽々と重大な危機を押し付けていた事を謝る。


「だったらあんた!それをシオンに話しなさいよ!言ってないからあんだけ落ち込んでるんでしょ!」


「いだだだだだだ!?ごめんよ!環菜さん!俺君が恥ずかしがって!」


 しかしながら、事の発端はシオンに訳も話さず拒絶した仁にあるわけで。環菜はこの野郎とばかりに耳を引っ張り上げて、


「……本当に、シオンの事好きなんだね」


「ええ。じゃなきゃ付き合いません」


「よしオッケィ。じゃあ色々とセッテングしてからにしようか」


「は?」


 仁がシオンに手を出さない理由は理解してもらえた。しかし、理解した上で、環菜はそれを掻い潜る事を諦めなかった。


 どうしてこの人は、仁とシオンにやたら首を突っ込みたがるのだろうか。

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