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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第103話 決戦前夜と決戦開戦

 

 一方その頃、環菜の部屋にて。


「楓ええええええ……!」


「だ、大丈夫ですか?涙と鼻水で凄いことにああ!?私の服が……」


 シオンの服を選び、しっかりデートプランを練った後。少女を自室に送り届けた楓は、環菜の戦勝報告を聞きに来たはずだった。しかし、彼女が目にしたのは、泣きながら胸元に飛び込んでボロ泣きしている環菜の姿。


「振られちゃったよおおおおおおお!」


「そんなに嬉しかっ……今なんて言いました?振られた?」


 間違いなく両思いと見込んでいた楓はひとまず頷き、固まった。耳の穴に何か詰まってないかなと確認してから聞き返すも。


「うん!しかも去り際にすっごい嫌な女だったよおおおおおおおお!」


「何かの間違い……?あの、環菜さん、詳しくお願いします」


 しかしながら、帰ってきたのはさっきと同じ環菜が振られたという答え。何がどうなっているのか分からない楓は、液体だらけになった服を諦め、環菜を優しく抱き寄せて傷口を開く。


「お、思い出すだけでも嫌な記憶なんだけど……私最後らへんいっぱいいっぱいで酷かったし……」


「痛いですけど、傷口はちゃんと見ないと治療出来ませんよ」


「……そだね。えっと、二人が出て行ってから––」


 ずびびと鼻水を鳴らしたりティッシュを渡したりしながら、楓は環菜の話をしっかりと聞き、状況を思い浮かべていく。


「はい。環菜さんも堅さんも悪く、振られてないです」


「へ?」


 そうして出された結論は、環菜にも堅にも責任があり、別に振られた訳じゃないという見事大当たりなものだった。


「いやでも……!」


「孤児院手伝わせて。確かに、シチュエーション的に考えて非常に凝った告白です。可愛らしい……ですけど!相手はあの堅さんですよ!真面目で凄まじく鈍いあの!お盆の時の事、忘れたんですか!」


「去年?あー……幽霊のアレか」


 お化け飛び膝蹴り事件。お盆の時だろうが、軍は平常運転だった。しかし、それではつまらないとふざけた桃田が、お盆は幽霊の格好をしないといけないという決まりが出来たと吹き込んだ。


「先祖様の魂が馴染みやすいようにみんな幽霊の格好をするんだぞって、白い布で嬉しそうに自作のコスプレしてたね」


「あの後、堅さんがに和希に殴りかかってえらい騒ぎに……まさか信じるとは思ってなかったって、鼻血出しながら笑ってました。まぁ和希が悪いですけど」


 そらもう、手作り感満載の白いお化けが軍に出現。ばったり出くわした酔馬が泡を吹いて気絶したところでようやく何かがおかしいと気付き、堅はブチ切れた。


「堅さんに味噌汁作ってくださいって言っても絶対に伝わりませんよ……!味噌汁作られて終わりです。分かりますよね?」


「うん。多分結構頑張って作ってくれると思うけど、意味は伝わらないと思う」


 凝ったプロポーズその一。絶対に伝わらないだろう。


「月が綺麗ですねって言っても、今夜は満月だなくらいしか返事は返ってこないでしょう」


「さ、さすがにそれは有名……あいつメディアとか全く見ないな。本はそれなりに嗜んでるとは思うけども」


 凝ったプロポーズその二。これに関してはワンチャンスあるが、むしろワンチャンスしかない事自体がやばい。


「それを、踏まえた上でです。孤児院で手伝わせてください。はい、通じると思いますか?普通に面接されますよ!」


「される前に募集してないって断られたけど、そっか……伝わってなかったんだね!」


 一世一代の告白自体が伝わっていなかったと知った環菜は、嬉しいのか悲しいのか判別できない空虚な笑いをアハハと響かせる。本当は伝わっていたのだが、楓は絶対に堅がオーケーすると思っていて、普通に雇う事を断った以外に理由を見つけられなかったのだ。後はまぁ、堅の普段の行いが原因である。


