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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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『魔女の記録』第17話 正義に潜みし闇

 

 ひたひたと、誰にも気づかれないよう王宮の中を歩く。『魔力隠蔽』『気配隠蔽』『気配察知』『静音』『透明化』『屈折』『解錠』と、多数の系統外を使った彼に気づく者などいない。


 彼の力をもってすれば、正面から全ての警備や騎士をなぎ倒して、目的に辿り着くこともできた。だかま、今は余り存在を公にしたくはなかった。


「誰かが私の存在に勘付いている……おそらくイヌマキだろうが、『魔女』とは何だ?失敗作の一人か?」


 自分の目的を邪魔する者がいるからだ。それも単なる戦闘力のゴリ押しでは辛いかもしれないような、強者が。


「憑依の候補が悉く潰されていく。残りはもう少ない。予定ではもう少し後に『勇者』の身体をいただくつもりだったが、前倒しにせねば」


 最初は偶然か何かだと思っていた。しかし、目星をつけていた存在達が次々に殺されていく中で、『魔神』は己を狙う者の存在に気がついたのだ。そして、今日の目的の勇者の命が、そう長くない事にも。


「魔女に狙われながら、唯一帰還に成功した強者。仲間に庇われたと聞いたが、二度目はないだろうな……私は、何だ?」


 良い仲間だったのだろう。幾年過ぎようとも、決して忘れる事の出来ない笑顔と彼らの結末がふと、頭をよぎった。その瞬間、己の心に湧いた感情に、彼は驚きを隠せなかった。


「同情か。まだ、残っていようとはな。その仲間とやらもいずれこの手で殺していただろうが、境遇には共感を覚える」


 命を捨ててまで、大切な人を守る。魔神がこの世で最も尊いと思い、最も憎んでいる行いだ。そんな行いが無いような世界を創りたいと、彼は思っているが故に。


「殺したいだろう。憎いだろう。仇を恨むのは当然の事。その闇に私は巣食う。しかし、闇はまた闇を生み出すのみ。いずれ、断ち切らねばならん」


 かつての自分が経験した想いをきっと、勇者も抱いている。聞けば、傷が癒えた彼は狂ったように修練を重ね、他国に打倒『魔女』の協力を要請、果ては伝説の勇者にしか従わぬ龍に、使者を出したとか。憎しみを原動力とした、凄まじいまでの行動力。潜んでいる最中でもなければ、拍手を送っていただろう。


「掲げた旗は血の色。謳い文句は、悲しみを繰り返さない為に。実に素晴らしい。世界の敵を倒す為と綺麗に歌い、世界を一つに束ねようとしている」


 これ程までに、世界が一つになろうとした事はあったのだろうか。そう思う程、世は『魔女』という存在に怯え、恐れた。戦争は激減し、世界は良い方向へと発展しようとしている。


「しかし悲しいかな。人が人である限り、闇は消えない。私の目標にはそぐわない。発展の裏で死にゆく者達を、私も見た」


 戦争があった頃に比べて、貧しい者達に差し伸べられる手は増えた。だが、救いの手を騙る悪党の魔手もまた、増えたのだ。今日も、闇の市場へ奴隷として出荷される飢えた子供達を見た。


「子供達も殺すべきだったのか、今でも悩む。どうせ私が殺すのだから。まぁ、その時が来るまでに大方死んでいるだろう」


 クズはとりあえず殺し、子供達に食糧を与えはしたものの、救えたとは言い難い。いずれまた、彼らは災厄に巻き込まれて死ぬだろう。辛い死に方を前に楽にすべきか、辛くても死ぬまで生かすべきか。『魔神』は悩み、保留と言う答えを出した。


「魔女との戦いが終わり次第、どうせこの王都ごと吹き飛ばす。それまでは誤差だ」


 貧民街の子供数人程度なら、痕跡を一切残さず殺す事ができる。正体がバレる事などあり得ない。だが、殺せなかった。


「世界が良い方向に向かおうとも、闇は形を変えて生き続ける……それに魔女の脅威によって束ねられたのなら、その魔女がいなくなればどうなる?」


 答えは簡単。またバラバラになって、再び醜く争い始める。歴史が何度も、愚かな争いを繰り返し続けるように。そうして救われない人間は、絶対に存在し続ける。この世界が、この世界である限り。


