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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第90話 シオンの夢見る世界


「これで俺は合格、でいいんだな?」


 腹の底をぶちまけ合ったからか、帰還を果たした俺は砕けた口調でロロへと確認する。ベットから起き上がった身体がやけに軽いのは、いつもうるさいもう一人が不在だからだろう。


「タイムは凄まじい。だからこそダメだ」


「は?」


 しかし、彼から告げられたのは、制限をクリアしたと言うのに合格と見なされない矛盾を孕んだ否定。帰還を喜んでいた梨崎は一文字に怒りを込め、どういう事かと問い直す。


「君は常に絶望に身を浸している。クロユリと同じだ。『魔神』が系統外で精神を破壊するまでもなく、すでに壊れている(・・・・・)。最初から器として完成されている状態なのだ」


 返答は、実に納得がいくものだった。『魔神』は絶望に巣食う。そして、この試練は絶望に打ち勝つ為の物。仁はその試練を、更なる絶望による狂気で突破してしまった。つまり、これでは意味が無いのだ。


「はっきり言って、その状態で突破できたのは奇跡に近い。自分としても苦しいが、仁。君を連れて行くわけには」


「俺の推測は正しかったわけだ」


 薄々感づいてはいた。結局仁は、絶望と共存してしまったのだから。打ち勝つ事は出来なかったのだから。故に、異常。分かっていてなぜ、試練を突破出来たのか。


「ロロ、賭けをしないか?」


「賭け?」


 簡単だ。試練を突破する条件を揃えたからだ。










 頬が疼く。


「やっぱり、貴方が出てくるんだ」


 犯した罪を忘れるなと言わんばかりに、ズキズキといつまでも。


「父さん。母さん」


 生みの親に刻まれし、頬の傷。忌まわしい子が幼い頃に経験した、拷問の記憶。


「さぁシオン。訓練の時間だ」


 もう、嫌だなんて言う前に、唇に剣を置かれていた。


 物心ついた時から、傷か絶えなかった。骨はいつもどこか折れていて、腫れた身体を引きずって、自分なんかよりずっと強い父に斬り刻まれて、自分よりずっと魔法の扱いが上手い母に何度も身体に穴を開けられた。


「なんて悪い子。これだけ躾けても分からないの?」


 分かってる。埃一つも残さない掃除が無理な事くらい。


 反抗すれば、痛めつけられる。反抗しなくても痛めつけられるが、まだマシだった。諦めて、無茶にも無理難題にもなんだって応え続けた。


「面白いな。やはり魔法耐久も筋肉と同じように、一度壊れる事で強化されるのか」


「ですが増加率は極めて低く、実用的とは言い難いかと。ここまで痛めつければ、先に人間が逃げ出します」


 私は、人間じゃないの?


 魔法の実験と称し、叔父と叔母にありとあらゆる魔法を身体に撃ち込まれた事も多い。常人が逃げ出すような痛みを肉親達から受けているのだと思うと、もう抵抗する気力もなくなった。


 シオンにとってはこれが普通。魔法で焼かれて飛び起きて、斬られて溺れて貫かれて訓練と家事を学んで、気絶するように硬い床で眠る。そしてまた、魔法で斬られて起きる。こんな異常にして残酷な日々が、彼女にとっては日常だった。


「これが、生きるって事なんだ」


 死のうと思った事がないと言えば、嘘になる。これだけ辛い日々も、死ねば終わると思えばとても魅力的に思えたし、自分の首を痛みなく掻っ切るくらいの技量は、四歳の頃からあった。ただなかったのは、自分を含め人を殺す覚悟。


「でも、いつかは認めてもらえるかもしれない」


 死ぬ事もできず、好きに生きる事も出来ない。だからシオンは、必死になった。いつか父に剣で勝てば、いつか埃を一つも残さないように掃除が出来るようになれば、もっと実験とやらに協力すれば、いつかは。そう思って生き続けて、何年か過ぎた頃。


