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幻想現実世界の勇者  作者: ペサ
幻想現実世界の勇者
100/266

『魔女の記録』第2話 脅し

記念すべき100話目でございます。ここまで続けられたのも、読者様のおかげです。


ありがとうございます!


 カルミア暦3042年10月15日修正前


 柔らかかった。何がとは言わない。ただ、ほとんどの人間に興味のなかった自分が感銘を受けるほど、素晴らしかった。あの感触を表す言葉は柔らかい、やわこい。ましゅまろ、ふわふわ、包み込まれるようななど多々あって書ききれないが、何にしろ柔らかかった。一体、なぜ自分はあれほどのものを見過ごしてきたのだろうか。今度、あの感触について纏めた手記を出そ


 記録者の日記より。後に、切り刻まれて修正。










「何と?」


「だから、その、私、記憶喪失というか……兎に角、魔法を使ってから数時間経つと記憶を失っちゃうの。それが私には、分かるの」


 耳に入った言葉を飲み込めず、ロロはすぐさま聞き返す。しかし、彼女の言った事は聞き間違いでも何でもなく、言葉通り表情通り、とても悲しい意味だった。


「成る程、成る程」


 無限に記憶を蓄え、決して忘れる事のない自分が哀れに思う一方で、思考がビリヤードのように拡散していく。


「失う記憶は、起きた出来事や他者の名前などか」


 まず彼女は見た所、言語や常識、日常生活に困らない程度の基礎知識は忘れないようだ。それさえ忘れてしまったのなら、精神は赤子のようになっているだろうから。


「魔法を使うとという事は、過剰魔力による脳の障害の可能性」


 過剰な魔力保持による作用についての論文を記憶から何個か引き出し、照らし合わせて組み上げる。要は、彼女の脳は魔法を使う度にパンクしているのだろう。コップに水を注ぐのに、湖くらいの水量をぶちまけているのだ。コップが壊れても仕方がない。


「……と、思ったが、魔法を発動する事で忘れる自覚があるという事は、系統外か。あれは本能的に分かるものだ」


「ど、どういう事?」


 仮に昨日起きた出来事を忘れてしまうのなら、何が原因で記憶がリセットされるかなど覚えている訳もない。故にロロは、使い方や効果が常に分かる系統外による記憶喪失だと仮定する。


「君は魔力が異常に多い。そして魔力を使用する際、脳がその魔力に耐えられず、記憶が欠損している。ちなみに、何故魔力が多いかは分かるか?」


「分かる、けど……余り、言いたくはない」


「それも系統外か。とても興味があるし知りたいが、嫌ならいい。続けよう」


 ここまで魔力を莫大に増幅させる系統外など聞いた事もない。ロロは期待に胸を膨らますが、生憎嫌がる女性に無理やり迫る趣味はなかった。仕方がない。後で合意の上で聞き出そうと諦め、黒髪の女性への説明を再開する。


 まぁ、言いたくないという事から、他者の力を奪うなどの余りいい顔をされない辺り。もしくは、秘密にする事などの特殊な条件下で力を発揮するものだろうと、予測はついているが。


「想像ではあるが、記憶喪失の系統外は被害を固定させ、致命傷を避ける為のものだろう。脳への負荷で死んだ者もいるらしいからな」


「つまり、この記憶喪失は私を守る為に?」


「偶然かもしれんが、そう作用しているのは間違いない」


 彼女を苦しめている記憶喪失が彼女を救っているという皮肉に、数奇なものだとロロは肩を竦める。


「何とか、その系統外を消すことって」


「自分の知る限り、系統外を失う例は極めて少ない。確実なのなんて一つくらいだ。そしてそれは到底現実的ではないし、君という存在は死ぬだろう」


 大きく力を削がれ、今なおどこかで息をしている者を思い浮かべつつ、その方法は現実的でないと首を振った。


「やっぱりダメか。ありがとう……ねぇ、貴方ってもしかして、かなり物知り?」


 系統外と共に生きていくしかないと聞き、彼女は一瞬浮かない顔になるものの、すぐに立て直してロロへと改めて向き直る。


「ああ、もちろん」


「……なら、あの街が危ないっていうのは本当なの?」


 引き止めた理由は謝罪とこれかと、ロロは心の中でぽんと手を叩く。これから拠点にするつもりだったのかは知らないが、自分が今いる街に危機が迫っているのなら、その情報を知りたいに違いない。