「光あるところに影あり。影あるところに光あり。光なき世界はなく、闇なき世界もまたない。それがこの世の常」


 全員が幸せになる世界など、創る事が出来ない。当たり前だ。誰もがそう思い諦める中、魔神は諦めなかった。


「世の常ならば、その世とやらを壊すしかあるまい」


 世界を壊し、創り直すという所業が神にしか出来ないというのなら、神になろうとした。


「簡単なのだ。この世の人間全員が争いをやめようと思い、他人の幸せを願い、弱者を救おうとし、助け合おうとする。たったそれだけで、世界中の人間は幸せになれるというのに」


 しかし、現実は無情だ。どうせ無理だと思う前に、一人一人が正しくあろうとする。そんな簡単な事も、人間は出来ない。


「本当に、簡単な事だ。この世の人間をそう思える人間に入れ替えれば、世界は満たされる」


 だったら人類を皆殺しにして、より優しく、一人一人が他者の幸せを願えるような、争いなき人類に移行すればいい。それが魔神の理想で、夢で、使命で、生きる意味だった。壊れているかもしれないけど、彼は本当に世界はそれで幸せになると信じていた。死者に幸せなんてないと、思っていたから。


「人に賛同されない事は分かっている。だが、誰かがやらねばなるまい。永遠と続く不幸と悲しみと理不尽の連鎖を、断たねばならない。私が生み出す理不尽が、最後の理不尽とする為に」


 目的の部屋の前に立ち、深く息を吸う。系統外と立場はとても魅力的だが、最悪勇者以外の身体でも問題は無い。それでも、彼の身体を使おうと思ったのは。


「仇討ちは闇を生む忌むべき事だが、魔女を滅ぼすついでだ。叶えられる範囲の願いは、叶っても良いだろう」


 彼手で、仲間の仇を討たせてやろうと思ったから。どれだけ強くなろうとも超えられない壁である『魔女』を、超えさせようと思ったから。


「果たして、それが仇討ちと呼べるかは分からないがな。意識を呑む前に聞いておくべきだろう」


 大泥棒が持っていた『解錠』の系統外にて、音も立てずに扉を開き、中へと侵入する。本来なら1Km以内に入れば憑依は可能なのだが、少し話がしたくなった。人を救うと剣を手にした少年が、大切な仲間に庇われ、彼らを殺され、ただ一人生き残り、何を思ったのか。かつての自分と全く同じなのか、それとも別の何かか。


「夜分遅」


「待っていたよ『魔神』。ここに俺がいる事を、大々的に宣伝しといて良かった」


 魔神の予想を大きく裏切り、部屋の中の勇者は彼を出迎えた。知っている口振りで、底が見えない夜の闇より暗い目を、爛々と月明かりに輝かせながら。


「……何故、私の正体に気付いた?」


「カマをかけたんだけど、心を読む系統外までは持ってないか。紅茶は好きかい?この情報は手に入らなかったんだ」


 魔法で灯された火が、魔神と勇者の姿を明るみに晒す。言葉にて確信を得た勇者は、自らの手で紅茶を入れ始めた。その姿はとても様になっており、


「意外かな?ヒナ……自分の仲間の僧侶が教えてくれたんだ。彼女の実家、貴族に仕えてたらしいから。淑女の嗜みだって言ってた」


「……悪くない。長く生きてきたが、中々だ」


 ヒナという女性が誰なのか、どんな人物だったのかは分からない。ただ、深い愛しさと憎しみが、美味しさから伝わってくるだけだった。


「聞かせてくれ。何故、私に気づいたのか?」


「仮説を立てて、調べた。それだけだよ。何もおかしな事はしていない。魔女の弱点を探ろうと色々探していく内に、君が出てきた」


 復活して以来、出来る限り隠密に生きてきたつもりだった。ろくな系統外をも持たぬ者にも取り憑いて国を渡り歩き、彼は少しずつ系統外のストックを増やしていった。権力者を操り、使い終わった身体は引き起こさせた戦争で戦死に見せかけて殺し、まるで運命だったように見せかけた。なのに何故、この男は『魔女』も『記録者』もイヌマキですら把握していない、己に気がついたのか。


