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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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『魔女の記録』第5話 始まりの顛末

 

 あれから数時間、二人は四方を飛び回って太陽を落とし続け、魔物達を屠り続けた。


「もう、終わったかしら?」


「多分だがな。残るは……」


 ようやく本当の朝日が昇って世界が光に包まれる中、汗だらけの彼らは晴れぬ表情のまま街に降り立った。これからやる事が、とても嫌だったから。


「……お疲れ様です。街を守っていただき、感謝しております」


 出迎えたのは、ミラトを先頭とした衛兵隊。しかし、ミラト以外の人間は全員、感謝ではなく見え透いた恐怖の感情を向け、出来る限り目を合わせないように務めていた。


「存分に感謝してくれて構わん。だが、その前に神獣を渡してくれ。この場で殺す」


 その事にクロユリの心が揺らいだのを繋いだ手から感じつつ、ロロは神獣の命を要求した。


「え?」


「その子を殺すか、逃がすかしないと、この街は襲われ続ける。けど、逃がしてしまえば他の街が同じ目に合うか」


「人への憎しみに染まった神獣が、人を滅ぼそうと牙を剥くだろう」


 神獣は、魔物を呼び寄せる。例えそうでなくとも、仲間を眼の前で殺され続けた神獣の目はもう、人間への憎しみ以外の色を宿してはいなかった。成長した神獣に敵対されれば、大勢の犠牲が出る。


「その前に、憂は断たねばなるま」


 そう、先ほどまで太刀打ち出来なかったはずの檻を食い破って飛び出した、今この瞬間のように。


「危ないっ!」


 またあり得てしまったあり得ない出来事に、ミラトの叫びは遅すぎた。神獣とは魔物達の神に近い存在。同胞の死を見続け、人への憎しみが極まった神獣は、その想いによって急激に力を増幅させたのだろう。


「ごめんね。ばいばい」


 神の想いとだけあり、恐ろしい速さではあったが、『魔女』の方が強かった。牙がクロユリの首に沈む前に、繋がれた手から流れ込んだ魔法が発動。神獣を無数の風の刃が斬り裂き塵に変えて、この世から存在を消滅させた。被害は神獣だけにとどまらず、背後の壁を粉々の砂に変え、その更に奥の更地に爪痕を数十m刻み込む。


「一番弱い発動でもこれなのね。まぁ、関係ないけれど」


 常人ならば、指先でそよ風をふかす程度の気持ちなのに、クロユリが使うと暴風でさえ生温い威力になってしまう。彼女はその事を悲しみ、どうせ忘れてしまうかと自らを嘲った。


「貴方達は気負わないで。私が適任だから、私が手を下したの。こんな嫌な思いも、どうせ忘れちゃうから」


 可愛らしかったはずの神獣が人の勝手な都合で憎しみに染まり、幼体のまま無残に殺された。目の前で起きた出来事に、胸が痛んだミラト達をクロユリはフォローする。


「ふう……もう、さすがに限界。守れて良かったわ」


 度重なる莫大な魔力使用と、急激な回復に身体はふらつき、額は強く痛む。


「眠いのか。いっそ寝ないで生きたらどうかな?」


「馬鹿ね。人間って寝ないと死んじゃうのよ」


 だが、痛みよりも強いのは眠気だ。最早立っていられず、怯えた視線に晒されながら地面に膝をつく。徹夜も重なり、いつ気を失ってもおかしくなかった。


「寝ても死ぬのだろう」


「そうね。だから、一人にしてほしいの。そんな目を向けられたら、新しい私が困っちゃう……あとね。あまり見られたくないの」


 そして気を失うという事は、記憶がまたリセットされるという事。その瞬間を見られたくはなく、また、新しい私には幸せに生きて欲しいという思いから、クロユリは衛兵達に遠くへ行く事をお願いする。


