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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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『魔女の記録』第18話 前奏

 

「『勇者』を殺し損ねていたらしい。この記事を見ろ」


 『吸血鬼』との死闘を終え、森の家で一息ついていたクロユリへと、ロロが新聞をトス。


「嘘……確かに死んだのを確認したのに」


 そこには、以前死体を見た男が生きていて、尚且つ『魔女』討伐の軍を率いている事が書かれていた。


「剣士がその身を盾にし、暗殺者が幻影魔法で死んだかのように見せかけた」


「腹に空いた穴も、虫の息だった僧侶が最後の力を振り絞って治してくれました」


 どうやってあの戦場から生き延びたかという美談も、詳細に記されていた。大抵、こういった美談は兵士の士気を上げる為に尾ひれがついているものだが、これはそうではないだろう。凄まじいまでの練度を持つ者が命を賭した発動させた幻影魔法なら、騙されてもおかしくはない。二人は以前、幻豚に翻弄された事がある。


「仲間の命によって庇われて繋がれた命、彼らが守ろうとした者の為に使います……か」


「方法はきっとダメ。だけど、この意思は『勇者』そのものね」


 立派だ。『勇者』としての心構えは十分。かつて侮った事を詫び、仲間を殺した事にロロの胸が痛む程。しかし、彼では世界を救うことなど出来ない。『魔女』を倒すのではなく、『魔神』を倒さねばならない。


「多くの系統外持ちが集まるな。決戦は近いかもしれない。イヌマキに報告を入れておこう」


「……どうして、争いは無くならないのかしらね」


 正しい道を突き進む『勇者』と戦う事を嫌だと思ったクロユリは、ふと疑問をこぼす。たった一つの方法を除いて、決して叶わない理想の疑問だ。


「人間だからだ。『魔神』の思い通りになれば、無くなるぞ?」


  人は争う事で高め合おうとする。人は争う事で傷つけ合う。愚かだがそれはもう、本能に刻まれている事なのだ。なら、人間だから争うのであれば、争わない『魔神』の世界に生きる者は、人間と呼べるのだろうか。


「確かに、彼の思想は共感できなくもないわ。けれど、私が守りたいのはロロやミラト、イヌマキ達みたいに、今を生きている人達だから」


 例え人間と呼べなくても、その世界は幸せなのかもしれない。争わずにはいられない人間よりきっと、彼らは仲良く生きられるかもしれない。しかし、クロユリは今の世界に生きる人間が好きだ。それら全てを壊されるくらいなら、一部を壊してでも守りたい。


「今の人達で、争いを無くしたいの。どうしたら、いいかしらね」


「……それは……あっ」


 答えが見つからない問いを口にしたら、ロロとクロユリの身体に穴が空いた。何もない空間から生えた刃がまずクロユリの首を貫通し、ロロの身体の中心を穿った。


「俺がお前も『魔神』も殺せば、それは叶う」


「お前は!?」


 何もなかったはずの空間に突如ヒビが入り、中から『勇者』が現れた。この距離でクロユリもロロも察知する事が出来なかったのは、はっきり言って異常過ぎる。


「ふん!しかしこの程度では自分どころかクロユリを殺す事など」


「構わん。殺さずとも封じられればそれで良い」


 クロユリが反撃の魔法を使う直前、彼女の背後から新たな声が空気を震わせた。誰の声だったかは、二人とも知らない。


「『魔神』!?」


 しかし、ロロにはその声の主が誰なのかが、はっきりと分かった。何故、『勇者』の姿に気づかなかったのかという疑問も氷解し、そして何もかも分からなくなった。


 何故、この場所がばれた?何故、『勇者』と『魔神』が手を組んでいる?さっきの『勇者』の言葉の意味は?何故、


 多すぎる疑問、あまりにも唐突すぎる事態。戦いたくない相手。それら全てはクロユリの動きを一瞬だけ止め、ロロに思考を放棄させて、彼にとって最も最善な行動を取らせた。


「クロユリは」


 何もない、空白になった思考。その中で最初に浮かび上がるのは、『記録者』としての使命でもなく、自分という存在でもなく、愛する女性だ。


「自分が守るッ!」


 中心を穿った刃は、切れ味鋭き名剣だった。故に、無理に動いたロロの身体をあっさりと斬り裂き、彼を解放してしまう。臓物がごろりと転げ出て、大切な家が真っ赤に染まるが、伸ばした手はクロユリの腕を掴む事に成功。彼女の首が皮一枚になるのも構わず、強引に位置を入れ替える。


