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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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『魔女の記録』第7話 骨の髄まで


 イヌマキと呼ばれる男に会い、実験場でロロの言う試練を受ける為に、地下へと向かおうとしたその時。


「さて。そうと決まれば早速地下室へと」


「もう日も暮れかけている。行くにしろ一晩、待ってくれんかね。私自身も暇じゃない。正直、これ以上仕事を抜け出すのは非常に危ういのだよ」


「嘘。もうこんな時間?」


 窓の外の暗闇を指差した柊の手に、いつの間にやら過ぎ去っていた時間に気づかされた。ロロの語りが上手かったのか、それとも余りにも話の内容に引き込まれていたせいかは分からない。が、間違いなく夕飯時を回っている。


「ここに運ばせるから、先に飯でも食べるといい。その後に、ロロとマリーは私の部屋に来てくれ。この街の様子や仕組み、待遇などを説明しよう」


「分からないだろうから、部屋までシオンが案内してあげてね。仁は絶対に動くな。私が見張るから」


「はい」


 五つ子亭に出前を取るからと、それぞれが食べたいものを梨崎はメモしていく。彼女は目を文字に向けながらも、仁にきつい釘を刺しておく事も忘れない。


「そうだ。街のどの辺りに地下室があるか分かるのなら、教えてもらいたいのだが。騒ぎにならぬよう、明日人払いしておく」


「どれどれ。ふむ。大体この辺りだな」


 柊が胸元のポケットから取り出したもう一つの手帳に書かれていたのは、恐ろしく精密な手書きの街の地図。それを見たロロは感嘆の息を漏らしつつ、中心のやや右を指差した。


「感謝する。では、私はこれで」


 場所を確認した柊は頷き、梨崎からメモを受け取ってから足早に部屋を出て行った。


「張り詰めた仮面を被った強い男だな。あの手の輩は素顔を晒せる相手がいないとすぐに潰れるものだが、凄まじい精神力だ」


 会話から彼の性格を推測したロロは、精神力は類い稀なるものだと筆を取り記す。素顔を晒せる相手がいないと聞いて、シオンが不安そうな顔をしていたが、それは仕方のない事だろう。


 日本人全てを背負い、ギリギリのラインと戦い続ける彼の素顔など、嘘と傷だらけに違いない。そして、そんな顔と不安を見せてしまえば、軍内に動揺が広がる。象徴は弱さを見せてはいけないのだ。


「生半可な覚悟じゃ、世界なんて守れないって事。私達から見たらあのハゲも『勇者』だよ」


「『勇者』のバーゲンセールみたいね。まぁ、全然同意だし、いい事なんだけど」


 その生き方を強制される者がこの部屋にたくさんいる事に梨崎は肩を竦め、マリーは困ったように笑う。仁も早く怪我を治し、戦線に復帰しなければならないだろう。


「ま、とりあえずご飯来るまでに、簡単なこの街の仕組みの説明だけしとくね」


 シオンにもマリーにもばれない様、布団の下の部位だけ治癒魔法を発動させつつ、仁は梨崎の説明を手伝った。











「ふう……ここの飯は美味だな!素晴らしいぞ!」


「あそこは絶品だからね。ほら、歴史を記す人なんでしょ。とっとと五つ子亭って書いて書いて」


 オークの肉と野菜炒め、黒羊のステーキなどなど。飯を食べ終えたロロが取り出した赤い本に、五つ子亭の料理を記していく。世界中を記録ついでに食べ歩いた男でさえ、美味いと感じる程だったらしい。


