『魔女の記録』第22話 『魔女の記録』
『魔女の記録』最終話です。
「ひとまずクロユリの魔力に依存する封印しといたが、錆びた鉄格子だと思ってくれ。こいつがその気になりゃ、三分と保たない。まぁ一度破られても、再生は容易だけどな」
「ありがとうイヌマキ」
この封印は警報機の役割を果たす。封印を破る為には系統外を使わねばならず、『魔神』はその間、他の系統外をほぼ使う事が出来ない。破っている間に、こちらも戦闘に備えるのだ。
「と、まぁこれで『魔神』の捕獲に成功……扱いに困るなこいつ」
互いに互いを殺す方法を考えに考え抜いて、必ず勝てると思ってぶつけ合って。結果は『魔神』が読み違えて惜敗、クロユリの身体の中に閉じ込められたのだが、平和になったわけではない。
「まず、1km圏内に人が入るだけでこやつは自由になるぞ」
今は隔絶されてはいるが、発動者であるイヌマキの魔力はそう長く保たず、いずれ結界は崩壊する。先ほど施された封印が解けるまでの一分間に圏内の人間全てを屠ればいい話なのだが、万が一耐えられた場合などを考えれば、何らかの策を取らねばならない。
「とりあえず、人が来ない海底や空、もしくは大地を底まで切り取って、陸の孤島でも作ろうかしら?」
「最後の案がいいかな。調査に来ようとするもんなら、『魔女』が住んでるとでも噂を流して来ないようにしてしまえ。なんならロロの記述を使ってもいい」
1km以内に人が入られない環境、つまり金輪際クロユリはロロとイヌマキ、そして『魔神』以外全ての人間との接触を断ち続ける事になる。先述の通り、うっかり圏内に踏み入った者は生きて帰す事は出来ない。死者に『魔神』が憑依出来ない事、『魔女』の系統外を考えればそれがベターだ。
「クロユリ、しかしだな」
「殺せないなら飼い殺すしかないし、『魔神』に負ける以外、どんな事が起きても受け入れる覚悟はしてたわ」
「……」
寿命が存在しない彼女にとって、金輪際=永遠だ。守る為に殺し続ける程に人が好きな彼女にとってそれは、寂しいなんてものじゃないはずだ。しかし、その事を憂いたロロを、クロユリは頑張って作った笑顔で牽制する。
「ロロ、分かってると思うが、てめえ書くなよ?」
「言わなくても分かっている。この物語を語るとしたら、不測の事態が起きた時だけだ」
本来ならば、『魔神』を倒した後にその詳細を『記録者』たるロロが記す事で、クロユリの戦っていた理由を広めるつもりだったのだ。多くの恨みは消えないだろうが、救われた事に感謝する者達も出てくるはず。少なくとも、孤独じゃない人生になった事は確かだ。
「いざという時の為、力を残さねばならないのは分かっている。しかし、それもいつまで保つものかは、自分にも分からん。記されなければ、いつかは風化してしまう」
世界と人々に多くの傷跡を残したクロユリだが、大地はいずれ癒されてほとんどの傷が消え、この時代を生きた人達はいつかは死に、『魔女』の恐怖を知らない世代が続く。そうなれば、『魔女』への恨みを抱く者は徐々に減り、クロユリは力が保てなくなってしまうだろう。殺して得た分の魔力もあるが、それでも恨まれて得た魔力が無くなれば、封印は即座に破られて警報機の役割を果たせなくなる。
「定期的に、人を狩らねばならんだろう」
「けどだぜ?それは、報復や人に近づかれる危険性も考えなきゃいけねえ。もうちょい上手く魔力を維持できる方法を今は探してだな」
家族や仲間を殺されようものなら、人々は復讐を考える。何らかの隠密系の系統外を持った者達が圏内に入り、それにロロ達が気付かなければ、『魔神』はその者に憑依してしまうだろう。恨みも買え、殺して魔力も得られるが、同時に最悪の危険性も孕んでいるハイリスクハイリターンな方法だ。
「私、それ思いついたと思う。出来るかはロロ次第だけど」
「……自分?という事は『記録者』の力を使ってだとは思うが、嘘は書けんぞ?」
「うん。分かってる。それでいい。貴方の言葉なら、みんな信じるでしょ?だから、世界を欺けるの」
この話の流れで一見ロロが役立てそうな力は、嘘が書けない性質による世界からの信頼感だけだ。誰もが『記録者』の書いた記録を、真実だと疑わない。
「いや、だからだな?そもそも自分は人を欺けないと言っているのだ。何せ嘘が吐けな」
「でも、真実は書ける。そして、真実で人は騙せるわ」
「ああ、そういう事か」
いまいち容量を得ないロロが頭を悩ます中、ポンとイヌマキが手を叩いて彼女の案を見抜く。同時に、この真実がどれだけ多くの影響を与えるかを想像して、全身の毛が逆立った。
「すまない。どういう事だ?」
「私は世界を滅ぼした『魔女』で、世界を救った『勇者』。もう一人の『勇者』は『魔神』に憑依されて、世界の敵になった。そして、『魔神計画』で産まれたロロも失敗作であれど『魔神』よね?」
「……あ、ああ……確かに、それなら……!」
人名ではなく、代名詞を使った子供に聞かせるような物語ならば、そして幾つもの役柄が重複しているのならば、何の嘘もなく、真実だけで世界中の人間を欺ける。
「貴方にしか出来ない。真実で全世界を、騙して」
『昔、昔。とても強い力を持った魔神と魔女がおりました』
『魔神はかつて世界を救おうとしました。しかしその最中、争いを続ける人々に絶望し、裏切られ、次第に人々を憎むようになりました』