「ちぃ……!」


 首が斬られようと、クロユリの再生能力なら刃が通り過ぎた瞬間に再生できる。それより危険なのは、『魔神』の黒い魔力に包まれた腕の方だ。ロロでも庇えるくらいの速度だったのは、何らかの系統外を発動させていたと見て間違いはない。だから、ロロはクロユリと位置を入れ替え、その系統外を受けた。


「ロロ?」


 黒い手が触れた瞬間、ロロの身体がガクンと崩れ落ちた。瞳は虚ろ、呼吸もしていない。まるで死んだかのような不死者の姿に、クロユリは呆然と呟く。


「貴様ではない……!」


 同時、ロロに触れた手の黒が集まり、白い球体を形作る。その色と目の前で倒れたロロに、『魔神』は舌を打った。『魔女』が不死の可能性も考え、溜めが必要で、他の系統外とは併用出来ない『崩心』と呼ばれる系統外を使った結果だ。


「すまない。斬れ味が悪い剣にするべきだった」


 討伐軍を編成し、宣伝する事で決戦はまだ来ないと油断させ、彼らがくつろげる場所である自宅に幻影魔法で襲撃。『勇者』に『魔神』が憑依するとは考えつつも、まさか手を組んで二つの身体で攻めてくるとは思わないだろう。故に、隙を縫って動きを止めて背後を突き、何も分からないうちに終わらせるはずだった。


「いや、いい。まさかあの男が、一人の女にこれほど執着しているとは思わなかった」


 ロロの想いによって、その作戦は失敗に終わった。しかし、これで終わりではない。互いに想定外だったと二人は許し合い、『勇者』は剣を構え、『魔神』は手を突き出して系統外を発動させようとして、


「ロロ?」


 背筋が、震えた。数多の戦を潜り抜け、復讐と救世の炎で身を焦がした『勇者』はともかく、永き時を生きる『魔神』でさえ、一歩後ずさった。


「これほどか……!?」


 『魔女』の魔力量は多すぎて、総量を魔力眼では測る事が出来ない。光が視界を埋め尽くしてしまうからだ。しかし総量が分からずとも、遥かに想定を上回っていている事とその脅威だけは、理解出来た。


「『勇者』!予定を早める」


「ああ!俺に憑け!」


 全ての行動を中断し、憑く事と防ぐ事に全てを注ぐ。魔法障壁は常に展開してあるが、そんなの『魔女』にバレている。よって、襲い来るのは物理攻撃。『魔神』が憑いた事によって『勇者』の茶髪と目が黒に染まり、どこからでも来いと物理への衝撃に備える。


「家から、出なさい」


 『魔女』の声とともに、『勇者』の身体は魔法障壁ごと吹っ飛ばされた。壁を紙切れのように突き破り、木々を吹っ飛ばし、数千mを0.1秒で移動して、山肌に埋まってようやく止まった。


「な、にが?」


「空気を集めて押し出しただけだ!しかし、幾ら減衰をぶち破ってもここまでになるか?」


 何重にも重ねた防御を全て破られ、『魔神』に憑かれて強度が遥かに上がった身体に、様々な系統外を発動させてようやく満身創痍。はっきり言って、これは想定外すぎる強さだった。


「ロロを返して」


 反撃に出ようと、埋まった身体を引き剥がそうとした瞬間、天から落ちてきた山によって山肌ごと粉々に潰される。


「ははっ……まさか!まさか単純な戦闘力で私を凌ぐとは、思ってもみなかったぞ!」


「『魔神』、俺の身体に憑依しといてよかったな……!」


 勾玉を薄く引き伸ばして展開する事で盾にし、『勇者』の身体は無傷。しかしそれでもこれは、余りにも暴力的すぎる。


「ああ!無ければ負けていたかもしれん」


 1km以内に人間がいない場所で敗北し、しばらく誰にも憑依出来なければ『魔神』は消滅する。今のは本当に、『勇者』が咄嗟に系統外を発動していなければ危なかった。


「お返しだ」


 光り輝く剣に魔力を込め、先の空気砲以上の射程の斬撃で斬り返す。森に一筋の巨大な線を刻みながらそれは一直線に『魔女』へと向かうも、『魔女』の腕一振りによって森の半分ごとカマイタチで薙ぎ払われた。


