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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
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『魔女の記録』第3話 避難開始


 カルミア暦3042年10月16日 午前


 自らの信条を曲げてまで助けようとしたのに、『魔女』のような女と無自覚の衛兵に酷い辱めを受けた。それはともかくとして、あの部屋にいた二人はきっと、これからの世を変える英雄になると改めて思わされた。その時の話の流れを、語るとしよう。








 日付が変わった後だというのに、彼は勤勉だった。山と積まれた書類をガサゴソと漁っていた男の耳へと、かなり早めで強めのノックが届く。


「グラジオラス隊長。さっきまで捕まっていた男と、被害者の女性から話があるそうです。何やら、この街の大事に関わ」


「すぐに通してくれ」


 ミラトは部下の話の内容を把握した途端に打ち切って手を止め、入室を促す。その時間さえ惜しいと判断しての事だった。


「先ほど出所したばかりのところ失礼。もう一度警告に来た」


「お、お邪魔します」


 泥棒に荒らされたような部屋に入ってきたのは、一時間以内に別れた二人組。男の方は堂々としている一方、女の方は緊張しているように見えた。


「いらっしゃい。散らかってて悪いが……待っていた。なんなら部下を使って探させようとしていたところだ」


 ミラトは片付いていない事を詫びつつ、二人の様子を観察。非常に珍しい事というより中々類を見ないが、加害者と被害者二人は仲良く詰所にご来訪したようだ。しかし、今回に限っては心当たりがあった。


「ほうほう。なら、自分が言った事が正しかったかもと思い直したわけだ」


「恥ずかしながら。ここ二、三日前から商隊や人の出入りが急減しててね。たまにある事だけど、気になっていたから調査を出していたんだ」


 異変の始まりは、ロロが狼に襲われた時と合致する。出入りが完全に無くなったわけではないのは、まだ包囲に穴があるのだろう。


「その人達から連絡がないって事ですか?」


「そういう事だよ、お嬢さん。万が一を考えて、色々と資料を手当たり次第に読み漁っていたんだけど、どれも当てはまらなくて困ってた」


 裏を返せば、もうすぐそこまで迫っているという事だ。やはり何かがある事を察したミラトは、手掛かりが何もないと額を押さえる。


「魔物の大量発生なら何か前兆か、他の街からの連絡があるはずだ。この辺りの魔物はしっかり駆除しているから、このすぐ近くが発生源というのも考えにくい……いや、その可能性を今一番に検討しているんだけどね」


「知っているとも。この街の評判は他の街でもよく耳にするほどだった」


 先も述べた通り、この街の領主は特殊な趣味以外は非常に敏腕であった。道を作り、街並みを整え、治安を維持し、近辺の魔物を駆除し、民を守り続け、この街を平和に治めていた。


「考えたのは、俺らの処理を上回る速度で増殖可能な突然変異体。この辺りだと、これに近い魔物の例が三千年前に残っている。『化け物の王』に出てくるあの化け物達だ」


「あれはまた、突然変異と呼ぶのには別物……いや、原因を見れば一緒か」


「何それ?」


 しかし、現に陰は見え始めている。それは、従来の方法では予想できない、不測の何かが起きた可能性を示唆するもの。


「剣を通さぬ硬い鎧のような皮膚を持ち、針金のような触手で人を串刺しにし、近づく事さえ容易ではない。その上、脳核と心臓核の両方を潰さないと息絶えず、戦い続ける極めて特殊な魔物だな」


 そしてその不測が起きた例など、歴史を洗えばこの化け物のようにざらに出てくる。今回もただの旅人のヨタ話ではなく、本当に歴史の転換点だったのなら、早めに手を打たないと手遅れになってしまう。


