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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
110/266

『魔女の記録』第12話

 サブタイトルは最後に。

 

「ねぇロロ。『魔神』が復活したのなら、どうなるの?」


 部屋に入って開口一番、クロユリは先ほどの話を問うた。イヌマキの前で話を続ければ、彼はもっと自分を責め立てる。しかし二人が部屋の中に入れば、イヌマキは感覚を遮断すると信じての配慮だった。


「教えてくれないのなら、世界が滅ぶって前提で私が動くわよ」


「……どう動くのかな?」


 そしてそれは、決して嘘を吐く事が出来ない恋人の体質を利用した、意地悪で卑怯な問いだった。ロロはその事に腹を立てず、ただ悲しそうに両の目を閉じ、静かに問い返す。


「世界が滅んだなら、私も死んじゃうでしょ?それは嫌だから、止める方法を探すわ。今思いついたのだと、1km以上離れたところから不意をついて、半径数kmを吹き飛ばすというのがいい案ね」


「イヌマキが開幕にぶち込んだのがそれだ。普通に感知型の系統外を使われ、涼しい顔で防がれたがな」


 世界中の人間を殺すというのなら、そこにクロユリも含まれる。大人しく死んでたまるかものかと、本心の欠片で笑う彼女が述べた方法に、ロロはゆっくりと首を振った。ちなみにだが、当時のイヌマキの第二目標である、半径数km以内の自分以外の憑依対象殲滅は達成されていたので、無駄になった訳ではない。


「……そんなに強いの?」


「間違いなく世界最強だろう。万が一勝てるとしたら、奴が抵抗できない瞬間に封印魔法を打ち込み、二度と目覚めない事を祈るだけだ。そもそも、その状態に持っていけるのがこの世に何人いるかだが」


 莫大な魔力と数多の系統外でどんな戦況にも柔軟に対応し、仮に負けたとしても身体を乗っ取り、強くなり続ける存在。イヌマキが勝てたのは、出来る限り奇跡を起こす用意をしていたからに過ぎず、少なくとも、今のクロユリで勝てる相手ではない。


「故に、自分は引っかかっている。一年もの間は奴はどこで何をしている?何もしていないわけがないが、何故直接世界を滅ぼしに来ない?」


 だからこそ、ロロは疑問だった。イヌマキと戦ったあの頃の『魔神』ならば、一年の間に目的を達成していてもおかしくはない。なのに何故、ここまで奴の存在が明らかになっていないのか。どうして世界はまだ、滅んでいないのか。


「弱ったんじゃないの?新しい身体にしたら系統外がなくなっちゃったとか?もしくは馴染んでないとか?」


「あり得なくはない……いや、現状それが一番信憑性があるな。新しい予備の肉体に乗り換えた際、系統外と魔力を失ったのなら、時間がかかるのも頷ける」


 仮にあの頃の力が無く、今もどこかで牙を研いでいるのなら納得がいく。そもそも今回の憑依は、本体を封印されながらのイレギュラーなもの。何らかの不具合を起こしていても、おかしくはない。


「叩くなら、今ね」


「いや、だからだな?叩いたところで、どうにかなるわけじゃないのだ。君なら可能性はあるが、憑依されれば奴はもう手がつけられん。恨まれれば恨まれる程に、殺せば殺す程に力を増していくのだぞ?」


 世界を敵に回すには、クロユリの系統外は『魔神』の不死の次に適していると言っても過言ではない。仮に彼の手に『魔女』が渡れば、大陸一つを指先一つで滅せるようになるだろう。


「私に敢えて憑依させて、多すぎる魔力限界で身体を崩し」


「ダメだっ!それだけは、ダメだ……!」


「……私が死んじゃうものね。ごめんごめん。倒し方を考えてただけだから」


 クロユリが口にした『魔神』を倒す方法を、ロロは縋り付くように却下する。確かに、既に限界を超えているクロユリの魔力と『魔神』の魔力が合わされば、内側から弾け飛ぶ。


「一瞬、もって数秒で精神を食われ、君と同じように常に治癒を発動し、魔力を放出されて終わるのがオチだ。仮に数秒耐えて身体を内側から崩しても、君が死んだら!」


 限界を超えている彼女が生き永らえているのは、常時発動させている治癒魔法によって、ある程度魔力を放出。及び、弾け飛びそうになる箇所を即座に再生しているからである。仁の『限壊』と似ているが、その魔力量は桁違い。クロユリの身体は常に最高で固定されており、穴が空いても秒で塞がる事だろう。