「じゃ、あの下着は?関係ないだろ!って言われたけど……」


「男の方のその、性癖に探りを入れるのはやっぱり、はい……多分、自分用なんじゃ……」


「…………あー……納得。そらあんな必死になって否定するわ…………いや、別に女装くらいなら……」


 必死になって関係ないだろと言い放たれた下着の件だが、本人が聞いたら卒倒するような誤解に落ち着いた。まさか堅が騎士を匿っているなど思い浮かばない彼女達にとって、これ以上納得できるものがなかったので仕方ない。


「私用にしては、ちょっと小さかった気がするのよね。結構どころか、男の胸板くらいだったような」


「環菜さん、頑張って受け入れてあげましょう……」


 自分の立派な双丘を見下ろし、はっきりと見えたわけではないが、あのサイズだと弾け飛ぶと予想。むしろ堅にはちょうどいいくらいだろう。


「兎にも角にも、振られたわけじゃないと思います、よ?明日はその、シオンさんに後ろから援護しないといけないので、私は付き合えませんが」


「今度はストレートに頑張るっきゃないか。いや、明日は私もシオンちゃんの援護する……ちょっと今顔合わせるの気まずい……」


 とりあえず、振られたわけではなかったとしよう。となると今日の環菜は、孤児院の手伝いを断られて取り乱し、堅の性癖に詮索を入れた挙句涙を流して去っていった嫌どころか色々とアレな女である。


「私としてはその、早めに全部説明する事をオススメしますけど」


「分かってるけど、ね。どちらかと言えば、シオンちゃんの方が切羽詰まってるだろうし」


 さすがの堅でも気付いていたのだが、その事に気付かないまま後回しにする事に。死なない限り環菜達にはチャンスがあるが、シオン達にはもう時間は残されていないのだ。


「てか援護って何するの?」


「シオンさんから渡された、特別な『伝令』の魔法刻印です。『伝令』を持つ人が描くか、特別な能力の方の力がないと作れない希少な代物らしいんですけど……」


「いいのいいの。恋に手加減なんてやってられないわ」


「それ、ブーメランでは?」


 眩しいもの見る目のイヌマキからデート祝いと渡された、『伝令』の魔法刻印。本来ならばこんな使い方をするものではないのだが、世界救う前金との事らしい。


「遠くから尾行して、これでもしも何かあったらアドバイスをします」


「基本的に仁とシオンに任せて、パニクったら私達の出番ってわけね。オーケー」


 シオンとしては、出来る限り二人きりで過ごしたい。しかしながら、どう考えても自分がテンパらない訳もなく、仁もリードできる程の経験も無く、グダグダになるよりもと、環菜と楓に応援を要請したのだ。


「じゃ、寝る前に堅さんにどう説明もとい、告白するかを考えましょうか」


「……楓って、恋愛絡むと人が変わるわよね……」


 真面目な堅の為に、分かりやすい説明文を練り始める環菜と楓。明日は環菜を甘味に誘おうと決意している堅。司令が用意してくれた服を試着して備える仁。もうベッドに入り、大きすぎる鼓動に眠れないと寝返りを打つシオン。各々の胸に色々な思いを秘めつつ、決戦の日は来たる。










 決戦の日は来たれど、決戦はまだ来なくて。


「仁。退院おめでとう」


「ありがとシオン。みんな」


 今は病室の中でとりあえず、ロロを〆る時に悪化して延びた仁の退院日だ。花束や石鹸、タオルなど様々なものを祝いの言葉と共に受け取った仁は、わざわざ足を運んでくれたみんなへと頭を下げた。


「私達はオマケ扱いか?」


「でも司令、それあながち間違ってないからねぇ。てかなんで俺より重傷だった仁の方が治り早いの?」


 それは治癒魔法で無茶苦茶な治療をしたからであるが、仁は笑って誤魔化した。疑問符を浮かべる桃田だが、彼も二日後には退院し、四日後には結婚式を挙げる予定である。同時にしちゃう?と聞かれたが、丁重にお断りしておいた。


「若さじゃないですか?ほら、環菜さん隠れてないで出てきてください。堅さん、まだ来てませんから!」


「ほ、ほんと……仁、退院おめでとう。なんかごめんね?ちょっと堅と色々あって会いにくくって」


 こそこそと扉の外に隠れている環菜を引っ張り出し、頭を下げさせる楓はまるで親のようである。気まずい堅と高確率で顔を合わせるかもしれないのに来てくれたのは、非常に嬉しい。