「今日は人を殺す訓練だ」


 忘れられない、最悪の訓練だった。








 だと言うのに、これはどういうことなのだろう。


「シオン。随分と幸せそうじゃないか。父親として嬉しいよ」


 目の前にあるのは、トラウマの象徴たる父と一緒に食卓を囲む姿。食事を共にした記憶なんて、たった一度しかないというのに。


「ちっとも嬉しそうな顔をしていない癖によく言うわ」


 あり得ない光景に、罠かと疑った。不満そうな顔なのはきっと、シオンが幸せで、罠でも一緒にご飯を食べている事が嫌なのだろうと思った。


「むっ。見抜かれたか。まぁ娘の相手というのはなかなかに……」


「とぼけないでよ!」


 反抗的な態度を見せても父親面をし続けるサルビアに、シオンは思わず声を荒げた。いつもならここで両腕を叩き折られてもおかしくはない。


「……わ、悪かった」


「え?」


 だというのに、父は謝って、すぐに新聞の文字を追う作業に逃げてしまった。怒鳴って反抗してもお咎めも罰も何もなし。何もかもが異常すぎて、気持ちが悪かった。


「サルビア。こういう問題は余り深く聞かないの。でもお母さんも早く、その彼とやらを見てみたいわ。仁君って言うのよね?」


「見せるわけないでしょ……!?何されるかわかったもんじゃないわ」


 ちょうどシオンの大好物であるサンドイッチを持ってきた母の言葉に、正気を疑い、解読。結果、仁が魔法に穿たれる未来を見て、少女は椅子を蹴り飛ばしてここにはいない彼を庇うように立ち上がる。


「何もしないわよ。ただその……ね?チャラチャラした悪い男だったら、ちょっと矯正するだけよ」


「軟弱者だったら剣の稽古をつけるくらいだ。心配ない。お前に釣り合うくらいの男にし」


「やっぱり仁を殺す気じゃない……!チャラチャラしてないし、仁は父さんなんかよりよっぽどいい人よ!」


 間違いない。二人は仁を殺す気だ。父の稽古と母の矯正なんかに付き合っていたら、一般人(・・・)の仁は死んでしまう。


「……」


「シオン、貴方ゾッコンねえ……本人が幸せならいいか。ほら、ご飯冷めるから食べちゃいなさい。今日も学校あるんでしょ?」


「……変よ。何これ……」


 胸を抑えてうずくまったサルビアと、そんな彼の背中をさすりながら嬉しそうに笑う母の言葉に、もう何度目か分からない疑いをかける。


「毒でも入ってると思ってるの?ほら、早くしないと遅刻するわよ」


「あ、はい……」


 母に内心を言い当てられて、ドキッとした。そして思う。なぜ自分は、母の料理に毒が入ってるのかと疑ったのかと。


「あ、やっぱりお母さんのサンドイッチは美味しい」


 こんなに美味しいサンドイッチなのに。惜しく思いつつもサンドイッチをかっ込み、身支度を整える。


「褒めても何も出ないわよ。サルビア。とっとと立ち直りなさいな。貴方も仕事でしょ」


「……うむ。行ってくる……」


「帰ってきたらまた慰めてあげるから」


 玄関で虚空庫の中身を確認するシオンの耳が拾った、小声で呟いた母の一言は聞こえてないフリをして。普通の意味だとは思うが、シオンはそういうお年頃だった。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


「気をつけて」


 ちょっと立ち直った父がのそのそと、笑顔で手を振る母がテキパキに見送られながら、シオンは家を出て学校へと向かった。


 実に普通な、家族だった。









 確か、出会いはこんな感じ。ゴブリンの血を浴びながら切り開いた道の先に、彼はいた。


「あの!大丈夫ですか!」


「え、ああ。大丈夫です」


 シオンは転移直後、父と母に教わった戦闘技術を活かし、無力な日本人を助けて回っていた。その時に、魔力も無しにオーガへと立ち向かった少年を見つけたのだ。


「オーガ相手に魔力無しの素人が?あ、怪我して––」


 多少血は流していたが、彼はオーガに勝った。常識で考えてあり得ない。身のこなしは一般人以下。魔力も無い。なのに目の前の現実は、あり得ない事があり得ている。故に、少しの間彼の怪我に気付かなかくて、慌てて治癒魔法を起動させる。


「そんな事より仲間を助けてくれないか!中に籠城してる!」


「あっ、はい!でも先に治癒だけ……」


「行きながらでお願いします!こっちです!」


 彼は痛む身体も傷も構わず、校舎の中へと駆け出した。仲間の心配で頭が一杯で、他のことなんて全く気にしてもいない様子だった。


「何これ……」


 そしてシオンは、校舎の中に溢れる血と肉塊に、度肝を抜かれた。人間が一人もいない、ただ魔物だけが机と椅子に押し潰された一方的な戦場を。


「……どっから入るかなこれ」


「私が斬り開くわ」


「何を言って」


 積み重なった魔物の死体と不安定な机のバリケードを、シオンの剣技は崩す事なく入り口だけを開く。彼女にとっては至って普通の事に、口をポカンと開けた少年は、


「綺麗だ」


「へ?」


 心のままに、思った事を口に出していた。しかし、この後で自分の言った事を把握して、言い訳をする彼は知らない。シオンの方がよっぽど、仁の成した事に口を開きたかったかを。


 後に、シオンはこの作戦の立案者が誰かを知って、犠牲の数を聞いて、状況を詳しく理解して、更に口を開ける。この籠城作戦を考え、多数の命を背負って見事守りきった少年を本当にすごいと思って、興味を持ったのだ。