「まず、『魔女』は何者なのか?何が目的なのかを考える。そこでね?おかしな事に気がついたんだよ」


「おかしな事?」


「魔女が狙っているのは強者じゃない。系統外を持つ者だ。本人にろくな戦闘力はないけど、悪用すれば凄まじい力を発揮する系統外の持ち主が殺されて、系統外が無いのに強い奴が生き残っている事から、これは分かった……じゃあ、なんで系統外持ちばかり殺す?」


 魔女による被害を調べ、死んだ人間を細かく探し、共通点を探し続けた。修練で疲れた身体を引きずり、働かない頭を執念だけで回し続けた。


「そして、あの戦場で見た一度蘇った兵士。もしかしたら、勇者の俺ではなく、彼が目的だったなら?とも考えた。最終的な結論から行くと、俺、もしくはあの戦場に参加した全ての系統外持ちなんだろうけど」


「……」


 死の淵から這い上がってきた失敗作を見た勇者は、同じような性質を持つ存在の元を訪ねた。血に狂い、世界を渡り歩く殺人鬼の『吸血鬼』。圧倒的な個人の力で小国を治める『帝』の二人だ。


「『魔女』の隣にいた男の特徴を教えると、二人からは面白い話が聞けた。かつて系統外を奪い、世界を敵を滅ぼそうとした最強の存在がいたと。失敗作では無い、完成された作品がいたとね」


「私だな」


 ロロの特徴を聞いた彼らは、途端に口が軽くなった。特に『吸血鬼』に至っては、「口止めされていたが」と、ペラペラ話してくれた。まるで、自分を創ったイヌマキに復讐するかのように、洗いざらい。


「そうだ。君だ。とうの昔に封じられた君が、仮に世界に蘇っていたなら?そして、『魔女』が君を止めようとしていたのなら?」


 寝ず、休まず、昼夜を問わず、恨みの力で狂気的なまでに見つけた点と点が繋がり、線となる。その線が幾重にも交わり、新たな関係図を『勇者』の眼前に映し出した。


「魔女が戦う動機は分からない。彼女は君を止めて世界を救おうとしたのか、それとも君に代わって世界を支配したいのか」


 世界の脅威は魔女だけではなく、もう一人隠れていると。隠れた脅威である魔神が特異な系統外を狙って動き、そうはさせまいと魔女が潰して回っている関係の図だ。


「まぁそんなの、どうでも良いんだ。俺は『魔女』をこの手で殺したい。その為の力が欲しい」


 勇者はその関係図を見た上で、それを破り捨てた。新たに浮かび上がった『魔神』という、世界を敵に回す彼女に匹敵する、力の紙片だけを強く握りしめて。


「私の正体を知った経緯は分かった。だが、話の全容が見えん。なんだ?自分に憑依して『魔女』を倒してくださいとでも言うのか?」


「近いが違う。力を貸せと言っている」


 首を傾げた世界最強へと、無礼にも『勇者』は強気な物言いで要求する。


「……は?」


「みんなで飲む紅茶が好きだった。パキラが行儀を守らなくて、ヒナが怒るんだ。女の子なら、紅茶の時くらい大人しく飲みなさいってね。それをガーバーが良いじゃねえかって笑ってさ」


 紅茶をまた口の中へと運んだ『勇者』の言葉は、『魔神』には理解できないもので、かつての仲間達を思い出させるものだった。


「俺はあの茶会を、一番守りたかったのかもしれない」


 愛していたが故に、大切だったと思うが故に、彼はここまで傷ついた。今になってようやく守りたいものに気付けたとしても、もう遅い。守りたいものは、もうないのだ。


「対価は破壊不可能な『勾玉』、魔力を込める限り無限に伸びる物理判定の『聖剣』、そして虚空庫の亜種の『虚空路』。こんなもの、くれてやる。だから俺に憑依しろ」


「元よりそのつもりだが……そうか」


 仲間を殺されて、自棄になっている。『魔神』は彼をそう評価した。世界を救う為に戦っていたのに、憎しみに駆られ、世界を滅ぼす者の手助けをしようとしている。これでは余りにも、彼を希望と思って繋いだ者達が報われない。