「私、本当に何も知らないんだなぁ」


「知らない方が正解だ。あれこそまさに地獄と言える世界だった」


「三千年前なんて、障壁魔法が生まれる前の出来事でね。信頼できるのは『記録者』の記録くらいしか残っていないんだ。なのに君は、まるで見たことがあるような口ぶりだね」


 自らの記憶喪失を嘆くクロユリの都合など知らないミラトは、知らないのも無理もないと少し的外れに彼女をフォローしつつ、ロロの態度に眉をひそめた。


「そう疑うな。現に知っているし、見た事もあるのだけだぞ?あの黒い流線型の化け物に何度も食われたが、真実を歴史に記せて良かったよ」


「いや、その……君を信じないわけじゃないんだが、さすがに……いや、全部嘘じゃない?そんな、じゃあ君……貴方様は!?」


 だが、彼の荒唐無稽な言葉を全て信じれば、とある真実が浮かび上がる。目の前の存在が人智を超えている可能性にミラトは思わず後退り、机に腰をぶつけた。


「ご明察。自分の名はログ・ロロ・カッシニアヌム・ライター。『記録者』である。自分の本を読んでくれているとは、実に光栄だな」


 虚空庫から本を取り出して過去の伝説の欠片を上映しつつ、ロロは本物である事をアピール。これだけでは証明にはならないが、正体に気づきかけた者の後押しには十分だ。


「……これまたすごい人を逮捕していたのか……先ほどまでの非礼をお詫びします」


「え?貴方、そんなにすごい人だったの?出会い頭に痴漢してきたのに?」


 先ほどまで逮捕していたロロが『記録者』だと知り、ミラトは深々と頭を下げる。対照的に、クロユリはぽかんと口を開けて驚いていた。


「だからあれは事故だったと言っておるし、お前も認めただろうが!まぁ自分のすごさはこの際どうでもいい。これから自分の言う事、信じてくれるな?」


 事態が事態故、ロロは説明を省いたが、実はすごいなどの話ではない。永遠の時を生き、真実の歴史だけを記し続ける彼の文献は世界で唯一、絶対の信頼をおける記録なのだ。素性の一切は謎に包まれ、もはや本人さえ伝説と化している。


「触ったのは事実なのですね……あっ、いえ。もちろんです。では、『記録者』として今回の危機の根拠をお教え願えますか?」


「……触ったが、違うのだ……事の発端は、この街の領主が神獣を闇競り場で落札した事から始まる」


 と、まぁその謎に包まれた伝説とやらは、出会い頭に女性の胸を揉みしだいて捕まったりするような男だったが。


「……領主様の趣味は知っていましたが、まさかこんな事態を引き起こすとは。闇競り場から神獣がこの街に運び込まれた事に気づかなかった、こちらの落ち度です」


 説明を聞き終えたミラトは今度はあっさりと信じ、前兆に気付けなかった事にまた頭を下げる。神獣が魔物を集めるというのなら、魔物の大群がこの街へと真っ直ぐに向かってくる事に十分納得がいく。


「で、どうするのかな?」


「今すぐ街中に避難の指示を出します。同時に領主邸へと使いを出して状況を報告し、神獣を解放。明け方前にこの街を完全に放棄しようかと」


「そんな指示を勝手に君が出して良いのかね?その権限があるならありがたいが、領主を説得した方が確実なのでは?」


「その、危険だ!って思って街に広めようとした私が言うのも何だけど、信じてもらえなかったらちょっと手間取ると思うの」


 彼の大まかな計画を聞いたロロは片目を瞑りつつ、少し意地の悪い質問を投げかける。下手を打てば、さらなる混乱を招きやしないかと。


「領主の説得は当然しますが、それより先に自分達の声で逃げてくれる人達がいるなら価値はあります。まぁ信じてもらえず、領主の説得に失敗でもしたなら、そこらかしこに火を点けて無理矢理逃がしてやりますよ」


「ねえ、あの、貴方の目が割とマジなんだけど、本当に火をつけたりしないわよね!?」


「さっき乱暴されたのを偽造する為に服を自ら破こうとした女が何を……自分も、君が責任をどう取るのか気になるがな」


 この街の愛着や不信を理由に住民が避難を拒否したのなら、彼はこの街そのものをぶっ壊してでも助けようと言い放った。その目の光に虚偽は一切なく、いざとなれば躊躇いもなく敢行することが見て取れた。


「責任なんて知りません。これで住民みんなが助かるなら、勝手な判断は英断へと変わります。仮に何もなければ自分のどちらかか、どちらものクビが飛びますが、街の住民の命は無事でしょ?」


 得た情報を手早くまとめ、責任も何も考えずすぐに街の住民の命を優先した判断を下せたミラトは、やはり英雄の素質があるとロロは思う。苛烈すぎるところもあるが、それもまた人を率いる者に必要なものだ。