「謝罪と礼を込めて教えよう。この街に危機が迫っているのはほぼ事実と言っていい。死にたくなく、記憶を失いたくもないのなら、今すぐ逃げるが吉だ。早く逃げないと手遅れになる」


 多少彼女に負い目と恩があるロロは、その情報を謝罪と礼の形として差し出した。逃げるなら、早ければ早い方がいいという忠告も添えて。


「ただの妄言ではないと証明できる根拠は?」


「これでも『記録者』でな!どうだ?この上ない根拠だろう?」


 それを信じるに足る理由を問う女性に、ロロは大きく胸を張って己の存在が根拠だと答える。『記録者』とは、それだけ広く世に知られている嘘を吐かない歴史家の名前だったのだが、


「どこがなの?そもそも『記録者』ってなに?」


「自分の名前も知らんのか……ま、まぁ嘘偽りのない歴史を記す者だ。嘘を吐いたら死ぬという系統外を持っているが故、安心していいぞ」


 記憶喪失を繰り返す彼女は、例外だったらしい。仕方がないと、ロロは己の持つ系統外の一部と役割を説明して信頼性をアピール。


「嘘くさいわね。で、その『記録者』さんは何故、この街が危ないと思ったの?」


「むう。嘘くさいというのは非常に心外であるが、理由を述べよというのも一理あるな。端的に言うならば、この街に持ち込まれた神獣の幼体を助けに、獣型の魔物達が大挙して押し寄せている」


 この街が危ないとロロが感じた理由は実にシンプル。馬鹿げた数の魔物がこの街を襲い、蹂躙するからである。


「ほ、本当に洒落にならないんじゃ!?てか、神獣ってそんな呼び寄せるもんなの?」


「だから逃げろと言っているのだ。大事な家族、敬愛せし主人を奪われた者達がどのような行動に出るかなど、自明であろうに」


 そう、事態は洒落にならない。全ての獣型の魔物の祖の移し身と言われる神獣は、彼らにとっての家族であり、友人であり、王であり、神なのだ。例え人間側が保護したと思っていても、魔物側はそうは思うわないだろう。


「神獣の子に説得してもらうっていうのはどうなの!?もしくは群れに返すのは?」


「恐らく無理だな。明確な悪意を持った時点で神獣は怯え、助けを求めたはずだ。そして魔物側は今回、神獣を連れ去られて激怒している。返したところで許してもらえるかどうか」


 最早止まらない。そもそも、魔物は人を食べる存在だ。大群での行動ともなれば通った場所の餌を食い尽くし、飢えているはず。そしてロロが推測する数を相手にするには、この街の兵は少なすぎた。


「今から逃げれば、まだ間に合うかもしれないのね」


「囲まれていなければ、可能性はまだ十分にある。とは言っても、自分達が来た方角はもうダメだな」


「どういう事?私達が来た方角って?」


 希望を信じる彼女に、ロロは少しだけ修正を加える。


「灰狼に食われていたところを君に助けられた。おそらく、そやつらは斥候かはぐれのどちらかだ」


 斥候が近くにいるという事は、猶予はもう数日もなく、囲まれるのも時間の問題だという事。早ければ数時間後にでも、最速の群は到達するかもしれない。


「五体満足のままその場で神獣を記したかったが、致し方あるまい。最悪多少齧られる覚悟で、この眼に記録するとするか。人に攫われた神の獣を救う魔物達という構図も悪くはない」


「な、何を言っているの……?」


 いざとなれば街の滅びを待ち、神獣が魔物達に助け出された瞬間を齧られながら記録するという常軌を逸した発言は、彼女にとって到底理解できないものだったようだ。


「あ、貴方が神獣を死ぬほど見たいって言うのは分かった。でも、その前に街の人にこの事を知らせるのを手伝って!今は一分一秒でも時間が」


「は?何を言っている?何故、街の人間を助けようとするのだ?」


「え?」


 そしてロロもまた、彼女がこの街の人間に危機が迫っていると伝え回ろうとしている意味を、理解できなかった。


「いや、だって、そんな大群に襲われたらみんな死んじゃう!」


「ああ、自分以外は助からんだろうな。だが、それがどうした?」


 紫水晶の両目は驚き以外の感情を見せず、ただ輝き続ける。少し薄い唇はただ淡々と、何を当たり前の事を言葉を紡ぐ。


「そもそも、この街はそういう運命だったのだろう。成り行きに任すべきだ。この街が生き残るにしろ、滅びるにしろ、自分はそれを歴史として記すのみ」


 ロロは本気で、この街を救うつもりがなかった。ただ、時が流れるままに移ろいゆく歴史を記録するのが、己の役割だと思っていたから。例えそれが街一つ滅ぶ歴史でも、ロロにとっては歴史である。『記録者』である自分が介入するのは、好みではなかった。


