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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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『魔女の記録』第21話 永遠に

 

 地面も空気も海も溶け、ただどろりとした液状のものが沈んでいく世界の中、たった一人の影だけが存在していた。


「欠陥?封印ではない?」


 身体の中に自分以外の意思があり、思うように手足を動かせない気持ちの悪い感覚。だが、この気持ち悪さこそが勝利の証拠なのだ。


「私の系統外は殺せば殺すだけ、恨まれれば恨まれる程強くなる。ただ、罪を背負う以外にも多大なデメリットがあったの」


「デメリット?貴様、いや君は……?……!?」


 クロユリの身体の中の声が二度、何かに気付いた。一度目はこの世界では聞き慣れない、なのに聞き覚えがある言葉で。二度目は、『魔女』の本当の作戦に気付いたから。


「そうか、そういう事、か」


 『魔神』は、イヌマキとの戦いで迂闊に憑依する事は危険だという事を学んだ。故に、『魔女』を正面から倒そうとし、仮に勝てなかったとしても、封印に対抗出来るよう準備を整えていた。現に今、その為の系統外を使用している。『魔女』の作戦が自らの身体を『魔神』に奪わせ、その隙に最速の封印を施すものだと考えていたからだ。


「貴様も、学んでいたのだな」


 しかし、『魔神』がイヌマキとの戦いで学んだように、クロユリもまた『魔神』が学んだ事を学んでいた。


「一日置きに記憶を忘れる素敵な系統外をプレゼント。どう?いいでしょ?」


 持ち主にとっても、それを降りかけられた者達にとっても最悪の災たる系統外を、『魔女』は美味しそうに見せて奪わせた。


「死ぬのが怖くないのか?貴様の精神は食い荒らされるぞ?」


「やってみなさいな。ロロがまた記憶を戻してくれるわ。貴方とロロの日々は無いから、戻してもらえるのは私の記憶だけだけど」


 もちろん、クロユリはそれ相応の覚悟を背負ってこの策を使った。ロロは気付いていなかったが、『魔神』が喰らった心を復元できるかは分からず、クロユリの精神そのものが死ぬ可能性も大いにあった。


「例え死んだとしても、貴方を止められるなら本望だわ。それが、私がしてきた事に対する義務だもの」


 だがそれで、今まで自分達がしてきた事に意味が出来るなら、殺した者達が無駄死にではないと証明出来るなら、構わなかった。


「さぁ頑張って『魔神』。今日以内に世界の全てを滅ぼしてみなさい」


「この身体なら十分に可能だと思うが?」


「ええ、そうね。私の強さは私が一番知ってる。『融解世界』を使って魔力を大きく消耗しても、貴方の力を合わせれば現実的よね」


 『魔女』の力を奪った『魔神』に残されたのは、たった一日中の間に世界中全ての人間を殺し、新人類を起動させる為の準備を整える道のみ。無謀に近く、しかし不可能ではない道だ。


「滅茶苦茶に身体いじくりまわして、最っ高に準備して絶好調に本気出したこの俺様を倒してから、ってなると……どうかい?」


 後方より煽るような声が届き、全方位に計七十二の魔法陣が出現。人に出せない数を同時に操る、二人の戦いに割って入れる唯一の悪魔が最初に発動させたのは、二十八の魔法を連結させた隔絶の結界。


「貴様も死ぬ気か?」


「そんなの関係ねえよバァカ。けじめだけじめ」


 問いかけに答えると同時に、残りの魔法陣を僅かな差で起動させていく。魔法判定に物理判定、属性様々効果は千変万化に、『魔神』が発動した障壁や吸収などの系統外が意味をなさないように組んでおいたルートを辿らせてだ。


「……ああ?」


 しかし、連鎖する魔法は途中で終わる。『魔神』が一切の抵抗を見せなかったからだ。


「お前、なんで防がねえ?」


 再生するから防御しない、という訳ではない。ありとあらゆる準備を積み重ねておいて再生を下回るようなヘマ、イヌマキがしない事を彼は分かっているはずだ。


 実際、再生しようとした箇所に違う死体の欠片を縫い付けて治癒魔法を誤認させ、身体の半分の再生を一時的に停止させた。いくら『魔女』の魔力といえど、死んだ存在まで生き返らせることはできない。