「仮に避難するのなら自分達が来た方角、確か南門だったかな?そこはやめた方がいい。まぁどこが良いかは分からんが」


「はぐれか斥候が数日前にいたらしいの。ロロの予想だと、いつ街に到達してもおかしくないって」


 ロロは『魔女』に続いて面白い男に出会ったと将来を楽しみにしつつ、これはサービスだと更に情報を重ねる。


「明け方前とは言わず、逃げれる時に逃げた方が良いか。今すぐ街中に伝達します。それと、貴方にお聞きしたい事が」


「ん?何かね?」


「『記録者』は歴史の干渉を嫌うと聞きます。しかし、貴方は私達に警告してくれました。それは一体……」


 鈴を鳴らして部下を呼び集めながら、ミラトはロロへ聞いていた話との食い違いを尋ねる。彼が聞いた話では、『記録者』は例え世界を揺るがす危機の情報を持っていたとしても、むやみやたらに言いふらす事はなかった。それこそ、自分がまるで存在しないかのように歴史を見守りたがると。


「なぜ聞いたのだ……!」


 なのに今回、彼はわざわざ滅亡の危機を警告しに来た。その理由を、尋ねたのだ。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ。今回ばかりはこの嘘を吐けぬ身体が憎い!」


「ほら、素直になりなさいよ。大体の人間はどうでも良いって言ってたじゃない。「大体は」ってね。ごめんなさいね。こいつ、恥ずかしがり屋で。時間ないでしょ?」


「こ、このアマ……!ぶっ殺してやりたい!」


 しかし、ロロは今までの尊大な態度を崩し、何かを堪えるように唇を噛み締めて唸る。それをクロユリが至極楽しそうな顔で煽り、彼は伝説とは思えない感情的な態度を見せる。


「……勘違いするな!最初は何の関心もないお前らなど、救うつもりなどなかった!見捨てるつもりだったのだ!嘘を言ったら死ぬ身体だから、嘘は何も言っておらん!」


「は、はぁ……」


「最初はってところがあれよね。嘘吐いたら死ぬ制約に引っかからないようにしてるわよね〜」


 頭を抱えて言葉を考え抜いたのか、ようやくロロは口を開いて真実を話し出す。「最初は見捨てるつもりだった」だの、「どうでもよかった」だのといった発言と、恥ずかしそうな態度にミラトは困惑し、クロユリは腹を抑えて必死に笑うのを堪えている。


「お、お前……!今度は本当に辱めてやろうかっ!?さっきまでの遠慮してた態度はどうした!?」


 つい先ほどまでは敬語を使うような仲だったのに、いきなり言葉遣いが崩れたクロユリを指差して唾を飛ばす。


「今辱め受けてんのはあんたでしょ?『記録者』さん。まぁ、何でだろうね。なんか無害というか、ただのツンデレに見えて安心したのかな。どこか、懐かしくて」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!……ツンデレとは何だ?後で教えろ」


 人の機微に疎いロロでさえ、クロユリが漂わせた悲しみと憂は分かった。だから怒りは収まって、知らない単語の意味に話をすり替えて誤魔化した。


「その、あれだ。この女に痴漢と広めるぞと脅されたのと、この女の先が見たいと思ったのと、口止料と暖かい飯のお返しだ!」


 この時ほど、嘘を吐けない身体を憎んだ事はない。そう思いながらロロは、この街を助けようと思った理由全てを赤裸々に、嘘偽りなく告白した。


「さて、急いで避難を呼びかけますか」


「お、真っ赤で羞恥にぷるぷる震える男をスルーとは、貴方なかなかやるわね。私も何か手伝うわ」


 しかし二人はロロのデレに明確に反応せず、準備に取り掛かろうと腕をまくる。会って間もない三人だが、奇妙な絆が出来つつあった。どうせすぐに消えてしまう記憶なのだろうと、クロユリは悲しげに笑っていたのだけれど。


