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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第91話 叶わない夢


 皆にも、あるだろう。決して叶えられないと捨てた夢や、諦めた希望が。不老不死、タイムスリップ、大金持ち、子供の頃の夢、死んだ人との再会、喧嘩別れした人との再縁。なんでもいい。


 人はそういう叶わない願いを出来ないと知って、いつかは諦める。もしくは違う夢や願望で打ち消して、生きていく。叶わないのに追い続けることは、無駄だと知っているからだ。


 絶たれている望み。叶わない希望や夢をいつまでも抱き続ける事もまた、絶望の一つだろう。傷だらけで愛に飢えている、優しき黒髪の少女のように。











 柔らかい。暖かい。閉じた瞼で尖った感覚が、自分の体勢と周りの布団を認識する。そして、近くに人の気配が二つ。ばれないように虚空庫の中の銀剣を確認して、息を大きく吐いた。


「ん。起きたね」


「ここは……保健室?」


「そうそう。仁がシオン先生を抱えて飛び込んできた時はどうしたものかと。ここは連れ込み宿じゃないってからかおうとしたんだけど、彼は必死でねぇ」


「つ、連れ込み宿!?何言ってるんですか!?」


 気配の内の一人と意識が無くなる前の記憶を繋ぎ合わせて出た答えは見事に正解したものの、その後の意地が悪いからかいは想定外だった。


「梨崎先生。立場をわきまえて下さい」


「お姫様抱っこで来たらまずそっち疑うね。特に外傷も無かったし」


「お、お姫様抱っこ……!」


「……効率が……」


 注意する彼が必死に装った冷静も、次に切られた梨崎のカードを前に剥がれ落ちて赤面へと変わる。身体のあちこちを触るシオンと、顔を手で覆い隠す少年に保険医は腹を抱えて大笑いだ。


「お邪魔虫だったら退散しようか?てかするけど。そっちのほうが面白そうだし?」


「職務怠慢ってチクりますよ」


「残念今から職員会議でした。少なくとも肉体的に異常は無いよ。ただその、私じゃ見れない所あるからさ。裸とか。あ、想像し––」


「……いい加減にしてください」


「あー、時間だ。じゃ、ばいばい」


 低くなった声にからかいの限界を悟ったのか、梨崎は足早に保健室を飛び出していった。仁もさすがに職員会議となれば止める事は出来ず、また彼女が茶化して隠したメッセージを受け取ってしまえば、シオンを一人にする事は出来なかった。


「……職員会議はまだのはずなんだけど」


「あのぐーたら教師!」


 やっぱり止めた方が良かった。どうやったら梨崎の鼻を明かせるかを検討する事を心に決めつつ、シオンのベッドへ一歩近づく。


「シオン」


「は、はい!」


 数秒迷った仁が、意を決したように自分の名前を呼ぶ。この雰囲気は悪くないと、消えそうになった理性の部分が告げて、声が上ずる。


「……その、大丈夫か?」


「私は大丈夫!オーケー!」


 再度の確認に赤べこのように首をがっくんがくん。


「違う!……なんだ。なんか、辛かったりしたのか?」


「へ?」


 した後、今までの全ての会話が食い違っていた事に気付き、頭の中が真っ白に。誰が悪いかで言えば梨崎が悪い。あんな会話をしていた彼女が悪いと、白い部分に黒いインクがぶちまけられ、


「ち、違うの!その!いやぁ……」


「ちょっ!?シオン!?誤解招いて悪かった!俺が聞きたかったのは」


 何を期待したのか、いやらしい女だと思われたのではないか。嫌われたのではないか。そんな不安がぐるぐると頭を支配して、布団の中に籠城する。くぐもった仁の声も恥ずかしさを煽るばかりだ。


「仁君。無理矢理は犯罪だよ」


「……な、梨崎!?」


 ガラッと勢い良く扉が開き、会議だと大嘘かまして逃げた保険医が帰還。ベッドの側の仁と、怖がるように震える布団という状況から犯罪と断定。


「先生をつけろ若者よ」


「あんた……先生のせいですよ!俺は何もしてない!てか聞いたぞ!やっぱり会議なかっ……盗み聞きしてたな」


「いや、ヘタレな君じゃあり得ないけど、万が一ありえるからね。監視監視」


 入ってきたタイミングの完璧さから考え、事もあろうにこの女教師は、廊下で聞き耳を立てていたのだろう。おまけに完全な言い訳の論理武装まで整えているからタチが悪い。


「そう睨むなって。解決してあげるから」


「……それでチャラにします」


 この布団の城を開城させる方法があると、いい笑みを浮かべた梨崎に仁は仕方なく、今までの狼藉を忘れる事を対価に依頼する。おそらく大丈夫であろうが、倒れる前のシオンは異常だった。