 これは簡単な事ではない。ありとあらゆる生命の禁忌に触れ続け、莫大な魔力と知識、人外の魔法の枠を持つイヌマキだからこそ出来る、『魔女』殺しの策である。無論、抵抗されればいずれ破られるが、抵抗した分だけ時間は稼げる。


「防ぐ必要がないからだ」


 このまま続ければ、『魔女』は死ぬ。しかし、先に述べた通り『魔神』が抵抗すれば殺害は叶わず、イヌマキもそれを前提に動いていた。仮にここで殺そうものなら、ロロに何をされるか分かったもんじゃない。


「予備の肉体に乗り移るつもりか?この結界からは俺含めて微生物一匹、それこそ魂だけでも逃げれねえぞ?抜けたきゃ俺を殺すしかねえ」


 イヌマキが用意した策は、結界で『魔神』も『魔女』も自分も閉じ込め、時間が来るまで生き残り続けるというもの。本気の彼に勝てる気はしなかったが、死なない事にだけ特化した戦いならば、十分に可能性はあった。当然、外気に触れると崩壊するという代償を限界まで引き延ばした、約一日が限度だが。


「貴様は昔から、厄介な事この上ないな。身体が滅び、魂だけの時間が一定以上続けば自動的に予備へと移るようにセットしていたが、それさえ防ぐのか?なら困った。私は貴様が滅び、新しい肉体がここに近づいてくるまで漂わねばならんのか」


「……おい、それはどういう事だ?」


 だが『魔神』は、余裕の態度を一切崩さない。負けたなんて微塵も思っていないような態度で、彼は『魔女』の唇を動かし続ける。


「私が、以前と変わらぬままだと思ったか?相手を舐めるのは悪い癖だぞ?系統外は無数にあり、無限の可能性を秘めている。分かるか?いたのだよ」


 その言い草はまるで、例え1km圏内に憑依出来る人間がいない状態で肉体が滅んでも、魂が消滅しないとでも言うような。


「私が目覚めてから真っ先に取りに行った系統外は、『魂を保存する』だ。さて、もう一度。分かるかな?肉体が滅ぼうとも、私は滅びぬ」


 事実上の不老不死を実現したような、否、完全なる不老不死を実現させたものだった。『魔神』は姿を見せない間ずっと、戦力になる系統外ではなく、ただ一つの不老不死を求め続けていた。そして、見つけたのだ。己が抱える唯一の、1km圏内に人がいない場合に滅ぶという、弱点を克服する系統外を。


「本当は人間以外にも憑依出来る系統外を探していたのだが、ついぞ見つからなくてな。その途上で、この系統外を見つけたのだが」


「っ……ご高説ありがとう。でも貴方はもう、魂とやらの記憶を失うのよ?それをどうにかする系統外でも持っているのかしら?それとも何?その『魂を保存する』という系統外は、記憶まで保存できるの?」


 全ての策が無に帰った可能性に震えつつ、それを出来る限り隠そうとしたクロユリの声が、唇の主導権を奪い返す。


「いやいや。単なる積み重ねである記憶と、その者の本質である魂は別物だ。私は全てを忘れ、その後は魂に従って生きるだろう」


 だが、その心配は杞憂に終わる。魂が残れど記憶を失えば、今の『魔神』は消える。そして彼はまた、己の魂の命ずるままに、再び正義を掲げて世界を救おうとする。その方法は恐らく今とは全く別物で、こんな犠牲を伴うようなものではない。『魔神』が世界を滅ぼそうとしたのは、今の『魔神』の記憶があってこそのものだ。


「忘れれば、の話だが」


「……は?」


 ああ、もう一度言おう。その心配は杞憂だった。間違いなく、杞憂に過ぎなかった。


「さて、ここで問題だ。私はいつ、君の系統外を奪ったと?君に憑依したと言ったかね?」


 だって『魔神』は、『魔女』に取り憑きこそすれど、憑依はせず、系統外なんて奪っていなかったのだから。


「答えは言っていない、だ。『魔女』よ。忠告だ。勝利宣言は、勝利してから言うものだ」


 『魔神』は学んでいた。憑依という最強に近い能力を持つ自分に戦いを挑む存在が、それに対処する術を用意していないわけが無いと。いずれ来るその日の為に、『魔神』は対処の術に対抗できるだけの系統外を用意しておくべきだと。少なくとも憑依を、戦いの決め手にするものでは無いと。