「……仰せのままに。素直に感謝すらできない、未熟な我らで申し訳ない。今一度、最後に深い感謝を」


「うんうん。それが普通なの。ありがとう」


 あれだけの破壊を行った存在に、生物が恐怖を抱かない訳がない。ロロやミラトの方が異常なのだと自分に言い聞かせ、クロユリは形ばかりの礼に手を振った。


「……ねえ、出来たら貴方にも離れて欲しいんだけど」


 衛兵達は足早に去っていった。しかし、クロユリは一人にしてと言ったのに、ロロは自分とずっと手を繋いだまま、離そうとはしなかった。


「ふむ。断ろうか」


「……自分が消える恐怖に怯えて、押し潰されて泣き喚く女の子を見るのが好きとか、悪趣味ね」


「一人にするのは構わんが、孤独にするのは趣味じゃない」


 その事を伝えても孤独にしてくれないロロへと、自分がこれから晒すであろう醜態を述べて、彼女はもう一度お願いする。


「すまんな。嘘が吐けんが故、離れたくないのだ」


「……最後まで、一緒にいてくれるって事?」


「好きに受け取れ」


 聞き方が少しプロボースみたいになり、照れたのか。ロロはそっぽを向いてしまった。その様子がとてもとてもおかしく思えて、こんな時だというのにクロユリはくすりと笑ってしまう。


