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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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第88話 罪悪感と試練


「てめぇ……!」


 しょうがなかったから。リスクが少なかったから。そうやってつらつらと言い訳を並べるロロへと、仁は拳を振り被った。ショックを受けているシオンもマリーも、彼を止める事はない。


「ありもしない幻想の話はやめて、生産的に現実の話をしよう。これは何の益も産まない争いだ。柊と梨崎とやら。君達なら分かるだろ?」


 身体強化で殴れば、首の骨ぐらいは簡単にへし折れる。そんな勢いの拳が来るとロロは分かっていながら、避ける事も暴れる事も、それどころか拳を見てすらいなかった。ただ、ただ淡々と言葉を紡ぎ続け、理知的であると判断した者達に同意を求めた。


「まぁ、ないね。でも、恨みは晴らせるからいいんじゃないかな?あ、でも仁あんたストップ。私が代わりにやるから」


「意味はある。こんな状態で協力出来るか怪しいものだからな」


 しかし、理知的と言えど限界はある。梨崎は仁にドクターストップをかけつつメスの先を向け、柊は建前を用意して論理的に暴行を支援。


「……よくもそんな事、出来たよなお前。なぁ、聞かせろよ。俺やシオンと初めて会った時、いや、今一緒にいるこの瞬間、俺らに対してどう思うよ!」


 仁は振り切りそうになった感情を、怪我が長引く事で救えなくなる命の数を数えて無理やり抑えつける。代わりに向けるのは物理でも魔法でもない、ロロを責め立てて傷つける事を目的とした言葉の拳。


「きっと君の面の皮って、削ぎ落としても大丈夫なくらい厚いんじゃないかな?死んでいった人達に何か思う事言う事ない?少なくとも、今回ばかりは防げたはずの犠牲でしょ?」


 忌み子の設定は世界の為に必要な犠牲だったか。そう問われれば、「はい」とも言えるし「いいえ」とも言える。山を壊す、天候を変えるなどして『魔女』の健在と脅威を示し過ぎれば、討伐の軍が組まれて『魔神』が解き放たれる可能性が増える。


「リスクを避けたってのは分かるよ?でも、こうまでして避けるリスクだったかい?『魔女』の魔力を持ってすれば、十分に避けれたはずだ」


 かと言って、一つの人種そのものを滅亡間際まで追い込み、彼らの反発で多くの血が流れた事を考えれば、前者のリスクを取るべきだったかもしれない。ただ一つだけ言えるのなら、『魔女』の系統外の為に虐殺した者達とは違い、必ずしも必要な犠牲では無かったという事だ。


 価値観が違うだけ。ロロは世界そのものの為に僅かでもリスクを避けようとして、仁は世界よりも僅かなリスクをとって欲しかった。


「用心に用心を期し……」


「俺らの世界を滅茶苦茶にするのが用心って言うのか?なぁ、罪悪感とかねえのか––」


「あるに決まっているだろっ!」


 でも、ロロだって。


「自分も、クロユリもイヌマキも!こんな事を望んでいたと思うか?人を進んで殺したいなんて、自分達は一度たりとも思った事がない!」


 出来るなら、人を殺したくなかった。忌み子をこんな惨状に追い込みたいわけなんてなかった。


「どう思う?罪悪感を感じないのか?今もなお罪悪感に押し潰されそうだ!後悔しているに決まっている!こんな世界そのものが転移して、君たちがこんな目に遭うと知っていたなら、自分達は違う道を選んでいた!」


「あ……」


 努めて保っていた冷静を捨て、感情のままに声を荒げたロロの叫びに、仁達は気付かされた。


「あの時、迫害によって黒髪黒眼の数はすでにごく少数だった。私達は何度も何度も話し合って、彼らを切り捨てた!世界の為という免罪符を掲げてな!」


 仁達が忌み子を切り捨てるな、と主張するのは今の惨状あってこそ。だがしかし、一体誰に予想できようか。世界と世界を融合させる魔法が発動され、その先がたまたま忌み子だらけの世界だったなんて。少なくとも当時のロロ達には不可能で、彼らは少ない犠牲だからと目を瞑った。