「おろ––」


「だが、世界を滅ぼさせはしない。『魔女』を倒した後、俺はお前を逆に支配する。そして、お前の力を使って戦争をこの世から消滅させる」


 「愚か」と言って憑依しようとして、彼の続けた言葉に踏み止まった。瞳の中で燃え盛る闇の炎は、復讐だけではなく、仲間の遺志をも薪としていた。


「私が貴様などに憑依しないと言ったら?」


「お前は俺の身体を欲しているはずだ。『魔女』と戦う為の兵力を動かせる位置にある俺なら、美味しい系統外の入れ食いだろうからな」


「実に、良いところを突いているな」


 聡い。無くてもいいが、あった方が遥かに戦いやすいことを、己の身体の価値をこの男は知っていた。否、そう自ら釣り上げたのだ。


「『魔女』が憎い。殺したい」


 彼は憎しみに駆られた。


「でも、世界も守りたい」


 だが、救われた意味を見失わなかった。


「力を貸せ『魔神』。そして俺に殺されろ」


 『勇者』である彼が出した答えは、『魔神』の力を借りて世界の脅威である『魔女』を撃ち殺し、不死たる『魔神』を内側から殺すという欲張りなものだった。


「いいだろう。その共同戦線と宣戦布告、承知した」


 そして『魔神』は、それを受けて立った。己の支配は絶対的なもので、どれだけ強い精神でも、数秒保てば大健闘な事を知っていたから。無理矢理憑依して戦うよりも、合意の方が遥かに力が出る事を分かっていたから。


「まずは『魔女』を滅ぼそう」


「居場所は分かっている。先手を打つぞ。『魔神』」


 何より、『勇者』の気持ちに共感し、答えが己とは違うものだったから。世界を救う者と世界を滅ぼす者は、美味しい紅茶を飲み干した。




『パキラ』


 勇者と共に旅をした、 暗器使いの小柄な女性。暗殺組織にて使い捨てされそうだっところを彼に救われ、以来懐いている。


 物心つく前から訓練を受け、薬物で全身を弄られている。小さいところにも隠れる体格である為に、食事をほとんど与えてもらえなかった。そのせいか、成人してはいるものの、未だに15歳以下に見間違えられる。


 幻影魔法と類い稀なる暗器の使い手。見えないところから彼女と暗器は突如現れ、敵対者の首を知らぬ間に刈り、気づかぬ間に胸を貫く。一対一で集中していたとしても、いつの間にやら彼女を見失ってしまう。


 魔力の消費量は増大するものの、幻影魔法は仲間にもかけることができる。


 壊れた環境にて壊された彼女は、今日も無邪気に命を奪う。だが、例え壊れていたとしても、暗殺者であったとしても、守りたいと思った場所を守ろうとすることは、他の誰とも違わなかった。





『ガーバー』


 大剣を双剣のように振り回す巨漢。巨人の血でも入っているという、もっぱらの噂の体格にして剛力。力で物事を解決していく。


 策にはめられ、処刑されそうだうだったところを『勇者』に救われ、以来彼の仲間となった。


 『剣聖』達とは全く別のタイプの剣使い。彼の剣は、どちらかといえば盾に近い。勇者と共に最前線に立ち、後方の暗器使いと僧侶をその身と剣にて守り通す。


 また、勇者にとっての良き友人でもあった。一緒に酒場を飲み歩き、綺麗な女性が一緒に声をかけたりするような。


 剣も魔法も敵もぶった斬る、余りにも大きすぎる背中はまさに城壁の如し。






『ヒナ』


 神に仕え、癒しの力を味方に分け与える聖職者。王にも教えたことがあるほど、茶をいれる技術をもつ。


 歴史でも有数の治癒魔法の適性の高さを誇り、彼女による発明や、彼女にしか使えないような治癒魔法もあったという。しかしその反面、救いたがりすぎて苦しむ事も多かった。


 勇者が暴走しないよう、監視に送り込まれた彼女だったのだが、今はそんなことも忘れて真面目に英雄活動に勤めている。


 まだ子供なパキラに、大胆過ぎるガーバー。どこか抜けている勇者に振り回されつつ、世話をしている。監視としての役割だけは覚えているらしい。ただの保護者の監視となっているが。


 治せる限りを救おうと、今日も彼女は最前線を駆け回る。





『茶会』


 勇者のパーティーの日常。美味しいお茶を飲み、美味しいお菓子を食べ、楽しくみんなと談笑する。そんなありふれた日常だった。永遠に続く訳がないのに、永遠に続くと思っていた。あっさりと壊された、立派な砂の城だった。


 勇者にとって、当たり前でかけがえのないもので、失った彼が恋い焦がれたもの。


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