「さぁて惚けた顔をしている君らに問おう。この結界とやらは何日……失礼。イヌマキ君の身体は一体どれだけ保つのかな?」


 かつてしてやられたイヌマキの、そして成果以外の全てを捨てる覚悟で挑んできたクロユリとロロの絶望した顔に、『魔神』は満面の笑みを浮かべる。


 『魔女』も『記録者』も『悪魔』も悟った。自分達では、『魔神』を倒す事は叶わないと。


 例えクロユリが自壊しようとも、『魔神』は新たなる肉体がこの地を訪れるのを待つだけ。この結界は永遠と続くものでは無い。イヌマキが限界を迎える、もしくは魔力が尽きるのどちらかであっさりと解除されてしまう。そしてそれは、一日以内に起こる出来事だ。仮にイヌマキの代わりに『魔女』が結界を引き継ごうとも、彼女の寿命を待てばいい。


「あは、あははははははははは!あはは!」


 しかしだ。しかし、絶望の暗闇の中でこそ、人は光を追い求める。光の中では気づかない光も、暗闇の中では煌々と輝く。だからクロユリは、すぐにその光を見つけられた。


「急に笑い出してどうした?負けておかしくなったか?」


 狂ったように腹を抱えて笑いだしたクロユリを見て、『魔神』は訝しげに彼女の真意を探る。その笑いがどこか、勝ち誇ったものに聞こえてならなかったから。


「ねぇ、『魔神』。貴方簡単な可能性を見落としていない?」


 いや、『魔女』の言葉を聞き、『魔神』は確信する。これは嘲笑。賢ぶった愚かなる者へと向けられた、明らかな侮蔑の表れだ。


「どの可能性だ?」


「私にとっても吐き気がする。出来ることならしたくも無い。けど、する以外に選択肢は無い……貴方と一生添い遂げるなんて、最低の気分」


「待て。いや、貴様!?」


 可能性を聞いて、『魔神』は己の見落としに気づいた。想定なんてしなかった。ありえないと、心のどこかで思ってしまっていた。だってそんな前例、今までに存在なんてしなかったから。


「まさか、不老不死か!?」


 形あるものはいつか終わる。それはこの世の摂理だ。『魔神』は、『魔女』もその摂理の中の存在だと思ってしまった。魔力がただ多いだけで、不死の系統外を持っていないと、考えてしまった。寿命が来るまで待てば、いずれ『魔女』の身体から解放されるとも。人の一生くらい、今までに戦ってきた年月に比べれば光と変わらないとも。


「再生魔法ってね。実は身体を最善の状態に戻そうする魔法なの。理論上、限界突破の状態で永遠と使い続ければ……身体は最善で保たれる。私は歳を、取れないのよ」


「ふざけるなっ!そんな、そんな不老不死のなり方が……っ!?」


 だがクロユリは、絶対であるはずの摂理をただ純然たる魔力の多さだけでぶち壊した。寿命が無いのなら、彼女が自殺する、もしくは何者かに殺害される、或いはこの結界が無い時に何者かが1km内に踏み込む以外に、『魔神』がこの身体を出る方法はなくなってしまう事となる。


「忠告してあげる。勝利宣言は、勝ってからするものよ?」


 先ほど自分に投げかけられた言葉をそっくりそのまま返し、『魔神』の憎悪に燃える精神を感じた『魔女』は笑う。


「これからは、ずぅっと一緒ね?よろしく。同居人さん」


 互いに必殺と考えた策が重なった結果、その多くが無効化され、奇妙な形の『魔女』の勝利が残った。しかし、『魔神』が負けたわけでは無い。


「……ああ、よろしくだ。必ず、この居心地の悪い場所から出て行ってやる」


 『魔神』の信念は、まだ折れてはいない。『魔神』は滅んでもいない。滅びぬ限り、彼は己の理想の為に最善を尽くす。


 多くの命を奪い、世界を救おうとした彼女は、決して殺せない存在をその身の中に封じ込める。そして『魔神』が外に出ない己という封印を守る事だけに、人生を捧げた。終わらない、悠久に続くばかりが残る、人生を。


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