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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第99話 酔いは醒めても恋は冷めず


 翌日、二日酔いでぐらぐらする頭を抑える女子会衆三人が向かったのは、


「残念ながら、薊 堅さんの配給記録ですが、個人情報ですのでお教え出来ません」


「やっぱり?」


 堅が女性用の下着と子供服を受け取った、例の配給所だ。彼が何故受け取ったのかを尋ねに来たのだが、当然職員の対応は拒否というもので、環菜はがっくりと肩を落とす。


「未来の恋人だけど、ダメ?」


「私個人としては大変面白そうでお教えしたいですが、さすがに信用に関わりますので」


 受付のカウンターにしがみつき、上目遣いで見つめてくるシオンにも、美人な職員は揺らぎまくった上で絶対に一線を譲らない。


「で、でも前、色街の方が蓮さんの配給の内容ではしゃいでいたような……」


「あれは司令と本人からも許可のあった特例です。余りにも色街の女性から彼の配給内容が知りたいとの声が多かったのと、本人に隠す意志が全くありませんでしたので」


「あの熊どんだけモテてたの……」


 前例があるのでは?と攻めた楓だが、蓮の規格外さに敗北。アイドルの好みをファンが知りたがるようなものだったのだろう。彼はそれ程の扱いを、色街の女から受けていたのだ。


「ちなみに酔馬さんも対抗して公表しましたが、閲覧者は0名でした」


「あんたそれ、堅の配給以上に隠してあげた方が良かった情報じゃないの?」


「公表されてますし、面白いので」


 街を救った英雄でありながら、この扱い。まぁ安定の酔馬である。


「あくまで、あくまでアドバイスですが、直接本人に聞かれるのが気まずいようでしたら、司令に聞いてみてはいかがでしょうか?」


「司令?何か知ってるってこと?」


「……本当に言いたくて仕方がないんですけど、さすがに処刑されたくはありませんので」


「手がかりくれただけでありがと!あ、私のポイントから貴方にこんだけ移しといて!」


 これが最大限の譲歩なのだろう。司令も一枚噛んでいるという事を教えてくれた受付のお姉さんに、数字を書いた紙を投げキッスせんばかりの勢いで渡した環菜は軍めがけて走り出す。


「いやぁ、いいものですね。恋って」


 受付嬢はひらひらと手を振って、その背中を応援していた。










「司令!いる?げ、蜂須!」


「……げ、とはなんだ?げ、とは」


 司令室の扉をノックしながら開け放ったが、中にいたのは部屋の主である柊ではなく、反柊派として軍内でも有名な蜂須だった。柊とは違って融通の利かない頭が硬いおじさんである。なお、髪はまだある。


「やつは今、ここにはいない。さっき外に出かけて行ったわ」


「ありかと……けど、なんでこの部屋にいんの?あんたの部屋はここじゃないでしょ」


 柊の部屋、ということはこの街の機密事項の山だ。そこに他者、しかも反柊派である蜂須がいるなど怪しさの塊でしかなく、環菜達は疑惑の目を向けるが、


「こっちが聞きたいわ!気になる事があると相談しに来てみれば、ちょうどいいと仕事を押し付けられてこのざまだ!」


「……そ。疑ってごめんね。じゃ」


 仕事を押し付けられたと言い張る蜂須に、目的である柊はここにはいないと踵を返す。ただ、いくらちょうど良かったからと言って、司令が蜂須に仕事を頼むだろうか。後で司令に直接確認を取るべきだろう。









 司令を探して街を歩いていると、何かを見つけたのか、急にシオンが人を軽い身のこなしでかわしながら走り出した。


「マリーさん!」


「ん?ああ、シオンちゃん。ごめん。少し待っててちょうだい」


 慌てて追いかけて辿り着いたのは、金髪の美女にして元日本人、現在『勇者』であるマリー。彼女はシオンを見つけると街の人との話をやめ、笑顔を見せる。


「あの、その……大丈夫ですか?」


「心配してくれてありがとね。大丈夫とは言い切れないけど、うん。なんとか前は向けてる。で、今日はどうしたの?仁君をデートに誘う方法?」


「こ、心が読めるんですか!?」


 だが、やはりその笑顔は無理があるもので。今までしてきた事が正義ではなく、ただの虐殺だったのだから無理もない。むしろこれだけ笑える方が凄まじい精神力である。


「あら、大当たりだったのね。そうねぇ……どうしようかしら?彼、理由で引っ掛けた方が付いて来やすいと思うわよ。ショッピング……お買い物してみたい!とかどう?シオンちゃん、あんまりした事ないでしょうから、彼釣れるわよ?」


