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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第98話 酒の肴は愚痴恋惚気


 あれ以来騎士の襲撃もなく、今日は街の見回りと食料の配給だけの仕事を至って平和に終えた夕方。


「ねぇ、ちょっと今日飲みに行かない?桃田と楓の結婚祝いどうしようか悩んでて––」


 悩んでいるのは本当であるが、ダシにしてごめんと内心謝りつつ、堅を飲みへと誘う。彼は理由があった方が飲みに付き合ってくれやすいと知っての犯行が建前、しかし本音は理由が無いと誘えない初心さである。


「わ、悪い。今日は……あー、そのなんだ。用事がある」


 とは言え、理由があろうが成功するとは限らない。ただ、この日いつもと違ったのは、明らかに堅の態度が嘘をついているものだったという事。


「あー、分かります。堅さん嘘下手そう」


「絶対態度に出そう。仁と同じくらい単純じゃないかしら」


「そーなのよ!絶対何か隠してる!でも、男にだって人に知られたくない事あるよねって、この時は言い聞かせたの!でも、また別の日もなのよ!」


 現実に帰還。数日前の話を聞いた楓とシオンはうんうんと頷き、環菜の意外と初心な態度にニヤニヤ。酒に飲まれた彼女は笑みに気づかず、再び二人を過去へと誘う。


「今日はどう?飲む仲間が他にいなくてさ」


「あー、悪い。今日もだ」


「そ、そっか。ごめん!また都合いい日があったら」


「すまない。多分、しばらく環菜と飲める機会は無いと思う。桃田と楓のプレゼントが決まらないんだったら、仁は……いや、シオンとかに相談したらどうだ?」


 と、今日どころかしばらく付き合えない。それどころか、相談の悩み事も他へとパスされた。ただまぁ、ここまでなら環菜もしつこかったかなと、自己嫌悪程度で済んだ。プレゼントの相談を断られたのも、堅自身が悩んでいるならあり得る事だ。


「仁や私もすごく悩むから、相談されても困るわ。むしろ環菜さんに後で相談しようとしてたのだけれど」


「私にプレゼントの事話していいんですか……?」


「中身は言わないから、その、セーフにしてお願い。でね。もうヤケだってんで一人で飲みに行こうと歩いてたらあいつ、軍の配給所にいてね!」


 現在中ジョッキ七杯。かなり酔いが回っているようで、渡す本人にプレゼントの存在を明かしてしまった。謝りつつも、更に彼女の愚痴と悩みは加速する。


「あー!と思って見るじゃない!そしたら受付のお姉さんが驚いた顔してて、何持ってきたと思う?」


「え、えーと、お酒?」


「結婚指輪?」


 一人で飲みたいから飲みに行けないと断ったのかと考えた楓と、恋愛話で頭お花畑トンチンカンのシオンの解答に環菜は大きく首を振り、


「そんなもんじゃないの!女性用の下着と服!」


「「えーーーーーーー!?あ、ごめんなさい!」」


 到底、男性が配給される訳もないような、堅が受け取った物を明かした。大声を出してしまった二人はすぐさま周りに頭を下げるが、今回ばかりは仕方がない。


「え、何?どういう事ですか……?」


「け、堅さんが着るの!?」


 何せ女性用の下着。分かりやすく言えばブラジャーとパンティー。それが何故、堅に配給されたのか。彼が欲しがったのか。まさか本人が着るのではないかと、あの生真面目な堅があはーんな姿を想像して二人は一気に食欲を失せさせる。


「もうその時点で失神しかけてたんだけど、なんとか踏ん張ったの。でね?次に堅が受け取ったのは……」


「受け取ったのは……?」


 その時のインパクトは凄まじく、既に環菜の精神はノックアウト寸前だった。それでも、ギリギリでゴングが鳴って命拾いして、そして次ラウンド開幕にKOされた。そのパンチの正体は、