「本当に、酷い人だなぁ。こんな最後の最後まで、忘れたくない思い出を、くれるなんて」


 瞼はもう、閉じそうだった。そうでなくとも、視界は涙で溢れていた。


「……けど、そんな貴方だからお願いします。新しい私にも、よろしくね」


「……」


 例え魔物を虐殺した記憶を忘れられても、クロユリは今の記憶を手放したくなかった。つい数日の間生きた自分が死ぬ事が、本当の死と同じくらいに怖かった。


「最後だから、ごめん……」


 頑張って堪えようとしたのに、恐怖に心が押し潰された。必死に耐えていたのに、眠気は限界を超えていた。いや、そもそも気絶に耐えるなんて事、人には出来やしないのだ。


「忘れたく、ない!もう、消えたく……ない……よ……」


 弱音と懇願が入り混じった言葉の途中で、無理矢理繋がれていたクロユリの意識は、暗闇へと堕ちていった。脳に負荷をかけすぎたが故の、気絶だった。


「……ふん!全く。空の上で決めたとは言え、躊躇う自分が情けないわ」


 ずっと彼女の言葉を黙って聞いていたロロは、一度決めた覚悟をもう一度、決め直す。そして、一冊の本を虚空庫から取り出した。














 するりと抜け落ちた意識は暗闇へと落ちていって、底の地面にゆったりと着地した。


「なんでだろ。前にもここ、来た事がある気がする」


 自分の名前や最低限の生活の知識、言葉以外の記憶はないはずなのに、そこに広がるたくさんの死体の山には何故か、見覚えがあった。


「もしかして、私が殺した命なのかな」


 そう思ったのは自分の足が触れる地面の骸が、先ほど太陽で焼き殺した魔物達だったから。てらてらと光る肉や滑る血は不安定で、まともに立つ事さえ困難な嫌な足場だった。


「あーあ、楽しかったなぁ」


 蠢き出した足元に、残り少ない己の未来を悟る。たくさんの死体が連携して、まるで食虫植物のようにクロユリの意識を闇へと引きずり込んでいく。こうして、私も死ぬのだ。


「次の私と……あの人達は仲良くしてくれるかな」


 冷たく、気持ちが悪い肉に足を飲み込まれながら、唇を震わせる。奇妙な話だ。私じゃない私の未来の話だというのに、心配で悲しくてたまらない。


「やっぱり無理だよねえ。あれだけ大暴れしたんだから……魔物を殺すのは嫌だったけど、空を飛ぶのは楽しかったな」


 未だに自分のした事が信じられなかった。僅か数日の命だったが、自分は空を飛び、たくさんの人々を救ったのだ。


「いきなり胸揉まれた時はもう、本当に恥ずかしくて気持ち悪かったけど。危うく魔法を撃ちそうになっちゃったのは内緒かな」


 あの時は気持ち悪かった。今自分の腰までを覆った感触よりはマシだが、それでもうっかりこの街を吹っ飛ばしそうになるくらいには。


「事故だと気づいたら、さすがにごめんなさいってなったけどね……あれが、新しい自分か」


 甲冑の死体。魔物の死体。王様のような死体。メイドのような死体。たくさんの山が連なる中、盆地のように凹んだまっさらで綺麗な地面から、一人の人間が染み出すのが見えた。あれはきっとまだ、誰も殺していない清らかな私。過酷な運命も何も分かっていない、一番幸せな私だ。


「貴方は、頑張ってね。ロロとミラトって人はもしかしたら、あれだけ壊した私を恐れないでくれるかもしれないよ。だから、ちゃんと仲良くするんだよ」


 旅立とうとする背中に、届かないと知りつつ言葉を投げる。目覚めた彼女は多分、みんなから訳の分からない恐怖の視線に晒されるだろうから。その中できっと、悲しい目を向けないでくれる人を、新しい自分はきっと見つけるだろうから。


「あ、そういえば、ツンデレだとかセクハラの意味を教えるのを忘れてたな……新しい私、怒られるかもしれないけど、起きたら側にいるであろう変態に教えといてあげて。お願いね」


 何とも奇妙な約束だが、例え意味を教えて怒られたとしても、果たせないのは非常に後味が悪かった。


「私が教えられなかった事、出来たら謝っといて。後、外を出歩く時はもう少しガードを固くする事。いきなり知らない男に胸揉まれる事がある世界みたいだから。いや、ないかな」


 だから、新しい私へとやり残した事を託し、忠告を投げた。身体のほとんどは屍肉に埋まり、後は首から上を残すのみ。


「それとね、あの街はガラ芋って呼ばれる新種の芋と、幻豚っていう高級な食材を使った料理が美味しいらしいか……ら……ひぐっ……ううっ……」


 ああ、足りない。伝えたい事、託したい事が多すぎて、時間が足りない。


「……もっと、生きたかったなぁ……!」


 忘れたくない。消えたくない。視界が屍肉で閉ざされれば、私は消える。私が消えるまではあと何秒?もうだめだ。気が、狂いそう。ああ、まぶたの上に赤い雫が落ちる。最後に、新しい私を送り出そうと視線を向けて、


「あれ?私じゃ……ない?」


「汝の願い、自分が叶えてやる」


 地面から染み出した存在が私ではない事を知ったのと、屍肉を掻き分けた手が優しく頬の涙を拭ったのは、同時だった。


「ふむ。これが系統外の代償の支払いか……設定した奴は悪趣味だな。しかし、間に合ってよかった。まだ忘れていないようだな」


「ろ、ロロ!?」


 真っ白い私ではなく、真っ白い髪をしたロロだった。彼は屍肉に顔をしかめつつ、新たに手を掻き入れて冷えたクロユリの両頬を温める。


「そうだロロだ。断じて変態ではない。あとだな。つんでれとせくはらの意味を教えたら怒られるとは、やはり暴言だったのだな?」


「いや、親しみを込めたバカって言い方みたいな……ううん。違う!何でここにいるの!?」


 どうやら、今までの情けない自分は全て見られていたらしい。ロロの手の熱とは別の熱が頬を竜巻のように巻き上がるが、そうじゃないとほとんど動かない首を振って問う。


「つんでれとせくはらの意味を知りにと言いたいところだが、それだけだとどうやら嘘になるらしく今身体が崩れかけたわこんちくしょうが!助けに来たという事だ!」


「ごめんなさい。それは見れば分かるわ!?どうやって!?」


「んなっ!?あ、あれだけ恥をかいたのに知ってただと!」


 照れ隠しを口にした彼の手の力と体温が一瞬だけなくなるも、慌てて真実へと繋げる事で元通りに。しかし、羞恥に震える彼には悪いが、クロユリが知りたいのは決してそこではない。ここは、クロユリが代償を支払う為だけの世界だ、ロロが入ってこれる要素なんてどこにもない。