 さて、嫌々頼んだ理由や仁の心配は置いといて、梨崎が絶対に勝てると踏んだ方法とは。


「はいはい。君、別にそういう女の子嫌いじゃないだろ?」


「……」


「ほ、ほんと……?」


 仁に更なる恥を掻かせるというもので。シオンはまぁそれでしっかり出てきたから、否定する事も梨崎を責める事も諦めた。ちなみに仁はそういう女の子が嫌いではなく、むしろ男としてその逆である。










 時は放課後下校時刻から約30分程。歩幅を合わせて歩いて辿り着いたのは、シオンの家の前。


「なんでこんな事態に」


「……ふふっ。あ、鼻血が」


「……」


 一緒に帰れた上に家にまで入ってもらえるというシチュエーションに、シオンの鼻の血管が破裂した。その様子に呆れつつ、可愛いなと感じてしまう仁は末期であろう。


「付き添いありがとう。お茶くらいなら出せるし、外で話せる話題じゃないから。上がって」


「お、おう。どういたしまして……」


 シオンの家に仁がお呼ばれした理由は主に二つ。一つ目は、道端でのシオンの急な気絶の再発を危惧しての付き添い。そしてもう一つが、彼女が気絶した理由に関しての話である。


「入って仁。今日お父さんはいないはず」


「……そ、そうか。俺としてはいない方が問題だが……お邪魔します」


 こんな形でこんな早くお呼ばれするとは思っていなかったのだろう。彼は理性の心配をしながら恐る恐る、扉の中へと入り、


「そうか。なら問題はない。どうもお邪魔されます」


「お、お父さん!?なんで?」


 目の前の銀髪の騎士に、死を悟った。シオンも赤かった顔面を青へと塗り替え、思わず剣を引き抜き仁を背中へと隠す。


「学校から倒れたと連絡があってな。ティアモとジルハードに仕事全部ぶん投げて帰ってきた。それにしても……ううん?うちの娘の彼氏は、守られてばかりなモヤシなのかねぇ?ぬ?うおおおおおおおお!?」


 親バカな父は額に筋を浮かべながら、仁をねっとりと値踏みし、バカにした。しかし、会話の途中で何かの気配を感じ取ったのか、戦場での勘のままに二人に背を向ける。


「あらあら貴方?せっかく付き添ってもらったんだから、そんな意地悪しないの」


「プリムラ!お前こそいきなり魔法をぶっ放すな!危ないだろ!」


 背を向けた理由は、彼の妻が家の中でも構わずに魔法をぶっ放したから。何十本も飛んできた氷柱を、自分の身体とシオンに当たらないように剣で斬り伏せたサルビアはさすがといったところだが、プリムラの仁には絶対に当たらない軌道だったのも凄まじい技術だ。


「それに、ちゃんと男の子してるわよ」


「ちっ!」


 咄嗟にシオンを庇おうと前に出ていた仁に、当たらない軌道なのだ。氷柱を飛ばしてから仁が動く瞬きの間に氷柱の軌道を歪めたと考えれば、その技量が分かると言うもの。オマケに中華鍋のような形状の鍋を、魔法の火で炙りながらである。


「仁、私より弱いのに……」


「シオン。それ嬉しくない」


 感激した様子のシオンだが、その仕方が悪かった。否定する事なんて出来ない事実だったけれども、それでも辛い。


「ちっちっちっちっ!」


「「うるさい」」


 仁大好きなシオンのポンコツを見せつけられ、舌打ちをし続ける父親だったが、家庭内のヒエラルキーは最下層らしく女性陣に叱責され沈黙。殺意マシマシの目で仁を睨み付け、


「……剣を振る時の体重移動が甘い。強化が使えんのなら、その辺を上手く使わねば斬れんぞ」


「え、あ……はい!」


「構えもなってない。いや、他にも挙げればキリがないな。また暇な時に仕込んでやる」


「お、お願いします……!」


 一瞬で仁が剣を振っている事と全ての欠点を見抜き、その上で稽古へと誘った。


「剣を振ってたの?」


「……ちょっとだけ」


「本当にちょっとだけだろうがな。まだタコも硬くなっておらん」


 日々観察していたシオンでさえ気付かなかったのに、サルビアはただ一目見ただけで気付いた。その事に力の差を感じつつも、父が少しだけ仁を認めてくれた事に心は弾んだ。


「ご飯食べてく?もう少しで出来るけど」


「あ……じゃあお言葉に甘えて。親に連絡だけ入れときます。まだ時間的に作り始めてないはずなんで」


「お願いするわ」


 オマケに、プリムラは仁の事をえらく気に入ったようである。魔法から咄嗟にシオンを庇おうとしたのが、かなり高評価だったのだろう。あそこでわざと前に出なかったシオンは自分にGJを送る。