「……じゃあ、しないわ」


 『魔神』にそれを真似られれば、クロユリの自爆は失敗に終わる。何より、どちらにしろ彼女が死ぬのは、ロロにとって看過できる事ではない。


「嘘を吐けるのは、羨ましい。仮にしようとしたなら、自分は君の記憶を刻むのをやめるぞ」


「それで世界が滅んだなら、どっちにしろ私も死ぬわ。死にたくないから、するなら最後」


 嘘を見抜いたロロの偽りなき宣言に、クロユリは飄々と立ち向かう。一人の犠牲と世界そのもの。どちらを取るかなんて、火を見るよりも明らかな事。


「……自分は、どっちも嫌だ」


 だが、ロロは火を見ても明らかになんて出来るかと、唇を震わせる。


「君は戦わなくていい。自分とイヌマキで何とかしてみせる。なにせ自分達は完璧に人間を辞めておるからな。奴も憑依出来ん!」


 そして高らかに、いつものような仰々しい態度で胸を叩く。安心させる為の演技であっても、口から出た言葉は全て本心であり、真実だ。


「勝てるの?」


「そんなのやってみないと分からん。だから」


「だったら私も参加すべきでしょ!?1%でも確率は上げないと!」


 だが、クロユリは全然安心なんかしていなかった。「やってみないと分からない」。ロロがこう答えた時点で敗色濃厚なのは、一年と少しの付き合いで分かりきっている。もし、言葉通りに分からないのだとしても、クロユリは戦力になれるはずだ。


「だから、クロユリが憑依されるといけないのだ!身を隠」


「世界が滅んで、みんなが死んでいくのを黙って見てろって言うの?それにどうせ戦わなくても、見つかったら憑依されちゃうわよ!」


 守ろうと必死に真実を繋ぎ、引き留めようとするロロ。それに食ってかかり、反論のしようがない真実を叩きつけるクロユリ。


「真正面から見つかりに行くのと、隠れて見つかる。どちらの確率が高いのかは分かるだろう!黙って見ていろではない!君が憑依されたら、勝てる可能性が本当に無くなると言っているのだ!第一、君に何ができる!?」


 『魔神』がクロユリの系統外を手にしたら、雀の涙程しかない今の希望さえ潰えてしまう。そもそもクロユリがどのように戦力になるのかと、ロロは声を荒げる。


「私の身体に憑依させて、魔力限界で内側から殺せるわ!」


「それは認められんと言っとるだろうが!そうなるくらいだったら、さっきの宣言通りに記憶を刻むのを辞めるわ!」


 確かに、彼女の方法ならばチャンスはある。少なくとも、ロロとイヌマキが真正面から戦うよりかはずっとだ。だが、それは許可できないと彼は激しく首を振る。


「バッカじゃないの!?そしたら世界が滅ぶんでしょ?他に方法がないのなら、そうするしかないって……ねえ、ロロ。『魔神』って、憑依した相手の系統外を奪うのよね」


「ん?ああ。読んだ資料だと奴は憑依する際、魔力を。あれば系統外を必ず奪うはずだが、それがどうしたのだ?」


 はっと気付いたように冷静になったクロユリの質問に、ロロは決して消える事のない記憶から、該当する資料を引っ張り出して答える。しかし彼女は何が言いたいのか。何故は明るい顔をしているのか。全く検討もつかないロロは、困惑するしかない。


「ロロ。貴方といた時間しか、刻めないのよね?」


「ああ。出来るが……どうしてだ?」


 ぎゅっと唇を結び、ロロへと確認。初めて出会った時のように、ロロと一緒に過ごした時間だけならば、記憶を紙代わりに書き込む事が出来る。


「『魔神』が憑依した私を、イヌマキならどれだけ抑えられる?」


「ふざけるな!何をするつも」


「いいから答えて。お願い」


 次の質問は、絶対に許さないと言った事を仮定するような、ロロにとっては答えるより先に否定が先に出てしまうようなもの。しかし、クロユリの真っ直ぐで冷静な黒い眼に訴えられ、