「はいはい。とっととくっついてくださいよ?」


「見てるこっちがもどかしいのさ」


「あ、あんらたが言うかーー!?まぁ、楽しんできな。じゃ、私はこれで一旦おさらば」


 仁がお礼にからかうと、環菜は大声でブーメランだと叫び、用は済んだと逃げるように去っていった。一体何があったのか非常に知りたいところであるが、仁としてもそれどころではなかった。


「じゃ、じゃあ仁!また後で軍の門前で!」


「わ、分かってるよ!10時集合だよね!」


 何せ、今日は人生初のデートなのだ。唇ガタガタ震わせて挙動不審な僕とシオンはともかく、俺だってかなり緊張している。それこそ、楓と一緒に病室から出て行くシオンの背中を見れないくらいに。


「さぁて。俺も部屋に戻るかな」


「桃田さん。お聞きしたい事が」


「ほ?何かい?退院祝いになんでも答えちゃう」


「いや、その」


 松葉杖で部屋に戻ろうとした桃田を呼び止め、ふざけて笑う彼に仁は少し悩みながら、


「楓さんを、好きになったきっかけとか、ありますか?」


「……うーむ。これは想像以上に恥ずかしいね。ま、男に二言はないか」


 ずっと聞きたかった事を、口にした。彼らはとても仲が良いカップルではあるが、見た目がチャラい男に真面目な女性とどうにも凸凹だ。軍内でチラッと聞いた程度だが、楓を好きになる前の桃田はかなり遊んでいたとの噂もある。


 今となっては仁が見たことのあるカップルの中でも、最も仲がいいほどだ。だから、彼に聞いた。


「ある日、たまたま外を歩いていたらさ、なんか死体を引きずってる女性を見かけてね。重いだろうし、そもそも知らない人の死体なんて、中々触りたくないでしょ?」


「それが、楓さん?」


「まぁそうだね。追い剝ぎかと思って後をつけてみたら、どうにも運ぶだけで物を盗る様子がない」


 追い剝ぎじゃないなら一体何故。親族や知り合いの死体を運んでいる表情でもなく、理解が出来なかった桃田は直接聞く事にした。


「そしたら、なんて言ったと思う?「集積墓地が確か街のはずれにあったはずですので、そこまで運ぼうかと」だって。縁もゆかりもない死人に、そこまでする人なんて見たことなかった」


 この街には、死が溢れている。大通りならともかく、少しでも通りを外れれば死体が転がっている事も珍しくはない。そんな野垂死んだ哀れな死者達を、彼女は一人一人墓地へと運び、火葬していた。


「こんな優しい子、他にはいないだろうってね。何せ死んだ後まで優しくしてくれるんだよ?ま、こんなところかな。で、なんで聞いたの?」


「興味もありますけど、その、自分の気持ちを今一度確かめたくて」


 仁はシオンの事が好きなはずだ。だけど、だけど。それでもこれからするとある決断には、どうしても後押しが欲しかった。自分が本当にシオンを好きだという、本当に好きになったという理由が欲しかった。ないと、本能と欲望に流されてしまいそうだから。