「子供の、服だった」


「堅さんがパパに!?」


「え、堅さんが着るの!?」


「シオンちゃん、仁からどんな日本の常識聞いてるの……?」


 まさかの子供の服。少なくとも、チャンピオン級の威力であったシオンのアホな予想、チャイルドプレイではないだろう。さすがに。では、他の可能性には何があるか。


「ど、どれくらいの大きさの服でした?まさか赤ちゃんの服とかじゃないですよね!?」


「ごめん。ショックで気がついたら五つ子亭で潰れてて、覚えてない……でも、そんなに大きくなかったのは確かなはず……」


「連れ子か、それとも堅さんがお父さんか……分からないですね」


 お相手さんが子持ちの可能性か、それともお相手さんがおめでたか。どちらにしろ言えるのは、環菜にとっては何にもおめでたくないという事である。


「でも、おかしい……堅さん、絶対環菜さんの事好きだって仁が言ってた」


「わ、私も桃田もそう思ってました」


「だ、だよね!や、やっぱり私の事、多少意識してたよね!」


 しかしながら、環菜を憎からず思っていた堅になぜ、今頃恋人が出来たのか。疑問は尽きない。前回の襲撃で守れなかった後悔を発散する為に酒を飲み、飲まれて誰かと関係を持ってしまい、生真面目故に責任を取った、が考えられる最有力だろうか。


「そう思っていたなら、なんで告白しなかったんですか?堅さん、顔も性格も良いって中々に評判高かったの知ってるでしょうに」


「だ、だって断られたらって思ったら……ね?」


「わ、私だって同じなんですけど!?なのに散々煽ってたの……!?」


 もはや付き合っているような状態であったのに、万が一砕けた時の事を想像してチキッた結果がこの様だ。そもそも堅にアタックする子がいなかったのは環菜がいつも近くにいたからで、彼の人気自体は非常に高い。


「す、少しでも成功率高めようって、こ、こっちだって気を引こうと色々頑張ってたのに……飲みに行く時少しだけ期待してたりしたのにあいつ真面目だから……!まぁその、そこがいいんだけど……」


「重症ですね」


「重傷でもあるわ」


 環菜も環菜なりには頑張った。でも、想像以上にどちらも奥手で、堅は真面目過ぎた。酔っておられて色々とだだ漏れの環菜に、自らも重症患者である二人が呆れた目を向ける。


「略奪しましょうか。いえ、まだ女がいると決まった訳ではないですから、正しくは攻略ですか」


「「え」」


「何です?堅さんがフリーになるまで待つんですか?それとも結婚するのを黙って見ているんですか?」


 ため息を吐いた楓がさらりと告げた、肉食的な発想に環菜とシオンは固まった。いつもはおどおどとしている彼女だが、なぜか今だけは口調が非常にはっきりしている。何故かと思って手元を見れば、環菜に運ばれたはずのビールジョッキが。


「はっきり言いますが、堅さんの性格を考えれば、彼から別れを切り出す可能性はほぼ無いです。遊びもしないですし、女性側としても結婚のハードルはそこまで高くないでしょう」


「うぐ……でも、それって堅の性格からしたら浮気なんて以ての外なんじゃ……」


 逃した魚は大きい。軍内でもかなりの地位で高収入、女も賭け事も苦手と物件的に見ても優秀。一度買っちまえばこっちのもの。あの生真面目さから、他の女が入る余地は無いように思える。