「ふむふむ……参考になります……じゃなくて!司令を見ませんでした?」


 仁の性格をこれまたよく分かっているアドバイスをいただきつつも、そうじゃないと軌道修正。本題である柊の場所について尋ねるが、


「えっ?柊司令……?知らないわね。でも、どうして?」


「えーと、その、堅さんについて聞きたい事があって……」


「ん?堅さんってあの真面目な子?」


「ど、どこにいるのか知ってるんですか!?」


 顔をわずかに引きつらせたマリーも、司令の居場所は知らない模様。しかし、なんで彼を探しているかの目的である堅については、どうやら何か知っているようだった。


「彼ならあそこの通りを真っ直ぐ行って、二つ目の角を右に曲がってから更に直進した家の前にいたわよ」


「ありがとう!だって!環菜さん、楓さん!」


「んー!お手柄!」


「ま、マリーさん、ありがとう、ございました!」


 手段より先に見つかった目的にガッツポーズを取り、三人はマリーに頭を下げて去っていく。


「はぁ、ごめんなさい。ドキドキさせちゃったわね。さ、場所を変えて話を続けましょうか」


 マリーは、彼女達が角を曲がって見えなくなるまでじっとその背を見つめていた。消えたのを確認し、『勇者』は待たせていた男達へと振り向いた。










 それにしても、堅の部屋は軍内の寮にあるはずなのに、家の前というのはどういう事なのだろうか。


「恋人に合わせて新居購入?」


「環菜さん!落ち着いて!……ああ!私も怖くなってきました!」


「あ、見えた」


 考えられる可能性に魂が抜けそうになった環菜を揺さぶる楓だが、いざ答え合わせを前にすると足が竦んでしまう。しかしながら、足を前に進めれば答えには近づくもので、件の彼の家が見えてきた。


「カタカタブツブツ!怪人カタブーツの登場だー!」


「きゃーーーー!逃げろーーー!」


「あんた何やってんの」


 見えてきたのは、家だけではなく……三人の子供に囲まれて、変なポーズを取っている堅の姿もだった。


「……三人の子連れが相手ね。分かったわグッバイ」


「…………………うわああああああああああああああああ!?」


 パパのような姿に、今度こそ本当に魂が抜けて環菜は崩れ落ち、恥ずかしい姿を見られた堅は数秒固まった後、ものすごい悲鳴を上げた。







 時は遡り、着替えをトーカに渡した時。


「着替えは終わったか?」


「ええ。礼を言わせてもらいます。情報を吐くつもりはありませんが」


 扉の外からかけられた声の主の心を読み、先手と礼を返す。トーカはこの待遇に感謝はすれど、祖国を裏切る気にはなれなかった。


「言いたい事と、確認したい事がある」


「内容次第ですが、どうぞ」


 つまり、堅が聞き出せるのは、彼女にとって情報ですらない情報だけ。現在、そのラインを探ったりうっかり喋らせようと模索しているが、大半が失敗に終わっている。


「先に確認だ。桜義 仁がそちらの世界の人物ではない事は、本当に確かなのだな?」


「確定とは言いません。ですが、報告によると『傷跡』……失礼。彼には魔力がありませんでしたから。貴方達と同じ純粋なニホンジンかと」


 数少ない成功の一つが、桜義 仁に関する事だ。この情報に関してはどういう意味を持つのかトーカには全く理解できず、話しても良いかと口を開いてしまった。今となっては、価値の大きい情報だったのだろうと彼女は後悔している。


「知ってどうするのですか?彼が私達の手の者だという事は絶対にありません。仮に手の者だったとしても、同じことを言っているので信憑性には欠けるでしょうが」


「それはこちらの問題だ。貴様は知らなくていい」


 彼女の後悔通り、この街の日本人達にとっては余りにも価値の大きい情報だ。特に、軍と反軍勢力にとっては。


(何故、仁は一度世界を渡ったなど嘘を吐いた?)


 街を何度も危機から救った、英雄が吐いている嘘。その意味をいくら推測しても、仁の性格に合った答えにはどうしても辿り着かない。


(英雄を作る為にしてもおかしい。シオンだけで十分だし、何より露見した時のリスクが高すぎる)


 『勇者』という希望を作る為の嘘も考えたが、それはどうにも納得が行かない。嘘がもたらすのは、桜義 仁が代替できない人物という偽りの認識のみだ。どう考えても、メリットとデメリットが釣り合っていない。


(これ以外に意味は……しかし、この効果を狙って嘘を吐いたなら、それは仁の自己保身の為という事になる)