「少ないからと許される訳でもない!犠牲は一人でもいたらその時点で大いなる罪だ!分かっている!後悔している!何度も謝って、助けられたらと虐殺者で加害者の身で考えた!」


 目を瞑って、その罪に耐え続け、罪を負ったからこそ世界の為にと戦い続けた。人との関わりを断ち、永遠に朽ちぬ時を過ごし、『魔神』を封印し続けた。そんな男が、自らが下した過去の決断が招いたこの今に、何の罪悪感も抱かない訳がない。


「だからこそ、自分が最悪なクズである事を自覚した上であえて言おう!過ぎた事だ!」


「……っ!?」


「過去を取り戻す魔法はない!この言い争いが何を産む?後悔しているなら、次の犠牲を出さない為に話し合うべきだろう!」


 誰もが冷静でないこの状況で、どの口が言っているのかと思われるような言葉を、彼は吐いた。張本人であるからこそ、正しい方向に導びくべきだと分かっていたから。どんな誹りを受けようとも、どれだけ嫌われ、軽蔑され、憎まれようとも、正しくならねばと思っていたから。


「悔しいが、貴様の言う通りだ」


「……はぁ。しゃーない。怒りは収まらないし、忘れるつもりはないけど、今は我慢するかな」


「君達を巻き込んだ事、深く詫びる。これだけで罪が消えるとは思っていないがな」


 実に理に適っていると、土下座したロロに柊と梨崎は怒りとメスを一旦収め、過去ではなく未来を話し合う事に同意した。


「仁。君の怒りはもっともだ。しかし、それを振るうのは、全てが終わってからにして欲しい。死ぬ事が許されないこの身だが、どんな罰でも受けよう」


「…………そんなのいいよロロ。お前を許せないけど、お前の気持ち分かるから。こっちも声荒げて悪かった。それに多分、お前の方が俺よりいい奴だな」


「は?はぁ」


 多少の落ち着きを取り戻して考えれば、ロロは誰かの為に犠牲を選んでいた。仁も同じように犠牲を選び、故に正しい方向へ進もうとする気持ちがよく分かる。しかし、一つだけ違いを上げるなら、仁は自分の為に犠牲を選んだ事か。どちらが人間としてダメかと言えば、仁の方だった。


「どんな罰でもって言ったね?……冗談はさておき、まったく嫌な世の中だ。誰も、素直に恨ませてくれやしない」


「……恨んでくれて構わないが、悪かった」


 責める権利はある。恨む理由もある。だがそれを使うには、ロロは既に自分を責め過ぎていた。理由も悪の為ではなく正義の為で、ロロは善人だった。みんながそうだ。ジルハードもティアモもサルビアもイザベラもあの騎士団も、誰も悪い奴じゃない。素直に憎めない。憎めるとしたら、この世でただ一人(じぶん)だけだろう。


「過ぎた事っていうの、分かる。それに、私の過去があるから得た物もあるって言うか、だから、私に関しては気にしないで。今が幸せならそれでいいから」


「こんなところまで似るとはな。すまない……君の人生を歪めてしまって、本当に」


 地に頭を擦り付けて詫びる先祖に、シオンは昔は辛かったけどと笑って返す。彼女は実に優しいが、その優しさがかえってロロを傷つける事に気づける程、鋭くはなかった。


「ちょ、ちょっと待って。ねぇ、私が昔、戦争で殺したのって」


「マリー。その戦争が起きたのは、自分達が忌み子の真実を広めなかったからだ。彼らは反旗を翻し戦った時、君は国を守る為に剣を取っただろう?」


 そして、この中で一番ショックを受けていたのは、無実の人間を何万人と斬り刻んだ『勇者』だった。そんな彼女に、ロロは優しく、言い聞かせるように地面から声をかける。


「君が剣を取らねば、大勢の人間が死んでいたとも。憎むべきは戦争の原因である自分達だ。いいね?」


 君に責任はない。戦争で人を守ろうとしただけで、彼らが無実だったかどうかは関係はないと、ロロは説く。例え無実だったにしろ、人に剣を向けた事は確かなのだからと。剣を向けさせたのは、間違いを正さなかった自分達だからと。そうロロは憎しみを誘導させる。