「ええそうでしょう。他の人なら無理でしょう。でも、環菜さんだけなら、可能性はあります。何せ好きだったはずですからね」


「……ひ、昼どら!」


「あいつほんまシオンちゃんに何教えてんの?」


 確かに、堅の性格の堅さは誰もが知る所。だが、一度折れかけた彼を立ち直らせた環菜が想いを見せれば、もしかしたらの可能性はある。


「兎にも角にも、まずは偵察です。相手が誰か。そもそもその相手はいるのか。探りましょう」


 女性用の下着や子供服など怪しい点はあれど、堅に恋人が出来たかは確定していない。まずは彼の周りを探り、本当に相手がいるのかを確かめ、その上で攻略方法を練るべきだ。


「お、おっけー……でも、あいつに相手がいたら、私はやっぱり身を引くって事でお願い……頑張るのはそうじゃなかった時で」


「……いいんですか?それで」


 と、思っていたのだが、環菜は相手がいた場合身を引くと宣言。座った目をした楓がじっとりと睨みつけるが、


「いや、いい。私が割り込んだ方が、あいつ多分色々と辛くなるっていうか。あいつなら、多分誰とでも幸せにやっていけるだろうし、出来るだろうしね」


「……勿体無い。こんないい女に好かれてるのに逃すなんて、とんだ大馬鹿野郎です」


「逃した魚が大きいのは、どっちもだね」


 撤退の意思は変わらず。もう相手がいる状態の堅に想いを告げてしまえば、真面目な彼は悩んでしまう。もしかしたら彼の幸せを壊してしまうかもと、環菜は想えばこそと身を引くと決めていた。


「はい。でも、言質取りました!」


「ん。取った!」


「へ?なんの?」


 そんな展開は環菜も嫌だろうと、楓とシオンはその選択を渋々尊重。とは言っても、本音は別の所にあった。


「え?だって相手がいたら、身を引くんですよね?」


「相手いなかったら、身を押し付けて頑張るって事よね!」


 にっこり笑った楓とシオンが取った言質は、今まで足踏みしていた環菜が前に踏み出すと自ら言ったもの。酒の勢いだろうが、うっかり漏らしてしまったものだろうが、言ったものは言ったもの。


「ちょっ!ちょっと待って!」


「大丈夫です!安心してください!堅さんに相手は多分いません!」


「だって堅さん、環菜さんの事好きですから!」


「は、はぁ!?」


 環菜は気になる点を繋げて勝手に形にして失恋していたが、楓とシオンはそうは思えなかった。どう考えても、あり得ない。


「好きな女に何度も飲みに誘われて雰囲気出されてるのに何のモーションも起こせないヘタレチキンが、好きな人ほっぽって他の女に手を出せる訳が無いです!」


「堅さん、仁に似てるから置き換えて考えてみたけど、絶対にあり得ないわ!」


 真面目にして責任感が強くてヘタレな男が、ぽっと出の女性といきなり恋仲になる筈がない。環菜達がくっつかなかったのは互いにその気がないからではなく、二人にその勇気がなかったから。


「で、でも色々と証拠は揃っていて……!」


「証拠はあっても自白はまだないです。だから、明日証拠を確かめに行きましょう!」


 ここでもチキろうとする環菜だが、楓とシオンは絶対に逃さない。断る隙や逃げる口実を与える前に、行動を起こさせる。一度走り出したらもう止まれない所まで酒の勢いで持って行かせる。