「倍にしてな?」


 聖剣によって生み出された斬撃は物理判定だが、『魔神』の魔力が元となっている。己の魔力でマーキングした所に瞬時に移動できる『座標移動』を用いて、消えかけた斬撃の先にその身を転移。『魔女』の背後で『崩心』を発動させる。


「触らないで」


 座標移動はさすがに想定外だったのか、『魔女』は反応に遅れた。もう触れられる事は決定事項。だから『魔女』は、触れられる部分の再生を即座に打ち切り、敢えて内側から魔力過多によって大爆発させた。


「……一筋縄どころか、いくら縄をかけても届かぬか」


「何とかできないのか?」


 ボロボロに弾け飛んだ『魔女』と『勇者』の身体が、逆再生されていく。確かに触れる事は叶ったが、その部分にはもう魂は無く、『崩心』は空振りとなった。


「さっきから様々な病原菌を撒き散らす『病災』、大気を薄くする『真空』、物を捻じ切る『念動力』など、出来る限りを試しているが、どれも効果無しと来た。やはり不死身と見た方がいい」


 致死の病に侵されようと、真空に肺が喘ごうと、雑巾のように身体を絞られようと、『魔女』の様子は変わる事はない。ただ、ただ、『魔神』の掌の中にあるロロの奪取に全てを注いでいる。


「魔力が多いだけと、舐めていたか」


 羞恥で叫んだだけで数kmを灰にするような女が、本気でブチ切れた。その結果が、たった数秒の間に山を幾つかひっくり返す天変地異だ。おまけにこちらの攻撃のほとんどは涼しい顔で受けられ、致命傷になり得る『崩心』は的確に躱されている。


「これ、は……?『魔神』。撤退するぞ!」


「同意だ。これはどうにもならん」


 発光し始めた大地を見た『勇者』と『魔神』はその正体を悟り、即座に撤退を決定する。その原因は戦闘中に『魔女』が陣で紙面を動かして刻んでいた、巨大な魔法陣。種類は封印魔法、規模は、下手すれば小国一つを飲み込まんする程。いくら『魔神』とはいえ、さすがにその距離の移動を一瞬では、一時間に一回の『座標移動』でしか出来ない。


「俺の身体じゃ、まだ全力とはいかないか『魔神』」


「ああ、出直すしかない」


 何より、まだ馴染みきっていないこの身体では、『魔女』を倒す事は叶わないどころか、この規模の封印に抵抗出来るかも怪しい。いや、このレベルの封印は、完全に馴染みきってからでもギリギリだろうが。


「また、いつ……か?」


 踵を返し、全力で封印の範囲から逃れようとする『魔神』と『勇者』は、不思議と身体が軽い事に気がついた。僅か後に、痛いとも。


「返して、もらったわ」


「!?」


 何をどうしたかは分からない。何らかの系統外としか予測出来ないが、全身から血を流すクロユリの手に、もがれた『勇者』の手と、ロロの魂が握られていた。いつ捩じ切られたのか、観測出来なかったのだ。


「……いったい……?」


「『魔神』、それは後だ!早くしろ!」


 分からないまま、腕を失ったまま、ただひたすらに加速する。彼女はロロの容態と封印の発動に尽力しているようで、追ってくる気配はない。


 こうして『魔女』と『勇者』と『魔神』、三人の戦いは引き分けに終わった。互いの想定以上に、互いが強すぎた。もっと相応しい覚悟と舞台でこそ、決戦は相応しい。


 そしてその決戦は、近い。



『座標移動』


 自分の魔力でマーキングした場所へと、瞬時に移動する能力。人や建物にマーキングすることは不可能。また、マーキングできる数の上限、一時間に一度のみという使用制限もある。


 多くの制約を課せられてはいるものの、瞬間移動系の系統外としては最高の距離を誇る。そもそも瞬間移動系が極めて稀有なものであり、仮に国家に知られようものならば、即座に囲われ、狙われる。


 この能力を以前所持していた男も例外ではなく、世界中から狙われ、追われる人生を生きていた。『魔神』は彼に手を差し伸べ、一年間の安息と引き換えに、この系統外を貰い受けた。

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