「さてさて。では、司令の部屋とやらに行くとしようか」


「私も行かなきゃね。じゃ、シオンちゃん案内頼むよ。仁君、梨崎さん、おやすみなさ」


「待ってください。その、案内の役、自分に代わってもらえませんか?」


 司令室への案内を任されたシオンが立ち上がろうとした瞬間、釘を刺されたはずの仁の声が部屋に響いた。


「仁?」


「車椅子でいいので、お願いします」


 何があったのかと名前で聞くシオンと、咎めるような鋭い視線を突き刺した梨崎へ、目線で静かに訴える。柊に確かめたい事と言いたい事が、あったから。


「……はあ。はいはい。分かった分かった。私が押してってあげるから。シオンちゃんはもう休んでなさい」


 断固として譲る気のない仁に、彼女は渋々と言った体で了承。車椅子を取りに部屋を出て行った。


「わ、私も!」


「いきなり出動したりで疲れてないか?俺は今日寝てばっかりで、体力有り余ってるから」


「だから大丈夫さ!僕らも役に立たないと気が済まないんだよ」


「そう?……ん。じゃ、先に寝とくね」


 ついて来ようとしたシオンを、仁は本心でもある理由から納得させる。決して嘘ではないが全てでもないその理由に、少女は何か言いたそうにしながら、目を伏せて頷いた。


「んじゃ、出発」


 用意された車椅子にゆっくりと仁が座ったの確認し、彼らは司令室へと歩き出す。


「……仁、何か……隠してる?」


 寂しそうな声でポツリと呟いたシオンを一人、部屋の中に残して。








 司令室での説明は、一人ずつ行われた。最初に入ったロロは割とすぐに出てきたのだが、次のマリーは長くの時間を要した。


「えらく長いな。自分の時は手短だったのに」


 軍内に保護されるロロとは違い、マリーは戦闘に関しての話があるからか。シオンと同じように人を殺したがらないマリーと、後腐れがないようにきっちり殺す柊とでは、意見もすれ違ったのだろう。


「入りたまえ」


「失礼します」


 彼女が入ってから役半時間。ようやく仁の番が来た。この街の仕組みや様子をある程度理解している仁が、わざわざこの部屋に来た理由は幾つかある。


「私は二人を個室に案内してくるよ。まぁしばらくかかるから、早く終わったら世間話でもしといて」


「ありがとうございます」


 それは、柊以外に聞かれたくない事を含んでいた。そのことを目線から察した梨崎が、ロロ達を送ってくれるようだ。後ろ姿を見送り、慣れない車椅子の車輪を必死に動かして、部屋の中へ。


「さて、何故こんなところに来たのかね?」


「幾つか、話があって来ました。次に騎士団が押し寄せて来た時の対抗策という程ではありませんが、多少の案が出来たので」


「聞かせてくれ」


 あの襲撃以降、ずっと仁が考えていた騎士団と日本人が渡り合う方法の準備を、司令に頼む為が一つ。


「はい。まずはですが、この街の爆薬などは余裕がありますか?」


「……あまり余裕はないが、あるにはある。少なくとも、食料よりはまだな。ただ、増産は厳しいと考えてもらいたい」


「なら使えますね。どちらにしろ、二回以上の戦いは考えていません」


 元より、このままだと街は死ぬ。騎士の襲撃に三回以上耐えられるとは思えないし、耐えたところで資源がないだろう。故に仁が用意したのは、起死回生の策を考えるまでの僅かな時間稼ぎの方法だ。


「しかし、爆薬とは何かな?特攻兵でも作るか?新しい処刑方法としては十分だ。もしくは、地雷を周囲に埋めまくるか?」


「特攻兵であたりです。ただし、特攻するのは魔物ですが」


 一つ目。魔物の体内に爆弾を仕込んで突撃させ、騎士達に接近したところで起爆させるという、道徳に背いた案だ。だが、人を殺す為の方法に道徳を考えるだけ無駄であろう。ジルハードにとっての忌み子のように、仁にとっては魔物の命なんかより、この街の人間の命の方が遥かに重い。


「魔物の襲撃なら、騎士団にとっては十分にあり得る日常でしょう。それに体内なら目にもつかず、魔力を持たないから魔力眼でも見えません。最初の一回に限りますが、確実に不意をつけます」


「害である魔物をそう使うか……食料にする事しか考えていなかった。試してからになるが、採用しよう」


 実力のある騎士達が、日本人でも捕獲できるような魔物に障壁を張る事はほぼない。初見なら間違いなく殺せるだろう。柊もその利点をすぐさま理解したのか、メモ用紙を取り出して書き記している。