 世界と世界が突如融合した。理由はシオン達の世界の崩壊を止める為だと、父から聞いた。その事を語る父がどこか悲しそうだったのを、今でも覚えている。


「……やっぱり、知り合いの娘さんが亡くなったのが辛かったのかな」


 自分以外の全てを守る為に、自分を捧げた女性。彼女はなんと、転移先の世界にまで気を使っていた。


「私も、そんなすごい人になれたらいいな」


 転移先の世界が弱者であった場合、魔物が暴れ回る可能性がある。逆に強者であった場合、こちらが侵略されるかもしれない。故に、転移先に迷惑をかけないよう、もしくは攻め込まれても帰還用の魔法陣が発動するまでの時間が稼げるよう、彼女はあちこちに騎士団を配置するように進言した。


「お父さんもお母さんも叔父さんも叔母さんも、みんな本気で守ろうとしてた」


 かつての英雄やご隠居も引っ張り出しての策。その結果、仁達の世界の被害はごく少ないもので済んだ。もちろん、騎士団だけで全てがカバー出来たわけではなく、幾つかの市や町が破壊された。だがそれでも、完全に破壊されたのは両手両足で数えられる範囲だけ。ほとんどの都市や町は転移数十分以内に騎士団、もしくは近隣の村や街の人々が駆けつけ、魔物を駆逐していった。


「でも、守れない人も多かった」


 大きな被害は確かに少ない。しかし、細かな被害は莫大であった。救援が駆け付ける数十分の間に死んだ人間の総数は未だ把握しきれておらず、遺族や親しい者達からは、シオン達の世界の人間を許さないという声も多い。


「だから、次こそは守らなきゃ」


 だが、あの転移にはシオン達の世界そのものがかかっていた事、転移後すぐに日本人の救助に動いた事から、罪には問われなかった。否、問えなかった。とは言え何のお咎めなしという訳にもいかず、そこで両国間で提案されたのが、魔力を持たない日本人を魔物や脅威から守るという条約。


「お試しを兼ねての、特区」


 先も述べた通り、今はまだ距離がある。大切な人を失った原因達と暮らせと言われて、はいそうですかと素直に頷ける者は少ない。故に造られたのが、魔法と科学、日本人と異世界人が共に住まう幾つかの特区だ。


「そこに彼もいたなんて、ついてるわ」


 希望者のみの募集だったが、まさかそこにあの時の少年がいるとは思っていなかった。


「しかも教え子なんて……うん。ついてる」


 シオンの今の立場は、魔物と遭遇しても最低限の戦闘が出来るように技術を教える教師で、仁はその科目の生徒だ。


「けど、まだなんか……威厳がどうにも」


 出来立ての学校に着任した当初は、その背の小ささからよく生徒に間違われ、戦闘訓練を担当すると言ったら笑われたりもしたが、今ではすっかりそんな事もない。


「本当失礼しちゃうわ。そんなに子供ぽいかしら。もう二十歳近いのに……」


 とりあえず最初の授業で父親直伝のしごきを体験させてみたところ、笑う者はいなくなった。しかし、どこか未だ舐められてるいるような雰囲気は拭えない。まぁ要は生徒からマスコット扱いされているのである。


「……まだ成長期来てないだけだし。イザベラ先生みたいになってやるし」


 原因はこの身体だろうと、スカスカとイザベラにはあってシオンにはない部分をさする。実に空気で、まるで存在していない。


「仁は、どうなんだろう」


 幸か不幸か、真面目で模範的である仁はシオンをマスコット扱いしない。されたいかされたくないかで言えば非常に返答に困るところではあるが、それより気になるのは。


「ろりこん?って言うのかな。それだったらいいんだけど」


 日本で教師と生徒の恋愛は犯罪ではあるが、シオン達の世界では特に法に触れるものではない。シオンの叔父と叔母がその良い例だ。理由としては、日本人よりシオン達の世界の人間の方が寿命が短いからなのだが。







 まだそう暑くはない日差しが降り注ぐ校庭に、魔力を持つ教師数人と持たない生徒数十人が整列していた。


「えーと、おはようございます!今日の訓練は」


 ばちり。何故か訓練という単語を出すと頭と頬が強く痛む。いつもはそれだけで、普通に耐えれば良い話なのだが、今日は違った。頭にもやがかかって意識が朦朧とするのだ。


「人を殺……え?」


「し、シオン先生?何言ってんの?」


 勝手に口が動いてる事に気付いた脳が慌てて止めるも、時は既に遅く。生徒や他の教師の間で動揺とざわめきが広がっていく。


「あ、あれ?おかしいな。なんで私……」


 何故だが、吐き気が止まらない。汗が溢れて動悸が破裂しそうで、頬が焼けるように熱くて。


「シオン先生!?」


 そのまま、抗うことのできない暗闇へと意識が引きずり込まれていった。


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