「……事前にしっかり準備して、おそらく一日……いや半日と見てくれ。半日だけは何とかしてみせるが、それ以上は約束できん」


 正直に、過去の『魔神』と今のクロユリの魔力量、系統外の上昇の幅をまとめて計算した限界を述べる。


「それだけの時間抑えてくれるなら、調整しやすいかな。賭けになるけど、私勝てるかもしれない」


「……本当か?」


 普段のロロなら絶対に言わないような言葉や、彼の持つ情報、イヌマキという他の戦力に頼る事で思いついた、ある一つの方法。一人の最高の叡智では届きえなかった、他者の力を借りる事を前提とした作戦。


「一つ聞くぞ?クロユリは死なないし、消えないのだな?僅かでも嘘の気配があれば、自分はその作戦に乗らんし、イヌマキに協力も頼まん」


 ロロは真偽と安全性を疑い、それらが保証されるまで頷かない。過去の者が何人も考え、イヌマキ以外に答えの出せなかった戦いの答えを、たった一日でクロユリが見つけるとは信じられなかったから。


 勝っても憑依し回る存在に、誰が勝てるというのか。そもそも化け物のような強さを誇る『魔神』と戦い、立っていられるだけの者は何人いる?ほとんどの者が答えを出せなかった理由は、主にこの二つだ。


「もう一つだけ。私とイヌマキの力を合わせれば、『魔神』の肉体を滅ぼして、魂を追い出せる?」


 一つ目の理由であり、この作戦の条件でもある『魔神』の身体に勝てるか否か。


「可能性は、なくもない。たが……今の君では……」


「……未来の私なら、出来得るのね」


 ロロは正直に、今のクロユリでは不可能で、未来の彼女ならば可能性はあると答えた。


「意味が分かっているのか?ただの将来ではない。最悪の未来を辿ってようやく、可能性が増えるだけだぞ!」


 そう。心優しい彼女が多くの人々を惨殺し、恐れられ、恨まれ、今まで以上の魔力を手に入れれば、ようやく戦いの舞台に上がれると。


「そんなの、君が耐えられるわけないだろう!前にミラトの街で魔物を殺した時でさえ、どれだけの罪の意識を感じていたのだ?人間を虐殺なんてした暁には、君の精神が」


「全世界の人間が滅ぼされるのを黙って見ているくらいなら、私はいくらでも人を殺してみせる。ミラトとか、カランコエさんだとか、数少ないけど私の友達が殺されるくらいなら、私が違う誰かを殺してみせる」


 だが、その舞台に上がった時。彼女の心は果たして正気を保っていられるかどうか。今の彼女になってから、クロユリは誰一人として殺した事はなかった。殺したのは、ミラトの街を守る為や食べていく為の魔物達だけ。


「口ではいくらだって言える!『魔神』に勝つ方法を思い付いただけでも、君の役目は十分だ!それを他の誰かにやって貰えばいい!」


「自分が辛いからって、他の誰かに押し付けるなんて……そっちのが嫌だわ!」


 人ではない命に手をかけただけで悩んでいた彼女が、これから数十万数百万単位で虐殺する?耐えられるわけがない。戦闘を生業とする誰かに任せろとロロは言い放ち、クロユリはそんな事出来るかと言い返した。


「辛いならば逃げていいと言っているのだ!君よりずっと殺人に抵抗の少ない人物なんて、世界中に五万といる!」


 愛しい者に辛い思いをさせるくらいなら、他の誰かが傷つけばいいと彼は思う。それくらい、クロユリの事を守りたかった。


「出来ないのよ……!私以外に、その方法は出来やしないの!」


 しかし、クロユリがやらなければならなかった。この方法をクロユリが思いつけたのは、彼女だったからこそなのだ。


「だから、その方法とやらは何なのだ!他の者に出来るように修正でき」


「私に彼を憑依させて、『魔女』を奪わせるの。そしたら『魔神』さん、たった一日で全ての事を忘れてしまうおバカさんになっちゃうわね」


 その方法を問うたロロに、クロユリは自嘲の笑みを浮かべながら、答えた。


「は?」


「憑依されて数秒の抵抗の内に、薬物でも魔法でも何でもいいから、眠りについてやるわ。もしそれを邪魔されても、眠るまでイヌマキに相手してもらう。全て忘れちゃうけど、ロロがまた記憶を刻んでくれるものね」