「自分は『記録者』だぞ?他人の記憶を覗いたり、真実を書き加えるくらいは朝飯前だ。しかし、消えた記憶を補完する事はできんから、自分と一緒にいた記憶だけしか戻せん。そこはすまん」


「ど、どういう事?」


「要約すると、お前は消えん!忘れん!助かる!……かもしれない、という事だ」


 余りにも理想すぎて頭に入らず、思わず聞き返してしまった。しかし、人の脳を紙代わりに記憶を刻み込むと要約されてようやく、クロユリは理解に成功し、


「た、助かる……の?」


「系統外と系統外のぶつかり合い故、どちらが勝つかは分からんのだな。失敗したらすまん。その時は多分、自分も巻き込まれて記憶を失うだろうから、一緒にミラトに介護されて生きよう」


 それでも信じられなくて、もう一度問い返す。しかし、返ってきたのはとてつもなく頼りのない、ロロがずっと迷っていた理由で。


「いや、ちょっと……ロロまで巻き込まれるなら逃げなさいよ!新しい私と……」


「フハハハハハハ!バカ女が!そう言われたら男は余計に助けたくなると知れ!何より自分は嘘を吐いたら死ぬのでな!だから頑張れ!|ロロ(自分)の為と、|クロユリ(自分)の為に!」


 見れば、ロロの身体にまで屍肉は這い上がり、取り込もうとしていた。彼を巻き込むよりはと必死に制するも、男はますます燃え上がる。


「助けたいと、思ってしまったのだ!」


 世界で最も信頼できる、心からの言葉をロロは口にした。


「あ、やば……手伝え!助かりたいのだろう!」


「……うん。助かり、たいよっ!」


 直後、彼は真っ白な肌を真っ赤に染め上げたと思ったら、一瞬だけ弱気な表情を見せる。押され始めた彼の助けになれと、クロユリは助かる事を望む。


「ならば思い出し、そして願え!自分が誰なのか、どんな事をしたのか、何をしたいのかを心からだ!」


「私は、クロユリ……!通りすがりのロロに胸を揉まれて、彼の為に牢屋の人に頭を下げて、街を救う為にそいつと喧嘩して……」


「視点が変わると本当にロクでもないな自分!?」


 そして、輝かしくて楽しい記憶を辿る。ロロが若干傷ついたような顔をしているが、間違いなく屍肉の力は弱まった。むしろその顔が助けになった。


「ミラトと一緒にいじり倒して、優しい二人に止められて、空を飛んで、魔物を殺して、街を守った!とても、楽しくて、悲しい事もあったけど、忘れたくない!」


「その調子だ!自分も忘れさせたくないのでな!」


 触れ合う頬を起点に、身体に熱が戻り始めた。反比例するかのように屍肉の冷たさは増していくが、それでももう、寒くなかった。


「この街の名物の美味しい料理を食べたい!もっといろんな景色とか風景を見たい!」


「はっはっはっ!貴様の奢りなら一緒に食べてやる!」


「私お金持ってないけど!」


「ならミラトに奢らせるとしよう!」


 寒くはないけど、屍肉は怖い。でも、怖いからこそ、負けないように戦えた。二人の記憶がかかっているからこそ、互いの為にも頑張れた。


「もっと、生きたい!」


 最後に響いた叫びが、屍肉を弾き飛ばした。しかし、決して消える事はない。あれは、私が犯した罪だから。あれが消えてしまうのは、私が全てを忘れた時だけだから。


「……何とか、なったな」


 だから、消えていないという事は、忘れなかったという事。屍肉の足場というのは変わらないが、彼らはもう襲ってくる事はない。


「……ありがとう……!ありがとうありがとう!ありがとう……!」


「こ、こら!?」


 消えなくて済んだ。忘れなくて済んだ。ようやくその実感が広がったクロユリは、思わずロロへと抱きつき、胸に顔を埋めて泣きじゃくる。じたばたと暴れ、照れているのが分かったが、離れるつもりはなかった。