「二つ目はおそらく、柊さんも考えているとは思うけど、戦闘機とシオン、もしくはマリーさんの同時運用による広範囲殲滅だよ」


 上空に魔力の無い戦闘機の姿を確認すれば、騎士達は物理障壁を張るだろう。仮に張らなければ、そのまま爆弾でも落としてやればいい。


「それは私も検討済みだな。シオンをどこから投入するかで悩んでいるが」


「前と同じように空、もしくは地面からが良いかと。少なくとも、シオンの魔力量なら数百mは穴が掘れます。相手の足場を崩す意味合いとしても有効です」


「悪くないな。その穴にもっと仕掛けを作っておけばなお良い」


 完全に死角である地面の下から魔法をぶっ放せば、被害は甚大なものとなるだろう。戦闘機を見せて物理障壁を固定させておけば、更に確実性は増す。


 このように、大切な命を守りたいと願うからこそ、その他の命を犠牲にする案をいくつも出していく。中には資源不足によって出来ないものも含まれており、実現可能とされたのは数個程度だった。


「やはりな。あの嘘から分かってはいたが、発想に関しては素晴らしい才能を持っている。これで終わりかね?」


「意地悪だけど、ありがとね」


「聞きたい事と、賭けが一つずつ残っています」


「続けたまえ」


 案を出し終えた仁を皮肉交じりに褒めつつ、柊はまだあると分かっていながら、敢えて問いかけて来た。それはおそらく、迷っていた仁の背中を押す為の問いだ。


 深呼吸を一つ。間違っていても、最初から最低に近い仁の評価は何も変わりはしない。だが仮に想定通りなら、明日までに確かめておくべきだ。場合によっては、仁が上手く隠すように立ち回れる。


「「間違っていたら謝罪します。この街の肉は(・・・・・・)美味しいですね(・・・・・・・)」」


「……成る程」


 仁の言葉に柊は大いに驚いたらしく、目を大きく見開いていた。まさか、気付かれるとは欠片も思っていなかったのだろう。実際、仁だってこんな世界じゃなければ、絶対に気付かなかった。


「何故、気づいた?」


「頑なに地下室の捜索を勝手にさせない辺りからだよ。狩っている魔物の数からどう考えても、肉があれだけ出回るなんてありえないから」


「あとは配給量の変動ですね。コントロールする事で、柊さんが意図的に人を殺していると確信しました。取れる範囲を全て取る貴方なら口減しだけで終わらさず、骨の髄まで有効活用するでしょうから」


 幾つもの違和感が、柊の行動にはあった。どれも小さく、取るに足らないようなものばかり。だが、それら全てが繋がれば、ある真実を浮かび上がらせる。


 何故、この街に肉が多いのか。何故、地下を掘らそうとしないのか。何故、配給で人が死ぬ程飢える事があり得るのか。三番目の何故に関しては、単体だけなら文面通り。しかし、他と絡まればまた違う側面を見せてくれた。


「何より俺は一度、同じ事を経験しています」


 そして、狂気的なまでに飢えた人間が取る、この狂った世界ではある種正当な飢えを凌ぐ方法。


「食ったのだな」


「いいや。食われかけたのさ」


 それは、人喰いという禁忌。香花に食われかけた仁だからこそ、この街の大多数が知らない内に犯している禁忌に気付けた。


 何故、この街に肉が多いのか?沢山出る死人を肉にしているから。


 何故、地下を掘らそうとしないのか?肉をそぎ落とされた骨が埋まっているから。


 何故、配給で人が死ぬ程飢えるのか?人の数を減らして、肉を増やす為だから。


「軽蔑しただろうね。大当たりだ」


 参ったとばかりに手を挙げた柊は、己の犯した罪を自嘲気味に認めた。最悪にして人間ではない外道がするような行いだろう。


「私と何人かの人間が指示を出し、この街の人間は知らず知らずの内に共食いをしている」


 何も知らない人達に、知らない内に嫌悪感溢れる罪を犯させているのだから。柊の事を好いている五つ子亭や、気の良い串焼き屋のオヤジ達に、人を料理させているのだから。


「軽蔑なんてしないさ」


「少なくとも、俺と僕は」


 だが仁は、その事を軽蔑しなかった。前の世界でなら間違いなく、知らない内に食べていた事に吐き気を催し、柊を糾弾していた事だろう。だが、この狂った世界では、ある意味普通の事なのだ。