「……あ、ああ……」


「でも、『魔神』とロロは共に生活していないから、記憶はほとんど書き込めない。記憶が消えてしまえばきっと、自分が何をしようとしていたなんて分からないわ」


 己を苦しめ続けた呪いを用いた、罠。クロユリは世界を敵に回すのに最適に見せかけた、最悪の系統外を『魔神』に敢えて奪わせる事で、彼の記憶の消滅を図ったのだ。


「どう、かしら?」


「………………理論上は、可能だろう」


 作戦の内容を聞いたロロは、頷いた。誰も思いつけやしなくて不思議じゃない。今まで誰も、クロユリと同じ系統外を持った者がいないのだから。


「ただ、『魔神』を何とか眠らせる事が出来るかどうかという難所と」


「私達が『魔神』に勝ち、その身体から魂を追い出して私の身体に憑依させられるか。ね」


 この二点。この二点さえクリアすれば、『魔神』は永遠に無力化される。仮に予備の身体を用意していたとしても、本体の魂が記憶を失ってしまえばどうしようもない。


「しかし、『魔神』に勝つには!」


「……分かってる。世界を敵に回す必要が、あるのよね。たくさんの人を殺して、たくさんの人に恨まれれば、いいのよね」


 彼女は、虐殺をしなければならない。ありとあらゆる生物を殺し、人に恨まれる為に人を殺さなければならない。『魔神』に憑依されるより前に、特異な系統外を持った者を殺し続けねばならない。


「そんな道、辛すぎるだろう……!」


 魔力の多さだけで『魔神』に勝てる程になるまで、一体どれだけの罪を犯さねばならないのか。自分の事なんかよりずっと辛いと、ロロは涙を流して、止めようとする。


「私にしか、出来ない。『魔女』の私にしか、出来ないの」


 だがしかし、止まれるわけもない。これは、クロユリにしか出来ない事だから。


「私にしか世界が救えないなら、私が救うしかないでしょ?」


 救わないわけがない。『魔神』が目的を達成すればクロユリも死ぬし、大切な人達も死ぬ。


「私、この世界が好きだもの。大抵の人は私の事を怖がって、怯えて、遠ざける。それは仕方のない当然の事。だけど、ロロやミラト、カランコエさん、イヌマキさんとか、一部の人はとても優しく、温かく接してくれるわ」


「……」


 それはクロユリにとって、許せない事だった。必死に生きている罪なき人達が、理不尽な死に襲われる。そんな戦争を止める為に、クロユリはロロと一緒にこの一年間、世界を回って手を尽くしてきた。その中で、何度も感謝され、感謝してきた。


「嫌な人もいるけれど、その人の全ての面が悪くない事も知ってる。独裁者だって、家族に優しかったりもする」


 その旅で見て知ったのは、『魔神』が見つけられなかった人の心の見方。圧政を敷いていた独裁者の男が家族を殺されそうになった時、その身を盾に庇おうした事をクロユリは忘れていない。