「き、貴様らあああああああああああ!早くせんか!街を救いたいのではないのか!」


 今度ばかりはクロユリの表情の変化に気付かず、怒り狂ったロロの指摘は正にその通りである。男を辱めるのに時間を使い、街を救えなかったでは話にならない。


「ごめんなさい。けど時間は無駄にはしてません。この魔道具は少し、魔力の溜めがいるんですよ。今終わりましたが」


「嘘。いつの間に?」


「さっき机にぶつかった時に。確信が持てたので魔源を入れました」


 ロロの正体によろけたついでに、と笑う彼はやはり只者ではないのだろう。その証明は、後の歴史によって行われる事となる。ちなみに、魔源とは日本でいう電源の事だ。


「夜遅くにすいません。皆様、おはようごさいます!朝はまだですが起きて下さい!衛兵隊隊長、ミラト・グラジオラスです。大事なお話があります」


 真夜中の寝静まった街を叩き起こす放送が、大音量で響き渡る。それはもう、絶対に無視できない魔道具の出せる最大で、絶対に起こして助けてやるという意思の元の騒音だった。









「驚いたな。あやつは只者ではないと思ったが、これ程とは」


 街からの避難は、非常にテンポよく進んだ。まず避難経路だが、危険とされた南以外の方角、魔物が通りにくい山脈地帯に最短の東門へとひとまず決定した。すでに偵察隊が出発しており、魔物が待ち構えていた場合にはすぐさま引き返してくる事になっている。


「ほとんど反対も無し、まさか二時間も経たない内に街中の人間の脱出の手筈を整えるなんてどういう事?日頃から避難訓練をしっかりしていたのかしら」


 更に驚く事は、ミラトの放送を聞いた街の人間の大半が反対せず、素直に避難に協力した事だった。衛兵を捕まえて聞いたところ、彼はこの街を取り仕切る顔役のような立場にあるらしい。気さくでノリも良く、罪を罰して情を与えるその性格から、人気も高いのだそうだ。


「領主もやはり敏腕だったらしいな。まさかあちらも五分と経たずに、ミラトの判断を支持する放送をするとは」


 ミラトの避難を呼びかける放送は当然、領主邸にも届いた。その速度は彼曰く、放送を聞いて最速で魔源を入れての返信らしい。


「ミラトの言うことだから。それに、別に避難して何もなければそれでいいってね。本当、変な趣味さえ無ければ完璧だったのに」


 元を正せば、彼が闇の競り場から神獣を落札しなければよかったのだが。彼は神獣のせいだと報告を聞いた時には我慢できなかったと謝罪し、五分以上悩んだ挙句神獣を手放す事を承諾したそうだ。街の人間を逃す事より悩むとはどれだけ好きなのか。


「何はともあれ、避難は順調に開始したな……さて、自分は神獣の解放に立ち会うとしよう」


「なんだかんだ、貴方の目的も果たされて万々歳ね」


 元よりロロの目的は神獣をこの目で見、その手で記録する事だった。その事を知ったミラトはなんと、二人に神獣の解放の護衛を頼んでくれた。とはいえ、護衛なんて名ばかりの同行人。それ以来ロロのテンションは上がりまくりなのである。


「フハハハハハハ!変な女に絡まれたり、脅されたり、牢屋にぶち込まれたり辱めを受けたりと散々だったが、これで報われた!」


「あんたねぇ……一応一番危ない所に私達いるって自覚あるの?」


 魔物達の最終目的地が神獣ならば、できる限り遠くに離すべき。つまり、今現在ロロとクロユリが向かっているのは、魔物に最も近いとされる南門付近であった。だと言うのに彼は、そんな事を気にしないとばかりに檻の中の神獣に夢中である。


「光もろくにない夜にも関わらず、この白金と見間違う程の輝く白!毛並みは最高級の布なんぞがボロ切れに思える程で……ああ、触りたい!なんて愛らしい赤子だろうか!」


「ロロを見て怖がってるような気がするからやめなさいって。可愛いのは認めるけど」


 変な笑いをこぼしながらページにインクを刻みつけるその姿はどこか狂気染みていて、変態だった。可哀想に。変態の想いの対象にされた神獣は、檻の隅へと避難して震えている。


「あの領主よりはマシだ。長い年月を生きた自分だが、魔物に対してあれほどの執着心は見た事がないぞ」


 ちなみに、変態領主も神獣を見届けようとしたのだが、このロロ以上に変態だった為、衛兵に取り押さえられて東門へと運ばれていった。この世の終わりと言った顔が、未だ二人の頭に残っている。