「……なんだ。その、どういたしましてだ」


「……うん」


 観念したのか。ロロは恐る恐るクロユリを抱き寄せ、あやすように背中を叩く。恐怖ではなく、これで合っているのか悩む感じの、たどたどしい恐る恐るだ。あれだけさっきはカッコをつけていたのに、こういう事に関しては本当に初心でおかしい。


「そうそう……言いたい事があるの」


「なんだ?」


 もちろんそれは自分も同じで恥ずかしくて、思わず話題を変えてしまうくらいなんだけれど。


「ツンデレっていうのはね、素直になれないけど優しい人ってことで、セクハラって言うのは……ちょっと、変態さんの事だよ」


「やっぱり暴言ではないか!?」


 変えた話題で果たした約束に、二人は耐えきれずに笑いあった。





 この時、彼らは思いもしなかった。記憶を失い続ける『魔女』が、記憶をなくさないようになってめでたしめでたしなんかじゃなくて、全てを忘れたくないと願ったはずの『魔女』が、全てを忘れる事を願うようになるなんて。


 本当に、思ってもいなかったのだ。


『忘却の魔女』


 過剰な魔力の魔法使用による脳への負荷を一時的に溜め込み、意識を失うと同時に生命活動の出ない記憶の喪失によって清算する系統外。


 喪失する部分は「自分が誰であるか」と「他者や世界との関係」について。お風呂に歯磨きにトイレに食事に通貨など、生きていく上で最低限必要な知識だけは引き継がれる。


 また、魔法を使ってから意識を失えば忘れるということを、生まれたばかりのクロユリは理解している。そしてどのクロユリも記憶の喪失の危険性に怯え、魔法を使わないように努め、誰かを救う為に使ってしまって喪失を繰り返してきた。


 通常、系統外は狙って得られるものではない。しかし、例外とは何事にも存在する。ロロはこの系統外を、その例外の一つではないかと推測している。


 『忘却の魔女』は余りにも都合が良すぎる。まず、クロユリがこの系統外なしに魔法を使ったのなら、一瞬で脳が限界を迎え、死んでいる。まるで彼女を生かそうとしているように思える。


 そして、代償の設定だ。短い付き合いで理解できたが、クロユリは優しい性格をしている。とてもじゃないが虐殺などは行えないし、仮に行ったとしても精神に重大な傷を残す。しかし、この系統外ならその傷も虐殺の記憶ごと綺麗さっぱりと忘れてしまう。彼女が壊れないように、設定されたように思える。もしくは、兵器として繰り返し使えるようにか。


 彼女が望んで得たのか、もしくは何者かに植え付けられたのか。はたまた奇跡の偶然か。そのどれかは分からない。


 系統外の空間は、彼女が自らの犯した罪に引きずり込まれるというもの。もし設定したやつがいるのなら、そいつは悪趣味極まりない。


 喪失する部分をロロが系統外で何重にも書き込み、消したと誤認させることで対抗できている。系統外を打ち消せるのは系統外のみであり、その優劣は気力で決まることから、勝利するには膨大な精神力が必要となる。


 もしも、ロロに記憶を刻むことへの躊躇いが芽生えれば、そしてその躊躇いが刻みたいという想いを上回ってしまったのなら。もしくは、クロユリが忘れたくないと思う以上に忘れたいと願ってしまったのなら。或いは、単純にクロユリが寝る前に、ロロが居合わせなかったら、きっと彼女は全てを忘れてしまうのだろう。


 例え再び同じ記憶を書き込んだとしても、前の彼女は自らが犯した罪に飲み込まれ、消えてしまっているのだろう。

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