 他人の為に命を賭ける彼が、他者の命を見殺しにするだろうか。堅の推測は見事大当たりだったのだが、仁に聞く以外に確かめる方法がない現在、どうにも信じ切れなかった。


「考え中のところすみませんが、言いたい事とは?」


「あ、ああ。すまない。明後日から少しだけ、いやかなり……もしかしたら、ものすごく騒がしくなるかもしれない」


 いくら考えようとも、今すぐ納得のいく答えは出る事はなく。少しムッとしたようなトーカの声で思考の世界から現実へと戻った堅は、気が進まないように頬を掻きながら、言いたい事を済ます。


「……ついに突き出す、という事ですか?覚悟の上ですが」


「いや、そうじゃない。そもそも貴様をここに監禁してる事が予定外で、本来の予定は別のところにあったんだ」


「と言うと?」


 ここは堅の所有する物件ではあるが、彼の住居として購入したのでは無い。飛龍殺しで得た大量のポイントを、柊に相談して考えた使い道の為に購入したのだ。その使い道とは、


「孤児院。その、なんだ。明後日から子供達がここに住む」


「頭おかしいんじゃないですか?何かしようとしたら爆発する殺人犯を子供の側に置きますか?こう見えても私、まだ戦えますよ?」


 身寄りのなくなった子供達を預かる孤児院だったのだが、トーカというイレギュラーが発生してしまった。結果として彼女の言う通り、敵対する殺戮者が子供達と同居するという危険極まりない状況に。


「今更物件を買い直しできるかっ!交換してくれと言われても理由なんて言える訳もないし、こうするしかない!だから今まで以上に大人しくしてろとお願いしに来たんだ!」


「殺すか、軍に突き出せばいいでしょう。そうすれば憂いは何もなくなるはず。仇に情でも湧きましたか?」


 軍に秘密で監禁している以上、理由の説明も出来ず、買い直すのも交換を申し出るのも不自然だ。邪魔者である自分を消せばいいと、トーカは全くもっての正論を述べるが、


「軍に突き出すにしても、貴様は色々と危険すぎる。それにまだ、利用価値はある……と思う」


 利用価値と軍に突き出した場合の情報漏洩のリスクを考えた堅は、首を横に振った。まだ聞き出したい事は多々あるし、彼女の持つ仁は日本人であるという情報が軍内に広まれば、この街は内側から崩壊しかねない。


「視察にでも来たらどうするので?私が見つかったら貴方もどうなるか。子供達に私の事はどう説明するのです?」


「視察に来たら上手く隠す。子供達には絶対にこの部屋に入らないように言い聞かせておくし、いざという時の言い訳も用意してある」


 ありとあらゆる事態を想定し、幾つもの危険はあるものの、ほとんどに対処可能なこれがベストだと堅は判断した。だが、本人も気づいている。


「分かりません。私を生かしておく理由が。人質にされたり、薬や魔法で無理矢理情報を吐くくらいなら自害しますよ。出来る限りの忌み子を巻き込んで」


 トーカを殺すのが、本当のベストだと言う事に。彼女の口の固さや忠誠心を考えれば、生かしておく価値は無いに等しい。だが、それでも彼女を生かすのは。


「……俺にも、分からん」


「……なんですかそれ」


 堅にだって、分からない。ただ、騎士団が街を襲ったあの日、両腕右脚を焼き切られて地に転がっていた彼女の言葉が、耳にまだ残っているせいかもしれない。


「泣いて謝るくらいなら、殺さなきゃいい……こちら側に来るつもりは、ないのか?」


 意識が朦朧としていたトーカの記憶にはない彼女は、どす黒く燃え盛っていた殺意の炎で向けた堅の銃口を、地面に向けさせてしまった。


「もう一度言いますが、なんですかそれ。逆に聞きますが、貴方はこの街を裏切って私達側につきますか?」


「つかないな」


「そういう事です。さ、殺すならどうぞ。怖いですが、初めて人の命を奪った時から覚悟はしていました」


 復讐心は、まだある。きっと堅は生涯、騎士や忌み子を殺した人々を許す事はない。顔を見るだけで銃を向けるだろう。しかし、


「死にたがってる奴を殺しても、何の復讐にもならない。精々、手足も自由もない生き地獄を味わうといい」


「悪趣味ですね。足元をすくわれますよ」


「生きたいと願って歯向かってきた時は、遠慮なく殺す」


 監禁し、殺したいと願っていたはずなのに、何故か最後の一歩が踏み出せない者。監禁され、出し抜こうと思っているのに、何故かその一歩が踏み出せない者。


「……私としても、存在が露見して処刑されるよりは、長生きして貴様を出し抜いて情報を持ち帰った方がいいのです。だから、大人しくはしています」


「出し抜かれる前に殺すが、頼む」


 きっとこの関係は、長くは続かない。どちらかの死によって終わる。騎士は日本人を殺し過ぎたし、日本人は忌み子を憎み過ぎた。


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