「……私の系統外について考えてくれたり、あの兵士さんや私に忠告してくれたり、良い人だと思ってたけど、とんだ見込み違いだったようね」


「勝手にいい人だと勘違いするな。例え『記録者』であっても、受けた恩くらいは返す。もっとも、一度言って聞かなかったらそれまでだがな」


 女性に失望したと吐き捨てられ、軽蔑の目を向けられようがロロはどこ吹く風。英雄の成した行いに興味はあれど、英雄の中身に興味がない彼にとって、人に嫌われるなど一向に構わなかった。


「まぁ物は試しだ。この街が滅ぶ前に一度領主の屋敷に忍び込み、ゆっくりと記録を」


「ダメ。手伝いなさい」


「は?」


 どうせ滅ぶのだからと無謀な挑戦をしようとしたロロの耳に、彼女の言葉という名前の氷水がぶっかけられた。


「一人が危険を訴えるより、複数が訴えた方が遥かに効果的よ。情報を広められる範囲も単純に考えたら倍なんだから」


「それはそうだが、聞いておったか?自分は手伝う気など欠片もない。広めるくらいなら屋敷に特攻すると」


 それは、この街の事なんかどうでもいいと言った自分を、手伝わせるといった訳の分からない内容。もちろんロロは改めて拒否するのだが、


「夜道に男女。片方は、公衆の面前で胸を触られた哀れな被害者。もう片方は、公衆の面前で胸を触った許し難い変態加害者」


「おい貴様、何が言いたい」


「分からない?逆ギレされて襲われそうになったって、衛兵に貴方を捕まえてもらうの。そうしたら貴方、牢にぶち込まれて領主の屋敷に行くなんて無理ね」


「んなっ……あ、頭おかしいのか!?『記録者』を嘘で脅すだと!?ふざけるな!」


 あろう事か、彼女は至って真剣な顔で脅しをかけてきた。それも、冤罪を故意に作るという実に最悪な方法でだ。


「そもそも自分が身分を明かし、やっていないと言えば終わりだ!『記録者』の名はそれなりに有名なのでな!きっと信じて」


「じゃあ試してみる?慌てて衛兵さんに駆け寄ってきた服を強引に破かれた女と、その胡散臭い『記録者』の名前、どちらが信じてもらえるか」


「服など破けてな……やめんか!自分で破ろうとするな!」


 胸元の布地に手をかけた彼女の言った状況を想像し、ロロはかなりマズイと判断する。自分の名前を完全に証明する具体的な方法はほぼ無く、仮に証明できてもまた問題を起こしたという事で警戒される。屋敷への侵入など不可能になるだろう。


「もし貴方が助かりたくて、今すぐこの街を離れるって言うなら別にいい。むしろそうして。でも、屋敷に侵入するくらいなら、手伝って」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!」


 常人なら、今すぐこの街を離れると嘘を吐く事もできたかもしれない。しかし、ロロは『記録者』だ。嘘を吐く事はできない。仮に何も言わずにこの脅しから走って逃げ出しても、ロロが屋敷に侵入しようとしているとチクられれば終わりだ。


「お願い。人が死ぬところなんて、見たくないの。助けられる範囲は助けたいの」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……ぬ?」