「それじゃ、俺が言った意味ないじゃん!?」


「いえ、参考になり」


「惚れてる理由なんかより、惚れてるかどうかってことだよ。俺の見立てだと、君は間違いなくシオンにお熱だ。安心して良い」


 でも桃田は、頭を抱えてあー恥ずかしとひとしきり悶えてから、仁の心の奥底を見抜いてきた。


「目を見れば分かるよ。君のは本物だ。何をしても、どんな事をしてでも彼女を守りたいっていう、とても強いね」


「……そう、ですかね」


「君が本当に聞きたかった言葉はこれだと思ったんだけど、違ったかな?まぁ間違いはないよ。何せ毎日鏡で見てる目だ。見間違えようがない」


 遊び人、いや、本当に人を心から愛した事のある者として、彼は実に先輩だった。醜い確認の為に利用されたと見抜きながら、その上で欲しい言葉をくれたのだから。


「まぁ、健闘を祈ってる。俺としては別に、君の選択とは別方向に行ってもいいとは思うけどね」


「「…………ありがとう、ございました」」


 手を振ってから松葉杖をカツン、カツンと突いて部屋から出て行った桃田を見送れば、部屋の中に残されたのは司令、梨崎、仁の四人となった。


「退院おめでとう。次以降、命と記憶の保証はないって事と、一日くらいは全部忘れて楽しんできなって私から」


「梨崎、こいつの性格上それは絶対に無理だ。しかし、この街を預かる者として、それくらいの権利はお前にあるとだけ言っておこう」


「……前と比べて扱いがえらく上がりましたね」


 仁は確かに、身をすり潰してこの街の為に戦っている。彼が無理をしなければ、この街は騎士達によって滅ぼされていただろう。その褒美として、今日だけは責務や自責から解放されても良いのではと、嘘も秘密も知る彼らは口にした。仁を憎んでいたはずの司令さえもがだ。


「安心してくれ。出来る限りゆっくりと長持ちさせながら使い潰す計画を進行中だ」


「ははっ、そりゃいいです。処刑前の晩御飯みたいなものですね」


「そういう事。だから、死後に持っていっても退屈しないくらいの思い出作ってこいってね」


 仁としても、今回の提案を受けたのはその側面がある。これが、最後。きっと世界を救えようが救えまいが、例えシオンが帰ろうが帰らまいが。この罪と血と罰の鎖で出来たこの身が、最後にこの世でやり残した事といえば。


「ささ、着替えた着替えた。時間は有限。ならば有効活用すべしだ」


「そうだ。頼んでいたものがちゃんと出来たと、五つ子亭から報告があったぞ」


 もう、決戦の今日は始まっていて、時間はどんどん進んでいる。今日だけと決めたのなら、梨崎は急がねばと服を手にぱたぱたと寄ってきて、司令は予め頼んでおいた準備は上々と告げる。


「無理を言ってごめんね。でも、これで蓮さんの遺言が果たせるよ」


「……個人単位ならばともかく、軍としてえこひいきは出来ん。だから、すまない」


「いいのさ。歪とは言え、出来る限りの全員に配給を行っているんだから」


「これは、個人的な欲ですから」


 それは、仁を守って死んだ彼に託された任務だ。仁のせいで死んだのなら、仁が彼の後を継がねばなるまい。


「本当は普通のマスクにしたかったんだけどねえ。耳が片方ないんじゃかけれなくて」


「と、いう訳で。今回のハーフマスクはそれなりにカッコ良い、普段着仕様だ」


「……本当に、ありがとうございます」


 司令から手渡されたのは、いつものゴツい戦闘仕様のものではない、ネックウォーマーを鼻まで伸ばしたようなタイプのハーフマスクだった。それを受け取った仁は、本当に多くの人に支えられて、応援されてるんだなと、思わず涙を流しそうになってしまう。


「何涙ぐんでんのかねぇ……早いってもんだ。ほら、動かないで。ワックスつけてあげるから」


「応援されるようなカップルだという事だ。そら、行ってこい」


 訂正。流しそう、では済まなかった。


「「あり、がどう……ございます……!」」


 仁は、たくさん間違いを犯してきた。後悔するような事ばかりだった。でも、でも、きっと、あの日酔馬さんの墓の前で誓ってからはきっと、間違いじゃなかった。











 一時間後の午前10時。軍の正門前に立ち止まっている仁を、人がじろじろと見るのが15分ほど過ぎた頃。


「ごめんなさい!ちょっとその!お化粧なんて初めてで、みんなに手伝ってもらって遅れちゃって!……待った?」


 強化まで使って走ってきたのか、息切れしながら謝ったシオンの姿に一瞬だけ、仁は目を見開いた後。


「待つのはあんまり好きじゃないけど、今回だけは別に」


「俺君。そこは全然って返すべきじゃない?」


 漫画の中だけだと思っていた、この状況で動悸が走るという現象に襲われた仁は思った。ああ、自分はなんて、幸せなんだろうと。


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