「……そんなので納得して、貴方を簡単に憎める程私は単純じゃないわ。ごめんなさい。少し一人にして。どうせ私、試練受けても意味ないんだし」


「ああ、分かった。すまない」


 全部ロロのせいにして彼を憎む事が出来たら、どれだけ楽か。でも、それが出来るならマリーは苦しんだりなどしていない。しかし、憎んでいないわけではなく、気持ちの整理をつける為に彼女は部屋を出ていった。


「……今、何を言おうと無駄か」


「そら被害者が加害者に慰め言って意味あるか?さて、話に入れなかったが俺もロロ側の人間だ。黙っている事に賛成したんだからな。だから、せめてもの償いとしてこの命、この街を守る為に使わせてもらう」


 ロロが首を掴まれようがメスを向けられようが、険しい表情のまま一切傍観の態度を貫いていたイヌマキがようやく話に入り、謝罪と共にその身を差し出した。


「元より戦力としてロロから受け取る予定だったが」


「てめえ人を勝手に売りやがったな?……まぁいい。だが、気をつけな。この地下の中なら俺は幾らでも無双できるが、ここから出て戦えるのは三分が限度だと思え。しかも一回きりだ」


 知らない所で勝手に商品にされていたイヌマキがぎろりとロロを睨むが、『記録者』の悲痛な感情を読み取ったのか特に追求はしなかった。代わりに柊と仁に目を向け、使用上のご注意を話し始める。


「え?さっきの映像では普通に戦ってたけど……」


「あれで無茶しすぎてもう俺の身体、ボロボロなんだよ。が、三分あれば『魔神』と『魔女』以外の敵は蹴散らしてやれると……ああ、あの男だけはキツイか。うん。大体はって訂正する」


 最初は短さに不安を感じた一同だったが、よくよく考えれば『魔女』と『魔神』を抑えられる存在が三分も戦ってくれる事は、とても心強い事だった。それこそ、騎士団を彼だけで抑えられるのではなかろうか。本人曰く、たった一人を除いてらしいが。


「んじゃま、話を先に進めるとするぜ?おら、落ち込んでねえで話せ『記録者』」


「あ、ああ。これより『試練』を執り行う」


 天井から生えてきた木の枝がロロの頭を叩き、会話の主導権をパス。そして彼はようやく、ここに来た本題を話し始める。それは、あの塔の中に入っても『魔神』に憑依されないかを試す『試練』だ。


「形式は簡単だ。自分の系統外を使い、君達の心を試す。そこから帰還するまでの時間によって、連れて行くかどうかを決めさせてもらおう」


「待て。仮に誰もその『試練』とやらに合格しなかった場合、どうするのだ?」


「合格してくれ。はっきり言って、君達以外にあてはない。騎士達に頼もうにも、彼らは皆マリーのようになってしまうだろう」


 塔の中に入れるのがロロだけなら、『魔神』に勝つ事はおそらく不可能。かといって『試練』を乗り越えられないようであれば、塔の中に入った時点で憑依されてしまう。つまり仁達に残された道は、合格するしかない。


「君達は世界を背負っている。覚悟はいいな?」


「……ああ」


「どんとこいさ!」


「が、がんばるわ」


 参加するのは、戦闘力のある仁とシオンのみ。柊と梨崎にも心の資格はあるだろうが、どうしても『魔神』との戦いで足手纏いになってしまうからだ。


 覚悟が決まった二つの顔と三人の意思を聞いたロロは本を開き、


「己が中に眠る真実に、挑め」


 彼らの意識を、本の中へと閉じ込めた。









「久しぶり。いや、ちょっと前に会ったね。変わったけど、変わってないなぁ。仁は」


「……香花」


「死んだ私はもう、変われないけどね」


 絶望に耐える為の『試練』。それは、自分の中に眠る過去最悪のトラウマと、向き合うというものだった。


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ロロちん騎士団側に忌み子は忌み子じゃないって融合してから言わなかったのはなんでや...
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