「貴方がそうしなければ、もっと多くの命が飢えで死んでいたさ」


「もしくは、飢えに負けて自主的な共食いが始まるか」


 故に、飢えが限界に達したこの街では誰にでも、いつでも起こり得る行為だった。例えどれだけ優しくとも、本能や恐怖に勝てない時はある。


「それを貴方が人に知られないように行う事で、制御して救った」


 食べている肉の正体を知れば、人は本当に狂う。だが、知らなければ何も変わりはない。


「人として最低な行いを他人にさせないように自ら背負って、罪の意識を減らしてる」


 しかし、共食いはどう取り繕うと禁忌だ。許される事ではない。故に、その許されない事を誰にも背負わせない為に率先して背負い、戦い続けた男は最低ではない。仁の嘘のような、己の事しか考えていない行いを最低と呼ぶのだ。


「その事は、尊敬の念すら覚えます」


「ありがとね。後、明日地面から白いものが見えてても、なんとか誤魔化せてみせるから!」


 だから仁は柊に頭を下げ、今からその嘘を自分も背負うと決めた。


「……仁」


「はい」


 名前を呼ばれた仁は頭を上げ、柊の顔をまっすぐと覗き見る。いつも刻まれている皺が、今日に限って緩んでいるように見えたのは、果たして気のせいだろうか。


「俺がもし途中で、目的を果たせず(・・・・・・・)に死んだなら、お前が司令を継げ」


「……へ?」


 その答えを確かめるより早く、柊から告げられた言葉に仁の考えが停止した。


「お前の考えはかなり俺と似通っている。だから、お前なら出来るだろう」


「いや、ちょっと待ってください!幾ら何でもそれは……何が起こるんですか?」


 急な後継者の指名に驚いたのも束の間、仁はその言葉の根拠である部分を垣間見て、凍り付いた。街の指導者たる柊が突然死ぬような事態なんて、そうそう起こり得るものではない。だが、そのそうそう起こり得るものではない何かが、近々起こるのだとしたら?


「やはりだな。何せまだ予想にしか過ぎないから、全ては話せないが。それよりも、最後の賭け事とやらを聞かせろ」


 回答に満点だと笑いかえしながら、柊はここに来た理由を話せと急かす。確かに、仁がここに来た最大の理由は未だ、話していない。


「この街を、いや、この最低な世界を終わらせる可能性を、見出したかもしれません」


 それは、この街の命運全てを賭けたギャンブルだった。

『街に出回る肉の正体』


 街に出回る肉の一部、特に、珍しい魔物の名前で偽装されているものの多くは、人の肉である。この街の人間のほとんどは、知らず知らずのうちに共食いを行なっているのだ。


 理由は分かりきっている。余りにも、食料が足りなかった。だから、わざと配給を少なくして餓死者を出して口減らしし、その餓死者の死体を回収。そうすることで需要を減らして肉の供給を増やし、ギリギリで釣り合わせている。


 軍の中でも知る者はごく僅か。柊直属の部下達が偽装された工場内にて、解体、加工及びチェックを行っている。成分的に食べても問題はないが、万が一に備えて品質は厳しく調べることを徹底している。


 元医者や医療、食品関係に勤めていた者がほとんどを占める。飛龍災で医者が足りなくなった時、柊が連れてきたのは医者ではなく、彼ら解体者と加工者だった。


 肉を削いだ後の他の部分は基本的に、分かりにくいように砕くなどしてから埋めて隠す。骨などの硬い部分をなんらかの素材にできないかという話は一度出たものの、露見するリスクから却下されている。


 死体を集める方法だが、主に貧民街などに転がる新鮮なものを回収することが多い。回収の理由は共同墓地に埋葬する為と偽っている。あとは処刑された罪人の肉も、それなりの割合を占める。


 軍を揺るがしかねない最大の禁忌であり、この情報の取り扱いに彼らは細心の注意を払っている。故に、柊が直々に選定した、街の為に全てを捨てるような人間のみが関わりを持つ。もしも情報を漏らした場合、その者の家族に恋人、友人の一切が処刑される。


 オークの肉など、癖の強い肉は誤魔化すことができない為、もしも人肉を食べたくないのならばオークの肉と明記された料理がおすすめである。


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