「……だから、私は……世界を救う為に、世界の敵になる。人を守る為に、人を殺すわ」


 故にクロユリは人を愛した。『魔神』と違い、この世界を守りたいと思った。その為ならば、クロユリは血濡れた道を切り開く『魔女』になると決意した。


「それが、君の意思か」


「うん。私にしか、出来ないから。守りたい人が、いるから」


 ロロは再び両の目を閉じ、彼女の本心からの震えた言葉に深く息を吐く。決意は固い。世界を救う方法も、これ以外に見つかるは怪しい。『魔神』はそれ程までに強大だった。


「クロユリ。君の進むその道は、多くの人を理不尽に殺し、時には君の守りたい人さえ手にかけ、世界を敵に回す血と屍しかない道だ。それでも進むんだね?」


 ロロは、止めたかった。どんな手段を用いてでも、彼女にこんな苦行を強いたくはなかった。人を殺して心が傷つき、壊れてほしくなかった。


「分かってる。やり遂げてみせるわ」


「……そうか」


 だかそれは、止めてもきっと同じ事。大切な人が死んでいくのを見て見ぬするフリでも、クロユリは壊れてしまうだろう。それに、そうなれば世界は滅ぶ。


 ならばロロは、


「では、ここに誓おう。世界中が君を嫌い、君の敵になったとしても、自分、ログ・ロロ・カッシニアヌム・ライターだけは、永遠に君の味方であり続けよう」


 クロユリの手を強く握り、目を見つめて誓った。それは、嘘を吐いたら死ぬ男が誓った、永遠の誓い。


「…………本当に?」


「当たり前だ。世界の果てまで、付き合おう。いや、一緒にいさせてくれ。君を支えさせてくれ」


 不意打ちにクロユリは黒い目をパチクリとさせて、問い返す。それに深くロロは頷き、もう一度確かめるように手の中の温もりを深く握り締めて、彼女の身体を抱き寄せる。


「でも、私の記憶を保つ為に、ロロは一緒にいなければならないと言うか……」


「それ以上の意味で、だ」


「ねぇ、それって、プロポーズ……ええと、婚約?」


「そうなるな」


 クロユリの体温が熱くなるのを、ロロは肌で感じた。鼓動が鼓膜ではなく、振動で伝わってくる。その距離で二人は見つめ合い、言葉を交わす。


「……私、これからたくさんの人を殺すよ」


「知ってる。君がそれを望んでいない事も。だから、自分もその罪を背負おう」


「……私、皆に嫌われるよ?きっと誰も祝福なんてしてくれないよ?」


「自分が好きなら問題はない。神父はイヌマキにやらせるとしよう」


「……絶対私、幸せになれないし、ロロを幸せにできないよ」


 これから彼女が犯す罪の数々は、許されるものではない。それはクロユリ自身も例外ではなく、彼女はずっと己を責め続け、幸せを拒絶し続けるだろう。ロロとの結婚生活だって、明るいものになんてなれやしない。


「それでも、ずっと一緒にいたいのだ。幸せにはなれなくとも、少しでも不幸を減らせるのなら自分はそれでいい」


 しかし、クロユリが幸せになれずとも、不幸から引っ張りあげられるのなら、悲しみも罪も分け合えるのなら、ロロはそれでよかった。


「一緒に戦おう。ずっと一緒だ」


 片時も離さないと、強く強く強く、今にも壊れそうなクロユリを抱き締める。この誓いこそが、幸せの終わりの夜に告げられた、クロユリが最後から二番目の幸せと呼べるものだった。


「世界が君を嫌っても、自分は君を愛し続ける。約束だ」


 みんなが子供の頃に憧れ、大人になってからは歯の浮くような約束を、ロロは、本当の意味で守り切る。




『魔女の記録』第12話「例え世界が君を嫌っても」




『ロロ』


 本名は、ログ・ロロ・カッシニアヌム・ライター。世界の真実の歴史を記す者。世界で唯一、信頼できる記録を残す者。世界を相手に戦いを挑んだ彼女の隣に立ち、共に歩んだ者。


 好きなものはクロユリと歴史、美味しい料理にふかふかの布団。


 きらめく細かい白髪の中肉中背。紫水晶と虹色のオッドアイで、普段は虹の眼の方に眼帯をつけている。姿形がこの状態で固定されており、いかなる傷を負おうとも、幾年経とうとも、この姿のままらしい。


 青年の姿をしているが、最初に彼が記した歴史から逆算し、その年齢は最低でも六千歳以上。正確な年齢は彼しか知らない。


 現在の性格は基本的に気楽でお調子者。しかし、クロユリが絡むと急変する。長生きし過ぎたせいか、時折どこか悟ったような表情をする時がある。


 かつての性格は気楽という共通点はあるものの、今とは大分違っていたようである。他人の命をなんとも思わず、死体の積まれた戦争の跡を喜んで記録するような男だった。彼にとって人も生も死も感情も、全てが大きな歴史の模様の一部にしか過ぎなかった。彼が変わったのはやはり、クロユリと出会ったからである。


 極めて初期の『魔神計画』によって生み出された失敗作。擬似的とはいえ、不老不死を実現させた計画で初の個体。精神に多少異常はあるものの、暴走することも反逆することもなく、扱いやすかった。


 しかし、不老不死の条件が極めて厳しかったこと、系統外を再現する方法も一応確立されたことから、用済みとなる。不老不死と記録する能力以外は常人以下で、これ以上の成長は見込めなかった為、脅威にならないと判断されて外に放り出された。


 誰もがロロのことを、すぐに嘘を吐いて死ぬと思っていた。が、彼は予想に反して生き続け、いつからか『記録者』の名前が世界に広がり始める。


 自分を変え、世界を救ったクロユリのことを深く愛しており、彼女の為ならばどんなことでもすると誓っている。世界融合の際に離れ離れになった彼女を救う為に、彼は一人で旅をし、街へと流れ着いた。




 彼は約束を違えることはできない。違えた時に、彼は死ぬからだ。故に、彼は安易に約束を結ばない。守れる約束しか、結ばない。


 『魔女』の隣を歩き、永遠に彼女を愛し、支える。彼はそう約束を結んだ。

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