「あ、明日!?」


「善と恋は急げって、私の世界のすごい英雄が言ってた!」


 初めての恋バナというか、恋愛会議に興奮したシオンもいつになく強気に環菜を煽るが、


「あ、シオンさんも明日、仁さんをデートに誘ってくださいね。梨崎さんがそろそろリハビリ程度に外に出るべきだと言ってましたし」


「や、やっぱり恋はゆっくり育むものだと思うの!その英雄、とんでもない浮気者だったし!」


「シオンちゃん、一緒に頑張ろっか〜!シオンちゃんがやるなら私もやるから!」


 自らも標的とされてあっさりと掌をスクリュー。イヤイヤと首を横に振るも、楓と環菜は許さない。酔った環菜に至っては死なば諸共と、後で絶対後悔する状態である。


「決まりましたね。明日から戦争です!」


「「……おー!」」


 酒のグラスをカチンと合わせて鳴らして、声とやる気の差はあれど、一気一斉に飲み干して健闘を誓う。恋という戦争に、乙女達は挑む。


「腹括るけど、楓。あんただけ弄られてないのはちょっとずるくない?」


「ずるい……楓さん、桃田さんとはどうなんですか?」


「わ、私!?」


 のだが、その前に。議題にされていじり倒され、明日から戦争するのはシオンと環菜のみ。婚約したからと言って楓が高みの見物を決めるのは、どうにも不平等だ。


「ほら、吐きなさい!あんたらどうなの!マリッジブルーとかなってない?」


「別れないようにするコツとか、オススメのでーとすぽっと教えて!」


「え、えーと……」


 普段なら逃げる楓に、酔っている今ならと詰め寄る。困った様に目を泳がせた楓に、これは弄りがいがあるとシオンと環菜はニヤニヤニヤと笑うが、


「彼ですけど、すごいんです!前も誕生日とかにケーキを焼いてくれて。とっても美味しくてあーんとかしてくれて、頬についたホイップとかも…………」


 これが実に間違いだった。そう悟った時には、全てが遅かった。酒で滑って止まらない、永遠と続くかと思われた糖度1000%甘すぎる惚気話。しかも内容が普通の生活のものから、自主規制すべき内容まで話す話す。あのおしゃべりの桃田だって絶対に話さないというか、隠すだろうと分かる事も赤裸々全裸に全部。


「……あれ?どうかしました?湯気が出てますけど……」


「ま、参った……何こいつら……あたまおかしいんじゃないの……」


「ふええ……こ、恋人って、そんなこと……するの……本でも見たこと……ない……」


 刺激的すぎて頭から白い煙を出して机に突っ伏したシオンと環菜に、楓は首を傾げる。純情な二人にはは些か刺激が強すぎたようである。


「まだまだありますよ!今後の糧にしてください!」


「う、嘘?吐きそうなんだけど!」


「うう……お父さんより楓さんが強く見える……」


 甘すぎで胸焼けして吐きそうなのだが、楓は止まらなかった。店が閉まった後も知り合いだから残ってもいいよ、むしろ参考に聞かせてと店員達から言われ、惚気話は朝日が昇るまで続き、その頃にはもうシオンと環菜は灰になっていた。










 時は三日前。受付のお姉さんにははーんと分かったような目を向けられ、男なのに女性用の下着を持って歩くという羞恥にも耐えたというのに、


「ほら、着替えだ」


「……私、虚空庫の中にある程度の替えはあるのですが」


「……なんだと?」


 予備を持っていると、努力は無駄になってしまった。日本人に馴染みのない魔法故に、すっかり頭から抜け落ちていた自分を激しく責め立てる。


「いえ、貰えるものなら貰っておきます」


「気を遣うな。腹が立つ」


「先に気を遣ったのは貴方でしょう。こういう事をされても口を割る気は無いですが」


「期待していない。人としてだ」


 監禁しているとは言え、さすがに何日も着替えないのは女性として辛いだろうと気を遣った結果、気を遣われて受け取られてしまった。


「……不思議というか、変ですね。もう少し酷い扱いを受けるものだと思っていましたが」


「黙れ。貴様らと一緒にするな」


「一つ確認しても?」


「なんだ。言え」


 到底復讐の対象に取る態度ではないと、奇異な物を見る目で見つめられ、堅の苛立ちは加速する。何の情報も漏らさないこの女の扱いが、未だに分からなかった。


「魔法を使っても良いでしょうか?」


「死にたいのか?」


「いえ、着替える為に。片腕が無いですし。それとも何ですか?貴方が着替えさせるとでも?」


「っ!?扉の外にいる。逃げたり、何か怪しい事をしたらすぐに殺すからな」


 戸惑いがちに投げられた質問をふざけるなと一蹴するが、理由を聞いて前言を撤回。確かに、着替えがあっても、腕が無ければ着替えはできない。


「あ、あとそれと……魔法で身体を洗っても……」


「分かった!もうその辺は好きにしろ!」


 調子が狂う。人を監禁なんてした事もなく、ましてや魔法を使える仇が相手となると、てんで手に負えない。それでも逃げられるわけには行かず、扉を破る勢いで開け放ち、大きく音を立てて閉めて警戒し続ける。


「……この間に色々と出来るというのに、あの堅という男は何というか、甘いですね」


 部屋の中、氷で腕を作って服を脱いだトーカは、自分を監禁する男に呆れたと笑う。だが、悪くは無い。拷問や陵辱を受けても仕方の無いはずなのに、この男はその類を一切行わなかった。質問はされるが、答えなければヘソを曲げるだけ。監禁される相手としては最上に近いだろう。


「……この布、かなり上質ですね……滅ぼす前にこの技術は奪い取るべきだと進言しなくては」


 何もせず、言った通り着替えと身体を洗う事しかしないトーカも十分に甘いのだが。


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