 完璧に詰みの袋小路のネズミ。しかし、彼はどうしても認められずに拳を握り、その中にあった硬い感触を思い出した。


「……聞いてもらえぬ忠告では、恩を返した事にはならんかもしれんな……」


 それはグラジオラスと名乗った男がくれた、彼に敗北を認めさせる口止料だった。


「分かった。手伝おう」


「……っ!ごめんなさい!ありがとう!じゃ、私は北側の方から伝えていくから、貴方は南側からお願い!」


 渋々と言った体で頷いたロロに、彼女は喜び謝り礼を言い、役割を分けて走り出そうとする。


「待たんか。それは非常に効率が悪い。大体こういう街には、街全体に届く拡声魔法の魔道具があるはずだ。それを使うのが得策だろう」


「え、えっと……それはどこにあるの?」


「衛兵の詰所などではないか?仮に無くとも、得体の知れない自分達より、日頃から街を守っている衛兵の方が信じてもらいやすい。人手も増えて一石三鳥だ」


 猪突猛進と冷静沈着。何も考えずにたった二人きりで言葉をばらまきに行こうとした彼女の肩を抑えつけ、より効率的な方法を提案する。


「やっぱり貴方、物知りで良い人ね。その、脅してごめんなさい」


「馬鹿を言え。貴様に協力するのは利害が一致したからだ。自分にとって、この街の人間の大半はどうでも良い」


 見直したと照れくさそうに言う彼女だが、お前が脅したんだろうとロロは額に青筋を立てて否定する。どうなろうがロロは死ぬことはなく、これは決して嘘ではない。万が一に備えて、「大半」をつけはしたが。


「大半ねぇ。どんな利害?」


「ふん!自分は歴史に興味がある。悪魔のような魔力とずる賢さを持つお前はもしかしたら、新たなる歴史を作るかもしれんからな。その瞬間を見逃さないよう、間近で記録する為だ」


 当人の記憶が無い為100%ではないが、すでに王宮一つを塵に変えたかも知れない女だ。莫大でさえ足らぬ魔力と、目的の為ならば人を追い詰めるような脅し方をする女だ。


「悪魔なんて言い方酷いわ……でも、言い得て妙かも」


「認めおって。悪魔のような女、そうだな。さしずめ『魔女の記録』といったところか」


 そしてその目的が、記憶の無い彼女にとっては見ず知らずにして縁もゆかりもない赤の他人を助けるという、極度のお人好し。彼女の行く先が滅びなのか、栄光なのかは分からない。


「この手で記したいと思ってしまった。それだけだ」


 しかし間違いなく歴史に残る物になると、ロロは確信したのだ。


「じゃあ、最初の一行はもう決まりね。いち早く魔物の襲撃を察知し、街の住人を避難させた英雄って、ちゃんと書いてよ?」


 ロロの発言にどこか照れ臭いような、恥ずかしいような気持ちになりつつも、『魔女』と呼ばれた女性は重い決意を込めた軽口を叩く。


「嘘は一切書かんからな。避難させようとしたが誰にも信じてもらえず、途方にくれたと書かれない事を祈れ……そうだ。そういえばまだ聞いてなかったな」


「何を?」


 こちらも嘘は書かないという絶対の誓いを混ぜた軽口で応酬しつつ、思い出したと手を叩き、本と羽根ペンを虚空庫から取り出して、


「名前を。知らん事には彼女や『魔女』としか記せん」


 名を、問うた。


「先に名乗るのが礼儀じゃない?クロユリよ。よろしく」


「これは失礼。ログ・ロロ・カッシニアヌム・ライターだ。こちらこそ」


 ロロはまっさらなページに、羽根ペンで黒く彼女の名を刻んだ。歴史上初めて、『魔女』の名前が記された瞬間であった。


『神獣』


 数百年から千年、あるいはそれ以上の間隔で産まれるとされる、ほぼ全ての魔物にとって神に等しき存在。決まって大いなる災厄の前に姿が確認されている。


 その姿形や生態は個体ごとに大きく異なっており、中には人間に寄生していたものも記録されている。が、その他については未だ多くの謎に包まれており、解明されていない。突然変異や進化、人に造られた生物であるなど様々な説がある。


 過去何度か捕まえた例には、既存の生物とはほぼ何もかもが異なっていると記されていた。身体を構成する物質は全く未知そのものであり、魔力の質も人間と比べて遥かに上質。特異な系統外を有していることも多い。


 姿形がそれぞれ違う為、偽物がよく裏の市場に出品されている。本物と偽物の違いだが、見れば分かる。見るだけで、感じさせられるのだ。たまに通ぶってえらい目に合う者もいるが。


 前回の個体は、成熟した神獣の一体から繁殖し、増殖と侵略を繰り返すことによって人類を脅かした。剣と魔法を弾く謎の超高度の皮膚、身体から伸びる鋼鉄の触手、体内にて弾丸のようなものを生成する機構を持ち、驚異の再生能力を誇る2mを越す化け物が地上を埋め尽くそうとしたのだ。


 前回の際には神獣を見ることが叶わなかった為、ロロは今度こそ見ようと必死になって探している。

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