『人間などいなくなればいいと、魔神は考えました。世界を救うはずの魔神が、いつしか世界を滅ぼそうと考えた始めたのです』
『黒い髪の魔女は、魔神と協力して世界と戦いました。魔女と魔神の力は強大で、何人もの人々が犠牲となりました。立ち向かった兵士も王も、みな死に、世界が暗闇に包まれたかと思われました』
『そんな中、一人の勇者が立ち上がります。世界を救うと誓った勇者は、必死に努力し、みんなの|想い(憎しみ)を力に変えて、魔神に匹敵するほどの力を手に入れます』
『勇者は魔神と魔女と戦います。その戦いはとても大きな戦いで、大地が変わり果てるほどのものでした。勇者は死闘の末、魔神を封印します』
『残された魔女も深手を負い、命からがら逃げ出しました。勇者は魔神の野望を打ち砕き、世界を救ったのです』
真実だけで書かれた『魔女の記録』が、ロロの脳内ですぐに組み上がる。しかし、これを本当の意味で読めるのは、この場にいる者達だけだ。
誰もが思わない。世界を救う為に、世界を敵にまわそうとした女性がいたなんて。誰もが思わない。世界を滅ぼす者に協力した、『勇者』がいたなんて。誰もが思わない。同じ代名詞でありながら、中身は別人で、矛盾が一つも存在しないなんて。
きっと誰も疑わない。なにせ『記録者』たるロロが書いた記録なのだから。きっと誰もが無条件で信じて、嘘ではない偽の真実という名の掌の上で永遠と踊り続ける。そして、その掌の主であるクロユリを恨むのだ。それこそが、掌の主の望みであるとは知らずに。
「……これほど、気が進まない真実の記録は初めてだな」
この物語が世に出れば、きっとクロユリは本当に『魔女』として生きる事になる。歴史に埋もれる事も出来ず、悠久に嫌悪の対象として世界中の憎しみをその一身に引き受けて、『魔神』をその身に宿しながら生きる。その最後の一押しを、自分の記録がする事にロロは葛藤した。
「クロユリ、一つだけ君に聞きたい」
「何?」
そして、問う。
「君は報われて、いるのか?」
その最後の一押しをするかしないかを決める、問いを。
「君が成したのは間違いなく偉業だ。君が殺した人達に意味を与えたし、君が止めねば犠牲は世界そのものだった。だが、それに対して与えられる物は余りにも、酷だ」
確かに彼女は虐殺の罪を背負った。だが、それは全て世界を救う為。その目的を掲げて戦い続け、遂に『魔神』を一時的にであれど止めてみせた。しかし、世界を救った功労者であるクロユリに与えられた報酬は、名誉でも栄光でも金でも物でも土地でも地位でも感謝でもなく、永遠の汚名と悠久の憎悪、無限の憎しみと終わりなき孤独。
あんまり、などでは済まされない。世界を救った者に対する仕打ちがこれだと言うのか。そう、ロロはやるせない気持ちになって、
「貴方がいるじゃない」
「……ああ、いる」
「ちょっと変だけど優しくて、『魔神』にも憑依されなくて、私がうっかり魔法を暴発しても死ななくて、寿命がない私に永遠に寄り添ってくれるって言ってくれた、貴方がいるじゃない」
即答に気持ちが固まって、続く理由に腹が決まった。だって今のクロユリが浮かべている顔は。
「いるさ。ずっと。今の君の顔を、ずっと守る為に」
太陽が微笑んだような、それだけで幸せだと言っている笑顔だったのだから。
この場所以外の世界は誰も知らない。本当の『勇者』である『魔女』と、世界を守る彼女を隣で守り続けた『魔神』の事を。そして、悲しき運命に辿り着いた彼女が、たった一つ。後に二つとなる幸せだけで、ずっと笑っていられた事を。
これから先、『魔女』は大地をくり抜いて創った陸の孤島で、ロロと一緒に永く幸せな時を過ごす。その最中、子供が出来たりと色々な出来事があるのだが、それはまた別の機会に。
仁達には語られなかったおまけ。ギャグの為注意。
「大変だなてめえも」
「何がだ」
二人の邪魔にならないよう、透明化の魔法を使って姿を消していたイヌマキが、『魔女』の中の存在へと『伝令』で同情を投げかける。
「毎日、永遠とこのいちゃいちゃを見せつけられるんだぜ?」
「……馬鹿を言うな。さすがに私が見ている前では……」
今の時点でもうすでに、『魔神』は勝手にしろ状態だったが、夫婦である以上さらに上があるのは当然。しかし、さすがに第三者がいる前では多少は避けるだろうと『魔神』は縋るように反論するが、
「諦めろ。こいつらはむしろそれで燃え上がる。経験談だ」
「…………………………こんな世界、やはり滅ぶべきだったと思わないか?」
イヌマキの微笑ましいものを見るようで、なおかつげんなりとした表情に全てを悟り、負けた自分を責め立てた。
「ちょっと思うね。けどま、いいんじゃねえの?てめえにとっては最高に辛い罰だろ」
「………………早くここから出たい」
過酷なる運命の果てに結ばれ、互いに極度に依存しあっている二人だ。察するに余りある。
「お前が出るのが先か。それとも慣れるのが先か。俺は後者だと思うね。なんなら、この世界まるごと賭けようか?何せ俺が後者だった」
「……」
彼らは知らない。もう『魔神』が慣れきった頃、ロロとクロユリが愛の結晶たる子供には憑依しないでくれと頭を下げに来る未来を。系統外はよく遺伝する為、『魔神』としても憑依する気はさらさら無かったが。
敗北者が辛い思いをするのは、世の常である。