「もふもふ……」


 まぁ、クロユリも、その気持ちは分からなくもなかったようだ。


「すまないが、本当に神獣が怖がってるからやめてくれないか。もうここで逃がすのに、怖がって檻から出てこなくなるかもしれないだろ」


「ぬ、ぬううう……しかしだな。人の想いというのは誰にも止められるものでは」


 そんな可愛さを堪能できるのも、この南門までである。ここで檻と門を開け、神獣を外に逃がすのだ。ぶるぶると震える神獣が、この檻の中だけが安全地帯と思って出てこない事がないよう、ミラトはため息混じりにロロを注意する。


「ごめんね。勝手に捕まえたり、勝手に変な目で見たりして。仲間のところに帰っていいよ」


 しかし、変態に代わってクロユリが檻の中に優しく語りかけたその時、神獣は更に身を震わせた。


「え、私……?」


「はっはっはっ!本能的に怖い女であることを察したのだろう!ほおら!自分は安全だぞぉ!」


 それはまるで、ロロではなくクロユリの事を本気で怖がっているような態度だった。かなりのショックを受けた彼女に対し、ロロは大喜びであったが。


「おい、何だあれ……」


 ああ、しかし悲しいかな。こんな団欒の時間は、薄氷の上にあったもの。


「まさか」


 門の上の見張りの兵士があげた不穏な声に、ミラトは身体強化を発動して階段を駆け上がり、暗視を使って森を見る。


「遅かったのか!」


 森の木々がなぎ倒されて、蠢いていた。それは夥しい数の魔物達と、死と破壊がこの街のすぐ側まで迫っている事の無慈悲な証明だった。

『化け物の王』『首輪の王冠、勇者の偽剣』


 『記録者』によって記された実話の物語であり、その余りのドラマ性から三千年以上経った今でも人気を博す。二人の主人公が織りなす物語であり、二つの物語が互いを埋め合うセットになっている。『権利戦争』と『強欲なる女王に跪け』とほぼ同時代であり、これら四冊をまとめて『王道記』と呼ばれる場合がある。


 また、これらの物語は障壁以前の話であり、資料としても非常に貴重である。


 『化け物の王』は、突如発生した化け物によって侵略された暗黒時代の話。暗き鎧の如き堅甲を誇り、身体中からは鋼鉄のような触手を繰り出し、脳と心臓の二つの核を潰さなければ死ぬことはない、まさに化け物と呼ぶべき存在であった。


 その発生源は、人の身に寄生していた神獣。オリジナルの一体から分裂を繰り返し、やがては世界の支配権を奪い取る為に人間を襲い出した結果である。


 個体ごとの圧倒的な強さ、オーガですら土下座する再生能力、雌雄なく単一でゴブリンのように増える性質から、人類は絶望に包まれた。しかし、勇者に憧れて腰に折れた剣を差した男が、とある女性や友人達と出会い、世界を救うという物語である。


 重みに耐えかねて折れてしまった剣は、勇者の剣ではない。勇者の偽剣である。しかし、例え剣は偽物であっても、それを振るう彼は本物の勇者だった。




 そして『首輪の王冠、勇者の偽剣』は、『化け物の王』に登場する主人公の友の話。


 化け物による侵略が始まる以前、世界には奴隷の首輪が蔓延していた。


 奴隷として産まれ育った彼は、様々な主人を売り流されて、心を壊されて行く。しかし、最終的にある国家の最重要人物に「気に入らない」と気に入られ、世話係に任命される。その女性こそが、神獣に寄生された「巫女」と呼ばれる存在だった。


 時を経て、首輪の呪縛から逃れた彼は、自由を味わいながら勉強を重ねて商会に入る。持ち前の頭脳と「巫女」に叩き込まれた技術、学んだ知恵を活かし、雑用から商会の主人へとのし上がったその時、化け物の侵略が始まった。


 この時の彼の活躍は『化け物の王』にて記されており、『首輪の王冠、勇者の偽剣』はその後の彼の物語を記したものである。とはいえ少量ながら、『化け物の王』時代の内心も書かれている。


 欲しいと思ったものは全て手に入れなければ気が済まない男は、一体何を望み、何を手に入れたのか。小さな彼だけの為の王冠は、彼女によって授けられたものだった。


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