「お母さん!サンドイッチできる?あれすごく美味しくて……いや、他のも美味しいんだけど、やっぱりあれが一番で」


「貴方は朝も食べたでしょうに。はいはい。分かったわ」


 母の手料理は絶品である。それこそ、同じ日に同じ物を何度も食べてもいいくらいに。それを仁に食べさせる事が出来て、シオンはとても嬉しかった。









 で、食事と相成って。


「どうだ?この時のシオンは可愛いだろう!お父さん!なんて言って抱きついて来てな?」


「可愛いですね……剣を持ってますけど」


「話が分かるな!はっはっはっ!」


 日本の酒は素晴らしく美味いと、缶ビールをぐいっと煽ったサルビアが虚空庫から取り出したのはシオンの昔の写真。


「ぎゃああああああああああああああ!?いつの写真を虚空庫に入れてるの!早く捨てて!」


 とても高価な記録の魔道具で撮られたそれは、シオンとしては恥ずかしくて死にたくなるようなものだ。大貴族であるサルビアは金に物を言わせて大量生産していたが。


「捨てられるわけないだろう!末代までの家宝だ!」


「私で滅ぼしてやるわそんな家!」


 シオンが魔法で創り出した短刀から、ひらりひらりとサルビアの手によって舞う写真が逃げまくる。どれだけシオンが本気を出そうとも、父の本気には到底叶わず、傷一つ付ける事ができない。


「え、私、孫をとても楽しみにしていたのに?」


「や、やめてよっ!馬鹿っ!でも滅ぼすのやめる!」


「「ごほっ!?」」


 日本酒が好みだと言うプリムラに至っては、既に一升瓶一本を空にしていた。酒豪な彼女とシラフだろうが仁に酔ってるシオンとの掛け合いに、男性陣は飲み物を噴き出した。


「そ、それにしても本当に美味しいですね。この料理」


「うちに婿入りすれば毎日食べれるわよ?シオンもその内これくらいは作れるようにしごくし。胃袋掴めばこっちのものよ。がんばりなさい」


「がんばるわ!……本当、美味しいでしょ?」


 お世辞ではない本心の褒めで咄嗟に話題を変えたというのに、元に戻されてしまった。間違いなくプリムラは仁を狙っている。一体何がそこまで彼女を駆り立てるのか、全く理解出来ない。


「それにしても、ううっ……娘が男を連れてくるなんてなぁ……ろくでなしだったら抹殺したかったがそれなりではあるし」


「ま、まだそんな関係では……!?」


「ああ?遊びだったというのかね?娘を誑かしおおったのか!?」


「そ、そういう訳でも!?」


 サルビアに至っては未練タラタラ。認めたり認めなかったりと、仁に酒の匂いを撒き散らしながら絡む始末。


「うちの娘が惚れたから大丈夫よ。この子、人を見る目は確かだから。甘ちゃんでよく騙されやすいけど」


「前半と後半で矛盾しとるだろうが……こういうのは直接聞くのが一番だ」


 お二人とも酔っておかしくなっている。肉食獣二匹の変な答えなら殺すという凄まじいプレッシャーに気を失いそうになりながら、仁はそう思った。シオンはそんな彼にがんばれーを送った。


「ちょ、ちょいとお待ちを!」


 カラカラに乾いた喉を潤し、ついでに覚悟を決めよう飲み物に手を伸ばし、ゴクリと煽って勢いを付け。


「仁君!君は一生シオンを泣かせないようにする覚悟はあるかね!」


「ありま……」


 動揺していたのだろう。誤ってサルビアのビールが入っていたジョッキを一気飲みした仁は、意識をすっ飛ばした。











 仁は酒に異様に弱い。一口飲んだだけで吐きそうになるレベルである。


「ごめんなさい。あんなに弱いとは知らなくて」


「ん?ああ……シオン……?」


 知らなかったと、シオンのベッドの上で目を覚ました仁へと謝る。未だ頭がぼうっとするのか、彼の答えはうつろうつろとしたものだ。


「全く、何度目かしら。こうして貴方の目覚めを見るの」


「……そんな機会、あったか?」


「うん。あったの」


 思い出そうと頭を抑える彼に、シオンはただ笑う。しかし、この会話の内容が不味かった。というより美味しい餌だった。


「なぁにぃ!?貴様やっぱり娘に手を出し」


「大事な話だから出てってこのバカ親!」


 扉の外で覗き見していたバカ親が見事に釣れたのだ。正直、この餌で釣れなかったらシオンは気付けなかっただろう。それ程までに、両親は気配を完璧に殺していた。


「ほら、貴方行くわよ。じゃ、シオン!がんばりなさい!」


「……うん。がんばる」


 父親を追い出し、親指を立てた母の応援を見送って、シオンは仁へと向き直る。


「ありがとう。試練さん。私、もういいわ」


 そして、この夢のような世界の終わりを試練に告げたのだった。



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